抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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誰よりもお前はヒーローに

 冬休みはあっという間に過ぎ、始業。

 怒涛の一年次も、気づけばあと3ヶ月となっていた。

 飯田は、早速クラスメイトに指示を出した。

 

「明けましておめでとう諸君! 今日の授業は実践報告会だ。冬休みの間に得た成果・課題等を共有する。さぁ皆スーツを纏いグラウンドαへ!」

 

 飯田が言うと、教室のドアがカァンと開き相澤が入ってくる。

 

「いつまで喋って──…」

 

「先生ー!! あけおめー!!」

 

 相澤が生徒達を注意しようとすると、芦戸が相澤に挨拶をしコスチュームを持って教室の外に出た。

 それに続けて、蛙吹もコスチュームを持って外に出る。

 

「本日の概要伝達済みです。今朝伺った通りに」

 

 珍しく自分が指示をする前に動いている生徒達を見て相澤が意外そうな表情を浮かべていると、飯田が既に今日の授業の概要を全員に伝えた事を報告した。

 珍しく飯田がしっかり機能していたので、上鳴が感心する。

 

「飯田が空回りしてねー」

 

「マニュアルさんが保須でチームを組んでリーダーしていてね。一週ではあるが学んだのさ…物腰の柔らかさをね!」

 

 飯田は腰を高速でクネクネと振って謎のダンスを披露するが、案の定滑っていた。

 

「あー空回った」

 

「すぐチェーン外れる自転車みてェ」

 

「大丈夫か天ちゃん…」

 

 平常運転の飯田に、上鳴と瀬呂が呆れ返る。

 ひなたは、すぐに空回った飯田に対し割と真剣に心配していた。

 ひなたもコスチュームを持って女子更衣室に行こうとした、その時だった。

 

『相澤先生、1ーA相澤ひなたさん、職員室までお願いします』

 

 相澤とひなたが呼び出されると、ひなたは相澤の方を見る。

 

(何なんだろう…インターン中に習得した技を皆の前で披露したかったんだけどな)

 

「ん、じゃあちょっと呼び出されたから行ってくるね」

 

「おう」

 

 ひなたが手を振りながら声をかけると、心操が頷く。

 ひなたは、相澤の後ろを歩きながら尋ねる。

 

「先生、コスチュームはどうすれば…」

 

「一応持っとけ」

 

「了解!」

 

 ひなたの質問に相澤が答えると、ひなたはハキハキとした声で答えた。

 心操は、相澤と一緒に呼び出されたひなたを心配そうに見ていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ひなたを除く女子が女子更衣室でコスチュームに着替えていると、葉隠が麗日に話しかける。

 

「お茶子ちゃん、コスチューム変えたねえ! 似合ってるねえ!」

 

「ホント? よかったああ」

 

 葉隠が言うと、麗日は少し照れくさそうに喜ぶ。

 麗日から籠手を預かっていた耳郎だったが、その重さに思わず声を上げる。

 

「これ重!! うららかリスト」

 

「ワイヤー入っとる。私の“個性”なら重さハンデにならんから」

 

「うわ重!!」

 

「そっちは浮かす用の武器。投げられるものがない時とか役に立つかもしれんやろ?」

 

 耳郎が麗日の籠手を重がると、麗日が答える。

 一方で、麗日のポーチを持っていた葉隠も重がっていた。

 ポーチには、トリモチや火薬などが入ったピンポン玉サイズの鉛玉がいくつか入っていた。

 

「こっちは何が…」

 

「あ━━!!」

 

 芦戸が麗日のサポートアイテムを持ち上げると、麗日が慌てて止める。

 芦戸が持ち上げたアイテムからは、オールマイトのキーホルダーが落ちた。

 

「これって…」

 

 そのキーホルダーは、クリスマスパーティーで麗日が引いた緑谷のプレゼントだった。

 すると、恋バナ好きの芦戸が嬉しそうな顔をする。

 

「やはり」

 

 芦戸が興味津々といった様子で麗日の方を振り向くと、麗日が慌てて芦戸に詰め寄る。

 

「違うの芦戸ちゃん! 本当に…違うんだ。これはしまっとくの」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 一方、男子更衣室では主に緑谷のパワーアップの話で盛り上がっていた。

 

「また新技出たのか! はえー!」

 

「まだ完全には形になってないけどね。不意打ちに対応したり、予測を立てたりできるようになったんだ」

 

 切島が驚いていると、緑谷は自分の掌を見つめて微笑む。

 すると、爆豪のコスチュームの飾りが緑谷の頭に突き刺さった。

 爆豪は、脳漿を噴き出して倒れる緑谷を睨みつける。

 

「不快」

 

「バクゴー! 何してんだ」

 

「大変だ、脳漿がチョロチョロ出てるぞ」

 

「とりあえず瀬呂テープで止血だ!」

 

「緑谷ァア━━━!!」

 

 他の男子達が騒いでいる中、轟が浮かない表情を浮かべている心操に声をかける。

 

「心操、大丈夫か」

 

「ああ…うん」

 

「気分が優れないなら保健室行くか?」

 

「いや、ホント大丈夫」

 

 轟が素で体調不良を疑っていると、心操は手を振って否定した。

 すると何となく察した青山が話しかける。

 

Salut(やあ)、もしかして相澤さんが心配? ☆」

 

「……まあね」

 

 青山が言うと、心操は首に手を当てて答える。

 すると峰田と上鳴が嫉妬を爆発させる。

 

「彼女が心配ってか!? このクソリア充が!!」

 

「お前だけリアルに充実してんじゃねー!!」

 

「ションベンする度にチャックに皮が挟まれ!! 鼻の下にハナクソくっついて一生取れなくなれ!!」

 

「すげえ僻み方」

 

 峰田が心操を僻んでいると、瀬呂がツッコミを入れる。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 男子は全員着替え終わり、緑谷は頭に飾りが刺さったままグラウンドに向かっていた。

 

「新しく使えるようになった技なんだけど、他の技を鍛えようと思ったら容量がオーバーするんだ。だから当分は、今までの技を伸ばす方針でいこうと思うんだ」

 

「緑谷…お前まず頭のそれどうにかしろよ」

 

 緑谷が説明をしていると、心操がツッコミを入れる。

 すると、どこからかオールマイトの声が聞こえる。

 

「わ〜た〜が〜し〜機だ!!」

 

「「「オールマイト!!」」」

 

 綿菓子機で綿菓子を作りながらオールマイトが登場すると、全員が驚く。

 だがその次の瞬間には、上鳴がオールマイトのギャグをスルーして疑問を口に出す。

 

「あれ? 相澤先生は?」

 

「そういや女子もひなちゃんいなくね?」

 

「ヘイガイズ、私の渾身のギャグを受け流す事水の如し。私が来た…わたがし機だ」

 

 上鳴と瀬呂が言うと、オールマイトは身体が寒いのか心が寒いのか僅かに震える。

 オールマイトは、A組の生徒達に相澤とひなた不在の理由を伝える。

 

「相澤くんは本当今さっき、急用ができてしまってね。ひなた少女もその関係で今日の授業は公欠だそうだ」

 

「急用か…」

 

 オールマイトから要件を聞かされた心操は、少し不安そうな表情を浮かべていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その頃、相澤とひなたはプレゼントマイクこと山田の運転する車に乗ってタルタロスに向かっていた。

 

「もっとスピード出ないのか」

 

「うるせーな落ち着けよ」

 

 気が立っているのか相澤が苛立ちながら山田を急かすと、山田も苛立ちながら答える。

 相澤は、USJでの出来事を思い出し表情を歪めながら口を開く。

 

「USJで戦った…そんな素振り…微塵も────…趣味が悪いにも…程がある」

 

「俺ぁ…塚内さん達の勘違いに賭ける」

 

「僕だって信じたくないよ、あんな事…」

 

 相澤と山田が言うと、ひなたも口元を手で押さえながら言った。

 すると山田がひなたに声をかける。

 

「ひなた。お前は学校に残ってても良かったんだぞ。子供には酷な話だろ。お前にとっちゃ特にな」

 

「ううん。信じたくないけど、それが事実ならこの目で確かめなきゃ。それに…塚内さんが僕の力を必要としてるのなら、僕はそれに応えたい。人を助けるのがヒーローだもん」

 

 山田が言うと、ひなたは首を横に振ってグッと拳を握った。

 三人がタルタロスに着くと、塚内とグラントリノがいた。

 塚内達は、三人をタルタロスの奥へと案内する。

 

「二人も知ってる通り、脳無は人の手のよって身体を改造され、複数の“個性”に耐えられるようになった人間だ。ただし生きた人間じゃない。脳味噌から心臓に至るまでメチャクチャにされてる。脳無とは正しく人形。意志持たぬ操り人形」

 

「の、はずだった」

 

 塚内が言うと、グラントリノも口を開く。

 すると相澤がグラントリノを問い詰める。

 

「グラントリノさん。こっちは授業飛ばして来てるんです。簡潔にお願いします」

 

「相澤」

 

 山田がグラントリノを問い詰める相澤を止めたが、相澤の肩を掴む山田の手は震えていた。

 すると塚内が話し始める。

 

「必要な話だよ。順を追おう。気持ちの整理をつける為にも」

 

「こいつは(ヴィラン)連合の中核。口を割らせる事ができれば一気に大元を叩けるんだが、いかんせん肝心な事は一切話そうとしない。下らない話はするが、連合の不利になる情報については電源が落ちたかのようにストンと無反応になるんだ」

 

 塚内とグラントリノが言うと、山田が尋ねる。

 

「…つまり?」

 

 するとグラントリノが語り始め、牢獄の扉が開く。

 そこには、黒霧が厳重に拘束された状態で収監されていた。

 

「あまりに精巧でそれと気付くまでに時間がかかった」

 

「そこで掘り起こされたのが嬢ちゃんの証言だ」

 

「…え?」

 

 グラントリノがひなたを親指で指しながら言うと、ひなたはキョトンとする。

 すると塚内が話し始める。

 

「ひなたちゃんはUSJ襲撃事件の際にこいつと接触し、『変な夢を見た』と証言していた。はじめは警察内でもほとんどの者が彼女の証言を『頭に重傷を負って気が動転した子供の妄言』程度にしか考えていなかった。だが彼女の証言は、ある可能性を示唆していた。複数の因子が結合され、一つの新たな“個性”になっていたんだ。そしてそのベースになった因子、かつて雄英高校で君達と苦楽を共にし、若くしてその命を落としたとされている男、白雲朧のものと極めて近い事がわかった」

 

 塚内の口から語られた真実は、二人にとってはあまりにも残酷だった。

 

「つまり、黒霧は脳無で、白雲の遺体がベースになっている可能性が高いっつー事だ」

 

 グラントリノが語ると、山田は動揺して叫ぶ。

 

「……『A組の3バカ』なんて呼ばれもしたよ……意味がわかんねェよ!」

 

 オールフォーワンは以前、グラントリノ達に『優れた“個性”は雄英に収束する、合理的な話だろ?』と告げていた。

 グラントリノはその事を二人に話す。

 

「『目立たず三ツ星レストランの残飯を漁るようなもの』だそうだ…恐らく遺体を火葬する過程ですり替え……脳無という狂気の玩具に変え、意味なんて……求めちゃいけねぇよ、DJ。そこには悪意があるだけだ」

 

「…わかんねェよ!」

 

 グラントリノが話すと、山田が怒りを露わにする。

 

「今は眠ってる。“個性”を使おうとするからな」

 

「何で我々を? 『絆による奇跡』でも期待してるなら…大衆映画の見すぎでは?」

 

 塚内が去り際に二人に伝えると、相澤はグラントリノに尋ねる。

 するとグラントリノは黒霧を親指で差しながら話した。

 

「根拠がありゃあ『奇跡』は『可能性』になる。九州でエンデヴァーが倒した脳無、報告では明確な人格を有し、強者への執着を見せたそうだ。焼死体のDNA鑑定をした結果、あれの素体は地下格闘で生計を立てていたならず者だと判った」

 

「生前の人格を残してる…と。残念だが雄英で一戦交えてます。口調も違ったし、俺に対して何の反応も示さなかった」

 

 相澤がそう言うと、塚内が二人に伝える。

 

「そういう実験をしてたのかもな。改ざん・或いは消去した記憶が命令遂行に与える影響──…とか。重ねて言うが、こいつが口を割れば大きな進展につながる。プレゼントマイク、イレイザーヘッド、白雲朧の執着を呼び覚ましてほしい」

 

 塚内が言うと、ひなたが手を挙げて尋ねる。

 

「…あの、塚内さん。僕の力が必要だというのは…?」

 

「ひなたちゃん、話は逸れるが君は“デジャヴ”とは何か知っているかい?」

 

「…? あ、ああ、初めて見る光景なのに、前に同じ光景を見た事があるような感覚になる事ですよね?」

 

「そうだ。デジャヴが起こる原因には様々な仮説が立てられているが、君の場合は彼ら二人の因子を人為的に融合させた事に起因している。君が二人に会う前から白雲朧の事を知っていたのは恐らく、二人の“個性”を融合させる際に彼らの持つ記憶ごと融合されたからだ。君が黒霧の“個性”を消した後で白雲朧の夢を見たのは、奴の“個性”に干渉した事で、奴の中に眠る“白雲朧だった頃の記憶”と、君の中に眠る“二人の中の白雲朧の記憶”がリンクしたからだろう」

 

 塚内が言うと、ひなたが僅かに目を見開く。

 ひなたは、自分が呼び出された理由に気がつき塚内に尋ねる。

 

「じゃあ、僕が呼び出されたのって…」

 

「君の“個性”が、奴の中の白雲朧を呼び覚ます鍵になるかもしれない」

 

「……」

 

 塚内が言うと、ひなたは少し俯く。

 するとグラントリノからもひなたに頼み込む。

 

「重いもん背負わせちまって悪いな嬢ちゃん。だが、こちとらどうにか奴の口を割らせてぇんだ。協力してくれるか?」

 

「…! 当然です! こっちは最初からそのつもりで来てますから」

 

 グラントリノが言うと、ひなたは力強く頷く。

 相澤と山田の娘として、生徒として、ヒーローとして、二人の為に力を使う事に躊躇いなどあるはずがなかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 塚内達は、相澤、山田、ひなたの三人をアクリル板で隔たれた部屋へと案内し、黒霧との会話の様子を監視カメラで窺った。

 

『思い出話でもしろってかァ!?』

 

「頼むよ」

 

 山田が言うと、塚内が三人に頼み込む。

 すると相澤が塚内に尋ねる。

 

『ご遺族には?』

 

「君達でダメなら」

 

 塚内が言うと、相澤は覚悟を決めて“個性”を使う。

 

「こんな気持ち悪い話を親御さんに伝えてたまるか」

 

「お父さん…」

 

 相澤が“個性”を使って黒霧を睨むと、ひなたが相澤の方を見る。

 するとひなたも“個性”を発動して髪を逆立てる。

 窓からその様子を見ていた看守は、黒霧の脳波を測定する。

 

「起きてます」

 

「始めてくれ」

 

 塚内が言うと、黒霧は目を覚ました。

 

「おや…? 合宿襲撃以来ですかね…珍しい客だ。相澤ひなた、あなたは神野以来か…」

 

「……そう、ですね」

 

 黒霧が言うと、ひなたは目を伏せながら答える。

 相澤が見ても、黒霧の姿は変わらなかった。

 それは“個性”で黒い靄に変わっているのではなく、元から黒い靄状の姿をしているという事を意味していた。

 山田は、それを見て声を上げる。

 

「やっぱ間違えてんじゃねえのか!? こいつと白雲に共通点なんざ──…」

 

「死柄木弔は元気ですか? 捕まったりしてませんか?」

 

「知っらね━━よ!」

 

「そう…残念です」

 

 山田の話を遮って黒霧が尋ねると、山田がキレながら答える。

 すると相澤が黒霧に尋ねる。

 

「奴が気になるのか」

 

「ええ。彼の世話が私の使命」

 

「クソみてーな使命だな! あんな陰気くせーガキンチョの面倒見るのが使命だなん……」

 

 黒霧を指差して悪態をつく山田だったが、ハッとして左を見た。

 ひなたの隣では、相澤が鼻を擦って涙を堪えていた。

 

「苦ではありませんよ。放っておけないタチなんでね」

 

 黒霧が言うと、相澤が話し始める。

 

「俺が、拾えないと…やりすごした子猫を、迷わず拾ってくるような奴だった」

 

 相澤が生前の白雲の話をすると、黒霧はふいと顔を逸らす。

 

「話が見えませんね、何をされにここへ?」

 

「中途半端で二の足踏んでばかりだった。そんな俺を、いつも引っ張ってくれた」

 

「ここを教会か何かと勘違いなされてる」

 

 黒霧は、相澤が何を言っても反応しなかった。

 それでも相澤は話を続ける。

 

「お前はいつも明るくて、前だけ見てた。後先なんて考えず…! 死んじまったら全部終わりだってのに…! 俺、山田と先生やってるよ。生徒に厳しくあたってきた」

 

『除籍回数がえげつないって話だな』

 

「書類上じゃな」

 

 グラントリノがマイク越しに言うと、山田が答える。

 相澤が昨年全員除籍にしたA組の生徒達は、実はあの後全員復籍し2年A組の生徒として雄英に通っていた。

 自己犠牲と命を捨てる事を履き違えた生徒達に望み通り一度“死”を与え、その上で更なる向上に努めさせるというのが相澤の教育方針だった。

 2年A組の生徒達は、自分達の経歴に傷をつけた相澤に『イカレイザーヘッド』などといった渾名をつけて文句を言いつつも、全員自分達を正してくれた相澤に感謝していた。

 するとひなたは、黒霧の中にいる白雲に向かって話しかける。

 

「あの! 僕、ひなたっていいます! 相澤さんの教え子です!」

 

「ええ、存じていますよ。ですから何をされにここへ?」

 

 ひなたが話しかけるが、黒霧は何の反応もなかった。

 だが、ひなたはそれでも話を続ける。

 

「僕…生みの親にずっとひどい事をされてて…でも、相澤さんと山田さんが僕を助けてくれたんです! だから、僕にとってはこの人達が父親で、最高のヒーローなんです!! 相澤さんは厳しいしすぐ小言言ってきたり頭叩いてきたりするし、山田さんは相変わらず親バカだし色んな意味でうるさいけど…でも…! この人達みたいなヒーローになる為に毎日頑張って、友達いっぱい作って、皆でおいしいものいっぱい食べて、最近は好きな人ができて…二人のおかげで僕、今すごく幸せなんです!! だから…だから……!!」

 

 ひなたは、アクリル板を叩きながら白雲に向かって叫んだ。

 肩は震えており、顔は涙と鼻水でグシャグシャになっていた。

 

「お願い、戻ってきてあげて…ちゃんと、頑張ったねって…言ってあげて…!!」

 

「………!!」

 

 ひなたが“個性”を使って叫ぶと、黒霧の身体が僅かにブレ、形を変え始める。

 すると相澤も、黒霧の中にいる白雲に向かって叫んだ。

 

「お前に……お前のような誰かを引っ張っていけるヒーローに…長く生きてほしいから! 白雲、でもまだお前がそこにいるのなら」

 

「!」

 

「なろうぜ…ヒーローに! 三人で!」

 

 相澤は、目を真っ赤にして涙を流しながら黒霧に訴えかけた。

 すると、黒霧の脳波が乱れ始める。

 

「脳波、波形に異常あり」

 

「つまり!?」

 

「動揺しています」

 

 看守が報告するとグラントリノが尋ね、看守はグラントリノの問いかけに答える。

 

「脳無の製造元!! 死柄木達の居場所を!!」

 

 塚内がマイク越しに指示を出すと、相澤が黒霧に尋ねる。

 

「誰がお前を変えた!? どこで脳みそをいじられた!? あの時──何も感じなかったのか!?」

 

 すると黒霧は、動揺で声が乱れ始める。

 

「さっ、先刻から、何、を、仰って、い、る、のか」

 

「答えろ、白雲!!」

 

 相澤が叫ぶと、黒霧が返す。

 

「私は黒霧。死柄木弔を守る者」

 

「お前は雄英高校2年A組!! 俺達とヒーローを志した」

 

「白雲朧!!」

 

「何を仰っているのかさっぱり」

 

 相澤に続けて山田も叫ぶ。

 すると黒霧ははぐらかすが、次第に黒い靄の部分が形を変えていく。

 それを目の当たりにした二人は、思わず目を見開く。

 それは、かつての二人の親友、白雲朧の顔だった。

 

「白…」

 

 黒いモヤの中に浮かぶ白雲の顔を見た山田は、目を丸くして茫然としていた。

 

「モヤが形を──…」

 

「静かに!」

 

 看守達も驚いていると、塚内が叫ぶ。

 すると、黒霧は何かをポツポツと言い始める。

 

「しし、あ、ショシ」

 

「頑張れ!!」

 

 相澤は、アクリル板を叩きながら叫ぶ。

 すると黒霧の脳波が乱れ始め、黒霧はポツリと呟いた。

 

「病、院」

 

 そう言うと、黒いモヤが霧散する。

 

「おい!!」

 

 するとそこで糸が切れたかのように意識が途絶え、黒霧は応答しなくなった。

 

『イレイザーヘッド! プレゼントマイク! ひなたちゃん! ここまでだ、ご苦労だった!』

 

 塚内が叫ぶと、山田は椅子に座り直して相澤に尋ねる。

 

「目…大丈夫か」

 

 すると相澤は、涙を流しながら答える。

 

「… 渇いてしょうがねェよ…」

 

 相澤と山田の間にいたひなたは、床に座り込みながらボロボロと涙を流して啜り泣いていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その後、塚内達はタルタロスの門の前で三人を見送る。

 ひなたは、目を擦りながらずびずびと鼻を鳴らし涙を拭っていた。

 目元は真っ赤に腫れており、頬には涙の跡がついていた。

 

「病院、か」

 

「もう少し具体的な話を探れそうでしたが、お役に立てず申し訳ありません」

 

「とんでもない!」

 

 相澤が塚内の手を握りながら言うと、塚内は笑顔で返す。

 ひなたは、落ち込んだ様子で涙を拭いながら自分の不甲斐なさを塚内に謝った。

 

「…ごめんなさい。僕が力不足なばっかりに…」

 

「いやいや、ひなたちゃんはよくやってくれたよ! ひなたちゃんの“個性”が有効だって分かっただけでも十分な収穫だったよ」

 

 ひなたが肩を震わせながら涙を拭っていると、塚内がひなたをフォローする。

 相澤は、黒霧の事をグラントリノに尋ねる。

 

「黒霧は…?」

 

「ショートでもしたかのように停止してる。ともかくかなりの進展だよ。あんたらもかつては生徒で、夢を追いかけた。辛い話をさせた。この恩には必ず報いる」

 

「脳無って…何なんですか。何の為にあんなものを…」

 

 相澤が尋ねると、グラントリノが答える。

 

「わからない…ただ…これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない」

 

 すると相澤が、一言塚内達に言った。

 

「進展、期待してます」

 

 相澤と山田は、ひなたを連れて学校に戻っていった。

 ひなたは、山田が運転する外車の後部座席に座って鼻を啜っていた。

 

「ぐすっ…ぇぐっ…」

 

「泣き虫はまだ直ってねえんだな」

 

「ひなたは強い奴だ。自分だけが苦しい時は滅多に泣かない。こいつが泣くのは、大抵身近な奴が関わってる時だ」

 

 山田が言うと、相澤は目元を掻きながら答える。

 ひなたは、どんなに痛くて苦しくても、自分だけが苦しい時に泣く事はなかった。

 助けを求めて伸ばした手を振り払われ、どんなに泣いて助けを求めてもどうにもならない事はごまんとあるという事実を幼いながらに知ってしまったからだ。

 どうせ助けてはくれないのだからと、苦痛に慣れたのだと自分を騙して感情を殺した事もあった。

 ひなたが泣くのは決まって、大切な誰かが自分の前から消えそうになった時、自分のせいで誰かが不幸になった時だった。

 

「ひなた、大丈夫か」

 

「ん…平気」

 

 山田が車を運転しながら声をかけると、ひなたはコクリと頷く。

 目と鼻は泣きすぎて真っ赤になっており、しゃっくりを起こしているのか肩がひくついていた。

 ひなたは、制服のスカートから手鏡を取り出すと、自分の腫れた目を見てギョッとする。

 

「うわ、目が腫れぼったい…どうしよ、このまま教室に戻れないんだけど…何か冷やすもの…あ、そうだパパ、車の中に炭酸水積んでたよね? 借りていい?」

 

「ひなた」

 

 ひなたが車内のドリンクホルダーを漁って冷えた炭酸水のペットボトルを目に当てていると、相澤がひなたに声をかける。

 ひなたは、ずびずびと鼻を鳴らしながら目元を冷やし、震える声で話し始めた。

 

「…ごめん、何か僕ばっかり泣いちゃって。一番つらいのは二人なのにね。僕なんて白雲さんに会った事もないのに出しゃばって、その場の感情に任せて勝手な事言って、ホント何言ってんだって話だよね。その上『助けたい』とか言っておきながら結局役立たずで、全然ダメじゃんね。…あれ、何だろうこれ。せっかく落ち着いてきたのに、勝手に出てくるんだけど…出るな、出るな涙…!」

 

 ひなたは、笑顔を浮かべつつもポロポロと目から涙をこぼしながら言った。

 いくら拭っても止まる気配はなく、自分に泣くなと言い聞かせても涙は止まるどころか余計に溢れ出す一方だった。

 ひなたは、相澤と山田の親友を助けたい一心で黒霧の尋問に参加したが、悲痛な表情を浮かべる二人を見て自分まで心が痛くなってしまい、助けたいと言っておいて何もできなかったのが悔しくて涙が止まらなかった。

 相澤は、ひなたが泣いているのをルームミラー越しに見ながら言った。

 

「ひなた。俺は塚内さんから話を聞いた時、お前を連れて行くのをやめるつもりだった。お前が真実を知ったら、過去に受けた仕打ちを思い出して苦しむ事になると思ったからだ。でもお前は、会った事もない俺達のダチを救う為に力を貸してくれた。お前はちゃんとヒーローだ」

 

「………っ」

 

 相澤が言うと、ひなたは目元をゴシゴシと拭った。

 救出された直後のひなたは、何の希望も見出せずに死んだ目をしていた。

 相澤は、本当に自分が引き取って育てる事がひなたにとっての幸せなのかと度々思った事があった。

 ひなたがヒーローに憧れて自分の力で人並みの幸せを手に入れた、それだけで二人にとっては救いだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その頃塚内は、公安に連絡を入れていた。

 

「さて…早く伝えなくては。『病院』、これだけではわからずとも…」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 塚内から連絡を受けた公安は、ホークスに連絡を入れる。

 

『若雲病院にて暴漢が暴れています、救援求む!』

 

 だが、ホークスはというと。

 

「今忙しいんで俺パスで──」

 

 解放戦線のアジトで、トゥワイスに『異能解放戦線』の押さえどころを解説していた。

 

「何だ?」

 

「頼られちゃうんですわ」

 

 トゥワイスが尋ねると、ホークスは携帯をソファーに投げながら答える。

 

「ヒーローの仕事か」

 

 トゥワイスが言うと、ホークスはペンのキャップを外しながらトゥワイスに尋ねる。

 

「で、えっと、どこまで話しましたっけ」

 

「忘れたな! 解放とは何ぞやとかカントカ…」

 

 そのままトゥワイスに解説をするホークスだったが、公安から『病院』というワードを聞きほくそ笑んでいた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そしてその頃、氏子の研究施設では。

 

「完全なる自我を保ち、無限の力を持つ人間! 私とオールフォーワンが求めた究極の人!」

 

 氏子は、アクリル板越しにその向こうの光景を眺めながら大喜びしていた。

 

「マスターピース!! いいぞ、死柄木弔!! 万事順調、想定以上じゃ!」

 

 アクリル板の向こうには、大量のチューブを付けられ血を流し皮膚がズタズタに剥がれ落ち痛みでのたうち回りながらも高笑いしている死柄木の姿があった。

 

 

 

 

 

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