TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
安田記念は東京レース場の芝1600mで行われるGⅠレースだ。
最大の特徴は、『クラシック級とシニア級のウマ娘両方が出走できる』レースだということだろうか。
「ふぅー……とうとう来たな、この日が。やっぱりタイキシャトルとキングヘイローはこっちに来たか」
「かなり荒れそうなメンツだ。クラシック級からはルクスとミホノブルボンくらいかな?」
うーん、やっぱり見れば見るほどヤバいメンツだ。
マイルの覇者、タイキシャトル。
電撃スプリンター、キングヘイロー。
不死鳥、グラスワンダー。
誰が1着を取っても不思議ではない。
「とはいえ、ここまで来たら走るしかないさ。トレーナー、行ってくる」
「頑張ってね。シニア級のウマ娘たちの雰囲気に呑まれないように」
「ああ、戦う前から戦意喪失なんて洒落にならないからな」
その日のパドックは、俺が目にした中で一番の盛況っぷりだった。
見渡す限りの人、人、人。観客席には隙間なんてない。
安田記念はマイルの女王を決めるレース。言うならば、中・長距離における宝塚記念や有馬記念などと同じ位置付け。
そりゃあこれだけ人も集まるよなぁ……。
「今回の安田記念、どう見る? クラシック級からはミホノブルボンやミーティアルクスなんかのGⅠウマ娘が出てきているが……」
「一番の焦点は、『タイキシャトルに勝てるのは誰か』だろうな。未だにマイルで無敗のタイキシャトル、彼女に勝てないことには話にならない」
パドックでのお披露目にこれだけの人が集まる、ということはそれすなわちこのレースがそれだけ注目されているということ。
次々にステージに出ては、お披露目を済ませていくウマ娘たち。
しかしどのウマ娘もすごい仕上がりだ……。
「キングヘイロー、高松宮記念で1着だったウマ娘だな。母親が有名なマイラーだから、このままマイル路線に行くのか?」
「難しいところだな。どうも適性はマイルよりも短いところらしい。スプリンターとしてやっていくつもりなんて噂もあるぞ」
キングヘイロー。
緑と黒を基調とした彼女からは、緊張など微塵も感じられなかった。いつも通り優雅に高貴に笑っている……と思ったのだが、少しだけ表情が固い。
流石の彼女も不安に思うところがあるのだろうか。
そうは言っても、体の仕上がりはかなりのものだ。
「彼女の武器はその末脚だ。タイキシャトルやミホノブルボンを差すことができるのか……それに注目だな」
やはりキングはかなりの強敵だ。彼女の格付けを一段階上昇させる。
おそらくは俺と似たような位置を取るはず。警戒するに越したことはない。
競り合いが発生した時への対処も考えておく必要があるだろう。
「む、ミホノブルボンか。前走のNHKマイルカップではかなりの好走を見せていたな」
「あのトモから繰り出される逃げは本当に驚異的としか言いようがない。ここまでの負けが全て同じGⅠウマ娘のミーティアルクスによるもの、というのも恐ろしいな」
ミホノブルボン。
俺のライバルであり逃げウマである彼女の仕上がりは、これまたかなりのものだった。
というかNHKマイルカップから大して期間ないはずでは……? なんであんなに仕上がりがいいんだ。
俺……というか大体のウマ娘だと疲労が抜けきらないぞ。
「だがあのタイキシャトルから逃げられるか……。ミホノブルボンが勝つには、もう一手何か必要な気もするな」
「そうだな。見ていて思うのは、ミホノブルボンにはあと一歩『何か』が足りてない気がする。それが何かまではわからないが……」
とはいえ、勝てない相手ではないことはわかっている。
ならば全力を出して捉えにいくだけだ。
「来たぞ、タイキシャトルだ。うーん、やはりデカい……」
「ああ、あの体躯から繰り出される豪快な走り、それが彼女の強さと言ってもいい。マイルでは未だ負けなし、今年のマイルの女王も彼女かもしれないな」
「体の仕上がりも上々だ。これは他の子は苦戦必至だろうな」
本当にデカいなタイキシャトル……。多分俺とか抱きしめられたらそのまま潰れるぞアレ。
タイキシャトルは感情や調子を隠せるタイプではないため、調子が上々なのもよくわかる。
しっかし、本当にデカい……。あの体躯で後ろから迫ってくることをかんがえたら恐怖しかないぞ。追込でよかった……。
っと、次は俺の番か。ステージの中央へ進み、いつも通りにポーズを取る。
勝負服を着てパドックでお披露目するのも既に3回目。だいぶ慣れてきた。
「ミーティアルクスか。前走は桜花賞……。NHKマイルカップに出るかとも思ったんだが」
「ああ、安田記念にくるとはな。とはいえ彼女もGⅠウマ娘。桜花賞でみせた最後の末脚はシニア級でも通用するレベルのものだった」
「そうだな。どこまでやれるのか、期待できるウマ娘ではある」
こうして注目を集めるというのは気持ちがいい。勝負服を着ているのもあるからだろうか。
お披露目を終わらせて後ろに下がれば、入れ替わるようにしてグラスワンダーがステージの中央へと出ていく。
「グラスワンダーか。てっきり宝塚記念に出走するものだと思ってたよ。なんで安田記念に?」
「オペラオーを警戒したのかもしれないな……。皐月賞で見せたオペラオーの走りはまさに驚異的と言ってよかった。ダービーでこそ伸び悩んだが……」
「あれは距離が長かったからだろうな。そうかそれで安田記念に……」
グラスワンダーの仕上がりは悪くない。が、いまいち気迫が感じられなかった。
これは力を隠しているのか、それとも……。
判断に困るな。グラスワンダーへの警戒レベルはそのまま維持することにしよう。
「これで全員か。どう見る、このレース」
「全くわからないな……。どの子がどの位置に着くかでもレース展開は大きく変わるだろう。こればっかりは本番になってみないとな」
お披露目も終わり、俺たちは決戦の場へと足を向ける。
地下通路の途中で二、三トレーナーと言葉を交わし、精神を落ち着けながらレース場内へと足を踏み入れた。
「さあついにやってまいりました! 上半期のマイル女王を決めるレース、安田記念! 栄冠を手にするのは誰になるのでしょうか!」
観客席では人の波がうねっている。
凄まじい人だ。桜花賞の時よりも多いんじゃないだろうか。まあそりゃそうか。
「あまりの入場者の多さに、本日は入場制限も掛かっています。それだけこのレースが注目されているということでしょうね」
「なんと言っても注目は、タイキシャトルがマイル連勝記録を伸ばすのか! ここに尽きるでしょう! マイルの覇者とも呼ばれる彼女は、ここまでマイルレースで一切負けなし!」
観客たちの声援に背中を押されながら、俺たちは芝を駆けていく。
どのウマ娘も返しウマの調子は悪くなく、苦戦必至の気配が漂っていた。
芝の調子は悪くない。今年はどのレースも良バ場ばかりだな。俺としては不良バ場なんかでも走ってみたいんだが。
「返しウマも終わり、各ウマ娘がゲート周辺に集まってきました。どのウマ娘も調子が良さそうでしたねぇ」
今回の俺の枠番は、4枠7番。東京の芝1600mは枠番の有利不利が少ないコースなため、あまりこれは大きくレースの勝敗には絡んでこないだろう。
「青空が広がる東京レース場、芝の状態も良好で良バ場判定となりました!」
むしろ見るべきは、東京レース場の特徴であると言える。
ミホノブルボンの前走、NHKマイルカップと同じ東京レース場の1600m。前にも言ったように、このコースは勾配がひっきりなしにやってくる。
それをどう走るかが勝敗を大きく左右することだろう。
「春の東京レース場の鳴り響くファンファーレ。ついに安田記念が幕を開けました」
「各ウマ娘ゲートインを始めています! 今回のレースでの注目ウマ娘、3番人気はこの子! ミホノブルボン!」
「前走のNHKマイルカップではまさに圧勝と言っていいほどの逃げを見せてくれました。今回はどのような逃げを披露してくれるのか楽しみです」
ゲートの中に入って一息つけば、俺の心と感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
五感……いや、六感の全てが目の前のレースへと向けられるこの感覚。桜花賞の時と同じ、あの感覚だ。
「2番人気はこのウマ娘、グラスワンダー! 前走の有馬記念から期間を空け、マイルという戦場に舞い戻って来ました!」
「果たして彼女がどのような走りを見せるのか、期待したいですね。去年は中距離や長距離への出走こそ多かったですが、彼女はマイルを得意するウマ娘でもありますので」
今回重要となるのは『仕掛け位置』のはずだ。東京レース場の直線は長い。
コーナーを曲がってすぐに仕掛けた場合、ゴールまでスタミナが持たないことも十分に考えられるだろう。
こればっかりはレースの様子を見つつ決めるしかない。
「そして一番人気はこのウマ娘。タイキシャトル! ファンの期待を一身に背負って走ります!」
「彼女がマイルでの勝ち星を伸ばすことを期待してるファンは多いでしょう。それほどまでにマイルでのタイキシャトルは強いですからね」
全員のゲートインが終わり、会場が次第に静寂に包まれていく。
どのウマ娘も精神を集中させ、目の前のゲートを睨みつけていた。
そして完全なる静寂が辺りを包んだ後、金属音と共にゲートが開いてレースが始まる。
「さあゲートが開いて各ウマ娘一斉に駆け出した! 先頭争いは……先頭はミホノブルボン! 先頭争いは起こらない! ミホノブルボンがハナを取った!」
やっぱりハナを取ったかミホノブルボン。
今回の出走ウマ娘の中で、ハナを取るのは十中八九ミホノブルボンだと思っていた。
逃げウマの中でもミホノブルボンの練度は上位に位置する。それはシニア級相手でもそうだったようだ。
「先頭ミホノブルボン、2番手にタイキシャトル! タイキシャトル随分と飛ばしていますね」
「ミホノブルボンに自由にさせてはまずいと思ったのでしょうか。序盤から後ろについて圧をかけていくようですね」
俺はゆっくりと呼吸を緩めていき、最後尾へと潜伏する。
いつものレースよりもさらに慎重に、自分の存在を隠す。というのも、今回はすぐ前にキングヘイローが控えているのだ。
おそらく彼女は俺の弱点に気づいているだろう。だからこそ、俺の動きを察知されるのはマズい。
「その外並んでグラスワンダーここにいた。随分と前に位置取っています。おそらくはタイキシャトルと同じでミホノブルボンの逃げを警戒してるのでしょう」
先頭集団を形成しているのはミホノブルボンとタイキシャトル、それにグラスワンダー。
それ以外にも何人かウマ娘はいるものの、おそらくは最後まで食らいついていくのは厳しいだろう。現に先頭集団から脱落して後ろに下がる子も出てきている。
「そして最後方に位置するのはキングヘイロー。おっとその後ろにミーティアルクスもいた。この4人で後方集団を形成しています」
東京レース場でのレースは一般的に高速レースになることが多い。
それに加えてコーナーの入りが傾斜になっている部分もあるため、息を入れるのが難しいのもあってスタミナをかなり要求されることとなる。
そういうこともあり、スタミナを活かして前へといくウマ娘たち、それとは逆にスタミナを温存して後ろに下がるウマ娘たちがその立ち位置を確立させていった。
自然と前方集団と後方集団に分かれ、レースは進んでいく。
「さぁレースはまだ序盤! ここからどのような展開になっていくのでしょうか!」
「1600mと比較的短いレースなこともあり、一瞬たりとも目が離せませんね」
そして俺はこのレースで『覚醒』の瞬間を目の当たりにする。それと同時に、『マイルの女王』タイキシャトルの凄まじさも——
みなさま暖かいお言葉ありがとうございます
当サークルはなぜか絵担当が作業している間文字担当が作業できない不思議なサークルなので、しばらく挿絵はありません……。あと別名義で投稿してる作品を週一投稿にしたらギリギリ行けそうなのでなんとか毎日投稿は続けます。
本当にダメなときは休みますので……