抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

113 / 153
本命は誰のもの!?・前編

 二月は一番寒さが厳しく、かつ一番短く過ぎる冬の幻のような月だ。  

 そんな幻のような月の中旬に、妙に浮かれたイベントがある。

 2月14日、バレンタインデーだ。

 キリスト教では恋人達の日として互いに贈り物をする習慣があるが、なぜかここ日本では製菓会社が仕掛けたキャンペーンが定着し、女性が男性にチョコレートとともに愛を告白する日となっている。

 だが、それも次第に形を変え、義理チョコ、友チョコなど日頃の感謝、友情などの証としてチョコレートを贈ったりしている。  

 歴史は浅いが、定番化したということは需要があるという事。

 愛を伝える習慣があまりない日本人にとっては、都合のいいイベントなのかもしれない。  

 そして、ここ雄英高校A組の寮のキッチンでもイベントに乗じていた。  

 キッチンに漂うのは甘い甘いチョコレートの香り。

 近くのスーパーで大量買いしてきた業務用チョコレートを湯煎している。

 固形だったチョコレートが、お湯に暖められボウルのなかで滑らかに溶けて光沢のあるドロリとした珈琲色の液体に変わっていく。

 チョコレートを混ぜていた麗日は、自分の手に飛んだチョコレートをペロッと舐めて味見した。

 

「ん~まい!」  

 

「お茶子ちゃんたら」

 

 至福の顔でそう言った麗日に、ボウルを押さえていた蛙吹が笑う。

 同じように近くで湯煎中のチョコレートを混ぜていた芦戸も、ヘラからチョコレートを手に滴らせて味見をする。

 

「うま〜!! これこのまま飲みたいっ」

 

「私も味見ー!」

 

「ほれほれ」

 

「おいし~!」

 

 葉隠のボウルを押さえていた透明な手の甲に芦戸がチョコレートを垂らす。

 葉隠が味見する近くで、湯煎を中断した八百万がスプーンを二本、手に取った。

 

「皆さん、お行儀がよろしくないですわ。テイスティングはスプーンを使わなくては……さ、耳郎さん」  

 

「ありがと」

 

 そしてチョコをすくい、耳郎に渡す。

 少し驚いたように受け取った耳郎とともに味見をし、頰を緩ませる。  

 その様子を呆れたように見ていた砂藤とひなたが言った。

 

「お前らなぁ、さっきも言っただろー? テンパリングがチョコレートの味を左右すんだって。温度調整しっかりやれよ」  

 

「そーだぞ。温度調整ちゃんとやんないと、口当たりの良いチョコレートになんないんだかんね」

 

「はいっ、すいません、先生!」

 

 その声に女子達はいっせいに姿勢を正し謝る。

 砂藤はA組一お菓子作りが得意なので、今日はパティシエとして女子達とチョコレート菓子作りの指導をしている。

 指導とはいっても、砂藤も作るのが好きなので、皆でわいわいと作っているだけなのだが。

 そしてクラスの中では2番目にお菓子作りが得意なひなたも、自分の分のチョコレートを作りながら、クラスメイトを指導していた。

 

「ちゃんと混ぜる! 美味しいチョコ食べたいもん」

 

「皆にも食べてほしいものね」

 

「……だね!」  

 

 葉隠と蛙吹の言葉に、麗日は心に浮かんだ緑谷の存在を胸の底にしまって笑顔で応える。  

 主に峰田や上鳴など一部男子からのバレンタインデーのチョコレートくれくれ圧があったのもあり、どうせなら皆で食べようという話から作る流れになったのだ。

 話を聞いた他の男子達もなんやかんやで楽しみにしているようだ。  

 期待には応えたくなるのが、ヒーロー志望者の性。

 そして何より、一人では作れなそうなチョコスイーツを堪能できるのは単純に楽しみだ。

 

「それにしても、素晴らしいイベントですわね! 友人同士でチョコを贈り合うなんて」  

 

 再びチョコレートを溶かし混ぜながら八百万が少し興奮気味に言う。

 八百万は友チョコの事をつい最近、皆に教えてもらったばかりだった。

 そして、せっかくなら友チョコを女子同士で交換しようという事になった。

 

「ねー! なんか男子にあげるより気合い入っちゃうよね!」  

 

「わかる!」

 

 同意する葉隠とひなたに、耳郎もボウルを押さえながら頷く。

 

「中学のときも気合入ってる子いたなぁ。あれ、なんでだろうね? 不思議」

 

「女の子はチョコを作る子が多いからじゃないかしら? 手間がかかるって知ってくれているから、丁寧にちゃんと作りたくなるのよね」

 

「それだ」

 

 納得する麗日に、砂藤も頷く。

 

「わかるぜ。手間かけたものを一口で食われると、手間が走馬灯のように過ぎ去っていくんだよな。でもまぁうまいって食ってくれりゃ嬉しいんだけど」  

 

 日頃、砂藤は手作りしたスイーツを皆に振る舞っている。

 そのときの男子の様子を思い返しているのか渋い顔になったのを見て、八百万も頰に手を当て少し悲しそうに言った。

 

「わかりますわ……バランスを考えブレンドした紅茶なのに、うまいという一言だけの感想だと一抹の寂しさがあるというか……」  

 

 八百万も砂藤のスイーツと一緒に皆に紅茶をふるまっている。

 

「主に、切島くん、轟くん、上鳴くんだね!」  

 

 葉隠が無邪気に言う。

 この三人の感想は主に「うまい」だけだった。

 切島は漢らしく「うまい!」で、轟は率直に「うめえ」で、上鳴は単純に「なんかうまい!」だった。

 耳郎が続ける。

 

「その点、緑谷の食レポは完璧……というか、少し長すぎるくらいか?」

 

「いや、味の感想は長すぎるくらいほしい!」

 

「同じくですわ!」  

 

 完全同意した砂藤と八百万が頷き合う。

 

「緑谷は細かいところまで分析して気づいてくれるんだよな。こないだケーキにメープルシロップ使ったんだけど、俺がコクを出すために使った事を言い当ててくれたんだよ」

 

「あ、そうそう! 僕もね、この前作ったハンバーグ、卵の代わりにとろろ入れて作ってみたんだけど、メッチャ早口で褒めちぎってくれたよ!」

 

「緑谷さん、最初は紅茶の違いにあまり詳しくなかったみたいでしたが、回を重ねるにつれて気づいてくれるようになってきて……淹れがいがあるというものですわ」

 

「あぁ、俺も食べさせがいがあるぜ」  

 

 満足げに微笑む三人に、葉隠が「あ」と思い出したような声をあげる。

 

「そういや爆豪くんも、たまにしか食べないけどわりと感想言ってくれるよね?」  

 

 すると、砂藤と八百万の顔からスッと笑顔がひいた。そして真剣な顔になる。

 

「爆豪はな、なんか鋭いんだよ……こないだちょっとだけ……本当にちょっとだけ焼きすぎたケーキに気づいたんだよ。なんか前よりパサついてんなって……」

 

「わかる…僕もこの前作った四川麻婆、挽肉に入れる醤油を小さじ半分くらい入れ過ぎちゃったのにかっちゃんが気付いてさ…前より肉がしょっぱいって言われました」

 

「私も……ほんの少しだけ蒸らしすぎた紅茶を、前のより渋いとお気づきになって……以前は違いに気づいてくれるのが嬉しかったのですが、爆豪さんには、まるで採点されているような気になるのですわ……」

 

「わかるぜ……!」  

 

 どんな事にも才能を発揮する爆豪は、味の違いにも厳しい男だった。

 八百万とひなたと砂藤は、今度はまるで同志のようにわかり合う。

 

「やっぱり、美味しいっておっしゃってくれるだけで、ありがたいですわね……」

 

「あぁ、そうだな……」

 

「砂藤ちゃん、テンパリングは?」  

 

「おっ、悪い! 続けてくれ」

 

 すっかり飲食物についての感想談議に浸っていた二人に蛙吹が声をかける。

 すると砂藤が慌てて再び作業を開始させた。

 砂藤が慣れた様子でチョコを混ぜる近くで、八百万が思い出したように言った。

 

「そういえば、最近、峰田さんも丁寧な感想を言ってくれるようになりましたわ」  

 

 峰田の名前に、他の女子たちが反応する。

 

「ヤオモモ、それは下心だよ」

 

「そっ! チョコが欲しいからだよ!」  

 

 耳郎と芦戸の言葉に八百万がきょとんとする。

 

「もしかして本命チョコを?」

 

「絶対そう!」

 

「流石に露骨すぎてちょっとねぇ」

 

 女子達が声を揃える。  

 女子達が反応するほど、ここ最近の峰田はあからさまに変わった。  

 いつも隙あらば下ネタをぶつけてくるのに、頭でも打ったのかと思うほど妙に親切に女子に接してくる。

 普段の峰田を知っている者からすると、それは奇妙このうえないものだったが、本人はまるで生まれたときからずっとこうでしたと言わんばかりの態度なのだ。

 それもこれも、バレンタインデーというイベントが控えているからだ。  

 女子にとってバレンタインデーが告白の日だとすれば、男子にとっては告白される日。  

 つまり、モテるかモテないかを明確にされてしまう日でもある。  

 峰田はモテたいのだ。

 モテたくてモテたくて、あぁモテたくてモテたくてしかたないのだ。

 

「まぁまぁ……峰田の気持ちもわかってやってくれよ」  

 

 砂藤からすれば峰田の行動は潔いほどわかりやすい。

 ある意味、とてもかわいいのだが、普段下ネタをぶつけられている女子達からすれば、そんな気持ちはわかりたくもない。

 

「本命チョコが欲しいなら、普段の態度を改めてもらわないとですわね」

 

「下ネタ禁止! まずそこからだね!」  

 

「あとセクハラもね。もうチョコ以前に犯罪だから」

 

「うんうん!」

 

 そう言う八百万と葉隠とひなたに、女子達が頷く。  

 モテたいと必死になる人ほどモテないのは世の理だ。  

 苦笑するしかない砂藤と女子達は、峰田を話のタネにしながらチョコレート菓子を作っていく。

 定番のトリュフチョコレート、クッキー、アイスなどから、ガトーショコラ、フォンダンショコラ、ザッハトルテなどなど、本格的なチョコレートケーキも徐々にできあがっていった。

 ちなみにひなたが作ったのは、

 

 ・チョコカヌレ

 ・オペラケーキ

 ・ドボシュトルタ

 ・レーヌ・ド・サバ

 ・テリーヌショコラ

 ・タルト・オ・ショコラ

 

 そしてジジにあげる用のトリュフチョコ風マタタビ入り鶏ミンチ団子と、本命用のサンセバスチャンだ。

 ビターチョコとホワイトチョコのケーキが織りなす市松模様の断面が美しく、アプリコットジャムがほのかに香るケーキは、まるで店で売られているそれだ。

 ケーキの上には、ホワイトチョコで作られた猫耳雪だるまが大小二つ乗っており、まるで恋人同士のように寄り添い合っている。

 

「よし、あとは冷やしてからだな。夕飯の前に仕上げようぜ」  

 

 砂藤は仕上げを残し、ケーキなどを冷蔵庫に入れる。

 

「休憩しよ~」  

 

 耳郎達が作業で固まった体をほぐすように伸びをしてキッチンを出ていく。

 最後尾の麗日が何やら材料を見直している砂藤に気づいた。

 

「あれ? 砂藤くん、休憩しないの?」

 

「おう、ちょっとな」  

 

 キッチンを出た女子達は、なんとなく外に出る事にした。

 思えば、ずっと甘いチョコレートの香りを嗅いでいたので、新鮮な空気を吸いたくなったのだ。  

 玄関を出ると、冷たい冬の空気に包まれた。

 暖房のきいていた室内との温度差に思わず身震いするが、新鮮なヒヤリとした空気を吸いこむと体がシャキッと目覚める気がする。

 

「ねえ、あそこの木ってたしか、桜だったよね?」  

 

 葉隠が少し離れた場所に見える並木を透明な指先でさす。

 袖の方向でそれに気づいた麗日達がそれぞれ頷いた。

 

「確かそうだった。入学した時、きれいだなーって思った気がする」

 

「うわ、なんかもう懐かしい」  

 

 思い出すような麗日の言葉に、耳郎が少し驚いたように言う。

 ひなたは、桜の木をまじまじと見つめながら、ポツリと呟く。

 

「桜かぁ。僕の誕生日にはもう咲いてるかな」

 

「え?」

 

「ほら、僕ちょうど一ヶ月後誕生日だから。3月14日」

 

「あっ…」

 

 ひなたが言うと、麗日は僅かに目を見開く。

 すると耳郎と八百万も口を開く。

 

「ひなたの誕生日ってホワイトデーなんだよね。すごい覚えやすい」

 

「私は円周率の日で覚えていましたわね」

 

「やめてー! 今数字の話はしたくない!」

 

 八百万が言うと、芦戸が頭を抱えて叫ぶ。

 八百万がしみじみと呟いた。

 

「あともうちょっとで一年たつんですのね。歳月不待ですわ」

 

「さいげつふたい?」  

 

 首をかしげる芦戸に八百万が説明する。

 

「年月は人の都合など関係なくあっというまに過ぎてしまうので、時間を大切にという教えですわ」

 

「わかるー! ほんと、時間って待ってくれない! テスト前日の勉強時間とか!」

 

「相澤先生へのレポート提出締めきり前とか!」  

 

「あと反省文の提出! 百枚書かされた事あんだからね僕!?」

 

 切実な具体例をあげる芦戸と葉隠とひなたに、他の女子達も苦笑しながら同意した。  

 蛙吹が言う。

 

「一日一日はとても濃いけれど、過ぎてしまうと早く感じるのは不思議ね、ケロ」

 

「桜が咲いたら、私達もう2年生だよ!?」  

 

 蛙吹の言葉に、ひゃあと芦戸が驚く。

 耳郎が少しニヤリと笑んで芦戸を見て口を開いた。

 

「サプライズで進級試験とかあったりして」

 

「ええっ!? やめてぇ~!」  

 

「冗談だって……!」

 

「いや、お父さんの事だからマジであるかも…」

 

「やめてー!!」

 

 愕然とする芦戸に縋るように揺さぶられて、耳郎が苦しそうに返す。

 そんな中、ひなたが真剣な表情を浮かべて言うと、芦戸が今にも泣きそうな表情を浮かべた。

 

「ねえねえ! 桜が咲いたら、皆でお花見やろ ーよ!」  

 

 パッと思いついたような明るい葉隠の声に、皆がそれぞれ「いいね」と即座に返事をした。

 麗日の目がキラキラと輝きだす。

 

「お花見っていうと、お弁当? おいなりさんに、おにぎりに、ちまきに……」

 

「お茶子ちゃん、お米好きねえ」

 

「大好き!」  

 

「あと甘酒も持っていきたいよね」

 

「そうだ、甘酒も持っていかな!」

 

「やっぱり米じゃん!」

 

 蛙吹に満面の笑みで応える麗日。

 葉隠が言う。

 

「あと、からあげとかでしょー。お菓子もいっぱい買ってこよ!」

 

「だねー!」

 

「お花見のスイーツってなに? また砂藤くんと作ってもいいよね」  

 

 ウキウキと提案した芦戸に麗日が反応した。

 

「桜餅!」

 

「また米だ!」  

 

 笑ってツッコむ葉隠の近くで八百万も笑う。

 

「花より団子ですわね」

 

「花見といえば団子だよー! 三色団子でしょ、みたらしでしょ、あんこでしょ、ゴマでしょ…」

 

「そうだ、お団子も忘れちゃいけないよね!」  

 

 八百万が言うと、ひなたは頬を緩ませながらどんどん団子が増えていく妄想に胸を膨らませた。

 興奮で鼻息が荒くなる麗日に、皆が「また米!」と楽しそうに笑った。

 

「すぐにでもお花見したくなってきちゃった」  

 

 照れたように笑う麗日に蛙吹が言う。

 

「そうね。でも今日はまずバレンタインデーのチョコを楽しみましょう」

 

「美味しいチョコになってるといいねぇ」  

 

 白い息を吐きながら、待ちきれないような麗日に耳郎が続ける。

 

「だねー。そういえば友チョコの交換ってどうやってやる?」

 

「厳正なくじ引きなどどうでしょう?」

 

「あ! くじ引きもいいけどさ、音楽かけてる間チョコ回してって、止まった時に自分が持ってたってヤツは?」  

 

 八百万と芦戸の言葉に蛙吹が笑う。

 

「お楽しみ会とかにやる方法ね、ケロ」

 

「あれ、ドキドキして楽しいよね!」

 

「僕それやった事ないけど楽しそう!」

 

「私もやった事ないのですが……楽しいのであれば、そちらにしましょう」

 

「じゃあ、それで!」  

 

 芦戸がそう言う近くで、葉隠が自分のお腹を撫でる。

 

「夕飯は軽めにしよー。チョコいっぱい食べたいもん!」

 

「いや、デザートは別腹やろ?」  

 

「別腹別腹ー!」

 

「しょっぱいものの後の甘いものは無限に食べれちゃうんだよ…」

 

「そうだよね!」

 

 真顔で言った麗日に芦戸とひなたが同意する。

 そんな三人に背中を押されたように葉隠も意気ごむ。

 他の女子達が微笑ましく見ていたその時、そっと近づいてきた一人の眼鏡をかけた女子に「あの……」と声をかけられた。

 

「あの……あの……」  

 

 全員、見覚えのない女子だった。

 小さめのかわいい紙袋を手に、顔を赤くしてもじもじしている。

 その様子に、八百万が代表して声をかけた。

 

「あの、何かご用でしょうか?」

 

「あっ……あの、これ……A組の王子様に渡してください……っ!」  

 

 眼鏡女子はそう言うと、持っていた紙袋をなかば強引に八百万に渡してダッと駆けていってしまった。

 

「え?」  

 

 何が起こったのかと、思わず全員で顔を見合わせる。

 

「A組の王子様??」

 

「どういう事?」  

 

 麗日と蛙吹がきょとんとする横で、啞然としていた芦戸の目が突如キラーンッと光った。

 

「それは本命チョコだよ……!!」  

 

 ポカンとする麗日達の前で、芦戸が「失礼」と紙袋を覗く。

 

「ほら、やっぱり!」  

 

 続いて他の女子達も紙袋を覗く。

 そこにあったのは、かすかにチョコレートの甘い香りがする、かわいらしくラッピングされたプレゼントらしきものだった。

 

「ほっ、本命チョコ……!」  

 

 その威力に驚愕していた女子達だったが、ハッとして眼鏡女子を探す。

 しかしもうとっくに駆け去ってしまっていた。

 

「ど、どどどどどどーしよう!?」

 

「A組の王子様に渡してくださいって……!?」  

 

 あわてる葉隠と麗日達に、芦戸が興奮気味に言った。

 

「皆、落ち着いて! あの眼鏡女子はきっとずっとここで、A組の王子様に会えるのを待ってたんだよ! ピンポン押す勇気も出なくて、でも諦めきれなくて……そんな時、寮から私達が出てきたから、必死でお願いしてきたんだよ……!!」

 

 芦戸の言葉に、他の女子達がその場面を想像する。  

 告白にドキドキしている眼鏡女子。

 きっと何日も前から眠れないほど緊張していたに違いない。

 チョコレートを作りながら、大好きなA組の王子様が甘いもの嫌いじゃないといいな……などと心配しながら想いを込めたチョコレートが今、ここにある。

 

「はわー! 恋だ!」

 

「キャー、わかる! わかるよその気持ち!」

 

「心なしか、さっきより重く感じますわね……」

 

「なんか照れる……まぁもしかしたら買ったものかもしれないけど」

 

「既製品でもきっとずいぶん悩んで選んだんでしょうね、ケロ」  

 

 それぞれ感慨深く本命チョコを見ている面々に、芦戸が言う。

 

「そんなチョコを託されたんだよ……これはもう協力するしかなくない!?」  

 

 瞳をランランと輝かせる芦戸に、他の女子達もそれぞれ頷く。

 

「そやね! 人の恋路は応援せんと!」  

 

「ヒーローたる者、困ってる人は放っておけないもんね!」

 

 気合を入れる麗日とひなた。

 八百万が困ったように言った。

 

「しかし、A組の王子様というのは一体誰なんでしょう?」

 

「あ、中にメッセージカードある! 見たらまずい……?」  

 

 伺いをたてるように葉隠が言うと芦戸が「ん ~」と悩んでから言った。

 

「でもこの場合、しかたない。名前書いてあるかもだし」

 

「んじゃ、失礼して……」  

 

 女子達は入れられていたメッセージカードをそっと開いた。

 文面は簡素なものだった。

 

『A組の王子様へ  あのとき救けてくれてありがとう』

 

「うう ~ん……」  

 

 女子達は困ったように眉を寄せる。

 ほとんど何の情報もない。

 それでもわずかなヒントは、眼鏡女子はA組の王子様に困ったところを救けられた事がある、という事だ。

 

「A組の王子様ねえ……」

 

「本人に訊けたらすぐわかるんだけど」  

 

「うう〜ん、悩ましい!」

 

 考えこむ耳郎の近くで蛙吹が言うと、ひなたも唸る。

 すると葉隠が口を開く。

 

「あの人、1年じゃないっぽいよね? 同学年ならわかると思うし」

 

「じゃあ2年か3年か~……えっ、先輩女子が後輩男子に告白……? ひゃあ、なんかすごくない……!?」  

 

 目を輝かせた芦戸の言葉に、女子達もハッとした。  

 違う学年ともなれば接点は格段に少ない。

 それを乗り越えて告白しようとしているのかと、女子達は想いを馳せる。  

 障害があればあるほど燃えるのが恋だ。

 そしてそれは、傍から応援する者もなぜか燃えあがる。

 

「すごい……! これは絶対にチョコを渡さないとだね!」  

 

 興奮気味の葉隠の言葉に、麗日達もうんうんと激しく同意した。

 

「それでは、A組の王子様をみつけなくてはいけませんわね。でも一体、誰なんでしょう……?」  

 

 八百万の言葉に、女子達は改めて考えこむ。

 麗日はパっと浮かんだ顔に、思わず焦るが、それとこれとは別だと頭を振って心の蓋に重しを乗せた。

 

「麗日……? もしや今……?」  

 

 それに目ざとく気づいた芦戸に、麗日は顔が見えなくなるほどブンブン首を振る。

 

「ちゃうねん……! ちょっと虫がいただけ!」

 

「ほほう……?」

 

「お茶子ちゃん、そんなに振ったら首が飛んでっちゃうわ」  

 

 心配そうな蛙吹に止められ、顔を振りすぎたお茶子がクラクラしている横で、葉隠が言った。

 

「王子様っぽいというと~……やっぱり轟くんじゃない!?」  

 

 挙げられた轟の名前に、皆が「あぁ~」と納得の声をあげる。  

 涼やかに整った面立ちは、確かに王子様を連想させるものだった。

 その証拠に、爆豪と一緒に仮免取得直後に(ヴィラン)を捕まえニュースのインタビューを受け、カッコいいと話題になったりしたらしい。

 

「轟さんならありえますわね」  

 

 八百万が深く頷く。

 その隣で耳郎が思い出したように言った。

 

「見かけだけなら、青山もけっこう王子様っぽくない?」  

 

 その言葉に、他の女子達から「あぁ~」とまた納得の声があがった。  

 キラキラの目にサラサラの金髪。

 優雅な身のこなしは王子様に見えない事もない。

 

「青山くんもありそう!」  

 

 葉隠が頷く。

 他の男子を思い浮かべるが、王子様っぽいとなるとこの二人に絞られた。

 

「んじゃ、とりあえず轟と青山に当たってみるという事で!」

 

「あくまで本命チョコの事は伏せて、A組の王子様だと確信できたら渡そう」  

 

 そう言う芦戸と耳郎に麗日が頷く。

 

「そやね。あの眼鏡女子先輩もきっとバレたくないやろし」

 

「それで、肝心の二人ってどこにいるのかしら?」  

 

 首をかしげる蛙吹に、葉隠が元気よく目の前の寮を指さし言った。

 

「青山くんなら、部屋にいるんじゃない? さっき、チーズ持ってエレベーター乗ってた!」

 

「ノン! 僕じゃないよ☆眼鏡女子を救けた覚えはないから」  

 

 チーズをくわえながら答えた青山に、女子達は次に轟に的を絞った。

 だが、部屋にはおらず、どこかに出かけているようだった。  

 そこで女子達は再び外へ出て、轟はジョギングでもしているのかもしれないと、ちょうどいいコースがある森林地区方面へ向かって歩き始めた。

 どこかのんびりとした休日の敷地内は、生徒達がトレーニングや散歩などして、それぞれ自由に過ごしている。

 

「でもさー、王子様っぽいってなんなんだろうね? フリルが似合いそうとか?」  

 

 耳郎のふとした疑問に、女子達はそれぞれ考える。

 

「ピラピラしてるのが似合うとか?」

 

「高貴っぽい?」

 

「バラが似合う?」  

 

「…紳士的で優しい人、とか、かっこよくて輝いて見える人、とか」

 

 ひなたが言うと、芦戸がふと立ち止まり、真剣な顔でハッとする。

 

「ちょっと待って……私、間違ってたかもしれない……!」

 

「どういう事?」  

 

 麗日に訊かれ、芦戸はいたく真剣な顔で皆に向かって力説する。

 

「A組の王子様っぽい人じゃなくて、あの眼鏡女子が言ってるA組の王子様っていうのは、眼鏡女子にとっての王子様って事でしょ!? つまり、容姿は関係ないんだよ! だって、好きになったら、その人が王子様って事でしょ……!?」 

 

「確かに……!!」

 

「いや、今更…?」

 

 芦戸の発言に麗日がハッとすると、ひなたは逆にきょとんと首を傾げていた。

 恋愛経験者のひなたにとっては、もし想いを寄せている女子がいるなら男は誰だって王子様になり得るというのは、至極当たり前の事なのだ。

 

「少女漫画でも、好きになったとたんにその人がキラキラ輝いて見えるじゃん!! あれだよ……!」  

 

 まだ恋をした事がない芦戸の恋愛の教科書は少女漫画だった。

 そして少女漫画はドラマチックなフィクションではあるが、キラキラに隠された泥臭い感情がベースになっている。

 常々、フィクションの中には、多大なるノンフィクションが含まれているのだ。  

 恋した人が輝いて見えるのは自然現象。

 それはつまり、確認した青山を除くA組男子全員が眼鏡女子の本命チョコの相手の可能性があるという事を示していた。  

 八百万が神妙に首を振った。

 

「私達が間違っていましたわ……恋とは心の目で相手を見る事なのですね……」

 

「こうなったら、全員に訊く他ないね!」  

 

 葉隠の言葉に麗日達が頷く。  

 こうして改めて女子達はA組男子を探して歩きだした。少しすると、向こうから歩いてくる上鳴と峰田がいた。

 女子たちは目を見合わせる。

 あくまでも本命チョコの事は伏せて訊く。

 とくに、チョコが欲しいと圧をかけてくる二人なので口を滑らせるわけにはいかないのだ。

 

「おー! 皆でどっか行くの?」  

 

 女子達に気づいて、嬉しそうに声をかけてくる上鳴。

 その横で峰田が「おっ……」と改まったように渋い表情を作って言った。

 

「……寒いから、風邪ひかないようにもっと厚着しろよ……?」  

 

「はいはい、気をつけるね」

 

 ふだんと180度違うが、下心スケスケな峰田の言動に、女子たちは薄目で対応する。

 しらじらしいが、万に一つでも眼鏡女子の本命の可能性があるかもしれないのだ。

 

「あのさ、二人に訊きたいんだけど……ここ最近、いや、少し前とかでもいいんだけど、眼鏡かけた先輩女子を救けたりした事ない……?」  

 

 さりげなく訊いた耳郎に上鳴と峰田が首をかしげる。

 

「眼鏡女子ぃ? いや~、ないけど」

 

「オイラもないな……それがどうかしたのか……?」

 

「あー、いやその、A組の男子に救けられたって女の子がいてさ、ちょっと探してるんだよね」

 

「そういう事なら、オイラも探すの手伝ってやるよ……」  

 

「気持ちだけで大丈夫」

 

 妙にカッコつけた峰田に女子達は、この二人はないな、と確信した。

 丁寧にしっかりとお断りする。

 すると上鳴がソワソワしたように訊いてきた。

 

「なーなー、チョコあんの?」

 

「いっぱいあるよー。ケーキにプリンにトリュフチョコに……」

 

「や ー、そういうんじゃなくて、こうバレンタインっぽいチョコ!」

 

「はぁ?」

 

「だってバレンタインじゃん! バレンタインには女の子からいっぱいチョコ欲しいじゃん! 両手で抱えきれないくらいの!」  

 

 素直な上鳴のおねだりに、耳郎たちがあきれたそのとき、後ろから「あ! いた ー!」と声がした。

 振り返ると数名の女子達がラッピングされたチョコレートらしきものを持って笑顔で近づいてくる。

 

「え、まさか、俺に……?」

 

「いや、俺に……?」  

 

 上鳴と峰田が期待に胸を高鳴らせる。だが、1年他科らしき女子たちがチョコレートを差し出したのは耳郎だった。

 

「へ? あたし……?」

 

「耳郎さんの歌、すっごくカッコよかった!」

 

「すっかりファンになっちゃった」

 

「だからもらって ー!」

 

「あ、ありがと」  

 

 耳郎がチョコレートを受け取ると、女の子達は嬉しそうに去っていった。

 

「……いや、お前がもらうのかよ!!」  

 

 悔し涙を浮かべながら、上鳴がツッコんだ。

 

「耳郎さんの歌声は素晴らしかったですわ」

 

「うんうん」

 

「ヤメテ」

 

「耳郎ちゃん、少し持つわ」

 

 上鳴の向かいで、八百万がと思い出したように深く頷く。

 麗日達にも頷かれて、耳郎はわずかに顔を赤らめた。

 蛙吹が耳郎が持っているチョコレートを手にしたその時、喉から手が出るほど羨ましい光景を目にした男の化けの皮が剝がれようとしていた。

 

「チョコ……チョコ……チョコ……」

 

「峰田くん……?」

 

「……そのチョコを寄こしやがれー 」  

 

 化けの皮が剝がれた峰田が、血涙を流しながら耳郎のチョコめがけて飛びかかる。

 

「なっ……!?」  

 

「きょーちん危ない!!」

 

 驚く耳郎。

 ひなたは、峰田の前に立ちはだかり、峰田の顔面に膝蹴りを喰らわせた。

 さらに蛙吹が舌を伸ばし、峰田を拘束した。

 

「なにするの、峰田ちゃん」

 

「……うるせえ~! なんでオイラじゃねーんだよ!? ここ一週間、親切にしまくってたのに~ 」  

 

「あっ、とうとうボロ出した」

 

 峰田が逆ギレすると、ひなたがツッコミを入れる。

 さっきの耳郎の光景がよほど羨ましかったのか、あるいは、下ネタを封印した一週間がよほどストレスになっていたのか、峰田の精神に限界がきたのだ。

 そして、限界がきた人間ほど怖いものはない。

 世間体も、プライドもかなぐり捨てて向かってくるからだ。

 

「チョコをよこせぇ~ 」  

 

 そう言って峰田は頭のもぎもぎを女子達に向かって投げ始めた。

 

「ちょっ、峰田くん!?」  

 

 峰田のもぎもぎはくっついたらしばらく取れない。

 しかしここには、峰田の“個性”を防げるひなたがいる。

 ひなたは、声で峰田のもぎもぎを吹き飛ばした。

 だがそれでも峰田は怯まない。

 “個性”がダメならと、ひなたの声で耳がやられるのもお構いなしに女子に向かってダイブしようとした。

 

「おい、峰田どした!?」

 

 上鳴も止めようとするが、当の峰田はもはや人ではなく、チョコを求めるチョコゾンビのようになっていた。

 

「チョコをよこせ~……!!」  

 

 その鬼気迫る顔に、女子達は総毛立った。  

 チョコレートとはこれほどまでに人を変えてしまう魔性の嗜好品なのか。

 いや、チョコレートにそこまで執着する意味がわからない。まったくわからない。  

 理解できないものを、人は本能的に恐怖する。

 

「お前ら、俺が止めてるうちに逃げろ……!」  

 

 上鳴が身を挺して峰田を押さえながら、女子達に叫ぶ。

 

「上鳴!?」  

 

 驚く耳郎に、上鳴がカッコつけようとサムズアップする。

 とたんに峰田に逃げられた。

 

「ウエッ?」

 

「アホ!」  

 

 その間に八百万が創造した捕獲用の網を、峰田に向かってバッと投げる。

 網にからみ取られた峰田だったが、その網を被ったまま女子達に向かってこようとする。

 

「チョ~コォ~……!!」

 

「ヒィッ」  

 

 それでもチョコを求めてくる峰田の姿に、麗日が思わず悲鳴をあげる。

 とにかくチョコゾンビと化してしまった峰田から逃れたい一心で、女子達はダッと駆けだした。

 

「峰田くんヤバイ!」

 

「人ならざる者でしたわ……!」  

 

「頭部を確実に破壊しなくちゃ…!」

 

 女子達は恐怖にかられるまま逃げて、いつのまにか校舎の近くへやってきていた。

 後ろを振り返るが、網と上鳴が足止めしてくれているのか、峰田が追ってくる様子はない。  

 ホッと息を吐く女子達。

 そこに声がかけられた。

 

「なんかあったのか?」  

 

 そこにいたのはB組の回原だった。一緒に円場、黒色もいる。  

 女子達は目を合わせてから、ごまかすように苦笑を浮かべた。

 代表して八百万が「いえ、ちょっと……」と答える。  

 チョコゾンビと化してしまった峰田だったが、それでもクラスメイトだ。

 A組の恥をさらすわけにはいかない。  

 思い出したように蛙吹が向かいにいた円場に言った。

 

「あ、そうだ。A組の男子をみかけてないかしら? 今、探してるのよ」

 

「え、男子? なら、少し前に轟が校舎に入ってったの見たけど……」  

 

「ケロ、ありがとう」

 

(…あ、もしかして硬くん、梅雨ちゃんの事…)

 

 少しドキマギしたように答えた円場に、蛙吹は笑顔で返す。

 そんな円場を見たひなたは、何かを察した様子で僅かに目を見開く。

 そして、女子達は校舎の方へと向かっていった。  

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。