TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
目標レースである安田記念も無事終わり、そろそろ次走を決めないといけない時期がやってきた。
とは言っても大きな目標は決まっている。
「俺が出れそうなGⅠって、今年中はあとスプリンターズステークスとマイルチャンピオンシップしかないよなぁ」
「まあそうだね。それぞれ9月後半と11月後半のGⅠレースで、そのどっちもクラシック・シニア級のレースだから……安田記念はいい前哨戦になったんじゃないかな」
短距離・マイルのGⅠレースは多くない。中距離以上と比べると明らかに数が少ないのだ。
まあダートと比べるとまだマシだけど……。
「その二つは出走登録するの確定として、あとはその間をどうするかだな」
「GⅡ、GⅢに出てもいいし、ぶっつけ本番でGⅠってのもアリだね。前までのルクスだったら前哨戦に出るのを薦めたけど、今のルクスならぶっつけ本番でもいいかな。あとはサマースプリントシリーズもあるけど……こっちはちょっとキツいかな?」
「そうだなぁ……。とりあえず近いのスプリンターズステークスか。えっと、スプリンターズSのトライアルレースって」
「キーンランドカップとセントウルステークスだね」
その2つかぁ……。俺はホワイトボードにレースの名前を書いて、それとにらめっこを始める。
まずキーンランドカップ、こっちは無しだ。開催が8月後半で合宿期間と被っている上、札幌レース場が戦場となる。
札幌……いや札幌は遠いだろ。
キーンランドカップにバツ印をつけた。
「ということでキーンランドカップは無し! 札幌レース場の分析しても今後のGⅠレースには役に立たないしな……」
「優先出走が欲しい場合には、そうやって回避する子が多いキーンランドカップは狙い目とも言えるんだけどね」
俺は仮にもGⅠウマ娘。1着を勝ち取った桜花賞以外でもそれなりの戦績をおさめているため、スプリンターズステークスへの出走は問題ないだろう。
となるとトライアルレースに出走することに『本番への備え』以上の意味はない。
そう考えると、もう一方のセントウルステークスへの出走もナシか……?
「微妙なところだよなぁ。というか他のウマ娘はどうするんだろうか」
「それなんだけどね……。タイキシャトルの海外遠征がきまったらしい」
「タイキシャトルが? まあそうか……」
これ辺はあまり驚きはない。史実でも彼女はフランスのマイルGⅠの最高峰『ジャック・ル・マロワ賞』へ出走し、見事1着を勝ち取っている。
ジャック・ル・マロワ賞は8月半ばに行われるレースだ。スプリンターズステークスは9月末開催。時期的にギリギリ出走してくるか……?
「あんまり驚かないんだね? あのジャック・ル・マロワ賞だよ?」
「だってタイキシャトルだぞ。間近で走りを見た立場からいうならば、そのままムーラン・ド・ロンシャン賞とかブリーダーズカップ・マイル取りに行っても驚かないさ」
それぞれフランスとアメリカで開催される、その国最高峰のマイルGⅠだ。タイキシャトルなら上位入着は十分可能だろうしな。
「……確かにそうだね。はっきり言ってタイキシャトルはとんでもないウマ娘だ。安田記念でルクスと走ってる彼女を見て改めて思ったよ」
「あれはな。『マイルの女王』って称号があそこまでピッタリなウマ娘はそうそういないだろ」
「唯一の救いは短距離ではマイルほどの圧倒的強さはないってことだろうね。それでもかなり厳しい相手には変わらないけど」
という訳で、タイキシャトルのスプリンターズステークス出走は不明、と。とはいえ、確率的には半々ってところだろうか。
最悪マイルCSに出走しないなんてこともあるかもしれない。ムーラン・ド・ロンシャン賞こそ9月前半開催だが、ブリーダーズカップ・マイルは11月前半開催。
海外遠征ということもあり、国内に戻ってすぐにレース……というわけにもいかないだろう。
まあそれもこれも、タイキシャトルが海外GⅠ3つ取りに行くって前提の話だけどな。
「っと、話が逸れたね。まあそんなこともあって、短距離・マイル路線を走るウマ娘の全員が必ず出走してくるってわけじゃなさそうだ。トライアルレースへの出走ともなればなおさらだろう」
「そうなると、ますますセントウルステークスへの出走も考えないといけなくなるな。ここのところマイル続きだったし、短距離の勘を取り戻して起きたい気持ちもあるけど……」
本当、微妙なところなんだよな。
「とりあえずは保留にしておこうか。合宿での仕上がりを見て決めるってのもできるね」
「そうするかぁ。しかし、海外ねぇ」
セントウルステークスの隣に三角印を付けて保留とする。
次にホワイトボードに書き出すのは、俺が戦うこととなるであろう有力ウマ娘たちの名前。
タイキシャトル、キングヘイロー、グラスワンダー、ブリッジコンプ、そしてミホノブルボン。
このうちスプリンターズステークスに出てきそうなのは……。
「グラスワンダー以外か。トレーナー、グラスワンダーは次走どうすると思う?」
「そうだね、次は中・長距離のレースへ行くんじゃないかとは思ってる。どうも彼女、マイル以下への適性が以前より落ちている感じもするしね」
「なんか怪我したらしいし、それのせいか?」
まあそこらへんは本人たち次第ではある。だが長距離向けのトレーニングを行なっている……なんて噂も聞こえてくるし、スプリンターズステークスにくることはないだろう。
「あとは……うん、全員出走しそうだな!」
「かなりの激戦になるだろうね……」
まずキングヘイロー。先の安田記念でこそ最後伸び悩んだが……決して楽観視できない相手だ。
キングの話を聞くに、どうやら俺が講じた策に上手くハマっていたようだった。だが一度見せた策に2度も3度もキングが引っかかるとは思えない……。
次にミホノブルボン。はっきり言ってヤバい。
『固有』に覚醒した彼女。あの最終直線での伸びは驚異的だった。事実俺は食らいつくことすら困難だったのだ。
……あれを捉えて抜き去ったタイキシャトルヤバくねぇか……?
「あとはブリッジコンプか……。コンプのやつも強敵なんだよなぁ」
ブリッジコンプ。俺の同室であり、恩人でもあるウマ娘だ。
他のヤバいウマ娘のせいで目立っていないが彼女もかなりの実力者であり、決して無視できない相手である。
併走してわかったけど、結構多芸だしなぁ。
「ライバルへの対策は大切だけど、それだけを考えてもしょうがないよ」
まあトレーナーのいうことはもっともだ。
ともあれ、これで出走方針はある程度決まった。
「ん……? これ新入生の情報か?」
「それかい? トレーナーとしてチェックしておかないといかないからね。その中に将来ルクスのライバルになる子がいるかもしれないよ」
「ふーん……」
先日トレーナーと契約についての話し合いをしてなかったらヤバかった。思いっきり勘違いして落ち込んでいたかもしれない。
ま、俺はトレーナーと専属契約してるから一切心配いらないんだけどな! 他のウマ娘にトレーナーを取られる心配はない。
そうして資料をめくっていた俺だが、ある一枚で手が止まる。
「カレン、チャン……?」
「ルクスも知ってたのか。あのウマスタグラムのアイドル『Curren』が編入したって話題になってたからね」
「ああ、うん……」
おいおいおいおい、マジかよ!? このタイミングでくるのか!?
カレンチャン。史実では生粋のスプリンターであり、短距離の女王とも呼ばれている。
今年デビューなら俺とカチ合うことになるな……。さて、これはどうしたものか……。
「トレーナー、少し敵情視察行ってくるわ。気になることがあるんだ」
「うん? 構わないけど……。もしかしてカレンチャンが気になるのかい? 普通ならば『どうせ話題作りのための行動だよ』って言うところなんだけどねぇ」
「それも含めて確かめてみるよ」
トレーナー室を出てカレンチャンを探す。
しばらく学園内を彷徨っていたが、ふとあることに気づいた。これウマスタの投稿見ればある程度まで場所絞り込めないか……?
『Curren』のアカウントを検索し、最新の投稿に目を通す。俺がウマスタのアカウントを持ってなかったので検索に手間取ったのは内緒だ。
『今日もデビューに向けて特訓中 #カワイイカレンチャン #お姉ちゃんとトレーニング』というコメントとともに、トレセンのグラウンドで撮ったと思われる写真が投稿されていた。
投稿時間は……15分前! まだグラウンドに行けば間に合うか……?
「んー、やっぱりまだレース関連の投稿には反応が悪いかなー? これから頑張らないとね」
滑り込みセーフ! 片付けを済ませ、撤収する寸前のカレンチャンを見つけてホッと胸を撫で下ろす。
ふむ、やはり体の仕上がりは悪くない。これは強敵だぞ……。
そうして観察してると、カレンチャンがこちらを向いた。やっべ、見てたのバレたか?
「! あなたはっ!」
こちらに気づいたらしく、カレンチャンが駆け寄ってくる。
走行フォームも悪くないし、重心のブレも少ない。やはり『話題作り』のためなんかじゃないな。
「ルクスさん、だよね! 初めまして、ウマスタアイドルのカレンチャンでーす☆」
「えっと、初めまして……?」
向こうはこちらの名前を知っていることに対して驚きはない。
一応俺もGⅠウマ娘でそこそこ有名人だし、なによりライバルになりうるウマ娘は向こうも把握してるだろう。
……いや、SNS映えのライバルじゃなくてね?
「まずはお近づきに一枚どうです? ほら、こっち寄ってー」
「へ、いや、あの」
「そうそう、笑って笑ってー☆ はいチーズ」
いや本当待って。えっなんなの?
俺が戸惑っている間にもカレンチャンは自身のスマホで写真を撮っていく。
体に染み付いたクセというのは厄介なもので、カメラを向けられるとついついファンサを意識してしまう。
「うん、いい感じ! ね、これ投稿していいですか?」
「私との写真でいいならかまいませんよ。……あの、かわりと言ってはなんですが、ちょっと脚触らせてもらえます?」
「えっ」
あの『カレンチャン』の今の状態を是非とも確認しておきたい。そう思ったのだが……。
「あの、もしかしてそういう趣味の……?」
「いや、違いますよ!? 有望そうな後輩の状態を確認したいだけです!」
完全に勘違いされてる!
いやこれは俺の行動と言い方が悪かったな。反省。
「あ、そういう? ちょっとならいいですよー☆」
「それじゃあ失礼して……」
「私は写真投稿しちゃいますねー。えっと、『ルクスさんとツーショット♪ #新しい出会い #カワイイカレンチャン』っと」
トモの状態も仕上がりも悪くない。が、まだまだ伸び代はあるな。
それもそうか。彼女は入学して3ヶ月も経っていないのだ。
……3ヶ月でコレ? ヤバくない?
「むむむむ……。やっぱりかなりの強敵……」
「あのー、そろそろいいですか? カレンそんなに熱心に触られると困っちゃうかも」
「ご、ごめんなさい!」
これは来年以降対策必須だな。
とはいえ、今はあの『Curren』に会えたってことで喜んでおこう。
「えへへー、ルクスさん人気ですね? もう『4万ウマいね』ですよ? ほら!」
おおー……。コメントもかなりきている。えっと、『カワイイ』『カッコイイとカワイイでさらにカワイイ!』……結構好評だな。
「あはは、こういうの普段やらないんで新鮮ですね。私はウマッターくらいしかやってない上に、ほとんどトレーナー任せですし」
「えー!? 勿体無いですよー!」
「私はマメな方じゃないんで、絶対放置しちゃうんですよねそういうの……」
キラキラキャピキャピ系のカレンチャンとはウマが合わないのではないか、とは思っていたが……なんか想像以上に合うな。
他愛のない会話をしているうちに空は赤く染まり、そのまま流れでカフェテリアへ場所を移すことに。
「私がここに来たの、ルクスさんの影響もあるんですよ?」
「はへ? 私の?」
「はい! 走ってる姿を見て、『こういうカワイイもあるんだ』って思って」
俺の走り、それへの世間の評価は高い。
一瞬で先頭に躍り出て勝利を掻っ攫う様は、実に『映える』のだろう。
だけどまさかあの『カレンチャン』にまで影響与えてるとは……。
「そう言ってもらえるとウマ娘冥利に尽きますね。カレンチャンさんもすぐに人気になると思いますよ?」
「えへへ、そうだといいかなー」
未来の強敵『カレンチャン』。
彼女の登場は俺へどのような影響を与えるのだろうか——