抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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泣かない赤鬼?

 季節は二月。  

 桜が咲くにはまだ寒さが厳しい月の頭にある季節の行事、それは節分である。  

 地方によってそれぞれ違いはあるが、一般的には、「鬼は外、福は内」と言いながら鬼に豆をぶつけて退治する。  

 古来より鬼は日本人にとって身近なものだ。

 豆まきに、鬼ごっこ、ことわざ。

 童謡でも歌われ、最近では鬼から電話がかかってくるアプリなどもある。

 それほどまでに鬼が浸透している要因の一つとして、読み聞かせの定番、『桃太郎』がある。

 桃から生まれた桃太郎が、おともの犬と猿とキジを引き連れ、悪さをする鬼を退治するのだ。  

 鬼退治といえば、桃太郎なのである。

 

「──というわけで、今日は鬼チームと桃太郎チームに分かれて対決をしてもらいます」  

 

 そう言った相澤の前にいる全員ジャージ姿のA組は、「おお ~」と感嘆の声をあげた。

 もちろん授業なので真剣にやるが、対決となるとどこかゲーム感覚になるのは否めない。  

 それに、ここの施設も盛りあげるのに一役買っていた。  

 広い空間の中央に小高い山があり、それを取り囲むように森が広がっている。

 ところどころゴツゴツとした岩が転がっていて、隠れるにしても奇襲をかけるにしてもよさそうなポイントがゴロゴロある。  

 生徒達が浮かれる前に、相澤はサッとボックスを差し出した。

 

「中に鬼のクジと桃太郎のクジが入ってる。さっさと引け」  

 

 それぞれクジを引きに相澤のもとへ集まるが、面倒くさそうにやってきた爆豪に相澤が言う。

 

「爆豪、お前は引かなくていい。鬼チームだ」

 

「あ?」  

 

 一人だけそう言われ訝しむ爆豪に、近くにいた上鳴がププーッと吹き出す。

 

「爆豪、鬼っぽいもんなー!」

 

「んだと、コラ!」

 

「まーまー、かっちゃんステイステイ」

 

「理由はあとだ。あと相澤、お前も引かなくていい。桃太郎チームだ」

 

「………はい」

 

 不満そうな爆豪だったが、相澤に言われてしかたなく引き下がる。

 その間に全員がクジを引き、チーム分けが決まった。  

 桃太郎チームは、相澤ひなた、緑谷出久、麗日お茶子、蛙吹梅雨、峰田実、上鳴電気、耳郎響香、瀬呂範太、芦戸三奈、尾白猿夫、葉隠透、砂藤力道。  鬼チームは、爆豪勝己、轟焦凍、心操人使、常闇踏陰、飯田天哉、障子目蔵、切島鋭児郎、八百万百、青山優雅。

 

「先生! チーム対決にしては人数に差がありますが!?」

 

「それは圧倒的に桃太郎チームのほうが不利だからだ。今、説明する」

 

 バッと手をあげた飯田を制して、相澤は桃太郎チームに豆サイズの玉を一人三粒、鬼チームに棍棒を一人一本ずつ渡していった。

 

「桃太郎チームは鬼に棍棒を当てられたら失格、鬼チームは桃太郎に豆を三回当てられたら失格。豆は一度当てたら終わりではなく、手元にある限りは何度でも使用可能だ。そして、鬼チームの勝利は、桃太郎を全滅させる事。桃太郎チームの勝利は、鬼に捕らえられた人質を救出する事だ」

 

「人質?」  

 

 きょとんとする緑谷達に相澤が山の頂上を見ながら言う。

 

「人質役はエリちゃんにしてもらう。あの山の頂上の小屋で人質として捕まっている設定だ。いいか、両チームとも、エリちゃんには本物の人質として接するように」

 

 相澤は、ひなたの方を振り向いて続ける。

 

「相澤。お前には、エリちゃんと同様人質役になって、小屋で待機していてもらう。何故だかわかるか」

 

「僕の“個性”だとゲームが成立しなくなる可能性が高いから、ですか?」

 

「そうだ。後でも言うが、これは爆豪への課題でもある。お前を軸にシナリオが動いちまったら、爆豪への課題としては些か不都合なんでな」

 

 相澤の質問に対し、ひなたは自分の推測を話した。

 ひなたの“個性”は今回の演習に使われる山全体が射程に入っており、どこからでも相手チームを倒す事ができる。

 いくら鬼側に有利な条件といえど、一瞬で全員をアウトにしてしまう可能性が高かった。

 そして当然鬼側は、ひなたをどう対処するかという点を作戦の中心に置こうとする事が考えられる。

 それでは実質鬼チームVSひなたという構図になってしまい、鬼チームも桃太郎チームも成長が見込めないだろうと考えたのだ。

 

「……んん、そういう事なら仕方ないか」

 

「もちろん、お前にも特別課題を用意してある。小屋からの脱出と、鬼チームへの攻撃は禁止。破った時点で即刻アウト。この二つを守りさえすりゃ何してもいい。お前が他の桃太郎チームと違うのは、棍棒を当てられてもアウトにはならないってところだ。とにかく桃太郎チームを勝利へ導く事。それがお前の課題の達成条件だ」

 

 ひなたは、相澤から与えられた課題を自分なりに整理する。

 ひなたの立場は、鬼に捕虜として捕まった桃太郎チームの一員で、鬼チームに見つからないように桃太郎チームをサポートするスパイだった。

 禁止事項は、小屋から出る事と鬼チームを攻撃する事で、ルール違反以外でアウトになる事は無いというのがひなたに課せられたルールだ。

 一方で鬼チームにも、ひなたを気絶させてはいけないというルールは設定されていたものの、それ以外は何をしてもいいと伝えられていた。

 

「つまり僕は、小屋で待機してスパイをしろと?」

 

「そういう事だ。だが当然、鬼チームはお前にスパイをやらせまいと妨害してくる。その辺考えて動けよ」

 

「はい!」

 

 相澤が言うと、ひなたはコクンと頷く。

 そして相澤の視線が最後に爆豪に止まり、爆豪は違和感に眉を寄せる。

 そんな爆豪を見たまま相澤は続けた。

 

「爆豪、お前には相澤とは別の特別課題を出す。この授業中エリちゃんと少しでも仲よくなるように」

 

「……はぁ!?」  

 

 理解に時間がかかったのか、爆豪は少し間を置いて目を見開き驚く。

 驚いたのは爆豪以外のA組の面々も同様だった。

 

「今回は人質をとる側だが、これから先、幼児救出の任務もあるかもしれないだろう。そんなとき、幼児に心を開かせることは任務の成否にもかかってくる重要な事だ」

 

「……っ、んなもん、さっさと救出しちまえばいいだけ──」

 

「仮に(ヴィラン)の目を盗んで救出する状況だったとして、強引に連れ出されたら幼児にとって、お前は(ヴィラン)と変わらない存在になる。泣かれでもして(ヴィラン)に気づかれたら、幼児を守りながらの戦闘だ。ヒーローにとって最優先するべきは救出者の安全だ。わかるな?」  

 有無を言わせない相澤の眼力に、爆豪はぐッとおし黙るしかなかった。

 

「……では、10分後に鬼チームは小屋から、桃太郎チームは森の前からスタートだ。全員配置につけ」  

 

 相澤の言葉に、それぞれのチームが分かれて移動を開始する。  

 苛立ちを隠さずズンズンと山を登っていく爆豪に切島が駆け寄って言った。

 

「爆豪、すげえ課題出されたな。俺も協力するから、エリちゃんと仲よくなろうぜ!」  

 

 飯田達もそのあとに続いてやってくる。

 

「もちろん皆で協力しよう!」

 

「でも、どうすれば爆豪さんがエリちゃんと仲よくなれるのか……」  

 

 とてつもなく難しい課題に八百万が頰に手を当てながら考えこむ。

 その後ろで常闇と障子が言った。

 

「爆豪と幼女……まさに鬼門」

 

「確かに」  

 

 想像もできない難問に、切島達が眉を寄せる。

 そんな皆の様子を見て、一番後ろにいた青山が言った。

 

「まずはキラキラの笑顔じゃない?  ほら、ボクと緑谷くんみたいに☆」  

 

 その言葉に轟が思い出したように口を開く。

 

「緑谷はその子と仲いいからな。緑谷を参考にすればいいんじゃねえか?」

 

「あぁ!? デクが俺を参考にすることはあっても、その逆は天地がひっくり返ってもねえわ!! 頭わいてんのか!」  

 

 轟に対して爆豪がキレたその時、心操が思い出したように口を開く。

 

「……あ。お前、仮免講習で小学生と戯れたんじゃなかったか?」

 

「あぁ!? 何でてめぇがそれ知っとんじゃ!!」

 

「轟から聞いた」

 

 心操の発言に爆豪が反応すると、心操が答えた。

 すると爆豪は、グルンッと轟の方を向いて睨みつける。

 

「半分野郎てめぇ、何勝手に喋っとんだクソが…」

 

「悪い。話したらまずかったか」

 

「あはは…」

 

「何笑っとんだクソ触角…あぁ!?」

 

「そういうとこだぞ爆豪」

 

 轟を責める爆豪を見てひなたが苦笑いを浮かべると、爆豪がひなたにも喧嘩を打ってきたので、心操がツッコミを入れる。

 一方、森の前へ移動しながら、桃太郎チームも爆豪の特別課題の事を心配していた。

 

「かっちゃんがエリちゃんと……? 大丈夫かなぁ……?」  

 

 うう~んと考えこむ緑谷に、麗日も心配そうに同意する。

 

「エリちゃんにいつもみたく怒鳴ったりしないといいけど~……っ」

 

「爆豪ちゃんもそのへんは気をつけるんじゃないかしら? あ、でも、他のみんなに怒鳴ってるのをエリちゃんが見て、怖がっちゃうってこともあるわね……」  

 

 蛙吹が口の下に指を当てて、困ったように言う。

 

「いやー、仲良くなるのは普通にムリだろ!」

 

「先生も残酷な課題出したもんだぜ……」  

 

 ハナからあきらめているような上鳴と峰田に、あきれたように耳郎が言った。

 

「爆豪の課題が心配なのはわかるけど、とりあえず今はエリちゃんの救出でしょ」  

 

 その言葉に、皆の顔が引き締まる。

 緑谷が頷いた。

 

「とりあえず、どうやって攻めるか話し合おう」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「ひ、人質役のエリです、よろしくお願いします」  

 

 頂上の小屋に着いた鬼チームは、中で待っていた壊理に緊張気味に挨拶された。

 

「おう! エリちゃん、よろしくな」

 

「よろしく」

 

「よろしくお願いいたしますわね」  

 

 切島と心操は壊理の救出作戦のとき参加していた縁もあり、親しみがわいている。

 八百万は麗日達とともに何度か教師寮に行った事があった。

 だが、他の面々は壊理の事情をくんだりなどして、面識がある程度だった。  

 緊張して手をぎゅうっと握りしめている壊理の様子に、轟、青山はいつもどおりマイペースだったが、飯田や常闇や障子は少し緊張が移ったように改まる。

 

「よろしくねエリちゃん、お互い頑張ろうねぇ!」

 

「…はい、よろしく…お願いします…」

 

 スパイ役のひなたも壊理に声をかけたが、壊理は顔を引き攣らせていた。

 それもそのはず、ひなたは拘束用の椅子に座らされ、縄と鎖で雁字搦めにされていたのだ。

 

「ところでヤオモモ、ここまでする必要あった?」

 

「申し訳ありません…」

 

 ひなたが八百万に尋ねると、八百万は申し訳なさそうに謝る。

 鬼チームも鬼チームで、ひなたを見張っておけという指示を受けていたため、ひなたに対して容赦がなかった。

 

「…………」  

 

 そんな皆の後ろで爆豪はしかめた顔で壊理を見ていた。

 その視線に気づいた壊理が、少し驚いたように肩をすくめる。

 

「──チッ」  

 

 爆豪が思わず舌打ちをする。

 それは課題の面倒くささに対してのものだったが、そんなことがわかるはずもなく、壊理がビクッとする。

 

「爆豪くん、女児の前で舌打ちなどっ」

 

「さっきの課題聞いてなかったのか」

 

「うるせえな」  

 

 飯田と心操の注意に爆豪はいつもよりおとなしめに返す。

 だが、普段、教師寮での先生達は壊理の前では粗暴な言動はもちろん控えているので、爆豪の言動はエリにとってわずかな恐怖を感じてしまうものだった。  

 不穏な空気に、爆豪以外の鬼チームが戸惑うように目線を合わせたそのとき、スタートを知らせるブザーが鳴り響いた。

 切島が少し心配そうにしながらも爆豪に声をかける。

 

「…………とりあえず、爆豪はエリちゃんとひなちゃんの見張りだな!」

 

「……あぁ!?」

 

「……えっ」  

 

「先は長そうだ…」

 

 ほぼ同時に驚いた爆豪と壊理が互いに顔を見合わせ、気まずそうに目をそらした。  

 そんな二人に対し、ひなたがポツリと呟く。

 ひなたは、“個性”を使って全員の位置を把握しつつ、どう勝たせようかと考えていた。

 

(うーん…バラけすぎるのは得策じゃない気がするなぁ。こういう時は、先に見つけて罠に嵌めるのが定石だと思うんだけど…)

 

 ひなたは、“個性”を使って外にいる桃太郎チームに情報を伝達する。

 だが鬼チームはそれも想定済みだったらしく、ひなたが情報を伝達している途中で爆豪がひなたの眼前に爆破を放つ。

 

「おい、妙なマネしやがったらぶっ殺すぞクソ触角」

 

「………」

 

 ひなたが情報を伝達していると、爆豪が爆破でそれを阻止し、ひなたは顔を引き攣らせる。

 だが、それが良くなかった。

 ひなたを容赦なく爆破する爆豪を見て、壊理が余計に怖がってしまう。

 壊理に怖がられてハッとする爆豪を見て、ひなたは思わず笑いそうになる。

 口角をピクピクさせながらプルプルと震えるひなたを見て、爆豪が苛つきながらようやく捻り出した言葉はというと。

 

「…クソが!!」

 

「ははっ…」

 

 相変わらずの平常運転だった。

 ひなたは、幼女の前でも普段の態度を覆さない爆豪を見て、思わず乾いた笑いを漏らす。

 失笑とはまさにこの状況を指す言葉なのだろうと、ひなたは心の中で思った。

 

 それから5分間、戦いは膠着状態が続いた。

 ひなたが鬼チームの居場所を桃太郎チームに伝え、桃太郎チームは鬼チームに見つからないよう慎重に進んでいくが、罠を張って待ち伏せしていた鬼チームに見つかってしまう。

 皆が激しい攻防戦を繰り広げるなか、爆豪と壊理のいる小屋は沈黙に包まれていた。  

 相澤から出された課題は、とてつもなく矛盾した難題である。  

 本当の人質として壊理に接しろということは、爆豪もまた鬼役として接することを意味する。

 なのに、鬼が人質と仲よくなれとは矛盾も矛盾だ。

 普段であれば不満を爆発させている爆豪だったが、そんなことをすれば課題達成から遠のくであろうことはさっきの壊理の反応で学習している。

 不満は心の中だけに収めたが、表情まで制御できないのはご愛敬だ。  

 それに、爆豪も課題自体は一理くらいはあると渋々納得はしていた。ならば、矛盾ごと吞みこむしかない。

 

「…………」  

 

 しかし、課題をクリアするための解決策は見当たらない。

 爆豪は基本、何でもすぐにこなせる天才型だが、気を遣わなければならない相手とのコミュニケーション術は未知の世界だ。

 そんな時、さっきの轟の言葉が蘇った。

 

『緑谷はその子と仲いいからな。緑谷を参考にすればいいんじゃねえか?』

 

「クソがぁっ!!」  

 

 思わず叫んだ爆豪に、壊理がビクッと驚く。

 爆豪は制御できなかった自分とムカつく幼馴染に舌打ちした。  

 絶対に参考にしたくない幼馴染が、気を遣わなければならない相手とのコミュニケーションに長けていると気づいてしまったからだ。

 身近な参考材料として、これ以上のものはない。

 けれど、長年染みついたプライドが顔に出る。

 

「っ!?」  

 

 その鬼のような形相に壊理が気づき、本当の人質のように震えあがりながら手をぎゅうっと握りしめた。  

 そんなことに気づきもせず、爆豪はまたチッと舌打ちする。

 爆豪は考える。  

 鬼役として接しながら、子どもの心を開かせる方法を。

 だいたい、鬼役ってなんだ、と心のなかでツッコミながら、爆豪はそっちの路線に早々と見切りをつけた。

 ならば自分が子どもの頃、人質になったらと仮定する事にした。  

 子どもの頃、人質になったとして、(ヴィラン)にどう接してこられたら心を開く? 

 

「……っ」  

 

 爆豪は何度も人質になった自分を想像してみたが、何度やっても(ヴィラン)を倒す想像しかできなかった。

 万が一、(ヴィラン)と行動をともにしなければならない異常な状況下でも本物の愛情が芽生えるかもしれない可能性があるのは否定できない。

 けれど、目的を遂げるために、誰かの命を盾にするような相手に心を開くのは、自分を軽んじる行為だ。

 そう結論づけて、爆豪は頭をガシガシと搔きながら次のプランを考える。

 短い時間であれこれ考えに考えて……そして、重い口を開いた。

 

「………………好きな食べ物は何だ」

 

「……え? ……リ、リンゴです……」

 

 考え抜いた結果、巡り巡って、一番無難な質問に辿り着いてしまった爆豪だった。  

 戸惑いながら答えた壊理の顔には、どうしてそんな事を訊かれたんだろうという疑問と、そんな質問をしてきた爆豪への不信感が募っていくのがありありとわかる。

 爆豪は、自分が間違えた事を悟り、とてつもなく険しい顔で頭を抱えた。

 

 数分後、結局一人も桃太郎チームをアウトにできなかった鬼チームは、作戦を立て直すため小屋に戻ってきたのだが、嫌な予感が当たってしまっていた。

 爆豪はこれ以上ないほど苦虫を嚙み潰したような顔でこちらを睨んできて、壊理は小屋の隅で本物の人質のようにビクついている。

 その様子を、ひなたは気まずそうに見ていた。

 仲よくなるどころか、最悪な雰囲気が漂っていた。  

 というか、ひなた対策に八百万が創造した監視カメラで小屋の中の様子はわかっていたのだが、目を離した隙にここまで最悪な関係になっているとは思わなかったのだ。

 ひなたは、『何とかして』と言わんばかりに鬼チームにアイコンタクトを送る。

 ここは俺がどうにかしなければ、と委員長として飯田が一歩前に出た。

 

「エリちゃん君! 爆豪くんはこう見えていいところもあるんだ! なぁ皆!」

 

 飯田があとに続いてくれと皆にパチパチとわかりやすく目配せする。  

 爆豪のいいところを知ってもらえたら、きっと仲よくなれるだろうというドストレートな作戦に出たのだ。

 突然振られた皆は「え」と動揺したが、切島が率先して言った。

 

「爆豪はこう見えても、ウソのつけねえまっすぐな男だぜ!」  

 

 切島は言ってやったぜとばかりにニカッと爆豪に笑ってみせる。

 それに背を押されたように、八百万が続いた。

 

「そうですわ! 爆豪さんはこう見えても……そうですわね……あ、そう! とてもきれいに食事をされる方ですわ! 所作が美しいんですの」  

 

 言えて安堵しながら、八百万が次お願いしますと近くの障子を見た。

 託された障子が口を開く。

 

「爆豪はこう見えても……こう見えても……寝起きがいい。朝、慌てているのをみた事がない」  

 

 言い終えた障子が常闇に視線を移す。

 じっと考えこんでいた常闇が「俺か」とおもむろに口を開いた。

 

「爆豪はこう見えても…………そうだ、洗面所をキレイに使う。水滴が飛んだらちゃんと拭いている」  

 

 いいところを思いついてよかったと少し満足げな常闇が、心操を見る。

 

「爆豪はこう見えても意外と空気を読める奴だ。俺がひなたと話したい時、あえて嫌われ役を買って出てくれた事がある」

 

 心操は、自分で思いついた爆豪のいいところを言った。

 神野で爆豪は、ひなたにわざとぶっきらぼうに振る舞う事で、心操がひなたに声をかけやすい空気を作ってくれたのだ。

 爆豪のいいところを言い終えた心操は、轟を見る。

 

「爆豪はこう見えても……………こう見えても……?」  

 

 続こうとしたが、黙りこんだ轟の代わりに青山がハイッと割りこんできた。

 

「じゃあボクが先に言うね! 爆豪くんはこう見えても、すっごく器用なんだ。今すぐにでも下がりそうに腰ではいているズボン、一度も下がったことないよ☆」  

 

(皆『こう見えても』って…いや、そう言いたくなる気持ちはわかるけどさ)

 

 皆が『こう見えても』の後に爆豪を何とか褒めようとすると、ひなたは思わず吹き出しそうになる。

 言い終えた青山のあと、ずっと考えていた轟が思いついたように顔を上げた。

 

「爆豪はこう見えても、講習をきっちり受ける。あと、緑谷の幼馴染だ」  

 

 皆の言葉を顔をしかめて聞いていた爆豪だったが、最後の言葉に耐えきれず叫んだ。

 

「んだそりゃ!! なんで俺のいいところがクソデクと幼馴染なとこなんだ!!」

 

「え、デクさんと?」  

 

 しかし壊理には響いたようだ。

 興味をひかれたように爆豪を見る。

 それがさらに爆豪に火をつけた。

 

「なりたくて幼馴染になったんじゃねぇわ!! あとなんだ! こう見えてもって! 俺は一体お前らにどう見えてんだ !」

 

「あちゃあ」

 

「なんか悪ィ」

 

 爆ギレする爆豪に壊理が驚き、ますます距離を取るように小屋の隅に縮こまる。  

 その様子に頭を抱える皆の横で、轟が謝った。  

 するとひなたが、呆れ返った様子で口を開く。

 

「そりゃあそんな悪人面してたらそんな風に言われるよ。ホント、鬼みたい!」

 

「……あ?」

 

 ひなたがムスッとした表情で言うと、爆豪がひなたの方を振り向く。

 するとひなたは、大袈裟に声を大にしながら言った。

 

「何よ、本当の事言っただけじゃない。今のかっちゃん、どう見ても鬼にしか見えないんだもの。かっちゃんなんか、節分の鬼みたいに豆ぶつけられて鬼退治されるのがお似合いだよ」

 

「てめぇ…黙って聞いてりゃダラッダラと…」

 

「そうやって威張ってられるのも今のうちだよ。かっちゃんだってね、ギャン泣きして小便ちびって裸足で逃げてく事になるんだからね。だって僕達が困った時は、とっても強い桃太郎が助けてくれるんだもん」

 

 ひなたは、せめてもの抵抗と言わんばかりに爆豪を挑発する。

 鬼チームへの攻撃は禁止されていたが、口撃は禁止されていなかった。

 だが爆豪は、至近距離でひなたを睨みながら、ひなたの頬を掴んで黙らせた。

 

「ぎゅむっ」

 

「クソ触角にしては面白え冗談言えんじゃねえか。まずてめぇから泣かしてやろうか? あぁ!?」

 

 ひなたが爆豪に頬を掴まれて睨まれていると、それを見ていた壊理がさらに距離を置く。

 ますます最悪になっていく爆豪と壊理の仲ばかりにかまっているわけにもいかず、飯田達は後ろ髪をひかれながら再び桃太郎チームを全滅させるべく小屋を出た。

 全員、爆豪の特別課題に手も足も出なかったのもある。

 

「ねえかっちゃん。そろそろ離して。さもないと…」

 

「さもないと何だ」

 

「げっぷするよ」

 

 ひなたは、爆豪に頬を掴まれながらも、平静を保った様子で挑発を続けた。

 爆豪は、ひなたのしょうもない嫌がらせに苛立ちつつも、演習さえ終われば思う存分爆破してストレス発散してやると考えていた。

 だが、小屋を出て行った鬼チームは、なかなか戻ってこなかった。

 戻ってこない仲間に爆豪が苛立ちを覚えていたその時、スピーカーから気怠げな声が聴こえてくる。

 

『飯田、青山、心操、轟、切島、常闇、障子、八百万、アウト』

 

 スピーカーから聴こえてきたのは、爆豪以外の鬼チームが全滅したという知らせだった。

 アナウンスを聞いた爆豪は、眉間に皺を寄せながらチッと舌打ちをする。

 

「クソが…あいつら、まんまと嵌められやがって…!」

 

 爆豪がふとひなたの方を見ると、ひなたはニヤニヤ笑っていた。

 ひなたは、爆豪を挑発しながらも、桃太郎チームに鬼チームの居場所と作戦をリークしていたのだ。

 だが、放送からしばらく経っても、桃太郎チームが攻めてくる様子はない。

 ひなたが注意して桃太郎チームの会話を聞いてみると、どうやら鬼チームが桃太郎チームに爆豪の特別課題への協力を持ちかけたようだ。

 

 両チームで話し合った結果、緑谷達は、『泣いた赤鬼作戦』か、『節分の鬼作戦』で爆豪と壊理の距離を縮めようとした。

『泣いた赤鬼作戦』は、人間と仲良くなりたい赤鬼がいて、赤鬼の友達の青鬼がわざと人間の村を襲って赤鬼に人間を助けさせ、青鬼は赤鬼のために身を引いてどこかへ行ってしまうという物語を参考にし、桃太郎チームが悪役を演じて爆豪に壊理を助けさせるという作戦だった。

『節分の鬼作戦』は、孤独な老人が、他の家から聞こえてくる、鬼は外、福は内、という声を聞いて、反対に、鬼は内、福は外、と叫んだところ、聞いた鬼が嬉しがって老人の家に入ってきてしまったが、結局は楽しく宴会になってしまい、老人は生きる気力を取り戻すという物語を参考にし、壊理が爆豪に同情するよう仕向けるという作戦だった。

 

 壊理の為には後者の作戦の方が良いのだが、まず爆豪が協力しそうにないため、桃太郎チームは『泣いた赤鬼作戦』で攻める事にしたようだ。

 ひなたは、内心『大丈夫か』と不安がりながらも、とりあえず成り行きに身を任せてみる事にした。

 

 爆豪は苛立ちながら、小屋の窓から外を見ていた。

 今すぐにでも攻撃に行きたいが、壊理のもとを離れるわけにもいかない。

 もともと、待つのは性に合わない爆豪のイライラは募るばかりだ。

 さらに、先程からひなたにニヤケ顔で挑発され、ますます苛立つ一方だった。  

 爆豪は小屋の隅で縮こまっている壊理をわずかに振り返る。

 それに気づいた壊理は、ビクッとして爆豪から視線をそらした。

 壊理は爆豪の一挙手一投足にビクついている始末だ。

 爆豪は本当に自分が鬼にでもなった気さえしてくる。

 まさにお手上げ状態の特別課題に、頭をガシガシと搔いたその時、背中にちょんちょんという感触を感じた。

 バッと振り返ると、茂みから顔を覗かせている蛙吹の舌だった。

 近くには麗日の頭が少しだけ覗いており、どうやら“個性”で浮いて足音を消し窓をこっそり開けていたようだ。

 蛙吹の舌には、小さなメモが挟んである。

 

「………?」  

 

 訝しげな顔をする爆豪が振り向くと、蛙吹の隣にいた耳郎がイヤホンジャックを使ったジェスチャーでメモを見るよう伝えた。

 開いたメモには、『特別課題に協力する。泣いた赤鬼作戦』と書いてあった。  

 三人が顔を上げた爆豪に確認するように頷いて、茂みの奥へ消えていく。

 そのメモだけで理解した爆豪は、小さく舌打ちした。

 大方、切島あたりが桃太郎チームに頼みこんだのだろうと推測しながら、顔をしかめた。  

 協力するというが、桃太郎チームも勝利をあきらめるわけはない。

 つまり、泣いた赤鬼作戦を仕掛けた後、壊理を救出するつもりなのだ。

 爆豪が、その時どうやって全滅させるかを考えかけた直後、小屋に全身をマントで覆った者達が声を張りあげながら乱入してきた。

 八百万にマントを作ってもらった桃太郎チームだ。

 

「うおおおお~! その子をよこせ〜!!」

 

「その子を攫いに来たぞ〜!」

 

「俺たちゃ(ヴィラン)だぞ ~!」

 

「悪い(ヴィラン)だぞ~!」  

 

「すっごく悪い(ヴィラン)だぞ~!」  

 

 やってきたのは、砂藤、尾白、上鳴、峰田、瀬呂の5人だった。

 わざとらしく大暴れする砂藤達のあまりの大根っぷりに、爆豪は険しい顔でドン引きする。

 しかし、容赦なく襲いかかられた瞬間、スイッチが入った。

 

「……っざけんなよ、オラァ 」  

 

 今の今まで、たまりにたまっていたフラストレーションが爆発したのだ。

 そして、この機会に桃太郎チームを全滅させりゃいいんじゃねえかと思い至った。  

 棍棒を手に、解き放たれた爆豪の顔は生き生きと輝いている。

 そんな素敵な表情も、暴力と一緒になったとたんに猟奇的な悪役と化す。  

 その様子に壊理の顔が引き攣っているとも知らず、爆豪は5人をあっというまに倒した。

 だが桃太郎チームの猛攻は止まず、今度は芦戸が乱入してきた。

 

「フハハハハ! 喰らえ〜、アシッドショット!」

 

「死ねェ!!」

 

「わっ、ちょっ、タンマ…ぎゃわぁ!!」

 

 爆豪は、見事な大根っぷりで襲いかかってきた芦戸に爆破を浴びせて倒した。

 女子相手にも容赦なく爆破を浴びせてくる爆豪に対し、壊理の表情は引き攣る一方だった。

 だがその時、爆豪の背後から声が聞こえてくる。

 

「え〜い! 爆豪くん、覚悟〜!」

 

「コソコソすんなら声出すなや!!」

 

「ぎゃ!!」

 

 例に漏れず見事な大根っぷりで爆豪の背後から襲いかかった葉隠だったが、キレ散らかす爆豪に爆破されて吹き飛ばされた。

 そして爆豪は、近くに控えていた緑谷達に向かい叫ぶ。

 

「かかってこねえなら、こっちから行くぞ!! コラァ!!」  

 

 まさしく鬼の形相で襲いかかってくる爆豪に、狭い小屋のなかで緑谷達はわずかに焦った。

 爆豪の想像以上の暴れっぷりにドン引きする。

 このままでは小屋ごと壊しかねない勢いだ。

 

「ちょっ、ちょっと待って、かっちゃん!」

 

「ちょこまか動くなや、デク!!」

 

「え……」  

 

 突然の乱入に驚いていた壊理が、その名前に反応する。  

 爆豪を必死に避けている緑谷のフードは外れ、顔が露になった。

 

「かっちゃん! 特別課題の……っ」

 

「協力ごくろーさん、こっちは一石二鳥狙ってんだよ! オラァ!」  

 

 小屋の隅に追い詰められた緑谷に爆豪が棍棒を振り上げる。

 だが、その瞬間。

 

「おにわそとっ、おにわうち……っ」  

 

 そう叫んだ壊理が爆豪に向けて小さなものを投げた。

 

「──あ?」  

 

 わずかな感触とパララと床に転がる軽い音に目を向けた爆豪が見たのは、三粒の豆だった。

 振り向くと、少し怖がりながらも爆豪をまっすぐにみつめている壊理がいる。

 

『爆豪、アウト。……これで鬼チームは全滅だな。よって桃太郎チームの勝利だ』  

 

 相澤の声に、呆然としていた爆豪がハッとして叫ぶ。

 

「どういうこったよ!?」

 

『初めに言っただろ。エリちゃんを本物の人質として扱うようにって。人質はいつだって脱出の機会を狙っているし、武器を隠し持っているかもしれない。よって、エリちゃんには最初から反撃用の豆を渡してあったんだ』  

 

 相澤の言葉に、驚く緑谷が壊理に声をかける。

 

「そうだったんだ」  

 

 壊理はこくんと頷く。

 完全に気付いていなかった様子の緑谷を見て、ひなたは呆れ顔を浮かべる。

 

「というか、デッくん気付いてなかったの? せっかくヒントあげたのに!」

 

「えっ?」

 

「ほら、言ったでしょ。『僕達が困ったら、とっても強い桃太郎が助けてくれる』って」

 

「あ……!」

 

 ひなたが言うと、緑谷は目を見開く。

 緑谷は、かつてひなたが壊理と『もし僕達が困ったらエリちゃんが助けてくれる』と約束した事を思い出した。

 ひなたは、壊理が味方だという事を、緑谷にだけわかるように伝えたのだが、緑谷が気付いたのは今になってだった。

 だがひなたの伝えたメッセージは、ちゃんと伝えるべき相手には伝わっていた。

 

「いつぶつけたらいいのかなって、ドキドキしちゃった……でも、デクさんが困ったら助けるって…約束したから…私、がんばったよ」

 

 胸を押さえて大きく息を吐く壊理に、緑谷がパッと笑顔になる。

 

「ありがとう。エリちゃんに救けられた」  

 

 その言葉に壊理がパァッと笑顔になる。

 

「…………」  

 

 爆豪はそんな壊理を見ながら、今までの様子を思い返していた。  

 怯えたように隅で縮こまっている時も、自分の一挙手一投足にビクついていたときも、いつ豆をぶつけようかとずっと考えていたのだと気づく。

 

「……お前」  

 

 爆豪は壊理に近づく。

 ビクッとした壊理が恐る恐る爆豪を見上げた。

 

「──なかなかやるじゃねえか」  

 

 怒られるかもしれないと身体を強張らせていた壊理が、思いがけない言葉に「え……」と目を丸くする。

 

「ただ大人しく捕まってる人質より、よっぱどマシだわ」  

 

 フンと鼻を鳴らす爆豪に、緑谷も目を丸くする。

 それからきょとんとしたままの壊理に、興奮気味に言った。

 

「エリちゃん! かっちゃんが褒めるなんて、滅多にない事だよ!」

 

「そう……なの?」

 

「うん!  エリちゃんが、がんばったからだね! すごいよ!」  

 

 壊理がチラリと爆豪を見る。

 爆豪はチッと舌打ちした。

 

「褒めてねえ、ただ思った事言ったまでだ」

 

 壊理はそんな爆豪の横顔をみつめ、少しだけ表情を和らげた。

 迎えに来た13号とともに壊理が帰ったあと、相澤がA組全員を前に総評を述べていた。

 

「……結果は桃太郎チームの勝ちだが、全体的に作戦の粗さ、ムダが目立つな。時間がないなかで、いかに素早く合理的に作戦を立てるかも重要だぞ。わかったな」

 

「はい」

 

 神妙に頷くA組の面々。

 相澤は生徒たちを見回した後、爆豪を見据えた。

 

「それと、爆豪だけの特別課題だが……エリちゃんによる爆豪の印象は、授業前よりよくなったそうだ」

 

「……あ?」  

 

 爆豪がぽかんと顔を上げる。

 

「最後に褒めてくれたのと、怖かったけれど一生懸命鬼役をやっていたから、だそうだ」  

 

 壊理の感想に上鳴がプーッと吹き出す。

 

「一生懸命鬼役って、素でやってたんじゃねえの!?」

 

「うるせえ!」  

 

 爆豪が怒鳴る前で相澤が続ける。

 

「……ま、特別課題は及第点だ」  

 

 その言葉にA組の面々がそれぞれ安堵した。

 ひなたは、ニッと歯を見せて笑いながら緑谷に声をかける。

 

「ほらね、言った通りだったでしょ」

 

「…うん」

 

 ひなたが笑うと、緑谷は笑顔で頷く。

 ひなたの言う通り、爆豪はやる時はやる奴で、壊理は緑谷が思っていたよりずっと強い子だった。

 切島が爆豪の肩にガシッと腕を回す。

 

「よかったな、爆豪! どうなることかと思ったぜ!」

 

「うんうん、俺も委員長として嬉しいぞ!」

 

「泣いた赤鬼作戦、私も混ざりたかったぁ ~」  

 

 飯田の言葉に麗日が続ける。

 爆豪の周りにわいのわいのと皆が集まってくる。

 爆豪はそんな周りに顔をしかめて盛大に叫んだ。

 

「うっとうしいんだよ、てめーら!」  

 

 そんな爆豪の怒号にも、A組は慣れた様子でわいわいと続ける。

 

「──仲よしか」  

 

 渡る世間に鬼はなし。

 そんな光景を見ていた相澤があきれたような、けれど、どこか嬉しそうな声で言った。

 

 

 

 

 

 

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