TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
マンハッタンカフェ。『お友だち』に追いつくことを目的として走る、異色のウマ娘。
そんな彼女が次の目標として決めたのは『凱旋門賞』。
決して国外のレースを目標にすることは珍しくはない。
あのエルコンドルパサーも海外遠征の話が上がっていたはずだ。史実ではジャパンCのあとからずっと海外だったが、どうやらこちらの世界では国内路線に決めたらしい。
「ふむ、来てくれたかい。前は『可能性はある』なんて言ったがね、少し厳しそうだよ……」
浮かない顔のアグネスタキオン。
それもそのはず、彼女の説得は全て無駄だったらしく、マンハッタンカフェは海外遠征以外見ていないようだった。
正直俺だって説得できる算段が立っているわけではない。
むしろ成功確率は低いだろう。だがやらないわけにはいかない。
「ええ、話はタキオンさんとのチャットで把握していますから大丈夫です。しかしかなり強情なんですね……」
「キミもわかっているだろう? お友だちはカフェの原動力だ。それに逆らうなんて考えもしないんだろう」
「だからこそ、それをどうにかしないと遠征取りやめは難しいでしょうね」
改めて考えるとクソ難易度だ。だが、ここで止めなければマンハッタンカフェに未来はない。
これが俺の史実知識による思い過ごしならばよかった。
だが、彼女の状態を一番良く知るアグネスタキオンから見ても、凱旋門賞遠征は危ういものらしい。
となれば、止めるしかないだろう。
「ほら、カフェが来たぞ。もうキミに託すしかなくなってしまった。頼んだよ……」
珍しく弱気な姿勢を見せるアグネスタキオン。
そんな彼女に想いを託され、俺はマンハッタンカフェと向き合う。
「こんにちは……。見送りに、来てくれたんですね……」
どうやら俺がここにいる理由を、カフェは見送りだと判断したらしい。
だが俺のが来たのは別の理由だ。
「カフェさん。凱旋門賞遠征は考え直してください。フランスに行ってはダメです」
「あなたまで、そんなことを……。悪いですが私は凱旋門賞へ行きます。これは決定事項です」
いつにもなく力強いカフェからの返答。
クソ、これじゃ届かないか。
どうする……? どこから崩していくか……。
「タキオンさん……。あなたの差金ですか? 私は凱旋門賞に出ると言ったはずですが……」
「はぁ……。カフェ、私からも言わせてもらうよ? 凱旋門賞は考え直してくれ。キミの足ではロンシャンの芝は無理だ」
理論的に詰めていくアグネスタキオン。が、マンハッタンカフェはもう既にそんなことは聞き飽きたのだろう。
ペタリと耳を伏せて、まさに『聞く耳持たず』といった感じだ。
かなり厳しい相手だな、これは。
「キミも気づいているんだろう!? マンハッタンカフェというウマ娘の持ち味は『スタミナ』であって『パワー』でないと! ロンシャンの芝はパワーが必須! 本当に2度と走れなくなるぞ!?」
「かまいません……。たとえそうだとしても、呼ばれているなら行くだけです……」
「このっ! く、熱くなりすぎたね……ルクスくん、すこし頭を冷やすからカフェを引き止めていてくれたまえ」
マンハッタンカフェの足は決して丈夫ではない。
俺かタキオン、どっち寄りかで言ったらタキオン寄りだ。
というか俺の周り脆い子多くねぇかな……。ミホノブルボンも鬼ローテなどをこなしてはいるが、別に足が強いわけではない。
むしろ史実での事を考えれば脆いと言ってもいいだろう。
「カフェさん……。本当に走れなくなってもいいと思ってるんですか?」
「はい……。お友だちに追いつけさえすれば、それでいいと思っています……」
その言葉を聞いて、俺は頭に血が昇るのを感じた。
この子はっ! こんなにも心配してるのにっ!
「ですから、私には構わないでください……。『お友だち』が見えるだけで、あなたは関係ないはずです……」
「関係ない!? 関係ないわけないでしょう!?」
ズイ、とカフェに詰め寄る俺。流石の彼女も驚いたのか、一歩後ずさる。
だけどここが詰めどころだ。
「あなたは私の数少ない友人なんですよ!? ただでさえ紅茶派と緑茶派が多くて他の人にコーヒー淹れる機会が少ないっていうのに、あなたがいなくなったら買い込んだコーヒー豆はどうするんですか!」
「あの、それは、関係が……?」
「あるに決まってるでしょう!? 私をコーヒー派にしたの誰ですか! ちゃんと責任取ってくださいよ!」
キレながらマンハッタンカフェに詰め寄っていると、アグネスタキオンが帰って来た。
そして俺たちの姿を見て目を丸くする。
「あー……これは、どういった状況だい?」
「無責任にもフランスに行こうとしてるカフェさんを詰めてるんです! ブルボンさんもなんとかコーヒーの沼に沈めたけど、それでもまだ消費が追いつかないんですよ!」
「タキオンさん……。止めてくれませんか……?」
マンハッタンカフェが困ったような顔をしているが、関係ない。
思いの丈をすべてぶちまけていく。
というかそこで見ている『お友だち』もなんとか言え! 元はといえばそっちの責任だろう!?
「止める必要なんてないですよタキオンさん! ほらタキオンさんからもなんか言ってやってください!」
「あー……カフェ? 何をしたんだい? 彼女がこんなになるなんて」
「いえ、その、何かしたってわけではないんですが……」
1つ考えていたことがある。あのお友だちは『本物』なのか?
思い返すのはマンハッタンカフェ、そのアプリ育成ストーリーのノーマルエンド。当時はホラーエンドなどとも言われたそれは、『カフェはついにお友だちに追いつくが、それは本物ではなく彼女は人格を食べられ……』という感じのものだ。
だからこそ気づけた。あそこに立っているお友だちは本物なのか?
マンハッタンカフェは霊媒体質。
あの偽物のお友だちに強く影響されてこんな精神状態になっているという事も、充分に考えられるのだ。
「大体ですよ? なんで凱旋門賞なんですか! おかしいとは思わないんですかカフェさん!」
「いえ、お友だちが突拍子もないことをするのは良くあるので……」
「ああもう!」
そうしていると、とうとうタイムリミットがやってくる。
『フランス行きUAL284便、ご搭乗手続きがまだのお客様は……』
「時間のようです……。私は行きますので……」
そう言って搭乗手続きを済ませ、そのまま手荷物検査へ進もうとするマンハッタンカフェ。
俺はそんな彼女の手を握った。
「あの、離して、ください……」
「離しません! タキオンさんも反対側を!」
「あ、ああ……。なんというか、だいぶ強引だね……?」
カフェを両側から抑え、『お友だち』を睨みつける。
「大体あなたもなんなんですか! カフェの味方をしたいのか、それとも壊したいのかはっきりしてください! というか、あなたいつもの『お友だち』ですか本当に!」
「あー、ルクスくん? そのあたりにしておかないと、周りの目がだね?」
「タキオンさんは黙っててください! カフェを連れて行きたいならまず私から連れていきなさい! 私を壊してみろ!」
感情にまかせて言葉をブチまけているだけなので、自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。
だが、ここが瀬戸際なのだ。考えるよりも先に行動する!
「カフェさんもカフェさんです! こんなに引き止めてるのに、なんでそんなに強情なんですか!」
「いえ、あの……」
「私は! あなたに! フランスに行って欲しくないんです!」
マンハッタンカフェを抱きしめるようにして守り、『お友だち』を睨みつける。
そうしてどれだけ経っただろうか。俺たちの耳にアナウンスが飛び込んできた。
『フランス行きUAL284便、ただいまを持ってご搭乗を締め切らせていただき……』
「あ、お友だちが、いって、しまう……」
タイムリミット。それがやってきたのだ。
そのアナウンスを聞いた『お友だち』は恨めしそうに、憎らしげに俺を睨みつけてくる。
そして次の瞬間、おぞましい顔に変貌したかと思えば雄叫びのような声をあげ、煙となって消えてしまった。
あまりのことに、俺とマンハッタンカフェは驚きの声を上げることも忘れて立ち尽くしてしまう。
「これは……?」
「……わかりません。ですが、とりあえずはどこかに場所を移しませんか……? 流石に周りの目が……」
うん、それはまあ……。流石に周りの目が痛い。俺もカフェもそこそこの有名ウマ娘だ。
俺たちは周りの目を避けるようにして、人目につかないルートを使ってトレセン学園へと戻る。
そうしてやってきたのはいつもの実験室。
「はぁ、訳がわからないよ全く。それで、キミたちは何を見たんだ」
「カフェさんを呼んでいたのは『お友だち』ではなかったということですよ。推測にはなりますけど」
おそらくは『お友だち』を装った全く別の存在なのだろう。
あの恐ろしいほどの形相、あれが『お友だち』だとは思いたくない。
「ふゥん? 確かにいつもと方針が違いすぎた。獅子は我が子を谷へと落とすと言うが……今回のは谷ではなく、明らかに死地だったからねぇ。成長の余地すらないさ」
「そうですね。ともあれ、カフェさんを引き止められてよかったです」
「あんまりにも力技だったけどねぇ。ま、いくら仕上がったGⅠウマ娘とはいえ、2人掛かりには抵抗出来ないだろうしねぇ」
と、そんな話をしているとカフェがコーヒーを淹れてテーブルへと持ってきた。
うーん、いい香りだ。相変わらずマンハッタンカフェの腕は素晴らしい。
「どうぞ……。お詫びの意味も込めて、今日はいい豆を出しました……」
「お詫びって……」
「受け取っておきたまえ。落ち着いたのかい、カフェ?」
「はい……。かなり、ご迷惑をかけたようで……」
マンハッタンカフェの耳はしぼみ、少し恥ずかしそうな、悲しそうな表情を見せていた。
「今思ってみれば、あまりにも合理的ではありませんでした……。どうしてあんなに意固地になっていたのか、わかりません……」
「だろうねぇ。視野狭窄しすぎだよカフェ」
まあそうでもなければここまで問題には発展しなかっただろう。
カフェは霊媒体質でもある。おそらくはそれが関係してるとも考えられた。
もしかすると今後もこういうことあったりするのか……? いやでもマンハッタンカフェのターニングポイントは凱旋門賞遠征なはず。
「ありがとうございました、ルクスさん……。その、引き止めて貰えて、嬉しかったです……」
「引き止める、というにしては随分と強引で熱烈だったけどねぇ」
ああ、うん……。ちょっと感情的になりすぎた。
とはいえ、大切な友人を無くすなんて考えたくもない。その結果があの引き止め、という感じだ。
「あはは、でもカフェさんが大切な友人なのは本当ですよ? ほんと、まだまだ豆残ってるんですから。今度部屋に来てください。たまには私が淹れてあげたいので」
「わかり、ました……。ルクスさんの腕がどの程度上達したかも確認したいですし……」
「まあ何はともあれ丸く収まってよかったよ。さーて、そうしたら国内向けのローテーションとトレーニングメニューを組まないとねぇ」
本当にアグネスタキオンの言う通り、丸く収まってよかった。
マンハッタンカフェの淹れたコーヒーを飲みながら、3人で笑い合う。まあタキオンは自分で淹れた紅茶だが。
「次は宝塚記念かそれとも……。ああ、宝塚記念は出走登録だけはしてあるから、今からでも出走可能だよ」
「えっ、出走登録してたんですか? タキオンさん、抜け目ないですね……」
「ま、元々説得するつもりではいたからねぇ。ここまで手こずるとは思わなかったけど」
ということはマンハッタンカフェの次走は宝塚記念か。いや、カフェ次第ではあるが……。
「そう、だったんですね……。タキオンさんは、私が宝塚記念に出ることについては……」
「反対だったら出走登録してないさ。ま、時間に余裕はないけどカフェなら十分間に合うさ」
どうやら気合い十分なようだ。
俺はタキオンとカフェのやりとりを見て、思わず顔を綻ばせてしまう。
うん、本当によかった……。
やっとのことで戻ってきた2人の日常、それを観賞しながら俺は一口コーヒーを啜るのだった。
マンハッタンカフェ。この世界においては凱旋門賞で故障し、そのまま引退する事になるはずのウマ娘。
『流星』の行動によって彼女はその未来から逸れる事となりました。
三女神は笑っています。
流星は与えられた新たな使命を順調にこなしています。さあ今一度かの『流星』に試練と祝福を与えましょう——