TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
安田記念も終わって数日経った頃、グラウンドで軽く走っていると突然声を掛けられた。
聞き覚えのある高貴……いや、泥臭いくせに妙に一流なこの声。振り返ってみればキングヘイローがそこにいた。
最近エンカウント率高くない?
「キング先輩。先日は色々ありがとうとざいました、ほんとに……」
「ちゃんと話せたみたいで安心したわ。それで少し話があるのだけど、私の部屋に来ない?」
キングの部屋……確かハルウララと同室だったか。
き、気になる……。キングの私室、死ぬほど気になる!
俺は食い気味に返事をすると、キングに連れられて彼女の部屋へ向かった。というか、他のウマ娘の部屋に入るの初めてか?
マンハッタンカフェとアグネスタキオンはあれ私室じゃないし。
「そこに座りなさい。あなたは……コーヒー派だったかしら? ええと、インスタントがあったはずよ」
「気にしないでいいですよ? 好きってだけで別に緑茶も紅茶も飲みますし」
「なら紅茶でも淹れようかしらね」
お湯を注ぐ音とともに、心地よい茶葉の香りが漂ってくる。うん、結構いい茶葉じゃないか……?
キングヘイローのことだ、きっとこだわりがあるのだろう。
「はい、どうぞ。冷めないうちに飲みなさい?」
「ありがとうございます。……それで、なんで今日はこんな風に?」
そう、それが疑問だった。
わざわざ私室に呼ばれるようなことなにかしたっけ……? いや、先日のあれは除いて。
うーん……? 全くわからん!
「はぁ……。安田記念よ安田記念! なんであなたが出てくるのよ! 計算が完全に狂ったじゃない!」
「えっ」
「え、じゃないわよ! 出走票みたときにひっくりかえりそうになったわ!」
あー、そうか。キングは俺がNHKマイルカップに出て、安田記念には来ないと思ってたのか。
まあこればっかりはしょうがない。俺の体のこともあるし、シニア級のウマ娘と一足先に戦いたかったってのもあるからな。
が、キングヘイローの言葉は止まらない。
「あなたが来るならスプリンターズステークスだと思ってたのよ! うう、まさかこんな早いなんて思わないじゃない……。それにミホノブルボンさんもよ! なによあれ!?」
うん、ミホノブルボンに関しては俺も同意見だ。
あれは第二のタイキシャトル、サクラバクシンオーになりかねない。それほどまでに、彼女の走りはヤバかった。
土壇場で覚醒して、その後タイキシャトルに差し切られて敗北したが……。あれで終わりとは思えない。むしろ次のレースではあの覚醒——『固有』をしっかり使いこなしてくるはずだ。
「あははは……」
「もうっ! あなた対策に考えてた走りも、結局いなされるわで散々よ……。ま、それに関してはあなたを褒めておくべきかしらね?」
「褒める……? えっと、何か褒められることしましたっけ」
キングヘイローがこちらを優しそうな目で見てくる。なんだその目。
「あなた、『後ろから追い上げられるのが苦手』だったでしょう?」
「うげ、なんでそれを」
「わかるにきまってるじゃない。選抜レースでもそうだったけど、何かトラウマでもあるんじゃないかってくらいの怯えっぷりだったわよ」
そういえばキングは選抜レースから俺のことを見てたんだったな……。そりゃバレるか。
ということは、最終直線で俺に詰め寄ってきたのは、俺の失速を狙っての事だったのか。やっぱり抜け目のないウマ娘だ。
「で、それを突いてみたのだけど……まさかあそこから立て直すとはね。あれで完全に計算が狂ったわ。いえ、そもそもあなたがスパートを掛けるまで気配すら掴めなかったのが敗因かしら」
なんかめっちゃ評価されてる……。『あの』キングヘイローに評価されるのはとても嬉しい。
が、同時にそれは
つまりは今回行った手が次のレースでは通用しない、なんてことが当然のように起こりうるのだ。
「なにはともあれ、おめでとうと言っておくわ。クラシック・シニア級のレースで3着。誇っていい結果よ」
「ありがとうございます。えへへ、キング先輩にそう言われると嬉しいですね」
対キングヘイローに関してはもっと練らないとマズいかもな……。
『ある程度』の対策では十中八九返り討ちにあうだろう。そんな雰囲気がキングからは漂っている。
おそらく次にかち会うのは『スプリンターズステークス』。そこまでに彼女は、何かしらこちらへの対応を編み出してくることだろう。
「あのついでと言っては何なんですけど……」
「何かしら? 私にできることならしてあげるわよ。可愛い後輩のためだからね」
「……グラスワンダーについて」
そう、グラスワンダー。不死鳥とも呼ばれる彼女は、クラシック級でありながら有馬記念を取ったまさに『強者』とも言えるウマ娘だ。
だが安田記念ではあまりにも走りに精彩を欠いていた。後から映像を見直して、去年の彼女と別人なのではないかと疑ったほどだ。
「やっぱりそうくるわよねぇ……。まあこれくらいならいいでしょ。あの子、有馬の後に怪我をしたらしいのよ」
「グラスワンダーが、怪我……」
グラスワンダーの不死鳥という異名は、その怪我の多さに起因するものだ。
彼女の戦績には驚くほどに波がある。
朝日杯FS1着。
毎日王冠5着。
アルゼンチン共和国杯6着。
そして有馬記念1着。
こうして見ればわかる通り、『有馬記念でグラスワンダーが勝つなんて想像もしなかった』人は少なくないだろう。
「実は朝日杯FSの後にも怪我をしてたらしいの。彼女、あまり足が強くないようで……」
「今回もそうだったんですね? 有馬記念で怪我をして、それが後を引いていると」
「そうね。でも、それも今回までのようだわ。あの走りを見ればわかるでしょう?」
まあそうだろうな。
グラスワンダーがイマイチ伸びなかった理由、それは十中八九『マイルレースから長期間離れていた』のが原因だろう。
少なくとも、怪我に起因するようなものではない。追い、追われた俺がそれを一番良く知っている。
身体機能は万全。問題は勝負勘ということだ。
「グラスワンダーは……どうすると思いますか?」
「そうねぇ……。このままレースの空気を吸って、勘を取り戻した彼女は宝塚記念へ。こんなルートはどうかしら?」
俺は口をつぐんだ。
グラスワンダーは史実において『2年の間にグランプリレースを三つ取っている』。
決してキングヘイローの話はありえないものではないのだ。
むしろ高確率でこのルートでくると俺は思っている。
「まぁ結局それを知るのは本人とトレーナーだけよ。ただ、スプリンターズステークスには来ないでしょうねぇ。短距離への適性は乏しそうだもの」
「それだけは言えますね」
「GⅡあたりまでならばかなりいい勝負はできるでしょうけど、短距離専門の子相手は厳しいでしょう」
「短距離路線は魔境ですから……」
悩んだってしょうがない。
というかこんな答えがでない問いで悩むよりも、もっと悩まないといけないことが沢山ある。
ミホノブルボン対策とかキングヘイロー対策とかブリッジコンプ対策とかタイキシャトル対策とか……。
あとマンハッタンカフェの凱旋門賞行き阻止もある。
やることが……やることが多い……!
「急にどうしたの? 頭を抱えてしかめっ面して。悩みを隠していても何もいいことないわよ? ほら、話してみなさい」
そうは言うが、何を話していいやら。キングヘイローの対策については論外だし、うーん……。
いや、せっかくだしマンハッタンカフェについて相談しておくか。
現状、カフェを引き止める算段は全く立っていない。アグネスタキオンが色々と策を講じてくれているようだが、結果は芳しくないようだし。
「キングは……、キングは友人が行って欲しくないレースに出るとしたら……どうしますか」
「……普通なら『友人なら応援しなくてどうするの!』って檄を飛ばすところだけど……。そうも言ってられない事情がありそうね」
「はい……」
流石はキング。すぐにこちらに何か事情があることに気づいてくれたようだ。
「簡単に言えば、出走したらまず確実に引退しないといけないって感じですね。最悪戻ってこれないかもしれない」
「なんであなたはそんな面倒なことばかり……。とはいえ、相談を受けるって言った以上、答えないわけにはいかないわね」
「なんかすいません……」
キングが唸るように悩み始める。
「うーん……。なかなかに難しい話よねぇ……。その子、ちょっと説得しただけでは引き止められそうにないのかしら?」
「ちょっと無理そうですね……」
キングは数十秒間福笑いのように表情を変えていたかと思えば、真面目な表情になってこちらに向き直る。
それに釣られて、俺も背筋を伸ばして真面目な顔をしてしまう。
「あなたはその子に行って欲しくないのよね?」
「はい、大切な友人ですし。彼女が走れなくなるなんて、考えたくもない……」
「ならば答えは一つよ! 力づくででも止めなさい!」
「ええ……」
いや、強引すぎない? というかそれはあなたの娘さんのやり口では……?
なんかキングヘイローさんIQ下がってない? ちょっと無理難題吹っかけすぎたかな……。
いやでもああ言われたら甘えておくのが礼儀だと思ったし。
「いいこと? そういう子って大体周りが見えなくなってるのよ。どうせあなたのことだから言葉では止めようとしてるのでしょう? それでも止まらない、と」
「ええ、まぁ。彼女の指導者役の子も止めてますし」
「ならもう力づくしかないわよ! 手でも握って『行かないで』って言いなさい。理論的に止めてもダメよ、そういう状態なら」
あー……。いや、確かにそうかもしれない。
今のマンハッタンカフェには何を言っても無駄だろう。ならば感情に訴えかけるしかないかもしれん……。
アプリだとどうやって止めたっけ。マズい、だんだん細かい記憶が曖昧になってきてる。
ともあれ少しずつではあるが、カフェを引き止めるための策が整ってきた。
「うん、うん……。ちょっと形になってきた。あとはアグネスタキオンからの連絡のあれを……」
「どうやら私の助言は役に立ったようね? あなたがその子を引き止められるのを祈ってるわ」
だけどやはりカフェの態度次第だな。かなり厳しい状況には間違いないだろう。
まあ糸口すら掴めていなかったことを考えれば、今の状況はかなり進歩したと言える。
ほんとキング様様だよ。三女神よりもキングを女神として信仰したくなってきた。
今度自室にキングを讃える神棚でも作るか……。
「ところであなた、最近トレーナーとはどうなの? 契約の話をしてから進展はあったのかしら」
「進展……? いえ、あれからいつも通りですけど……」
「はぁ!? えっちょっと待って、あなた専属契約延長したのよね……?」
契約延長と進展に何の関係が……? 全く話が見えてこない。
「ちょっと聞くけど、あなたにとってトレーナーはどんな人?」
「そりゃあ私をスカウトしてくれた恩人で、一番信頼してる人で、大切な人、ですかね?」
「……ねぇあなたトレーナーの性別言えるかしら?」
「? 男性ですよね? 流石にそれくらいわかりますよ」
キングヘイローが大きくため息を吐く。ええ、なんなんだ……?
自分でも色々と考えてみるが答えが出ない。一体何がそんなにもキングのことを脱力させたんだ。
「これは重症ね……。悪いけど私には無理だわ……」
「えええ、なんですかそれ。私に何かダメなところでもあるっていうんですか」
その言葉に、黙って首を横に振るキング。
「あなたが自分自身で気づくしかないわ。でも一体いつのことになるやら……」
なんかすっごい腑に落ちない!
そのあと俺は、無言で首を横に振りながらあきれた顔をするキングに部屋を追い出され、渋々部屋に帰るのだった。