大掃除
年末。
生徒達は大掃除に勤しんでいる。
もちろん、寮内の自室は各自でやらなければならない。
部屋は個人の性格が顕著に表れるパーソナルスペースだ。
空間は清潔である方が体にも精神的にもいい。
だが、掃除をしなくても気にならない者もいる。
故に日常の掃除の頻度にも個人差が出てしまう。
毎日掃除する者、二、三日に一回の者、週一ペースの者もいれば、月一ペース、中には入寮してきてから一度もしていない強者もいた。
日々清潔な空間を心がけている者は、既に掃除を終えていた。
「ふぅ…」
一通り掃除を終えたひなたは、額の汗を拭った。
三角巾で髪をまとめ、割烹着ともんぺを身につけている姿は、まるで農婦のようだ。
ひなたは、普段から真面目に掃除をするタイプだったので、大掃除の日にやる事は少なかった。
そのため、自ら共同スペースの掃除当番を名乗り出て、洗面所の掃除をしていたのだ。
「じゃ、僕ゴミ捨て行ってくるね」
「あ、うん!」
「ありがと」
「ケロ、お願いね」
ひなたが言うと、ひなたと同じく脱衣所や風呂場などの共同スペースを掃除する余力があった蛙吹、麗日、耳郎が返事をした。
ひなたが脱衣所のゴミをまとめて外に出ると、ちょうど芦戸、葉隠、八百万と鉢合った。
「あっ、ひなた〜! 今からゴミ捨てに行くとこ?」
「うん! 今ちょうど脱衣所の掃除終わったとこ!」
「ごめんね〜! 私、全然掃除してなかったからやる事多くってさ〜!」
「気にしないで! 皆で過ごす場所なんだから、綺麗な方がいいでしょ?」
芦戸と葉隠が言うと、ひなたはニコッと笑顔を浮かべる。
面倒臭がりな二人は、普段掃除をサボっていたため、年末の大掃除でやる事が多く一向に掃除が終わる気配がなかったのだ。
そんな二人にひなたが苦笑しつつ、4人でガールズトークに花咲かせながらゴミを捨てに行った。
入寮したての頃、八百万が掃除のやり方がわからなかったためひなたが一から教えた時の話をした。
当然八百万とて掃除を知識としては知っていたが、実際は全てメイドがやっていたため、いざ自分でやろうと思うと何から始めていいのかわからなかったのだ。
「やぁ〜、大変だったよ。まず雑巾の絞り方からだったもんねぇ」
「あの時はお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでしたわ…」
ひなたが苦笑いを浮かべながら言うと、八百万は恥ずかしそうに左手を頬に当てる。
他の二人のようにサボっていたわけでもなく、ひなたの指導のお陰で掃除に慣れてきた八百万だったが、それでも複雑な造形のアンティークが部屋の8割方を占めている分、当然それだけ掃除の手間もかかる。
特に天蓋ベッドの掃除に苦戦してしまい、想像以上に時間がかかってしまったのだ。
4人でわいわいと話しながらゴミ捨て場に向かおうとすると、ちょうど障子が出てくる。
「あっ、めぞりん!」
「お前達もゴミ捨てか」
「うん! めぞりんは掃除終わった?」
「ああ。物が少ないからやる事が少なくてな。風呂場や厨房の掃除も終えたところだから、ゴミをまとめて捨てに行こうとしていたところだ」
ひなたが尋ねると、障子が答える。
障子は普段から自分の部屋や共同スペースを掃除しているまめな性格な上にミニマリストなので、その分やる事が少なく済んだのだ。
男子の共同スペースどころか男女共同のスペースの掃除も終えてしまったという障子に対し、女子達は顔を引き攣らせていた。
「…どうした?」
「ああ、いや〜…お恥ずかしながら…実は私達、掃除が終わっていなくてですね…あははは〜…」
障子が尋ねると、葉隠は苦笑いを浮かべながら答える。
芦戸と八百万も同様だ。
すると大体事情を察した障子が、女子達の持っているゴミ袋を差しながら言った。
「なら、俺が代わりに捨てに行こうか?」
「えっ、でも、いいの?」
「流石にそこまでお手を煩わせるわけには…」
「お前達がまだ掃除を終えていないのなら、せめてゴミ捨てくらいは俺が行った方がいいだろう? 流石に女子の寮に上がり込んで掃除を手伝うわけにもいかんしな」
障子が言うと、ひなた以外の3人の顔がパァッと明るくなる。
日頃から紳士的な性格の障子は、こういう時にも気を利かせてくれているのだ。
ひなたは、障子の手を煩わせるのも悪いと思いつつも、まずは他の女子達の部屋の掃除が終わらなければ話にならないため、下唇を突き出しながら考え込む。
「んん…じゃあお言葉に甘えさせて貰おうかな」
「任せろ」
「ありがと〜!」
ひなたが障子にゴミ袋を差し出すと、障子の複製した口が答え、葉隠が明るい声で礼を言った。
その後ひなたは、共同スペースの掃除の仕上げをし、まだ掃除が終わっていない三人の部屋の掃除を手伝った。
数十分後、女子達はようやく女子棟の全部屋の掃除を終えたのだった。
◇◇◇
「ふ〜、終わった!」
「お疲れ様」
ひなたが三角巾を外しながらボフッと談話スペースのソファーに座ると、蛙吹が声をかける。
自分の部屋に加えて、脱衣所と風呂場、さらには八百万の部屋の掃除も手伝ったひなたは、若干疲れた様子だった。
すると八百万が、疲れているひなた達に声をかけた。
「皆さん、私のお部屋の掃除まで手伝っていただいてありがとうございます。お礼と言っては何ですが、お母様から頂いた紅茶とお菓子、要りません?」
「「「いる〜!」」」
「わかりましたわ! すぐにご用意しますわね!」
八百万が尋ねると、他の女子達は満面の笑みを浮かべながら飛び起きる。
すると八百万は、プリプリしながら紅茶とお菓子を用意してきた。
以前ひなた達が期末試験の準備の時に飲んだハロッズと、見るからに高級そうなマドレーヌだった。
お茶を交えながら談笑していた女子達だったが、麗日がある事に気がつく。
「障子くん遅いね。代わりにゴミ捨てに行ってもらったんやろ?」
「そうね。ゴミを捨てに行くだけにしては時間がかかりすぎだわ」
「何かあったのかも…」
「やっぱり私達が同行するべきだったかしら…」
麗日が心配そうに言うと、他の女子達にも不安が伝染する。
すると芦戸は、マドレーヌを食べながらあっけらかんとして言った。
「きっとどっかで道草食ってるだけだって〜! 気にしない気にしない!」
基本的に楽観主義の芦戸は、さほど気にする事じゃないと笑っていた。
だがその時、耳郎が口を開く。
「ねえ、そういえばさ。関係あるかどうかはわかんないけど…最近地震多くない?」
「あっ、そうだね。あとさ、地震起きると同時に変な音しない?」
「そうそう! 何か壊してるような、削ってるような音するよね!」
耳郎が言うと、ひなたも同意した。
二人とも“個性”の関係上人一倍聴覚が優れているので、不審な音も聴き逃さないのだ。
すると芦戸と葉隠は、また夏休みの怪談騒動のような話かと思い、身を寄せ合って怖がる。
「え〜、また七不思議的なやつ!?」
「やめてー! そういうのはもうこりごりだって!」
ひなたと耳郎が話し合っていると、芦戸と葉隠がキャーキャー騒いだ。
だがそんな中、ひなたがマドレーヌを口に運びながらさらに話を続ける。
「あー…そういえば、この前ちょっと離れた森林地区の方までジョギングしてたんだけどさ。そしたら、何か地下に広い空間があったんだよね」
「え、空間?」
「うん。よくわかんないけど…何か、迷路みたいに入り組んでたなぁ」
ひなたは、早朝に森の近くまでジョギングをしていた時に自分が体験した事を話した。
ひなた曰く、自分の足音が以前と違っていたので、不審に思い“個性”で地面を調べてみたという。
するとちょうどジョギングをしていたあたりに巨大な地下空間があり、まるで蟻の巣のように複雑に入り組んでいる事がわかった。
よく耳を澄ませてみると、何やら機械の駆動音や火花の散る音が聴こえてきた。
地下に何かがいるのは確かなようだ。
だが流石にひなたもそんな音がする場所に何の準備もせずに一人で赴く程馬鹿ではなかったらしく、その日は音だけ聞いて寮に帰ったという。
すると葉隠が、バンっとテーブルに手をついて身を乗り出す。
「え〜、帰っちゃったの!? 勿体無い!」
「だって何の準備も無しに近づくわけにはいかないでしょ? もし行った先で閉じ込められて二度と出てこられなかったらどうするの?」
「そうだけど〜!」
残念そうに言う葉隠にひなたが正論で返すと、葉隠は気になって仕方がないと言わんばかりに腕を振っているらしく、トレーナーの袖から先がブンブンと縦に振れていた。
するとひなたは、片眉を上げながら仕方ないと言わんばかりに話を続ける。
「あ、でね、この話にはまだ続きがあって…ちょっと気になって次の日もう一回行ってみたら、ちょっとだけ地下の空間が広がってたの!」
「えっ、広がってたの!?」
「うん」
(あっ、もしかして…)
興味津々と言わんばかりに葉隠が詰め寄ると、ひなたが頷く。
ひなたの話を聞いていた耳郎は、ここまでの話で何か思い当たる事があったらしく、僅かに目を見開いた。
ひなたが真剣な表情で続きを話すと、他の女子達は僅かに身を乗り出してひなたの話を聞いた。
ひなたが99%の好奇心と1%の恐怖心に駆られて再び森へ行くと、やはり新しくできた空間から音が聴こえてくる。
水を沸かすような音と、コポコポというどこか聴き覚えのある音。
そして何かをズルズルと啜るような音。
ひなた曰く、やたらと生活感溢れる音だったという。
ひなたは、新しく音が増えている事だけを確認し、その日はそのまま寮に帰った。
「生活感溢れる音かぁ…」
「ねえ、続きは!?」
ひなたの話に、麗日は何の音だろうと考え、芦戸がひなたに詰め寄る。
ひなたは、少し勿体ぶった様子で続きを話し始めた。
次の日、再び森の方へ赴いてみると、やはり地下の空間が増えている。
今度は何やら車が走る音が聴こえてきたという。
どうやら、タイヤの音から推測するに、走っているのはクラシックカーのようだ。
そして次の日。
やはりまた空間が増えている。
今度は、何やら人の話し声が聴こえてきた。
だが人の生声とは違う機械的な声だった事から、それは人の声を録った音声であるという事はすぐにわかった。
そして映画の音声だけでなく、何かをムシャムシャと食べる音や、ストローでジュースを啜るような音まで聴こえてきた。
音声の内容が気になり、後で寮に戻ってパソコンで検索してみたら、C級映画『峠の走り屋~愛車天国戦争~』というマニアしか知らないようなカルト映画に出てくる登場人物達の台詞だったという。
そして次の日。
やはりまた空間が増えている。
今度は、何かの水脈のような音だ。
もしや温泉でもあるのかと思い耳を澄ませてみると、チャプチャプと水面が波打つ音や、『カポーン…』という音が聴こえてくる。
どこかで聴いた事があるような音に、ひなたは首を傾げつつも、その日はそのまま寮へと帰った。
そして、次の日、つまり昨日。
ひなたは、例の如くまた森へと赴き音を聴いた。
やはりと言うべきなのか、また地下空間が増えていた。
地下からは、シャン…シャン…とシンバルのような音が聴こえる。
それだけでなく、時折何かの機会の駆動音も聴こえてくる。
更には、何やらドスンッ、ドスンッと何かが一定の間隔で落ちてくる音まで聴こえてきた。
滑り台の上をツルツルと何かが滑る音、ガシャンッ! っと鳥籠が閉まる音、巨大な岩のようなものがものすごいスピードでゴロゴロと転がる音、大量の水が流れ込む音、とにかくありとあらゆる音が次々と聴こえてきてもはやカオスだったようだ。
「三奈ちゃん…!」
「うん…これってひょっとして…」
「「地下迷宮…!?」」
葉隠が声をかけると、芦戸は真剣な表情で頷き、二人は息を合わせて言った。
ひなたの話を聞いた二人は、爛々と目を輝かせていた。
ひなたの話が本当なら、雄英にも地下迷宮があるかもしれないのだ。
「えー、行ってみたい! 私そういうの大好き!」
「ねえひなた、それどこにあるって言ったっけ!?」
ひなたの話を聞いた葉隠と芦戸は、完全にひなたの言っていた地下迷宮に行く気満々だった。
すると八百万、蛙吹、麗日が二人を止めた。
「待って下さい、お二人とも」
「ケロ、危険だからやめておいた方がいいと思うわ」
「それに、まだ戻ってきてない障子くん達も心配やし…ほんま何してんねやろ」
するとその時、ひなたの話を聞いて何かを考えていた耳郎が口を開いた。
「ねえ、ちょっと待って」
耳郎が唐突に口を開くと、他の女子達が注目する。
どこか真剣そうな耳郎の声に、先程まではしゃいでいた二人も神妙な面持ちで耳を傾けていた。
すると耳郎は、ずっと気になっていた事をひなたに尋ねる。
「あのさひなた。地下空間が増えたのって、地震の後じゃなかった?」
「え、そうだけど…何でわかったの?」
「やっぱりか…!」
耳郎の質問に、ひなたがきょとんとした様子で答えると、耳郎は「はぁーっ」と大きめのため息をつきながら額に手を当てる。
そしてそのまま、もう一つ気になっていた事を尋ねる。
「じゃあさ、地下空間に誰かいたりしなかった?」
「誰か、ねぇ…んーっと…あ。いたいた。確かあれはね…パワーローダー先生だったと思う!」
「それを早く言ってよ…」
耳郎が尋ねると、ひなたは顎に指を当てながら思い出し、再び耳郎がため息をつく。
地下迷宮の音を聴いていたひなただったが、実はその時、パワーローダーの“個性”の波長と、何やらはしゃいでいるような声を聴いていたのだ。
一人で納得している様子の耳郎に、麗日が尋ねる。
「え、何? どうしたの耳郎ちゃん」
「いや、やっと点と点が線で繋がったって思ってさ」
麗日が尋ねると、耳郎は呆れ顔を浮かべながら自分の推測を話し始めた。
まず、耳郎とひなたが察知していた地震と謎の音は、パワーローダーが地下を掘って地下空間を作っている時の音だった。
ひなたの『機械の音や火花が散る音が聴こえた』という証言から、最初は恐らく地下空間をサポートアイテムか何かの置き場にしようとしていたのだろうが、地下空間を作っているうちに楽しくなってしまい、雄英の地下は数日間かけてパワーローダーの趣味丸出しの自遊空間へと改造されていたのだ。
思えば、ひなたが2日目に聴いた生活音は、パワーローダーが校長に許可を得て作った自室でコーヒーを沸かし、カップヌードルを食べている音だった。
3日目に聴いた車の走行音は、車好きのパワーローダーがサーキット場を作ってそこで車を走らせる音。
4日目に聴いた映画の一節と咀嚼音は、息抜きにと作ったシアターで、ポップコーンとドリンクをお供に映画鑑賞をしている音。
5日目に聴いた水音は、ひなたも推測していた通り、温泉を掘り当てそこを温泉施設にし、パワーローダーが自作の温泉を堪能している音。
そして昨日聞いたカオスな音の数々は、パワーローダーが遊び心で作った地下サバイバル施設のトラップの音だ。
先程から障子達が帰ってこないのは、おそらく森林地区の臨時ゴミ捨て場にゴミを捨てに行った際、たまたま地下施設に迷い込んでしまったからではないかと耳郎は推測していた。
耳郎の推測に、先程までやれ地下迷宮だの何だのとはしゃいでいた二人も、流石にこのままではまずいのではないかと不安を募らせる。
するとその時だった。
「あっ、皆!」
突然、緑谷が慌てた様子で談話スペースに顔を出す。
麗日は、慌てた様子の緑谷に対し、何があったのかと尋ねる。
「デクくん! どうしたん、そんなに慌てて」
「ごめん、常闇くん知らない!?」
「え、ふみにゃん? ふみにゃんがどうかした?」
「常闇くんが、ゴミ捨てに行ったきり帰って来ないんだ! 青山くんと峰田くんも、常闇くんを見てないって!」
「ええっ!?」
緑谷が言うと、ひなた達が驚く。
すると同じ事を考えたのか一階に降りてきた尾白と瀬呂が、ひなた達に話す。
「実は俺のとこも…飯田と心操がゴミ捨てに行ったきり帰って来ないんだ」
「ああ、そうそう! 切島と障子もまだ戻ってきてねえって」
「ケッ」
尾白と瀬呂が言うと、爆豪は不機嫌そうな表情を浮かべる。
飯田、切島、障子、心操、常闇の5人が、ゴミ捨て場に行ったきり行方不明になってしまったというのだ。
その話を聞いた女子達は、嫌な予感がしたのか思わず青ざめる。
「嘘でしょ…!?」
「じゃあ、他の4人も地下に…!?」
他の4人まで行方不明になってしまったと聞いて、芦戸と麗日が口を開く。
すると爆豪がその発言に反応した。
「あ? 地下?」
「あ、えっとね! 実は……」
ひなた達は、男子に事の経緯を話した。
もしかしたらゴミを捨てに行った男子が地下に迷い込んでしまったかもしれないという話を聞いて、不安が男子達にも伝染する。
「えっ、これってどうすりゃいいの!?」
「…とりあえず、作った本人に連絡するしかないんじゃない?」
「あっ、じゃあ僕、パワーローダー先生に電話かけるね!」
慌てる瀬呂に対し、尾白が冷静に言った。
するとひなたは、ポケットから携帯を取り出し、急いでパワーローダーに電話をかけた。
携帯を耳に当てたまま数秒待っていると、パワーローダーが応答する。
『はい。もしもし』
「もしもし。1年A組の相澤です。パワーローダー先生ですか?」
『何だい?』
「あの。単刀直入に聞きますけど…先生、ここ最近、地下に色んな部屋作ってたりしますよね」
『ゲッ!? えっ、な、何でそれを!?』
ひなたが単刀直入にパワーローダーに尋ねると、電話の向こうのパワーローダーは明らかに動揺する。
どうやら、地下の自遊空間はパワーローダーにとって人に知られたくないものだったようだ。
それを察したひなたは、申し訳ないと思いつつも、今は緊急事態だと自分に言い聞かせ、要件を話した。
「その話は後程。実は、飯田くん、切島くん、障子くん、心操くん、常闇くんの5名が、先生の作った地下空間に迷い込んでしまったかもしれないんです」
『なっ…!? 本当かい!?』
「直接調べてないので確証はありませんが…その可能性が高いかと。僕達の方で校長先生にも連絡しておくので、至急対応よろしくお願いします」
『わ、わかった! こっちで何とかしておくよ!』
ひなたが言うと、パワーローダーは慌てた様子で返事をした。
どうやら、自分の作った地下施設に生徒が迷い込んでしまうとは思っていなかったようだ。
パワーローダーに要件を伝え終えたひなたは、ふぅっと息を吐くと、次は校長に電話をかけた。
「さて…」
ひなたは、校長に電話をかけて携帯を耳に当てると、すぐに校長が電話に出た。
ひなたは、礼儀正しく校長に電話の時の挨拶をした。
「もしもし、根津校長。1年A組の相澤です」
『やあ、ひなた君! どうしたのかな?』
「お忙しい中お手数をおかけしてしまい大変恐縮なのですが、至急対応していただきたい事がありまして…実は……」
ひなたは、これまでの経緯を校長に話した。
自分達の代わりにゴミ捨てに行ってくれた障子がまだ戻っていない事、そしてその原因はパワーローダーが作った地下迷宮である可能性が高い事を校長に伝える。
すると校長は、若干呆れ返った様子で、電話越しに伝えた。
『……やっぱりね。そろそろやらかすんじゃないかとは思っていたさ。対応は僕がしておくよ。あと、埋島くんには後で話をしておくさ。もし障子くん達を見つけたら寮に戻るよう伝えておくから、君達は寮で待機していなさい』
「わかりました。ありがとうございます。では、失礼します」
そう言ってひなたは、電話を切った。
すると麗日がひなたに尋ねる。
「何て?」
「先生達が対応してくれるって。もしめぞりん達を見つけたら、寮に戻るよう伝えるから寮で待ってろって」
「良かった…!」
ひなたが言うと、緑谷が安堵の表情を浮かべる。
雄英の敷地内という事であれば、教師二人が対応してくれるのなら安心だ。
とりあえず寮で待っていろと言われたため、男子達は掃除を再開し、女子達も空になったティーセットを片付けて待っていた。
するとだ。
日が暮れかけて空の色が変わってきた頃、5人の人影が寮の前に現れる。
「あっ、帰ってきたよ!」
5人が戻ってくると、ひなたがぴょんと跳ね上がって寮の玄関へと駆けつける。
するとその直後、行方不明になっていた5人が少しボロボロになって戻ってきた。
「ただいま〜!」
切島が呑気に寮の扉を開けて入ってくると、上鳴と瀬呂が切島に飛びついた。
「「心配したんだぞお前らァァァ〜!!!」」
「うわっ!?」
5人が帰ってくると、寮で待機していた生徒達が一斉に5人に駆け寄った。
「飯田くん、大丈夫だった!?」
「お騒がせさん達☆」
「ああ。すまない。心配をかけてしまったようだな」
「障子くん怪我してる! ごめんね〜! 私達がゴミ捨て行かせたばっかりに!」
「行ってくると言ったのは俺だ。気にするな」
「常闇ィお前今までどこ行ってたんだよォ!? さてはお前アレだな!? ゴミ捨て場でエロ本見つけたな!? だから帰ってこなかったんだろ!?」
「それで帰ってこなくなるのはお前くらいだろうに…」
5人は、いきなり駆け寄ってきたクラスメイトに驚いていたが、それだけ心配して待ってくれていたのだとわかると、クラスメイト達に無事を伝え、心配させた事を謝罪した。
心操も迷子になったと聞いたひなたは、真っ先に心操に駆け寄った。
「ひー君大丈夫だった!?」
「散々な目に遭ってきたよ…」
「ええっ!?」
「……でも、楽しかったぜ」
散々な目に遭ってきたという言葉の通り、心操は、疲れが表情に現れていた。
だが心操は、疲れつつも笑顔を浮かべており、どこか楽しげだった。
するとひなたは、心操の身体からふわっと漂ってくる温泉の匂いに気がつく。
「あ、温泉の匂いがする」
「あ、やっぱわかる? 実はさ…」
心操は、事の経緯をひなた達に話した。
心操は溜まったゴミとジジのトイレの砂を捨てにゴミ捨て場に向かったのだが、そこで他の4人と合流し、一緒にゴミ捨て場に行っていた。
だがゴミを捨てている途中でちょっとしたアクシデントが発生し、5人まとめて地下迷宮に迷い込んでしまったのだ。
そこで地下迷宮のトラップに巻き込まれたり、たまたま見つけた温泉に入ったり、映画を鑑賞したり、サーキット場に行ったりしたという。
そして地下のある一室に辿り着いた時、校長が現れ、この地下迷宮ができた経緯を話したのだ。
ここまではひなた達の想像通りだった。
だがひなた達の想像と違っていたのは、校長の話曰く、地下迷宮は、昔作った雄英のサバイバル施設で、あまりにも危険すぎて封鎖されていたという事だった。
最近になって地盤が緩くなったからか、地面が崩れて5人が迷い込んでしまったのだ。
「あ〜、腹減った! 今日は夕飯はハンバーグだ!」
「はいはい、今用意するからちょっと待ってて」
散々心配させておいて呑気に言う切島に対し、ひなたは呆れつつも厨房で準備をした。
寮には、既にランチラッシュが作ってくれたハンバーグが配達されていた。
◇◇◇
「……全く、ちょっと……いや、だいぶ広げすぎじゃないのかい? パワーローダー」
「すいません……」
校長に平謝りしているのは、パワーローダーだった。
校長が心操達に説明したのは噓で、実際は耳郎達の想像が正しかった。
サポート科の工房に溜まり続ける発目明のベイビー達の置き場所に困ったパワーローダーが校長に相談したところ、地下室を掘るのを勧められたのだ。
だが、パワーローダーは掘削するうちにどんどん楽しくなってしまい、校長に許可を得てから自分の部屋を作り、車が好きなのでサーキット場を作り、息抜きにとシアタールームを作っているうちに温泉を掘り当て、生徒のためにと地下迷宮サバイバル施設を作っていたところで地表近くを削ってしまい──。
飯田達が落ちてしまったのだ。
ひなたが聴いたシンバルの音はそこにあった猿の玩具の音で、人間の恐怖心をサポート道具に使えないかと考えた発目の発明品である。
「生活音まで筒抜けだったとは……一生の不覚……」
ひなたから地下迷宮の存在を知った理由を聞いたパワーローダーは、ガクッと肩を落としていた。
自分が自遊空間で好き放題やっていた事が、生徒にバレてしまったのだ。
ひなたの“個性”はここ数ヶ月で成長しており、索敵の精度も上がっていた。
その気になれば、地下室にいる人間の心臓の音までハッキリと聴こえてしまうのだ。
ひなたとて、もし数日間の地震がなければ、“個性”で地下を調査する事もなく、自遊空間にも気付かなかったかもしれない。
だが誰かが隠そうとすればするほど、それを探りたくなってしまうのが人間の心理というものだ。
誰にも邪魔されない空間を作ったつもりだったパワーローダーだが、よりにもよって無邪気な少女の好奇心を刺激してしまったとは思いもよらなかった。
「シアタールームにサーキット場に温泉……これだけの娯楽施設、独り占めはもったいない……そうだ! ここを教師たちの息抜き施設にするのはどうだろう?」
「えっ……それはその……」
校長の言葉に戸惑って二の句が継げないパワーローダー。
その様子をじっくりと観察したあと、校長はニパッと笑って言った。
「噓さ!」
「はっ?」
「君が人付き合いが得意じゃないのは知っているのさ。仲がいいのに越した事はないが、無理に親密になる必要もない。人には人それぞれの距離というものがあるだろうからね」
パワーローダーは天才肌ゆえに、他人に合わせる事が難しかった。
だからなんとなく距離を置いてしまうだけで、人が嫌いなわけではない。
施設増設などで一緒になる事が多いセメントスとはしゃべる方だったりする。
仕事仲間の付き合い以上ではないが、パワーローダーにとってはそれで十分だった。
機械と向き合う時間はパワーローダーにとって有意義で、かけがえのないものなのだ。
それを理解しているように、校長が続ける。
「君のような天才は一人で開発する場所と時間が必要さ。ここなら、誰にも邪魔されずサポート開発に勤しめるだろう?」
そう言いながら校長は山積みになっている機械の元へ、トタトタと歩み寄る。
それらは、パワーローダーの試作したサポートアイテムだった。
パワーローダーはポカンと開けていた口をムズムズと動かす。
「ありがとうございます……しかし人が悪いですよ、騙すなんて……」
「フフフ、人じゃないのさ」
校長の軽口にクケケとパワーローダーが笑いをもらす。
根津校長も動物でありながら、人間以上の頭脳が発現した、ある種の天才だ。
天才同士、わかりあえるものがあるのかもしれない。
「ついやりすぎる気持ちはわかるが、地下迷宮施設はもう少し安全面を考慮しないと許可は出せないのさ。ほどほどにするのさ!」
「はい……」
肩を落とすパワーローダーに、校長が言う。
「でも、たまに温泉に入りにくるのさ」
雄英の地下には迷宮がある。それを知る者はごくごく少ない。
再び生徒達が冒険するその日は、今日と同じように生徒達を翻弄し、成長させ、そしてきっと友情を深めさせるだろう。
それまでは地下で眠っているが、もしかしたら知る人ぞ知る娯楽施設になっている……かもしれない。