TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
クリスマス。
今年は天候も崩れず、あいにくホワイトクリスマスとはいかなかったが、それでも街には人が溢れていた。
相変わらずこの時期になるとカップルが増えるな。手を繋ぎ、体を寄せ合う男女ばかりだ。
はぁ、うらやましいこった。前の世界のことまで含めても、クリスマスを恋人と過ごすような幸運は経験したことがない。
「むぅ、ちょいと早かったか。しかしウマ娘でよかったよ。防寒具とか少なくていいもんなぁ」
ウマ娘の基礎体温は高い。
それこそ、防寒具がほとんど必要ないほどに、だ。ファッションで着る者は多いが、必須としている者は少ないらしい。
なので、こうして尻尾と耳がかろうじて隠れる程度の防寒具で、寒空の下に立っていても問題はないのだ。
ないんだが……
「そろそろ来ないかなぁ。コンビニで買ったコーヒーもなくなっちゃうぞ」
待ち合わせ場所は街の一角。そこそこお高そうなカフェなどが集まっている場所だ。
少しずつコーヒーを啜っていると、遠くから声がした。忘れる訳もない、俺の相棒の声。
「ごめんルクス。前の用事がちょっと長引いてね」
「構わないよ。コーヒーがなくなる前に来てくれたしな」
「寒くなかったかい? 今日は気温が低いし、雪が降るかもなんて言われてたけど」
「ウマ娘は丈夫だからな。それよりトレーナーのほうこそ大丈夫かよ。手袋くらいつけてくればよかったのに」
雪こそ降っていないものの、気温はかなり低い。
それこそ、街をいく人々は手袋マフラー完全装備をよく見かける。
「ほら、手こんなに冷たいじゃん。全く、体壊したら元も子もないだろ。俺にはあんなに体に注意しろって言うくせに、自分のことには無頓着だな」
「ちょちょちょ、ルクス!?」
トレーナーの手を取って、俺の手で包めばひんやりとした感覚が伝わってくる。これはちょっと冷たすぎだろ。
仕方ないなぁ。
「ほら、こうすれば寒くないだろ?」
トレーナーの手を握り、指を絡める。まあ片方しか暖めてやれないけど、許してくれ。
「あの、ルクス?」
「だってどうせ人多いし、いつも通り手繋ぐだろ? ならこうやって暖めれば一石二鳥じゃんか」
「あー、あー……うん、ルクスはそうだよねぇ……うん……」
「……?」
2人で街を歩く。店先にはツリーなどの飾りを出しているところもあり、まだ昼間だというのに色とりどりの輝きを放っていた。
さて、今日こんな風に真っ昼間から街に繰り出したのには理由がある。
「クリスマス、コーヒーを飲みにいくだけでいいのかい? 前みたいにディナーでもいいんだよ?」
「んー、せっかくだからトレーナー室でゆっくりでいいんじゃないか? ほら、適当に他の子でも呼んでさ。あんまり豪華過ぎると気が引けちゃうから」
せっかくのクリスマス、どこかへいこうという話になったのだ。
俺は当然予定などなく。トレーナーも用事こそあれど街中で、それも早い時間で終わる……ということで、このようになった。
俺たちはとある喫茶店の前で立ち止まると、扉を開けて入店する。
そこはかとなく高級感の漂う店。コーヒーだけではなく、スイーツも扱っている知る人ぞ知る有名店だ。話では果物も産地から直接取り寄せるこだわりっぷりだとか。
席に座ってメニューを開けば、なかなかの値段のメニューが並んでいる。
「うわぉ……めちゃくちゃ美味そう……へー、季節のメニューとかもあるのか! こっちは……全部コーヒーか? ここまで量が多いのは初めてだな」
「ルクスが気に入ったようでよかったよ。僕も名前だけは知ってたんだけどね。なかなか男だけだと来る機会もないし」
「うーん、こっちとこっちで迷うな……だけどこれも……うぐぐぐぐ……」
「あはは。別に好きなのを頼んでいいよ? ルクスは食べるほうだから、複数頼んだって構わないし」
「その手があったか!」
心が決まった俺は、店員を呼ぶと気になっていたスイーツを片っ端から注文する。
「これとこれと、あとこのオリジナルブレンドのコーヒーと、あとはこっちのキリマンジャロに……」
「そんなに頼んで……いや、普通に食べられるよね……」
結構な数を注文したからか、心なしか店員の顔が引きつってた気がする。
いやでも美味しそうだったし……出禁とか喰らわないよね? 大丈夫?
なんかこの前のライスとのカフェテリアの1件でルールが変わったらしいし……
まぁ、大丈夫だろ!
「こちらコーヒー6杯となります。こちらからオリジナルブレンド、キリマンジャロにブルーマウンテン……」
「おお……一度にこんなに沢山飲み比べ出来る機会なんてそうそうないよな」
「こちらミルクと砂糖になります。ご自由にお使いください」
「ありがとうございます」
右から順にコーヒーを飲み比べていく。うーん、酸味とか苦み以外にも、コクとか細かい味とかの違いが結構あるんだな。
コーヒーは好きだが、なかなかこれだけの数を飲み比べる機会はない。
だが、今回の目的はコーヒーだけではないのだ。
「こちら季節のパフェになります」
「ふぉぉぉ……!」
俺の前に現れたのは、カフェテリアのよりも一回りは大きいであろうパフェ。
いやカフェテリアのも結構豪華だけどさ、こういう本格的な店で出てくるのはまた違うな……!
フルーツ1つ取っても、質も大きさも別格だ。
どれ一口。上に乗ったイチゴにかじりつけば、ほどよい酸味と甘さで口の中が蕩けるようだ。
「んんんー! すっごい美味い! さて、クリーム食べてからコーヒーを飲めば……うん、最高だわ……」
クリームもよくある甘ったるいだけのものではなく、ふんわりと軽く舐めれば溶けてしまいそう。
結構な量があったはずなのに、気づけば全て俺の胃袋に消えてしまっていた。
「すごいね……一瞬で全部なくなった……」
「こ、これはパフェが美味いのが悪い。ほらトレーナー、こっちのパフェも食ってみろよ。絶対納得するから」
「じゃあ一口」
俺のスプーンでクリームをすくい、トレーナーへと差し出す。
「あの……」
「なんだよ、いらないのか? 美味いぞ?」
「……ふぅ。わかった、一口貰うね」
「おう、美味さに驚くといい」
パクリ、とトレーナーがスプーンにかぶりつく。その瞬間、トレーナーの顔がほころぶのがわかった。だよなぁ、そういう顔になるよな!
トレーナーはメニューを手に取ると、店員を呼んでパフェを注文する。
なんだ、言えば半分ずつ食べればよかったのに。
「その感じだと気に入ったみたいだな?」
「いや、驚いたよ……パフェなんてファミレスくらいでしか食べたことなかったからね。これは衝撃だ」
そう会話している間にも、俺のスイーツはどんどんと消えていく。
なんか最近スイーツばっかり食ってないか? まぁ、構わないだろ。甘いものは脳の栄養になるしな。
それにしても、コーヒーも美味いしスイーツも美味い。最高の店だよここ。
絶対また来よう……。
「ほらこっちのケーキも美味いぞ。使ってるチョコからして違う」
「あ、うん……。確かに美味しいね。その、ルクス? わざわざルクスのフォークで食べさせてくれなくてもいいんだよ?」
「俺は別に構わないんだけど。こっちのほうがめんどくさくないだろ? ほら、もう一口」
「……はい……」
トレーナーはなにかを諦めたような表情をすると、俺が差し出したケーキにかぶりつく。そして一瞬のあとに、そのあまりの美味しさに顔をほころばせる。
うーん、トレーナーもこういう顔はあんまり見れないから新鮮だ。
ついつい食べさせたくなってしまう。
ほら、もう一口。
「あの、ルクス? そろそろ僕はお腹いっぱいになってきちゃったんだけど」
ちょっと食べさせ過ぎたか?
まあ確かに、トレーナーが一口食べる度に笑顔になるのをみて、ついついフォーク差し出し続けてしまってたからな……。ま、残りはちゃっちゃと俺が食っちゃうか。元々俺が頼んだんだし。
うーん、このフルーツ盛り合わせも美味い。端のほうにあるクリームをつけて食べると、果実の酸味と甘みがクリームの濃厚な甘みと組み合わさって口の中が天国のようだ。
「はー、食った食った。コーヒーも全部飲んだし……これで完食か?」
皿もカップも全てカラ。クリーム1つたりとも残していない。
「満足みたいだね? よかったよ」
「へたな店でケーキとか買うより全然よかったよ……」
「じゃあお会計しようか。えっと、伝票は……」
そして俺は伝票に踊る数字、その桁数を見て凍り付く。
あの、確かに食べたと思うけどこの値段は……いや、妥当だわ。1皿の値段考えて、それに積み上がった皿の数を掛け合わせて、あとはコーヒーの代金を追加すれば……うん、ぴったり……。
「……まあ足りるな。えっと、俺が食ったのはこれだけで」
「ああ、ルクス。ここは僕が全部払うから」
「へ? いやいや、いくらなんでも高額すぎだって! 俺だって別に金がないわけじゃないんだから」
「今日はクリスマスだから、これくらいはプレゼントとして贈らせてほしいな」
う、うううう……! そんな風に言われたら断れないだろ……! ずるい、本当にずるい!
あとトレーナーからのクリスマスプレゼントならもっと味わって食べればよかった!
「ううう……」
「ほら、唸っていないでいくよ」
会計をトレーナーに任せ、外へと出る。
くそぉ……やっぱずるいってトレーナーは……。俺のことをしっかり理解しているせいで、こちらが断れないような提案ばっかりしてくるの、ズル過ぎる!
少しむくれていると、会計を終えたトレーナーが出てくる。
「ごちそうさま……」
「はい、どういたしまして。ルクス、どうしたの?」
「トレーナーが優秀なのを呪ってる……」
「ええ?」
まあそんな風に思ってはいても、歩き出して会話を始めればそんな気持ちは吹き飛んでしまう。
ギュっとトレーナーの手を握り、他愛のない会話を楽しむ俺。
「そういえばルクス、年末はどうするんだい? 去年から実家に帰ってないんじゃない?」
「あーうん……まあその、俺はちょっと実家に帰れない理由があってな。だから今年も帰らない予定だよ」
俺のその言葉に、少しだけ顔をしかめたトレーナー。が、そこはさすがといったところだろうか。俺が瞬きをする間に、いつも通りの顔に戻っていた。
俺の手が少しだけ強く握り返される。
「なら今年も一緒に初詣にいこうか」
それは確かに魅力的な提案だ。今年はコンプのやつも残るみたいだけど、URAファイナルズ前の調整で忙しいだろうしなぁ。
「なぁ、それならいっそ今年は一緒に年越しとかどうだ? 外泊届け出せば大丈夫なはずだし」
「あー、うーん、それはどうだろうか……」
妙に歯切れが悪い。たまにこうなるよな、トレーナー。とはいえどうせトレーナーのことだから、なんだかんだで上手くやってくれるんだろうが。
やっぱそういうところがいいんだよな、俺のトレーナーは。
誰にも渡さないし、絶対離したりするもんか。
風が、吹く。
「おお、日が傾いてきたからか、結構冷たい風が吹くようになったな……」
「そうだね。早く学園に戻ろうか」
「ふふん、トレーナー? そんな寒い時の為に、こんなのはどうだ?」
そう言って俺が取り出したのは1つの包み。
「えっと、これは?」
「メリークリスマス! いやぁ、どのタイミングで渡そうか迷ってたんだけど、せっかくだし渡しちゃうな」
なかなかに悩んだ1品だ。喜んでくれるといいのだが。
包みを丁寧にほどくと、中から出てきたのはマフラー。それも、俺の勝負服についているケープとおそろいの赤だ。
なかなかおしゃれだろ? そこそこ値段もしたし、悪いものではないと思う。 俺はトレーナーの手からマフラーを奪い取ると、そのまま彼の首へと掛けて、掛け……掛けらんねぇ! 背が違い過ぎる。
「ほら、ちょっと屈めってトレーナー。巻いてやるから」
「こうでいいかな?」
「んー、もうちょいこっちに。ほら、抱きつく感じでいいからさ」
「………………はい……」
なんか間があったが、しっかりと俺が巻きやすいようにと屈んでくれた。
コンプで練習した通りに、トレーナーの首にマフラーを巻いてやる。
「おお、なかなかおしゃれじゃん。トレーナーは地がよいから、赤でも映えるなぁ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
うん、俺の目は間違っていなかった!
再び手を握り、今度こそ学園を目指して歩く。ゆっくりと、1歩1歩を大切にするようにと。
おそらくこうして2人で歩けるのはあと1年ほど。
ああ、あっちに帰りたくないなぁ……
「なぁ、トレーナー。もし俺が実家に連れ戻されそうになったら、引き留めてくれるか?」
「それは……もちろん引き留めるさ。ルクスは帰りたくないんだろう?」
「どうだろう……わからないからこんなこと聞いてるのかもしれないな……」
でもきっと、トレーナーなら間違った選択肢は選ばないんだろう。
なおこのあと、学園の近くでコンプに会い、手を繋いでいるのをそれはもう散々からかわれることになる。そしてその話題は、トレーナー室で行われたクリスマスパーティーでキングたちへと伝えられ、穏やかな顔を向けられることになるのだが……。
なんだその顔! なんだってんだよほんと……。
まあそんな一悶着はあったが、クリスマスパーティー自体は楽しめた、とここには記しておく。