抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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いざ!林間合宿

 華やかな超人社会の裏側に蠢く悪意。

 何度退けられても暗闇の中に身を潜め 力を蓄え再び動き出す者達がいた。

 連合のアジトのバーでは。

 

「さすが先生だ。どんなに調べても分からなかった奴らの目的地をこうもたやすく見つけてくれた」

 

「彼らを待機させていた甲斐がありましたね」

 

 死柄木がトランプタワーを作りながら言うと、黒霧も話をする。

 するとそこへ、義爛がタバコを吸いながらバーに入ってきた。

 

「組合から連絡が来た。明日の朝までに届けるそうだ。急ごしらえなんで見てくれは悪いが品質は保証するってよ。なぁ死柄木さん。組合があんたの無茶な要求をのんだ理由がわかるかい? 皆あんたに期待してるのさ。(ヴィラン)連合が活気づけば闇の中で燻ってる連中が動き出す。そうなりゃ俺らみたいな者たちもそのおこぼれに預かれる…ってね」

 

「目的地に手駒。獲物が揃った。なら…ゲームスタートだ」

 

 義爛が言うと、死柄木は不気味な笑みを浮かべる。

 期末試験やI・アイランドでの困難を乗り越え林間合宿という山場が迫っているひなた達は、水面下で蠢いている者達がこれから大事件を起こす事になるとは思いもしていなかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そして林間合宿当日。

 

「雄英高は一学期を終え、現在夏休み期間に入っている。だがヒーローを目指す諸君に安息の日々は訪れない。この林間合宿でさらなる高みへ、Plus Ultraを目指してもらう」

 

「「「はい!!」」」

 

 相澤がA組全員に向かって言うと、A組は一斉に返事をする。

 出発までまだ少し時間があるので、A組の生徒達は雑談をしていた。

 すると麗日が緑谷に話しかける。

 

「デクくん! ついに林間合宿の始まりだね!」

 

 麗日が至近距離で緑谷に話しかけると、緑谷は顔を真っ赤にする。

 

「どうしたの?」

 

「いやーそのー!?」

 

 明らかに様子がおかしい緑谷を麗日が心配するが、麗日は期末試験で青山に言われた言葉を思い出し不意に緑谷を意識して赤面してしまう。

 そして、それを誤魔化すかのようにキャイキャイとはしゃいだ。

 

「が、合宿だね! ガッシュクガッシュク」

 

「「ガッシュクガッシュク!」」

 

 麗日が照れ隠しにはしゃいでいると、芦戸と上鳴もそれに乗っかる。

 するとそれを遠目で見ていた心操がツッコミを入れる。

 

「え、何…酔っぱらってんの…?」

 

「あはは…」

 

 心操があまりにもテンションがおかしいクラスメイト達を見てツッコミを入れると、心操の隣にいたひなたも苦笑いを浮かべる。

 実はひなたもひなたで夏休み中ずっとテンションが高かったのだが、そのひなたですらついていけないほど場のテンションが最高潮にまで達していた。

 すると心操は、隣にいたひなたに話しかける。

 

「…でもさ、ホント合宿楽しみだよな」

 

「うん! 僕、張り切りすぎて色々持ってきちゃった! 見て如意棒!」

 

「何で持ってきた」

 

「他にも色々持ってきたんだ。木刀とか、グルメスパイザーとか、チャクラ宙返りとか…」

 

「持ってくる遊びのセンスクソすぎねえ?」

 

 心操が声をかけるとひなたが触角を振りながら頷き、心操がツッコミを入れる。

 するとその時、二人の前に影が差した。

 

「え? A組補習いるの? つまり赤点取った人がいるって事!? ええ!? おかしくない!? おかしくない!? A組はB組よりずっと優秀なはずなのにぃ!? あれれれれえ!?」

 

「うわ出たモノマー…」

 

 早々に物間が一周回って清々しい笑みを浮かべながら煽ってきたため、ひなたは目元をぴくつかせて苦笑いを浮かべる。

 するとそこへ拳藤が背後から忍び寄り、物間の首筋に手刀を当てて気絶させる。

 

「ごめんな」

 

 拳藤が気絶した物間を笑顔で引きずり、ひなたが苦笑いを浮かべる。

 物間名物A組煽りからの拳藤の手刀制裁は、もはやB組の風物詩だった。

 そろそろ物間で一句詠めるかもしれないなどとひなたが考えていると、B組の女子達が話しかけてくる。

 

「物間怖」

 

「体育祭じゃなんやかんやあったけど、まァよろしくねA組」

 

「ん」

 

 柳、取蔭、小大をはじめとするB組の女子達は、気さくに声をかけてきた。

 峰田は、B組の女子達を性犯罪者の目つきで見ていた。

 

「よりどりみどり…」

 

「お前駄目だぞ、そろそろ」

 

 峰田がいやらしい笑みを浮かべながら涎を垂らしていると、切島が注意をした。

 

「うぇへへ…右からEカップ、Dカッぶぎゃっ「こちらこそよろしくね、レイちゃん、せっつー、ゆいゆい!」

 

 峰田が切島の注意を聞かずに女子達を品定めしていると、ひなたがニコッと笑みを浮かべながら峰田を蹴飛ばす。

 すると峰田は、独楽のように回転しながら吹っ飛んでいった。

 ひなたは、何事もなかったかのように女子三人の手を握ってブンブン振っていく。

 

「うおおひなちゃん怖え…」

 

「ひなたナイス」

 

 涼しい顔をして峰田を蹴飛ばすひなたに、切島は女の怖さを実感し心操はひなたに向かってサムズアップをする。

 仲間割れはアンチヒーローな行為だが、同胞に悪い芽(性欲の権化)がいれば事件を起こす前に摘んでおくのもヒーローなのだ。

 

「A組のバスはこっちだ、席順に並びたまえ!!」

 

「いい天気でよかったね!」

 

「そだな」

 

 緑谷が大きなリュックサックを背負い直しながら近くにいた轟にそう言うと、轟はそっけなく答えた。

 不愛想なわけではなく、これが通常のテンションだった。

 

「ほんと、ヤオモモ先生とひなた先生様様だよー! 教えてくれてありがとうね!」

 

「サンキューな! 冬の期末とかでも勉強会してくれよー」

 

「ええ、私でお役に立てるのでしたら、ぜひ!」

 

「僕も教えるよー。1人で勉強するより教え合った方が伸びる気がするし!」

 

 勉強会で時に世話になった芦戸と上鳴が八百万とひなたにお礼を言う横で、耳郎が上鳴に軽く蹴りを入れる。

 

「教えてもらう前に、自分でやれ」

 

「ぐわっ、耳郎、お前気軽に蹴んなっつーの!」

 

 少し離れたところでは、蛙吹が麗日の荷物を見て話しかける。

 

「あら、お茶子ちゃん、荷物少ないのね」

 

「うん、なるべくコンパクトにと思って。梅雨ちゃんのバッグ、大きいねぇ!」

 

「ええ、家にある一番大きなヤツよ。私も入れちゃうわ」

 

 今日は林間合宿当日だ。

 全員で行ける一週間の林間合宿。

 中には麗日のように学校に通うために一人暮らしをしている生徒もいるが、ほとんどが実家住まいだ。

 親元を離れ、クラスメイトたちと過ごす合宿に、期待を膨らますなというのも無理な話だろう。

 生徒達の中には、日常から離れることでわずかな不安を払拭したい気持ちもあるだろう。

 

「B組のバスはこっちだよー。早くしな」

 

 B組委員長の拳藤が声をかけると、 B組生徒もぞろぞろとバスに乗りこんでいく。

 

「B組も粒ぞろい……」

 

 そんな中で、一人だけ異様なテンションなのは峰田実だ。

 バスに乗りこむB組女子生徒をよだれを垂らしながら、息荒く視姦する。

 手は出していないが、その顔だけでセクハラで捕まりそうな性欲の権化がそこにいた。

 

「峰田くん! そっちはB組のバスだぞ。早く席順に並びたまえ!」

 

 峰田の視線の意味など気づかない飯田が声をかける。

 脳内セクハラを中断され、峰田はしぶしぶA組バス乗り場に集まった。

 

「では、みんな席順で乗りこもう!」

 

 飯田の提案に、芦戸が「えー」と不満の声をあげる。

 

「席順じゃなくてもいいじゃん。適当に自由に座ろうよー」

 

「しかし、席順のほうがスッと座っていけるではないか?」

 

「だぁって、せっかくの合宿なのにいつもと同じ席順じゃつまんないじゃん」

 

「芦戸くん、合宿は学校行事なのだから、つまらないとかいう感情は関係ないのでは」

 

「俺も自由に座りてー」

 

 上鳴も声をあげたのを見て、飯田は少し考えてから口を開いた。

 

「では、ここは多数決で──」

 

「いいからさっさと乗れ。邪魔だ」

 

 飯田の後ろから言葉を遮ったのは相澤だった。

 その鶴の一声で、A組はさささっとバスに乗りこんでいく。

 相澤が無駄な時間が大嫌いなのを、全員骨身にしみて知っている。

 車内は左右に二席ずつに分かれている4列シートの典型的な観光バスの造りだ。

 

「お茶子ちゃん、一緒に座らない?」

 

 蛙吹は席を探してキョロキョロしている麗日に声をかける。

 

「うん! 座る座るー!」

 

「ひなた窓側座っていいよ」

 

「え、やったあ! ありがとひー君!」

 

「俺、まーどぎわ!」

 

「ちょっと誰だよ、荷物邪魔ー」

 

「後ろの席ってヤンキー席って言わなかった?」

 

「──どこでもいいからさっさと座れ」

 

 右往左往している車内も、またも地を這うような相澤の鶴の一声で収まった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 エンジンをかけたバスがわずかに振動して、それからゆっくりと走りだす。

 次第にスピードを上げ流れる景色に、鶴の一声の効果はすぐに切れた。

 

「音楽流そうぜ! 夏っぽいの! チューブだ、チューブ!」

 

「バッカ、夏といや、キャロルの夏の終わりだぜ」

 

「終わるのかよ」

 

「間を取ってTM流そうよー」

 

「どう間取ったらTMになんの!?」

 

 ひなたが言うと、上鳴が後ろを振り向いてツッコミを入れる。

 一番前の席に並んで座った上鳴と切島がスマホ片手に話す横で、同じく並んで座っている芦戸と葉隠透がしりとりをしている。

 

「しりとりの『り』!」

 

「りそな銀行!」

 

「『う』! ウン十万円!」

 

「おそろしく速いしりとり…僕でなきゃ見逃しちゃうね」

 

「団長の手刀を見逃さなかった人の名言パクんな」

 

 車内は、まるで小学生の遠足のようなウキウキした賑やかさが充満していた。

 

「…………」

 

 葉隠の前の席で、あまりの浮かれように相澤が呆れたそのとき、委員長の使命感を帯びた飯田が立ち上がり叫ぶ。

 席は上鳴の後ろで、その隣が緑谷だ。

 

「おおい、皆! 静かにするんだ! 林間合宿のしおりに書いてあっただろう! いつでも雄英高校生徒であることを忘れず、規律を重んじた行動をとるようにと……!」

 

 だが、その声はウキウキの空気にかき消される。

 緑谷が気の毒そうになだめた。

 

「ま……まぁまぁ飯田くん。それより危ないから座った方がいいよ」

 

「ム、俺とした事が!」

 

(まぁいいか……)  

 

 相澤は注意するのをあきらめ仮眠をとるべく目をつむった。

 何度注意しても、不死鳥のように騒ぎが蘇ってくるのはわかりきっている。

 若さあふれる生徒とこれから一週間、寝食をともにしなければならないのだ。

 無駄なエネルギーを消費している場合ではない。

 それに、騒いでいられるのも今のうちだけなのだから。

 相澤がさっそく寝はじめた時、蛙吹が麗日に赤く細長い箱を差し出した。

 

「お茶子ちゃん、ポッキー食べる?」

 

「食べる ー!」

 

「ポッキーちょうだい」

 

「私も飴もってきたの、はい!」

 

「ありがと」

 

「ねえ、ポッキーをちょうだいよ」

 

 そう言って麗日達の前の席から顔を覗かせるのは、青山。

 葉隠の後ろで、青山の隣は轟だ。

 

「うおっ、青山くん!」

 

「そんなにポッキー好きだったの? 青山ちゃん」

 

「メルシィ」

 

 差し出されたポッキーを一本もらいながら、青山は無駄に髪をかき上げてから言う。

 

「昨日、荷物の準備で遅くなって寝坊してしまったのさ。それで朝食を食べ損ねてしまったんだよね。だからせめてポッキーをと思ったのさ☆」

 

「せめてポッキーとは、ポッキーに失礼やで。プレッツェルとチョコレートの夢のハーモニーなんやから」

 

 いつも節約生活をしている麗日は、至極真剣に贅沢品であるお菓子を擁護した。

 ちなみに飴は実家から送られてきたものだ。

 

「はいはい、レディ」

 

 青山はポッキーを食べ終えると、ポケットからサッとキラキラにデコレーションされた手鏡を取り出した。

 そしていろいろな角度から入念に身だしなみをチェックする。

 

「……眩しい」

 

「ソーリー☆」

 

 隣で眠そうにしていた轟が、太陽の光が反射したらしく顔をしかめる。

 しかし青山は謝って少し窓際に寄ったものの、一向に鏡を見るのをやめない。

 

「あぁ、朝日よりもまばゆい僕☆」

 

「……ブレないな、青山くん」

 

「そうね、ある意味立派だわ」

 

 麗日と蛙吹は真顔でこっくりと頷く。

 その後ろの席の爆豪と常闇は浮かれる空気にそっぽを向くように相澤と同じく目をつむっている。

 爆豪は寝ているが、常闇は気配を消すようにひっそりと瞑想していた。

 そして、その列の一番後ろの席は尾白、瀬呂、障子の三人。

 その隣の列には峰田と砂藤。

 

「芦戸じゃねーけど、肝試しってワクワクすんな! ワッと驚かすの楽しそうだし」

 

「ワッと後ろからおっぱい揉んだりな!」

 

「いや、それ犯罪だから」

 

 瀬呂と盛り上がる峰田にあきれ顔でつっこむ尾白。

 峰田の隣から砂藤が可愛らしい包み紙を広げる。

 

「なぁ、お前らマシュマロ食う? バニラとココアとイチゴ味だけどよ」

 

「わーい、食うー!」

 

「なに、マシュマロおっぱい!?」

 

 峰田の頭は常に性に直結しているようだ。

 そんな峰田達の前には、心操とひなたが座っていた。

 

「フケツ」

 

「同意」

 

「なっ…お前らぁ!!」

 

 ひなたが蔑むような表情を浮かべながら窓枠に頬杖をつくと心操も同意し、二人にぞんざいに扱われた峰田は思わず声を荒げる。

 

「ヤオモモ、これ聴く? クラシックをアレンジしてるバンドなんだ。最近ヘビロテ」

 

「まぁ、興味深いですわ」

 

「じゃ、一緒に聴こ」

 

 ひなた達の前は耳郎と八百万。

 片方ずつのイヤホンで音楽を聴く。

 A組は、ワイワイとはしゃぎながらバスに揺られた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ひなたは、窓に両手をつき、目を輝かせながら外の景色を眺めていた。

 

「わぁぁぁ…!」

 

「すごいテンションだね」

 

 ひなたが外の景色を眺めていると、心操はペットボトルの麦茶を飲みながら話しかける。

 するとひなたは、キラキラと目を輝かせながら言った。

 

「だって! こんな大勢で旅行行くなんて、中学の修学旅行以来だもん!」

 

「割と最近じゃねーか」

 

 ひなたが言うと、心操がツッコミを入れる。

 それから二人は、中学の修学旅行の話になった。

 

「ねえ、ひー君は中学の修学旅行どこ行った?」

 

「京都」

 

「わあ、いっしょ! えっ、いつ行った!?」

 

「5月の20日から25まで」

 

「ドンピシャ! えっ、じゃあすれ違ってたかもね!」

 

「あー、どうだろ。俺らの班が行ったの、割とニッチなとこだったから…」

 

 心操は、もしかしたらひなたと修学旅行中にすれ違っていたかもしれないという事実に頬を緩ませながらも、照れ隠しをするかのように首の後ろに手を回す。

 そしてふと隣に座っていたひなたを見ると、ひなたはふざけていた。

 

「舞妓はんのマネ」

 

「スベッてんぞひなた」

 

「かっちゃん見て見て舞妓はんのマネ」

 

(後でぶっ殺すこのクソ触角…!!)

 

 ひなたが心操の話そっちのけでモノマネを披露すると、心操がバッサリ切り捨てる。

 だがひなたは、へこたれる事なく同じネタを今度は同じ列の爆豪に披露し、案の定爆豪をイラつかせていた。

 滑ってもへこたれず、しかもよりによって爆豪に同じネタで挑むメンタルの強さは、どうやら山田譲りのようだ。

 するとその時、先程まで楽しげに話していた蛙吹と麗日が前の席を覗き込む。

 どうやら、青山が先程から鏡で自分の顔を見ていたせいで酔ってしまったようだ。

『美しい僕を見ていて、気持ち悪くなるはずない』と痩せ我慢をする青山だったが、轟と蛙吹は心配していた。

 何かがこみ上げてきた青山に、麗日が慌てる。

 

「吐く!? 袋、袋!」

 

 心配する麗日に対し、青山は痩せ我慢をするが、やはり吐き気はおさまらなかった。

 ウキウキとしていたり、はたまた静かにしていた面々も騒ぎに気づきだす。

 

「え? 何、青山酔ったの?」

 

「まぁそれは大変ですわ!」

 

「大丈夫ー?」

 

「鏡見て酔った? アホだなー」

 

「……自業自得……」

 

「こら、ふみにゃんそういう事言わんとき。ゆー君大丈夫? サルミアッキ食べる? 気分良くなるよ」

 

「それ逆効果だろ。青山、酔い止めいるか?」

 

「メルスィ☆」

 

 冷たく言い放つ常闇を窘めサルミアッキの箱を青山に差し出してくるひなたに対し、心操はツッコミを入れつつ酔い止めをリュックから取り出す。

 それぞれが感想を漏らすなか、冷静に蛙吹がアドバイスする。

 

「とりあえず窓を少し開けましょう。それから衣服をゆるめて横になると少しはラクになるはずよ」

 

「わかった」

 

「メルシィ……☆」

 

 隣の轟が窓を開け、青山を横にならせるべく席を立ち、肘置きをしまう。

 青山は自分で襟首をゆるめて横になった。

 

「轟くん、席……あっ、僕、代わるよ!」

 

「大丈夫だ」

 

 立ったままの轟に緑谷が声をかけると、轟は屈んで補助イスを倒し、そこに座った。

 補助イスは小さく、背もたれが低い。

 つまり全面的に背を預けられない。

 ちょこんと座っている轟を見た芦戸があっけらかんと笑った。

 

「轟、補助イス似合わないねー!」

 

「確かに!」

 

 同意する葉隠。

 

「……補助イスに似合う似合わないなんてあんのか?」

 

 わずかに首をかしげる轟に、隣に座っている緑谷は申し訳ないような気持ちでたまらなくなり、思わず立ち上がった。

 

「と、轟くんっ、やっぱり僕が代わるよ! 僕の方が小さいし!」

 

「いや、ここは委員長として俺が!」

 

 緑谷の隣で、飯田もすっくと立ち上がり片手をぶんぶんと振り回した。

 

「いや! 飯田くんだともっと申し訳なくなるよ!」

 

「いいや!! こういう時こそ委員長として皆をフォローせねば! 何なら空気イスでも大丈夫だ!」

 

「空気イスなら僕もできるから!」

 

「大丈夫だ。イスなんて座れりゃなんでもいいだろ」

 

「そうよ、それにとりあえず今は青山ちゃんの具合の方が大事だわ」  

 

「それもそうだ」

 

 蛙吹の指摘に、緑谷と飯田はしゅんと腰を下ろす。

 轟も再び、ちょこんと腰を下ろした。

 そんな緑谷達の前から、切島がスマホを見ながら口を開く。

 

「乗り物酔いに効くツボがあるらしいぜ! 手首から指二本分下んとこを、押すといいらしい」

 

「わかった」

 

 青山に一番近い轟は、自然とその役目を請け負い、青山の手を持とうとする。

 だが指が触れようとしたとき、ハッとその顔を強張らせた。

 

「……俺じゃダメだ……」

 

「どうしたの、轟くん」

 

 深刻そうに呟いた轟に、周囲の注目が集まる。

 まるで告解でもするように息を詰まらせる轟が自分の手をじっと見つめた。

 

「俺が関わると、手がダメになっちまうかもしれねえ……」

 

「は?」

 

「ハンドクラッシャー……」

 

「ブファ!!」

 

 何も知らない芦戸達がきょとんとする中で、緑谷、飯田、ひなたがブッと吹き出す。

 ステインの件で、轟は自分が関わると他人の腕がダメになってしまうと本気で信じ込んでいたのだ。

 

「俺にはお前のツボは押せねえ……誰か代わりにやってくれ」

 

「……いや、僕自分でできるから……ていうかほっといてくれていいから……」

 

「あとは……気を紛らわすといいらしいぜ!」

 

「あ! じゃあさ、みんなで順番にしりとりしてかない?」

 

 芦戸の提案に、緑谷はハッとしてブツブツと呟き始めた。

 

「それは確かにいいかもしれないな……一見単純だけど、単純だからこそ気軽に、様々なワードを思い浮かべることで集中できるぞ。しかも言葉尻の一文字から始まるワードは思った以上に限られる。その上、熟考する時間はない。あまり時間をかけると周りから急かされる。そのプレッシャーの中で考えなければいけない。考えるって行為自体が脳細胞を活性化させるし、精神面も鍛えられる……一挙両得じゃないか」

 

「おお、デクくんのブツブツ、久しぶりって感じ!」  

 

 麗日が嬉しそうに笑顔を見せる。

 

「えっ、そ、そうかな」

 

 照れる緑谷の横で飯田が立ち上がり、後ろを向き声を張りあげた。

 

「という事で、皆! 乗り物酔いで苦しんでいる青山くんの為にしりとりをしよう!」

 

「しりとりぃ?」

 

「小学生じゃねーんだからさー」

 

 不満げな峰田と苦笑する瀬呂に、芦戸が反論する。

 

「いーじゃん、しりとり! 暇潰しといえばしりとりじゃん!」

 

「暇潰しかよ」

 

「青山くんの為だぞ、芦戸くん! それに、せっかくの合宿だ。こうして皆で共同作業をする事も協調性を育むのではないか!?」

 

「しょーがーねーなー」

 

「やろやろ! 楽しいよ、しりとり!」

 

 張りきる飯田に、乗り気でなかった峰田達も承諾した。

 ひなたは、触角をピコピコさせて上機嫌な様子だった。

 

「よし、ではなるべく青山くんに考える時間を与える為に、上鳴くん、切島くん、俺、緑谷くん……とこちら側から繫げていこう」

 

「オッケー。で、最初はどうする?」

 

「林間合宿の『く』、でいいんじゃない?」

 

 葉隠の言葉に、上鳴は考え始める。

 

「『く』、なー。クッキー。どうしてもあのクッキーが頭から離れねえ……」

 

「んじゃ、次は俺だな。『き』……『き』……筋肉!」

 

「『く』……くるぶし! 一日の終わりにエンジンを点検していて、必ず見るからな」

 

「『し』かぁ……ん~……あ、シンリンカムイ!」

 

 パッと顔を上げた緑谷に轟が言う。

 

「好きだな、ヒーロー」

 

「じゃ、次は私ですわね。『い』……韋編三絶、ですわ。読書や勉強に熱心に励むことの例えです」

 

 一人頷く八百万の横で、耳郎が考えこんで眉を寄せる。

 

「『つ』かぁ……『つ』……あ、ツーウェイスピーカー……ブッ」

 

「どうかしましたの?」

 

「上鳴が二人になって、ウェイウェイ言ってるとこ想像しちゃった……ブフォッ」

 

「勝手に想像して笑ってんじゃねーよっ」

 

「ブハ!!」

 

「ひなちゃんまで笑うなって〜!」

 

 前の席から身を乗り出し上鳴が抗議するが、耳郎の笑いは止まらない。

 さらにひなたまで一緒になって笑い出すと、上鳴が抗議した。

 

「ごめんごめん、次僕だよね。あ、『スピーカー』の次って『か』? 『あ』?」

 

「『か』じゃね?」

 

「おっけ! じゃあカラオケ! はい次ひー君! 『け』だよ!」

 

「『け』…けもの?」

 

「何で疑問系なんだよ。『の』だな。『の』ー……ノワゼット! フランス語でヘーゼルナッツの事だ」

 

「じゃ、オイラの番だな。『と』…盗撮「処す」

 

「ア゛ッ━━━━━━!!!」

 

 峰田がヒーローとして最低なワードを口にしたため、ひなたがどこからか取り出したクナイで峰田の顔面をブッ刺した。

 更に蛙吹も、峰田に軽蔑の眼差しを向ける。

 

「最低ね峰田ちゃん」

 

「じょ、冗談だよぉ…! じゃあ、と、頭皮! オイラの“個性”は頭皮が死活問題だからな!」

 

「『ひ』…皮膜」

 

 障子は、自分の複製腕の皮膜を見せながら言った。

 すると瀬呂がツッコミを入れる。

 

「連続で皮膚系のワードかよ」

 

「…すまない」

 

「いや、別にいいけど。えーとなんだっけ? 『く』? ん~、どうしよっかなー……じゃあ、車麩!」

 

「『車麩』?」

 

 きょとんとする次の順番の尾白に、瀬呂は少し得意げに語りだした。

 

「そ! すき焼きに入ってるやつ。知ってるか? お麩には、コラーゲンを生成する機能を活発にしてくれる成分が入ってんだぜー」

 

「やばい、お麩食べなきゃ!」

 

 コラーゲンという単語に葉隠が反応する。

 “個性”で透明化しているとはいえ、やはりお肌を気にするあたりは女の子だ。

 

「ていうか、詳しいね」

 

「俺、身体に良さそうな食べ物好きなのよ」

 

「『ぶ』ねえ……『ぶ』……あ、ぶどう!」

 

「なんだよ、普通だな」

 

「別にいいだろ、普通で……」

 

「くだらん……」

 

 瀬呂に拍子抜けしたように言われ、尾白は解せない顔をする。

 その前の席で常闇は静観していた。

 

「次、常闇くんだぞ」

 

 なかなか答えようとしない常闇を飯田が促す。蛙吹も席の間から顔を覗かせた。

 

「『う』よ、常闇ちゃん。『う』」

 

「…………丑三つ」

 

 しかたないというふうに答えた常闇のワードに、お茶子が感心したように頷く。

 

「おお~、なんかぽい。じゃ、次は爆豪くん……って、寝てる」

 

「勇気あるなぁ……」

 

 我関せずで寝ている爆豪を、後ろの席の瀬呂がユサユサと揺する。

 それを振り返って見ていた緑谷は瀬呂の遠慮のなさに恐々ながらも妙に感心した。

 

「おーい、爆豪、起きろよ~。お前の番だぞ ~」

 

「……んあ?」

 

 揺さぶられ、さすがに爆豪が目を覚ます。

 

「お前の番だって、しりとり」

 

「『つ』だよ。爆豪くん。『つ』!」

 

「ほらかっちゃん早く!」

 

 みんなの視線を集めて、寝起きの爆豪の眉が不機嫌そうに寄せられる。

 

「………あぁ? しりとりだぁ?」

 

「うん、『つ』」

 

「勇気あるなぁ……」

 

 平然と促す麗日に、と緑谷はまたも感心する。

 そんな緑谷の顔が目に入ったのか、爆豪の血圧が一気に上がる。

 

「つまんねーことしてんじゃねえ! ガキか!!」

 

「『か』、ね」

 

「勝手に繫げてんじゃねえ!」

 

「梅雨ちゃんが『か』といえば、やっぱり……」

 

「カエル……にしようかと思ったけど、カタツムリにするわ」

 

「『り』かぁ~……『り』……旅費!」

 

 きっぱりと言いきった麗日。

 蛙吹が席の間から青山を覗く。

 

「『ひ』よ、青山ちゃん。具合は……」

 

「うえっぷ……」

 

 青山はまだ青い顔をしてぐったりとしている。

 

「まだ無理そうね……それじゃ、先に轟ちゃんに答えてもらおうかしら」

 

「あぁ……『ひ』だったな……『ひ』……『ひ』……『ひ』……」

 

 指名された轟が考えこむ。乏しい表情で、「ひ、ひ、ひ」と言っている様子に全員の注目が集まる。

 すると何かを思いついたひなたは、心操を軽く肘で小突き、轟に見えるように身を乗り出し、心操と一緒に自分の顔を指差してアピールした。

 二人の名前は『ひなた』と『人使』なので、しりとりが成立するのだ。

 それに気付いた尾白は、苦笑いを浮かべながらツッコミを入れる。

 

「ヒント教えるのはナシでしょ、二人とも」

 

「ごめーん」

 

 尾白が言うと、ひなたが照れ臭そうに頭を掻いた。

 そんな事には気づかず、じっくりと考えていた轟が「あ」と、ひらめいたように顔を上げた。

 

「氷点」

 

「……終わっちゃったよ、轟くん!」

 

 思わず声をあげる緑谷。

 

「ええ~っ、答えたかったのにぃ!」

 

「あ、わりぃ」

 

 前の席の芦戸からブーブーと不満げな声が飛ぶが、轟はさして気にする様子もなくマイペースに謝る。

 

 

 

 

 




ちなみにバスの席順はこうです。

              相澤

上鳴  切島    芦戸  葉隠

飯田  緑谷    轟   青山

八百万 耳郎    麗日  蛙吹

ひなた 心操    爆豪  常闇

砂藤  峰田 障子 瀬呂  尾白
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