TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
ある日の事。授業も終わり、カフェテリアで一服しようとした俺。この日は運が悪かった。
「クソ、混んでるな。席が全く空いてない」
カフェテリアは大変人気だ。学園外よりも質のいい物が、学園外より安い値段で提供されているのだ。当たり前といえば当たり前だろう。
しかしなぁ、実に困る。
あたりを見回して空席を探していると、こちらを呼ぶ声が聞こえた。
「ちょっと、こっちよこっち!」
声はカフェテリア、そのテラス席から聞こえていた。
キングヘイロー。何かと縁のあるウマ娘の一人だ。
「ありがとうございます、キング先輩。席が一杯だったので助かりましたよ」
「あなたねぇ、席はちゃんと注文の前に確保しておきなさいよ。コーヒーとケーキを持って立ち尽くしているあなたを見て、どうしようかと思ったわ」
キングの前には俺と同じようにケーキと飲み物が並んでいた。と言ってもキングの飲んでいるのは紅茶のようだが。
「あはは……」
「まあいいわ。あなたがそうやって抜けてるのはいつものことだし」
「うぐぅ……さ、最近は結構マシになったんですよ?」
「そうね。見たところ容姿にも気を使ってるみたいだし、ファンサービスをして貰ったって声もちらほら聞くわ」
一杯、紅茶を飲む。
キングヘイローのその姿は実に絵になっていた。カフェテリアのテラス席という事もあり、風で髪がたなびいて絵画のようですらある。
うーん、一流……
「ま、やっとキング離れ出来そうで安心だわ。いつまでも私が面倒見る訳にはいかないしね」
「いつもいつもありがとうございます……」
さて。
テラス席ということもあり、周りに話が漏れる心配はないだろう。せっかくだ、1つ気になっていた話題を切り出すとするか。
「キング先輩はこの後どうするんですか?」
「私? この後はトレーニングだけれど……」
「そういう事ではありません。キング先輩は
カチャリ、とカップが音を立てて置かれた。
そして奇妙な沈黙が俺たちの間を包む。俺は口を開かず、キングは何かを考えるようにと宙に目をやっている。
キングヘイローは史実において、計4年ほど走っている。となると、こちらでももう1年走る可能性があるのだが……
「そうね、あなたには言っておいてもいいかしら。私は今年でトゥインクルシリーズからドリームトロフィーシリーズに進むわ」
そうくるか……。
となると、ラストランがどうなるかというのも問題だ。マイルチャンピオンシップか、それとも有馬も走るのか。
「キング先輩はマイルチャンピオンシップに来るんですか?」
「ええもちろん。あなたたちと決着をしっかり付けておきたいしね」
「ならばそれがラストランに……」
「ならないわよ?」
その言葉を聞いて、ああやっぱりと思ってしまった。
キングヘイローは短距離・マイル路線に進むといいながらも、黄金世代の皆と走る事を諦め切れていなかったのだろう。
あいにくとマイルまで足を伸ばしていたのは、グラスワンダー1人のみ。
正直その気持ちは痛いほどにわかる。今俺が中距離長距離に進み、コンプやブルボンと走れなくなったら、それはもう落ち込むだろう。
仕方ない事だ、これも道の1つ……と納得しながらも、絶対に心のどこかで彼女達の事を考えてしまう。
「なら、キング先輩は……有馬記念に……?」
その言葉を聞いたキングは驚くように目を見開いたが、すぐに平静を取り戻す。そして何かを悟ったような顔で、こちらに語りかけた。
「はぁ、あなたは憎たらしいほどに優秀ね。そうよ、ラストランは有馬にする予定だわ」
「確かにキング先輩ならファンからの票も集まりそうですし、出走出来るかもしれませんが……」
「私自身、かなり厳しいであろう事はわかっているわ。でも、どうしても走りたいの。わかるでしょう?」
そう言われると何も言うことが出来ない。
「それがキング先輩の意思ならば、私は出来る限り応援したいと思います」
「ふふ、ありがとう。ほら、冷める前に飲んでしまいなさいな」
「おわ、そうだった!」
ケーキに舌鼓を打ちながらコーヒーを啜る。
うーん、やっぱりカフェテリアはスイーツもコーヒーもレベルが高い。確かにこのレベルならカフェもおすすめするだろう。
まあ行列が出来ることが多いので、めったに飲めないんだけどな……。
「あなたは本当に美味しそうに食べるわねぇ」
「だってカフェテリアのはどれも美味しいですから! 本当は新作まとめて全部食べたかったんですけど……」
「太るわよ?」
「それが全くなんですよねぇ……むしろ体重が減りかねないので、トレーニングの後とかはもっと食べるのを推奨されてるというか」
そうなのだ。前より食べる量を増やしているはずなのに、一向に体重が増える気配がない。というか、前はちょっとは増えていたのに、ここ最近それすら無くなった。
いや、原因の1つには心あたりがある。
俺の固有、アレは相当エネルギーを使う。
「頭を使う走りするのでそれのせいもあるかもしれませんね。レース映像の分析の後とか甘い物が死ぬほど欲しくなりますし」
「あなたねぇ……。倒れたりしたら一大事よ? ちゃんと体調管理はしなさい!」
「あはは、面目ない……。とはいっても、トレーナーにはしっかり管理して貰ってるんで」
今日こんな風にカフェテリアに来ているのも、トレーニング前にちゃんと糖分を取る為だ。
を取る為だ。
まあこれだけじゃ足りなそうだし、トレーナー室に備蓄してある甘味類から何か摘まむか。
最後の一口、ケーキを食べてこれにて完食!
はー、ほんと美味しかった。これレシピとか貰えないかな。今度お茶請けで作りたい。コーヒーにかなり合うし、トレーナーに出したら喜ぶだろ。
「さて、それでだけど……あなたは今日暇かしら?」
「いえ、この後トレーニングですけど……どうしたんですか」
「猛烈に誰かと走りたい気分なのよ。どうかしら、一本」
ふむ……。キングヘイローと走るのは悪く無い。マイルチャンピオンシップ前に、仕上がり具合も確かめておきたいしな。
とはいえ、俺一人で決める訳にもいかない。
トレーナーへメッセージを飛ばし、確認を取る。
「お、大丈夫だそうです。じゃあグラウンドに集合でいいですか? ちょっと準備とかあるんで、15分後くらいで」
「まあそれくらいがちょうどいいわね。私も一旦準備に戻るわ」
トレーナー室で金平糖を口に放り込み、ジャージに着替えてからグラウンドに出る。
お、トレーナーもう来てる。
「なんか急に走る事になっちゃって、ごめん。トレーニングメニューのスケジュールとか大丈夫だった?」
「問題ないよ。むしろここら辺で一回併走とか模擬レースを入れる予定だったからね。ちょうど良かったよ。前回が短距離だったし、マイルの勘を取り戻してもらいたいし」
「ん、ならよかった。せっかくキングが一緒に走りたいって言ってくれたのに、走れないんじゃ悲しいからな」
キングからはいろいろと教わった。
ウマ娘としての常識を始め、レースの事、走りの事、そういえば契約についていろいろと説教されたこともあったっけか。
そう考えると感慨深いな。
彼女と初めて会ってから、そう時間が経っていないような錯覚さえ覚える。
「遅れなかったようね? それじゃあ軽く何本か走りましょうか」
キングとの併走は大変頭を使う。というのもキングが意外と『小細工を使う』ウマ娘だからだ。
自身を一流と称し、自信満々の態度を取っているところから勘違いされがちだが、彼女は結構繊細な走りをする。
まあこれは自己分析がしっかり出来ている事の証拠だろう。
俺と一緒で、しっかり頭を使って走らなくてはダメなタイプなのだ、キングは。
「クソ、やりづらいっ……」
キングの後ろに付くようにして、仕掛けどころを伺っていたのだが、こちらが動くとキングも体を動かす。
反則にならない程度にコースを塞ぎつつ、こちらの作戦を潰してくるのが本当にいやらしい!
仕掛けどころを見失えば、あとはズルズルと垂れていくだけ。結局キングを抜くことは出来ずに、一回目の併走が終わる。
「うへぇ……アレされるとめちゃくちゃキツいんですけど……」
「そうね、本番で出来ればベストなのだけど」
「本番で出来れば?」
その言い方だとまるで本番じゃ出来ないみたいだな。
何か問題でもあるのだろうか。
「簡単な話よ。あなた、前のミホノブルボンに注視しながら、後ろで息を潜めるウマ娘にまで意識を向けられるかしら?」
「ああー……」
うん、納得した。そりゃキツいよな……。
だからこそ、ここで俺にその走りを見せたのか。
「ま、あなたに有効なのはわかったわ。余裕があったらやってあげるから覚悟なさい」
「うげぇ……お手柔らかに……」
「本番になったらあなたは大体に大外に出て無駄になる、なんてことがありそうだけれどね」
「まあ、それは俺の十八番なんで勘弁を」
あの前に何もない場所を突っ走る感覚が最高なんだよなぁ。
前を塞がれると窮屈でしょうが無い。これは俺の気質なんだろうな。改善しようとしてもどうにもならん。
「さて、次に行きましょうか、出来ればミホノブルボンさん対策をしたかったのだけれど……」
「キング先輩も自分も、後方寄り
ですからね……」
そんな事を言った俺を、キングがジッと見つめる。
「ねえあなた、一度『逃げ』で走ってみなさいな」
「ええ? 悪いけど、後ろから追い上げられるのとか前と後ろ両方意識するのとかは無理ですよ」
「最初から最後まで先頭を維持すれば、気にするのは後ろだけで済むじゃないの。それに大逃げなら追い上げられる心配も無いでしょう?」
「いや、でも……」
「それにあなた、選抜レースで大逃げしてたじゃないの」
そうだった! キングは俺の事を選抜レース前からマークしてたんだったわ!
うぐ、そう言われてはしょうが無い……。一回だけやってみるか。
「じゃあいいかしら?」
「わかりましたよ……あんまり期待はしないでくださいね?」
ぎゅっぎゅ、と地面を踏み固め、スタートダッシュの準備を整える。
そして合図と同時、力強く地面を踏みしめて加速した。
「っ……!」
後ろでキングが息を飲むのが聞こえた。
本来最終直線で行うべき加速を、序盤も序盤、開幕直後に行う。
耳を動かして気配を探ってみれば、キングの走行音らしきものが遙か後ろから聞こえる。ふむ、これくらい離してれば恐怖心は無いな。
とはいえいつまでこのペースを続けられるか……。
「あと、半分っ……!」
ジリジリとこちらに近づいてくるキングの足音。
それに恐怖しながらも、必死にペースを維持しつつゴールへと駆けていく。
これが、ブルボンの見ていた世界か……!
瞳孔が引き締まって、感覚がレースに集中していく。
「来たか、キング」
気配から察するに、残り6バ身ほど。まだだ、まだ大丈夫……。
ゆっくりと息を吸って吐き、心を落ち着けた。
そして思い出すのは最終直線で加速するブルボンの姿、そして夏合宿で見たセイウンスカイの姿。そうか、こうやって後ろの心を折っていたんだな……。
キングの加速に合わせて地面を強く踏みしめて、距離を詰めさせない。
「この、ままっ……!」
最近はスタミナもかなり付いてきた。これならギリギリ、保つか……?
キングが動揺しているのは気配からよくわかる。だが、そこで終わらないのがキングヘイローというウマ娘だ。
気力を振り絞り、俺に詰め寄ってくる。
ま、ずいっ……! 距離が離せない!
「う、あっ……」
ぐらり、と俺の体が揺らいだ。
集中力が途切れて視界が一気に元に戻り、失速を始めた。
そんな俺の横を、キングヘイローが駆け抜けていく。
結局ゴールを駆け抜けたのはキングが先。俺は息を整え、芝に仰向けに寝転がった。
「ルクス!? 大丈夫かい!?」
「大丈夫よ、ルクスさんのトレーナーさん。よろめいたように見えるけど、別にそうじゃないわ。単に力が抜けてしまっただけよ」
「そうか、それはよかった……」
くそ、やっぱ俺に逃げは無理か……。わかっていた事ではあったが。
それはそうと、ブルボンの見ていた世界を見れたのは、かなりのプラスになるのではないだろうか?
「それにしてもヒヤっとしたわ。最初のスタートダッシュもそうだけれど、最後に私の加速に合わせて速度を上げた時には、本当に背筋が凍ったわ」
「あはは……私としては、キングがどんどん詰め寄ってくるのが心臓に悪かったですけどね……」
「それにだいぶ勉強にはなったわ。そうね、あのタイミングで引き離されても加速はそう長くは続かない……だからあそこは……」
ブルボンと自分のスペックはそう大きく離れてはいない。適正が逃げに全振りされているか、追込に全振りされているか。あとはスタミナの違いくらいだろうか。
加速力などは拮抗している……と信じたい。まあ五分五分のレースを何度もしているし、あながち間違った分析でもないだろう。
そう考えると、俺に逃げさせて『仮想ミホノブルボン』にするのはまあ間違ってるとは言い切れないんだよな。
「よし、なんとかまとまりそうよ。あなたも得るものがあったみたいね?」
「ええ。まあミホノブルボン相手にどの程度効果があるかはわかりませんが」
逃げの心理。これを再確認出来たのは大きい。
あとはレース動画見つつ、どう揺さぶりを掛けるかを研究するしかないかな……。本番まで時間は少ないが、少しくらいは形になるはずだ。
以前はミホノブルボンに付け入る隙など無いと思っていたが、俺は『彼女が決して感情のない機械ではない』ことをよく知っている。
「お互い頑張りましょう」
「ええ、そうね」
2人で決意を新たにする。
マイルチャンピオンシップまではあとわずか。
下半期を統括するマイルレースが、すぐそこまで迫っていた――