抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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今日はひーちゃんのお誕生日です。
何とか間に合った………
でもひーちゃんちょっとしか出てこないっていう…







ダツゴク編
消えない罪


 家族やホークス達との話を終えたエンデヴァーは、相澤の病室の前に立っていた。

 エンデヴァーが相澤の病室をノックしようとしたその時、ちょうど売店から戻ってきたひなたが話しかける。

 今は簡単に顔を出せない状況になっているため、パーカーのフードを被りマスクをつけて変装していた。

 

「あら、エンデヴァーさん」

 

「相澤…」

 

 ひなたが声をかけると、エンデヴァーがわずかに目を見開く。

 ひなたは、少しあたふたした様子でエンデヴァーに事情を話した。

 

「あっ、と…父と話をしに来たんですよね。今は調子よさそうなので、ちょっと話せないか確認してきますね」

 

「おい」

 

「お父さーん! エンデヴァーがお父さんと話したいって! あ、あとゼリー買ってきたよ! お父さんの好きなマスカット味のやつ!」

 

「大きい声出すな傷に響く」

 

 ひなたが病室の相澤に声をかけると、相澤がツッコミを入れた。

 しばらくして、ひなたと、見舞いに来ていた山田が病室から出てくる。

 山田は、若干気まずそうに『どもっス』とエンデヴァーに声をかけてから相澤からの返事を伝えた。

 

「今調子良いので大丈夫だそうです。できれば二人きりで話したいって…」

 

「そうか。気遣い感謝する」

 

 山田が言うと、エンデヴァーは山田に一礼し、山田はひなたを連れてA組の生徒の見舞いに行った。

 二人が去っていくと、エンデヴァーは病室のドアを開けた。

 相澤の病室には、合理的な彼らしく必要なもの以外一切置かれていなかった。

 

「失礼する」

 

「エンデヴァーさん」

 

「思ったより元気そうで何よりだ。話を……」

 

 相澤と話をしようとするエンデヴァーだったが、ふと相澤の手元に視線を移す。

 病室のベッドで休んでいた相澤は、授業に使う資料や生徒の能力や性格が記載された記録帳を読んでいた。

 退院して雄英に復帰した時、いつでも教え子を教え導けるように、自分に出来る事を考えていた。

 

「こんな時にも仕事か。教育熱心だな」

 

「いえ…これくらいしか今やる事がありませんから。それで、お話とは?」

 

 相澤は、エンデヴァーに本題を尋ねる。

 するとエンデヴァーは、真剣な面持ちで話し始めた。

 

「君の弟の件だ。本当に申し訳ない」

 

 エンデヴァーは、自分の部下が原因で零凪が道を踏み外した事を、深々と頭を下げて謝罪した。

 

「俺の未熟さが、幼い少年の未来を奪ってしまった。俺が力に溺れるあまり、きちんと周りに目を凝らさなかったせいだ。俺は、零が自ら暴露するまで、俺の部下が君の弟の死に関与していた事を知りもしなかった。俺が君の家族を壊したも同然だ」

 

 エンデヴァーは、零凪が道を踏み外す原因となった男を見張らなかった事を相澤に謝った。

 一生非難され続ける覚悟で、誠心誠意謝罪をした。

 だが相澤は、一切怒りを表情に出す事なくエンデヴァーに話しかけた。

 

「頭を上げて下さい、エンデヴァーさん。そりゃあ、あなたに責任が全く無かったとは思いません。ですが、責任があったのはあなただけじゃない。俺だって、零凪をいじめてた奴が親にやらされてた事も、零凪がヒーローに見捨てられた事も、全部あいつ自身の告発で知りましたから。今思えば、あいつの死は不自然な点だらけでした。なのにあいつの死に隠された真実に、俺自身が気付こうとしなかったんです」

 

 非難される事を覚悟していたエンデヴァーだが、相澤はあっさりとエンデヴァーを許した。

 何も知らなかった自分にも非がある事、そして今ここでエンデヴァーを責めてしまったら過去の悲劇が繰り返されてしまう事に彼自身が気付いていたからだ。

 

「エンデヴァーさん。俺は、何があってもこれからのあなたを見続けます。その代わり、全てをお聞かせ願えますか」

 

 相澤は、真剣な表情でエンデヴァーに言った。

 するとエンデヴァーは、零凪を死なせた男を事務所に引き入れた経緯から話し始めた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 俺が事務所を設立してすぐの事だった。

 かつての級友が、俺を飲みに誘うなりいきなり俺に仕事の話を持ちかけてきた。

 学生時代は、『アッシュ』というヒーロー名で活動していた男だった。

 

「炎司! 俺を事務所に入れてくれ! お前と俺が組めば、あのオールマイトだって超えられる! 俺は、お前と一緒にトップを獲りたいんだ!」

 

 力や名声を渇望する男だった。

 奴は俺を好敵手と認め、俺も奴を侮れない相手として見ていた。

 相応の才能と実力を持ち、ヒーローとしても優秀だった。

 当時即戦力が欲しかった俺は、少々思うところがありつつも奴を事務所に引き入れた。

 奴は俺のサイドキックとしてよく働いた。

 だが、俺がトップ10入りしてすぐの事だった。

 

「やめるだと…?」

 

「お前には言ってなかったっけか。事務所の設立の目処が立ったんだ。資金も集まったし、今が転機だと思ってな」

 

 奴は、突然俺の事務所を抜けると言い出した。

 独立する為の金が溜まったから、地元で事務所を設立する事にしたらしい。

 実績を積んだサイドキックがそこから独立する事自体は、大して珍しい事ではなかった。

 だが、何かが引っかかった。

 

「それによ、お互い嫁さんと子供がいるんだ。お前にはお前の家庭がある。いつまでもお前に頼りっきりってわけにもいかんだろ」

 

 そう言って奴は事務所を出て行き、近いうちに地元に事務所を建てた。

 奴には、燈矢と同い年の一人息子がいた。

 ちょうど冷と奴の妻の出産予定日が近いから、何か祝いの品を用意しようなどとサイドキック同士で話しているのを聞いた矢先だった。

 俺と一緒にトップを獲ろうなどと言っていた男が、子供ができただけでこうも簡単に心変わりするものなのかとは思ったが、その時の俺は特に奴を咎める事はしなかった。

 ここで奴を問い詰めるべきだったのだが、当時の俺はオールマイトを超える事に必死で、奴を問い詰めている余裕も無かった。

 だが、それが間違いだった。

 

「告訴できないだと!?」

 

「まあできなくはないですが、警察は動かないでしょうね。何分決定的な証拠がありませんから。今から事務所に押しかけて調査を強行したとしても、もう何も出てこないでしょう。むしろ名誉毀損だとか難癖つけられてそちらが慰謝料を払う羽目になるかと」

 

「ぐ……」

 

 奴が事務所を去った途端音信不通になった事、そしてサイドキックからの報告書の金額が合わないという報告を聞いて、俺は確信した。

 奴は報告書の金額を偽装し、横領した金で私腹を肥やしていたのだ。

 全ては把握し切れていないが、他にも俺が見ていないところで悪事を働いていた。

 俺は、奴を逮捕する為、奴の悪事を確信してすぐに警察や法律事務所に相談したが、決定的な証拠が無ければ何もできなかった。

 

 奴は、最初からこうする気だったのだ。

 奴は初めからトップを獲る気など無く、楽して安定した地位と富を得てちやほやされたいだけだった。

 オールマイトは大物すぎて声もかけられないから、元同級生で話しかけやすい俺に話を持ちかけたんだ。

 奴がすぐに俺の事務所を出て行ったのも、おそらく俺に断罪されるのを恐れたからだろう。

 証拠が無い俺には、奴を糾弾する事はできなかった。

 俺が真相に辿り着く前に悪事の証拠を徹底的に消し、その上で逃亡を図ったのだ。

 もっと俺が奴を注意深く見張っていれば、すぐに気付けた事だった。

 そもそも、奴の性根がここまで腐っているとわかっていれば、事務所に入れたりなんかしなかった。

 だが俺は、オールマイトを超えるという野望のあまり、目が曇ってしまった。

 これが俺の犯した罪だ。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「俺が知っているのはここまでだ。奴が具体的に零凪くんに何をしたのかまでは…申し訳ない」

 

 エンデヴァーは、自分の無力さに眉を顰めながらも、相澤に全てを話した。

 すると相澤は、目元を掻きながら言った。

 

「……僭越ながら、奴の裏切りに関しては防ぎようがなかったかと。奴は、元クラスメイトだったあなたに擦り寄り、どこまでも狡猾に、慎重に、反逆の準備をしていた。おまけにあなたは、オールマイトを超えるというプレッシャーによって精神的に余裕がなかった。当時のあなたが気付けなくても何ら不思議はない。奴は、あなたの精神状態を誰よりも早く見抜き、そこを突いたんでしょう」

 

 相澤が言うと、エンデヴァーが口を固く噤んだ。

 当時のエンデヴァーは、より強い“個性”を手に入れる為冷と“個性”婚をしたという事実はあったが、身内の愚行を咎めるなど、むしろ人間性は至極真っ当だった。

 それでも、自分の目が行き届かない程の小さな悪意には気付けなかった。

 それ程までに、零凪をいじめたヒーローが、『エンデヴァーのサイドキック』を上手く演じていたのだ。

 

「それに仮に気付けていたとしても、奴の裏切りが少し早まるだけで何も変わっていなかったかと。どのみち、奴を糾弾する為の証拠は消されてたでしょうから。いくらトップヒーローといえど、証拠が無ければ何もできません。現に奴は、零が自ら暴露するまで、零凪へのいじめを周囲に隠し通していました。それだけ奴の方が上手だったって事ですよ」

 

 相澤は、ふぅとため息をつくと、ベッドから足を下ろし、ベッドの上に座った状態で口を開いた。

 

「今度は俺がお話しする番です。零凪の事、俺達の過去を」

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 俺には、8歳下の弟がいた。

 零凪は、かつては純粋にヒーローに憧れる普通の男の子だった。

 零凪は俺よりもずっと才能があったから、父さんと母さんからも愛されていた。

 俺の自慢の弟だった。

 

「えへへー、兄ちゃん大好き!」

 

「零凪は本当にお兄ちゃんが好きね」

 

「おいおい、父さんとは遊んでくれないのかよ?」

 

 零凪は、俺に一番懐いてくれていた。

 零凪は5歳になっても“個性”が出なかったが、父さんも母さんも、優秀な零凪の事だからすぐに出るだろうと楽観していた。

 俺の場合は突然変異で『抹消』という“個性”が出たが、零凪も父さんか母さんの“個性”のどちらか、或いは二人の“個性”の性質を併せ持った複合“個性”が出るはずだった。

 

「零凪。誰かが困ってたら助けてやれる人になろうな」

 

「うん! やくそくする!」

 

 俺は零凪が赤ん坊の頃からずっとあいつを近くで見てきた。

 俺は、たった一人の弟の零凪を誰よりも愛していた。

 この時はまだ、互いに約束し合った未来は明るいものになるはずだった。

 

「兄ちゃん! アレやって! 『抹消』!」

 

「………」

 

 零凪は、よく俺に“個性”を見せてほしいとせがんできた。

 零凪はまだ“個性”が出ていなかったから俺が視ても何も変わらないはずだったが、俺が“個性”を使うところを見るのが好きだったのか、俺が“個性”を使うたびに大喜びしていた。

 

「兄ちゃんの“個性”、カッコいいなあ!」

 

「そんな事無いよ。人の足引っ張る事しかできない“個性”だってよく言われる」

 

「カッコいいよ! だって、どんなに強くて危ない“個性”の(ヴィラン)がいたって、兄ちゃんがいれば止められるでしょ!? それってすごい事だと思う!」

 

「零凪…」

 

「あのね、ぼく、ヒーローになりたいんだ! オールマイトみたいなヒーローになって、困ってる人を助けたいんだ! ぼくにもカッコいい“個性”出るかなあ!」

 

 俺は、自分には無いものを持っている零凪の将来に期待していた。

 零凪の“個性”を確かめに病院に行くまでは、零凪がいずれ俺が辿り着けないような場所へと辿り着いてくれるだろうと信じていた。

 そして自分もヒーローを志しつつ、将来弟がトップヒーローになる日を夢見ていた。

 だが、現実は残酷だった。

 

 

 

「出ないでしょうな」

 

 医者に言われた言葉を飲み込めずにいる零凪を他所に、医師はレントゲン写真を見せながら淡々と事実を告げた。

 

「零凪くんには足の小指の関節が二つあった。“無個性”に見られる特徴だよ。たまに歳取ってから出たりするケースもあるようだけど…まあ諦めた方がいいと思うね」

 

 医者が言うと、零凪は絶望の表情を浮かべてオールマイト人形を見つめた。

 零凪は、唇を噛みしめて目に涙を溜めて肩を震わせていた。

 母さんは零凪が“無個性”だと告げられたショックで泣き出し、父さんも信じられないものを見るような目を零凪に向けた。

 

「兄ちゃん…ぼく、大丈夫だよ。全然、大丈夫だから…!」

 

 零凪は、涙を堪えながら精一杯の笑顔を浮かべていた。

 その日から零凪は一切弱音を吐かなくなり、ひたすら鍛錬や勉強に打ち込むようになった。

 人一倍賢い零凪は、“無個性”でヒーローを目指すという事がどれほど過酷な事かわかっていた。

 そして既に、過酷な道を歩む覚悟を決めていた。

 俺は、零凪が落ち込んでいるものと決めつけて安易に慰めようとしていた自分が恥ずかしくなり、零凪の夢を精一杯応援する事にした。

 そして自分も、弟に胸を張って生き方を示してやれるヒーローになると心に誓った。

 だが俺は、この時既に零凪が壊れかけている事に気付いていなかった。

 

 

 

「ただいまー!」

 

「零凪…お前、またいじめられたのか」

 

「ちがうよ。転んだの。大丈夫。いたくないよ」

 

 次の日から零凪は、毎日ボロボロになって幼稚園から帰ってきた。

 零凪は、“無個性”を理由に幼稚園のクラスメイトにいじめられていた。

 俺は、零凪へのいじめをやめさせるよう何度も園に訴えた。

 だが園長や担任は、『注意しておく』と曖昧な返事をするだけで、零凪を助けようとした事は一度もなかった。

 あいつらは、零凪へのいじめを止めるどころか黙認していた。

 零凪が“無個性”なのと、あいつらがいじめの首謀者の親から多額の寄付金を受け取っていたからだ。

 俺は、別の幼稚園に零凪を通わせる事はできないか両親に相談した。

 だがあの時は、二人にそんな余裕も無かった。

 

「あなた、もうお酒はやめて!」

 

「うるさい!!」

 

 俺達家族は、零凪が“無個性”だとわかった途端に周りから白い目で見られた。

 “無個性”の子を産んだってだけの理由でリストラされた父さんは、現実から逃げるように毎日酒に浸るようになった。

 俺も同情や好奇の目で見られたが、一番酷かったのは母さんだった。

 親戚からは零凪を産んだ事を責められ、俺に泣いて縋ってきた。

 

「もう無理なの…! みんな、寄ってたかって私を責めるの…『何で“無個性”の子供なんか産んだんだ』って…消太、母さんにはもうお前しかいないの…!」

 

 父さんも母さんも、既にまともじゃなかった。

 周囲から浴びせられる冷めた視線、非難の数々、“普通”に産んでやれなかった事、“普通”に愛してやれなかった事に対する自責の念。

『“無個性”を産んだ親』に付き纏う重圧に、二人は耐え切れずに壊れてしまった。

 

「う、うぅ…ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

 零凪は、夜な夜な両親が喧嘩する度に泣きながら腕を噛んだ。

 あいつは、自分が家族を壊したと思っていた。

 だから自分がヒーローになって、俺達を助けようとしていた。

 あいつにとって、ヒーローになる事だけが生きる理由だった。

 

 俺は、あいつに自分を苦しめずに済む生き方を教えてやれなかった。

『お前が幸せになれるならそれだけでいい』、そのたった一言がうまく言えなかった。

 それから数日後、誰も予想していなかった最悪の事態が起こった。

 

 

 

「じゃぁ、行ってくるね!」

 

「ああ。楽しんでこい」

 

 零凪が幼稚園の遠足に行っていた日、零凪は遠足中に事故に巻き込まれて命を落とした。

 俺が弁当を持たせて零凪を見送った、その矢先だった。

 零凪が事故で死んだと警察から連絡を受け、俺達三人は警察署へ行った。

 亡骸を確認するまで、俺は零凪が死んだなんて信じなかった。

 だが安置所に保管されたあいつの遺体が、俺に現実を突きつけた。

 

 

 

 後日、零凪の葬儀が開かれた。

 零凪をいじめた奴等が葬儀に来て『普段から仲の良い友達だった』なんてほざきやがったもんだから、“個性”を消して吊し上げてやろうかとも思ったが、もはやあの時の俺にはあいつらに怒りをぶつける気力も無かった。

 

「人殺し!!」

 

「ちょっと、やめなさい(あき)!」

 

 突然、葬儀に来ていた女の子がボロボロと涙を流しながらいじめっ子の一人を責めた。

 いじめられていた零凪に唯一優しくしてくれた、隣のクラスの女の子だ。

 

「あんたが…あんたが勝手にどっか行ったりなんかしたから零凪くんが…! あんたのせいで零凪くんが死んだ!! この人殺し!! 零凪くんを返してよぉ!! うわぁああああん!!」

 

 朗ちゃんは、ただ一人零凪の為に本気で泣いてくれた。

 多分、零凪の事が好きだったんだと思う。

 

「馬鹿野郎…偶像(ヒーロー)になんかならなくていいから、お前はただ幸せに生きてくれればそれで良かったんだよ…死んじまったら、意味ねえじゃねえかよ…!」

 

 俺は、生前零凪に言えなかった事を遺影に写る零凪に伝えた。

 死んじまったら何も残らないっていうのに。

 零凪には、どんな道に進んでもいいから、幸せになってほしかった。

 純粋にヒーローを目指した結果、たった5年で命を落とすだなんて思いもしなかった。

 

 俺は、助けたいという思いばかりが先走っても、力が無ければ何の意味も無いという事を学んだ。

 そして、本当に大事なものを守りたければ時には非情にならなければならない事もあると学んだ。

 零凪の叶えられなかった夢を叶える為、そして悲劇を繰り返さない為に、ヒーローになると決めた。

 

 

 

「先生…除籍って…どういう事ですか!?」

 

「今言った通りだ。荷物はこっちでまとめて送ってやるから、今すぐここから出て行け」

 

「何で…! 僕はヒーローに向いてないって事ですか…!?」

 

「自分でわかってるなら話が早い。そんなに人助けがしたいなら、医者か牧師を目指したらどうだ。その方がお前に向いてる」

 

 俺は今まで、最初の年と今年を除いて、請け負ったクラスを全員除籍にしてきた。

 見込みが無い奴なんか、一人もいなかった。

 俺よりもずっと才能がある奴ばかりだった。

 だが幸福な人生を送ってきたあいつらは、死という突然訪れる理不尽を、遺される者の痛みを知らない。

 だからこそ、ヒーローという死の危険が付き纏う職業を安易に目指せてしまう。

 若さ故の蛮勇が、有り余る才能故の自信が、あいつらを死地へ飛び込ませる。

 俺は、あいつらが零凪や白雲のように惨たらしく死ぬところを見たくなかった。

 だから俺は、あいつらを死なせる前に、ヒーローとしてのあいつらを殺した。

 自分を守る力がなけりゃ、生き延びる気概がなけりゃ誰も救えない。

 その現実を思い知るまで、何度も、何度も、立ち上がる度に殺した。

 

「うぅ…げほっ、がはっ…!」

 

「立て。実戦じゃ(ヴィラン)は待ってくれねえぞ」

 

「おいやりすぎだって消太! 女の子相手にこんな…」

 

「女の子相手だからだろうが。ひなたは体格で人より劣ってるんだ。だったら地力と技術で上回るしかないよな?」

 

「大丈夫、だよ…パパ。僕、まだやれるから」

 

 そしてそれは、娘のひなたに対しても同じだった。

 あいつは、死んだ零凪によく似ていた。

 俺は、あいつが零凪のようにならないよう、自分の身を守る術を教えた。

 娘だから、今まで酷い目に遭わされたからと甘やかす事はせず、むしろ俺が請け負ったどの生徒よりも厳しく指導してきた。

 ヒーロー科の授業では教えられないような、殺人術なんかも徹底的に叩き込んだ。

 カッコつけて死ぬくらいなら、どんなに汚い手を使っても生にしがみつけと教えてきた。

 ひなたは素直で強い奴だから、虐待と思われかねないような指導にも弱音ひとつ吐かずに喰らいついてきた。

 そのうち、俺が何も言わなくても独学で妙な術を身につけては、あいつの方から俺に見せてくるようになった。

 流石にアレはアレでどうかと思うが…

 

 笑い方すら知らなかった女の子が、自分の力で望む未来を勝ち取った。

 ひなただけじゃない。

 零凪の果たせなかった夢を叶えた教え子達を見て、零凪も少しは報われたと信じていた。

 

 だが、零凪は生きていた。

 自分を壊した社会そのものに失望して、(ヴィラン)になっていた。

 俺と同じ黒だった髪は色が落ちて真っ白に、目も紅と碧に変色していた。

 

『俺を生んだのはお前らの無関心だ』、その言葉が深く突き刺さった。

 俺は、零凪を“無個性”だと信じ込んで勝手に絶望してしまった。

 家族が壊れていくのを止められなかった。

 そのせいであいつの心が壊れた事に気づきもしなかった。

 俺は、弟が生きていた事を素直に喜べなかった。

 

 あいつは、誰よりも純粋で潔癖だった。

 純粋だからこそ、超人社会の歪みに耐え切れずに壊れてしまった。

 潔癖だからこそ、歪んだ正義に失望し、純粋な悪に強く惹かれた。

 たった一人の男の子の失望で、世界は変えられる。

 俺はあの日、その事を身をもって思い知った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「俺の話は以上です」

 

「……君の弟も、かつては俺と同じ夢を抱いていた。俺は、夢に焦がれるあまり一人の少年の夢を壊した」

 

 相澤の話を聞いたエンデヴァーは、間接的にとはいえ零凪の心を壊した事を謝罪した。

 すると相澤は、エンデヴァーに話しかけた。

 

「これ以上あなたが気に病む必要はありませんよ、エンデヴァーさん。俺が思うに、零があなたを陥れた事に大した理由なんてありません」

 

「何だと…?」

 

「あいつは、“相澤零凪”だった頃から根っこの部分は何も変わっちゃいない。友達が困ってたら放っておけない、そういう奴なんですよ。あいつがあんな告発をしたのは、自分の憂さ晴らしの為じゃない。友達を助けたい、たったそれだけの理由で荼毘の計画に協力したんです」

 

 相澤は、自分の考えを零に話した。

 零は、超人社会に生きる人間そのものを見下している割には、連合のメンバーを守ったり、彼等の心を尊重する姿勢を見せたりと、むしろ本物のヒーローに近い精神を持っていた。

 零凪の持っていたヒーローの精神が歪んだ形で受け継がれ、大義の為なら殉ずる事も厭わない怪物へと変貌を遂げたのだ。

 

「零が本当に殺したいのは、俺達ヒーローだけじゃない。ヒーロー社会を正しいと信じて生きている民衆全員が、あいつにとっては自分を苦しめた加害者で、排除の対象なんです。積もった埃を払うように、今生きてる人間を全員殺す。そんな奴の目には、純粋な悪意だけで世界を壊そうとする死柄木やオールフォーワンの方がよっぽど綺麗に見えたでしょうね」

 

 相澤が言うと、エンデヴァーは無言で僅かに俯く。

 

「あいつのように、社会の歪みのせいで(ヴィラン)に堕ちざるを得なかった人間は少なからずいます。ですが、だからって何の罪もない人々を脅かしていい理由にはなりません。あいつがああなったのは俺達の責任。だからこそ、俺達で止めましょう」

 

 相澤は、ヒーローとしてあるべき姿をエンデヴァーに示した。

 相澤の言った言葉は、荼毘にも言える事だった。

 荼毘と戦う覚悟を決めたエンデヴァーは、力強く頷いた。

 

「…ああ」

 

 するとその時、ドアの方から物音がした。

 二人が振り向くと、見覚えのある触角がピコピコ跳ねていた。

 

「あ…っと、すみません。最後の方、聞いちゃいました。もう話終わったかなーって…」

 

 ひなたは、気まずそうに笑いながら病室に入ってきた。

 そして、何か考えがあるのか、相澤とエンデヴァーに話しかけた。

 

「あの、その戦い、僕も協力させて下さい」

 

「ひなた、お前は…「僕じゃなきゃいけない気がするんです」

 

「!」

 

「今ならわかるんです。あいつが僕に執着する理由」

 

 ひなたは、自分の推測を話し始めた。

 ひなたが零の本当の目的を話すと、相澤とエンデヴァーは納得する。

 

「……なるほど。それが奴の目的だとすれば、一応辻褄は合う…か」

 

「だからこそ、僕が行かなきゃいけないと思うんです。お願いします。全部背負う覚悟はできてます」

 

 ひなたは、真剣な表情で二人に頼み込んだ。

 するとエンデヴァーは、相澤の方を見る。

 

「……イレイザー」

 

「ひなた。まだプロにもなってないお前にこんな事を頼むのは、本当に不甲斐ないと思ってる。だが、日本を救う為にはお前が必要なんだ。もしまたあいつに会ったら、その時は────…」

 

 相澤がひなたに言うと、ひなたは目を見開く。

 そして、覚悟を決めた表情で頷いた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その頃、高層マンションの一室では。

 何者かが浴室でシャワーを浴びており、磨りガラスに人影が映っていた。

 シャワーを浴びていたのは、大量の返り血を浴びていた零だった。

 

「…………」

 

 零は、ぼんやりと浴室の鏡を見つめた。

 鏡には、ツギハギだらけで全身に痛々しい傷跡がある自分の姿が映っていた。

 零は、右眼の“個性”を使って自分の腕の噛み跡を消そうとしたが、無意味だとわかるとすぐに“個性”を解除した。

 

「消えるわけねえよなぁ……」

 

 零は、シャワーを浴び終えると、バスタオルで身体を拭いて服を着てから脱衣所を出た。

 すると、血塗れの中年の男が歩いてきて零に話しかける。

 この男はかつて零凪を見殺しにしたヒーロー『アッシュ』で、零に拷問の末に殺された後“個性”で操られていたのだ。

 

「零様。新たに三体ほど駒を増やしてきました」

 

「どーも」

 

 アッシュが報告をすると、零はヒラヒラと手を振った。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 俺がヒーローを目指したのは、人助けがしたいからでも、オールマイトを超えるNo.1ヒーローになりたいからでもない。

 俺はただ、楽して大金と名声を手に入れたいだけだ。

 幸い俺は“強個性”に生まれて、地頭もそれなりに良かったから、他の雑魚共とは違ってヒーロー科に入ってから苦労する事はなかった。

 俺は、楽して大金を稼ぐ為に、轟に擦り寄って事務所に入れてもらった。

 本当はオールマイトの事務所に入るのが理想だったが、あそこは新人の俺にはハードルが高かったから、元同級生で実力と才能があった轟の事務所に入る事にした。

 俺とあいつは“個性”の系統が似てたし、あいつはオールマイトを超えるのに必死で俺の本性なんか見抜く余裕も無かったから、割とすんなり俺を事務所に入れてくれた。

 

 そこからは俺の計画通りだった。

 俺の見込んだ通り、轟はトップ10にまでのし上がった。

 俺は、トップヒーローのサイドキックの名を欲しいままにした。

 だがある出来事をきっかけに、俺の人生設計が狂った。

 

 酔った勢いで関係を持った女が、俺の子を妊娠したとほざいて戻ってきやがった。

 しかも、俺が逃げられないようにわざわざ事務所に押しかけてきやがった。

 このままじゃ、トップヒーローの甘い汁を啜って名声を欲しいままにする俺の計画が台無しだ。

 もう潮時だと判断した俺は、一度はヒーローをやめる事も考えた。

 

 だが俺は、逆にこの状況を利用する事にした。

 頭と育ちは悪いが、“個性”だけは優秀な女だった。

 何かの間違いで“無個性”の出来損ないが生まれない限り、必ずヒーロー向きの“強個性”が生まれてくる。

 俺は計画を変更し、この女と籍を入れて子供を次世代のトップヒーローとして英才教育する事にした。

 まずは暑苦しい事務所とは早々におさらばし、貯金で新たに事務所を設立した。

 

 俺が事務所を設立してすぐ、子供が生まれた。

 俺と嫁の“個性”を併せ持った男の子だった。

 俺は、この子をトップヒーローに育て上げて一生遊んで暮らそうと考えていた。

 だが、それを邪魔する奴がいた。

 

 

 

「すごいね零凪くん! はい、一等賞の金メダル!」

 

「えへへ…ありがとうございます!」

 

「ふざけんな!! レイナのくせに!! こいつがオレをわざと転ばせてきたんだ!! じゃなきゃオレがこんなチビにかけっこで負けるわけねーんだ!!」

 

「痛い、やめてよあっくん!」

 

 相澤零凪。

 女みたいな名前と顔のくせに、普通の会社員と主婦の間に生まれた凡人のくせに、何をやらせても俺の息子を差し置いてクラスで一番。

 しかも『オールマイトみたいなヒーローになりたい』なんて、叶いもしない妄想を垂れ流すクソガキだ。

 俺は、何としてでも息子をあのクソガキに勝たせたかった。

 だが息子が5歳の時、思いもよらない事実が判明した。

 

 相澤零凪は、“無個性”だった。

 その事実を知った俺は、尚の事奴を排除してやりたくなった。

 未来のトップヒーローが“無個性”のクソガキに完敗したなんて事実が公になったら、ヒーロー人生最大の汚点になる。

 俺は、息子にいかに“無個性”が役に立たない劣等種かを徹底的に教え込み、息子にクソガキをいじめさせた。

 幼稚園の教員も金で買収し、息子の味方をさせた。

 あのクソガキが自殺するまで、徹底的に追い込んだ。

 俺は、俺のした事が間違っていたとは思っていない。

 “無個性”のガキの分際で俺の人生設計をぶち壊そうとしたのが悪いんだ。

 俺は、奴を追い出して息子が一番になるよう根回ししたが、俺の願いは予想外の形で叶った。

 

 

 

「そっちはいたか?」

 

「いや…」

 

 俺は、幼稚園の遠足中に子供が二人迷子になったという通報を受けて、通報があった公園に駆けつけた。

 本当はたかがガキ探しに行くのなんか嫌だったが、いなくなったのが俺の息子となれば話は別だ。

 息子が遠足に行っていたのは、無駄に敷地が広い公園だったから、探すのに手間取った。

 どこを探しても息子は見つからず、嫌な予感がした俺は、立ち入り禁止区域にも入って捜索をした。

 その中にある一際大きいアスレチックの方から、息子の声が聞こえてきた。

 

「うわぁあああああん!! 痛い、痛いよぉおお!!」

 

 息子の泣き声と、崩れたアスレチックだったものに飛び散った血。

 嫌な汗が流れた。

 俺はすぐに息子のもとへ駆けつけた。

 “個性”を使って瓦礫を浮かせて、息子を助け出した。

 幸い、息子は頭を少し擦りむいたのと、パニックを起こしているだけで大した事はなかった。

 俺が息子を連れ出そうとした、その時だった。

 

「ぅ……」

 

 俺の背後から、小さな声が聞こえた。

 振り向くと、瓦礫の中で子供が一人生き埋めになっていた。

 身体の一部がひき肉のように潰れていたが、俺はそいつが誰かすぐにわかった。

 相澤零凪、俺を悉く苛つかせたクソガキだ。

 

「ぅ…ぁぅ……」

 

 クソガキは、助けを求めるように俺に手を伸ばしてきた。

 ああ、その媚びた目、イライラする。

 

「ちっ、なんだお前かよ。じゃあいいか」

 

 俺がそう言うと、ガキは絶望した表情を浮かべて泣き出した。

 “無個性”のチビのくせにゴキブリ並にしつけえ野郎だ。

 

「目障りなんだよ、お前。せいぜい来世は“個性”が宿る事を願うんだな」

 

 俺は、そのまま息子だけを連れていった。

 ガキがどうなったのかは知らんが、多分あの重傷じゃじきに死ぬだろう。

 これで、俺の人生設計を邪魔する奴は消えた。

 そこから、俺の人生は順調だった。

 そのはずだったのに…

 

 

 

「ぶ、ぶびばへんでひだ…! オデが愚かでひだ…!」

 

 気がつけば、俺は(ヴィラン)連合に拘束されて拷問を受けていた。

 息子は俺と一緒に捕まり、俺より先に殺された。

 命乞いも聞き入れてもらえず、泣き喚きながら死んでいった。

 ITに強い仲間がいたらしく、俺のしてきた事もあっさり証拠を掴まれた。

 

「ピーピーうるっせえなぁ。耳と鼻削いだくらいで泣き喚きやがって、あんた本当にプロヒーローか?」

 

「い゛…ぁう゛…」

 

「あーあー、早く止血しないと死んじまうな」

 

 俺を拷問したのは、白い髪と肌をした女みたいな男と、青い炎の“個性”を持った男だった。

 そのうちの一人は、俺がかつて見殺しにした子供だった。

 どうやって生き延びたのかは知らないが、髪も肌も色が落ちて別人のようになっていた。

 

「もうゆるひでぐだはい…!」

 

「んー、いいよ。別に最初からあんたの事なんかどうだっていいし」

 

「でゃあ、なんで……!」

 

「いいからてめえは聞かれた事にバカみてえに答えてりゃあいいんだよ。こっちはお父さんが余計な事してくれたせいで虫の居所が悪いんだからよ」

 

 そこから先の記憶は無い。

 俺は一体…どこで間違えたんだ。

 

 

 

 

 

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