抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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空、高く群青

 例の如くA組をよく思わない物間の挑発から、A組B組の鍋バトルが始まった。

 A組B組、それぞれ自分の組の鍋に投票してしまうのではという疑問も出たが、そこはヒーローを目指すプライドにかけて、正直に美味しかったほうを選ぶ事にした。  

 まず、B組がA組の鍋をそれぞれ試食する。

 A組の鍋は、寄せ鍋、キムチ鍋、豆乳鍋、ゴマ坦々鍋、イタリアン鍋、レモン鍋、もつ鍋、とろろ明太鍋、辛味噌牡蠣鍋、そしてひなたが作った牡丹鍋だ。

 ひなたのようなたくさん食べるメンバーの為に、種類も量も十分に用意されていた。

 

「ん! おいしい~!」

 

「豆乳鍋、いくらでも食べられる」

 

「このキムチ鍋、メシにぶっかけてえ!」

 

「やっぱ寄せ鍋だよねー」

 

「坦々ゴマ鍋、クセになる」  

 

「んん…!」

 

「牡丹鍋って初めて食べたけど、これハマりそうかも…!」

 

 好感触の様子に喜ぶA組。

 作ったもので喜んでもらえるのはやはり嬉しい。

 

「だろー?」

 

「ハッ、当たり前だわ」  

 

 得意げな砂藤と爆豪。

 ここにひなたもいれば、得意げに満面の笑みを浮かべていた事だろう。

 何しろ、いちゃもんをつけに来たはずの物間や、普段から良いものを食べているであろう宍田までもが、ひなたの作った牡丹鍋を一杯分完食していたのだ。

 見るからに高級そうな肉は、食べやすいように薄切りにされており、ジビエ特有の獣臭さや硬さはほとんど感じられなかった。

 山椒味噌をベースにしたスープも、昆布や鰹節で丁寧に取った出汁に最適の分量で調合した味噌を溶かして作られており、山椒のピリッとした辛さと味噌のコクと甘みが肉の味を存分に引き立てていた。

 それでいて、猪肉の良さを殺さないよう、味噌の味を濃くしすぎず上品な味わいに仕立て上げている。

 何もつけずに食べても十二分に美味しくいただけるが、そこに肉と一緒に贈られた粒山椒や生卵を好みでつけて食べると味変が楽しめる。

 獣の血がそうさせるのか、宍田も思わず舌鼓を打っていた。

 すると宍田は、真剣な表情を浮かべながらA組に尋ねる。

 

「……失礼。この鍋の肉はひなた氏が持ってきたものでありましたな。どこで手に入れたもので?」

 

「ああ、ひなちゃん、エンデヴァーの事務所にインターン行ったからよ。それでお土産に肉貰ったんだと」

 

 宍田が尋ねると、切島が答える。

 するとそれを聞き逃さなかった物間が吠えた。

 

「ハァ!? オイオイオイ! プロヒーローから貰った食材は反則じゃないのかい!?」

 

 エンデヴァーからの土産だと聞いた物間は、ここぞとばかりにいちゃもんをつけてきた。

 すると砂藤と上鳴が反論する。

 

「反則なもんか! 戴いた食材を最大限美味く食えるように作ったのは相澤だぞ!!」

 

「そーだそーだ! 大体、そっちが先に勝負だとか言ってきたんだろー!」

 

 砂藤と上鳴は、何が何でもA組の鍋を腐したい物間に対し反論した。

 だが物間は、そんな暴言など聞こえないと言わんばかりに余裕ありげな表情を浮かべる。

 

「それじゃ次はB組の鍋を試食してもらおうか。いくよ……これが鍋その一だ……!」  

 

 そして一つの鍋の蓋が開く。

 湯気が消えたあとの鍋の中身に、A組の面々がハッとする。

 

「こ、これは……すき焼きやん……!!!」  

 

 一つの鍋には、見ただけで高級だとわかる肉がネギや糸コンなどとともに煮られていた。

 すき焼きを見る麗日の口元からよだれが今にも落ちそうにあふれる。

 

「……すき焼きは卑怯だろー!?」  

 

 肉好きな切島が焦ったように吠える。

 その焦りの分だけ心が揺らいでいる証拠だ。

 甘からい割り下で煮た牛肉は本能を揺さぶるように食欲を刺激しまくる魅惑の食べ物だ。

 

「鉄鍋で煮るんだから、立派な鍋料理だろ? ほら、卵をつけて食してごらんよ」  

 

 するといつのまにか、骨抜や円場、鱗、庄田などが卵の入った器に手際よくすき焼きを取り分けていく。

 

「い……いただきます……」  

 

 ゴクンと唾を飲みこみ、麗日が卵につけた牛肉を口に入れた。

 とたん、腰砕けになった。

 

「ふわぁ~」

 

「う、うめえ~……!」

 

 切島も驚き、一気に平らげる。

 まるで服が破れそうなほど感動している。

 

「これは……肉のうまみが甘からいタレで最大限に引き出されている……! 舌でも切れそうな柔らかい牛肉が新鮮な生卵にからまって、よりまろやかに口の中を幸せで満たしてくれる。けれど肉以上にポテンシャルを引き出されているのは野菜だよ。肉のうまみと脂が溶け出したタレでくたりと煮こまれ、野菜の瑞々しい甘味と歓喜のハーモニーを奏でている! 卵が上手に味を調和してくれているんだ。そう……まるで卵が指揮者で肉が歌手……様々な野菜はオーケストラだ。これは壮大なオペラ──」

 

「鼻につく食レポしてんじゃねえ!」

 

「あたっ」  

 

 ブツブツとすき焼きの美味しさを分析する緑谷に、イラついた爆豪が空のペットボトルを投げる。

 ペットボトルは瀬呂、戻ってきた上鳴、常闇の頭を越して緑谷に命中した。

 緑谷の隣でワイングラスに注いだジュースを飲んでいた青山が「ナイスコントロール☆」とグラスを掲げる。

 

「ふふ、すき焼きにだいぶ傾いたようだね……」  

 

 物間がすき焼きに夢中になっているA組を見て満足そうにほくそ笑む。

 

「くっ、でもA組の鍋だって負けたもんじゃねえ……!」  

 

「それじゃ次の鍋はどうかな……」

 

 そう言い返す切島に、物間がB組の鍋その二の蓋を開ける。

 鍋の中身は白身魚と野菜のようだった。

 

「何だよ、海鮮鍋か? でもそれにしちゃ白身魚しか入ってないじゃん」  

 

 そう指摘する上鳴に、物間は勝ち誇ったように言う。

 

「とりあえず食べてみたら?」

 

「……何これ、うまぁあい……!!!」  

 

 取り分けられた白身魚をポン酢しょうゆ、小口ネギ、もみじおろしにつけ、一口食べた上鳴が思わず涙目で声をあげた。

 感動具合は、服が一瞬にして破れ一気に全裸になってしまうぐらいだ。

 

「ケロ ~……!」

 

「口福……!」

 

「ウマーイ!」  

 

 白身魚を食べた蛙吹、常闇、黒影も一気に腰砕けになる。

 

「何この魚!?」

 

 皆がその美味しさに驚愕していたが、じっくりと吟味して味わっていた八百万が口を開いた。

 

「……これは、クエですわ」

 

「くえ?」

 

 きょとんとする面々に八百万が続ける。

 

「スズキ目ハタ科の海水魚ですわ。九州地方ではアラと呼ばれたりもしているようです。クエを食べたら他の魚は食べられないなどと称されるほど、美味で有名ですわね。クエ鍋は、鍋の王様とも呼ばれています」

 

「クエは超のつく高級魚さ。ウチの宍田の実家から送られてきたものなんだ」

 

「そ、そんな高価なものを……」  

 

 物間の説明に恐れおののく麗日に、見かけは猛獣だが、実は良家のお坊ちゃまである宍田獣郎太が言う。

 

「いや、お気遣いなく。実家でお歳暮にいただいたものですので」

 

「おせいぼ……ちょうこうきゅうぎょ……」

 

「しっかり、お茶子ちゃん」

 

 フリーズしかける麗日を、隣の蛙吹が飲み物を渡した。

 その近くで物間が立ち上がり、全員を見回す。

 

「全員全ての鍋を試食したね? それじゃあ……投票だ! 自分が一番美味しいと思った鍋の前に移動してくれ!」  

 

 物間の言葉に皆が悩みだす。

 上鳴が皆の総意を叫んだ。

 

「どれも美味かった! お父さんとお母さんとお姉ちゃんとお兄ちゃんと弟と妹とおじいちゃんとおばあちゃん、誰が一番好き、なんて訊かれても選べねえ……!」

 

「いや、対決なんだから選びなよ。さぁさぁさぁ!!!」  

 

 再び物間に促され、ヒーローを目指すプライドにかけて自分が一番美味しいと思った鍋の前に皆が移動していく。

 切島は、散々悩んだ挙句、爆豪のキムチ鍋の前に並んだ。

 すると切島は、隣の列に立った爆豪に気付く。

 

「おぉ、意外! おめぇがひなちゃんの鍋選ぶなんてよ!」

 

「……うめえんだよ」

 

 そう言って爆豪は、山椒の粒が微かに残ったすいとんを見せた。

 実は爆豪は、クエ鍋とどちらに投票するかで迷っていた。

 激辛もみじおろしクエが、思いの外美味しかったのだ。

 だがひなたの牡丹鍋と食べ比べているうちに、ふと冷静になった。

 クエ鍋は所詮、クエが美味しいだけなのだ。

 どちらの“鍋”が美味いかで言えば、工夫を凝らして未知の食材を活かしたひなたの鍋に軍配が上がるのだが、それでも葛藤する程の美味しさが、クエという高級魚にはあった。

 だが決定打となったのは、エンデヴァーが肉のお供に持たせてくれた粒山椒だった。

 普段食べる事が少ない香辛料が、最高級肉にマッチしたのだ。

 

「私もひなたさんのお鍋ですわね。クエ鍋も大変美味しかったですが、こちらのお鍋の方が、スープが美味しいと感じられたので」

 

「うむ!」

 

「やーしかし、クエと来たか…勉強になるな!」

 

 金持ち組の八百万、飯田、宍田、そして食に拘る砂藤は、ひなたの鍋に並んでいた。

 どうやら、普段から良いものを食べているためか、味を細部まで見る傾向にあるようだ。

 物間以外のB組も、普通にA組の鍋を美味しいと感じたのか、ゾロゾロとA組の鍋に並んだ。

 ちなみに轟はA組の寄せ鍋の前に並んでいた。

 決め手は寄せ鍋の中に入っていた鶏団子だったらしく、理由はというと。

 

「お母さんの味思い出した」

 

 だそうだ。

 ひなたが轟家で聞いたレシピを参考に作った鶏団子が、轟の舌にマッチしたようだ。

 結果としては、個人の票数で言えばひなたが1位だったが、僅か2票差でB組の勝ちという結果になった。

 

「フフフ……どうやら勝負は決まったようだね。僕達B組の勝利だ!! あ━━あ、相澤さんはさぞ悔しいだろうね! せっかく個人票では1位だったのにねぇぇぇ!!」

 

「どういう感情で言ってんだお前それ」

 

 物間が高笑いしながらA組を煽りまくると、同じクラスの回原がツッコミを入れた。

 回原だけでなく、他のB組も、A組に対し申し訳なさそうにしていた。

 それに一切気づかず、物間は鬼気迫る顔で続けた。

 

「さぁ、勝負に負けたからには罰ゲームと相場が決まっているよねぇ!?」

 

「えー!?」

 

 突然の事に驚くA組。

 

「そんなの聞いてねえぞ!」

 

 抗議する爆豪にも物間は怯まない。

 

「対決して、あぁ楽しかった、だけで済むはずないだろ? 負けた方には何らかのペナルティがあって当然じゃないか。それともA組は皆そんな平和主義者だったのかな?」

 

「いや、しかしこういうのは対決する前に事前に告知しておくものでは!?」

 

「……A組の委員長、僕達はヒーローを目指しているんだよ? もし(ヴィラン)と対決したとして、そんな正論が通じると思うのかい?」

 

「……つまり、B組の皆はそういう理不尽な(ヴィラン)に扮してシュミレーションをしてくれているというわけか!? 何という自己犠牲精神……!」  

 

 物間に丸めこまれ感動に震える飯田に、物間以外のB組の「そんなつもりはなかった」という否定も、自分以外のA組の「ちょっと待って」という止める声も間に合わなかった。

 

「ようし! ここは潔く罰ゲームを受けようじゃないか!」

 

「勝手に受けてろや!」

 

 爆豪の声も虚しく、A組は罰ゲームを受けることが決定してしまった。  

 物間が言い渡した肝心の罰ゲームは、闇鍋である。

 それを聞いたノリのいい上鳴や芦戸、葉隠透などが面白そうだとノリ気になる。

 

「闇鍋ってなんだ?」  

 

 首をかしげる轟に訊かれ、緑谷が答える。

 

「僕もやった事はないんだけど、昔の漫画とかで出てきたりしたよ。暗闇の中で鍋を食べるんだ。暗くて何も見えないから、何を食べたかわからないし、何が入っているかもわからないでしょ? あんまり鍋に合わない食材とか入れられたりするんだよね……」  

 

 一緒に聞いていた飯田が「なるほど!」と頷く。

 

「ヤミ鍋、最初に聞いたトキハ、ヤミー鍋、つまりオイシイ鍋なのかと思いマァシタ! とてもおもしろそうデース!」  

 

 ポニーが興味のあった日本文化に興奮する。

 それまで物間の暴走に申し訳なさそうにしていたB組の面々も、面白そうだと興味を示しはじめた。

 漫画などで見た事はあっても、実際やる事は少ない。

 そんなわけでさっそく闇鍋の準備が整った。

 

「やっとれるか」

 

 部屋に戻ろうとした爆豪も、物間に煽られて結局参加する事に。

 ガスコンロの火の灯りのなか、A組が目を閉じている間に、B組がそれぞれ持ってきたものを投入した。

 

「ん? なんか甘い匂いするー!」

 

「今、入れたの食べ物だろうな!? なんかガチャンって音したけど」

 

「……え、なんか今度は発酵臭しない!?」  

 

 鍋に新しい具材が投入されるたび、匂いが交じり合い複雑なものに変化していく。

 疑心暗鬼に陥るA組を拳藤が落ち着かせようと口を開いた。

 

「大丈夫! ちゃんと全部食べ物だから!」

 

「さて、それはどうかな……?」

 

「物間っ」  

 

「闇の饗宴……」

 

「暗黒の宴……」

 

 物間がさらに疑心暗鬼を募らせようとするのを拳藤が抑え、常闇と黒色が闇の中で悦に入った頃、食材がコトコトとイイ感じに煮こまれた。

 

「さぁ食してもらおうか!」

 

「ちょっとタンマ! ジュース飲みすぎてトイレ限界!」  

 

 暗闇のなかで意気揚々と叫ぶ物間に、実は我慢してプルプル震えていた上鳴が声をあげる。

 すると、それに同じくトイレに行きたかった尾白、芦戸、青山も続いた。

 

「あ、俺も!」

 

「アタシも行ってくるー!」

 

「僕も☆あ、僕はキラキラしたものしか出さないよ☆?」

 

「なんだよ、逃げる気かー?」  

 

 からかう瀬呂に上鳴が反論する。

 

「戻ってきたらちゃんと食うよ! でも全部食べててもいいけど」  

 

 生理現象ならしかたがないと許された4人が、暗闇の中を一番近い脱衣所兼洗面所にあるトイレにそろりそろりと移動する。

 

「さ、それじゃ、A組の諸君、闇鍋を食してもらおうか!」

 

 物間が言ったその時、後ろからいつの間にか戻ってきたひなたと心操の声が聴こえてくる。

 

「あれ? 皆何やってるの?」

 

「何かすげえ暗いんだけど…何、停電?」

 

 二人が何だ何だと来てみると、上鳴が慌てて二人を止めた。

 

「ひなちゃん、心操! 今は行かない方がいい!」

 

「え、何で?」

 

「うわっ、てか臭っ…何この匂い?」

 

 止める上鳴にキョトンとしていると、ドブのような匂いに心操が思わず顔を顰める。

 声色からして警戒心をむき出しにしている心操を避難させようとする上鳴に対し、物間が言った。

 

「おいおい、どうして止めるんだい? せっかく相澤さんと心操くんが戻ってきたんだ、皆で仲良く鍋を囲もうじゃないか! ああ、それとも、対決に参加してなかったから罰ゲームはナシとか言い出すんじゃないだろうね? 君らだってA組の仲間なんだから、当然罰ゲームには参加するよねぇ!?」

 

 物間がひなた達も強制参加させようとした、その時だった。

 突然、物間の背後から声が聴こえてくる。

 

「あれれ〜? おっかしいぞォ~? 何だか、サルミアッキの匂いがするなァ〜…」

 

「「「ヒッ!?」」」

 

 ひなたの声が聴こえてくると、A組の何人かが悲鳴を上げる。

 瀬呂は、恐る恐るその場にいたB組に尋ねる。

 

「お、おい…誰か…まさか鍋にサルミアッキ入れたりなんかしてないよな…?」

 

「ハハ、それがどうかしたのかな? サルミアッキだって立派な食べ物だけど?」

 

「そうじゃねえよ!! ひなちゃん、あまりにもサルミアッキが好きすぎて、サルミアッキを前にすると暴走しちまうんだよォ!!」

 

「ハァ!!?」

 

 悪びれずに答える物間に対し、切島が切羽詰まった様子で叫ぶと、物間が思わず素っ頓狂な声を上げる。

 すると緑谷も、顔を青くしてガタガタ震えながら言った。

 

「相澤さんのサルミアッキに対する情熱は尋常じゃないんだよ。きっと鍋の中に入ったサルミアッキの匂いを嗅いで、禁断症状が出ちゃったんだ…! 溶かしたサルミアッキをかければ、コンクリートにも食指が動くほどだとか…!」

 

「彼女本当に人間かい!?」

 

 緑谷が早口で言うと、物間は思わずツッコミを入れる。

 タガが外れたひなたがどんなに恐ろしいかを身をもって知っていたA組は、ひなたを落ち着かせようとする。

 

「まずい、鍋に近づけさせるな!」

 

「サルミアッキの〜良い匂いがするよ〜?」

 

「き、気のせいじゃないかなぁ!?」

 

「サ〜は、サルミアッキのサ〜♪ ル〜は、サルミアッキのル〜♪ ミ〜は、サルミアッキのミ〜♪」

 

「ダメだ完全に正気じゃない!」

 

 暗闇の中で鬼神の如きオーラを放ちながら一歩ずつ鍋に近づくひなたを、クラスメイト達が正気に戻そうとする。

 涎を垂らしながら鍋に近づこうとするひなたは、側から見れば完全に獲物に飢えた猛獣だった。

 だがその時、止めようとしたメンバーの横を、ヌルッと何かが通り過ぎる。

 

「おい、今何かが通り過ぎなかったか!?」

 

「あっ!! おい!!」

 

 暗闇の中で目が慣れてきた砂藤が、ソファーのあった場所を指差す。

 そこには、両手で鍋を持ち上げてゴクゴクと闇鍋を飲み干しているひなたがいた。

 先程何かがヌルッと通り過ぎたのは、まるで忍者ヒーロー『エッジショット』のようにクラスメイトの間を縫ってしなやかに移動したひなただった。

 

「「「遅かったぁぁぁぁ!!!」」」

 

 ひなたが闇鍋を飲み干すと、止めようとしたクラスメイトが叫ぶ。

 水面がぐつぐつと煮立つ程熱くなっているにもかかわらず、鍋を素手で持っており、まるでジョッキでビールを一気飲みするかのように景気良くグビグビ飲んでいた。

 どうやらサルミアッキが絡むと、熱さすら克服するようだ。

 闇鍋をゴクゴクと飲み干す音に慌てた誰かが、部屋の電気をつけた。

 するとそこには、空になった鍋をドンッとテーブルに置くひなたがいた。

 

「ぷはっ」

 

 闇鍋をテーブルに置いたひなたは、上を向いたまま息を吐く。

 そしてそのまま、ゆっくりと顔を元の位置に戻した。

 

Che buono(とても美味しい)…」

 

 闇鍋を全て飲み干したひなたは、涙と鼻水と涎を流し、今までに見た事ない程恍惚とした表情を浮かべていた。

 きっと今日食べた闇鍋が、人生で食べた鍋の中で最高の味だったのだろう。

 もはや服が分子レベルで弾け飛んで生まれたままの姿になってしまいそうな味だった。

 それを見た者達は、A組B組関係なく引いていた。

 

「………マジかよ」

 

「こいつ、一滴残らず飲み干しやがった!?」

 

「見ろよあの幸せそうな表情…! ありゃあクスリやってる奴の顔だぜ…!」

 

「ちょっと〜! 私食べてみたかったのに〜!」

 

「おいクソ触角ふざけんなコラァ!!」

 

 ひなたが一人で闇鍋を飲み干すという事態に、ひなたの裏の顔を知らないB組は驚いていた。

 闇鍋を回避したかった者は内心安堵する一方で、闇鍋を純粋に楽しみたかった者達は残念そうな表情を浮かべていた。

 いくらスプーンで鍋底を掻いても、一滴もすくえない。

 物間に挑発されて完全に闇鍋を食べる気でいた爆豪は、ひなたに向かって怒鳴り散らした。

 だが、その時だった。

 

「…んっ? あれ?」

 

 ひなたは、喉を押さえながら首を傾げる。

 何度も瞬きをするひなたに、心操が尋ねる。

 

「どうしたひなた」

 

「何か…喉が痛いの、治った気がする!」

 

「「「「え?」」」」

 

 ひなたが笑顔を浮かべながら言うと、その場にいたほとんど全員がきょとんとした。

 するとひなたは、あっけらかんとした表情を浮かべながら言った。

 

「さっきまで魚の骨が刺さったせいで喉が痛かったんだけど、この鍋食べた途端にすごく良くなった! いやぁ、お騒がせしてすみませんねぇ皆さん方! これもきっとサルミアッキパワーかな?」

 

 ひなたは、ニパッと満面の笑みを浮かべながら言った。

 喉の痛みが取れて喜んでいる様子のひなたに対し、純粋に気のいい切島や飯田は、ひなたの回復を喜んだ。

 

「おぉ、何か知らないけど、良かったなひなちゃん!」

 

「うむ、体調が回復したのなら何よりだ!」

 

「おぉ、良かったな! …けど、どういう原理だ?」

 

「えへへ…」

 

 ひなたの回復を純粋に喜んでいた同級生達は、ひなたを胴上げした。

 ひなたは、胴上げされながら満面の笑みを浮かべていた。

 だがそうは問屋が卸さないと言わんばかりに、物間が口を挟んだ。

 

「いや『えへへ』じゃなくない!? 誰かさんのせいで有耶無耶になっちゃったけど、まだA組は罰ゲーム受けてないよねぇ!?」

 

「あ、そういえば」

 

「相澤さんのおかげで回避できると思った!? そんなわけ無いんだなぁこれが! さぁさぁ地獄の時間の始ま゛ッ」

 

「いい加減にしろ!」

 

 物間が高笑いすると、拳藤が物間の首筋に手刀を当てて気絶させた。

 ちょっとしたトラブルがありつつも、闇鍋を再開する事となった。

 だが公平を期す為にも、先ほど欠席していたひなたと心操がB組の鍋を試食してから再開する事となった。

 飯田が温め直してくれたB組の鍋を、ひなたと心操が試食した。

 全ての種類の鍋を試食した時点で、二人が一番美味しいと思った鍋を発表した。

 

「…うん、俺はひなたの牡丹鍋に一票」

 

「僕はかっちゃんのキムチ鍋に一票」

 

 心操はA組の牡丹鍋に、ひなたは同じくA組のキムチ鍋に投票した。

 二人は、それぞれ理由を話した。

 

「クエ鍋と迷ったけど、かっちゃんが香辛料にすごく拘ってるのが一口目で感じられたので、キムチ鍋にしました」

 

「食べやすさと素材本来の味を両立させた味付けにしてあるのが素直に凄いと思ったんで、牡丹鍋にしました」

 

 ひなたと心操は、全員が納得いく理由を話した。

 自分の鍋に投票したひなたに対し、爆豪がボソッと呟いた。

 

「礼は言わねえぞ、相澤」

 

 爆豪が珍しくひなたを名前で呼ぶと、ひなたははにかんだ。

 爆豪とひなたは互いに互いの鍋に投票しており、何だかんだで二人とも互いを認め合っていたのだ。

 だが二人の講評が気に入らなかった物間がケチをつけてきた。

 

「ちょっと、話ちゃんと聞いてたのかい? どの鍋が美味しかったか聞いてるんであって、どの鍋が工夫が凝らされてるか聞いてるわけじゃないんだけど?」

 

「そうだな…もっとスープが美味かったら、クエの方に投票してたかも。クエ()美味かったからな」

 

「ぐ……!」

 

 物間のいちゃもんに対して心操が言い返すと、痛いところを突かれた物間が押し黙る。

 心操的には、素材を活かす為の工夫を凝らして作ったひなたの牡丹鍋と、市販の割下で作ったすき焼きや素材が美味しいだけのクエ鍋とは、比較にすらならなかった。

 要は後者は、誰が作っても美味しいに決まっているのだ。

 別に反則ではないし、実際美味しかったのだが、そのような子供騙しに絆される程心操は単純ではなかったという事だ。

『安牌に逃げといて勝負もクソもあるか』と言ってやりたいところだったが、流石にそれは心の中で留めた。

 

 二人を交えての投票だが、二人ともA組の鍋に投票したため、結果は同票になってしまった。

 

「あれ? となると…」

 

「A組とB組が21票ずつ…同票になっちまったな」

 

「ハァァ!? 何言ってるのかなァ!? 最初の投票の時にいなかったんだから、負けは負けだろ!?」

 

『同票』の言葉に反応した物間が、発作を起こした。

 すると心操は、冷静さを保ったまま立ち上がって言った。

 

「今回ばかりは物間の言う通りだ。罰は受けるよ」

 

「うん! 僕も闇鍋やってみたいし!」

 

 心操とひなたは、後出しジャンケンのようなものだから票は無効だという理屈に納得し、罰ゲームを受け入れた。

 二人の試食と鍋の講評が終わったため、闇鍋を再開した。

 もちろんひなたと心操も同席しての闇鍋だ。

 再び電気を消し、B組がそれぞれ持ち寄った具材を鍋に入れていく(ちなみにサルミアッキは先程の件もあり拳藤が物間から取り上げた)。

 ほうれん草、パン、キュウリ、浅田飴、リンゴ、殻ごとエスカルゴ、コーヒー、納豆、臭豆腐、ハチミツ、アイス、チョコレート、ケーキ、ハンバーガー、ポテトチップス、イチゴミルク、バナナ、パイナップル、イカスミ、プチトマト、豆腐などが鍋に放り込まれた。

 中には悪意丸出しの食材も含まれており、A組はえずきながら自分が掬ったものを口に入れた。

 ひなたと心操も、それぞれ鍋の具材をすくう。

 心操は、暗闇の中でえずきながら自分の取った具材を咀嚼した。

 

「おえっ……これ…プチトマトか? 臭え…」

 

「ん」

 

 心操が汁の部分を避けながらプチトマトを食べると、小大が頷く。

 どうやら心操が取ったのは、小大が入れたプチトマトのようだ。

 

「うん。食べれるよ」

 

「マジかよ…ひなた何取ったの」

 

「うーん、ほのかに香る大豆の香りと甘み…多分豆腐じゃないかな?」

 

 あまりの臭さにえずく心操とは対照的に、ひなたはケロッとした表情で豆腐を食べていた。

 するとひなたの近くにいた口田が、珍しく口を開く。

 

「あ、それ、僕が入れた…」

 

「いや普通に鍋の具じゃん。もっとヤバいの入れれば良かったのに。イチゴミルクとか」

 

「ごっ、ごめん…」

 

 口田がカミングアウトすると、円場がツッコミを入れ、口田がつい反射的に謝った。

 心根の優しい口田は、とてもじゃないが味を壊すようなものを入れる事はできず、普通に鍋の具を入れていたのだ。

 円場がしれっと自分の入れたものを言うと、芦戸が立ち上がって叫んだ。

 

「あーっ、イチゴミルク入れたのあんたかー!」

 

「やべっ」

 

 芦戸の声に、円場が顔を引き攣らせる。

 A組が一人ずつ鍋の具をすくって食べた後は、B組のチャレンジャー達が自分もと鍋の具をすくって食べ、案の定全員えずく羽目となった。

 A組B組で鍋を囲んで食べているうちに、いつの間にか鍋の中身がなくなり、A組の罰ゲームはほとんど全員がえずいて終わった。

 罰ゲームとしては大成功だったのだが、物間的には約数名無反応だったメンバーがいたのが気に入らなかったらしく、今度はサウナ対決で白黒つけようなどと言い出した。

 物間の挑発に乗ったA組男子達が勝負を引き受け、A組対B組でサウナ対決が行われる事となった。

 当然女子達は参加せず、A組B組関係なく楽しくお茶会をして過ごした。

 結局その日は、当初予定していた意見交換会はできずに終わった。

 

 ちなみにひなたの喉の痛みが治ったのには、きちんとした理由があった。

 実は物間は、1回目の闇鍋で、小森が持ってきていた『コセイボン茸』という毒キノコをくすねて入れていたのだ。

 コセイボン茸には、そのスープを飲むだけでも昏睡状態になり、食べると“個性”が暴走するという恐ろしい毒性があった。

 だが幼少期から地下の実験施設で行われていた服毒実験で、ありとあらゆる種類の毒を摂取させられていたひなたは、常人より毒に対する耐性がはるかに強かった。

 特にコセイボン茸の毒については、それを濃縮したものを頻繁に摂らされ続けてきたため耐性がついており、コセイボン茸を食べても“個性”が暴走しない体質を獲得していた。

 しかし完全に毒が効かないというわけではなく、コセイボン茸の毒がたまたま鎮痛薬としての効き目を果たし、ひなたの喉の痛みが引いたのだ。

 図らずも物間がひなたの危機を救っていたのだが、物間本人はそれを知る由もなかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その頃、オールマイトは教師寮の外のベンチに座っていた。

 すると相澤が寮から出てくる。

 

「いたいた。寒いでしょ、何してるんですか」

 

「いやァちょっとね。エリ少女は?」

 

「ぐっすり眠ってます。ひなたの手助けもあって、“個性”の訓練は順調です」

 

「そうか。ひなた少女にばかり手を煩わせて申し訳ないな。私も何か手伝えないか」

 

 相澤は、俯いているオールマイトに尋ねる。

 

「どうしました?」

 

「生きると決めたんだ」

 

「は?」

 

「でもね… 何て言うんだろう…こう…無力感がね。沸々と湧いてくるんだ。生徒が成長する度に何もしてあげられない歯痒さに苛まれる」

 

 オールマイトが夜空を見上げながら言うと、相澤はオールマイトの隣に立って言った。

 

「ワーカホリックが治ってないんです」

 

「ワ」

 

「何十年もこの国を支えてきた、その落差からくる中毒症状です」

 

「手厳しいな…」

 

 オールマイトは、夜空を見上げながら呟く。

 すると相澤も夜空を見上げながらオールマイトに言った。

 

「してあげられてますよ。生きてここにいる、それだけで背中を押される人間がたくさんいます。あなたは堂々とふんぞり返ってて下さい、変わらずに」

 

「────すまない…!!」

 

 オールマイトは、ナイトアイの言葉を思い出し思わず眉間を摘んだ。

 

「ああ、いけない…! 用があったんだよね!?」

 

「はい。塚内さんからの言伝を… ステインとの面会を遅らせてほしいと───…」

 

 

 

 

 

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