TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
幸運からミホノブルボンは救われ、三女神の導きでマンハッタンカフェも救われました。
古来より『流星』は死を告げる存在であったり、願いを叶える存在として語られます。
三女神さまが『流星』に見出したのも同じものでした。ウマ娘としての、走るものとしての死を察知する存在であるとともに、『まだ走りたい』という願いを叶えるもの。
流星が次に輝くのは、一体どのウマ娘の——
6月も終わりに差し掛かり、むせ返るような熱気がトレセン学園を包み始めた。
本格的な夏の訪れの予感にウマ娘たちは……。
「ルーちゃん助けてぇ! 本当にマズいよぉ!」
「あー、コンプ? 俺は中等部だから高等部の勉強は」
「そんなこと言いつつ出来るんでしょ!? お願い、助けて!」
それはもう、大慌てだった。
6月末、そこで待ち受けているもの。それは『定期考査』だ。
トレセン学園は仮にも教育機関という体裁を取っている。それゆえ、所属するウマ娘たちはしっかりと勉学に励まないと行けないのだ。
「なんでこんな勉強しないといけないの! いいじゃんレース走れれば!」
「ま、俺たちウマ娘が現役で居られる時間は少ないからな。『そのあと』のことを考えたらこういうのも必要だろ」
ウマ娘の現役寿命は長くて6年ほど。
長いようで短いその期間を、ほとんど全てのウマ娘がレースに捧げることになる。
そしてウマ娘の現役時代は、それイコール『青春時代』だと言っていい。
さらに言うならば、青春時代というのは人生でもその後を左右する一番大切な時期でもあるのだ。
「という訳で、勉強ってのは大切なことなんだぞ。コンプも一生走っていられるわけじゃないだろ? 将来どうするにせよ、勉強して損はない」
「今を損してるんだってばぁ! うぐぐ、ルーちゃんはレースバカ枠だと思ってたのに、なんかめっちゃ成績いいんだもん! おかしいよ!」
まあ前世で散々勉強したからな……。流石に全部は覚えていないが、教科書見れば理解できるし思い出せる。
歴史だけは例外だけど。
なんだよこの世界の歴史! ウマ娘がちょくちょくインターセプトしてくるせいで、全くこっちの常識や知識が当てにならん!
「ここ! ルーちゃんここおしえて! 全くわからない!」
「あー、数学か。ええと、ちょっと教科書と解説見せてもらえるか? ……うん、うん。ええとな、まずはここの式が」
「……? ちょっと待って、もう一回お願い……」
ブリッジコンプには常日頃から世話になっている。だからこれくらいはしてやらないとな。
「ここはこっちに代入するんだよ。で、さらにこっちの式から引っ張ってきて……」
「うーん? あ、ちょっとわかったかも。じゃあこの数字はこうすればいいの、かな?」
「おお、よくわかってるじゃん。理解できたか? よしじゃあこれで……」
「待って待って待って! まだまだ沢山あるし、科目も数学だけじゃないから!」
そう言ってコンプのやつが取り出した参考書は、思わず俺の意識が遠のくほどの量だった。
いやこれ全部……? あの、今日明日じゃ終わらない気が……。
「ブリッジコンプさん? その、定期考査はいつでしたっけ……?」
「えっと……今週末……かな?」
俺は意識がすぅっと遠のくのを感じた。待って、本当に待って……。
絶対間に合わないじゃんこんなの!
いや、逆に考えるか。決して全部をやる必要なんて無いんだ。所詮は学校の定期考査、問われる知識は限られる。
あの中から必要なものだけを抜き出してなんとかコンプの頭に叩き込む……!
「コンプ、定期考査の過去問は!」
「あるけど……問題は変わるよ? とてもじゃないけど、これを覚えたって……」
「過去問の使い方が違う! 過去問は傾向を確認するための資料! そのまま覚えない!」
「は、はい……」
過去問資料に片っ端から目を通していき、できるだけ簡単そうな分野をピックアップしていく。
この科目はこことここ! こっちの科目はこっちの参考書の80ページから130ページまで!
これでも量多いな!?
「くそ、時間が足りん……。コンプ、夏前のレースに出る子は定期考査の時期を遅らせられる制度あっただろ!? なんで使ってないんだよ!」
「あ、あはは……。忙しくて忘れてました……」
おおう……。
そんな大切なことを忘れてたコンプを責めたい気持ちはあるが、終わったことをグチグチ言ってもしょうがない。
というかいくら責めても期限は伸びないし、勉強量が減る訳でもないのだ。
責める時間でもっとやることあるんだよ!
「これとこれとこれと……コンプ、この科目2年前から急に難易度上がってるんだけど!?」
「その科目は……あ、担当が変わったんだよ。ちょうど2年前に」
「うぎゃぁぁ! 過去問があてにならん! この科目はガチる!」
そうして選別していくと、最初にあった参考書の量は1/4ほどまでに減ることとなる。
ここまで、減らしたぞ……。
これなら……ワンチャン……?
「ギリギリ、ギリギリ終わるかこれなら……? コンプ、頑張れ!」
「多くない……? もうちょっと減らない……?」
「減らない!!」
コンプにハチマキを巻き、俺は定規を持ってスパルタモードになる。
地獄の定期考査対策。それはまだまだ始まったばかり。
わからないところがあれば逐一教え、サボりそうになれば机の前に叩き戻す。
そして疲労が見えた頃に、コンプのヤツにコーヒーを淹れてやる。
「つ、疲れた……。でも、ちょっとなんとかなりそうな雰囲気出てきたよ……。ありがとうルーちゃん……」
「それはよかった。ほれ、コーヒー。ミルクと砂糖多めにしてあるから、疲れた脳に効くぞ」
疲労困憊と言った感じのコンプが、ゆっくりとコーヒーを啜る。
コーヒー……というよりカフェオレとなった液体を口にして、コンプの顔が綻んだ。
どうやら俺お手製のカフェオレはお気に召したようだな。
「あー……疲れた体にルーちゃんの愛が染み渡る……。これだけで今日勉強してよかったって思えるよ……」
「はいはい。そんなこと言ってると量増やすぞ?」
「それは勘弁……」
コンプが今回こなした量を見れば、本当にギリギリではあるが間に合いそうな気配が漂ってくる。
「じゃあそれ飲み終わったら後半戦な」
「うげぇ……。ね、気分転換に」
「元気そうだな? 休憩はここらへんでおしまいにして」
「タンマタンマ! ちゃんと勉強します! ゆるして!」
そうして十分な休息を取ってから勉強を再開する。
ビシバシとスパルタ指導を続け、その日はなんとかノルマを終えることができたのだった。
そんな勉強生活を続けて数日、とうとう試験当日がやってくる。
……そういや俺、自分の勉強あんまりできてないな。大丈夫か?
「ま、なんとかあるだろ。授業もそこそこ真面目に聞いてたしなー。それに中等部の試験ならどうせ大したことないし」
実際ジュニア期終わりにあった定期考査も、かなりの成績で突破できた。
試験会場に入り、時間になると同時に答案用紙をめくる俺。内容に目を通せば、大半は見た事のあるようなものだった。
よし、これなら問題なさそうだな……。
「という訳で試験は全日程終了した訳だけど、どうだったコンプ」
「補習とか追試は、無い……とは思う。ううう、でもぉ」
「あんだけ頑張ったんだし大丈夫だろ。ほら、せっかく試験も終わったんだしやりたいことをして気を紛らわせるといいよ」
ここまで定期考査にこだわる理由。
簡単に言えば、成績が悪かった場合『夏合宿への合流が遅くなる』のだ。
「ルーちゃんと一緒に過ごす夏合宿……その時間が減るのだけはやだ……。お願い、赤点だけはやめて……」
「なんかしたいことないのか? いつまでも定期考査のこと考えてたら落ち込み続けることになるぞ」
その言葉を聞いた途端、コンプの目が怪しく光る。
あっ、これマズいヤツか?
「私のしたいこと……。ルーちゃん、手伝ってくれる……?」
「な、内容によるかな……」
「お出かけ……。ルーちゃんとお出かけしたい……。最近お出かけしてないもん……」
「あー……」
確かにそうだな。ブリッジコンプとはしばらく一緒に出かけてない。
春から夏にかけてはGⅠもそれ以外のレースも多いため、どのウマ娘も忙しい。
そういうこともあって、なかなかお出かけという訳にもいかなかったのだ。
「まあそれくらいならいいだろ。で、どこいくんだ?」
「ショッピングモール! 明日一日使ってルーちゃんとお出かけする! いいよね!?」
「あっはい」
ブリッジコンプの剣幕に、思わず頷いてしまう。
そんなに一緒に出かけたかったのか……。
「明日朝は寝過ごさないように! 時間の許す限り遊ぶから!」
「わかったよ」
次の日、ブリッジコンプは宣言通りに『時間の許す限り』俺を連れ回した。
まず朝起きて、強制的に着替えさせられたかと思えばそのままショッピングモールまで引っ張られていく。
そして開店と同時に中に飛び込みウィンドウショッピングが始まったのだった。
「うーん……。これかわいいけど、私じゃ着られなさそうだなぁ」
「サイズ無さそうだし、大人しく諦めるしかないかもな。俺たちってちんまいから、こういう大人向けって感じの服は入らないんだよね」
最近はちょっとだけ女物への抵抗も薄れてきた。
以前のホワイトデーでトレーナーから服をプレゼントしてもらったのがよかったのだろうか。
あの辺りから意識に改善が見られた気はする。
「お、これなら俺でも着られそうかな? ロングスカートだし悪くないだろ」
「待ってルーちゃんそれ買うの!? えっ、いつの間にそんな服を自分で選ぶように……?」
「いやちょっと前からこういう服も着るぞ? 結構似合ってるだろ」
「確かにめちゃくちゃ似合ってるけど……」
試着させてもらい、サイズがぴったりなのを確認してから購入する。
そろそろ秋物とかも用意しておかないといけないしな。
「むむむ……。私はパスかなぁ」
「なんだ、何も買わないのか? じゃあ次の店いくかぁ」
何件か店を渡り歩いたときだった。突然後ろから声をかけられ振り向いてみればそこにはウマ娘が。
うーん? なんか落としたか? というかトレセン生じゃなさそうだな。
そう思っていたときだった。彼女は目をキラキラと輝かせながら声を発する。
「あのっ! ブリッジコンプさんとミーティアルクスさんですよね!?」
「へ? そうですけど、なにか……」
「私っ! お二人のファンなんです!」
あー、そういうことか。俺たち2人はGⅠウマ娘、知名度はそこそこにある。
いままでにも何度か街中で声をかけられることがあったな……。
俺はすぐさま意識を切り替え、ファンサービス用に外面を取り繕う。
「えへへ、ありがとうございます。あ、サインとか要ります? 書くものあればなんですけど……」
「いいんですか!? ちょ、ちょっと待ってくださいっ、確かどこかに……」
ブリッジコンプと2人でファンの子にサインを書いてやる。
こんなことで喜んでくれるならいくらでもするわ。大切なファンのためだし。
俺みたいなウマ娘をこうして応援してくれるなんて、本当に感謝しかない。
「うわ、うわぁ……! お二人とお話しできて、しかもサインまでいただけるだなんて……!」
「いつも応援ありがとうございます。これからも応援してくださいね?」
「もちろんです! ルクスさんもコンプさんもずっと応援しますから! 次のレースも見に行きます!」
俺たち2人の手を強く握ってから、ほっこりとした顔で去っていくファンのウマ娘。
ああいう子からは元気をもらえるよなぁ……。
「はー、すごい子だったねぇルーちゃん。それに結構嬉しそうだったじゃない?」
「俺はファンにああして声掛けてもらうのも、こうしてファンサービスするのも好きだぞ。応援されてるんだって実感できるしな」
「ルーちゃんも一端のウマ娘になったってことだねぇ」
俺はひとりで走っているんじゃない。そう改めて思う。
トレーナー、ブリッジコンプ、ミホノブルボン、キングヘイロー……数々の味方とライバル達、そしてファンに背を押されて走っているんだ。
「じゃ、ショッピング再開といこうか。ほらコンプもまだ買い足りないだろ?」
「私新作のアクセ見たいんだけどいい?」
「う……アクセサリーか……。いまだにそういうのは慣れないんだよな」
「ルーちゃんは素体がいいんだから、アクセとかもつけないともったいなよ! ほら、私が良さそうなの見繕ってあげるから!」
もうすぐ本格的な夏がやってくる。
青い海、白い砂浜、そして照りつける太陽。俺たちを夏合宿が待っている。
準備と決意の夏合宿が——