相澤ひなた:オリジン
事の始まりは中国、軽慶市。『発光する赤児が産まれた』というニュース。
以降各地で「超常」は発見され、原因も判然としないまま、時は流れる。
世界総人口の八割が何らかの特異体質である超人社会となった現在。
世界では一つの職業が脚光を浴びていた。
生まれ持った超常的な力“個性”を悪用する犯罪者・
とある研究施設で、白衣を着た研究員達が忙しなく動いていた。
コンピューターにデータを入力する者であったり、薬品の調合をする者であったり、機械を操作する者であったり、研究員全員が自分達の与えられた役割を黙々とこなしていた。
「マスター、101号のバイタルチェック完了しました」
そう言って研究員の一人が『マスター』と呼ばれる男に端末を渡すと、男は端末で研究員の頭を殴った。
頭を殴られた研究員は、その場に膝をついて頭を抱え込む。
「痛っ……!!」
「遅い。実験体のデータ一つ取るのに時間がかかりすぎだ」
「す、すいませ……」
「こいつは私の最高傑作だ。次脱走されるなんてヘマしてみろ、貴様もこいつらスクラップ共の仲間にしてやろうか? 実験体も貴様ら下っ端も、101号と違って代わりはいくらでもいるんだぞ」
そう言って男はモニターを操作し、見るに堪えない異形の怪物と化した被験体の映像を見せる。
腐りかけの肉塊の数々を見せられた研究員は、顔色を悪くして黙り込む。
こうして恐怖によって上下関係を教え込むのがこの男のやり方なのか、他の研究員達も男の横暴な態度に不満を抱きつつも黙って手を動かしていた。
「…………」
「こうなりたくなかったら私の世紀の研究の邪魔をするな」
そう言って男は研究員に渡された端末のデータを確認する。
「せっかくヒーローや警察に追われるリスクをとってまでお前を生み出したんだ。お前が対“超常”兵器として完成すれば、私の研究はようやく実を結ぶ」
男は、新たにモニターに表示された被験体の顔写真を見てほくそ笑む。
すると、その時だった。
ビ━━ッ ビ━━ッ ビ━━ッ
「「「!?」」」
突然研究室全体にアラーム音が鳴り響き、部屋が赤く点滅する。
男が見ていたモニターには『WARNING』の文字が表示され、次々と警告画面が出てきた。
「何事だ!?」
男が動揺していると、懐に入った無線から研究員の声が聞こえてくる。
『マスター!! 侵入者が……ヒーローが殴り込んできました!!』
「何!? 警備システムはどうなってる!?」
「マスター! 警備システムが全てダウンしました!! 非常用システムも起動しません!!」
男が動揺した様子で尋ねると、研究員の一人が青ざめた表情で報告する。
すると男は、額に青筋を浮かべギリギリと歯を食いしばる。
「撃て、撃ち殺せ!! 絶対にここには通すな!!」
男は、無線で部下達に指示を出す。
そして警告画面で埋め尽くされたモニターを見て、悔しそうに機械に拳を打ち付ける。
「…………っ!! クソッ、クソクソクソッ……!! せっかくここまできたんだぞ……こんな所で終わってたまるか……!!」
「終わりだ」
男が血眼でモニターと睨めっこしていると、後ろから威圧するような低い声が聞こえる。
男が振り向くと、研究室の入り口にはボサボサの長い黒髪をしておりくたびれた黒一色の服と首に巻かれた布を身につけたヒーロー『イレイザーヘッド』、そして逆立った金髪をしてサングラスをかけヘッドホンと首に付けた機械がトレードマークのヒーロー『プレゼントマイク』が立っていた。
「ヒーローだ。無駄な抵抗はやめて大人しくついてきてもらおうか」
イレイザーヘッドが首の布に手をかけて研究員達を睨みつけると、男は額に青筋を浮かべ血眼で研究のバックアップをかき集めて鞄に詰め込み逃げる準備をする。
「くっ……迎え撃て!!」
男が叫ぶと、研究員達は銃火器を手に取ったり己の“個性”を発動しようとしたりして抵抗の意志を見せた。
その隙に、男は研究データのバックアップを持って逃げようとする。
だが、イレイザーヘッドがゴーグル越しに目を赤く光らせ研究員達を睨みつけると研究員達は“個性”が使えなくなり、銃火器で攻撃しようとしてきた研究員達はプレゼントマイクの音波攻撃で気絶させられる。
『無駄だっつったろうが』
プレゼントマイクは、リーダーの男以外の無力化させられた研究員達に対して呆れたように言った。
イレイザーヘッド
本名 相澤消太
“個性”『抹消』
視た者の“個性”を消す!
瞬きをすると解ける!
プレゼントマイク
本名 山田ひざし
“個性”『ヴォイス』
音量がヤバい! 高音もヤバい!! 低音もヤバい!!
産声で両親と分娩医が耳血を出したらしいぞ!
ちなみに首の機械は指向性スピーカーだ!
「チッ……この役立たず共……!!」
男がギリギリと歯を食い縛り二人を睨みながら逃げようとすると、イレイザーヘッドが男を首に巻かれた布で拘束し床に組み伏せた。
戦闘経験など皆無に等しかった男は、先程まで部下に横暴な態度を振るっていたのが嘘のようにあっさり拘束された。
「クソ……俺の世紀の研究が……こんな所で……」
『他人の身体弄り回して廃人にすんのが世紀の研究たぁ、随分と立派な思想をお持ちのようで。
「ここに来るまでに抵抗してきた奴等は全員確保した。自分で歩いてもらわないと面倒だから両足は残しておいてやるが、これ以上抵抗するようなら腕を折る」
プレゼントマイクが男を罵り、イレイザーヘッドが男を拘束しながら脅すと、男は何を思ったのか急にケタケタと笑い始めた。
「この“個性”……くく、ふふふ……そうだ、思い出した……お前ら、『オリジナル』か……!」
『「?」』
男の意味不明な発言に、二人は怪訝そうな表情を浮かべる。
それと同時に、得体の知れない嫌悪感が二人を襲った。
イレイザーヘッドは、別のヒーロー達や警察に連絡を入れる。
「こちらイレイザーヘッド及びプレゼントマイク。研究員の鎮圧に成功しました」
『流石だな。イレイザー、マイク。こっちも監禁されていた被験者達を無事保護した。……それと、妙な独房を発見した』
「妙な独房?」
『ああ』
二人と別行動を取っていたヒーローと警察は、『101』と書かれ厳重にロックされた鋼鉄製の巨大な扉の前に立っていた。
「独房へのルートは複雑な地下経路のみで、その経路もシャッターで何重にも閉鎖されていた。他の独房に比べて明らかに厳重すぎる。この造りはまるで地下シェルターだ。とにかく、この独房だけ異様な空気を放ってるのは確かだ」
『……わかりました。今からそちらに向かいます。このクソ共の監視は俺達のサイドキックに任せてあります』
「悪いな。相手が何を隠しているのか正確に把握できていない以上、君の力が必要になるかも知れない」
ヒーローの一人が、二人と連絡を取りながら地下施設を入念にチェックする。
しばらくして二人が合流すると、ヒーローの一人がゴーサインを出すと別のヒーローが“個性”でロックを解除していく。
重く巨大な扉を開けると、異様な光景が目の前に広がった。
壁には青空や木などの絵が描かれ、ぬいぐるみや積み木などが置かれていて一見すると子供部屋のようでありながら、備え付けのトイレや監視カメラが設置されており、まるで独房だった。
「何だこの部屋……気味ワリイ……」
ヒーローの一人が呟いた、その直後だった。
「ひっ……!?」
独房の隅から子供の声が聞こえ、声がした方向に目を向けるとそこには小学校低学年くらいの子供がいた。
その子供は自身の背丈程まで伸びた黒髪とエメラルドグリーンの大きな瞳をし、他の被験者同様汚れがわかりやすい白一色の検査着を着ていた。
よく見ると左手首に『101』と書かれており、右耳が少し欠け、まるで実験動物のようだった。
子供はヒーローや警察に怯えきった目を向けており、独房の片隅に座り込んで小刻みに震えていた。
「君を助けに来たんだ。だからもう怖がらなくて大丈夫……」
そう言ってヒーローの一人が子供に歩み寄ろうとすると、子供は混乱するあまり泣き出してしまう。
子供が大泣きすると強力な音波が部屋中に響き渡り、音波が直撃したヒーローや警察は次々と気を失いバタバタと倒れていく。
イレイザーヘッドが耳を塞ぎながら髪をざわつかせて“個性”を発動すると、子供の音波攻撃が止まる。
そして泣き疲れたのか、子供はその場に横になって寝息を立て始めた。
『なァ相澤、今のって俺の……』
「……さぁな。皆さん、この子は俺が視ておきます。何かの拍子にまた暴走するかもしれない」
そう言ってイレイザーヘッドが眠る子供を抱きかかえ、他のヒーローと警察は研究員の確保と他の被験者の保護・避難誘導をし
その後、警察による組織の調査、そして研究施設に監禁されていた被害者達へのアフターケアが行われた。
実験を受けていない者は、異常が見つからずかつ身元を特定できた者は家へ送り届けられ、家がない者は公安によって建てられた住宅地に身を預ける事になり、心身に異常が見つかった者は入院する事となった。
実験を受けた者は治療も虚しく実験の副作用によってほぼ全員が救出から数時間以内に命を落とし、大半は既に人の形を保っていなかった。
そして厳重な独房に閉じ込められていた少女は総合病院に搬送され、救出された翌日に目を覚ましたものの未だ精神的に疾患を負っているとの事で退院を見送られた。
数日後、ヒーロー達が潰した研究施設での研究内容と保護した少女について、調査をしていた警察官の塚内がヒーロー達に報告をした。
「先日保護した少女だが、彼女の“個性”を受けた者が数時間の間“個性”を使えなくなっていた事が判明した。検査したところ、彼等の“個性因子”が麻痺していたそうだ」
「“個性因子”の麻痺……俺の“個性”と似てますね」
「ああ。そこで例の少女を検査したところ、信じがたい事が判明した。イレイザーヘッド、プレゼントマイク。彼女のDNAが君達のものとほぼ100%一致していた事がわかった」
「「「!?」」」
塚内の報告を聞いたヒーロー達は、一斉にざわつく。
特に当の本人達が一番驚いており、プレゼントマイクに至っては目を見開くあまりサングラスがズレていた。
『な…………んだと……!?』
「どういう事です?」
イレイザーヘッドが尋ねると、塚内が資料を見ながら説明を続ける。
「逮捕した男が持っていたバックアップデータによると、髪の毛一本あればその人間のクローンを生み出す事が可能だそうだ。その技術を応用すれば、例の少女のような存在を生み出す事も理論上は可能だ。彼女の戸籍や出生届が存在しない事から、彼女は君達の遺伝子情報を悪用して人工的に生み出された人造人間である可能性が高い」
『な……冗談だろ……!? ふざけんのもいい加減にしてくれよ塚内さん!』
塚内が説明をすると、プレゼントマイクが声を荒げる。
“個性”社会の禁忌に足を踏み入れた研究の末に幼い少女が生み出されて実験体にされ、その素体が自分達となれば黙っていられる筈がなかった。
すると塚内が説明を続ける。
「ふざけてなどいないし、冗談でこんな事言わないさ……組織の目的は『抹消』を持った人間を兵器として育て上げヒーロー社会を瓦解させる事だった。そして、『ヴォイス』と組み合わせる事で声で人を“無個性”に変える“個性”が発現したといったところだろう。我々としても、君達の力を悪用し何の罪もない一般人に人体実験を行なっていた
塚内は長年にわたって人の命を弄ぶ研究をしていた
すると、ヒーローの一人がイレイザーヘッドに尋ねる。
「ところでイレイザー、彼女は今……」
「…………」
現在病院に入院中の少女は、泣いただけで周囲の人間を“無個性”に変えてしまうという強力すぎる“個性”故に隔離されており、彼女の“個性”を消せるイレイザーヘッド以外は面会を謝絶されていた。
少女は、研究施設でのトラウマからか、病院食にも一切手をつけず塞ぎ込んでいた。
だが少女が保護されてから数ヶ月後、彼女に転機が訪れる。
「ようイレイザー! 結婚しようぜ!」
「何しに来たんだお前」
「ブハ!!」
少女が入院している病院内で、明らかに場違いなやり取りが繰り広げられていた。
ターコイズブルーの髪をしており笑顔が特徴的な女性がゲラゲラ笑いながらイレイザーヘッドに声をかけると、イレイザーヘッドがウンザリした様子で返し、何が面白かったのか女性は再び笑い出す。
彼女は『Ms.ジョーク』というヒーロー名で活動しているプロヒーローで、イレイザーヘッドと事務所が近くチームを組む事が多い事から嫁の座を狙っているらしいが、本気なのかジョークなのかは定かではない。
「お前の方から呼びつけるなんて珍しいな! それも病院の面会の付き添いって! 誰の見舞いだ?」
Ms.ジョークが尋ねると、イレイザーヘッドの隣にいたプレゼントマイクが代わりに答える。
『あのー……その、言いにくいんだが……俺とイレイザーの……む、娘……? の面会で……』
プレゼントマイクがゴニョゴニョと口を濁しながら言うと、Ms.ジョークが目を丸くする。
「娘!? お前らの!? お前らデキてるんじゃないかって噂になってたけど、とうとうやらかしたのか!」
Ms.ジョークが二人を揶揄っていると、イレイザーヘッドがため息をついて否定する。
連れてくる奴をもっと慎重に考えるべきだった、という心の声がダダ漏れだった。
「違う。あくまで遺伝子的にはって話だろ。紛らわしい言い方するなマイク。俺達の“個性”に目をつけた
「おいおいキツい事言ってくれるなイレイザー! その子を元気にしてやればいいんだろ? 任せとけって!」
「……嫌な予感しかしないのは俺だけか?」
Ms.ジョークが笑いながらサムズアップをすると、イレイザーヘッドは対照的にため息をついて呆れ返る。
三人が少女のいる病室に入ると、少女は僅かに目を見開く。
この頃には少女は精神的にもだいぶ安定しており、以前のようにフラッシュバックを起こして暴走する危険性もほとんどなくなっていた。
病院食を吐き出す事もなくなり、保護された直後に比べて大分顔色が良くなっていた。
「……あいざわさん、マイクさん……そのひと、だれですか……?」
少女が少し首を傾げながら尋ねると、Ms.ジョークが笑いながら名乗る。
「よ、初めましてだな! 私はジョーク! イレイザーの妻だ!」
「嘘を教えるな」
「ブハ!!」
Ms.ジョークとイレイザーヘッドが漫才のようなやり取りを披露するが、少女はピクリとも表情を動かさなかった。
「…………」
「今ので笑わないとは、やるなこの子!」
『いや普通そうだろ。このシチュエーションじゃ俺でも笑わねーよ』
全く笑わない少女に対して逆にMs.ジョークがツボに入ると、プレゼントマイクが珍しく冷静にツッコミを入れる。
「いやーしっかし、この子ホントにイレイザーそっくりだな! 目元はマイク似か? ……っと、そういや名前聞いてなかったな! 名前なんて言うんだ?」
Ms.ジョークが尋ねると、少女はキョトンとして首を傾げる。
「な……まえ……?」
少女がキョトンとしていると、イレイザーヘッドが言った。
「名前すらつけてもらっていなかったそうだ。モルモット同然の扱いを受けて、『
イレイザーヘッドが言うと、Ms.ジョークは少し考え込む。
常に次は自分だと怯えながら生きる生活は、少女から笑顔を奪っていた。
人の顔色を窺う癖がついてしまっている少女は、面会に来た三人の機嫌を損ねないようにと何とか笑顔を作ろうとしたが、生まれてから一度も笑った事がない少女は笑い方を知らなかった。
「よし、じゃあ私の一発ギャグで爆笑を掻っ攫ってやろう!」
「話聞いてたか?」
Ms.ジョークが先程までの話をフル無視して一発ギャグを披露すると、イレイザーヘッドが呆れ返る。
すると、その直後だった。
「ぷっ……ふふふふ……っはははははははは!! あはははは!!」
少女は、突然今までの重い空気が嘘のように大笑いし始めた。
「どうだ見たか!」
『いや何この不自然な笑い!? 結局“個性”頼りかよ!』
「お前いい加減にしとけよ」
少女を笑わせたMs.ジョークがドヤ顔をすると、プレゼントマイクがツッコミを入れイレイザーヘッドが引いていた。
Ms.ジョーク
本名 福門笑
“個性”『爆笑』
近くの者を強制的に笑わせて思考・行動共に鈍らせる!
彼女の
「あははははっ、ははは……ははははは……!! はっ、はっ、ひっ……」
少女は、腹を抱えて肩で息をしながら笑っていたが、笑いすぎて疲れたのか苦しそうにしていた。
無理矢理笑わされて流石に可哀想だと思ったプレゼントマイクは、Ms.ジョークに注意をする。
『おい、何か苦しそうだぞ。そろそろやめてやれよ』
「ん? もうとっくにやめてるよ」
『え?』
Ms.ジョークが“個性”を使って強制的に笑わせていたのは、最初の3秒だけだった。
にもかかわらず、少女は腹を抱えて笑い続けていた。
「……ふふっ、な、なにこれ、たのしくって、と……とまらない……!」
「そうだろ? 笑うのって楽しいんだ。どんどん笑え!」
少女が笑っていると、Ms.ジョークが笑いながら少女の頭を撫でる。
『しっかし……やっぱ笑うと可愛いもんだな。俺に似て』
「どこがだ」
いきなりカッコつけて父親面するプレゼントマイクに、イレイザーヘッドが辛辣な返しをする。
するとその時、プレゼントマイクが何かを思いつき掌を打つ。
『……あ!』
「どうした?」
『名前!! 今思いついた! 『ひなた』なんてどうだ!? ホラ、笑った顔がパッとしてて明るいから』
プレゼントマイクが少女の顔を指差しながら言うと、イレイザーヘッドとMs.ジョークが何か思うところがありそうな表情でプレゼントマイクを見る。
「なるほどね、『ひざし』だから『ひなた』か」
「完全に父親面する気満々じゃん。気持ち悪」
『えーダメ!? じゃあ別の名前に……』
プレゼントマイクが不満げに別の名前を考えようとすると、少女が袖を掴んで小さな声で言った。
「……ひなたがいい」
『そうかそうか、そうだよなー! お前は可愛いなひなた! どうだ聞いたか!』
少女に自分の付けた名前を気に入られたプレゼントマイクは、少女を可愛がりながら同僚二人に対し『ほら見ろ』と言わんばかりのドヤ顔を向ける。
こうして少女の名前はひなたに決まり、新しく戸籍を作る際の名前として採用する事になった。
だが、問題はひなたの今後の事で、プロヒーローや警察の間で会議が行われたが、事情が事情なため会議は難航した。
民間の施設に預けるのも里子に出すのもリスクが高すぎるとの事で、最終的に公安が運営する訳ありの子供用の施設で暮らすか、一番長くひなたと一緒におり万が一“個性”が暴走しても止められるイレイザーヘッドが引き取るかの二択となった。
そして会議の翌日、イレイザーヘッドはひなたの病室に面会に訪れ、ひなたの今後についてどうするかプロヒーローや警察の間で議論した結果出た結論を話す。
「……というわけだ。流石に一般人の元で暮らすのは厳しいという結論が出てな。今紹介した施設に行くか、俺の家で暮らすか、どっちかを選ぶのがいいという話になった。ここまではいいか?」
「…………」
イレイザーヘッドが事情を説明すると、ひなたは無言でコクリと頷く。
「俺としては、施設に行った方がいいと考えてる。施設に入ればこうして話す機会は減るが俺じゃなくても相談できる大人はいるし、何より何不自由なく暮らせる。俺は君に不自由な思いをさせるかもしれない。もちろん君の幸せを考えて最大限努力はするが、俺ができる事はたかが知れてる。俺に親らしい事はできないと思ってくれ」
イレイザーヘッドは、自分の意見をひなたに伝えた。
ひなたを突き放すような事を言ったのは、彼女の将来を案じての事だった。
中途半端な責任感で引き取って不幸な目に遭わせるくらいなら、然るべき施設に入れて少なくとも義務教育の間は“当たり前”が保証されている暮らしをした方が彼女の為だと考えていた。
「こうは言ったが、俺達は君の考えを尊重する。もし今決めるのが難しければ明日……」
「…………」
イレイザーヘッドが言い終わる前に、ひなたはクイとイレイザーヘッドの服の裾を掴む。
「……いいのか?」
「…………」
イレイザーヘッドが尋ねると、ひなたは黙ってコクリと頷く。
ひなたが欲しかったのは、当たり前の生活でも、形だけの幸せでもなかった。
どんなに不便な暮らしをする事になったとしても、自分を助けてくれたヒーローについて行きたいと思っていた。
こうしてひなたはイレイザーヘッド、本名相澤消太に引き取られる事になり、新しい戸籍も作り『相澤ひなた』としての第二の人生を歩む事となった。
彼女の正確な製造日はバックアップデータによって判明していたが、『101号としての自分と決別したい』という彼女の意見を尊重し相澤に引き取られた日を便宜上の誕生日とした。
そして数日後。
「…………」
『HEY,どうしたよそんな顔して! せっかく髪切ったんだし、腕の数字も消したし、ずっとそんなとこで暗い顔して突っ立ってたらキュートな顔が台無しだぜ?』
プレゼントマイクは、相澤の家で暮らす事になったひなたに声をかける。
ひなたは、部屋の隅で邪魔にならないよう静かに突っ立っていた。
背丈ほどまで伸びた髪は散髪をして綺麗に切り揃えられており、新しく買った服を着ていたが、研究所での生活が抜け切らないのか部屋の隅で気配を消す癖は直っていなかった。
「ご、ごめんなさい……ぼ、ぼく……」
ひなたが少しオドオドしていると、相澤が助け舟を出す。
「好きにさせてやれ。新しい戸籍を作って組織との繋がりを完全に絶ったからって、今までの傷の積み重ねが消えるわけじゃない」
相澤が言うと、プレゼントマイクはハッとしてひなたの方を見る。
するとひなたは、言い慣れていない言葉を一生懸命に振り絞って口を開く。
「あの、ぼく……ずっと思ってたことがあるの……あのときお父さんたちにたすけてもらって、こんなにやさしくしてもらって……だからぼくは、みんなみたいな強くてやさしい人になりたい。ヒーローになって、だれかをたすけたい。こんなぼくでも、ヒーローになれますか?」
ひなたが尋ねると、相澤はひなたの目線に合わせてしゃがみ込んで話し始める。
「ひなた、お前は優しくて賢い子だ。俺はお前みたいな奴に長生きしてほしいから、厳しい事を言う。人は死ぬ。どんなに強くてかっこいい正義の味方だろうと、そこら辺のチンピラに撃たれただけで簡単に命を落とす。俺達は無敵でも万能でもないから、全員を救う事はできない。だからせめて手の届く範囲にいる人達を救えるように、命がけで戦ってるんだ。ヒーローっていうのは理想論だけでやっていける仕事じゃない。誰よりも立派にヒーローやってて、志半ばで命を落とした奴を俺は知ってる」
「…………」
相澤が淡々と話すと、ひなたは黙ってコクリと頷く。
ひなたも、ヒーローが命を落とす危険のある仕事だという事はわかっていた。
それでも反対されるのを承知の上で勇気を出して相談したが、相澤の話を聞いて自分の夢を否定されると思い暗い表情を浮かべた。
「いいかひなた。まず自分を大切にできない奴は、ヒーローにはなれない。死にに行く事でしか誰かを守れないなら、それはただの馬鹿だ。自己犠牲と命を捨てる事を履き違えるな。誰かを守りたいなら、まず自分を守れるようになれ。それが約束できるなら、俺もお前を応援する」
相澤がひなたの肩に手を置いて告げると、ひなたはパァッと満面の笑みを浮かべて頷く。
「わかった! やくそくする! ぼく、お父さんみたいなりっぱなヒーローになる!」
◇◇◇
そして時は流れ7年後。
二月下旬の早朝、携帯からアラーム音が鳴り布団がモゾモゾと動くと中から小さな手が伸びてきて携帯を掴む。
先程まで布団にくるまって眠っていたひなたは寝癖でボサボサの髪をしており、眠そうな目を擦って携帯の時刻を確認した。
そしてそのまま起き上がって洗面所で顔を洗うと、髪を梳かしてブカブカの制服に着替える。
ひなたは外ハネの黒髪ボブで大きな緑色の瞳をしており、小学生にしか見えない小柄な体格をしていた。
素体二人が両方とも高身長なためぐんと背が伸びると思い中学入学時に二回り以上サイズの大きい制服を購入したのだが、結局中学に上がってからさほど背が伸びなかったため、3年間ブカブカの制服で過ごす羽目になってしまったのだ。
「お父さん、もう行くの?」
ひなたは、ゼリー飲料を飲み干しながら出発の準備をする相澤に声をかけた。
「ああ。今日の入試は俺も採点官だが、身内だからって採点を甘くしたりしないからな」
「……大丈夫だよ。今日まで勉強も特訓も頑張ってきたんだもん、あとはやれる事をやるだけだ」
「まあお前なら余裕もって受かるだろうが、くれぐれも気は抜くな」
「うん!」
相澤が念押しするように言うと、ひなたは笑顔で相澤を見送る。
そして数十分ほど仕上げの勉強をして、持ち物の最終確認をする。
「筆記用具よし、受験票よし、着替えよし。行ってきまーす」
ひなたは、持ち物を全て詰め込んだリュックを持って家を飛び出す。
ひなたが向かうのは、ヒーロー科がある高校の中でも国内最高峰の雄英高校だ。
特にひなたが受験するヒーロー科は『平和の象徴』と呼ばれるNo. 1ヒーロー『オールマイト』、オールマイトに次ぐ実力を持つNo.2ヒーロー『エンデヴァー』などといったトップヒーロー達を輩出しており、偏差値79と超難関だった。
相澤と山田(プレゼントマイク)も雄英のヒーロー科の卒業生で、ひなたは血を分けた父親であり研究所での地獄のような暮らしから救い出してくれたヒーローでもある二人の背中を追うため、二人と同じ進路を志願していた。
かくいうひなたも、二人と同じ学校に通う為に努力を重ね、模試は常にA判定、中学校では唯一の雄英圏内だった。
この日の為にやれるだけの事はやったため、あとは合格できる事を祈って会場に向かうだけだった。
これは、禁忌によって生み出された少女がヒーローになるまでの物語だ。