その人に出会ったのは偶然だった。ぼくはまだC級隊員だからボーダーの内情は全然知らないし、目的を果たす為に必死だったから正隊員の人を調べたりもしていなかった。
その日も訓練に参加しても良い結果は残せず、『レイガスト』でC級の個人ランク戦に挑んでも全然勝てずに落ち込んでいた。
「はぁ……」
「おやおや、如何にも不幸ですって雰囲気だねぇ」
「うわぁ?!」
いつの間にか隣の席に座り話し掛けてきたのはフード付きの黒いコートを着込んだ怪しい風体の人だった。ここにいるという事はボーダーの人なんだろうけど、急に声を掛けられたぼくは驚いてしまった。
「ふふ、驚かなくても良いよ。僕は君の先輩さ。悩みが何かは知らないけど辛気臭い顔をしてれば解決するものもしないよ。言いたくない事じゃなければこの先輩に相談してくれても良いんだよ?」
急に現れて相談にのると言ったこの人、正隊員の様だし、ボーダー的にもおそらく年齢的にも先輩だろうこの人。
その後に「こんな僕は珍しいし、ね」と小さく呟いている。出会った時は知らなかったが毎日性格を演じ分けていて、この日は胡散臭いけど面倒見の良いキャラだったらしい。
誰とも知らない人に全てを打ち明けるなんて事をする程に弱りきってはいなかったが、何処か安心感を与えるその人の声に釣られ、上手くいかない現状に対しての弱音を僕は口にしていた。
「事情があって守りたい子がいるからボーダーに入ったけどC級でくすぶってるねぇ……言ったら悪いけどありがちな話だよ」
街を守りたい、家族を守りたいと言った思いでボーダーに入る人は多い、そしてぼくと同じ様に結果を残せない人もいる。確かに悩みとしてはありふれたものなのかもしれない。だけど……
「あいつは近界民に狙われてる。だから早く強くならないと……」
名前は隠したし、麟児さんや居なくなった友達の事も言わなかったがそれでも必要以上に溢してしまったとぼくが内心焦っているとその先輩は何か考え込んでいた。
「狙われる…それが本当なら…トリオンが…そうか…C級への情報制限……こうなると秘密主義も問題だな…………三雲くんって言ったっけ、ごめんね今からちょっと素で話すね。君の友達の事情は巫山戯る事が許されない事柄だから」
声がガラリと変わり、口調もごく一般的な物へなり、怪しいフードを取ったその人は整った顔付きの女性だった。服装や声から男性と思っていた事は後でバレたが、「男装だからむしろ騙せて嬉しいから気にしない気にしない」と言われた。
「三雲くんの友達はおそらくトリオン能力が高いの。トリオン能力が高い人間と言うのは近界民からしたら何が何でも欲しい対象なんだ」
ぼくが驚いている「防衛任務につかないC級だとまだ必要ないとあまり知らされてない事だからね」と補足された。他にもC級だと
「その子をボーダーに誘う事は出来る? いや、この言い方だと答えにくいね。こっちを先に訊こうか、三雲くんはその子をボーダーに誘いたい?」
「いえ…出来れば戦いには巻き込みたくないです」
おそらくボーダーの保護を受けさせる事を提案したいんだろうがぼくの勝手な考えでそれをしたくないと言っても先輩は「男の子だねぇ」と笑って許してくれた。
「A級とB級の差よりもB級とC級の差が大きい。特に
使えるトリガーの数や防衛任務の参加など理解していたつもりではあったが、改めて言われるとより自分のC級の立場に拳を握る力が強くなる。
「トリオン体とは言え力まないの。君が知りたい事の一部を私が教えてあげる。これでも私はA級、夜景隊の隊長だからね」
そう言って夜景先輩は自身のトリオン体のエンブレムを見せてくれた。A級もしくは元A級しか付けれないオリジナルのエンブレムを。
「なんでそこまでしてくれるんですか?」
会ったばかりで事情を全て話してもいないのに親身になって相談にのってくれるのか不思議で仕方がなくてつい尋ねてしまった。
「声を掛けたのは本当に偶然だけど、事情が事情だからね。三雲くんの友人の話は仕方ないとはいえボーダーの不備だと思ったのが一つ、そしてもう一つは私がどんな人にも助けられるチャンスがあるべきだと思ってるからかな」
そう何でもないような声で告げた言葉にぼくはただ頭を下げ、夜景先輩はただ「これからよろしく」と笑って言った。
「とりあえずは教えられる情報を伝えながら、戦い方も見ていくよ」
それから直ぐに夜景先輩にボーダー内のあれこれに加えて、トリオンやトリガーについての色々を教えてもらった。知らない事ばかりで使っている『レイガスト』の機能の中に知らないものも存在した。
流石に情けなく思っていたが「そもそも使ってる人少ないし、一々説明もしてない不親切さだから仕方ないよ」と励まされた。
何故トリオン能力が高いと近界民に狙われるのかは話せない事と関係してくるからと言われたがB級になったら教えると約束してくれた。
そして何よりも助かったのが知り合いらしい知り合いもいない中でひたすら手探りでやっていた戦い方の教導だ。
「ぼく『レイガスト』あってないんでしょうか?どうしようか考えてる内にやられてしまう事も多くて……」
「うぅん、合ってる合ってないの話になると三雲くんは武道はやってないから『孤月』を直ぐ使いこなすってのは難しいと思うし、教えてもらった訓練結果から見てスピード型でもないから『スコーピオン』もあってなさそうだね」
攻撃手のトリガーの名前がどんどん上げられ、ぼくに合ってないと言われるが反論出来るポイントは無いので項垂れていると「続きも聞いて」と言われ顔を上げる。
「まずトリガー全体から話してくけどB級に上がることだけを考えると狙撃トリガーはよほど狙撃手の素質がないと難しいの。他とは昇級条件が違うからね」
狙撃手は訓練の結果で上位を取り続けていないとB級に上がれないらしい。他と比べて技量が必要とされるからなんだろうが、全然知らなかった。
「射手や銃手もシールドがないとトリオン次第になりがちだからね。トリオン量の少ない三雲くんだとかなり戦略を練らないと厳しいと思う」
C級の個人ランク戦だと使えるトリガーは一種類、それも訓練用の物だけだ。その為に全員が一種類の武器で戦う事になる。
百発撃てるのと一発しか撃てないのでは、後者が百発百中の腕前の持ち主でない限り、前者の勝ちが決まってる。流石に一発しか撃てないなんて事は無いが少ない手数で勝つには戦略が必要になる。
「だからこそC級に限れば『レイガスト』の選択肢は悪くないよ。シールドが使えないC級ランク戦なら『
よほどトリオン能力が高くない限り合成弾のあり得ないC級個人ランク戦では『盾モード』を正面から破る事は出来ないと言われた。
合成弾が何かは分からないが『レイガスト』は防御に関してはとても優れている。それを今までは知らずに活かせてなかったのだから知れただけでも大きな進歩だ。
「ただ攻撃力は低いし、C級だとオプショントリガーも使えないから決め手には欠けるよ。最低限の戦い方は身に着けないといけない」
他の攻撃手トリガーは正直向いてないのが説明でよく分かった。『レイガスト』で戦うには『盾モード』も含めて戦い方を考えないといけない。
「他のトリガーだと早く上がれますか?」
「どっちもどっちかな。他のだと決め手があってもそこまで持っていく技量か戦略が必要になるからね。それと攻撃手以外なら銃手か射手になるけど、その二つなら射手をお勧めするよ。そちらの方が戦略性が増すからね」
仮に弾トリガーを使うならば戦い方を身につける以上に相手を倒す為の戦略を考えていかないといけない。どちらも直ぐにどうにか出来る事ではないか。
「『レイガスト』で戦い方を覚えれば負けにくいからコツコツとB級は目指せる。射手での戦い方は基礎を覚えれば後は戦略が鍵になる。まぁどちらを選んでも基礎が身につくまでは付き合うよ」
「夜景先輩は何を使ってるんですか?」
「私はA級だと普通のトリガーはあんまり使わないんだけど、個人ランクだと『スコーピオン』と『バイパー』だからあんまり参考にはならないかもね。もちろん他のトリガーもある程度は使えるから安心してね」
『スコーピオン』は向いてないし、『バイパー』は弾トリガーの中ではかなり上級者向けなんだそうだ。それにしてもメインがあるとはいえ何でも使えると言うのは凄い。
「それでどうする?始めるなら早いほうが良いよ」
「それなら……」
「おらぁ!!『メテオラ』!!」
「……『盾モード』」
「なっ?!」
比較的近い位置から放たれた『メテオラ』に対してあえて近寄りながら『盾モード』の『レイガスト』を広げて相手の方に更に突っ込む。すると先に相手のトリオン体が爆破に巻き込まれ勝負は決まった。
〚戦闘体活動限界
〚◯◯◯◯✕✕✕◯◯◯ 7対3 〛
〚勝者 三雲修〛
「ふぅ…なんとか勝てた」
手に表示されている3940の数字を見てようやく辿り着けそうだと成長を実感するが、4点先に取った所で安心し3連続で取り返されたのは問題か。
「あいつ最近勝ちだした奴だろ?」
「今まで全然見なかったのに、守りが固くて戦い方が独特だからやり辛いんだよな」
「なんでも噂だとA級隊員の弟子だとか」
注目された事なんて今までなかったが戦い方を覚えて結果を残せる様になってからああしてC級隊員の中で話される事が少しずつ増えていった。
めちゃくちゃ強くて話題になるとかではなく、厄介な奴としてマークされたり、夜景先輩との関わりから妬まれての事が多い。
だけどそんな周りの言葉で止まるわけにはいかない。思考を遮るな…制限しては答えに手は届かない…あらゆる手を回して掴み取る。
「今は疲れてるし、目も集まってる。連戦しても良いことはないかな」
残りもう少しで焦ってまたポイントを失っては元も子もない。とても小さな、騒ぎにもならない声の輪から離れるように本部を出る。
「明日、学校が終わったらまた来よう」
意識は既に明日の学校へと移っており、やってない宿題はないよなと日常に頭を回す。そしてその思い描く日常が大きく移り変わるとはこの時のぼくは微塵も思わなかった。