TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
いよいよクラシック級が終わろうとしています。
三女神様は『流星』を見て、穏やかな笑みを浮かべていました。
これで2年。レース、恋愛、そしてウマ娘たちの救済。それらをこなし、彼女は走り続けています。
三女神様ですら、『流星』の結末を知ることは出来ません。流星の行く先はこれからも沢山の苦難が待ち受けています。それは三女神様が手を加えなくとも同じこと。むしろ救われないウマ娘たちは増えることでしょう。
険しく厳しい道のり。ですが彼女の行く先には必ず光が溢れていることでしょう。
三女神様は微笑んで言いました。『流星に祝福あれ』と。
タイキシャトル不在のマイルレース。そんな事を感じさせないほどに、京都レース場は熱気に溢れていた。
押し寄せた観客の多さから入場規制が敷かれ、会場に入れず外でたむろするファンが多数出るほど。
「うわぁお……タイキシャトルが居ないからもっと人も少ないと思ってたんだけど……」
「そんな訳ないでしょ。タイキシャトルと競り合うようなウマ娘が何人も出走するんだよ? ルクスだって直近のスプリンターズステークスで勝ってるからかなりの注目株のはずさ」
「いやそれはわかるんだけどさ、なんか感覚麻痺しそうで」
とんとん拍子でG Iという舞台に来てしまった上にライバルのブルボンの出走レースがほとんどG Iなため、俺の中の『普通』の感覚がGⅠレースに浸食されつつある。
「あの中には少なからずルクスのファンもいるんだから、誇っていいと思うよ。それに、今後はずっとこんな感じのレースばかりだろうし」
「……それもそうか。調整の為にGⅡとかGⅢに出る事はあるだろうけど、そっちを主戦場にする事はないだろうしなぁ」
それもこれもミホノブルボンのせいだ。いや俺も納得しての事だけど。
「さて、調子はどう?」
「悪くはないんだけど……スプリンターズステークスの時ほどではないかな。あの時は今までで一番調子よかったからなぁ」
「あれには驚いたよ。観客も驚いてたくらいだからね」
固有を発動する難易度はトレーニングのおかげでだいぶ下がってきて、ある程度意図的に行えるようにはなった。
だがあの時のように『意図せずして』固有を発動させたのはあの時が初めて。初めて固有を発動させた時のような暴発ではなく、完全な形での意図しない発動。
「ま、調子なんてその時その時で変わるさ。別に調子が悪いわけじゃないんだし、全力を出すまでだ」
「そうだね。勝負服もピシっと決まってるし、問題はなさそうだ。それじゃあ、行っておいで」
トレーナーに背中を押され、控え室を後にする。
レース場の地下、各施設を繋ぐ通路は驚くほど静かだ。
うっすらと遠くの入り口から聞こえる外の喧噪以外は何も聞こえず、外の世界から隔離されているかのような錯覚すら感じる。
既に冬が近い。前回のスプリンターズステークスから打って変わって、会場を包む空気は冷たく、そして刺すようなものへと変化していた。
「本日のメインレース、マイルチャンピオンシップ! まずはパドックでのお披露目です! 会場に詰めかけたファンの数は想定の倍近くなっており、入場制限が……」
ひんやりとした地下通路から出て、日の光の下へと体を晒せば、そこでは沢山のファンが俺たちの登場を今か今かと待っていた。
「なあ、今回はどうなると思う? 毎回予想してるけどさ、最近読めないレースばっかりでなぁ」
「それはそうだな。直近だと菊花賞は完全に予想をミスった。まさかナリタトップロードが取るとはね……」
「ああ。好走こそしてるものの、あと一歩足りなさそうな雰囲気を常にだしてたからな。今回も掲示板止まりだと思ったんだけど」
澄んだ青空。今回は天候にも恵まれ、おそらくはバ場判定も良となることだろう。
足下を踏みしめてみれば、いつも通りの芝の感覚が返って来る。
「まあそれでも予想しないわけにはいかないよな。俺たちファンとしては」
「それはそうだ。予想しなかったらレースの楽しみを1つ捨てる事になるからな」
今回注目すべきはやはりミホノブルボンだろうか。
京都レース場の外回りに存在する。通称『淀の坂』。これをどうにかしてくるのは、おそらくミホノブルボンのはず。
「お、まずはポライトサルートちゃんか。最近GⅢとかで勝ってるの見るよな」
「ああ、普段はオープンやGⅡ、GⅢを主戦場にしているが……マイルチャンピオンシップという舞台は見逃せないものだったんだろう」
「好走は期待出来るし、なにより応援したくなるんだよな彼女」
仕上がりは悪くない。しかしながら、事前情報から得られたデータと大きな差違はなさそうだ。
決して目を離す事は出来ないが、強くマークするほどではないと言った感じか。
くるりと回転する彼女を見ながら、俺はそう結論づけた。
そして入れ替わりで出ていくのは、ブリッジコンプ。
「ブリッジコンプ、逃げのウマ娘だ」
「スプリンターズステークスではあと一歩足りなかったな。いや、あのメンツに食らいついているだけで十分驚異的なんだが……」
「相手が悪い、と言うことか。だがタイキシャトルから逃げ切ったこともある。ここ一番でやってくれるかもしれないぞ」
「ああ。GⅡなどでの成績も上々だ。ただ、距離適正がマイルよりも短距離寄りなのが少し厳しいか?」
ブリッジコンプの距離適正は短距離に寄っている。これは彼女自身も気づいていることだ。
俺と同じと言える。
それ故、今回は厳しい戦いを強いられるという事を彼女も理解しているはずだ。
だが彼女の目から闘志は消えていない。むしろ燃えさかるような炎が、瞳の奥に見えた。
「実は俺、前からコンプちゃんのファンだったんだよな」
「それで去年のスプリンターズステークスで号泣してたのか」
「ああ……あの子がGⅠウマ娘になった時は、それはそれは嬉しくてな……」
ブリッジコンプは今年でトゥインクルシリーズを退き、ドリームトロフィーシリーズへと進む。このレースが引退レースとなる可能性は非常に高い。
もう1つか2つ、URAファイナルズの前にレースを挟む可能性はあるが……。
「次は……ミーティアルクスか。前回のスプリンターズステークス勝者にし
て、短距離の王者だな」
ステージへと進み、くるりとポーズを決める。
もはや定番となった、ケープを翻してから空を指差すポーズ。うん、やっぱこれをやると『レースが始まる』って実感出来るな。
「マイルのGⅠでも勝ってるのを見るに、短めの距離が得意なんだろうな。最初は短距離・マイルで追込なんてキツいと思ったんだけどなぁ」
「今じゃそんな声は一切聞かなくなったな。ここまでほとんどのレースで上位入着を果たしていることを考えると、今回もかなりの好走が期待出来る」
「だな。おそらくはかなり策士な子なんだろう。勘に頼らない走りをしているからこそ、これだけ安定した実績を出していると俺は考えてる」
「つまりシンボリルドルフ系ってことか。意外だな」
自分の番も終わり、後ろへと下がる。次はキングヘイローか。
ふと緑と黒の勝負服を身にまとう彼女へと目をやる。
「……っ!?」
思わずたじろいで、一歩後ずさってしまった。
キングヘイロー、その瞳の奥に燃えさかる火炎を見たような気がしたのだ。
しかしそれは気のせいだったのか、再び目を合わせてもそのような感覚はなかった。
「他の黄金世代とは全く別の路線を進んだ事もあって、『逃げた』などと呼ばれることもあるキングヘイローだが……」
「最近はその評価もかなり変わってきたな。短距離やマイルが激戦区だという認識が広まってきた事も大きいだろう」
「ああ。逃げたんではなく、新しく『挑戦』したという見方をされるな、最近は。高松宮記念で勝っていることや、勝てなくても好走し続けている事が大きいんだろう」
これは理論的に導き出したものではない。だが、理論だけでレースが進むならば誰も苦労はしないのだ。
一旦深呼吸をして、感覚をリセットする。
「仕上がりもかなり良いな……。気合いも十分だし、これなら今日も好走が期待出来るだろう」
「キングヘイローはマイルGⅠでの勝ちは無しか……ここで勝てたなら、かなり評価も上がるだろうけど、難しいかもしれないなぁ」
次のウマ娘が前へと出る。あれは8番人気の子か。
仕上がりこそ悪く無いものの、いまいち気迫に欠ける。調子もそこまでのようだし、少し厳しいか?
そしてやってくる。俺の一番のライバル、ミホノブルボンの番が。
「これは……」
「ああ、本気だな……」
ミホノブルボンの体はこれ以上無いほどに鍛え上げられていた。
勝負服の都合上、トモなどを隠すものはない。それ故に、仕上がりのよさがよくわかる。これは、すさまじい……。
スプリンターズステークスから大きく期間が空いた訳ではないのに、ここまで鍛えあげられるものなのか。
驚愕しつつも、俺はブルボンの分析を続けていく。
「彼女の持ち味は、平地でも坂でも変わらないラップタイム。今回の『淀の坂』でも同じ事が出来るなら、彼女の勝ちは堅いだろう」
「だが、あの『淀の坂』だぞ? そんな事は不可能だろ」
「決めつけるのは良くない。過去にアレを駆け上がったウマ娘は居るんだ。ブルボンがそれをしないと誰が言えるんだ」
「確かに、それはそうだが……」
ブルボンの仕上がりは確かに凄いが、俺だって決して負けてはいない。
勝負服が肌をほとんど全て隠しているため、観客やライバル達からはそういった声は上がらないが。
それを考えると、あとは本番でどれだけ力を出し切れるかの問題になるだろう。
体に力を込め、今一度気合いを入れ直す。
気持ちで負けたら、そこでおしまいだ。
「おい、どう思う? かなり難しい状況になったな」
「そうだな……」
ケープを翻し、ステージを後にする。
ああ、そうだ。俺は『勝つ』為に走るんだ。
想いを新たに、地下通路を通って本レース場へと移動する。
「ふぅ……やっぱり、落ち着くな」
喧噪から切り離された地下通路は、心を落ち着かせるのには最適な場所と言える。
長い長い通路であるが、この長さが逆にありがたい。移動の時間を、ゆっくりと気持ちを整理する時間にする事が出来るのだから。
心が十分に落ち着いた頃、俺は本バ場へと足を踏み入れた。
「さあついに始まります『マイルチャンピオンシップ』! 国内のマイル王を決定するこのレース! 今日は会場に多くのファンが押しかけ、入場制限が敷かれるまでになっています!」
ふむ、やっぱり芝の状態は悪くない。京都の芝は軽いことで有名だ。バ場の状態が悪くないことも相まって、かなり高速なレースとなることが予想される。
とはいえ、秋のレースラッシュが始まってからだいぶ経つ。毎回の激戦の跡が芝には刻まれており、コース取りも重要な要素となってくることが予想された。
「三番人気はこのウマ娘、キングヘイロー! 黄金世代の一角でもあり、GⅠ2勝のシニア級ウマ娘です!」
「彼女のGⅠでの勝ちレースは中距離と短距離。未だマイルでは勝ちがありません。ここで勝って弾みを付けたいところですね」
キングヘイローからはパドックで見た気迫は感じられない。
あれは一体なんだったんだ……?
「二番人気はこのウマ娘、ミホノブルボン! そのすさまじい逃げが印象的なクラシック級のウマ娘です!」
「彼女の逃げはまさに驚異的と言ってもいいでしょう。彼女に追いつけるか、それが彼女が出走するレースの勝敗を決める重要な要素である……などとも言われるほどです」
返しウマも終わり、ゲートへと向かう。
「今回一番人気はミーティアルクス! スプリンターズステークス勝者にして、GⅠ2勝の強豪ウマ娘です!」
「彼女の持ち味は猛烈な加速です。京都は加速力勝負になりやすいですから、かなり有利にレースを進められるのではないでしょうか」
お、今回は俺が一番人気なのか。 とはいえ『人気=強さ』ではない。これは様々なレースを見れば自然とわかること。人気はあまりパッとしないウマ娘が、突然1着を取る……。それはそう珍しい話ではないのだ。
「本日は天候にも恵まれ、バ場の状態も『良』となっています! これはどうレースに影響するでしょうか」
「そうですね。芝の状態が良好なため、パワーよりもスピードが重要となってくるでしょう。しかし京都の坂は急なので、最後にはパワーが必要とされるはずです」
「つまりスピードとパワーのバランスがいいウマ娘が有利な状況、ということですね」
ゲートに入ればそこは俺だけの世界だ。
瞳を閉じて、再び開く。
視界が次第にモノクロに色褪せていき、聴覚がどんどんと鋭敏になる。
「ゲートイン完了。出走の準備が整いました!」
「マイルレースですので、一瞬たりとも目が離せない展開になりそうです」
全ての意識がレースへと向けられ、他のウマ娘たちの息づかいが手にとるようにわかる。
いよいよマイルチャンピオンシップが幕を開けるのだ。
俺に取っては今年――クラシック級最後となるであろうレースが。
金属同士が擦れる音。それと同時に眼前の扉が開き、ウマ娘達が一斉に駆け出した。
「さあ今レースがスタートしました! 先頭争いはミホノブルボンとブリッジコンプ! やはりこの2人だ!」
ゲートを飛び出して、俺はいつも通りの体勢を取る。
マイルチャンピオンシップ。俺はこのレースで『王者』の底力を目の当たりにすることになるのだった。