TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか   作:TS娘には恋させよ

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36 マイルの女王

 レースは序盤からミホノブルボンのペースで進んでいる……ように見えた。

 先頭を意気揚々と走るミホノブルボンと、それを追いかけるタイキシャトルにグラスワンダー。

 東京の長いスタート直後の直線で、抜いて抜かれてを繰り広げるのは非常にリスクが高い。

 それゆえ、不気味なほどに隊列には動きがなかった。

 

「さあ先頭のミホノブルボンがコーナーに差し掛かります! ミホノブルボン、ここまでのラップタイムには一切の乱れなし! 相変わらず凄まじい走りです!」

「コーナー前の坂道でも減速はありませんでしたね。彼女の前走であるNHKマイルカップは、今回と同じ東京レース場の芝1600m。事前準備は完璧ということでしょうか」

 

 そうしてコーナーに差し掛かる。

 動きがないのは、俺のすぐ前にいるキングヘイローも同じ。時折何かを探すようにと耳が動いているのが伺える。

 おそらくは俺の気配を探しているのだろう。だが、それはさせない。

 ひたすらキングヘイローの五感の死角へと隠れるように走り、彼女にペースを悟らせない。

 

「かなりハイペースにレースが進んでいますね。レコードタイム、とまではいかないですが……」

「それでもかなりのペースです! このままこのハイペースを維持してレースは進むのか!?」

 

 コーナーを曲がるウマ娘たちの足どりに乱れはない。流石はGⅠウマ娘たち、と言ったところだろうか。

 減速も外側への膨らみ少なく、とても綺麗なコーナーリングだ。

 もししっかり準備をしていたとしても、内側を突き進んで先頭を掠め取るのは難しかっただろう。

 

「未だ各ウマ娘には大きな動きはありません! 勝負は最終直線に持ち越されたか!?」

 

 3コーナーの始めに下り坂、そしてその後は最終直線の半ばまでずっと上り坂が続く。

 緩やかな上り坂ではあるが、これが想像以上にウマ娘たちの体力を奪うのだ。

 

「おっと、先頭集団に必死に食らいついていたハープリズム、後ろに下がってきた。スタミナが保たなかったのでしょうか」

 

 ミホノブルボンの走りについていけなくなったウマ娘が1人、また1人と脱落していく。

 そうして残ったのは、タイキシャトルとグラスワンダー。

 

「さぁ最終コーナーに入った! 後ろのウマ娘たちはまだ足をためている!」

「東京の長い直線に備えているんでしょうね。キングヘイローとミーティアルクスがこのまま終わりとは思ませんので」

 

 そう、勝負は最終直線……とはならない。

 俺は芝を強く踏みしめると、勢いをつけて加速を始める。本来ならばスパートに入るのは最終直線、その勾配がキツくなる400m付近でよかった。

 が、タイキシャトルとミホノブルボンの姿がそれを躊躇わせたのだ。

 おそらく、あの2人は坂で減速しない——!

 

「おっと!? ミーティアルクス上がってきた! 最終コーナーの終わり、まだゴールまでは600m! 果たしてスタミナは持つのか!」

 

 ここでスパートを掛けなければあの2人に追いつけない可能性が高い。ならばここでスパートを掛けなければマズい。

 芝を踏み締めた勢いそのままに、大きく外側に膨らむようにして最終コーナーを曲がる。

 できるだけロスを少なく、大外へと出る!

 俺の動きに気づいたキングヘイローが、驚いたような気配を発した。

 

「まさかこのタイミングでのスパートとは……。前にいたキングヘイローもつられるようにして速度を上げましたね」

 

 タイキシャトルの足取りに乱れはない。だがどうも、グラスワンダーは違うようだ。

 ほとんど並ぶように走っていた2人だったが、タイキシャトルがわずかに前に出た。

 

「グラスワンダー失速! 流石にタイキシャトルとミホノブルボンについていくのは厳しかったか!」

「前走が有記念だったということもあり、マイルを走る感覚が鈍っていたのかもしれませんね」

 

 そうしているうちに、俺はどんどんと順位を上げていく。

 少しだけキングヘイローと競り合ったものの、本格的なスパート体勢に入った俺の方が速い。

 勢いそのままに、最終直線の坂を駆ける。

 そうしてやってくるのは、ゴール前最大の障害——2mの勾配の坂だ。

 

「ミホノブルボンとタイキシャトル、坂で減速しない! グラスワンダーは厳しいか!」

「後ろから上がってきたミーティアルクスも追いついてきましたね。おっと……?」

 

 タイキシャトルたちを射程に捉え、抜き去るべくさらに加速する。

 視界が、レース外の風景が白に染まって、六感が引き伸ばされるような感覚が俺を襲う。

 まるで坂を無視したかのような俺の加速に、先頭集団を形成していた3人が息を呑むのがわかった。

 

「これは、凄まじい加速ですね……。『流星』、と呼ばれるのも納得できます」

 

 三人に迫る。俺の気配を察知したミホノブルボンの体勢が僅かに崩れた……気がした。

 それと同時、タイキシャトルと俺がミホノブルボンへとさらに近づく。

 先頭集団最後尾、グラスワンダーまでは後2バ身!

 そして俺は、ミホノブルボンの底力を目にすることになる。

 

「み、ミホノブルボン加速!? タイキシャトルとグラスワンダーを引き離していく!」

 

 ミホノブルボンの体が震えたかと思った次の瞬間。彼女の体が加速を始める。

 おい、嘘だろ!? あそこからの加速はブルボンの能力じゃ無理なはずだ!

 ……1つだけ心当たりがあった。ついに覚醒したのか、ミホノブルボン。

 

「これは、決まりでしょうか」

「い、いえ……タイキシャトル加速! 自身を引き離したミホノブルボンを捉えんと加速しました!」

 

 タイキシャトルの顔は、角度的に俺からは見えない。だがわかる。

 彼女は笑っていた——!

 

「凄まじい激戦! 後ろからはキングヘイローも上がってきた! だが苦しいか!?」

 

 彼女は、タイキシャトルはこの土壇場でミホノブルボンが覚醒するのを予見していた!?

 おいおいおい、嘘だろう……? 散々ブルボンと走って、しかも大量のデータを分析した俺でも察知できなかったんだぞ!?

 加速したタイキシャトルはミホノブルボンに迫ると、そのまま横に並ぶ。

 俺も負けじとグラスワンダーの横を抜け、タイキシャトルに迫った。が、届かない!

 さらに強く加速しようとして、俺の体がブルリと震えた。

 

「キングヘイロー食らいついていく! グラスワンダーも負けじと上がってきた! これは勝負の行方がわからなくなってきたぞ!」

「まさかここまでの混戦模様になるとは……」

 

 後ろから、2人追い上げてくるウマ娘がいるっ——!

 後ろからの追い上げへの恐怖から、俺の速度がカクンと落ちてタイキシャトル、そしてミホノブルボンとの距離が離れそうになる。

 だがこんなところで負けるわけには、いかないっ!

 必死に恐怖を振り払って、強く足を踏み出した。ゴールまでは後1ハロン200m足らず。

 死力を振り絞って先頭の2人に追い縋る。が、先ほどの減速が痛すぎる!

 

「ミーティアルクスが一瞬減速しましたね。トラブルでしょうか」

「ですがすぐに体勢を立て直しました! キングヘイローとグラスワンダーは厳しいか!? タイキシャトルがハナを取った!」

「ミホノブルボンも凄まじい加速を見せていますが、やはりタイキシャトルにとどいていません」

 

 タイキシャトルどころか、ミホノブルボンにすら追いつけない。

 引き伸ばされた感覚で、ここから彼女たちを抜き去る方法を考える。

 スプリントターボ? 否、これ以上の加速は厳しい。既に『固有』によって限界近くまで加速している。『固有』とスプリントターボの併用は不可能だ。

 前の体勢を崩す? 否、この段階では既に無意味だ。彼女たちの体勢を崩すためには準備が足りなすぎる。

 一手、後一手がどこにもない!

 

「タイキシャトル強い! やはりマイルは彼女の庭だった! タイキシャトルが今1着でゴール!」

 

 結局差は縮まらず、俺は3番目にゴール板横を駆け抜けた。

 タイキシャトル、恐ろしいウマ娘だ……。まさか覚醒したミホノブルボンを手球に取るなんて想像もしていなかった。

 流石のミホノブルボンもこの激戦には堪えたようだ。ゴール先の芝、1人肩で息をしている。

 

「1着はタイキシャトル。2着はミホノブルボン。3着にミーティアルクス、その後グラスワンダー、キングヘイローと続きます」

 

 恐ろしいほどの激戦。最後に体勢を崩したままならば、おそらく掲示板にすら載れなかっただろう。

 逆にキングヘイローがもっと早くスパートを掛けていたら? 十中八九、俺の位置にいたのは彼女だっただろう。

 キングヘイローの誤算は一つ。俺を意識しすぎたことだろう。

 明らかに序盤に俺を見失ってからペースがおかしかった。

 

「タイキシャトルが自身の強さを見せつける形になったレースでしたね。やはりマイル女王の名はこのウマ娘の物だ! タイキシャトル、マイル無敗記録をさらに伸ばし、マイルの覇者となりました!」

 

 だが、キングヘイローのことだ。このままで終わるとは思えない。

 おそらく、本当の勝負はスプリンターズステークスまでお預けとなるだろう。

 インタビューを終えて控室に戻る。今回のレースは反省点も課題も、そして得たものも多いレースだった。

 1つ、後方からの高速物体の接近について。迫られただけで『固有』が解除されかねないほどの動揺が体に走ったのだ。もし抜かれたならば体勢を立て直すのは無理だっただろう。

 そして1つ。タイキシャトルの走りを間近で見ることができた。お手本のような先行マイラーの走り。アレはかなりの糧となることだろう。

 

「ふぅ……。くそ、後一歩だったんだけどなぁ……。今回のレースはマジでキツかった」

「お疲れさま。タイキシャトルは強かったね……。ブリッジコンプが対決を回避するのも頷ける」

 

 本当にあれは凄まじかった。シニア級のマイルの女王。アレが『マイルの支配者』か。

 それと同時に、彼女が力押しだけのウマ娘でないこともわかった。

 あの勝負勘、是非とも学習したい……。まあ学習できるようなものではないかもしれないが。

 が、それはそうと、とにかく悔しい! もう少し、もう少し何か手札があれば、俺が追いつくことだってできたはずだ。

 

「ほんとうに、あとちょっとだったのに……。そのちょっとが、遠い……」

「ルクスは頑張ったよ。ほら、おいで」

 

 トレーナーに抱きしめてもらい、胸の中で心を落ち着ける。

 負けた時の悔しさ、これに慣れることだけはできなさそうだ。

 

「でも、その様子だとだいぶ得たものも多かったみたいだね? 安田記念にでたのは正解だったかい?」

「ああ、そうだな……。後で色々とまとめないとダメだな、これ。スプリンターズステークスに間に合うか……? やっぱり課題が多すぎる」

「夏は今年もみっちり合宿だね。ルクス、実家に帰ったりとかは大丈夫かい?」

 

 実家、実家かぁ。俺、こっちの世界に親族いないんだよな……。マジで『虚空から生えてきた』みたいなもんだし。

 

「問題ないぞ。今年の合宿も去年と同じあそこなのか? 設備凄かったしなぁ」

「そうだね。大きなチームだと自分のところで合宿場持ったり、海外に行ったり……なんてのもあるらしいけど」

「うへぇ、豪勢なこった。ま、あそこくらいのが俺にはちょうどいいよ。今年はブルボンとかコンプのやつとかもくるらしいし」

 

 少しだけ正気に戻ったのもあり、トレーナーと密着していたのが恥ずかしくなった俺は、用意されていた椅子へと場所を移す。

 レースの反省を手元のノートへまとめつつ、これからのことを話していく。

 しかし、この後にもう一個大きなイベントが待ってるんだよなぁ……。

 ふとスマホに目を落とす。メッセージアプリを起動し、とあるウマ娘とのトーク画面を開く。

 白衣が似合う、俺にとっては『恩人』とも言える存在の彼女から届いたメッセージ。

 タイムリミットは6月末。

 

「はぁ……ままならないなぁ……。トレーナーなら、目の前に故障しそうなウマ娘がいたらどうする?」

「急にどうしたんだい? そりゃあ止めるよ。たとえその子が嫌がってもね」

 

 本当にままならない。

 が、まずはファン達に歌声と踊りを披露しないといけないな。

 控室のドアがノックされ、ライブの準備が終わったことが告げられた。俺はケープを羽織って部屋を出る。

 そうして俺はファン達の声援に迎えられ、ステージに立つのだった。

 

 


【安田記念】圧倒的!タイキシャトル連勝記録に揺るぎ無し 

6月○■日 19:11 配信    310  

          

   

 

勝利のポーズを決める 

タイキシャトル 

 

 本日行われた東京11R、安田記念はタイキシャトルの勝利で幕を閉じた。2着はミホノブルボン、3着はミーティアルクス。タイキシャトルはここまでマイルレースでは無敗であり、その記録をさらに伸ばすこととなった。

 

 国内マイルにおいては敵無し、とも言われるタイキシャトル、その次走について陣営は「可能なら海外への遠征を考えている。海外GⅠマイルレースもタイキシャトルなら勝てると信じているので」と語った。出走候補して最有力視されているのはフランスのマイルGⅠである『ジャック・ル・マロワ賞』及び同国マイルGⅠの『ムーラン・ド・ロンシャン賞』。その場合は日程的な問題で、国内短距離GⅠであるスプリンターズステークスへの出走は無いと見られている。

 

 タイキシャトルが国外でも無敗記録を更新するのか、ファンは今後目が離せないだろう。

 

 

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