TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
レース開始直後、いつも通りにミホノブルボンが猛烈な勢いで、先頭目指して駆け出す。
が、いつもと違うところが1つあった。
「ミホノブルボンとブリッジコンプが苛烈な先頭争いを繰り広げている! いつものようにはいかないぞミホノブルボン!」
「ブリッジコンプはミホノブルボン対策として『先頭を渡さないこと』を選んだようですね」
「さぁ先頭を取るのはどっちだ!」
いつも通り位置取った最後尾付近から、先頭の激戦を観察する。
ミホノブルボンが前に出ようとするのをうまく牽制しながらも、必死に先頭を狙うブリッジコンプ。あの動きは一朝一夕には習得できないものだろう。
ブリッジコンプというウマ娘がこのレースに掛ける気合い、それが伺える一幕であった。
「ブリッジコンプ厳しいか!? だが先頭はブリッジコンプとミホノブルボンの二人! 今までに無い光景だ!」
正直な話、コンプのスタミナはブルボンに劣る。これは距離適正の関係上仕方のないことではあるのだが。
ブリッジコンプというウマ娘と、ミホノブルボンというウマ娘のステータスを可視化した上で見比べることができたのなら。おそらく一番無難な手となるのは『ミホノブルボンの少し後ろに付きつつ足をため、最後の最後に差す』ことだろう。そして同時にそれが
ブリッジコンプがミホノブルボンに
「ブリッジコンプ表情が険しいか!? しかしミホノブルボンもいつにもなく苦しそうだ!
「先頭の2人に釣られて、後方の速度も上がっていますね」
まだたったの1ハロン。そのことを忘れてしまうほどの死闘が、先頭で行われていた。
ブルボンが先頭に出ようとすれば、コンプが体を寄せつつ牽制してそれを防ぐ。
そしてコンプが先頭を狙えば、ブルボンが加速してそれを阻止する。
この決着は、どちらかが失速するまで続くに違いない。
「ミホノブルボンが前に出る! それをブリッジコンプが追いかける! ブリッジコンプが前を目指す! それをミホノブルボンが追いかける!」
「ですがこの先頭争いも長くは続かなそうです。いよいよ見えてきましたよ。京都レース場の山場、淀の坂です」
「果たして逃げの2人は勢いを保ったまま4mの急勾配を越えられるのか!」
京都の芝・外回りにある通称『淀の坂』。4mの傾斜を、400m駆けて上がるというそれは、ウマ娘たちから根こそぎ体力を奪っていく。
はっきり言って、この坂を作ったやつは意地が悪すぎる。しかもこの坂、ゴールから600m以上離れたところにあるのだ。いくらなんでもキツすぎないかなぁ!?
「この坂に対する対策を、それぞれどのようにしてきたのかが見所ですね」
俺も対策はいくつか考えてきた。が、正直なところ対策と言えるのかどうかもわからないような策ばかり。現に俺は、淀の坂に備えてスタミナを温存することしかできてない。
「先頭集団より少し離れてポライトサルート、ショーティショットと続いています。2人の逃げについていくのがやっとという感じでしょうか」
息を潜めつつ前を伺う俺。そんな状態で警戒するのは、やはりキングヘイローだ。
未だ動きはなく、定石とも言える走りを続けている彼女。だが、俺の中の何かが『警戒しろ』と騒ぎ立てていた。全身の毛が逆立ち続け、自然と意識をキングヘイローに割いてしまう。
頭の後ろをチリチリとした感覚が襲う。
しかし動きのない彼女に対して出来ることは少ない。プレッシャーを掛けつつ、何か動きがあれば即座に対応出来るように準備をするしかないだろう。
「後方集団先頭はキングヘイロー! 軽快な足取りで好位置をキープしています! これはかなり期待が出来ますね」
「淀の坂に備えているのでしょう。差しのウマ娘にとって淀の坂は、障害であると同時に強い味方でもありますから」
京都の1600mにおいて、逃げの勝率はあまり良くない。その反面、差しなど後方脚質の勝率は高くなっている。
それもこれも全て『淀の坂』のせい。
京都レース場、その全てが淀の坂に詰まっていると言っても過言ではないのだ。
「最後方にはミーティアルクス。やはりこの位置にいました」
しかし全体的に動きがなさすぎる。先頭2人のペースに釣られて全体の速度が上がり、みんな余裕がなくなっているのだろう。
「向こう正面に入り、各ウマ娘たちが一斉に体勢を整えます! いよいよ『淀の坂』がやってくる! この坂を越えて栄光を手に入れるのは誰になるのか!」
「坂、という事もあってミホノブルボンやミーティアルクスと言ったパワーのあるウマ娘が有利にも思えますが、そう簡単な展開にはならないでしょう」
改めて見ると、淀の坂のヤバさがよくわかる。平坦な面に突如として現れる上り坂のインパクトは、疲れたウマ娘の精神をへし折るには十分だろう。長距離でこの坂登るのヤバいだろ絶対……。
「先頭のミホノブルボンとブリッジコンプが坂に差し掛かった! さあどうなる!?」
「これは……ミホノブルボンがわずかに前に出たでしょうか」
「やはり坂はこのウマ娘の独壇場だった! ミホノブルボン強い、ミホノブルボン強い!」
ここまで粘り続けていたブリッジコンプ。しかし『淀の坂』はさすがにキツかったようで、次第に速度が下がっていく。
ずるずると後ろに下がっていき、ついにはブルボンに先頭を取られてしまった。
むしろここまで良く持った方だ、と褒めるべきだろう。ブルボン相手に逃げ勝負はやはり厳しい。
「すさまじいですね……。ミホノブルボンも決して減速していないわけではないですが、それ以上に他のウマ娘が減速していますから、相対的に減速してないように見えてしまいます」
これで400m。後方に居た俺も、淀の坂へと差し掛かる。
突然増えた足への負荷が、京都レース場の恐ろしさを物語っていた。
ここまで温存していたスタミナを利用して坂を駆け上がるも、そのペースは普段よりも遅い。
「ミーティアルクス上がってきた! 今回は早めのスパートか!? だがスタミナは持つのか!」
「彼女は決してスタミナに難があるウマ娘ではありません。ですがまだゴールまでは1200mもあります。掛かってしまっているのかもしれませんね」
ペースを落とさずに坂を駆け上がる。
普段ならば利点となるこの走りも、今回ばかりは欠点となってしまった。
まだゴールまで遠いと言うのに、最後方から前へと出てしまったのだ。
クソ、これは予想してなかった! 想像よりも周りのウマ娘が垂れて来ている!
「ミーティアルクス、中団まで上がって来ました。周りのウマ娘は伸び悩んでいますね」
「淀の坂は想像以上にキツかったか! そんな中先頭を駆けるのはミホノブルボン! 完全に抜け出した! すさまじい走りだミホノブルボン!」
「まさに坂の申し子、と言ったところでしょうか」
キングヘイローを横目に、さらに坂を駆け上がる。ここまで来たらもう行けるところまで行くしかない。
こんなところで下手に減速すれば、ペースを見失う可能性が高いのだ。
中団先頭付近に位置取り、そのままの位置をキープする。
幸い後ろのウマ娘は皆『淀の坂』で満身創痍。追い上げてくる余力のある者は少ないようだ。
「ミホノブルボンが淀の坂の頂点に立った! ここから先は下り坂! 彼女を捕らえられるウマ娘は居るのか!」
ミホノブルボンが下り坂に差し掛かり、勢いのままに加速を始めた。
普段ならば一定の速度をキープするのだろうが、今回は違う。上り坂でロスした分、ここでつじつまを合わせようという事なのだろう。
クソ、届くか!?
「さあ他のウマ娘も一斉に下り坂に差し掛かります! この坂を利用してどれだけ加速出来るか、それが勝敗を決する事になるでしょう!」
「上る時は400mをかけて上りますが、下る時はわずか200m。この急な下り坂に対応出来るか、これもまた京都を制する上で大切となってきます」
最初こそ中団へ抜け出してしまった事を『不幸』だと思ったが、どうやら違うらしい。あそこで後ろに位置したままだったら、ミホノブルボンに追いつくのは不可能になっていただろう。
脳裏に浮かんだキングヘイローの幻影を振り払う。
残り800m地点。下り坂を利用して、俺は加速を始めた。
「おっと、ミーティアルクス猛烈な加速! 坂を利用しての加速だ!」
「中団から抜け出して先頭集団に迫りつつありますね。彼女らしくない走りだと言えます。ですが、京都というレース場の性質上仕方のないことでしょうか」
「しかし先頭のミホノブルボンに果たして届くのか!」
下り坂というのは想像以上に厄介なものだ。ただただ加速に使える便利な地形と言う訳ではないのだから。
加速に使える、ではなく『加速してしまう』という方が正しい。意識して走らなければ、自らのフォームが崩れて普段より体力を奪われるという事すらある。それが下り坂というものなのだ。
そして『加速してしまう』ということは、必然的に
「おっとミーティアルクス外に膨らんだか? 京都の3,4コーナーは速度が出てしまう事もあって、曲がりきれない子が多く出る事でも有名ですからね」
「後ろの子達も曲がりきれずに外に膨らんでしまっています! バ群は乱れて、大混戦となりました!」
俺は比較的コーナーが得意な方ではあるが、それでも淀の坂を駆け下りながらしっかりと曲がるのは厳しかったようだ。
ここはもう割り切り、最終コーナーを曲がりながら一気に大外へと出てしまう事としよう。
「さあ最終コーナーだ! ゴールまでは残り600m!」
京都の最終直線は約400m。このままの速度を維持しつつ、平坦なゴール前直線で一気に勝負を仕掛ける!
「先頭はミホノブルボン! そこから2バ身離れてブリッジコンプ、その後ろ2バ身離れてポライトサルート、ミーティアルクスと続いています!」
ブリッジコンプを射程に捕らえてはいるものの、ここで詰め寄るのは明らかに悪手だ。
コーナーを曲がりながら、先頭集団の分析を続ける。
ブリッジコンプとポライトサルートの息は既に乱れ切り、そう遠くない未来に失速するのがわかった。だが、ミホノブルボンは違う。
全く息に乱れがない。どういう事だよ!?
「最終コーナーを曲がって最終直線に差し掛かる先頭集団! 先頭は依然としてミホノブルボン! このまま逃げ切るのか!」
「まさか淀の坂を乗り越えて逃げ切るとは思いませんでしたね……後ろの子達はかなり動きも鈍く、厳しい雰囲気が漂っています」
「おや?」
その瞬間、俺は全身の毛が逆立つような感覚を味わう事となる。
淀の坂、それを駆け下りている最中から頭の後ろに感じていたチリチリという奇妙な感覚。それが、俺に近づいてくる。
耳が捕らえるのは、芝を踏みしめて疾走するウマ娘の音。
「き、キングヘイロー上がって来た!? 下り坂を利用して一気に加速し、そのままの勢いで一気に詰め寄ってきたぞ! だがスタミナは持つのか!?」
「これは……」
最終直線、残り400m。
チリチリとした感覚――恐怖と焦燥感はどんどんと大きくなり、すぐ後ろまで迫ってきていた。
キングヘイローが来る。
自然と呼吸が速くなり、足の動きが鈍くなる。
クソ、まさか併走で味わったこの感覚を、本番でも味わう事になるとはな!
「ミーティアルクス伸びない! キングヘイローが詰め寄る!」
「前のポライトサルートとブリッジコンプは完全に垂れてきてしまいましたね。これは厳しいでしょうか」
「いや、ブリッジコンプ持ち直した! 凄いガッツだ!」
負けてたまるか! 重い体と思考を必死に動かし、強く踏み込んで前へ前へと加速を続ける俺。
芝を固めてならし、その足場を利用して強くステップを踏んだ。足首と全身をバネに見立て、前方へと向けて強く加速する。
だが、これだけじゃ足りない! 視界が白く弾け、猛烈な加速が体を襲った。
「こちらも凄いガッツだ、ミーティアルクス! 加速してポライトサルートを抜き去った! だがキングヘイローも負けていない!」
だがそれでも、キングヘイローのほうが1枚上手だったと言える。
再び後ろから襲い来る
加速も足りず、後ろからの気迫で体勢を維持するのがやっと。
次の瞬間には、キングヘイローが俺の横を抜き去っていった。
「キングヘイロー抜け出した! 先頭はキングヘイロー! ミホノブルボンを抜き去って先頭に立った! キングが、黄金世代の一角が底力を見せた!」
電撃のような煌めきで一瞬にして前に出ると、そのままゴール板の横を駆け抜けるキングヘイロー。土と芝を巻き上げながら駆けるその様は、まさに『王者』であった。
ミホノブルボン、ブリッジコンプの後に続いて4着でゴールを駆け抜ける俺。
「1着キングヘイロー! 圧倒的と思われたミホノブルボンを差し切っての勝利! やはり黄金世代の一角は伊達ではなかった! 強い、強いぞキング!」
「まさかこのような結果になるとは……」
完敗だった。
作戦でも、気迫でも、そしてガッツでも負けていた。
キングヘイローは淀の坂で失速した……そう思っていたが、実際は違ったのだろう。
気合いで坂を駆け上がり、勢いそのまま下りながら加速。そして俺の意識の隙を突くようにして、一気に先頭まで駆け抜けて勝利を手にしたのだ。
「2着はミホノブルボン、3着はブリッジコンプ! シニア級ウマ娘たちが底力を見せたレースだったと言えるでしょう!」
ゆっくりと息を吸って吐く。
今回は反省する点の多いレースだった。レースの雰囲気に飲まれて作戦を遂行することが出来ず、仕掛けどころを見失い、挙げ句には十八番とも言える追い上げを逆にやられてしまったのだ。
控え室に戻った俺は、あまりの不甲斐なさに壁に拳を叩きつけた。
「ルクス……」
トレーナーの心配するような声で思わず我に返る。
見れば俺の拳は少し腫れ、赤く染まっていた。
「ごめん、トレーナー。冷静じゃなかった」
「仕方ないさ。しかしキングヘイロー……すさまじいウマ娘だ。大器晩成型のウマ娘というのは珍しくないが、あそこまでのはめったにいないね」
「そう、なのか……?」
「ああ。まさかルクスの走りを真似されるとは思わなかったよ」
チョコレートを口に放り込みながら、ゆっくりと体を休めていく。
「最後の加速はすごかったな。まあ、あれは……」
「いや、違うよ。ルクス、キングヘイローは
「……は?」
いやいやいやいや。そんなこと……
確かに今回、俺は明らかに自分の走りを出来ていなかった。まさか、全部キングの手のひらの上だったって言うのか?
思い返して見れば、確かに時折思考にモヤが掛かったような感覚を味わっていた。
ぞわり、と冷たいものが俺の背筋を駆け上がる。
「今年のURAファイナルズ、かなり荒れそうだね……」
俺はトレーナーの言葉にただ頷く事しかできなかった。
【マイルチャンピオンシップ】キングヘイロー、意地と底力の一勝
8月○×日 12:34 配信 231
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全身を汚しながらも1着でゴール板を
駆け抜けるキングヘイロー
マイルチャンピオンシップ、その1着を飾ったのは黄金世代の一角でもあるキングヘイロー。中盤まではパッとしない走りだったものの、終盤に入ると戦況は一変。下り坂を利用した加速と、持ち前のガッツで先頭をかっさらうとそのまま1着でゴール板を駆け抜けた。
キングヘイローはこれでG13勝目。短距離、マイル、中距離と三距離揃った勝ちレースに、ファン達は戸惑いと賞賛の声を上げている。
キングヘイローはレース後のインタビューで今年をもってトゥインクルシリーズを退く事を発表。ラストランは有馬記念にすることを宣言した。
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