TSウマ娘はトレーナーにガチ恋せずに三年間駆け抜けられるか 作:TS娘には恋させよ
バレンタインデー。それは乙女の聖戦であり、決意の日でもある――!
そんな日が日に日に近づくのを感じながら俺は。
「あー……チョコどうしよう……」
何も決まっていなかった。仕方ないだろ? 去年ちょっとだけ気合い入れて作ったせいで、ネタ切れ感があるのだ。
また同じようなものを作っても目新しさに欠けるしなぁ……どうしたものか。
「あれ、ルーちゃんどうしたの?」
「コンプか。トレーニングはもういいのか?」
「うん、あんまり負荷を掛けすぎてもよくないし。URAファイナルズはレースとレースの期間が短いから余計にね」
「あー、そういや一ヶ月くらいしかないんだよな、レースの間。そう考えると結構ハードだな……」
雑誌をめくりながら、どんなチョコにするかを考える。
手作りよりも、ちょっとお高めの市販品の方がいいかなぁ……。こう、メリハリってのも大切だと思うんだよね。
ただなぁ、どの店のにするか……。また誰かにお店教えてもらうか? とはいっても、下手なクラスのチョコだと普段コーヒーと一緒に食べてるのと変わらんしなぁ……。
「うーん……」
「あ、それバレンタイン特集じゃない。ルーちゃん今年は市販品にするの?」
「前回少し気合い入れて作ったしなぁ……アレを超えるってのもなかなか大変そうだし……」
「でもルーちゃんのトレーナーさん、おそらく今年はいろんな子から手作り沢山貰うよ?」
「は?」
え、なにそれ。
「いやだってGⅠウマ娘のトレーナーだよ? しかも選抜レースでドンケツだった子をGⅠにした。そんな人が人気じゃないわけないじゃない? しかもルーちゃんはあと1年で3年の区切りが来るし」
「いやいやいやいや……」
「慢心するのはいいけど、トレーナーさんを他の子にかっさらわれないようにね? 全力を尽くすに越したことはないとおもうよ」
ええええ……そんな事になってたのか……。
思い返してみれば入学式直後にも新入生に囲まれてたな。これは、マズいか?
でも、どうせ1年で俺はいなくなる予定なんだし、あんまり縛り付けるってのも……どうなんだ?
うぐぐぐぐ……
「はー……ルーちゃん、そろそろ素直になったほうがいいと思うけどなぁ」
「素直、ってなんだよ。俺はいつもトレーナーには本音で接してるけど」
その言葉を聞いて、あきれたような表情を浮かべるブリッジコンプ。なんだよその顔。マジで俺は本音で接してるんだけど。
「うーん、本当に重症だねぇ……ねね、ルーちゃん?」
「ん?」
「とりあえずルーちゃんは3年契約なんでしょ? その後はどうしたいとかないの? ほら、トレーナーさんと一緒にいたいとか」
たしかにいられるならずっとでもトレーナーと一緒にいたいけど……
3年経ったその後のことは考えたことなかったなぁ。
でもそろそろ考えないといけないのか? だが、俺が向こうに帰った場合、こちらには何が残るのだろうか。
もし記録にも人々の記憶にも、そしてトレーナーの記憶にすら残らないのだとしたら……そう考えて、俺はブルリと体を震わせた。どうせ3年いるだけの世界。そう思っていたはずなのに、気づけばこちらから消えてしまうという事象に恐怖している自分がいる……そのことに気づいてしまった。
せめて、せめてトレーナーの記憶にくらいは残りたい。
「よし、トレーナーにとっておきをお見舞いしてやる……」
「おお、随分気合い入ったね? それでこそルーちゃんだよ!」
「まずはバレンタイン用に服買ってくるわ」
「そうそう、服を……服?」
覚悟しろトレーナー……今後一生どんなバレンタインチョコを貰っても、俺がお見舞いしたバレンタインチョコと比べてしまう呪いを掛けてやる……。
そうして街に繰り出した俺は、以前にもいったブティックへと足を運んだ。
「という訳で、バレンタイン用に服が欲しいんですよ」
「それはそれは……全力で対応させていただきますね!」
「それで、今回欲しいのはこういう服で……」
「ふむ、ふむふむ……ですがそうなるとオーダーメイドになってしまいますね。お客様の体型ですとどうしても既製品の組み合わせだと限界がありますので」
「ならお願いします」
よし、これで第一関門は突破だ。
あとはチョコだが……こっちは数をこなすしかないだろう。とりあえずその足でショッピングモールへと向かい、材料を買い集める。
金には糸目を付けず、とりあえず高品質な材料を片っ端からカゴへと突っ込み、会計を済ませてその足で学園へと戻った。
「さーて、それじゃあ気合いを入れて作るとしますか」
今年は去年とは違って、1人でチョコを作ることとなる。
とはいってもチョコ作りはコツさえつかめばそこまで難しいものではない。溶かす際の温度に気をつけ、上手く形を整えればいいだけ。まあその加減が難しい、と言われればそれまでだが。
コーヒー用に買った、しっかりと温度調節ができるケトルでお湯を沸かし、慎重にチョコを溶かしていく。
そうして溶かしたチョコを一口、口へと運んで味見。
「もうちょい甘い方がいいか? トレーナーの好みからすると、ミルクを少し足して……いやでもコーヒーを一緒に出すならこれくらいでも……」
悩みながらも、少しずつ味を調節していく。
砂糖を足し、チョコを足し、ミルクを足し……
時折アクセントとしてコーヒー豆を混ぜてみたり、クリームを混ぜたりするのだが、なかなか理想の味はできあがらない。
どっぷりとのめりこみ続け、気づけば。
「ふぇえ!? 待った、今の校舎閉鎖前のチャイムじゃねーか! マズいマズい! クソ、とりあえず片付けるだけ片付けないと」
タイミリミットがやってきていた。
今日はここで終わりだ。残りはまた別の日にやるしかない……。暇を見つけてなんとか完成させないと。
高松宮記念もだんだんと近づいてきているため、これだけをやっているわけにもいかないってのがなかなかにキツい。
その日から俺は、トレーニングの合間を縫っては至高のチョコ作りに精を出すこととなる。
「うぐぐぐ……もう少しなめらかな舌触りにしたいんだよなぁ……」
時にはチョコを溶かす手順、温度に悩み。
「ふむ……これならこっちの豆で淹れたコーヒーと一緒に出せばかなりいい感じか? あえてコーヒーをブラックにするってのはアリだな」
コーヒーとの組み合わせまで考えて、チョコの味を調節し。
「うん、これなら上出来! さてさて次は、っと」
やっとのことで納得のいく味を出すことに成功した。
「ここまできたらあとは形なんだよなぁ。俺らしく星型でいくのが無難か?」
しかしここまで気合い入れておいて、『無難』なものを選ぶというのも芸がない。それになんか『逃げ』たみたいで気に食わん。
こういう時はネットに頼るに限る。
スマホに『バレンタイン チョコ 形』と打ち込んで検索をかけて結果に目を通す。ふむ……やっぱりハート型が定番か。確かハートなら買ってあったはず。型と箱を取り出し、準備を終える。
「じゃあ仕上げといこうか……!」
溶かしたチョコを型へと流し込み、ゆっくりと冷やす。この冷やすのも、しっかりと温度の管理をしなくてはならない。
そうして完成するのは、『至高』のチョコ。
バレンタイン前日、俺はついに求めていたものを完成させることが出来たのだった。
「ふふふーん♪」
「おや、ルーちゃん上機嫌だね? なんか新しい服を運び込んでたし、いいのでも見つかったの?」
「いやぁ、ちょっと違うかな。ふふふ、覚悟しろよトレーナー……」
「ああ、うん。大体わかったよ。頑張ってねー」
「おう、今回は完璧だ……!」
バレンタイン当日はトレセン学園内が浮き足だった雰囲気で満たされる。
そわそわしつつ、目当ての人物を探すウマ娘たちは、叶わぬと知りながらも一縷の望みに全てを賭けるのだ。
そんな中俺はと言えば、目当ての人物をトレーナー室へと呼び出していた。
いやまあ待ってれば来るんだが、それではつまらない。
身だしなみを整え、チョコをもう一度確認して準備オッケー。
呼吸を整えていると、トレーナー室の扉が音を立てた。
「ふー、いろいろな子に捕まって大変だったよ。トレセン学園は男性が少ないから、こういうイベントだと一部に殺到して大変だね」
入ってきたのはお目当ての人物……つまりは俺のトレーナーだ。
「あ、ルクス。今日は早めにトレーナー室に来てくれ、っていうから来たんだけど……あの、そのついたては?」
「んー? サプライズの為に必要なアイテム?」
俺とトレーナーの間に立てられた仕切りによって、俺の首から下は見えていないだろう。
さてさてさて。それじゃあ早速お見舞いしてやりますか!
「トレーナー、今日がなんの日かもちろんわかってるよな?」
「バレンタインでしょ? あ、もしかしてルクスも用意してくれたのかい? 嬉しいなぁ」
「ふふふ、じゃじゃーん!」
仕切りを横にずらし、俺の体の全てを晒す。
茶色……つまりはチョコ色を基調とした、フリフリの衣装。ブティック経由でオーダーし、一から作ってもらったいわゆる『バレンタイン衣装』だ。
パティシエやシェフをイメージしたデザインに、ところどころにアクセントとして配置されたフリル。結構な出来だとおもうのだが……
「る、ルクス……? その、それは……?」
「バレンタインの為に新調したんだよ。どうだ? いかにもって感じだろ?」
「それは、そうだけど……なんかルクスが自分からそんなものを着るイメージがわかなかったから……」
「わざわざこの日の為に作って貰ったんだぞ? トレーナー以外に着たところ見せてないしなー」
トレーナーが思わずたじろいでいる。
これは作戦成功といっていいだろう。だがまだ終わりじゃないぞ?
後ろ手に握っていたハート型の箱を、グイっとトレーナーへ差し出す。
「今年も手作りだ! 味わって食えよー」
目をパチパチさせながら、唖然とした表情のまま固まるトレーナー。そんなに驚いたのか? これは成功も成功、大成功だな。
いやぁ、気合い入れてやっただけあるな!
「今年もコーヒー用意してるからな。今淹れるからちょっと座って待っててくれ」
「あ、うん……」
いつも通りコーヒーを淹れる。が、今日用意した豆は最上級の品だ。こちらも金に糸目を付けず、個人輸入で取り寄せた至高の一品。
上品な香りが俺の鼻をくすぐる。
最適な手順で淹れられたコーヒーをカップに注ぎ、そわそわしているトレーナーの前へと差し出した。
「お待たせしました。あれ、まだ開けてないじゃん。ほらほら、早く開けろって」
「ちょ、ちょっと待って……心の整理をさせて……」
「なんだよ心の整理って。トレーナーが開けないなら俺が開けちゃうぞ?」
「僕が開けるから、ほんとに少し待って……」
大きく息を吸って吐き、気合いを入れたような表情をすると、そのままの勢いで箱を開けるトレーナー。
中に入っているのはもちろん俺が作ったチョコだ。綺麗なハート型となっており、見た目も結構な出来だと自負している。
「う……あの、ルクスこれって……」
「どうせトレーナーはいろんな子から貰ってるんだろ? 担当からのチョコがそれ以下ってのもどうだ、って思ってな。『最高』を目指してみた」
「ああ、うん……」
取り出したチョコを一口かじるトレーナー。
口の中で転がし、茶色のそれが溶けると……
「ふぁ……」
トレーナーがとろけるような声を上げた。
そりゃあそうだろうな! トレーナーの好みと味覚をよく知る俺が、時間と素材をたっぷりと使って作り上げた一品なんだから。それくらいの反応をしてもらわないと困る。
はー、満足した。今年のバレンタインは大成功だな。
「ごめんルクス、美味しすぎて言葉が出なかった」
「だろ? トレーナーの為だけに作ったチョコだからな。たっぷり味わってくれ。あ、コーヒーと一緒だとさらに美味しくなるぞ」
「じゃコーヒーも一口……これ、めちゃくちゃいい豆じゃ……?」
「もちろん。どこにも売ってなかったから、わざわざ取り寄せたヤツだし」
一口食べては一口飲んで、その度にとろけたような顔をするトレーナーを見て、俺は満足げに笑っていた。
この顔を見る為に作ったと言っても過言ではない。
「あ……」
そして最後の一口を食べ終えた後、少しだけ悲しそうな声をトレーナーが上げた。
「一気にいったな、トレーナー」
「その、美味しすぎてつい……」
「そう言ってもらえると作ったかいがあるってもんよ」
食べ終えてからしばらくの間、トレーナーは放心したかのように心ここにあらずといった感じだったが、そこはさすが中央のトレーナー。気持ちの切り替えは早く、すぐにいつも通りの頼れる大人へと戻る。
「ありがとう、ルクス。本当に美味しかったよ。ホワイトデーは期待しててね」
別にお返し期待して気合い入れて作ったわけじゃないんだけどな。まあ貰えるものは貰っておこう。
「じゃ、俺は一旦着替えてくるから。これじゃあトレーニングは出来ないしな」
「僕はグラウンドで待ってるから、準備が終わったら来てね」
という訳で着替える為に部屋に戻ったのだが……厄介な事態に直面することになる。
「おかえりルーちゃ、ん……? えええええええええ!? まってまって、何それ!?」
「え、トレーナーにチョコ渡す為に新調したんだけど」
「ええええええ……」
ブリッジコンプに見つかったのだ。
「それで手作りチョコを? トレーナーさんに? 2人きりで?」
「そうだけど……」
「ねえルーちゃん、トレーナーさんとの関係って」
「え、トレーナーとその担当ウマ娘だけど」
そう言うと、頭から枕に突っ込むとそのまま動かなくなってしまった。
コンプさん? 大丈夫ですか? なんか女の子が出しちゃいけない声出してる気がするんですけど。
「ルーちゃん……トレーニングが終わったらすこしお話があります……」
「えっ」
そうしてその日。トレーニングを終えた俺は自室でコンプからいろいろなお説教を受けることとなる。はい、はい……こういうことは気をつけるようにします……なんで気をつけないといけないのかはわからなかったが、ブチギレコンプを目の前にしてそれを口に出すほど俺もバカではない。
まあ目的は達成できたし、この説教は甘んじて受け入れよう……。