TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか   作:TS娘には恋させよ

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5 目標レースを決めよう


 

【注目新人ウマ娘】ミホノブルボン、脅威の逃げ足

☆月○×日 19:13 配信    24 

          

 

   

トレーニングに励む

ミホノブルボン

 今年もメイクデビューの季節がやってきた。今回の注目新人にミホノブルボンを上げる識者も多い。ミホノブルボンはメイクデビューでは序盤から軽快なスタートでハナを進み、そのまま先頭を譲らずゴールした。当該レースは1着ミホノブルボン、2着ミーティアルクス。3着以下を6バ身ほど引き離して実力を見せつけた。

 

 ミホノブルボンの次走は未定。今後が楽しみなウマ娘となっている。

 

 

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 トレーナー室。備え付けられたホワイトボードにはいくつかのレースが書き込まれていた。

 どれもが短距離レースであり、自分の出走レース候補となっている。

 

「で、だ。ルクスはどうしたい? 最終的な目標も聞いたことがなかったよな。そっちもしっかり聞きたいと思ってる」

「目標……」

 

 正直なところ、目標は既に達成されている。あとはゆるゆると走り続けられればいいんだが……

 少し悩み、それでも答えは出ない。というか短距離の重賞少なすぎでは? G1とか来年の夏合宿終了までないぞ?

 

「何かないのかい? なんでもいいんだ、それこそ……ミホノブルボンに勝つ、とかでも」

 

 ふと脳裏に浮かんだのは、自分より僅かに先を駆けていくブルボンの姿。

 全身の毛が逆立ち、言い表しようのない感覚に襲われる。恐怖? いや、バ群に飲み込まれたときのような感覚ではない。

 

「……そうだな、僕はルクスのことをまだよく知れてない。君はどんなウマ娘なんだ?」

「ええと、短距離が得意な追込ウマで」

「違う、僕が聞きたいのはそういうことじゃないんだ。君がどんな性格で、何が好きなのか。そういったことも知りたいと思ってる」

 

 何も、言えなかった。

 おそらく、トレーナーは不信感を抱いているのじゃないだろうか。まだ俺が心を開いてないんじゃないか、と。いやまあ反論は難しいが。

 仕方ない……担当トレーナーとの円滑なコミュニケーションは必須だ。こんなことで契約解除なんてことになったら目も当てられない。

 

「あーわかったわかった。これでいいのか? 俺はミーティアルクス。好きなものはウマ娘だ」

「ずっと気になってたんだけど、どうして『私』なんて一人称を使って取り繕っていたんだい?」

「いやー、その方がウケがいいだろ? どうしてもスカウトされたくてさぁ」

 

 それを聞いたトレーナーは、はぁと溜息をつくと俺を優しく撫でた。こいつ、撫ですぎじゃない? なんだ、俺は猫かなにかか?

 

「それも一つの選択だけど、君はもっと素を出した方がいいかもね。その性格を演じるの、だいぶストレスになってただろう?」

「ん、まあそうだけど」

「性格を取り繕うのはスカウト率を上げるには有効だけど、長続きしないことが多いんだ。知らない子も多いけどね。せめて僕の前くらいでは気を休めて欲しいな」

 

 あーそうなのか。いや、まあよくよく考えてみれば納得だ。親身になって接している子が、いつまで経っても素を見せてくれなければどう思うか? 信頼関係を構築できない、と思われてしまっても仕方ない。

 信頼関係に欠けば、あとは一直線だ。トレーニングメニューが杜撰になり、能力は落ち、レースで結果が出なくなる。そうして更に信頼関係にヒビが入り……という事だろう。

 

「あとトレーナー、手」

「あっごめん。嫌だったかい?」

「嫌っていうか、なんで撫でるんだよ。誰にでもこんなことしてるのか?」

 

 本当に調子が狂う。なんというか、トレーナーといるとどうにも自分を取り繕いきれない。

 

「いや、流石にしないよ」

「ふーん……」

 

 まあ、こんなトレーナーでも信頼はしている。事実あのミホノブルボン相手に、あと少しというところまで行けたのだ。

 だからこそ、トレーナーの考えが聞きたかった。

 俺は、どこまで行けるのだろうか。

 この体については未だわかっていない事の方が多い。それこそ、トレーナーの方がよく理解してるのではないかとも思う。

 

「で、トレーナーはどう思うんだ? 俺は、どこを目標にすべきか」

「……それについては僕から言うことはない。君が決めて、君が目指すものなんだから」

「って言われてもなぁ。なんつーかこう、走らないといけないから走ってただけだし、特に目標って目標もないんだよね」

 

 それを聞いたトレーナーは、困ったような表情を浮かべる。

 マズい、やらかしたか?

 

「そうか。ならば、ちょっと出かける事にしよう」

「は? おい出かけるってどこへ」

「ついてくればわかるさ」

「あっちょっと!」

 

 トレーナーに先導され、やってきたのはグラウンド。見ればトレーナーがどこかへ電話している。

 

「うん、ああ。悪いようにはしないさ。そう、グランドで待ってるから」

 

 電話をしてから数分して、1人のウマ娘が走ってきた。

 俺がメイクデビューで負けた、鋼鉄のウマ娘『ミホノブルボン』。未来の最強の一角がそこに居た。

 

「こんにちは。一緒にトレーニング、との事ですが」

「ああ、君のトレーナーには話を付けてある。今日一日よろしく頼むよ」

「はい。ですが本当にこちらのメニューに合わせるのでよろしいのですか? 皆からは『オーバーワーク』とも言われていて」

 

 ミホノブルボンのトレーニングは過酷だと有名だ。それは史実においても、ウマ娘においても同じ。坂路トレーニングを多く用いた、高負荷のメニューになっていたはず。

 そして、手渡されたメニューを確認して軽く絶望する事になる。

 えっマジ?

 

「あ、あの、これって一週間の……」

「いえ、一日のメニューですが」

 

 これだけのトレーニングをこなせているから強いか、強いからこそこれだけのトレーニングをこなせるのか。どっちが先かはわからないが、このトレーニングこそがブルボンの強さの象徴であるという事だけは確かだった。

 そうして、トレーニングが始まる。

 

「ひ、ひっ……」

「ペースが落ちているようですが。無理なら休んでいて構いませんよ」

「まだ、まだいけ、るっ!」

「はい、ならばもう一本行きましょう」

 

 地獄。ブルボンのトレーニングにはそんな言葉がふさわしい。

 普段は表情をほとんど変えないブルボンでさえ、顔には疲労が見えるほどだ。決して彼女も余裕でこなしているだけではない。それが、俺の心に火を着けた。

 常に前を走るブルボン、その背中。これに、負けたくない——!

 

「は、ぁぁぁぁっ!」

「ふっ、ふっ……」

 

 急斜面の坂道を駆け上がり、ついにはブルボンの前に出る。

 やった、と思ったのも束の間。数秒後にはブルボンに抜き返されていた。

 

「ふぅ……まさか先に行かれるとは思いませんでした。よい走りです」

「ひゅぅ……はひゅっ……」

「そろそろ切り上げましょうか。これ以上は脚に負担が掛かりすぎてしまいます」

「ぜひゅ、は、はひ……」

 

 トレーニングのあとはクールダウン。ブルボンも丹念に自らの脚をマッサージしていた。彼女のトレーニングは過酷の一言に尽きる。クールダウンをしっかりと行わなければ脚の故障に直結するだろう。

 2人無言でクールダウンに精を出す。

 そんなときだった。静寂を破り、ブルボンが口を開いたのは。

 

「あなたは……あなたはなんのために走っているのですか?」

「へ? いえ、私は走らないといけないから走ってるだけで」

「それだけで私のトレーニングについてこれるとは思いません。教えてください。どうして最後、私を追い抜こうと思ったのですか」

 

 正直、それを聞かれると辛い。自分でも理由がわかっていないのだ。

 気づけば体が勝手に動いていた。そうとしか言えない。

 いや、違う。あのとき感じた感情は確かに——

 

「対抗心……いえ、『勝利したい』という気持ちから、だと思います」

「私に、勝ちたい……ですか?」

「えっと、ブルボンさんの走りがとてもすごかったので。次は勝ちたい、多分無意識の内にそう考えてしまっていたんだと」

 

 ブルボンが黙り込んでしまった。えっと、どうしようこれ。『ブルボン.exeは応答しません』状態なんだけど。

 

「ならば……」

「?」

「ならば、追い抜かされたときに感じたこの想いも、『勝ちたい』というものなのでしょうか」

「えっと、あの」

 

 気づけばブルボンの顔が間近にあった。

 こちらをじっと見つめ、答えを待っている。

 

「多分、そうなんじゃないでしょうか。ブルボンさんは誰かに勝ちたいと思った事はないのですか?」

「私は常に一番前を走っていましたので。このように追い抜かされたのは初めてです」

「えええぇ……」

 

 いや、やばすぎだろミホノブルボン。まさか併走でも無敗なのか……? うっそだろお前。それとも、そもそも他のウマ娘と一緒にトレーニングする機会が無かった、とかだろうか。

 ああ、そういや誰もトレーニングについてこれなかったって言ってたな。こんなん、ブルボンのトレーニングがヤバいって事前情報がなければ嫌がらせだと思ってもしょうがないだろう。

 そして、ブルボンが抱いた想いはきっと俺と同じなのだろう。

 

「これが『勝ちたい』……ありがとうございます。とても有意義なトレーニングでした」

「こ、こちらこそ……?」

「ところで、ルクスさんは次のレースは決めていますか」

「えっと、ちょっと迷っているところで」

 

 それを聞いて、ブルボンは安心したように息を吐いた。

 彼女はこちらに向き直ると、真剣な表情で言葉を紡ぐ。その言葉は、俺の今後を決定する一言となった。

 

「朝日杯FSであなたを待ちます」

 

 ほわっつ? なんて?

 

「G1レースという場で、あなたともう一度決着を着けたいのです。だから、必ず来てください」

 

 こちらを射抜くかのような力強い目。それを見て俺は……怯える事なく堂々と言葉を返した。

 

「必ず、行く」

 

 一言だけではあった。だが、その一言で十分だ。

 こうして俺の目標が決まった。高く険しい、しかし自分で決めてやり遂げると誓った目標が。

 クールダウンも終わり、あとは寮に帰って飯食って寝るだけ。ブルボンに手を振って別れれば、あとはトレーナーと2人きりだ。

 

「トレーナーは、こうなるってわかってたのか?」

「予言者じゃないんだから、ここまではわからないよ。ミホノブルボンと一緒にトレーニングをすればなにか得るものがあるんじゃないかと思ったけど」

 

 ムスっとした顔でトレーナーを睨む。

 気軽にトンデモないウマ娘と引き合わせないで欲しい。ブルボンとトレーニングとか、最初生きた心地がしなかったぞ。

 

「それにしても、G1レースでミホノブルボンと決着を付けるなんて目標を立てるとはね」

「あ、あはは、成り行きでそうなったといいますか……」

「いや、決して成り行きなんかじゃないよ。G1レースに出たいって気持ちは、そう簡単に出てくるものじゃない」

 

 ウマ娘の中にはG1に出たがらない子も居るらしい。

 言うなれば、『心が折れてしまう』子が少なくないんだとか。すごいウマ娘の走りを目の当たりにしてしまい、『勝ちたい』ではなく『無理だ』と悟ってしまう子はありふれた存在なのだ。

 トラウマを植え付けるほどの走り。ミホノブルボンと対峙したからこそ、心が折れてしまった子たちの気持ちはよくわかる。

 

「だから誇っていい。君のその気持ちは、正真正銘君のものだ。君が君であるためにも、その気持ちを忘れないでくれ」

 

 俺が俺であるために。

 俺は一体何者なんだろうか。努力もせず、ただただ与えられた体で走る俺は、本当に『ウマ娘』と呼べるのか? そんな事を考えてしまい、怖くなってジャージの裾を握りしめてしまう。

 

「ルクス? どうした」

 

 そんな俺を見て、心配したのかトレーナーが声をかけてくる。

 こんな悩み、いえるわけない。そう思って誤魔化そうとして。

 

「あ……」

 

 真剣な、トレーナーの瞳を見てしまった。

 きっと、この人ならば悩みを打ち明けたとしてもしっかりと答えを返してくれるのだろう。その瞳をみるだけで、それがわかった。

 だけれども、全部を打ち明ける事なんてできない。

 

「トレーナーは、突然身の丈に合わない力を手に入れてしまったら……どうする?」

「難しい話だね……でも、きっと手に入れた事にもなにか意味があるんだろう。僕ならば、その力を有意義に使っていきたいかな」

「怖くないのか……? 今まで自分になかった力を使うなんて」

「要はウマ娘でいうところの『本格化』みたいなものだろう? あれも急激にレースを走る能力が向上するからね」

 

 あ、と声を上げてしまった。そうか、要は本格化と同じなのか。そう考えると少しだけ楽になった。

 話せたのは本当に端っこだけだ。だけど、それだけでもここまで心が楽になるなんて思わなかった。

 

「ありがと、トレーナー」

 

 だからこの心臓の高鳴りは、少しだけ悩みが軽くなったからだと思う事にした。

 だって、そうでもなければ——

 

 


 

 

 三女神様たちは今日もはしゃいでいます。送り出した男の魂は、すっかりウマ娘の体に馴染み切りました。こんなに早いなんて、嬉しい誤算です。

 そしてそれと同時に、ウマ娘の本能も少しずつではあるけれど手に入れているようでした。

 ウマ娘は勝利を求めます。ウマ娘は貪欲です。そんなウマ娘の本能を手に入れてしまった彼女は、どうなるのでしょうか。

 行く末をみるために、三女神様たちは彼女とそのトレーナーを優しく見守り続けるのでした。

 

 




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