女子達は、A組の王子様を探すため、校舎の方へと向かっていった。
その途中、トレーニング中の切島と瀬呂に会ったが、二人とも心当たりはない様子だった。
そして、少し歩いたところに他のクラスの女子達からチョコレートを渡されている常闇、障子、尾白がいた。
女子達は、思わず近くの木陰に身を隠す。
「わぁ! 三人ともチョコもらってる!」
「モテモテじゃん……!」
「特に尾白くんがすごい……!」
「でもよく見て。ほとんどチロルチョコとかだよ。多分義理」
麗日と耳郎と葉隠が興奮したように言う中、ひなたは冷静に言った。
尾白がダントツで多くチョコレートをもらっている。
しかし、よく見ると、そのチョコレートはどれもこれも小さいものばかりだ。
女子達の耳に、チョコレートを渡す女子達の声が聞こえてくる。
「こないだありがとー」
「ちょこっとだけど食べてね」
「あ、お返しはいらないから」
尾白達がもらっているのは、全部義理チョコだった。
「さっきからなんで隠れているんだ?」
最初から気づいていた障子に言われ、女子達はちょっと恥ずかしそうに近づく。
麗日とひなたが頭を搔きながら声をかけた。
「いやあ、皆がチョコもらってたから、ついつい!」
「うんうん! ちょっと気になって!」
「これが義理チョコというものなんですのね……」
興味深そうにチョコレートを見る八百万に、尾白は照れ臭そうに言う。
「落としたもの拾った子とか、傘貸した子とかからもらっちゃってさ」
そんな様子に、葉隠、障子、常闇が言う。
「尾白くん、普通に親切だもんね!」
「あぁ、尾白は普通に優しい男だ」
「そうだな、尾白は普通に人格者だ」
うんうんと頷く三人に、尾白は照れながらも困惑する。
「なんで皆、普通なしで褒めてくれないの……?」
すると常闇のなかから
「尾白は普通王だからダロー!?」
「なに、普通王って……」
「普通の中の普通! 最強の普通 ー!」
「普通、それがまっしーの最大で最強の魅力なんだよ…!」
「いや、褒められてる気がしない……」
落ちこむ尾白に、葉隠が考えながら言う。
「う~ん、じゃあ普通をとって~……わかった! 義理チョコ王だ! どう!?」
「よっ、義理チョコ王!」
「義理王!」
「義理チョコ王に俺もナルー!」
ノリのいい麗日と芦戸とひなたが囃し立てる。それに合わせて
「いや、褒められてる気がしない。あと相澤さん、しれっと『陸王』みたいに言わないでくれる…」
その時だった。
「チョ~コォ~……!!」
「「「ヒッ」」」
地の底から響く悪魔のような声に、女子達が震えあがる。
「チョコの匂いはそこか ー!」
いつのまにかチョコゾンビ峰田が、大量のチョコレートの匂いを嗅ぎつけてやってきていた。
ちなみに必死で止めていた上鳴は、もぎもぎと網にからめとられて動けなくなっている。
「峰田!? いったいどうし……わああ!?」
一番たくさんチョコを持っていた尾白に襲いかかる峰田。
だが、そのあからさまな義理チョコパッケージを見て興味を失ったようにケッと吐き捨て、ふと何かに気づいたようにクンクンと鼻をひくつかせた。
「一体何なの……」
よくわからないまま吐き捨てられた尾白が呆然とする前で、峰田が呟く。
「濃いチョコの匂いがする……」
そして匂いをたどるようにフラフラと歩きだした。
恐怖にかられていた女子達だったが、峰田の行方が気になり、障子達と一緒にあとをそっとついていく。
「チョ~コォ~……チョ~コォ~……」
そしてたどり着いたのは校舎裏だった。
「爆豪く……!」
麗日が思わず声をあげそうになり、自分で自分の口を手でふさぐ。
そこにいたのは他科の女子を前にした爆豪だった。
「あのっ……言わなきゃいけない事があって……」
他科女子はチョコレートが入っているような紙袋を手にしている。
他科女子の真剣な様子に、隠れてみていた麗日達は無言で視線を交し合い、興奮する。
バレンタインデーの告白だ。
「マジか」
「うわーうわー……! 告白だ……!」
「かっちゃんに告るなんて…勇者だ!」
「猛者だな……」
小声で驚く耳郎と大興奮の芦戸、ドキドキハラハラと見守るひなた、そして常闇がシリアスに呟く横で、峰田が小刻みに震えだした。
「本命チョコ……許っ羨……!!」
チョコは欲しいがもらっているヤツは許せない。そんな欲望と憎しみが峰田を悲しきチョコゾンビにさせてしまったのだ。
今にも爆豪に飛びかかりそうな峰田。
だが、真剣な告白の邪魔になってはいけないと、障子が峰田を確保し、その隙に八百万が創造したバンドで拘束し、ハンカチで口を塞いだ。
「むぐー」
「すみません、峰田さん……」
「ヤオモモ今のうちにクロロホルムとか作りなよ」
申し訳なさそうに謝る八百万に、ひなたが容赦なく言った。
しかし、こうでもしないと悲しきチョコゾンビが暴走してしまうのだ。
人目につかない木の陰に峰田を横たえたとき、後ろから声がかけられた。
「皆、こんなところでどうしたの?」
「珍しい虫でもみつけたのか?」
「デクくん! 飯田くん!」
また自分で自分の口を塞ぐ麗日達に、ジョギング終わりで通りかかった緑谷と飯田がきょとんとする。
すると他の皆は「シーッ」と指に口を当て、最前列へと二人を呼んだ。
「爆豪くんが告白されるかも……!」
「何の告白だ?」
「バレンタインデーなら、愛の告白しかないでしょーが……!」
「な、なんと……!」
麗日と芦戸から言われ、飯田が愕然とする。
皆が息を吞んで告白を見守るその前で、他科女子が意を決したように叫んだ。
「──あの! 開いてます……!」
「あぁ?」
「だから、ズボンのチャックが! 開いてます!」
指をさされた爆豪のズボンはチャックが全開だった。
「それじゃ、私は彼氏と待ち合わせしているのでこれで」
他科女子は安堵したような顔で、パッと立ち去っていった。
爆豪がチッと舌打ちしておもむろにチャックをしめるその後ろで、面々は顔をしかめ吹き出すのを必死にこらえていた。
「っ……いや、本当に告白かと思ったよ……」
「かっちゃん、見た目はいいのに言動がアレだから…」
そういう尾白とひなたに緑谷が言う。
「っ……意外かもしれないけど、かっちゃんはバレンタインデーに一個もチョコをもらった事がないんだ」
「マジで?」
驚く芦戸。
緑谷が続ける。
「小さい頃から女の子にも容赦なかったから。おばさんにも優しくしなって怒られてたんだけど、それで余計に女なんかめんどくせーって感じになっちゃって、確か義理チョコも一個ももらえなかったんじゃないかなぁ」
「──クソデク! 余計な事しゃべってんじゃねえ!!」
いつのまにか近づいてきた爆豪が、気づかずにしゃべっている緑谷に向けて爆破を放つ。
「クソな事しか言わねえ口は必要ねえなぁ!?」
「わわっ、やめてよ、かっちゃん!」
爆豪の爆破攻撃を緑谷はなんとかかわし続ける。
「爆豪くん! 訓練でもないのに爆破はダメだぞ!」
「そうやで、爆豪くん!」
「かっちゃんステイ!」
「うるせえ! 全部こいつが悪い!」
「え、なんかごめん!」
「てめえ、何が悪いのかわかってねえな!?」
激しさを増す爆豪と緑谷の攻防だが、本気なら今頃死闘になっているとわかっているクラスメイト達はニコニコと見守る。
入学当初はピリピリどころではなかった二人の関係が、やっと本当の幼馴染のようになってきているのが微笑ましいのだ。
「あ、そうだ。A組の王子様!」
ハッとする芦戸に、女子達も思い出す。
そして尾白と障子と常闇に眼鏡女子を救けた事があるかと訊いたが、三人とも心当たりはないとの事だった。
「緑谷ちゃん、爆豪ちゃん、ちょっといいかしら」
「え?」
「あ?」
蛙吹の声に、幼馴染の攻防がいったん休止された。
だが、緑谷と爆豪も眼鏡女子に心当たりはなかった。
ひそかにホッとする麗日。
質問に答えたあと、爆豪の眉間のしわがわずかに深くなる。
「……んで、なんでその女を探しとんだ」
「え? なんでって」
「その女が礼を言いたきゃ、自分で言いにくりゃいいだけだろが」
「そういえばそうだな」
他に理由があるんだろうという鋭い爆豪の言葉に、尾白達も気づく。
「おおかた、その女にチョコ渡してくれって押しつけられたんだろうが」
「えっ、なんでわかったの!」
大当たりの爆豪の言葉に、麗日が思わず反応してしまう。
なんとかごまかそうとしていた麗日以外の女子達が「あ ~」と落胆の声をあげた。
「ごめん~っ」
手を合わせる麗日に、八百万が声をかける。
「そこまで爆豪さんに見抜かれては、いたしかたないですわ。そうなんです。実は……」
八百万がこれまでの経緯を爆豪達に説明した。
聞いた男子達は、妙な感心の声をあげる。
「A組に王子様なんかいたか……?」
「隠れ王子……影の王子……闇の王子……」
「え、まさか常闇くんが……?」
「いや、違う。連想したまで」
「尾白、忘れてるって事はないのか?」
「ん~、ないと思うけど……」
「ちょっと思ったんだけど、無自覚に助けてたってケースはあり得るんじゃない?」
「え〜、そこまで行くとキリないじゃん!」
「しかし、その眼鏡女子先輩はよほどその王子様に感謝しているのだな! こうなったら我々も協力しよう! 困っている人を救けるのが、ヒーローだからな!」
「知るか」
飯田の言葉に爆豪が帰ろうとしたその時。
「何やってんだ?」
大きな段ボール箱を抱えた轟がやってきた。
「轟くん、どうしたの、それ」
「なんか知んねえけど、チョコが送られてきた」
「え! それ全部!?」
「あぁ、食いきれねえよな」
「すごーい!」
「流石天然イケメン…!」
轟が段ボール箱を地面に置いて上部を開ける。
中には色とりどりのかわいらしいバレンタインチョコがぎゅうぎゅうに入っていた。
麗日とひなたが感嘆の声をあげる。
「でも、何でいきなり知らねえヤツらから送られてきたのかわからねえ」
首をかしげる轟に、緑谷が言った。
「もしかして轟くんのインタビューを見た人達から送られてきたんじゃないかな? ほら、仮免取得後すぐにかっちゃんと二人で
「ああ! あれ結構話題になったもんね」
「あぁ! 爆豪くんが全カットになっていたアレか!」
「あぁ! そんな事もあったねぇ!」
「クソ眼鏡! 余計な事思い出させんじゃねえ!」
飯田とひなたが言うと、爆豪が飯田に吠えた。
「お、そうだ」
轟が思い出したようにポケットを探る。
そして中から小さなチョコレート菓子を三つ取り出した。
一個ずつ買える低価格の菓子だ。
「緑谷、飯田、相澤。これ」
そして、それを緑谷、飯田、ひなたに渡した。
「え、ありがとう」
「え、いいの? やったありがとう!」
「しかしなぜ?」
きょとんとする三人に、轟が言った。
「八百万に聞いた。バレンタインに友達にチョコをやるんだろ?」
「「轟くん……!!」」
「焦ちゃん…!!」
「轟さん……!」
感激に打ち震える三人と、轟に友チョコのことを教えた八百万が感動する。
それをドン引きで見ていた爆豪以外、ピュアすぎる友情の場面を微笑ましく見守った。
「なんか……友達っていいね」
葉隠の言葉に爆豪以外がうんうんと頷く。
ひなたは、笑顔で轟に手作りのカヌレを渡した。
「ありがとう焦ちゃん! はいお返し!」
「おぉ。ありがとな」
ひなたが轟にカヌレを渡すと、轟は少し驚きつつも受け取った。
すると緑谷と飯田がハッとする。
「ぼっ、僕、購買で同じの買ってくるよ!」
「俺も行こう! 友達チョコレートを買わなくては!」
そして緑谷と飯田は嬉しそうにダッシュで購買の方へと駆けていった。
轟はやわらかい表情でそれを見送る。
クラスメイト達は、誰にも心を開かなかった入学当初の轟の変化を感じて、なおさら笑みを深めた。
春になれば入学から一年になる。
時とともに、木々が芽吹き花が咲くように、人も変化していくのだ。
「そういえば轟さん、眼鏡をかけた女の先輩に心当たりはございませんか……?」
八百万が思い出して訊く。
事の経緯を説明すると、轟が思い出すように考えこんだ。
女子達は轟こそ王子様かと期待を膨らませる。
だが。
「いや、ない」
「そっか~」
率直に答えた轟に、女子達は落胆の色をみせる。
芦戸が気を取り直したように口を開いた。
「するとまだ訊いてないのは、砂藤くんと心操だけか」
「え、じゃあ二人のうちどっちかが王子様って事!?」
芦戸と麗日が言ったその時、校舎から心操が出てきて声をかけてくる。
「何やってんだお前ら」
声をかけて歩いてきた心操は、紙袋を片手に持っていた。
中には見るからに手の込んだチョコレートが入っていて、どれもどう見ても本命だった。
皆の様子が気になって声をかけてきた心操に、芦戸が声をかける。
「心操! どうしたのそれ?」
「ああ、さっき相澤先生に渡された。先生が預かってくれたらしくてさ」
(((流石天然ジゴロ…!!)))
心操がサラッと言うと、女子達は心の中でツッコミを入れる。
顔も性格も良い心操は、当然のようにモテた。
今朝も下駄箱や机、ロッカーの中、至る所にチョコレートが入っていたのだが、本人に直接渡さずに至る所にチョコレートを詰め込む女子達に痺れを切らした相澤が全て回収し、心操にチョコを渡そうとたむろしていた女子達を『後でまとめて渡しといてやるからここに入れろ』と一喝して職員室の前に紙袋を置いていったのだ。
非合理の極みだと愚痴っていた相澤だったが、チョコ自体を禁止しないあたり、何だかんだで甘いところがあった。
「ひー君、こんなにチョコ貰っちゃって! 僕というものがありながらっ! この色男! 伊達男! 二枚目!」
「痛いってば。褒めながら殴るな」
自分以外の女子にモテている心操を、ひなたがポカポカ叩くと、心操が痛がる。
そんな中、麗日が心操に尋ねる。
「あっ、そうだ心操くん! 眼鏡女子の先輩を助けた事ない?」
「眼鏡女子?」
麗日が尋ねると、心操はきょとんとした。
女子達は、その女子の特徴や、女子がお礼を言う為にA組の男子の中の誰かを探しているという事を伝えた。
「なるほどな………あ」
心操は、思い出したように小さく声を漏らす。
顔を上げた心操に対し、耳郎が尋ねる。
「心当たりあんの?」
「ああいや、ちょうど3日前くらいかな…廊下歩いてたら、すれ違った先輩がハンカチ落としたから拾って返した事はあったけど…でもこれって救けたうちに入るか?」
「いえ、人に感謝されるような事をしたのなら、十分立派な人助けですわ!」
「う〜ん…」
「え、じゃあ何? A組の王子様は、心操くんだったって事!?」
葉隠が言うと、心操は片眉を上げて肩をすくめる。
若干腑に落ちない様子の心操だったが、今までの情報だと他に思い当たる男子もいないため、A組の王子様は心操だったという結論になった。
すると時、再び地獄の底から響くような声がした。
「チョ~コォ~……!!」
「峰田くん!?」
そこにはいつの間にか拘束を解いたチョコゾンビ峰田がいた。
クロロホルムを嗅がせて気絶させたはずのチョコゾンビブドウに、ひなたは思わず一歩退く。
「な、何で…!? クロロホルム嗅がせたはずじゃ…!?」
「……轟…心操……おめーらには何の恨みもねえ……だが、本命チョコをもらったヤツは生かしちゃおかねえ……!!」
「どうした、峰田」
「恨みありまくりじゃねえか」
「うるせえ〜!!」
何の事だかわからない轟と、私怨まみれの峰田にツッコミを入れる心操だけではなく、峰田は四方八方にもぎもぎを投げつける。
「落ち着いて、峰田くん!」
麗日達があわてる中、爆破で飛んでもぎもぎをかわした爆豪が空中から、少し離れた場所にいた人物に気づいた。
「──あ?」
峰田は轟へも、もぎもぎを投げつけるが、轟は小さな氷結でそれを防ぐ。
心操へと投げつけられたもぎもぎは、ひなたが心操を庇う形で前に出て全て消し飛ばした。
「あかんよ、峰田くん! チョコならごはんの後、いくらでも食べられるから!」
「俺は……俺は……俺は本命チョコが欲しいんだよぉ…… 」
血涙を流しながらの峰田の必死さに、女子達はどうしたものかと躊躇する。
恐怖の正体は、意外と単純なものかもしれない。
そして知ってしまえば、忌み嫌う事は難しい。
一生懸命生きているものは、なんだかんだかわいいのだ。
その時、爆豪が皆に声をかける。
「おい、眼鏡女子ってこいつじゃねーのか」
「え? ……あぁ〜!!」
女子達が、爆豪が親指で指した女子生徒に驚く。
まさしくチョコを渡してきた眼鏡女子先輩だった。
「す、すみません! 途中でA組の王子様を見かけて、つい……」
「A組の王子様って……」
「じゃあこの中に!?」
恥ずかしそうに頷く眼鏡女子先輩に、女子達はドキドキしながら男子達を見回す。
一体、この中の誰が王子様なのかと固唾を飲んで見守る。
芦戸が、ハッと気づいて、持っていたチョコを眼鏡女子先輩に渡した。
「自分で渡してください……! がんばって……!」
女子達が励ますようにうんうんと頷く。
それに背を押されたように、眼鏡女子先輩はそっとある男子に向かって歩きだした。
ひなた達は、完全に心操に渡すものだろうと思い込んでいた。
だが女子は、心操の横を素通りした。
そして、意外な人物の前で止まる。
「へ……? オイラ……?」
緊張した様子の眼鏡女子先輩が止まったのは峰田の前だった。
「あの、一週間前下駄箱で救けてもらったんだけど……覚えてないかな……? あの時、転んで眼鏡落としちゃってて……そうしたらキミが、大丈夫ですか、お嬢さん……って手をとってくれて……」
呆然としていた峰田がハッとする。
「──あの時の!」
「私、あんなベタな事言われたの初めてで……それからずっと気になっちゃって……だから、もしよかったら私の気持ち、受け取ってください……っ」
「「「ひゃ~!」 」」
真っ赤な顔でチョコレートを差し出す眼鏡女子先輩に、女子達が小さな黄色い悲鳴をあげながら身もだえする。
「…………あ、あの……?」
だが、いつまでたっても峰田は受け取ろうともしない。
戸惑う眼鏡女子先輩に、1年A組女子達。
近づいてみると、峰田は歓喜のあまり気絶していた。
クロロホルムを嗅がせても起き上がってきたチョコゾンビこと峰田は、女子から本命チョコが貰えたのが嬉しすぎて昇天していた。
「峰田っ、起きなよ! ほら、念願の本命チョコだよ!?」
「ほら起きろちゃんと受け取って噛み締めろそんでもってその味を二度と忘れるな!」
芦戸に揺さぶられ、ひなたに頬を往復ビンタされ、峰田がハッと目を覚ます。
そして差し出されたチョコレートと、眼鏡女子先輩を交互に見ながら、今度は普通の透明な涙を流した。
「ほ、本当にオイラにチョコを……?」
眼鏡女子先輩が恥ずかしそうに頷く。
「オイラのことがす、すすすす好きという事で……!?」
「す、好きというか気になってて……だからまず友達になれたら……」
その時、峰田の頭の中に謎の方程式が現れた。
本命チョコ+まず友達から=そのうちつき合える=長年妄想していたあんな事やこんな事が本当にできる
峰田は自分のなかで勝手に成立した式に吞みこまれた。
「──とりあえず、いますぐオイラの部屋に行きましょう……!! なんならそこの林の陰でも!!」
「は?」
「おい峰田…そろそろやめといた方が…」
突然のことに驚く眼鏡女子先輩の前で、峰田は鼻息荒く血走る目で、だらしなく口を開けた。
心操が顔をひくつかせながら峰田を止めようとするが、峰田は聞く耳を持たなかった。
「◇×※★■▽! ◎▲♯◆♯!? ☆**△して◎◎まで×■■!!」
あまりにも酷い下ネタの数々に、心操はひなたの両耳を塞いでそっぽを向かせた。
この世の全ての下ネタを煮詰めて凝縮させたR80の鬼のようなド下ネタを言い続ける峰田に、眼鏡女子先輩の顔がドン引きしていく。
そしてあわあわと見守る事しかできないA組の面々の前で、般若のような顔に変化していった。
「──そんな人だと思わなかった!! もう二度と声かけてこないで!」
「ぶはぁっ……!」
眼鏡女子先輩は下ネタを話し続ける峰田の横っ面にビンタをかまして、チョコレートを奪って走り去った。
そのビンタでハッと我に返った峰田は、慌てて眼鏡女子先輩の後を追おうとする。
だが、渋い顔の女子達がそれをそっと止めた。
「峰田くん、告白直後のド下ネタはあかん」
「峰田サイテー」
「あんたの事一瞬でも応援したいって思った僕が馬鹿だったよ」
半眼の麗日と芦戸とひなた。
蛙吹が小さく首を振る。
「完璧フラれたわね」
「へ? いや、でもオイラを好きだって……」
何が起こったのかわからず、きょとんとしている峰田に、耳郎と葉隠と八百万が呆れたように言う。
「いや、今、完璧に嫌われたよ」
「女の子はねー、いったん嫌いになると、とことんまで嫌いになるからね」
「峰田さん……一世一代のチャンスを逃しましたわね……」
女子からの辛辣なアドバイスに、峰田が愕然とし、そして灰になった。
「ウソ……だろ……」
生きた死体となった峰田。
だが、その時峰田に慈愛に満ちた声がかけられた。
「峰田……元気出せよ」
「砂藤くん?」
そこにやってきたのは、かわいくラッピングされた箱を手にした砂藤だった。
「ほら、これやるよ」
そして、少し照れくさそうに峰田に渡す。
何だ何だと皆が集まる前で、峰田が箱をあける。
中身は、クリームで描かれた峰田の似顔絵の横に『大好き♡』と書かれているハート型のチョコレートだった。
「本命チョコは貰えねえだろうなと思って作ってみたぜ。お前の好きなグレープ味だ」
へへっと得意げに笑う砂藤。
「本命チョコじゃん!」
「よかったねえ!」
「やったなぁ峰田ぁ!」
皆が峰田を励ますが、峰田が涙目で絶叫した。
「オイラは……オイラは女子からもらいたかったんだよ〜!!」
アホらしいと爆豪が舌打ちしながら、一足先に寮へと戻っていく。
人目もはばからずおおんと号泣する峰田のあまりに不憫な姿に、女子達の顔がわずかにやわらいだ。
「チョコ食べたら元気になるよ!」
「美味しいわよ」
葉隠と蛙吹がそう言うそばで、芦戸と麗日とひなたもうんうんと頷く。
「しょうがないなぁ、私の分のチョコプリンあげるから泣きやみなよ」
「じゃあ私はチョコアイスあげるから、ね? 元気出そ!」
「峰田カヌレあげる」
峰田を憐れんだひなたは、綺麗にラッピングされたチョコカヌレを渡した。
八百万と耳郎も声をかけた。
「峰田さん、先ほど、一世一代のチャンスを逃したと言いましたが、訂正しますわ。生きていれば、どんな可能性もあります」
「そうそう。そのうち、本命チョコくれる子が現れるよ。……多分」
こうしてA組の王子様捜索は幕を閉じた。
A組のバレンタインパーティはこれからだ。
かつてチョコレートは媚薬だった。
もしかしたら恋が芽生える事もあるかもしれないが、それは神のみぞ知る。
◇◇◇
その後A組寮では、ひなた達が作ったチョコレートでチョコレートパーティーが開かれた。
寮に戻ろうとした時にひなたが影山に高級チョコを貰い、せっかく機嫌を直した峰田が血涙を流してもぎもぎを投げつけたが、それを憐れんだ女子達に優しくされ峰田の心はチョコレートのように優しく溶かされた。
轟と心操が貰った大量のチョコも全員でシェアされ、峰田は人の褌ならぬ人の本命チョコを血涙を流しながらやけ食いしていた。
ひなたは、クラスメイトに手作りチョコカヌレを配った。
だが本命はまだ渡していない。
全員が部屋に戻り、就寝時間まで各々勉強したり明日の授業の準備をしたりして過ごす午後9時半。
心操が明日の為の予習をして過ごしていると、コンコンとドアを叩く音が聞こえる。
ドアを開けると、顔を真っ赤にしたひなたがもじもじしながら立っていた。
「あ、突然ごめんね…あのね…ひー君…ちょっと今日、お話ししない?」
「ああ、うん…」
ひなたが恥ずかしそうに唇をモニョモニョさせながら言うと、心操はひなたを招き入れる。
八百万に教えてもらった淹れ方で紅茶を入れ、ひなたに差し出した。
心操に招かれクッションの上に座ったひなたは、背中に紙袋を隠し持ったまま胸をバクバクと高鳴らせる。
(ヤバい、どうしよう…! こういう時、何言って渡せばいいのかわかんないよ…!)
「?」
胸をバクバク鳴らすひなたに、心操は首を傾げる。
ひなたは、本命のチョコを持ってきていたのだ。
だがいざ渡すとなると、どんな顔をして渡したらいいかわからなかった。
だがそんな中ひなたは、峰田が先ほど眼鏡女子先輩から奪い返されてしまったチョコを何故か心操が持っている事に気がつく。
「あれ、それ確かさっき峰田が貰ったチョコじゃなかった? 何でひー君が…」
「ああ、それね。……例の眼鏡女子先輩がさ。峰田があんな奴だったのがよっぽどショックだったんだろうな。さっきちょっと勉強の息抜きに外の空気吸おうと思って外出たら、ベンチで泣いてるの見ちゃって…」
心操は、事の経緯をポツポツと話し始めた。
眼鏡女子先輩はあの後、峰田にR80モノの下ネタを言われたのがよほどショックだったらしく、人知れず夜道で泣いていたのだ。
エロブドウのせいで淡い初恋が終わった事も、そのせいで涙を流した事も、クラスメイトには知られたくなかったのだろう。
そんな眼鏡女子先輩を憐れんだ心操は、自分で飲むつもりだった缶コーヒーを眼鏡女子先輩に渡しながら「大丈夫ですか」と声をかけたのだという。
その後、眼鏡女子先輩の愚痴を聞きながらも峰田の愚行を代わりに謝罪し、A組もああいう奴ばかりではないと伝えたのだが、そこから話がこじれてしまったのだ。
「あの先輩、俺がハンカチ拾って渡したの覚えてたらしくて。急に『本物の王子様は君だった』って言われて、ちょっとどうしたらいいかわかんなくて」
「それはただ惚れやすい体質なだけなのでは…?」
心操がぶっちゃけると、ひなたがツッコミを入れる。
峰田に失望した後で心操に優しくされた眼鏡女子先輩は、今度は心操に気持ちが向いてしまった。
初恋の相手に幻滅させられた眼鏡女子先輩は、最低な思い出を忘れる為、エロブドウを記憶から抹消し、初めから自分にとっての王子様は心操だったと思い込む事にしたのだ。
とりあえず心操は、ひなたとの交際を理由に眼鏡女子先輩からの告白を丁重にお断りしたが、眼鏡女子先輩は、本日二度目の失恋がよほどショックだったらしく、峰田から奪い返したチョコをベンチに置いたまま寮に戻ってしまったのだという。
自分で振った後で「これ忘れてますよ」などと言ってチョコを届ける気にもなれず、かといって捨てるのも勿体無いのでとりあえず寮に持ち帰ったのだが、流石にクラスメイトの前で眼鏡女子先輩のチョコを開封するのは憚られたので、自分でこっそり処分する事にしたのだ。
「…てなわけでさ。悪いけど、クラスの皆には黙っといてくれない?」
「うん…これ以上話拗れても気の毒だしね」
心操が言うと、ひなたはコクリと頷く。
事の顛末を聞いたひなたは、思わず眼鏡女子先輩に同情してしまっていた。
眼鏡女子先輩のチョコは、そのあまりにも哀しい裏話と共に、二人で分け合って飲み込んだ。
眼鏡女子先輩の初恋が詰まったチョコは、ほろ苦い味がした。
「…あと少ししたらさ、入学してから1年経つんだよな。あっという間だったな」
「うん、そうだね」
心操が言うと、ひなたが頷く。
ひなたは、心操の横顔を見て、何を伝えてチョコを渡せばいいのか考えた。
余計な事を言わずに、出会ってくれた事、ずっとそばで支えてくれた事への感謝を伝えようと決めた。
「1年間、一緒にいてくれてありがとう。これは僕からの気持ち」
ひなたは、満面の笑みを浮かべながら心操にラッピングされた箱を渡した。
ひなたに箱を渡された心操は、きょとんとする。
「…え? これを、俺に?」
「食べて、今ここで感想聞かせてください」
「……ありがとう。いただくよ」
心操は、嬉しそうにはにかみながら渡された箱の包装を開けた。
中には、チョコレートのグラサージュが美しいケーキが入っていた。
中身を見た心操は、嬉しそうに「おっ」と目を見開く。
ふとひなたの方を見ると、顔を赤らめながらじっと見つめていた。
心操は、少し緊張しつつも、ケーキをフォークで切って取り皿に運んだ。
「いただきます」
心操は、皿に取り分けたケーキをさらに一口サイズに切って口に運んだ。
ケーキの断面は、綺麗なダミエ柄になっていた。
ほろ苦いビターチョコのパウンドケーキと甘いホワイトチョコのパウンドケーキが絶妙にマッチし、アプリコットジャムの微かな酸味が2種類のケーキの味を引き立てていた。
心操がケーキを食べると、ひなたはその様子をじっと見守る。
「…うん、美味い。中身がダミエ柄になってんのが面白いし」
「そう? 良かった!」
心操が正直な感想を言うと、ひなたはパァッと表情を明るくする。
「これ、どっかで買ってきてくれたのか?」
「ううん。僕の手作り」
心操が尋ねると、ひなたはふるふると首を横に振った。
すると心操は、きょとんとした表情を浮かべる。
「え、嘘だろ? これを、お前が?」
「へへへ、僕だってやればできるんだから」
心操が驚いていると、ひなたは少し自慢げに微笑んだ。
無邪気な笑顔を見て、心操は思わず笑みをこぼす。
「ありがとな。また作ってくれる?」
心操が微笑みながら言うと、ひなたは触角をピンと立てながら目を見開き、力強く頷いた。
「もちろん、何回だって作るよ! 今度はもっと美味しいの作るから!」
ひなたが満面の笑みを浮かべて言うと、心操は微笑みながらひなたの頭を撫でた。
ひなたは、顔を真っ赤にしながらモニョモニョと唇を動かしていた。
心操は、残ったケーキを見てすっくと席を立つ。
「あ、ちょっと待って。取り皿取ってくるから」
「え?」
「だって、一緒に食った方が美味いだろ」
心操が言うと、ひなたは触角をピコピコさせた。
心操が取り皿を取りに行ったその時、ジジがひなたの持ってきた紙袋に擦り寄ってくる。
どうやらまだ中に何か入っているのに気付いたようだ。
「みゃー」
「あっ、そうだジジ! 君にもプレゼント持ってきたんだ! はい!」
そう言ってひなたは、綺麗にラッピングされたトリュフチョコのようなものを取り出す。
ジジへのプレゼントには、目印に肉球のシールがついていた。
すると、ちょうど取り皿を持ってきた心操がひなたに声をかける。
「ちょっと待て。それ、チョコレートか?」
「あはは、まさか。トリュフチョコ風鶏団子だよ。外側にマタタビとキャロブをブレンドした粉がまぶしてあるの」
「なら良かった」
ひなたが微笑みながらラッピングを剥がしてジジに鶏団子を与えると、心操は安堵の表情を浮かべる。
チョコレートは猫にとって毒なので、万が一にもひなたが与えていないかと心配したが、その辺はひなたもわかっているのできちんと猫用のプレゼントを用意していた。
心操がひなたの分の取り皿を持ってきたので、二人で一緒にケーキを食べた。
「これ、ジャムか何か塗ってあんの?」
「うん、そう! アプリコットジャムが塗ってあるの」
心操が尋ねると、ひなたが笑顔で答える。
元々美味しいケーキだったが、二人で一緒に食べるとより美味しく感じられた。
「ひなた、口にチョコついてる」
「ん」
心操がひなたの口の端についたチョコレートを拭き取ると、ひなたは顔を赤くした。
恋人と一緒に過ごす初めてのバレンタインは、楽しいひとときとなったのだった。