TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
テレビ番組が軒並み特番を放送し始め、年の瀬だということを知らせ始めたころ。
「やっぱこたつだよなぁ。寒い部屋でコーヒーってのも乙だけど、こうやってこたつに入ってアイスやらみかんやらを突くのが至高ってわけだよ」
トレーナー室に設置されたこたつに肩まで入りながら、そうつぶやく。
俺の目の前にはレース動画がわんさか入ったノートPC。正直これだけあれば年末年始は飽きずに過ごせる。すでに半日ほどずっとこうして動画を見ているが、未だに飽きる気配はない。
うん、天国だわ……。
「ルクス、確かにトレーニングはお休みだって言ったけど……それだと普段と変わらないんじゃ……?」
「いや、分析とかしながら見てる訳じゃないし、普段とは全然違うぞ? こう、ゆったりとウマ娘たちが走るのを見るのが楽しいんだよ。勉強でするのと娯楽でするの、やっぱり違うじゃん?」
「まあわからないでもないけどね。しっかり休み休み見るんだよ?」
「ほーい」
年末年始の休暇に入り、ドリームトロフィー組以外はほとんど帰省してしまった。カフェテリアも業務を縮小し、学園内も閑散としている。
そのせいもあってか、妙にゆったりとした空気が学園内に漂っていた。まあグラウンドの方に行けばドリームトロフィー組が『プリティーじゃない顔』して本番前の追い込みしてるんだけど。
「そういやトレーナーは帰省とかしないのか? 俺に付き合って残らなくてもよかったんだぞ」
「あー、うちはあんまり長期休暇に集まったりしない家だからね。家族仲が悪いってわけではないんだけど……」
「んー? なんかわけありなのか。聞いて悪かったな」
「いや、そうじゃなくてね……なんていうか、ずぼらなんだよ……」
ああ……。いや、わかるよ? 仕事とかしてると、わざわざ年末年始に遠い距離を人混みの中、体力をやたらと消費して帰るのキツいよね……。
で、結果として帰るのは世間が長期休暇じゃないときになる、と……。
身に覚えがある!
「そりゃしゃーないな。家に顔は見せてるんだろ? なら問題ないじゃん」
そういうものだ。
親戚一同顔を合わせる行事がある、とかでもなければそのくらいがちょうどいい。適度に親孝行しつつ、寂しくなったら顔を見せる。
社会人なんてそのくらいでのいいのだ。
「あー……なんかスイーツ食いたいな……でもカフェテリアはこの時期メニューが大幅に少なくなってるし……あとこうなんていうか、チープなのが食べたい……」
テレビから流れてくる、年末特番特有の雰囲気に当てられ、なんでもないようなものが食べたくなってきた俺。
「なら何か買いにいくかい? 商店街は今日も開いてるはずだよ」
「商店街かぁ……たまには行ってみるかなぁ」
身支度を調え、凍えそうな寒さの外へと出る。
とはいえ、俺はそこまで寒くないが。最低減尻尾と耳が隠れるようにし、伊達眼鏡を掛けて変装完了。
「商店街があるのは知ってたけどさ、あんまり行く機会なかったんだよな」
「まあそうかもね。それこそ購買とカフェテリアで大体のものは揃うし、大きな買い物がしたかったらショッピングモールに行けばいいしね」
「そうなんだよなぁ」
そうして到着した商店街は、思いのほか賑わっていた。
近くに大型商業施設が出来て閑散とする商店街の話はよく耳にするが、ここはそういった心配はないようだ。
トレセンが近いってのもあるのだろう。
……というかよく見ればあそこの商品、見たことあるウマ娘の顔写真がついてるぞ……。『人気ウマ娘も愛用!』って、これ大丈夫なのか……?
「なんかすごいな」
気になってしまい、ついつい商品を手に取ってしまう。
満面の笑みでピースしてる写真が妙にシュールだ。
「おや、お客さんかい? それはあの人気ウマ娘公認商品だよ」
「公認……公認かぁ……」
「よくうちに買いにきてくれててね、そのつながりでこういう商品を出すことになったのさ」
マジで愛用してて、そのつながりで公認まで貰ってたのか……商魂たくましいな。
とはいえ今回の目的はこれではない。目当てのものを手に入れるべく、俺たちは歩みを進める。
そうしてたどり着いたのは和菓子屋。
「和菓子はそこまで食べてこなかったからなぁ。せっかく正月も近いんだし、いろいろ食ってみようと思ってさ」
「そういえばそうだったね。金平糖くらいしか食べてるところを見たことないよ」
「コーヒーとはあんまり合わなそうだったからな。とはいえなにごとも挑戦っていうだろ? だからいろいろ試してみようとおもってさ」
そんなわけでいくつか和菓子を買い、ついでとばかりに別の店でアイスを買い込む。こたつで食べるアイスは至福の味だからな。
と、いくつか買い物を済ませると、俺の手元に数枚の紙切れがやってきた。お札でもなく、レシートでもないそれを見て、俺は首をかしげる。
「これなんだ? 会計のときに貰ったんだけど」
「『お楽しみ抽選券』って書いてるから、なにかやってるんじゃないかな」
耳を済ませば、かすかにベルの鳴る音がする。
ああ、年末年始の恒例行事である福引きか。せっかくだし回していくかな。
「あれか。おお、結構人気じゃん」
「すごいよルクス、特賞は高級温泉旅館ペアチケットだってさ」
「特賞が、温泉旅行……?」
アプリのシニア級1月の定例イベントじゃねーかこれ!
引いた景品によって、ウマ娘のステータスややる気が上昇するアレだ。
俺の手元には3回分の福引き券。ううむ、まあ回すだけ回すか。どうせ大したものは当たらないだろうが。
「はいよ嬢ちゃん! いち、にい、さんっと。それじゃあ取っ手を握って回してくれ」
「よっと」
ガラガラ、と大きな音を立てて抽選器が回転する。
その出口から飛びだした球体、その色は白。
「残念! これは粗品のティッシュだ。あと2回、なにか当たるといいな」
「むむむむ……」
別に何も当たらなくてもいいだろ、と思っていた。最初は。
だけどこうしていざ『ハズレ』を引かされると、妙に納得がいかない。
クソ、せめてにんじんくらいはっ……!
そんな俺の思いもむなしく、2個目の玉もまた白だった。
「嬢ちゃんついてないな。ほら、2個目のティッシュだ。最後1回、気合い入れて回してくれよな」
ぐぐぐぐぐぐ……! このままでは、引けない!
アプリをプレイしていた時には、『1回引いてハズレだったくらいでそこまで落ち込むなよ』と思っていた。だがなるほど、これはやる気も下がる。
想像以上に、悔しい!
念を込め、気合いを入れて、取っ手をぐるりと一回転。頼む、なにか当たってくれ……
「お……? じょ、嬢ちゃん!」
目を閉じながら回していたため、転がり出た玉の色はいまだ把握出来ていない。
が、声色からなにかが当たったのは予想がついた。
少しずつ目を開ければそこには……
「出ましたぁ! 特賞、『高級温泉旅館ペアチケット』! やるなぁ、嬢ちゃん! 最後の最後で出るとは思ってなかったぜ」
「ふぇ……?」
受け皿の上には確かに金色の玉が乗っかっていた。
えっ、マジで?
「すごいじゃないか、ルクス。かなり有名な温泉地の旅館だし、期待出来ると思うよ。幸い年開けてしばらくは、レースもなくてある程度暇だし誰か誘って行ってきたらどうだい?」
なんどまばたきをしても、玉の色は変わらない。金色の輝きが、そこには鎮座し続けている。
「えっと、ええ……?」
「嬉しくないのかい、ルクス? 案外ルクスはこういうの好きそうだけど」
「いや、温泉は嫌いじゃないけどちょっと現実感がなくて……えっと、マジか……」
ほんとどうすんだこれ……。
係員のおっちゃんから旅行券を受け取り、まじまじと眺める。どっからどう見ても本物だ……。しっかり刻印までしてある。
現実感はいつまでも戻って来る気配はなく、ほわほわとした不思議な気分のままトレーナー室に戻ってきた。
旅行券を隅から隅まで、穴が空くのではないかと思うほどじっくりと観察する。
「なんかすごい顔になってるけど、なにか気になることでもあるのかい? 時期は選べば、温泉旅行くらい行けると思うけど」
「そうじゃなくてな……うーん……」
さて問題は『これをどうするか』だ。
パーッと、年始にでも誰か誘って使ってしまう……というのが最善手だろう。ここを逃せば次に時間が取れるのはいつになるかわからない。
だがしかし、俺はその選択肢を選べないでいた。
首をひねり、考え込む。
トレーナーと温泉行きたいなぁ……
少しだけ内から湧き上がりそうになった想いを、知らず知らずのうちに理性が押しとどめる。
「あ、これトレーナーが預かっててくれよ。俺が持ってるとなくしそうだしさ」
「いいのかい? 安いものじゃないし、使いたいときに使えないんじゃ」
「大丈夫だって。どうせ休み作っていくようだし、トレーナーには相談必須だろ? むしろトレーナーが『ここら辺で行くといいんじゃないか』、ってタイミングで俺に渡してくれよ」
「……ルクスがそういうなら、まあそれでいいか」
これがベストだろう。俺がもってると、なんか悩まなくていいことでうじうじ悩みそうだ。
なんか最近、思考にモヤが掛かったようになることがあるんだよなぁ。トレーナー関連のことくらいでしか起こらないから、そこまで困ってないが。
再びこたつに潜り込み、淹れたコーヒーと和菓子を並べる。
「んー、結構美味しそうだな。どれ、まずはこっちから……」
ようかんをかじる。そうして甘ったるい味が口の中に広がった後に、ブラックで淹れたコーヒーを啜れば……
「おお、結構合うな。洋菓子よりも甘さが特徴的だし、付け合わせはブラックコーヒーで正解かな。さて、こっちのらくがんはどうだ?」
和菓子とコーヒーを交互に口へ放り込み、その味をじっくりと楽しんでいく。
思ったより悪くないな、和菓子とコーヒーの組み合わせ。
そこそこの量を淹れたと思ってたコーヒーは、気づけばほとんど無くなっていた。これなら次はもうちょっと多めに淹れても大丈夫そうかな? 新しく豆を取り出し、窓の外を眺めながら器具の準備を始める。
「お、雪降ってきたな。買い物中に降られなくてよかったよ」
空から落ちる雪の結晶が、地面を白く染め上げ始めていた。
「なんか雪みたらアイス食いたくなってきたな……。トレーナー、さっき買ったアイス食べるんだけど、こっちきて一緒にどうだ?」
「あー、もうちょっと待って。一段落つきそうだから」
「んー! じゃあトレーナーの分のコーヒーも淹れておくなー」
冷たいアイスには、暖かいこたつと熱いコーヒーがベストマッチ間違いなしだ。
さっきはコーヒー淹れる前にアイス食っちゃったからな……。
「よし、とりあえずまとまった。お、今回はブラックかい? 珍しいね。大体は砂糖とミルクが入ってるんだけど」
「普段はトレーナーの好みに合わせて入れるんだけど、今回はせっかくだしブラックで。アイスも甘ったるいのを買ってきたから、最悪溶かしながら飲んでくれ」
今度は机の上にアイスが広げられる。
コンビニなどで買えるような、そこまで高価ではないものばかりはであるものの、これだけの数が並ぶと壮観だ。
まずは1つ、六個入りのアイスを口に運んで舐め溶かす。そしてその余韻が消えないうちに、コーヒーをグイっと……うーん、デリシャス。
「あ、トレーナー! それ半分ちょうだいっ!」
「え、食べかけだけど」
「構わないから! それ狙ってたんだぞ!」
トレーナーの食べかけへかぶりつく。いやさ、これよく食べてるシリーズの新作だし、めちゃくちゃ気になってたんだよな。
実際食べてみれば、なかなかに俺好みな味だ。
ずるいぞトレーナー、これを独り占めしようとするだなんて。
「ルクス、ちょっとそれは女の子としてどうかと思うんだけど……」
「いいじゃんいいじゃん。こんなことする相手なんてトレーナーくらいしかいないし。ちょっとくらいは多めに見てよ」
次々とアイスを口へ放り込んでいく。
そうしていろいろしていれば、窓の外は黒に染まっていた。
おお、もうそんな時間か。
「じゃあそろそろカフェテリアでソバでも貰ってくるかな……」
「あ、僕もいくよ。せっかくだしね」
そうして貰ってきたソバを2人で啜る。
年越しと言えばこれだよな。
「今年1年を振り返えると、やはり『黄金世代の年』と言うべきでしょうか。グラスワンダーを始めとしたウマ娘たちが……」
「おー、キングが出てる。有馬すごかったよなぁ」
「あれはかなり驚いたね」
「振り返りをライブ映像も含めて……」
特番も佳境に近づき、同時に遠くから鐘の音が聞こえ始める。
今年ももう終わりかぁ……。本当にいろいろあったなぁ。去年も去年で濃かったけど、今年はそれ以上に濃かった。
テレビでも除夜の鐘の実況中継が始まり、どこぞの有名な神社の境内を映しだしている。
「トレーナー、今年も1年ありがとうな。本当に感謝してるよ」
「急にどうしたんだい?」
怪訝な顔をするトレーナー。こういうのはしっかり口に出しておかないとな。
「ずっと助けて貰ってばかりだったしな。ちゃんとお礼を言っておこうと思って」
「別に構わないのに。僕だって、GⅠウマ娘のトレーナーになれて嬉しかったよ。ありがとう、ルクス」
「え、えへへ……」
時計の針が段々と近づいていき、ついには12の数字の上で重なる。
「お、新年だ。あけましておめでとう! 今年もよろしくな、トレーナー」
「よろしくね、ルクス」
「で、突然だけど眠いからこのままこたつで寝るから……初詣いく頃に起こして……」
「えっ」
1日テンション高めで過ごしたせいで、どっと眠気がやってきた。
近くにあったクッションを抱き、ゆっくりとまぶたを閉じる。
また1年が終わった。そして最後の1年がやってくる。選択の年が――