抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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勉強会

 6月最終週。

 ひなた達は、八百万の家で勉強会をしていた。

 耳郎は、引っかかっていた二次関数の応用問題をきちんと理解できたところだった。

 

「なるほどねー、こうやって解けばよかったんだ」

 

「ええ、耳郎さん。一見こちらに引っかかりそうになってしまうんですけれど、きちんと問題を見れば大丈夫ですわ」

 

「さすがヤオモモ、すっごくわかりやすい!」

 

「まぁそんな……」

 

 八百万の理路整然とした説明はとてもわかりやすかった。

 耳郎が素直な感想を口にすると、八百万は嬉しそうに頰を染める。

 

「ヤオモモせんせー! この英語の訳、どうすりゃいいのー?」

 

「ちょっとお待ちになって、芦戸さん……あぁここはですね……」

 

 八百万が立てた勉強プランは完璧で、それぞれの学力に合わせた問題まで用意してくれていた。

 それぞれのウィークポイントの傾向と対策。

 懇切丁寧なわかりやすい教え方。

 時間を割いて、自分達の為に用意してくれていたのだと思うと、初めは豪邸という環境になかなか慣れなかった耳郎、瀬呂、尾白、心操も、八百万の教え方にきちんと勉強に集中することができていた。

 芦戸も林間合宿で肝試しをするんだと猛烈に集中している。

 心操は、英語のテストの対策をひなたから聞いていた。

 

「中間でわかったと思うけど、この学校のテストって最後の1割は授業の内容だけじゃ絶対解けないようになってるんだよね。ぶっちゃけこの手のいじわる問題は解けなくても仕方ないと思う。ひー君は授業で習った基礎と応用はちゃんとできてるから、取れる問題を確実に取っていこっか」

 

「わかった」

 

 ひなたは、授業の内容をきちんと理解して応用もできている心操に対しては、点数を落とさない方法を教えていた。

 

「う……頭が破裂するぅ~……」

 

 だが、ただ一人、既にいっぱいいっぱいになってしまった男がいた。

 上鳴だ。

 体育祭やら職場体験やらとめまぐるしい行事に流されて、まったく勉強してこなかったつけが脳みそに回っていた。

 

「xとyがイオン結合して……助動詞がシュメール人とクラウン・ショック……」

 

「あ、もうしてるわ、破裂」

 

 電気も放出していないのに、アホ面になりかけている上鳴を見て左隣の耳郎が言うと、右隣の瀬呂が励ます。

 

「しっかりしろよ! 林間合宿行くんだろ?」

 

「そうだよ、相澤先生も言ってただろ。もし赤点とったら林間合宿行けないどころじゃなく、学校で補習になっちゃうんだからさ」

 

「あああああ~……! 誰か……誰か俺の頭を交換してくれえ!」

 

 同じく励まそうとした尾白の言葉に、上鳴は迫る現実に爆沈する。

 その様子に尾白は「なんかごめん……」と申し訳なさそうに謝った。

 

「上鳴さん……では、そろそろ休憩を入れましょうか。適度な休憩を挟んだ方が効率も上がりますしね」

 

 そう言うと八百万は、扉の外に向かって「じいや」と呼んだ。

 するとすぐに扉を開けて執事が入ってきた。

 

「お茶の用意をお願い」

 

「ただいま」

 

(もしかして、ずっと待機してたのか……??)

 

 目を丸くする耳郎達の前で、今度はメイド達がワゴンでお茶とクッキーを持ってくる。

 見るからに高級そうなティーセットがスッと用意され、熱い紅茶が注がれる。

 湯気とともにふわりといい香りが漂った。

 休憩を邪魔しないように配慮してか、執事とメイドたちは給仕を終えると静かに講堂を出ていく。

 

「さ、皆さん召し上がって」

 

 八百万の声を合図に、皆いったん勉強の手を止め、そっと紅茶に口をつける。

 

「メイドさんが淹れてくれたお茶……」

 

 丁寧に淹れられた紅茶の雨が、上鳴の乾いた心の大地に染み渡った。

 

「ん、ホッとするぅ~」

 

 ほへえ ~と脱力する芦戸。

 耳郎は優雅に紅茶を飲んで息をつく八百万に聞いた。

 

「ハロッズ? だっけ」

 

「ええ、勉強の時はこのブレンドされたものを愛飲しているんです。産地が違うそれぞれのフレーバーが複雑な渋みを醸し出して、疲労した脳をリラックスさせつつリフレッシュさせてくれる感じがして……」

 

「よくわかんねーけどうまい」

 

「普段、あんまり飲まないけど紅茶もいいねー」

 

 瀬呂と尾白もどうやら気に入ったらしい。

 ひなたと心操は、以前ひなたがリクエストした別の種類の紅茶を飲んでいた。

 

「じゃあ俺もこれ飲み終わったら貰おうかな」

 

「僕も〜! んまっ」

 

「かしこまりました」

 

 心操とひなたが今度はハロッズを所望すると、執事が頭を下げた。

 ひなたは、用意してもらった紅茶を飲んで幸せそうな表情を浮かべていた。

 

「ん〜、やっぱセーデルブレンドは美味い」

 

「まぁ! それは良かった! セイロン紅茶をベースにローズやオレンジピール、マリーゴールドなどをブレンドしていて、まろやかで甘い香りが特徴的な……」

 

「よくわかんないけどそっちもおいしそ〜! ひなた一口ちょうだい!」

 

「後で同じの用意してもらえば…?」

 

 芦戸がひなたの飲みかけの紅茶を欲しがると、尾白がツッコミを入れる。

 芦戸は、ふと視線を移し、紅茶とともに出されたクッキーに目を輝かせる。

 茶色のクッキーだ。

 

「このクッキーもおいしそ~」

 

 少し形が歪な気もするが、きっとどこぞの高級店から取り寄せた美味しいものに違いないと皆が思いながらクッキーを口に放りこんだ。

 八百万は皆が食べるのをにこやかに見守っている。

 やってくるのは滋味深い甘さに違いない──と、期待していた舌がまず最初に感知したのは、複雑な苦みだった。

 

「………?」

 

 ひなた以外の6人は、予期せぬ味に首をかしげる。

 だが、思考する間もなく次にやってきたのは、強烈なえぐみと辛み。

 そして塩辛さ。

 刺激をともなったそれは、ピリピリと舌を、口を、喉を攻撃する。

 それらの後ろに隠れていた生臭さが鼻孔をしつこくくすぐってきた。

 

「っ……!!」

 

 人が飲みこむものではない。

 本能がそう告げているが、この豪邸という環境が自分の舌を疑わせる。

 これが、セレブの味なのか……? と。

 

「どうかなさったの? 皆さん……」

 

 吐き出すのをこらえるために口を押さえたり、青ざめたり、脂汗をかきはじめたりした6人の様子に、八百万が気づく。

 6人は美味しい紅茶でクッキーを飲み下した。

 唯一ひなただけが、平然とした表情でクッキーを食べていた。

 

「もしかして、お口に合いませんでした……?」

 

「……い、いやあ、そんな事……」

 

「セレブのクッキーって、すごいね……」

 

「凄い濃厚で、紅茶が進む味だなぁって…」

 

 心操は、悪く言って八百万を傷つけたくはなかったが嘘もつきたくなかったので、『不味い』とは言わなかったがハッキリ『美味しい』とも言わなかった。

 いつまでも口の中にえぐみと生臭さが残って思わず紅茶で口の中を洗い流したくなるような味なのだが、『濃厚で紅茶が進む味』と言えば悪い気分にはならない。

 言葉のマジックというやつだ。

 何とか口を開いた尾白、芦戸、心操に、八百万は恐る恐るクッキーを摘んで口に入れた。

 

「───!?」

 

 次の瞬間、八百万の顔が衝撃に歪んだ。

 

「ちょっ……失礼しますわ……っ」

 

 口を押えながら慌てて出ていく八百万。

 残された6人は、足音が遠ざかってからクッキーの不味さに打ち震えた。

 

「うわ~、まだ味が残ってる ~!」

 

「もはやクッキーじゃねーな……兵器だったな」

 

「食べれるよ? 何か頭に良さそうな味」

 

 味を流そうとゴクゴク紅茶を飲み干す芦戸に、訝しそうにクッキーを眺める上鳴。

 唯一ひなただけは、平然とした表情でクッキーを食べており、二枚目に手を伸ばしていた(※なお、『美味しい』とは決して言わなかった模様)。

 ひなたは、生まれた時からドッグフードのような味の合成食品を食べ、毎日のように血や吐瀉物を吐きながら育っており、相澤に助けられるまでは味の最底辺が日常になっていたため、どんなに不味いものでも平然と食べる事ができたのだ。

 

「でも、これ眠気覚ましにはいいよね。一発で目が覚める」

 

 フォローするように言う尾白に真剣な顔で諭す瀬呂。

 

「その前に、もう一回食べる勇気で目が覚めるぞ」

 

 耳郎も紅茶を飲み干してから、扉を見つめた。

 

「ヤオモモも不味かったのかなー? 慌てて出てっちゃったけど……」

 

「ま、すぐ戻ってくんだろー」

 

 しかし、その上鳴の言葉とは裏腹に、八百万はなかなか戻ってこなかった。

 

「んー、しょうがない。僕が引き続き先生やるよ」

 

「いつまで食ってんだひなた」

 

 ひなたがクッキーを大量に頬張っていると、心操がツッコミを入れた。

 こうして、今度はひなたが先生役を引き継いで勉強を再開する事となった。

 そうしているうちに、耳郎は尿意を催した。

 口に残る味を流そうとガブ飲みした紅茶のせいだ。

 

「ちょっとウチ、トイレ行ってくる」

 

「あ、私も行くー! 飲みすぎたー」

 

「じゃあ僕も。何か女一人取り残されるのさみしい」

 

 立ち上がった耳郎、芦戸、ひなたが扉を開けると、メイドが一人待機していた。

 何か用があった時の為に控えていてくれたのだろう。

 トイレの場所を聞くと、「こちらです」と案内してくれる。

 迫る尿意に急いでもらうが、長い廊下を曲がりくねり、芦戸の我慢が限界に達しそうな頃、やっとトイレに辿り着いた。

 

「ふぁ~、間に合った~」

 

「広いと大変だなー」

 

 手を洗い、爽やかな笑顔で出てきた三人は、ふと足を止めた。

 

「……あれ? どっちから来たんだっけ?」

 

「ん~……?」

 

 右と左、どっちを見ても、長い廊下が続いている。

 右から来たような気もするし、左から来たような気もする。

 メイドはいない。

 トイレ前で待機しているとのメイドに、気恥ずかしかった耳郎は帰りは大丈夫ですと戻ってもらったのだ。

 すると、最後に出てきたひなたがハンカチで手を拭きながら言った。

 

「僕道覚えてるよ」

 

「えっ、ホント!? 流石ひなた!」

 

「うん。まあ、いざとなったら“個性”使ってこの屋敷のどこにいても講堂に戻れるし」

 

 ひなたが少し自慢げに言うと、芦戸は何かを思いついたのか、唐突にずいっと詰め寄って言った。

 

「あっ、そうだ! せっかくだし、ヤオモモんち探検して行かない!?」

 

「え!? ちょ…ダメでしょ、人んちでそんな…講堂で男子待たせてるし」

 

「だって、こんな豪邸探検できる機会なんてそう無いよ? ちょっとくらい寄り道してもバチ当たんないでしょ! 大丈夫だって、ひなたがいるから戻れるし!」

 

「そういう事言ってんじゃないんだけど…」

 

「みなっち今当然のように僕をコンパス扱いしたよね」

 

 芦戸が笑いながら言うと、耳郎とひなたがツッコミを入れる。

 

「よーし、そうと決まれば探検だ!」

 

「あっ、ちょっ、待ってってば!」

 

「こうなる事は読めてたね…うん」

 

 上機嫌で入っていく芦戸を、耳郎とひなたが追いかけた。

 その頃講堂に残った男子達は、ひなた達を待っていた。

 

「おっせーな、あいつら。迷子になってたりして」

 

 そうからかうように笑う瀬呂に尾白が「んー」と眉を寄せる。

 

「この家ならありえるよ」

 

「でも、メイドさんに案内してもらってたから大丈夫だろ?」

 

「それもそうか」

 

 瀬呂が言うと、尾白が笑う。

 だが心操は、顎に手を当てて言った。

 

「…もしかしたら、わざと戻って来ずに遊んでたりして」

 

 心操が言うと、瀬呂と尾白がポカンとする。

 そして、二人で一斉に笑い出した。

 

「いやいやいや、ないないない! だってメイドさんに連れてってもらってんだぞ?」

 

「流石にあの三人も、勉強放ったらかして人ん家で遊んだりしないでしょ」

 

「だといいけど」

 

 二人が笑いながら言うと、心操は無理矢理納得した。

 そんな三人の前で、上鳴はノートに頭をこすりつけるようにうごめいていた。

 

「…………」

 

 うごうごと上半身を動かすさまは、まるで大きな芋虫のようだ。

 さすがに見過ごせなくなり、尾白や心操と顔を見合わせた瀬呂が代表して声をかける。

 

「……さっきから何やってんだよ?」

 

「こうすれば、知識が頭に入ってこねーかなーと」

 

「いや、逆にせっかく頭に入れたのが出ていきそうだよ、それ」

 

 冷静な尾白の指摘に、涙目の上鳴ががばっと顔を上げる。

 

「じゃあどうすりゃいいんだよー!」

 

「普通に勉強するしかないだろっ!?」

 

「もう、俺の脳のキャパがいっぱいいっぱいなんだよ~! もう一文字も入んねーんだよぉ! うう……さよなら、俺の林間合宿……っ、こんにちは、補習地獄……!」

 

「元はと言えばちゃんと勉強してこなかったお前が悪い。自業自得だ」

 

「正論言うな心操ォ〜! それ言われちゃもうおしまいだろうがよ〜!!」

 

 メイドのお茶で心が潤ったのはつかの間の夢だったようだ。

 すっかり諦めモードに入った上鳴を放っておくこともできず、三人は慰めにまわる。

 

「だ、大丈夫だって! まだ時間はあるんだからさ」

 

「ごめん、今のは言いすぎた。今から頑張ればまだ挽回できるよ」

 

「そうそう! 人間、集中すればどんな困難でも乗り越えられる! 校訓思い出せって」

 

「プルスウルトラ!」

 

「……もう一文字も覚えられねーのに?」

 

 上鳴のあきらめモードはなかなか切り替わらない。

 普段なら割となんでもポジティブにとらえる性質だが、勉強というストレスが、ネガティブにギアチェンジさせている。

 

「その一文字がプルスウルトラじゃないかな」

 

「尾白の言う通りだぜ、一文字超えれば、お前は林間合宿に行けるって! な!」

 

「よく見てみろ、たったの一文字だ。たったの一文字覚えれば、お前はまだやれる」

 

 クラスメイトの温かい励ましに、上鳴の固くなっていたギアがゆっくりと動きだす。

 

「……そうだな! あと一文字超えれば……」

 

 そう言いながら上鳴が目を落とした英語の教科書には、ぎっしりと並んだ英文。

 AからZが好き勝手に並んだようにしか見えない文字の羅列。

 ぱぁんと上鳴の脳細胞が弾けた。

 

「やっぱムリムリムリー!!」

 

 現実逃避するようにつっぷす上鳴の耳には、三人のあきれながらも気遣う声は入ってこない。

 その代わりに、数日前の峰田実のからかうような声を思い出した。

 

 ──いざとなったら……しかねえんじゃねえ? 

 

「……ははっ」

 

 上鳴が乾いた笑いをこぼす。

 それは数日前、八百万の家で勉強会をすると言った上鳴に、峰田がそれでもだめなら……と続けた言葉だった。

 

「おい、マジで大丈夫かー?」

 

「とうとうおかしくなったか…?」

 

「そんな疲れてんなら、今日はもう帰って寝た方が……」

 

 勉強のしすぎでおかしくなってしまったかと真剣に心配する三人に、上鳴は苦笑しながら言う。

 

「違うって、峰田がさー、八百万に勉強教えてもらってもダメなら、もうカンニングするしかねえなんて言ったの思い出してさ ー」

 

「ハハッ、カンニングなんかしたら林間合宿行けないどころの話じゃなくなるだろー」

 

「笑い事じゃないよ、本当にしたら退学ものだって」

 

「そうなったらこれからの人生お先真っ暗だぜ」

 

 そう言いながらも、三人と一緒に笑う。

 上鳴も笑った。

 

「だよなー」

 

 そんな上鳴の目に瀬呂の肘が映る。

 

「ははは……はは…………いや、アリなんじゃねえ……?」

 

「は?」

 

 笑いを消した上鳴のやけに真に迫った声に、三人はきょとんと上鳴を見た。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「たんっけん♪ たんっけん♪」

 

「ちょっ、待ってって芦戸」

 

 スキップでもするように楽しげに歩く芦戸とは対照的に、耳郎とひなたは呆れ気味に芦戸のあとを追いかける。

 

「ねー、あとでヤオモモの部屋も見せてもらおーよ」

 

「あぁうん……」

 

 同じようなドア、壁が続くと、ここは実は迷路なんじゃないかと疑いたくもなる。

 生まれてからずっと住んでるから、八百万にとってはこれが普通の家なのだ。

 耳郎は、ふと八百万母の視線を思い出した。

 

「…………」

 

 改めて、また自分の服を見てしまう。

 

「……ねえ、ウチの服、変かな」

 

「服? カッコかわいいよ!」

 

「うん! きょーちんによく似合ってると思う!」

 

「……ん? ライブラ……あ! ここ図書室だって!」

 

 ひときわ大きい扉のプレートを見て「へえ ~!」と珍しそうに声をあげる芦戸を見ながら、耳郎は小さく息を吐いた。

 

「耳郎様、芦戸様、相澤様、こちらにいらしたんですね」

 

「あ、執事さん……」

 

 後ろから声をかけられて、耳郎が振り向くといつのまにか執事がやってきていた。

 

「申し訳ありません。ちゃんとご案内するように申し付けておいたのですが……」

 

「あっ、ウチが戻ってくださいって言っちゃって」

 

「しかし迷わせてしまったのは私どもの責任です。大変申し訳ありません」

 

「いえ、迷ったのではなく、みなっ…芦戸さんが『探検しよう』と言い出してですね…」

 

「あーはは…こういうとこなかなか来ないんで、テンション上がっちゃって、つい…」

 

「それはそれは……では講堂の方に……」

 

 そう言うと、執事は少し考えこんでからまた口を開いた。

 

「講堂に戻る前に、百お嬢様の元へ参りましょうか」

 

 そうして執事の後をついていくと、なにやらうっすらと変な匂いが漂ってきはじめた。

 歩いていくにしたがって、その匂いは濃くなっていく。

 

「うう、これなんの匂い!?」

 

 我慢できず鼻をつまみながら声をあげた芦戸に、執事は足を止め、振り返った。

 

「……さきほどのクッキーの匂いでございます」

 

「え? あのクッキー?」

 

「どうぞあちらへ……」

 

 執事はひなた達に先へ行くよう促す。

 戸惑いながらも、何となく足音を忍ばせて三人は突き当たりにあるだろう目的地へ進んでいく。

 

「……お母様、それもちょっと……やめておいた方がよろしいのでは……?」

 

「まぁどうして?」

 

 聞こえてきたのは八百万と八百万母の声だ。

 三人は、そっと中をのぞく。

 

「流石に青魚とチョコレートは合わないのでは……」

 

「でもね、百。青魚に含まれている油は脳にいいのよ? それにカカオも。大丈夫よ、牡蠣と一緒にミキサーにかけてしまえば魚の形は残らないわ。さっきのクッキーにも入れたけれど、わからなかったでしょう?」

 

 そこは厨房だった。

 本格的な設備はレストランのものと変わらない。

 平台を前に八百万と八百万母が話している。

 二人の前には、新鮮そうな魚や、キャベツやほうれん草、ナッツ類に、香辛料などなど、さまざまな食材があった。

 話の内容からすると、どうやらさっきのクッキーは八百万母のお手製らしい。

 

「……ヤオママ、料理は苦手みたいだね~」

 

「そういえば、コーヒーとめんつゆ間違えた事あるって言ってたっけ」

 

「「まじか……」」

 

 こそっと呟いた芦戸に、耳郎も頷く。

 一度八百万から母親の話を聞かされたひなたが言うと、芦戸と耳郎が顔を引き攣らせる。

 三人に見られている事など気づかず、八百万は言いにくそうに続けた。

 

「……ですが、その生臭さは……その、お母様はお気づきになりませんの……? この匂い……」

 

「え? あぁ、そういえばしばらく前から何も匂わないの。いつのまにか鼻風邪でもひいてしまったのかしら?」

 

(それって、鼻が麻痺してるんじゃ……)

 

 あまりに強烈な匂いを嗅ぎすぎてしまったのだろうと耳郎は推測した。

 

「……では、少しお休みになられたほうがよろしいのでは」

 

「いいえ、休んでなんかいられないわ。私はこのクッキーを作らなくては」

 

(なんでそこまでして……)

 

 耳郎がそう思った時、八百万母が気合を入れるように両手の拳を握りしめ言った。

 

「だって、百のお友達の期末テストのためですもの! 赤点をとっては、林間合宿に行けないのでしょう? 百はお勉強のサポートを、私はせめて、この脳を活性化するクッキーでサポートしたいのよ。せっかくのお勉強会ですものね」

 

 耳郎は小さくハッとして、食材を見る。

 そういえば、どれも脳にいいと言われているものばかりだ。

 

「お母様……お気持ちは、その、とてもありがたいのですけれど……」

 

「大丈夫よ。さっきはお塩とお砂糖を間違えてしまったけれど、今度は間違えないわ。それに緑茶を入れると匂いがきっと中和されるはずよ。それよりカレー粉のほうがいいかしら? あ、両方入れてしまえばいいわね!」

 

(……なんだ、普通のお母さんなんだ)

 

 耳郎は張りきる八百万母を見て、そう思った。

 住んでいる家がどんなに大きくても、娘の友達のために張りきってクッキーを作っている。

 ……味的には失敗しているけれど。

 

「ヤオママ、優しいね!」

 

「……うん」

 

「ははは、正直羨ましいなぁ」

 

 耳郎が素直に頷き、ひなたが笑ったその時、八百万が三人の存在に気づいた。

 

「お三方、どうしてこんなところに」

 

「私がご案内しました」

 

 執事がやってきてそっと頭を下げる。

 もしかしたら執事は、不味いクッキーに隠された意味を知ってほしかったのかもしれないと耳郎は思った。

 

「お三方、その、あのクッキーは無理しなくてけっこうですから……」

 

 八百万が三人にそっと耳打ちする。

 八百万は八百万で、母親を傷つけたくないようだ。

 

(……なんだ、普通の家じゃん)

 

 耳郎はすとんと自分の感情が落ちた気がして、小さく笑った。

 

「……大丈夫。まぁ……独特の味だけど、食べたら頭良くなりそうだし」

 

「うん! 勉強はかどりそうな味!」

 

「上鳴にいっぱい食べさせたほうがいい」

 

「普通に食べれるよ。毒でも入ってなきゃへーきへーき」

 

「ひなたのそれはフォローになってないんじゃ…」

 

 目を丸くする八百万。

 耳郎と芦戸の言葉を聞いた八百万母は、満面の笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、これも急いで焼き上げますわね! 上鳴くんには、特別に大きなのを用意しますわ」

 

「それがいいです」

 

 そう答えた耳郎に、八百万母はとりかかろうとした手をふと止めて、耳郎の服装をまた見つめた。

 気づいた耳郎は、居心地悪そうに身を捩る。

 だが…

 

「……やっぱり素敵ですわ、その服」

 

「え?」

 

 耳郎は思いがけない言葉にきょとんと八百万母を見た。

 

「ごめんなさい、まじまじと見てしまって……昔ね、一つ上の先輩がバンドを組んでいらしたの。その方の服装に似ていたものだから、さっきもつい見つめてしまって……」

 

「お母様、女子高でしたわよね?」

 

「ええ、ボーイッシュでみんなの憧れの先輩だったわ。私も真似したかったのだけれど、どうしても似合わなくて……あぁ懐かしい」

 

 少女のように頰を染める八百万母に、耳郎は「……なんだ」と拍子抜けした。

 

「ごめんなさい、耳郎さん。もしかしてお気を悪くなさった……?」

 

 心配そうに見つめてくる八百万に、耳郎は笑った。

 

「ううん、逆」

 

「逆? ですか?」

 

「うん。悩んで損した」

 

 耳郎が安心したように笑みを浮かべると、ひなたは「よかったな!」と歯を見せて笑いながら耳郎を軽く肘で小突いた。

 不思議そうに首をかしげる八百万の後ろで、八百万母が「そうそう」と思い出したように声をあげた。

 

「忘れるところでしたわ、ケーキも用意してありますの」

 

 そして大きな冷蔵庫から取り出したケーキに、ひなた達は目を見張る。

 美しくデコレーションされたチョコレートケーキだ。

 

「わぁ、キレイ……」

 

「美味しそう…! 見るからに手の込んでいらっしゃる…!」

 

「これ、ヤオママが作ったのー!?」

 

「いいえ、うちのシェフに頼んでおきましたの。味は保証しますわ」

 

 その言葉に、八百万が安堵したように肩をおろした。

 

「……では、このケーキを食してから、もうひと頑張りしましょうか」

 

「やったぁ!」

 

「おー! がんばるー!」

 

 ケーキにわかりやすくテンションが上がったひなたと芦戸がぴょんっと跳ねるのを見て、八百万と耳郎が顔を見合わせ苦笑する。

 そんな綻ぶ花達を、八百万母と執事は微笑ましく見守っていた。

 

「あいつら、勉強してんのかなー?」

 

「していていただかないと困りますわね。特に上鳴さんは……」

 

「絶対、だらだらサボってるよ~」

 

 ケーキの用意より先に、ひなた達は講堂へと戻った。

 

「ね、驚かせちゃおーよ!」

 

 芦戸の提案で扉をそっと開いた女子達は、これまたそっと中を覗く。

 中ではだらだらしている様子はなく、意外にも何事か真剣に話し合っていた。

 

「……K計画の勝負は一瞬だ。一瞬で全てが決まる」

 

「いや、でも問題は音だと思うよ。流石に気づかれるって」

 

 いつになくシリアストーンの上鳴の言葉に、眉を寄せて答える尾白。

 

「……こういう時のためのサポート科じゃねえ? 音が出ないような、アイテムを作ってもらうんだよ」

 

「音が出なくなるのは、確かにいろいろ便利だな……」

 

 上鳴の提案に、まんざらでもなく考えこむ瀬呂。

 まるで(ヴィラン)対策でも練っているような真剣さだ。

 

「上鳴、お前いい加減にしないと相澤先生に言いつけるぞ」

 

「そ、それだけはご堪忍! 今度何か奢るから! 何がいい? マック? ケンタ!?」

 

 上鳴の提案に、軽蔑の表情を向けながら言い放つ心操。

 そんな心操に喰らいつく上鳴は、側から見ても必死そうだった。

 

「……いったい何の話をしてんだ? あいつら。K計画……?」

 

「新しいコスチュームの事??」

 

「でもひー君が止めてるって事は碌な事じゃなさそう」

 

「なんだか、入りづらい雰囲気ですわね……」

 

 ヒソヒソと話すひなた達にも気づかず、上鳴達は話し合いを続ける。

 

「まず課題は瀬呂のテープを出す音の無音化だろ。そして俺と瀬呂のタイミング……そしていざというときのため、証拠隠滅に芦戸の“個性”の酸も欲しいな」

 

 突然、自分の名前を出され、芦戸がきょとんと目を丸くする。

 今までの話の内容からすると、上鳴が瀬呂の“個性”のテープを使って、何かをしようとしているらしい。

 しかも、証拠を隠滅しなければならない何か。

 

(あ、もしかして)

 

 ひなたと耳郎が気づいたその時、上鳴が自信満々に頷きながら言った。

 

「よし、俺はこれで林間合宿に行ける……このK計画……カンニングがうまくいけばな……!」

 

「はぁ!? 何を仰ってますの、上鳴さん!!」

 

「ゲッ!? ヤオモモ!?」

 

 思わず叫んだ八百万に、心操以外の男子が気づいて青ざめる。

 心操は、初めから女子達に気付いていたので、全く驚いておらず、呆れたようにため息をついていた。

 瀬呂のテープに答えを書いて、テストの時にサッと伸ばしてカンニングするつもりだったのだろう。

 耳郎があきれる横で、芦戸がぷんすかと頰を膨らませた。

 

「証拠隠滅ってなによー! 私にもカンニングの片棒担がせるつもりだったの!? サイッテー!!」

 

「ちょっとお話ししよっか電気くん♪ 二度と勉強の事以外考えられない身体にしてあげちゃうよ」

 

「ヒッ…!!」

 

「俺は止めたぞ、上鳴」

 

 ひなたが暗黒微笑(ダークネススマイリング)を浮かべながら言うと、上鳴はビクッと肩を跳ね上がらせる。

 そんな上鳴に、心操は『ほらみろ』と言わんばかりの表情を向ける。

 

「アホじゃなくドバカだな。つーか、尾白も瀬呂も乗ってんなよ」

 

「面目ない……」

 

「上鳴があまりに真剣だったから、つい……」

 

 それぞれに詰め寄られて、上鳴は涙目で訴える。

 

「だって、これ以上頭入んねーんだもん!! そしたらもうカンニングしかねーと思って……!」

 

「それをバカだと言ってるんだよ。あとカンニングはKじゃなくてCだよ。あ、それともKITANAI(きたない)のK?」

 

「うぐ…汚くてすいません…」

 

 ひなたのツッコミに対し項垂れる上鳴の前に、八百万が跪いた。

 

「上鳴さんっ、あなたはカンニングして雄英に入ったのですかっ?」

 

「ち、違う! ギリギリだったかもしんねーけど、そこは正々堂々受験したぜ!」

 

 必死に訴える上鳴を八百万は真剣な眼差しで見つめた。

 

「……なら、今回だってできるはずです。あなたはやればできる人です。私はそう信じています……!」

 

「……八百万先生ぇ……!!」

 

 八百万の慈愛あふれる先生オーラが、上鳴少年の荒んだ心の氷を溶かした。

 茶番のような展開を呆れた顔で見ていた耳郎だったが、上鳴はすっかり改心したようで涙を拭い机にむかった。

 

「俺、がんばるよ、先生!」

 

「その意気ですわ、上鳴さん!」

 

「そうだ、一緒にがんばろうぜ!」

 

「みんなで林間合宿で肝試しだ!」

 

「とりあえず、赤点回避だね」

 

「いいぞ電吉! その調子で頑張って東大に行こう!」

 

「いや東大にはいかねーだろ」

 

 ひなたが拳を高々と上げながら言うと、心操がツッコミを入れる。

 再び団結したみんなの目標は林間合宿だ。

 勉強会はまだまだ続く。

 耳郎は自分なりの励ましをしようと、八百万母が作ってくれたクッキーをつまみ、上鳴の口に放りこんだ。

 もう少しすれば、甘いケーキがやってくる。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そして1週間はあっという間に過ぎていき、期末テストの日が来た。

 座学のテストが終わると、芦戸と上鳴が上機嫌で八百万に駆け寄る。

 

「ヤオモモ!! できたー!!」

 

「何とか全部埋められた!! ありがとな!!」

 

「まあ! お役に立てて何よりですわ!」

 

 三人が話をしている間、ひなたは心操に話しかける。

 

「ひー君全部解けた?」

 

「何とかな」

 

「すごいじゃんか!」

 

 心操が首を手で押さえながら言うと、ひなたは目を丸くする。

 こうして座学の方は全員赤点を免れた。

 だが問題はここからだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 演習試験当日。

 

「それじゃあ演習試験始めていく」

 

 演習場には、相澤を初めとする雄英の教師陣達が横一列に並んでいた。

 相澤は、教師陣と対峙する形で並んでいたA組に忠告をする。

 

「この試験でも勿論赤点はある。林間合宿行きてぇならみっともねぇヘマはするなよ」

 

「先生多いな…?」

 

「5…6…8人?」

 

 耳郎がふと疑問を抱き、葉隠が教師陣の人数を数える。

 

「諸君なら事前に情報仕入れて何するか薄々分かってるとは思うが…」

 

「諸事情あって今回から内容を変更しちゃうのさ!」

 

((やっぱり…!))

 

 相澤の捕縛武器がモゾモゾと動いたかと思うと、校長がヒョコッと飛び出してきた。

 それを見た上鳴と芦戸は、顔を引き攣らせる。

 

「校長先生!」

 

「変更って…」

 

 瀬呂と八百万が尋ねると、校長が相澤の捕縛武器を使って下へと降りながら説明をする。

 

「それはね…」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 数日前の職員会議にて。

 

(ヴィラン)活性化のおそれ…か」

 

「もちろんそれを未然に防ぐ事が最善ですが、学校としては万全を期したい。これからの社会、現状以上に対(ヴィラン)戦闘が激化すると考えれば……ロボとの戦闘訓練は実戦的ではない。そもそもロボは『入学試験という場で人に危害を加えるのか』等のクレームを回避する為の策」

 

「無視しときゃいいんだそんなもん。言いたいだけなんだから」

 

 スナイプがそう言うと、相澤はため息をつきながら鬱陶しそうに言った。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「これからは対人戦闘・活動を見据えたより実戦に近い教えを重視するのさ! というわけで…諸君らにはこれから二人一組(チームアップ)でここにいる教師1人と戦闘を行ってもらう! 人数の関係上、一組は三人一組(スリーマンセル)だけどね!」

 

 校長が説明すると、麗日が目を見開く。

 

「先…生方と…!?」

 

「尚、ペアの組と対戦する教師は既に決定済み。動きの傾向や成績、親密度………諸々を踏まえて、独断で組ませてもらったから発表してくぞ。轟と八百万と相澤が三人一組(スリーマンセル)で、俺とだ」

 

「「「!!」」」

 

 いきなり指名された3人は、同時に目を見開く。

 実力的にバランスが取れたチームを組むのかと思いきや、A組の中でも成績上位の3人を組ませるあたりチームの全体的なバランスというよりは動向や“個性”の相性等を優先して決めている事がわかり、その事からこの試験の目的はおそらく自分達の課題を解決させる事だろうとひなたは考えた。

 

「そして緑谷と爆豪がチーム」

 

「デ……!?」

 

「かっ…!?」

 

 相澤が指名すると、爆豪と緑谷は同時に目を見開く。

 

「で…相手は──…」

 

 

 

 緑谷と爆豪の後ろには、オールマイトが立っていた。

 

「私がする! 協力して勝ちに来いよ、お二人さん!!」

 

 オールマイトが言うと、二人は互いの顔を見合った。

 

「それぞれステージを用意してある。10組一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。移動は学内バスだ。時間が勿体無い。速やかに乗れ」

 

 

 

 対戦相手表

 ・イレイザーヘッドVS相澤&轟&八百万

 ・オールマイトVS爆豪&緑谷

 ・根津校長VS 芦戸&上鳴

 ・13号VS青山&麗日

 ・プレゼントマイクVS耳郎&心操

 ・エクトプラズムVS蛙吹&常闇

 ・ミッドナイトVS瀬呂&峰田

 ・スナイプVS障子&葉隠

 ・セメントスVS切島&砂藤

 ・パワーローダーVS飯田&尾白

 

 

 

「ひー君」

 

 ひなたは、相澤の運転するバスに乗り込む前に心操に歩み寄ってコソッと耳打ちをする。

 

「思い過ごしならいいけど、パ…じゃなかった…マイク先生、ひー君の事目の敵にしてるかもだから一応気をつけてね」

 

「…? うん」

 

 ひなたが一応忠告すると、心操はキョトンとしつつも頷いた。

 山田はひなたが心操に気があるのを知っていてひなたが心操と一緒に勉強会をすると聞いただけで顔を般若にしてブチ切れていたので、ひょっとすると心操を目の敵にしているかもしれないと思ったのだ。

 流石に試験にまで私情を持ち出してくる事はないとは思うが、万が一という事もあるので一応忠告をしておいた。

 

「じゃ、試験頑張ってねー!」

 

 ひなたは、そう言って手を振ると相澤の運転するバスへ乗り込んでいった。

 バスが会場へ向かって出発すると、ひなたは隣に座っていた八百万に声をかける。

 

「ヤオモモ」

 

「………」

 

「おーい、ヤオモモ?」

 

 ひなたは八百万に声をかけるが、八百万は俯いたまま返事をしなかった。

 顔は見えなかったが、明らかに不安を抱いているのが見てとれた。

 体育祭の障害物競走で思うように結果を残せず、騎馬戦ではひなた達のチームに惨敗し、トーナメントでは常闇に敗れ完全に自信を喪失してしまっていたのだ。

 

「ヤオモモ!」

 

「あっ、はい! 何でしょうかひなたさん!?」

 

 ひなたが少し大きめの声で話しかけると、八百万は肩を跳ね上がらせて返事をする。

 ひなたは、決して小さくはないひなたの声が聞こえないほど思い詰めている八百万を心配しつつ両手を軽く握りしめて奮い立たせた。

 

「試験、頑張ろうね!」

 

「………はい」

 

 ひなたが笑顔を浮かべて励ますと、八百万は不安を拭い切れない表情を浮かべつつ返事をした。

 向かいの席に座っていた轟は思い詰めている八百万を心配そうに見つめ、相澤は3人のやり取りを無言で聞きながらバスを運転していた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 時は遡り、教師陣は演習試験のチーム分けをしていた。

 担任の相澤は、まとめた資料を見ながら言った。

 

「まず芦戸・上鳴の二人。良くも悪くも単純な行動傾向にありますので……校長の頭脳でそこを抉り出して頂きたい」

 

「オッケー」

 

 相澤が言うと、校長が資料を読みながら頷く。

 

「轟。一通り申し分ないが、全体的に力押しのきらいがあります。八百万は万能ですが、咄嗟の判断力や応用力に欠ける…よって俺が“個性”を消し、近接戦で弱みを突きます。そして相澤も一通り申し分ないが、精神的な未熟さが目立ちます。なので俺が誘導します」

 

「「「異議なし!」」」

 

 相澤が3人の相手に名乗り出ると、他の教師陣が快諾する。

 そして相澤は、オールマイトに対して言った。

 

「次に緑谷と爆豪ですが…………オールマイトさん頼みます。この二人に関しては能力や成績で組んでいません… 偏に仲の悪さ!! 緑谷の事がお気に入りなんでしょう? 上手く誘導しといてくださいね」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そして全員が演習会場に到着した。

 相澤は轟、八百万、ひなたの3人を住宅地を模した演習会場へと案内する。

 ひなたは、何をするのだろうかと緊張気味に歩を進める。

 

 

 

 ◆緑谷ペアside

 

 緑谷と爆豪が連れて来られたのは、高層ビルの立ち並ぶ演習会場だった。

 緑谷は、対戦相手のオールマイトに尋ねる。

 

「あの…戦いって、まさかオールマイトを倒すとかじゃないですよね…? どう足掻いても無理だし…!」

 

 緑谷がおずおずと尋ねると、オールマイトは人差し指をピンと立てて言った。

 

「消極的なせっかちさんめ! ちゃんと今から説明する!」

 

 

 

 ◆芦戸ペアside

 

 芦戸と上鳴が連れて来られたのは、工場を模した演習会場だった。

 校長は、ハンドカフスを取り出しながら二人に説明をする。

 

「制限時間は30分さ! 君達の目的は、『このハンドカフスを私にかける』or『誰か一人がこのステージから脱出』!」

 

「戦闘訓練と似てんな」

 

「逃げてもいーんですか!?」

 

「うん」

 

 上鳴と芦戸が口々に言うと、校長が頷いた。

 

 

 

 ◆耳郎ペアside

 

 耳郎と心操が連れて来られたのは、森林を模した演習会場だった。

 

「何しろ戦闘訓練とは訳が違うからな!! 相手はちょ━━━━━格上」

 

「格…上…? イメージ無いんスけど…」

 

「あんまりそういう事言わない方が…」

 

 プレゼントマイクの説明に対して耳郎が首を傾げながら言うと、心操がツッコミを入れる。

 すると耳郎の言葉に地味にショックを受けたプレゼントマイクが反論する。

 

「ダミッ! ヘイガールウォッチャウユアマウスハァン!?」

 

 

 

 ◆麗日ペアside

 

 青山と麗日が連れて来られたのは、救助訓練を行ったUSJだった。

 13号は、青山と麗日に対して試験内容を説明する。

 

「今回は極めて実践に近い状況での試験。僕らを(ヴィラン)そのものだと考えて下さい」

 

 

 

 ◆障子ペアside

 

 障子と葉隠が連れて来られたのは、幾本もの柱が立ち並ぶ地下施設を模した演習会場だった。

 

「会敵したと仮定し、そこで戦い勝てるならそれで良し。だが…」

 

 スナイプは、帽子を被り直しながら障子と葉隠に試験内容を説明する。

 

 

 

 ◆轟トリオside

 

「実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明。轟、相澤……お前らはよくわかってるハズだ」

 

 相澤が言うと、八百万は疑問符を浮かべ轟とひなたは僅かに目を見開く。

 ステインと戦って見事勝利したひなた達だったが、もしステインが本気を出していれば逃げるべきだったのだろうかと考えていた。

 

 

 

 ◆緑谷ペアside

 

「戦って勝つか、逃げて勝つか……」

 

 緑谷が言うと、オールマイトが頷く。

 

「そう! 君らの判断力が試される! けど、こんなルール逃げの一択じゃね!? って思っちゃいますよね。そこで私達、サポート科にこんなの作ってもらいました!! 超圧縮おーもーりー!!!」

 

 オールマイトは、通販番組のリポーターのような説明をしたかと思うと某猫型ロボットのような口調でどこからかバングルを取り出した。

 

「体重の約半分の重量を装着する! ハンデってやつさ。古典的だが動きづらいし、体力は削られる! あ、ヤバ、思ったより重……ちなみにデザインはコンペで発目少女のが採用されたぞ」

 

「戦闘を視野に入れさせるためか、ナメてんな」

 

 オールマイトが説明をすると、爆豪が舌打ちする。

 決して生徒達を舐めているわけではなく、あくまで温情措置だった。

 つい数ヶ月前まで中学生だった生徒達と、凶悪(ヴィラン)相手に戦闘をしているプロヒーロー達とでは体重の半分の錘というハンデを課してもなお埋めきれない程の絶望的な実力差があるのだ。

 

「HAHA! どうかな!」

 

 爆豪の発言に対して爽快に笑い飛ばすオールマイトだったが、影になった眼窩の中で怪しげに青色の眼光を輝かせていた。

 

 

 

 ◆轟トリオside

 

「大まかなルールは、他の組と同じだ。だがそっちは三人だからな。他の組とは違う条件で試験を受けてもらう」

 

「違う条件とは…?」

 

 相澤が言うと、八百万が尋ねる。

 すると相澤が説明した。

 

「まず、制限時間は30分じゃなく20分だ。それから、『ゲートを潜る事』と『カフスをかける事』、この二つの条件を両方満たして初めて試験クリアとする」

 

「確かに…人数の差を考えれば、妥当な条件か」

 

「うん」

 

 相澤が言うと、轟とひなたが納得する。

 

 

 

 ◆常闇ペアside

 

 蛙吹と常闇が連れてこられたのは、ホールのような建物を模した演習会場だった。

 

「受験者…我々はステージ中央スタートか」

 

「逃走成功には指定のゲートを通らなきゃいけないのね。となると…先生はゲート付近で待ち伏せかしら」

 

 

 

 ◆轟トリオside

 

「………」

 

(僕じゃお父さんに何もかもが及ばないけど……でも、二人の為にもやらなきゃ…!)

 

 ひなたは、腹を括ると軽く拳を握りしめた。

 一方、相澤は電柱の上でしゃがみ込んで3人を待ち構えていた。

 

「来てみろ、ひなた。久々に親子喧嘩といこうか」

 

 その直後、リカバリーガールの声が全ての会場に響き渡る。

 

『皆位置に着いたね。それじゃあ今から雄英高一年期末テストを始めるよ! レディイイ━━━━…ゴォ!!』

 

 

 

 

 

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