ぼくは、人を笑顔にするのが大好きだった。
ぼくが笑えば、兄ちゃんが、お父さんとお母さんが、みんなが笑ってくれた。
ぼくはそれが何よりも嬉しかった。
だからぼくは、人を笑顔にするヒーローに憧れた。
だけど、ぼくは“無個性”だった。
ぼくは、“無個性”だからってクラスメイトからいじめられた。
「くらえ!! ムコセーヤローひっさつパーンチ!!」
「痛い、痛いよぉ! やめてよぉ!」
クラスメイトのあっくんは、ぼくが“無個性”だとわかった途端にぼくをいじめてきた。
殴る蹴る、悪口を言われるなんてもんじゃなかった。
『ヒーローごっこ』と称してぼくに“個性”を浴びせられて、服やカバンをボロボロにされて、トイレの上から水をかけられた。
誰にも言えないようなひどい事も色々された。
あっくんのお父さんは、ヒーローだった。
あっくんは、強い“個性”を持ってた。
あっくんは、クラスのリーダーだった。
みんなみんな、あっくんの味方をした。
でもぼくは我慢した。
『いじめられた』なんて言ったら、兄ちゃんが心配するから。
やり返したりなんかしたら、先生がお父さんとお母さんを怒るから。
本当は痛くて苦しかったけど、毎日耐え続けた。
だけど、苦しい幼稚園での生活の中にも、ひとつだけ楽しみがあった。
「おはよう、零凪くんっ!」
「うん…おはよう、あきちゃん」
隣のさくら組のあきちゃん。
明るくて、かわいくて、あきちゃんのまわりはいつもみんな笑顔だった。
あきちゃんは、ぼくが“無個性”だとわかってもぼくをいじめなかった。
ぼくは、あきちゃんが毎日挨拶してくれるから、どんなにいじめられてもがんばれた。
ぼくの、初恋の人。
ぼくは、勇気を出してあきちゃんに告白しようとした。
だけどクラスのみんなにすぐにバレて、散々笑い者にされて、あっくんにストーカー呼ばわりされて散々殴られた。
「オラァ! くたばれ! ストーカーぼくめつファイヤー!!」
「ギャハハハ! いいぞあっくん! もっとやっちゃえー!」
「おめーみたいな奴は
あっくんは、気に入らないことがあるとすぐにぼくに“個性”を浴びせた。
でもきっといつか、本物のヒーローが助けに来てくれる。
プロヒーローじゃなくたっていい。
ぼくを助けてくれる人がいたら、その人がぼくのヒーローだ。
ぼくは、いつかヒーローが助けに来てくれると信じて生きてきた。
だけど、それが間違ってたんだ。
この世にヒーローなんかいない。
誰かが助けてくれるなんて、思っちゃいけないんだ。
ぼくがそれを知ったのは、自分が死ぬとわかった瞬間だった。
「じゃぁ、行ってくるね!」
「ああ。楽しんでこい」
ぼくは、クラスメイトのみんなと遠足に行った。
兄ちゃんがお弁当を持たせてくれて、幼稚園のバスに乗って近くの公園に行った。
広くて色んな種類のアスレチックがあって、時間いっぱいまで遊び放題だったから、ぼくもすごく楽しみにしていた。
一番人気のアスレチックがあるフィールドだけは修理中で立ち入り禁止になってて、絶対入らないように先生からも強く言われた。
だけどあっくんが絶対一番人気のアスレチックで遊ぶって言い出して、先生の目を盗んで一人で勝手に立ち入り禁止のフィールドに入ってしまった。
「ねえあっくん! みんなのところに戻ろうよ! 先生に怒られるよ!」
「うるせー! そんなこと言って一番乗りしようったってそうはいかねーぞ!」
あっくんは、ぼくが何度注意しても聞いてくれなかった。
あっくんは、遊んじゃいけない事になってるアスレチックで遊んだ。
あっくんが遊んでいる間にも、ミシミシと軋む音が聞こえてきたけど、あっくんは遊ぶのに夢中で全く気づいてなかった。
「あー、クッソ楽しいぜこれ! こんな楽しいのにビビってやらねーなんて、みんなバカだなぁ!」
「あっくん、もうやめようよ! 危ないよ!!」
「うっせー! “ムコセー”のくせにオレさまに指図すんじゃねー! 殺すぞ!」
そう言ってあっくんは、“個性”を放ちながらアスレチックの上で飛び跳ねた。
その瞬間、あっくんが跳ねたはずみで柱のネジが外れて、アスレチックが崩れた。
崩れたアスレチックは、下にいたぼくの方へと倒れてきた。
逃げ───…
「うわぁあああああああ!!?」
───
──
ー
「うわぁあああああん!! 痛い、痛いよぉおお!!」
「ぅ……ぁ…ぅ………」
痛い。
痛い。
痛い。
身体中が痛い。
力が入らない。
左目が痛くて見えない。
うまく声が出せない。
誰か、助けて。
「助けに来たぞ! もう大丈夫だ!」
「うわああああん!! パパぁあああ!!」
ああ、良かった。
ヒーローが来てくれた。
ぼく、助かるんだ。
「ぅ…ぁぅ……」
「ちっ、なんだお前かよ。じゃあいいか」
……え?
「目障りなんだよ、お前。せいぜい来世は“個性”が宿る事を願うんだな」
なんで。
なんで…なんで、なんで、なんで。
ヒーローは、困ってる人を助けてくれるんだ。
オールマイトみたいに、カッコよくて、優しくて…
こんなの、全然違う。
「じゃ、みんなのところに戻ろうな」
「うん!」
……何だ。
ヒーローも、結局ただの人間だったんだ。
結局みんな、自分の事しか考えてなかったんだ。
ぼくがしてきた事って、こんなにくだらなかったんだ。
馬鹿だなぁ、ぼく。
わかってたら、ヒーローになんか憧れなかったのに。
わかってたら、あんなくだらない生き方しなかったのに。
その気になれば、嫌なものを全部壊す事だってできただろうに。
「は……はは……」
もう、どこも痛くない。
だんだん、まぶたが重くなってくる。
深くて、冷たくて、暗い、水の底に沈んでいくような感覚。
ああ、ぼく、もう死ぬんだ。
どうせいつか死ぬなら、もっと自分勝手に生きてみればよかった。
「相澤零凪くんだね。かわいそうに…誰も助けてくれなかったんだね」
ぼくが目を閉じる直前、ぼんやりと、そんな声が聴こえた気がした。
もし来世があるなら、今度はこんなくだらない生き方、死んでもするもんか。
───
──
ー
「……いなくん。零凪くん!!」
「!!」
ぼくは、知らない男の人の声で目が覚めた。
気がつくと、真っ白な病室みたいな部屋で、機械みたいなベッドの上で寝かされていた。
どうなってる?
ぼくはあの時、確かに死んだはず。
どうして生きてるんだ?
ここはどこだ?
この人は誰だ?
数え切れない程の疑問が、頭に浮かぶ。
だけど今は、現状を把握するのが先だ。
どうやらここは病院、それか研究施設みたいだ。
よくわからないけど、多分怪我や病気を治すのに使われる機械が色々置いてある。
ふと近くにあった鏡を見ると、自分の姿が映った。
そこに映っていたのは、真っ白な髪と肌、そして真っ赤な目をしたぼくの姿だった。
よほど怪我がひどかったのか、顔から下がツギハギだらけで、お父さんが昔読ませてくれたマンガのお医者さんみたいだった。
身体の成長具合から、少なくとも丸一年は眠ってた事になるのかな。
ぼくが現状を把握していると、白衣を着たおじさんが話しかけてきた。
「ああ、良かった。蘇生手術は成功のようだね。君、丸1年眠りっぱなしだったんだよ」
「……あなた…だれですか?」
「おっと、申し遅れたね。はじめまして。私はしがない天才科学者だ。そうだなぁ…私の事は、『マスター』と呼んでくれたまえ。一応、君の大好きなヒーローとは真逆の…
「……そうですか」
「ほぅ! 普通なら、もっと動揺してもおかしくないのに、賢い子だ! ここは私の研究室でね。遊具に潰されて死んでいた君をここまで運んで、手術を施して生き返らせたんだ。君が命を落とす前に救えれば良かったが…間に合わなかった。君には申し訳ない事をしたよ」
ぼくをここまで運んだ人は、
それなのに、ぼくは、自分でもびっくりするほど冷静だった。
今までのぼくなら、叫んで誰かに助けを求めてたかもしれない。
だけどぼくは、何故か目の前にいる
どんな目的があろうと、死んで忘れられるはずだったぼくを生き返らせてくれた人だ。
「どうしてぼくを助けてくれたんですか?」
「君を助けたのは、世界を変える為には君のような存在が必要だと思ったからさ」
「世界を…変える…?」
「この世界は間違ってる。弱者を守るはずのヒーローが君のような社会的弱者を排除して、自ら荒らした世の中を救う事で世間から称賛されている。私はヒーローを1人残らず排除して、世界のあるべき姿を取り戻す。その為には、君の力が必要なんだ。もちろん、
ぼくの答えは、もう決まっていた。
ぼくが返事をしようとした時、ふとあっくんの言った言葉を思い出した。
『おめーみたいな奴は
「わかった! ぼく、
お前らが望むなら、僕は
だけど今度は、ボコボコにされるのは僕じゃない。
ヒーローも、それを讃えるゴミ共も、それを当たり前のように受け入れているこの世界も、みんな纏めてブチ壊す。
気に入らないものを全部壊して、今度こそ生きたいように生きてやる。
「零凪くん、君なら賢い選択をしてくれると信じていたよ。だがまずは、君の身体を改造する必要がある。今の君は、あくまでかろうじて命を繋ぎ留めているだけの状態だ。そのままだと、1年も保たないだろう」
そう言ってマスターは、僕を地下深くの実験室へと連れてきた。
実験室の中心には、カプセルが置かれていた。
多分、アレで僕の身体を改造する気なんだろう。
「そこでこれから君には“個性”を付与し、改造実験を施す。だがこの手術は、君が途中で壊れてしまえば失敗する。あの事故とは比べ物にならない程の苦痛を絶えず味わう事になるわけだが…どうしても生き延びたければ、手術が終わるまでは何が何でも耐えるんだ」
「わかった。さっさとしよう」
僕は、自らカプセルに入って扉を閉めた。
世界を壊す、その為なら地獄にだって飛び込んでやる。
その瞬間から3年間、実験が続いた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! い゛た゛い゛!! い゛た゛い゛、い゛た゛い゛、い゛た゛い゛!!!」
「いいぞ! その調子! 順調だ!! 痛みは生きている証拠だ!! 一瞬たりとも、その痛みを忘れるな!!」
僕は、改造用のカプセルの中に入れられて、新たに付与する“個性”と強靭な人工細胞を身体に馴染ませる為の手術を受けた。
血を吐いて痛みにのたうち回る毎日だった。
あのマッドサイエンティスト、人が苦しんでるってのに上機嫌でカプセルの外からクソうるせえエールなんて送ってきやがって、正直殺そうかと何度も思った。
「いいか、強くこう思え!! 『僕は死なない』『僕は強い』『僕は何者にだってなれる』!! 意思は力の原動力だ!! 自分を信じろ!! 一瞬たりとも疑うな!! お前はできる!! お前なら、世界だって変えられる!! 更に向こうへ!! 『プルスウルトラ』だ!!!」
「プルス、ウルトラァアアアッハッハハハハハハハハ!!!」
僕は死なない。
僕は強い。
僕は、何者にだってなれる。
…ああ、何だこれ。
何か楽しくなってきた。
身体の奥底から、力が湧いてくる。
全身を引き裂く痛みすら心地良い。
潰れて見えなくなっていた右眼も、いつの間にか見えるようになっていた。
今なら、何だってできそうな気がする。
僕は、気が遠くなりそうな程の痛みを細胞ひとつひとつで感じながら、一瞬一瞬を生きたいように生きた。
最初は永遠にも感じた1時間が刹那に感じられる程に、あっという間に時間が過ぎていき、気がつけばもう3年が経っていた。
マスターが改造実験の終わりを知らせると、僕は自分でカプセルの扉を蹴破って外に出た。
「素晴らしい…! まさか、これほどまでとは…!!」
マスターは、改造実験を終えた僕を見て興奮していた。
反応を見る限り、どうやら期待に沿えたみたいだ。
「どうやら、新たな“個性”に適合したようだね。それに、君に宿っていた本来の“個性”も発現したようだ」
「本来の“個性”…?」
「オイ」
マスターが手を挙げると、隣にいた白衣が僕に何かをしてきた。
僕は、何となく左眼で白衣を睨んだ。
すると、白衣が持っていた“個性”の波長が、僕の頭の中に流れ込んでくる。
「あれ、おかしいですね。吹き飛ばすつもりで発動したんですが」
「その目で視た相手の“個性”を無効化する、それが君の“個性”だよ、零凪くん。君のお兄さんのように“個性”の発動そのものを止めるわけじゃないが、どんな“個性”を相手にしても無傷で耐えられる素晴らしい“個性”だよ」
「………」
『無効』。
左眼で視た相手の“個性”が効かなくなる“個性”だ。
正確には、身体から“個性”を無効化する光子を放ち、それを身体に纏う“個性”らしい。
そしてマスターに新たに与えられた“個性”は、『夢幻』。
強力な幻覚を操る事ができる“個性”だ。
元はマスターの知人が持っていた“個性”で、突然変異によって生まれた“個性”だそうだ。
「零凪くん。洗礼を生き残った褒美に、私からささやかなプレゼントをやろう。君の新しい名前だ」
「名前…?」
「
この日が僕の、『
「零。頼んだものは持ってきてくれたか?」
「もちろん。これでいい?」
あれから僕は、マスターの研究を手伝いつつ
研究の為ににより多くの“個性”を集める必要があるらしく、僕はマスターに頼まれて『おつかい』に行かされた。
具体的には、リストに書かれた奴を生け捕りにするか、無理そうなら髪の毛一本でもいいから遺伝情報が採取できるものを持ってくるかしてこいっていうブラックなお仕事だったわけだけど、ぶっちゃけ“個性”を使えばどうとでもなった。
「零。今日は君に紹介したい子がいるんだ」
「紹介したい子?」
マスターは、自分の研究室に僕を連れてきた。
そこには培養カプセルがいくつも並んでいて、マスターが立ち止まった『101』と書かれたカプセルの中には4、5歳くらいの女の子が入っていた。
「見ろ、私の最高傑作だ」
「いや、全裸の幼女指して『最高傑作』って、あんたもしかしてそっちの…」
「容姿に惑わされるな。こいつはな、私の長年研究に研究を重ねてようやく完成した究極の人間兵器だ。君のお兄さんが持つ『抹消』の“個性”を、『声』の“個性”と掛け合わせて広範囲にわたって“個性”を破壊できる“個性”にしてみたんだ。さらに“個性”の発達を制御するタンパク質の生成量を減らして何もしなくても“個性”が異常発達する体質にしてみたり、遺伝子の中に眠る潜在能力を引き出して“個性”を変異させてみたり、考えうる限りの改造をいろいろ試したんだ。君が好きそうな言い方をするなら、『ぼくのかんがえたさいきょうの“こせい”』ってところかな」
「………」
マスターがニヤニヤ笑いながら言ったもんだから、ちょっと殺意が湧いた。
僕はそういう痛々しいのとっくに卒業したっての。
「こいつが完成すれば、オールマイトをも殺せる…いや、逆らう事すら許されない強大な力を生み出せる。私が生涯かけて構築した理論が完成する事、それが私の夢の果てだ」
僕は、夢見る少年がらきかずやくん(75さい)の将来の夢(笑)を延々と聞かされた。
こいつ、人の事馬鹿にする割には自分だって精神年齢5歳くらいで止まってるんだよな。
よっぽど素晴らしい人生を送ってきたんだろうな、かわいそうに。
けどまあ、僕も世界を壊せる力に興味がないわけじゃない。
僕達とは違う、外の世界の常識に染まっていないこの子がどんな世界を創るのか、見てみたいと思った自分がいた。
「101号、今日から君の面倒を見てくれるお兄ちゃんだよ。ちゃんとお兄ちゃんの言う事を聞いて、仲良くするんだぞ」
「あい!」
ある日の事、マスターが例の女の子、101号を連れてきた。
所々兄ちゃんに似た特徴を残しつつも、触ってみるとほっぺたが柔らかくて、ミルクみたいな優しい匂いがした。
高い知能を持っていて、従順で、苦痛を伴う人体実験にも文句一つ言わない、訓練された実験動物という印象を受けた。
101号は、知的好奇心が旺盛な子だった。
地下の研究施設だけじゃ好奇心を満たせなくなったのか、よく僕に外の世界の事を聞きに来た。
「ねえにぃに! ぼく、いつか外に出てみたいんだ! 外に出て、色んなところに行って、色んな人に会って、色んな事を知りたい! にぃにはいっつも外に出てるんだよね? 外ってどんなかなぁ!」
「出ない方がいいよ。外に出たって、何もいい事なんか無いから」
僕が言うと、101号はヒーローの絵本を見せながら詰め寄ってきた。
この子のお気に入りの絵本だった。
ヒーローに憧れちまうのは、きっと血筋なんだろうな。
「外にはヒーローがいるんだよね? 困ってる人を助けてくれる、この絵本みたいなヒーローがさ!」
「ヒーローはいるけど、助けてくれないよ。外にいるヒーローはみんな偽物だから」
僕が言うと、101号は悲しそうな表情を浮かべた。
この子が外に出たところで、外の奴等は寄ってたかって石を投げてくるに決まってる。
この子が
外の奴等とは、絶対に相容れない。
だったら、ここにいた方がずっとマシだと思った。
だけどある日、101号が脱走した。
多分、マスターの研究の内容に勘付いて怖気付いて逃げ出したくなったんだと思う。
僕は、変装をして101号を迎えに行った。
探している途中であいつの“個性”の大声が聞こえたから、居場所は簡単に追えた。
そしたら案の定というか、101号はヒーロー共に
「いたぞ!!
「あれを人と思うな! 既に5人殺られてる!」
101号は、腕と肩を撃たれたのか、血を流しながらもヒーローから逃げていた。
“個性”を暴走させて人を殺しパニックになっていたところを、ヒーローに殺人鬼と思われて追い回されたってとこだろう。
どんな聖人君子だろうと、正当防衛だろうが何だろうが、人を殺した時点で奴等はそいつを
こんな奴等がヒーローを名乗るなんて、世も末だ。
僕は、ヒーローを全員殺して101号を連れて帰った。
「もう大丈夫。お前を傷つける奴はみんなやっつけたよ。一緒に帰ろうか」
研究施設に戻ってきた101号は、怯え切った表情を浮かべていた。
ウチの組織がやっている研究は、101号が戻ってきたあたりから過激さを増した。
拒絶反応も日に日に激しくなり、毎日血を吐いてのたうち回っていた。
身体が新しい細胞に慣れるまでは地獄の苦しみが続くけれど、それと引き換えに得られるものは絶対的な力だ。
どのみち、この実験に耐えられなければ膨れ上がっていく強大な力に身体が耐え切れずに死ぬだけだ。
それでも少なくとも、ヒーロー共がうじゃうじゃいる掃き溜めでのたれ死ぬよりはよっぽどマシだ。
だけどその数ヶ月後、組織は解体された。
どうやら、101号の目撃情報から、ヒーロー側が地下の研究施設の存在に気付いたらしい。
マスターは逮捕され、101号もヒーローに確保された。
たまたま外に出ていた僕は、捕まらずに生き延びた。
でも問題は101号だ。
僕は、何があってもあの子がヒーローの手に渡る事だけは絶対に許せなかった。
腐敗し切った国家の犬共の事だ、どうせいつかあの子の力を扱い切れなくなって、民衆の為だ何だと言い訳して殺すに決まってる。
圧倒的な力を手に入れて、気に入らないものを全部壊す。
それしかあの子が生き延びる道は無い。
殼木円弥。
あいつの事も調べた。
父親は行方不明、母親は他界し、養護施設で幼少期を過ごす。
学生時代に“個性”終末論に感銘を受け、義務教育を終える15歳の春に論文を発表した。
でも発表した論文は世界中の学者達から笑われ、失意のまま養護施設を去り、そのまま消息を断つ。
その後は、自分の仮説を立証する為だけに秘密裏に研究施設を立ち上げ、表向きは“個性”の難病で悩む患者を救う為の事業を装いつつ水面下では非人道的な実験を繰り返してきた。
マジでヤバい奴だったけど、夢を叶えようとする執念は本物だった。
仲間に横流しした101号の研究データをヒーロー達に渡さない為、自分の夢を叶える為に自殺までしてみせた。
あんたの研究は7年かけて全部頭の中に叩き込んだ。
だけど圧倒的に技術と人材が足りない。
残りの寿命じゃ、とても完成させられるような研究じゃない。
それでも必ず、成就させてみせる。
ヒーローも、それを讃えるゴミ共もいない綺麗な世界。
あんたが60年もの年月をかけて創り出そうとした夢の果て。
あんたの
「どこ行った!?」
「逃がすな!! 悪魔の手先だ!! 確実に捕まえろ!!」
ウロボロスが解体された今、ヒーロー達はウロボロスの残党を血眼で探していた。
僕が逃げ果せた事もヒーロー側にバレ、ヒーローに追われる毎日だった。
「はぁ、はぁ、くそ、痛え…!」
当時のNo.3ヒーロー、リントヴルムに追いかけ回されて、脇腹や肩を貫かれて、情けない事にあっという間に満身創痍になった。
あいつら、僕に“個性”が効かない事がわかると、僕を銃殺する方針に切り替えてきやがった。
まるで猟師に追われる鈍間な猪になった気分だ。
逃げ続けている途中で、僕の意識はついに途切れた。
「………」
気がつくと、僕は知らない部屋のベッドに横になっていた。
眠っている間に傷が治療されていて、女物の服が着せられていた。
顔を上げると、浅葱色の髪を一本の三つ編みにまとめた女が僕の顔を覗き込んできた。
「やあ、目、覚めた?」
「……どうして僕を助けた?」
「ごめんねー、服、女物しかなくて。それにしてもキミ、綺麗な髪色をしてるね。それ、天然? ねえ、ヘアセットしてみていい? っていうかしたいし」
「オイ」
「お腹空いてるでしょ。カレー作ったけど食べる?」
「質問に答えろ」
女は、僕の質問には答えず一方的に話を進めてきた。
この女は僕と同い年で、両親が亡くなってからは一人暮らしをしているらしい。
僕は、変なものが入ってる可能性を全く考えずに料理に手をつけた。
「にんじんを星型にくり抜いた甘口カレー、好きだったでしょ。零凪くん」
僕は、捨てたはずの名前を呼ばれて食事の手が止まった。
すっかり背が伸びて、体格も女らしくなってたけど、見覚えのある顔だった。
僕を助けたのは、僕の初恋の人だった。
「もしかして…あきちゃん?」
「あは、覚えててくれたんだ。嬉しいな」
「なんで…」
「だって零凪くんの靴紐の結び方、おかしいんだもん。あんな結び方する人、他にいないよ。髪の色が変わっちゃったのはショックだけど、生きてて良かった」
あきちゃんは、最後に会話した時と変わっていなかった。
いつも笑顔で、明るくて、優しい女の子。
僕はあきちゃんの笑顔に、何度も救われた。
「ねえ、零凪くん。ヒーローに追われてたけど…もしかしてキミ、
僕は、あきちゃん…いや、目の前の女の発言を聞いて、ほぼ反射的にフォークを女の喉に突き立てていた。
こいつは、今殺さないと後で僕の障害になる。
元々、ヒーローを讃えるゴミはみんな殺すつもりだったんだ。
その予定が少し早まっただけだ。
だけどその女は、自分が殺されるってわかってもなお冷静だった。
…いや、違う。
その目は、全てを諦めた人間の目だった。
「いいよ、殺しても。どうせヒーローは助けに来ないもの。あんな奴等に助けを求めるくらいなら、死んだ方がずっとマシ」
この女は、僕と同じだ。
ヒーローに、この世界に失望して、何も映さなくなった目を向けてきた。
この女が僕を助けたのも、この女もまた僕を自分と同じだと思ったからだろう。
その目を見た僕は、気付けば完全に敵意を削がれていた。
「…カレー、おかわりある?」
その日から僕は、しばらくの間あきちゃんに匿ってもらう事になった。
他に行くあてもなかったし、当然の流れだった。
同じ家に若い男女が二人っきりで何もないわけがなく、僕とあきちゃんはそういう関係になった。
僕が
その夜、あきちゃんの方から身体を許してくれて、何も言わずに僕を受け入れてくれた。
「ねえ零凪くん、どうだった?」
「わかんない。眠い」
「そこは嘘でもいいから『すごく良かった』って言ってよね」
僕があくびをすると、あきちゃんは無邪気に笑った。
僕はふと、あきちゃんの部屋のクローゼットに目がいった。
そこにあったのは、国内屈指の有名なヒーロー科の高校の制服だった。
「あきちゃん…もしかして、ヒーロー科の高校通ってるの」
「うーん、正確には『通ってた』かな」
あきちゃんは、気まずそうな表情を浮かべながら言った。
あきちゃんは、僕が死んだ後の事を話してくれた。
「私ね…あれから、死んじゃった零凪くんの分までヒーローになろうって思って頑張ってたんだよ。零凪くんみたいに、困ってる人を助けるヒーローになりたいって思ってた。でもね、去年、お父さんとお母さんが
『最悪』、その二文字であきちゃんが何をされたのか察せない程、僕も子供じゃなかった。
本当にヒーローというものは、つくづく僕を失望させてくれる。
あきちゃんは、ゴミにやられた事を告発したけど、そのゴミはあきちゃんの告発を揉み消し、さらに学校側もあきちゃんに圧力をかけて黙らせてきた。
「そりゃあ、自分んとこの生徒がプロヒーローに暴行されたなんて事実が明るみになったら、ヒーローへの信頼が地に堕ちるもんね。あんな学校自分から辞めてやったし、ヒーローになろうなんてくだらない夢も捨ててやった。それでも、天国にいる零凪くんが少しでも報われるように、私でもできる仕事を探して、資格も取って、少しずつ前向いて行こうとしてた。でも、やっぱり無理だった! 本当は、何で私ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないのってずっと思ってた!!」
あきちゃんは、泣きながら僕に本音を打ち明けた。
僕もあきちゃんも、ヒーローという職業を盾にしたゴミに人生を壊された。
泣きながら僕に縋ってくるあきちゃんを見て、僕の中で最後の大事な何かがプツンと切れた。
「ねえ零凪くん。私の命を全部キミにあげる。もう、当たり前の日常なんて要らない。だからお願い。あいつら全員殺して! こんなクソみたいな世界、ブチ壊して!! 当たり前が当たり前じゃなくなるくらい、グチャグチャに!!」
あきちゃんは、涙でグシャグシャになった笑顔を浮かべながら言った。
僕は、近くにあった鋏を手に取って、あきちゃんの心臓に突き刺して殺した。
そこから先は覚えていない。
気がついたら、僕はあきちゃんの家に火をつけて逃げていた。
そんな僕のもとに、魔王が現れた。
「相澤零凪くんだね。可哀想に、ヒーローに助けてもらえなかったんだね」
オールフォーワンは、ヒーローに追われていた僕に手を差し伸べてきた。
少なくとも、あの頃の僕には、僕やあきちゃんの人生を壊したヒーローよりかは、手を差し伸べてくれた魔王の方の作る世界の方がよっぽど綺麗に見えた。
「僕のもとにおいで。一緒に今の世界を壊そう」
「…………」
僕は、差し伸べられたその手を迷わず取った。
正直、こいつの事は微塵も信用しちゃいないし共感する気もない。
どうせ自分の野望の為に僕を使い捨てる気なんだろう。
それに対して思うところは何も無い。
むしろ、それを分かった上でオールフォーワンについた。
誰かにつかなきゃ生きていけないっていうなら、正義に酔って私腹を肥やす連中よか100倍マシだ。
そっちがその気なら、こっちも魔王を利用してやる。
今の世界を壊すのは、この俺だ。
「でよ、その女がすげえの何のって」
とりあえず、ヒーローを名乗って私腹を肥やすゴミは死刑。
苦痛という苦痛を与えて殺してやった。
「止まれ!! これ以上、罪のない人々を傷つけるな!!」
つーか、ヒーローを名乗って正義を振り翳した時点で死刑。
目的が何だろうと、正義を振り翳す奴がいると碌な事がない。
こいつらが必死こいて守ってる善良な一般市民を操って虐殺させた。
「ひぃ! く、来るな! おっ、お前なんか、オールマイトがボコボコにしに来てくれるんだ!」
無責任にヒーローを讃える砂利も死刑。
守ってもらう事が当たり前と勘違いし、その責任を全てヒーローに押し付ける思考停止野郎。
社会的に弱い奴を排除する為の免罪符に、『正義』を平然と振り翳す。
ある意味、ヒーローを名乗るゴミよりもっと悪質で薄汚いクズだ。
とりあえず、死ぬまで働き続ける奴隷にしてやった。
まあ、働きすぎてすぐ死んだけど。
「にゃー」
ねこはスルー。
「キャハハハハ!! 死ね、死ね、みんな死ねェ!! 俺の“個性”チョー強え!!」
「異形は悪魔の化身! “無個性”は魔女と契約した証! 皆で排除せねばなりません!」
「オラァ、さっさと働けクソガキ! てめぇは“個性”しか能がねーんだからよ!」
下劣な欲望を撒き散らす俗物も、てめーの腐り切った価値観押し付けてくるキ●ガイも、自分のガキを支配しようとする毒親も、みんな死刑。
歪んだ超人社会が生んだ汚物共。
こいつらは、“個性”を暴走させて殺してやった。
「みゃー! みゃー!」
こねこはスルー。
「お父さん! お仕事行ってらっしゃい!」
「ああ、行ってくる」
妹は絶対に取り返す。
あいつは、ヒーローに騙されて洗脳されてる。
本来ヒーロー側にいるべき人間じゃない。
必ず、僕が連れ戻してみせる。
僕は、この腐り切った世界を壊す。
気に入らない奴を全員殺した後で、生きたいように生きられる世界。
何も知らずにゴミ溜めの中に生まれてきてしまった
それが僕の望む世界だ。
僕は、笑うために生きている。
“俺”はもう、止まる事はない。
◆◆◆
そして現在。
零は、ビルの一室からぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。
すると零の部下が話しかけてくる。
「零様。大丈夫ですか?」
「…うん、へーき。もう、吹っ切れたから」
部下が尋ねると、零は部下の方を振り向きながら答える。
そのまま窓を開けると、風が吹きつけてくる。
零は、外から吹き付ける風を浴びながら目を細めた。
「やっと、クソみたいな時間が終わる。オールフォーワンと死柄木が日本をメチャクチャにして、相澤ひなた以外はみんな殺す。やっと、19年間の地獄から解放される時が来たんだ」
全面戦争に勝利し日本を混沌へと陥れた零は、満足げな表情を浮かべていた。
だがその目には、微かに涙が滲んでいた。
本名:
性別:男性
年齢:24歳
所属:
“個性”名:『夢幻』『無効』(右眼と左眼で別の“個性”を所持)
身長:168cm
体重:54kg
誕生日:2月29日
血液型:AB型
出身地:東京都
好きなもの:妹
嫌いなもの:妹
性格:拗らせシスコン
戦闘スタイル:初見殺し&近接格闘
口調:一人称は『僕』だが、感情が昂ると『俺』になる。口調はフレンドリーだが、連合メンバー曰く『何故か癇に障る喋り方』。
ICV:緒方恵美
VILLAIN’S STATUS
パワー:B
スピード:A
テクニック:S
知力:B
協調性:E
◯概要
◯人物
元々はひなたを生み出した組織『ウロボロス』にいたが、施設から姿を消し、
その正体は、19年前に事故に巻き込まれて死亡したと思われていた相澤消太の実弟。
遅咲きかつ周囲には影響を及ぼさない“個性”故に“無個性”だと誤解されていじめを受けており、事故で重傷を負った際にヒーローに見捨てられ、表向きでは死んだ事になっていた。
元はヒーローに憧れる純粋な少年だったが、ヒーローに裏切られた事でヒーロー社会そのものに失望している。
その生い立ち故か情緒が5歳で止まっており、精神的な幼さが目立つ。
◯容姿
長い白髪でオッドアイ(右が青で左が赤)。所謂アルビノ。全体的に中性的な造形で美形なため女性と間違えられがちだが、歴とした男性。超常解放戦線発足以降、ロングシャツとレギンスの上にロングコートといった格好をしている。
◯“個性”
右眼と左眼でそれぞれ別の“個性”を所持している。
両眼の“個性”を同時に使う事はできないため、片方の“個性”を使う時はもう片方の目は髪で遮っていたが、“個性”が覚醒した事で両方同時に使えるようになった。
『夢幻』
零が与えられた“個性”。
相手に強力なマインドコントロールを仕掛けて操ったり、幻覚を操ったりする事ができる。
なお死体に対しても発動可能で、死後も“個性”を使わせる事が可能。
“個性”使用中は右眼が蒼く光る。
『無効』
左眼側の“個性”。“個性”使用中は左眼が赤く光る。
左眼で見た相手の“個性”を無効化する(あくまで自分に効かなくなるだけで、“個性”そのものが消えるわけではない)。
ちなみに探知機の役割も果たしており、相手が自分に対して何の“個性”を使っているのかもわかる。
“個性”が覚醒した事で物体にも『無効』を宿せるようになり、自身の周りの空気に『無効』を付与する事でバリアの役割を果たし、味方を“個性”による攻撃から守る事が可能となった。
ちなみに今持っている“個性”は殻木の複製で、本物の『無効』は死柄木が持っている。
性別:男性
年齢:5歳
“個性”名:『無効』
身長:99cm
体重:15kg
誕生日:2月29日
血液型:AB型
出身地:東京都
好きなもの:兄ちゃん、ヒーロー、チョコボール、ハンバーグ、カレー
嫌いなもの:特にないです
性格:優しい
◯概要
19年前に亡くなった、相澤消太の実弟。
◯人物
明るくて兄である消太を慕っている心優しい少年。
同年代の誰よりも才能があり、将来はプロヒーロー確実だと期待を受けていた。
しかし“無個性”だと誤診を受け、心無い周囲から迫害を受けるうちに心が荒んでいった。
事故に巻き込まれて重傷を負い、救助に来たヒーローに見捨てられ、最期はヒーロー社会に失望しながら死んでいった。
…かに思われたが、実は死体を志賀に回収され、蘇生手術により生き返っている。
ヒーロー社会そのものに失望しており、
◯容姿
黒髪で消太と同じ髪型だが、母親譲りでくりっと丸いダークブラウンの目をしている。
小柄で華奢。中性的な造形で、一見すると少女のよう。
死後、髪と肌が白く変色し、瞳も青と赤に変色している。
◯“個性”
『無効』
見た相手の“個性”を無効化する(あくまで自分に効かなくなるだけで、“個性”そのものが消えるわけではない)。
ちなみに探知機の役割も果たしており、相手が自分に対して何の“個性”を使っているのかもわかる。
“個性”使用中は左眼が赤く光る。
正確には、見た相手の“個性”を無効化する光子を体内で生成し、放出する“個性”。