抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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轟焦凍:ライジング

 時は分断直後に遡り、轟は荼毘と交戦していた。

 荼毘は、青い炎を発しながら口を開く。

 

「俺が荼毘になった経緯…最高傑作(おまえ)以上の熱を、絶やす事無く生きてこられた理由を」

 

 そう言って荼毘は、自分の過去を語り始めた。

 

 

 

 荼毘は、かつてはエンデヴァーの長男、轟燈矢という少年だった。

 燈矢は、エンデヴァーに自分を認めてもらおうと、自分の身体が焼けるのもお構いなしに瀬古杜岳で“個性”の訓練をしていた。

 だがその時、燈矢の“個性”が暴走して山火事を起こしてしまい、燈矢自身も自分の炎に焼かれて全身黒焦げになってしまった。

 もはや虫の息になりながらも、脳裏にエンデヴァーの姿を思い描く燈矢の元へ現れたのは、スーツ姿のオールフォーワンだった。

 

 次に燈矢が目を覚ました時に横たわっていたのは、児童養護施設のベッドだった。

 燈矢は、オールフォーワンに助け出された後、彼の息のかかった児童養護施設に運び込まれ、そこで3年間も眠りっぱなしだったのだ。

 施設の子供達に自分が3年も眠っていた事を知らされた燈矢は、施設の職員や子供達の制止も振り切って家に帰ろうとした。

 だが燈矢の治療は困難を極め、身体のほとんどを再生組織で補った事で顔が引き攣り別人のように変わり果て、以前のように炎の“個性”を出す事もできなくなっていた。

 自分の現状を知って絶望する燈矢に、オールフォーワンは『僕の教育を受ければ炎を元通りにできるかもしれない』と甘言を囁くが、燈矢は聞き入れずに施設を飛び出して実家に戻った。

 変わっていてほしい、父親が今まで自分にしてきた仕打ちを悔いていてほしい、家族が今でも自分を探していてほしい、また『お父さんの息子』に戻りたい、そんな思いが燈矢の中にあった。

 だがその希望は、すぐに打ち砕かれた。

 

 実家に戻った燈矢が見たのは、以前と変わらず末弟に虐待を行っている父親の姿だった。

 轟家では既に燈矢は死人になっており、母親も、妹も、弟も、誰も燈矢を探してなどいなかった。

 自分を“過去”にした家族に絶望した燈矢は、今までの自分と決別し、『荼毘』として生きていく事に決めた。

 

 オールフォーワンと殻木が燈矢を拾って治療を施したのは、死柄木に何かあった時のための保険として育てる為だった。

 だが手術に失敗し一月ともたない身体となった燈矢を、殻木は『失敗作』と見做して放置していた。

 だからこそ、8年の時を経て義爛に連れられ『荼毘』として再び姿を現した際は、殻木も燈矢が生きていた事に驚いていた。

 荼毘をここまで生かしたのは、怨嗟の炎、魔王すらも見放した偏執狂の死炎だった。

 

 

 

『赫灼熱拳』

 

 荼毘は、全身から蒼炎を放ってオールマイトの像をドロドロに溶かしていた。

 

「アレの()()()()()全て焼き尽くす。それが俺の生まれた証だ!!」

 

「させねえっつってんだろうが馬鹿兄貴!!」

 

 荼毘が笑いながら轟を見下ろすと、轟は荼毘に叫び返した。

 轟が胸の前で手を組んで反撃の準備をしていると、荼毘はさらに火力を上げて高笑いする。

 

「オッケーオッケー話してたらテンション戻ってきたわ! 聞いてくれてありがとな! 父親不在でお前が相手ってのも、冷静んなりゃあいい薪だ!」

 

「お前は、俺が止める」

 

「……勘違いすんな。俺はお前にも確り思う事があるんだ」

 

 荼毘は、目覚めてからずっと弱った炎を取り戻そうと鍛錬してきた。

 エンデヴァー以上の素質、そして再生手術によって痛覚が鈍った身体が、荼毘の炎の限界を取り払った。

 

「オールマイトが好きか焦凍!?」

 

 そう言って荼毘は、エンデヴァーの技である『ヘルスパイダー』を放った。

 荼毘の『ヘルスパイダー』はエンデヴァーのそれに比べて太く大雑把だったが、火力()()はエンデヴァーをも凌いでいた。

 荼毘が放った技は、炎のサイドキッカーズによって押さえられた。

 

「あっちぃいいいいい!!!」

 

「っんのヤロォオオ!!!」

 

 あまりの熱量に、アポロンとアルテミスはコスチュームがボロボロになり熱がっていたが、生まれつき炎に耐性のある体質だったため、火傷には至らなかった。

 炎のサイドキッカーズは、荼毘の攻撃を防ぎつつ後ろにいた轟に声をかける。

 

「ショートくん、もういけるか!?」

 

「行きます────」

 

 炎のサイドキッカーズの呼びかけに応じて轟が攻撃を放とうとした、その時だった。

 荼毘が『ヘルスパイダー』を囮に足から放った炎で移動し、轟の背後に這い寄ると、炎を纏った拳で轟を殴りつけた。

 

「一つ聞きてえんだが焦凍…お前一体どんな面して、怯える市民と一緒に雄英に籠っていられたんだ?」

 

 荼毘は、炎を撒き散らしながら何度も轟を殴りつけた。

 エンデヴァーをも凌ぐ圧倒的な熱量に、轟の身体は焼かれていく。

 

「エンデヴァーの息子、荼毘の兄弟、厄災の煮凝りみてぇなてめぇが!! そういう厚かましさだよ焦凍!」

 

「ショートくん!!」

 

「最高の環境と最適な身体がありやがるくせに、他に縋った!! 全てを持って生まれたくせに、そう在ろうとしなかった!! 誰も言ってくれねえなら俺が言ってやろうか!? フラフラ中途半端の人形が!!! てめェは何者にもなれねぇよ!!!」

 

 荼毘は、轟を非難しながら父親の技である『ジェットバーン』を放った。

 荼毘の渾身の攻撃を喰らった轟は、そのまま圧縮した炎に押されてビルの壁面に叩きつけられる。

 だがその時、荼毘は自分の放った炎が中和されている事に気がつく。

 

「……そうだ…言う通りだよ…遠回りして、迷ってばかりの…半端者…それが俺だ」

 

 そう言って轟は、胸の周りに赤い炎と白い炎を纏わせる。

 

「親父の事しか見えてねぇと思ってたよ…! 確り俺のことも見てくれててよかった」

 

 轟は、自分を救ってくれたクラスメイトに追いつこうと、自分なりに赫灼を習得しようとしていた。

 そして赫灼を身につける過程で、『半冷半燃』を持つ轟だからこその新たな境地に至っていた。

 

「この赫灼(ワザ)は、自分で発展させた、お前を止める為の技」

 

 轟は、両手に赤と白の炎を宿し、全身からありったけの炎を放つ。

 

「半端な弟から……言ってやる! 親父はイカレてた! ウチはダメだった! それでも…人を焼いたのはお前の選択だ。これ以上関係ねぇ人たちの命を奪うな! 全部()()にぶつけろ!」

 

 轟は、身体に赤と白の炎を纏いながら叫んだ。

『赫灼熱拳“燐”』、轟が赫灼を習得する過程で身につけた、轟だけの赫灼熱拳だった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 数週間前。

 轟は、ようやく扱えるようになった“燐”をA組に披露していた。

 それを見た常闇や緑谷はソワっとし、芦戸と葉隠ははしゃいでいた。

 

「『赫灼熱拳“燐”』…!」

 

「何かカッコいい〜!」

 

「でしょ!! 見てこれ真ん中だけ熱くないの!」

 

 葉隠が身体から光を放ちながらはしゃぐと、ひなたは轟の胸のあたりをペタペタ触りながら言った。

 ひなたは、轟と同じエンデヴァーの事務所で職場体験とインターンをしており、轟から技の相談を受けていた事もあってクラスの中では一番詳しかった。

 だがひなたは、ふと轟が全面戦争の時に“燐”を使わなかった事を思い出した。

 使わなかったというよりは、“燐”として不完全な状態だった。

 

「あれ、でも全面戦争の時……「あの時はまだ未完成だった。状態維持が難しくてな」

 

 轟が全面戦争の際に“燐”を使えなかった理由をひなたが尋ねると、轟が答える。

 ひなたのアドバイスによって手数が増えただけでなく、体温を一定に保ったまま安定して戦えるようになった事で技の威力が増した轟だったが、まだエンデヴァーのような火力を出せる領域にまでは至っていなかった。

 全面戦争直前にそれに近い状態に辿り着く事はできたものの、せいぜい数秒しか持たず、覚えたてで体力の消耗も激しいため、まだあの時点では使うのが難しい技だった。

 全面戦争の後、“燐”を完成させた事で、轟はエンデヴァー並みの威力の炎と氷を同時に扱えるようになっていた。

 轟は、“燐”を使いながら、ひなたのアドバイスを思い出していた。

 

 

 

 ──ただ氷や炎を『出す』んじゃなくて、身体の中で『循環させる』の。まだ氷と炎の同時使用は慣れてないだろうからしばらくは動きが鈍るだろうけど、まあそれは積み重ねだね

 

 

 

 轟は、自分に親身に接してくれただけでなく、技の習得で悩んでいた時に相談に乗ってくれたひなたに感謝していた。

 

「相澤。これはお前がアドバイスをくれたから習得できた技だ。ありがとな」

 

 轟が微笑みながら言うと、ひなたは触角をウキウキさせる。

 そして感極まったのか、適温に保たれている胸の部分をドスドス叩いた。

 

「何を言っとるんだ君は━━━! そんなの、いくらでも教えるさ! このこのぉ!」

 

「痛え」

 

 ひなたが喜びのあまり轟を叩くと、轟が若干痛がる。

 “燐”を発動させた轟を見て、ひなたは思い出したように触角をピンと立てた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「───そうすりゃ少しは頭ァ冷えるだろ!!」

 

 

 

 “凍み氷る衝撃”『冷炎白刃』

 

 

 

 轟は、エンデヴァーをも凌ぐ荼毘の炎を打ち消す程の極寒の炎を放つ。

 轟の白炎に凍らされた荼毘だったが、すぐに両腕から炎を放って態勢を立て直す。

 荼毘は、自分の炎に耐えられる体質と、自分の身体を冷やす氷を持つ轟だからこそ自分を止めるに至ったのだと今になって気がついた。

 

「お前以上に適任はいねぇってわけだ…! そして、選択の可否を口にする…ハ…! やっぱな! 同じ血を分けた兄弟ですら、こうも“型”が違う!! 歪んだレールが正道に交わる事はない。超人社会の限界! 俺達が! そうなんだよ!」

 

 そう言って荼毘は、地面に手をつく。

 すると地面が真っ赤に熱されて溶け、周囲に幾つもの火柱が立つ。

 

「これ以上は平行線だ!! 灼けて死ねよ!! 俺達の為に!!」

 

 荼毘は、火柱を放って轟やヒーロー達を全員消し炭にしようとした。

 だが他のヒーロー達は、荼毘の炎によって焼け死ぬ事はなかった。

 炎のサイドキッカーズや他のヒーロー達は、薄い氷の膜で覆われて炎を中和されていた。

 

「冷たい……」

 

「氷の膜…!?」

 

 自身を氷の膜で覆われた事でエンジンの故障を免れた飯田は、荼毘を睨みながらも自分達を守ろうとしている轟に目を向けた。

 

「ショートくん…!!」

 

「交わるよ、無理にでも」

 

 轟は、炎を両足に溜め、荼毘の目でも追いきれない速度で突進した。

 荼毘の懐に入り込んだ轟は、そのまま右の掌を荼毘の腹に打ちつけた。

 

「だから止まってくれ」

 

 

 

『大氷海嘯』

 

 

 

 轟は、荼毘の腹に右の掌を当てると、そのまま周囲一帯を一瞬で凍らせ真っ白な景色に変えた。

 轟の渾身の一撃を喰らった荼毘は、そのまま意識を手放した。

 轟が荼毘の炎を鎮めたのを目の当たりにしたヒーロー達は、感極まって涙を流す。

 轟も、ようやく緊張の糸が解けたのか、ため息をつきながら“燐”を解こうとする。

 だが………

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 数ヶ月前。

 零は、煙草を吸いながら荼毘に話しかける。

 

「なぁ、燈矢くんよ。お前、本当に炎の“個性”しか使えねえのか?」

 

「あ?」

 

「俺には視えるんだよ。お前の偏執狂の炎の内に秘めた、白く冷たい炎がな。それを使えば、お前は自分の身を焼かずに炎を使い続けられるんじゃねえのか?」

 

 そう言って零は、赤く光る左眼で荼毘を視る。

 零の“個性”には、“個性”を無効化するだけでなく、視た者の“個性”を正確に把握する力もあった。

 零の『無効化』の“個性”の本質は、視野に入れた人物の“個性”を打ち消せる光子を瞬時に作り出し全身から放出するというものだった。

 視た者の“個性”を見破る能力は、相手の“個性”に対応した光子を分泌する為に必要な『“個性”の分析』という過程で発生する副産物だ。

 零が荼毘の“個性”を正確に分析すると、荼毘は突然笑い出す。

 

「……プッ、クッ、ククッ…!」

 

「?」

 

「そうか、そういう事か…俺は、ちゃんとお母さんの“個性”も持ってたんだな。これをお父さんが知ったらどう思うだろうなぁ…?」

 

 零から本当の“個性”を聞いた荼毘は、ニンマリと不気味な笑みを浮かべた。

 そして零に話しかける。

 

「いい事考えた。おい零凪、しばらく俺に付き合え」

 

「は? 何で?」

 

「せっかくいいネタが見つかったんだ、次会う時までにお父さんに俺が強くなったところを見せてやりたいだろ?」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ボッ

 

 

 

 突然、地響きを起こす程の轟音が鳴り響いたかと思うと、轟の方へ熱風が吹き付ける。

 轟の目には、信じがたい光景が映っていた。

 そこには、轟と同じ“燐”を発動し周囲に炎を撒き散らしながら歩く荼毘の姿があった。

 

「結果的に…先にお前と闘れて良かったのかもな。ハハ…! やっぱ直に触れると違うんだな…コツが直感でわかるっつーか…氷を打ち込まれる前に…一か八か真似してみた。()()で合ってるよな? 焦凍」

 

 轟の技を見よう見まねで再現した荼毘を見たサイドキッカーズは、思わず冷や汗をかく。

 燈矢にも、実は轟同様母親から受け継いだ氷の“個性”が宿っていた。

 しかし燈矢の氷の“個性”は、轟のような冷気を放出する“個性”ではなく、身体の内側を冷やす“個性”だった。

 

 エンデヴァーと冷の子供は、4人とも氷の素質を持っていた。

 通常、4人も子供がいて全員が片親の素質を持つ事は珍しい事だった。

 だが、冷の生家である氷叢家は余所者の血が混じる事を恐れ、内縁だけで婚姻を繰り返してきた結果、世代を経る毎に氷の“個性”を持つ血は濃くなっていき、産まれてくる子供が持つ氷の素質も強くなっていった。

 

 燈矢の場合、不運な事に、エンデヴァー以上の炎と内側を冷やす“個性”を併せ持ってしまったが故に、放出した炎で自らを焼いてしまい、“個性”をうまく使いこなす事ができない体質となってしまったのだ。

 だが、全面戦争時に自分の身を焼く事なく炎を出し続ける事ができたのは、母親から受け継いだ身体を冷やす“個性”をギガントマキアとの戦いの時には既に覚醒させていたからだった。

 そして轟の氷結を受けた事により内に秘めた冷たい炎を完全に制御した今、轟の“燐”を再現し、表皮を焦がしながらもその熱を体内で冷やして限界以上の炎を引き出せるようになっていた。

 その結果行き着いたのが、蒼炎を超えた蒼炎、紫を帯びた藍の炎、藐炎だった。

 荼毘は、足裏から炎を放つと、どこかへと全速力で飛んだ。

 

「待て!! どこへ行く気だ!? 俺はまだ生きてるぞ!! 俺を殺すんじゃなかったのか!!」

 

 轟は荼毘に向かって叫ぶが、荼毘は炎で加速して飛び続けた。

 荼毘が飛んでいく方角は南西、郡訝の方だった。

 その事に気付いた轟は、荼毘の狙いに気がつく。

 

「あいつ…! 親父を先に殺すつもりだ…! くっ……」

 

 轟は、すぐにでも荼毘を追いかけようとした。

 だが“燐”を1分以上も使い続けたせいか、身体がふらついてしまう。

 すると、神野にいた(ヴィラン)を一掃した飯田兄弟が駆けつけてくる。

 

「ショートくん! 君の方こそ、その身体でどこに行く気だ!」

 

「インゲニウムさん…あいつ、郡訝に行く気です…俺が、止めなきゃ……」

 

 轟は、インゲニウムに支えられながらも荼毘を指差した。

 轟の頭の中には、作戦会議中にナイトアイに言われた言葉がずっと引っかかっていた。

 

 

 

 ──安心しろ。エンデヴァーが荼毘に殺されないのは確定している。問題はその後だ。私が見たのは、エンデヴァーの前で炭になって燃え尽き息絶える荼毘、そして息子の遺体の前で泣き崩れるエンデヴァーの姿だ。最悪の未来を変えられるかどうかは、ショート。君にかかっている

 

 

 

 轟は、エンデヴァーのもとへ飛んでいく荼毘を見上げながらギリっと歯を食いしばる。

 ナイトアイに伝えられた未来を回避する為、自ら荼毘確保に赴き、“燐”で荼毘を止めたのだが、轟の全力はあと一歩のところで荼毘の怨嗟の炎に届かなかった。

 するとその時、“個性”で荼毘の熱を見ていたアポロンが目を見開く。

 

「おいおい…! 何っつぅ熱量だよ…!? あいつ、エンデヴァーさんを巻き込んで自滅する気か!?」

 

「くっ……!」

 

 アルテミスは、炎の矢で荼毘を穿とうとする。

 だが荼毘の放つ炎の熱が壁の役割を果たし、アルテミスの矢を打ち消してしまった。

 

「くそ、アタシらには目もくれねぇってか」

 

 自分の渾身の一撃を消されたアルテミスは、ギリっと歯を食いしばる。

 荼毘は自分をも焦がす熱を放ちながら群訝へ飛んでいくが、荼毘の熱で満身創痍のヒーロー達には、もはや荼毘を追う体力も残っていなかった。

 

(身体を冷やして炭化を防いではいるが、身体への負担がでけェな。つーか郡訝まで遠すぎる…これ、お父さんのところに辿り着くまで保つかな)

 

 荼毘は、身体の内側を冷やしつつ身体が炭化し切らないギリギリの火力を出して全速力で駆けていたが、それでも命尽きる前にエンデヴァーに一目会えるかどうかは五分五分だった。

 それは荼毘本人もわかっていたが、それで立ち止まるようならここまで生き延びてはこられなかった。

 

(関係ねェよ。俺ァもう止まれねェンだよ。お父さんを殺すまでは)

 

 荼毘は、引き裂けそうな笑みを浮かべながら、両足が炭化するのも気にせず火力を上げた。

 ヒーロー達は、荼毘の放つ熱によって近づけず、立ち往生している間にもどんどん距離を離されていく。

 するとその時、飯田が轟を支えながら言った。

 

「追うぞ。立てるか轟くん」

 

「飯田……お前、火傷……」

 

「俺なら平気さ。君が冷やしてくれていたからな」

 

 飯田は、空を飛んでエンデヴァーの元へ向かう荼毘を見上げながら言った。

 

「今この場にいるヒーローに、奴を追える体力は残っていない。だが、()()()()()()()()

 

「……! 飯田、お前まさか……」

 

「もうこれしか方法が無い。俺が奴のもとまで駆けるから、君が奴をもう一度冷やすんだ。やれそうか?」

 

 飯田は、ヘルメットを被りながら轟に尋ねる。

 荼毘の炎で負傷した飯田の身を案じた轟だったが、すぐに余計な思考を振り払うと“燐”をもう一度発動する準備をした。

 

「………ああ。やるしかねえだろ」

 

 飯田が言うと、轟が頷いた。

 するとその時、インゲニウムが口を開く。

 

「俺にも協力させてくれ」

 

「兄さん…!」

 

「その作戦、お前の負担デカすぎんだろ。溶鉱炉に生身で飛び込むようなもんだぞ。エンジンへの負荷は俺が半分肩代わりするから、お前はギリギリまで体力温存しとけ」

 

 インゲニウムは、荼毘を止める為にも体力を温存するよう飯田に言った。

 そして轟の肩を軽く叩くと、ニカッと笑って声をかけた。

 

「絶対止めるぞ。全部終わったら、一緒に煮えたぎったうどん食うんだろ」

 

「…はい!」

 

 インゲニウムが声をかけると、轟は再び“燐”を発動する。

 インゲニウムと飯田が轟を抱え、インゲニウムは腕のエンジンを稼働させる。

 荼毘の放つあまりの熱量にエンジンがエンストを起こしかけるが、炎のサイドキッカーズが荼毘の炎を中和して三人を手助けした。

 

「「「「行け!!!」」」」

 

 合図と同時に、アルテミスが巨大化させた矢を三人ごと撃ち出した。

 するとインゲニウムのエンジンの加速も上乗せされて、三人は空中を駆ける荼毘の方へと一直線に飛んでいく。

 インゲニウムは、飯田と轟を掴むと、二人を荼毘の方へ投げた。

 

「行け!! 天哉!! ショートくん!!」

 

 インゲニウムが二人を投げると、飯田はエンジンを限界まで吹かせて超加速を生み出す。

 飯田の背に乗った轟は、両手を後ろへ伸ばして炎を吹き、飯田の加速にさらに速度を上乗せした。

 インゲニウムは、全速力で荼毘を追う二人を見上げながら、自分に憧れる幼い少年だった頃の飯田を思い出す。

 

 

 

 ──誰かが困ってたら、誰よりも疾く駆けつける

 

 ──兄さんは、僕の最高のヒーローなんだ! 

 

 

 

(もうお前の方が疾えよ。お前は、俺の名を継いでここまでやってくれた。だからよ、天哉。お前は、誰よりもヒーローに────)

 

 インゲニウムは、空中を駆けていく飯田と轟を見守った。

 飯田のエンジンと、轟の炎の加速力によって、二人はとうに音をも置き去りにしていた。

 後ろから二人が爆速で追いかけている事に気が付いた荼毘は、後ろを振り向くと馬鹿にするように吐き捨てた。

 

「何だそりゃ」

 

 荼毘は、さらに足からの炎の噴射を強くして加速し、追いかけていた二人は荼毘の炎に晒される。

 轟の氷の膜によってエンジンのエンストを防いでいた飯田だったが、直接炎を浴びて氷の膜も溶かされる。

 だがそれでも飯田は、立ち止まらずに荼毘を追い続けた。

 

「止まるものか…!! 僕の脚は、()()を送り届けてあげる為にあるんだから」

 

 荼毘の炎に晒されてもなお加速を続けた飯田は、とうとう荼毘に追いついた。

 飯田は荼毘を追い越す瞬間、背中に背負っていた轟を投げた。

 

「轟くん!!!」

 

 飯田が叫ぶと同時に、轟は“燐”を発動しつつ両手から炎を放った。

 轟の放った炎は、温度の上昇に伴って、赤から黄、白、そして白青へと色を変えていく。

 

 

 

 赫灼熱拳 “蒼”

 

 

 

「『噴流熾炎』」

 

 轟は、“個性”伸ばしの訓練の一環で“燐”を使いながら炎の温度を上げ続けた結果、ついに蒼炎を出せるようになった。

 轟は、荼毘を倒す為に編み出した技で荼毘に立ち向かう。

 

「止まらねェなら…っ! 力強くで止めてやる!!」

 

「焦ォ…凍ォオ゛オ゛!!!」

 

 轟は、全身から青白い炎を放ちながら全速力で荼毘に掴み掛かる。

 正面から弟に掴み掛かられた荼毘は、郡訝へ向かう足を止められ、そのまま空中で揉み合いになる。

 荼毘の足止めに成功した轟だったが、付け焼き刃の蒼炎が、蒼炎を超える藍紫の炎、藐炎に敵うはずもなく、轟の炎はすぐに打ち消されて全身を焼かれる。

 安定して蒼炎を出せる荼毘とは違い、安定せずに炎の色も薄く、“燐”を発動している間、その中でもわずか1秒しか出せない奥の手だった。

 

「ぐぁあぁあああああ!!」

 

 轟は、荼毘の炎に灼かれながら叫び声を上げる。

 “燐”を発動して自分の身体を冷やしていた轟だったが、それでも荼毘の炎の前ではほとんど意味を為さなかった。

 荼毘に立ち向かう為に放った蒼炎は、1秒と保たずすぐにもとの赤色に戻って終いには消えた。

 その様子を見た荼毘は、目を見開きながら冷やされて白くなった息を吐いて高笑いした。

 

「ハッハハハ!!! 何だよ、さっきのはハッタリかァ!? 半端者のてめェが!! 俺の技をパクろうなんざ、千年早えんだよ!!」

 

 荼毘は、笑いながら轟の身体を焼いた。

 だが轟は、全身を焼かれても荼毘に組みついて離れなかった。

 エンデヴァーの元へ行きたい荼毘は、鬱陶しそうに轟を引き剥がそうとする。

 

「ぐぅ、う゛ぅう゛ぁあ゛…!!」

 

「離せよ焦凍。じゃなきゃ死ねよ。お前が死ねば、お父さんは悲しんでくれるよなァ!?」

 

 荼毘は、身体に纏う炎の火力を上げて轟を焼き殺そうとする。

 それでも轟は、“燐”で荼毘の炎を中和しながら死ぬ気で喰らい付いた。

 

「ここで…っ、離したら…止まらねェだろ、てめェは…! てめェが、止まるまで…! 俺は絶対、離さねェ」

 

「ハッ、笑わせんなよクソガキ。俺を止める事もできねェ、付け焼き刃の炎しか出せねェ!! そうやって芋虫みてェにへばりついてンのがやっとのくせに!! 何者にもなれねェてめェが!! 何しにここへ来た!? えェ、オイ!!」

 

 荼毘は、“燐”を発動させてもなお自分を倒せずにいる轟を嘲った。

 轟は、荼毘に嗤われてギリっと歯を食い縛る。

 轟を焼き殺そうと火力を限界まで上げる荼毘だったが、少しずつ轟の周りの炎の温度が下がっている事に気がつく。

 

「ああ、そうだよ…だから来たんだ…! 俺が、ここに来たのは…!!」

 

 轟は、荼毘の嘲笑を肯定しながらも、全身から極寒の炎を放った。

 轟の放つ極寒の炎は、空気をも凍らせ氷の霧を発生させていた。

 それを見た荼毘は、冷や汗をかく代わりに目を見開く。

 

「なりてェもんに、なるためだ!!!」

 

 轟は、極寒の炎と氷霧を放ちながら叫んだ。

 すると荼毘は、目を大きく見開いてありったけの炎を放ちながら叫ぶ。

 

「焦凍ォオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

「う゛ぅう゛う゛ぁああああああ!!!!」

 

 荼毘が最大火力の藐炎を放つと、轟は極限まで温度を下げた『大氷海嘯』を放って荼毘の炎を中和する。

 膨大な熱と冷気がぶつかり合い、周囲数kmにわたって暴風が巻き起こる。

 轟は、荼毘の炎が燃え移って身体を灼かれながらも、灼かれる度に極寒の炎で打ち消し続けた。

 1万度を超える圧倒的な熱量に押されても、必死で荼毘に喰らい付いて極限まで冷やし続けた。

 轟が荼毘の炎を冷やし続けると、一瞬だけ荼毘の藐炎と轟の極寒の炎の混ざり合って温度が発火点以下まで下がり、荼毘の炎が消える。

 轟は、その隙に極寒の炎を纏った拳を振りかぶる。

 

「その炎も゛…っ、怨みも、全部、受け止めてやる…っから!! 帰ってこい!! 馬鹿兄貴!!!」

 

 

 

 冷炎白刃 “鏐”

 

 

 

 轟は、自分をも焦がす炎を纏う荼毘の腹に拳を撃ち込んだ。

 それと同時に、荼毘はありったけの炎を轟に浴びせた。

 轟は荼毘に炎を撃ち込まれて全身が燃え、荼毘は轟に極寒の拳を撃ち込まれて身体の隅々まで凍らされる。

 荼毘の放った炎の先にあるビルは全てドロドロに溶け、轟の炎が突き抜けた先にあるビルは全て凍った。

 互いに渾身の技を撃ち込まれて力尽きた二人は、空中でのコントロールを失い、そのまま真っ逆さまに落ちていく。

 

「ぁ………がぁ………」

 

「轟くん!!」

 

 全身を燃やされて満身創痍の轟が落ちていくと、飯田が駆けつけて轟をキャッチした。

 轟は、全身がボロボロの丸焦げになり、もはや意識があるかもわからない状態だった。

 他のヒーローが落下してくる荼毘を確保し、飯田が轟に応急処置をしようとした、その時だった。

 

「ァ……ア゛…ァ………」

 

 轟に凍らされたはずの荼毘が、意地でもエンデヴァーのもとへ向かおうと歩を進めていた。

 もはや意識は無く白目を剥き、“個性”を酷使した事で両手脚が炭化し、末端からボロボロと崩れていた。

 それでも荼毘をエンデヴァーのもとへと歩ませようとするのは、狂気とも呼ぶべき怨恨以外の何物でもなかった。

 ふらつきながらもエンデヴァーのいる郡訝山荘跡へと行こうとする荼毘だったが、身体はとっくに限界を迎えており、電池が切れたように前のめりに倒れる。

 だが荼毘が倒れる寸前、何者かが荼毘の身体を受け止めた。

 荼毘を受け止めた人物の姿を見た飯田は、思わず目を見開く。

 

「あなたは…轟くんの…!」

 

 飯田は、驚きながらもその人物に声をかけた。

 そこにいたのは、轟と荼毘の母親の冷だった。

 それだけでなく、冬美と夏雄もその場に駆けつけていた。

 

「焦凍!! 燈矢兄!!」

 

 変わり果てた兄と弟の姿を見た夏雄は、血相を変えて二人のもとへ駆けつける。

 冬美と夏雄は、荼毘と戦って大火傷を負った焦凍、そして他にも炎の被害に遭ったヒーロー達を、氷の“個性”で冷やした。

 すると他のヒーローの治療をしていたアポロンは、冬美に尋ねる。

 

「どうしてここへ…?」

 

「焦凍が兄さんと…荼毘と戦うと聞いて…それで、ナイトアイさんから未来を聞いたんです。私達は、最悪の未来へ突き進もうとしている兄を止める為に来ました」

 

 アポロンが尋ねると、冬美が答える。

 冷、冬美、夏雄の三人は、ナイトアイから荼毘が死にエンデヴァーが絶望の表情で泣き崩れる未来を聞かされ、その未来を回避する為無理を言って神野へ駆けつけてきたのだ。

 冷は、力尽きた荼毘を横抱きにしながら“個性”で冷やし続けて細胞の炭化を阻止した。

 あまりの熱量に両手を火傷するが、それでも荼毘を離さず冷やし続け、泣きながら荼毘を抱きしめた。

 冷の目から零れ落ちた涙は、“個性”で冷やされ荼毘の身体に落ちると同時に凍りついた。

 

「あの日、無理矢理にでもあなたを引き留めていれば良かった…もっとちゃんと、あなたを見てあげれば良かった…! ごめんね…燈矢、ごめんね…!」

 

 冷は、荼毘を抱きしめながら、きちんと親としての役目を果たせなかった事を謝罪した。

 冬美と夏雄も、荼毘に寄り添って冷と一緒に荼毘を冷やした。

 すると荼毘は、ポツリ、ポツリと呟く。

 

「何だよ…今更………お父さんも…お母さんも…みんな、みんな……大嫌いだ」

 

 その言葉を最後に、荼毘は力尽きて意識を手放した。

 最後に彼の脳裏に浮かんでいたのは、まだ轟燈矢だった頃の泣いている自分のもとへ寄り添う家族の姿だった。

 荼毘は、死ぬ寸前まで身体の炭化が進んでいたものの、家族の救助によって一命を取り留め病院に運び込まれた。

 そして荼毘の炎で負傷したヒーロー達も、応急処置を終えた後病院に運ばれた。

 その場にいたヒーロー達が轟へ思いを繋ぎ、轟と家族が荼毘の怨嗟の炎を鎮め、神野での戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 




荼毘戦は後半オリジナルにしてみました。
こういう展開もアリなんでねぇかなぁと。
あー、とうとう死柄木&梅干しとの戦いに突入しちまう。
どーしよっかなぁ。



ここで捏造技紹介

藐炎(びょうえん)
荼毘の覚醒した“個性”。
荼毘の中に眠っていた冷の“個性”が覚醒した事で進化した、蒼炎を超える蒼炎。
今までの蒼炎よりも色が濃く、紫を帯びた藍色の炎で、その温度は5万度を超える。

『赫灼熱拳“蒼”』
轟の新技。
荼毘の蒼炎を擬似的に再現した技。
“燐”で体温を一定に保ちつつ炎の温度を極限まで上げる事で、一時的に荼毘の炎に匹敵する火力が出せる。
デメリットとして、“燐”発動時にしか発動できず、長くて数秒程度しか維持できない事が挙げられる。

『冷炎白刃“鏐”』
轟の新技。
『赫灼熱拳“蒼”』とは逆に、“燐”で体温を一定に保ちつつ冷たい炎の温度を極限まで下げる技。
この技の発動中は周囲の空気中の水分が一瞬で凍りついて氷霧が発生し、その様子が白銀に輝いて見える事から『鏐』という名前がつけられた。
デメリットとして、“燐”発動時にしか発動できず、長くて数秒程度しか維持できない事が挙げられる。
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