バスで酔った青山の為にバスの中で繰り広げられたしりとりだったが、青山の番に辿り着く前に轟が『ん』で終わる単語を言ってしまい、中途半端なところで終わってしまった。
順番が回ってこなかった葉隠と芦戸が不満そうにしていたため、飯田が再びしりとりを始めるよう言った。
「では、もう一度『ひ』から始めよう!」
「待って、飯田ちゃん。もしかしたら青山ちゃんがずっと続けて答えを考えられるようなものの方が、いいかもしれないわ。その方が気が紛れると思うのよ」
「うむ、それもそうだな。では、クイズなどどうだろう?」
「お ー、いいじゃん。バス移動っぽい」
上鳴の声に、飯田は自信の笑みを浮かべる。
「そうだろう。では、まず委員長の俺からクイズを出させてもらおう。回答権は青山くんが最優先だが、青山くんが答えられなかったら、回答権は皆に平等に移行するぞ! では、第一問。…… (3c+2a)(3c−2a)−4b(2a+b)を因数分解しなさい!」
「そんなのクイズじゃなくてただの勉強だろうがー!!」
激昂する上鳴に、飯田は心外とばかりに驚いて言葉を返す。
「高校生らしいクイズじゃないか!?」
「クイズってのは、もっと雑学っつーか、楽しいもんなんだよ!」
「あっ僕答えていい? 答えるね!? (2a+2b+3c)(-2a-2b+3c)!」
「ひなちゃんも答えなくていいから! 緑谷っ、見本見せてやれ!」
「えっ、僕!? そ、そうだなぁ……」
急に指名され驚く緑谷だったが、少し考えて口を開く。
「それじゃあ簡単なのを……その昔、オールマイトが特集された情熱大陸での密着取材中に、道路に飛び出した犬をオールマイトが助けましたが、さて、その犬の名前はなんだったでしょう?」
「オールマイト自身の問題かと思いきや!!」
緑谷のクイズに麗日がつっこむと、緑谷は少し恥ずかしそうにしながら言う。
「だって、オールマイトの事なら皆に知られてるからさ……本当は三年前の月刊ヒーローのオールマイト特集で、『私が』って何回言ったか、とか、その時していたネクタイの柄は、とかにしようかと思ったんだけど……」
「いや、流石に知らねえよ!?」
切島に驚かれ、逆に緑谷も目を見開く。
「えっ、そうなの!? 皆、数えたりしないの!? オールマイトの服装もチェックしたりしないの!?」
「緑谷ちゃん、流石オールマイトオタクね」
「えへへ……」
「褒められてねーよ!! クソナード!」
幸せそうにはにかむ緑谷の様子に爆豪が牙を剝く。
爆豪の導火線にすぐ火をつけるのは、いつでも相容れない幼なじみだ。
そんな水と油を置いておき、飯田が青山に話しかける。
「青山くん、犬の名前だそうだ!」
「いや……知るわけないし……」
窓からの風に髪を揺らしながら、げんなりと答える青山の足先で、なにやらずっと考えこんでいた轟が緑谷に顔を向ける。そして言った。
「…………ポチか?」
「惜しい! ポンタでした!」
「なんだ、このほのぼのクイズ」
「あ、僕もクイズやりたい!」
呆れたように上鳴が呟いた時、ひなたが手を挙げて言った。
すると飯田は、ひなたの方を振り向く。
「次はひなた君か! では出題してくれ!」
「任せて! 林間合宿だし、山に関するクイズを出題したいと思います!」
「おお、いいな!」
ひなたが言うと、切島が身を乗り出す。
「それじゃあ第一問! アルプス一万尺の29番目の歌詞を答えなさい!」
「「「「29!?」」」」
ひなたが出題すると、クラスメイトが一斉に反応する。
特に芦戸は、身を乗り出してひなたに尋ねた。
「えっ、何!? アルプス一万尺って29番も歌詞あんの!?」
「うん、そうだよ? 僕、中学校で29番まで歌詞覚えさせられたんだよね!」
「どんな学校だよ……」
ひなたが言うと、砂藤が呆れた様子でツッコミを入れる。
飯田は、青山の方を振り向いて尋ねる。
「青山くん、29番の歌詞だそうだ! いけるか!?」
「いや、無理だし…そもそも29番まで歌詞あるなんて初耳だし…」
「チッチッチッチッ、ブブー! 時間切れー!」
「16年間生きてて初めて知った衝撃の事実だわ…」
ひなたのクイズに上鳴がツッコミを入れると、ひなたは大人しく席に座って考え込む。
「うーん…面白いクイズだと思ったんだけどな。じゃあ次は三国志クイズを…」
「知らないと面白くないだろ」
「あ、じゃあカラオケ大会とかどう? 歌えば気が紛れるよ!」
「俺やだよ人前で歌うの」
「ちぇー」
「…なぁ。今のクイズ、正解は何だったんだ?」
あれこれと提案を出していくひなただが、悉く心操に却下された。
提案を却下されたひなたは、大人しく席で水筒の麦茶を飲んだ。
ひなたのクイズの答えがずっと引っかかっていた轟は、謎のタイミングでひなたに話しかける。
するとそこに割って入る声があった。
「どいつもこいつも、まったくわかってねーなぁ」
最後列からそう言ったのは峰田だった。
ふんぞり返る姿勢で全員を見回す。
「男の気が紛れるっていえば、一つしかねーだろうが。オイラがとっておきの話をしてやるぜ」
「ちょっと、エロ話なんかすんなよ」
嫌そうに眉をしかめて耳郎が峰田を振り返る。
それに八百万も続いた。
「そうですわ、下品な話はおよしになって」
「オイラは男の気がまぎれる話って言っただけですけどぉ?」
「あんたの口から出てくるのは、エロだけでしょーが!」
「そうだそうだ ー!」
女子たちのブーイングを峰田は、小馬鹿にしたような顔で聞き流す。
対立の空気をなんとかしようと飯田が精一杯背を伸ばして峰田を振り返った。
「そうだぞ、峰田くん! ここはバスの中だ。聞きたくない者がいる以上、ムリヤリ話をすることは反対する!」
「委員長……オイラだってTPOをわきまえる男だぜ。それとも何か? 恐怖政治でクラスを抑えるのが委員長なのか?」
「いいや! そんな事は決してない! 俺は皆の意見を平等に尊重するつもりだ!」
「なら、話してもねえのに止めるっていうのはおかしかないか?」
「ム……それもそうだな。ならば、とりあえず聞いてみようではないか」
清廉潔白な飯田を丸めこんだ峰田と、やすやすと丸めこまれてしまった飯田に、またも女子のブーイングが復活する。
だがその時、意外な人物が他の女子達を宥めた。
普段は一番峰田に当たりがキツいひなただ。
「まあまあ、別に話聞くくらいいいんじゃない? まだエロい話って決まったわけじゃないし」
「ほらぁ〜」
「まあ、いつもみたくくだらない話だったらハリ倒すけどな」
ひなたがポキポキと手を鳴らす中、一部の男子が無言で期待を膨らませていた。
「……あれは、オイラが小学生の頃。レンタルビデオ屋の18禁コーナーのカーテンを潜るのを止められた、ちょうど100回目の帰りのことだった……」
神妙な面持ちで語りだした峰田に、瀬呂が呆れる。
「小学生からかよ!」
「しょっぱなからエロじゃん!」
「死にたいらしいな」
「こんなんでエロなんて片腹痛いわ!!」
「つーか何しれっと100回も行ってんだ。懲りろよ」
芦戸が最前列からブーイングし、ひなたが手をポキポキ鳴らし、心操もツッコミを入れるが、峰田はハッと鼻で笑って続ける。
「とにかく、そのレンタルビデオ屋からの帰り、近所の河川敷を歩いているとオイラの足元に紙が飛んできたんだ。A4の真っ白の紙……エロ本でもねーし、最初は見過ごそうかと思った。だが、あとから思えば直感が働いたんだな。オイラはなんとなくその紙を拾い上げた。裏返すと、文字がびっしり書き連ねられていた。小学校では習っていないごちゃごちゃした漢字がいっぱいだ。それでもオイラは、それにただならぬモノを感じた」
「何を感じたんだよ?」
隣から聞いてくる砂藤に、峰田は答える。
「紙面からにじみ出る熱気だな。ともかく、これはえらいもんだと思い、家にこっそり持って帰ることにした。だが当然漢字は読めねえ。だから必死で漢字辞書をひいたぜ……嬲る……舐る……淫靡……そこに書いてあったのは、小説の一ページ目だったんだ。夫に先立たれた美貌の若妻が、残された借金返済のために裏社会に身を堕とす……」
「小学生で読む内容じゃないね」
苦笑する尾白に峰田はふんと鼻を鳴らす。
「バカか。文学の扉は全年齢に平等に開かれるんだぜ」
「っていうかエロ小説だろ」
軽蔑の視線を向ける耳郎に、峰田はさらに鼻息を荒くした。
「官能文学だよ! いいか、エロと官能は天と地ほど違う。エロが陽なら、官能は陰! エロがカイロなら、官能はたき火! エロが温泉スパなら、官能は山奥の秘湯! エロがファストフードなら、官能は懐石料理! エロが──」
峰田には一家言あるようだ。
熱く語る峰田を、ひなたは引き攣った表情を浮かべながら見ていた。
止めどなくあふれ出てきそうなエロと官能のたとえに、障子の複製腕の口が割って入る。
「わかったから、落ち着け」
「ケッ、くだらねえ」
「同意する」
苦虫でも嚙んだように苦々しい顔をして、爆豪はそのまままた寝に入った。
その横で常闇も目を瞑り、また瞑想に入る。
そんな二人を気にすることなく、峰田は再開する。
「とにかく、オイラは続きが気になってしかたなかったから、次の日河川敷で続きを探した。そうしたら飛ばされたみたいに所々に落ちててな。オイラは必死にその紙を拾っていた。だが、そのとき、一人の中年のホームレスが近づいてきたんだ。オイラが集めた紙を見て、『返してくれ……』と手を伸ばしてきやがった。だからオイラは『これは俺が拾ったから俺のだ!』って走って逃げた」
「えー? 本当にその人のだったらどうすんのよ」
「泥棒になっちゃうだろ」
「お前本当にヒーロー志望か?」
最前列から峰田を見ている芦戸と切島。
心操も、峰田のヒーローらしからぬ行動に引いていた。
峰田はまぁまぁと落ち着かせるように小さな手を大きな態度で振る。
「まぁ聞けよ。……で、オイラは家に帰って続きを辞書で調べながら読んだ。主人公の若妻は裏社会の人間相手にセクシーショーダンサーとして隠れていた才能を開花させ、頭角を現していく。ボーイとの恋、同業者とのキャットファイト、オーナーとの愛人契約……から芽生える真実の愛……」
「え、何それ」
「そういうの嫌いじゃない……」
「待って、ちょっとだけ続き気になってきた…」
「えぇ……」
渋々の態度で聞いていた女子達が、真実の愛というワードに引っかかった。
思春期の女子にとって恋や愛は、時として甘いケーキよりも魅力的だ。
普段は峰田がセクハラをする度に般若になるひなたでさえも聴き入っており、心操は思わず顔を引き攣らせる。
峰田は食いついてきた魚を眺めるように車内を見回してから、もったいぶったように続ける。
「だが主人公の為に裏社会から手を引こうとしたオーナーを、嫉妬に狂ったボーイがボスに密告し、凶弾に倒れるオーナー……ショックを受ける主人公を囲い者にするボス。主人公は愛欲に溺れる事でオーナーの死から目をそらそうとする」
「わかる! つらい時は何かに縋りたくなっちゃうよね!」
「うんうん…!」
「ボーイ、許すまじ」
頷いているらしい葉隠に、格闘家の目になる麗日。
ひなたも、葉隠と一緒に頷きながら、ついつい聴き入っていた。
「つーか何のボス?」
「ヤのつく人じゃない? 知らんけど」
首を傾げる上鳴に、心操が答える。
「しかし、その過激さを増していく愛欲の日々に、先に戸惑ったのはボスの方だった。いつの間にか主人公に、今まで感じたことのない愛おしさが芽生えていたのだ……」
情感をこめる峰田の声に、耳郎と心操が訝しげに言う。
「え、愛芽生えすぎじゃね?」
「急に安っぽくなってきたな」
「いいや、俺にはわかる! 男って純情なんだよ!」
切島が熱く拳を握った。
「主人公はそんなボスの想いに気づかず、自分は飽きられたのだと思い、手当たり次第に男を誘惑して自分に罰を与えるように、男達の言いなりになっていく……」
「やめてー! 自分を傷つけんなよ! 大切にしろよー!」
「悲惨だぁ…」
上鳴が主人公のあられもない痴態を想像したのか痛ましそうに叫んだ。
チャラそうでも、男はやはり純情のようだ。
ひなたは、どこか達観した様子で顔を引き攣らせながら口を開いた。
「だが、そんな主人公に意外な人物が手を差し伸べた──」
堂に入った峰田のトークに、一部を除きすっかり食いついた聴衆が期待して声をあげる。
「うんうん!」
「それでそれで!」
だが、そんな期待を裏切るように峰田は言う。
「……ってとこで紙がなくなった」
「マジかよ! どうなったんだよ、主人公!」
ぶつ切りに思わず声をあげる切島。
みんなの期待を一心に浴びながら、峰田は、その先をさらに期待させるようにニヤリと笑った。
「で、オイラは続きを探しにまた河川敷に行った。目を皿にして探したが、続きはなかなか見つからない。拾ったのはもう何日も前のことだ。諦め帰ろうとしたそのとき、あの中年のホームレスがまたいたんだ。そのおっさんが一枚の紙を差し出した。『君が探していたのは、これじゃないのかい』って。それはあの小説の続きだった。聞くと、なんとこの小説を書いたのはおっさんだっつーんだ」
予想外の展開に上鳴が思わず身を乗り出す。
「ええ、マジで!」
「話を聞くと、おっさんは昔から官能小説家になりたかったらしい。だが、勇気がなく一人でずっと書いていた。あるとき、とうとう脱サラして小説家になると家族に宣言した。当然家族は猛反対。おっさんはたまらず家出して、一週間前から河川敷で暮らしていたらしい」
「大人が家出するのはどうなのでしょう。現実から逃避しては、叶う夢も叶いませんわ」
「っていうか、脱サラせずに小説続ければ家族も反対しなかったのでは? 今時副業してる人なんていくらでもいるし」
八百万とひなたは、峰田の話を聞いて正論を言った。
すると峰田は、二人を黙らせて話を続ける。
「まぁまぁそう言うなよ。で、一人になったおっさんは家族からの反対を思い返し、すっかり自信をなくした。もう夢は諦めようかと思って書き溜めていた小説を捨てようとしたそのとき、いたずらな風が原稿用紙を飛ばしてしまった。で、その一枚がオイラの足元に来たってわけだ。……オイラはおっさんに言った。辞書で漢字を引きながら読むほど、あんたの小説はエロ……いやおもしろいって!」
「今、エロっつったろ」
「言ったね」
しっかりと聞いていた耳郎とひなたのツッコミを、峰田は華麗にスルーする。
「オイラが熱く感想を語ると、おっさんは涙を流して喜んだ。『これで夢を諦められる』って……オイラは言ったね。泣きながら『バカヤローッ』って。こんな興奮する小説をこれからも書いて、オイラを楽しませてくれって……できれば、もっとおっぱいの描写を増やしてくれって……!」
「バカヤローはお前だよ」
瀬呂のツッコミも峰田は華麗にスルーする。
「それでおっさんは自信を取り戻した。もう一度チャレンジすると言って笑顔で握手して別れた。……それから一年後、おっさんは新進気鋭の官能小説家としてデビューしたぜ」
「おおー! すげーじゃん!」
「今度、Vシネで作品が映像化もされるぜ! 18禁コーナーに入るみて ーで、オイラが観れるのはまだ先なんだけどな」
おっさんの夢が叶ったと知り、一瞬車内にほんわかした空気が流れた。
だが切島が小さく首をかしげる。
「つ ーかエロ話じゃなかったよな……?」
「何ていうか……微妙にいい話みたいな……そうじゃないような……」
「いや、お前ら絆され過ぎ。普通にエロ話でしょ」
消化不良を抱えた一部の男子が、なんとも言えない顔で首を傾げていると、心操がツッコミを入れる。
すると葉隠が、峰田に声をかける。
「ねえねえ! で、その小説の続きはどうなったの?」
そんな葉隠の声に、とたんに峰田の顔が性欲にまみれる。
血走った目とだらしない口もとでニヤリとゲスく笑って言った。
「……へっ、知りたけりゃ、オイラの家に来いよ。おっさんのサイン本見せてやるぜ」
「うわ、サイッテー!」
「よし、処す」
あからさまな誘いに再び女子のブーイングが蘇り、ひなたに至ってはクナイを左手に握っていた。
峰田はブーイングを男の勲章とばかりに涼しく小憎たらしい顔で受け入れる。
そして話し終え満足したのか、勝利の美酒のように持ってきたジュースをゴクゴクと飲み干した。
そんな中、蛙吹は青山を覗きこむ。
「青山ちゃん、具合はどう?」
「……余計悪くなった気がする……」
青山はまったく気が紛れなかったようだ。
蛙吹は見かねたように考えこんでから、口を開いた。
「それじゃ、今度は私が気が紛れる話をするわね。この話をした時、弟が真剣に聞いてくれたの」
「おー、梅雨ちゃんが?」
「ええ」
切島が興味をひかれたように振り返る。
蛙吹は頷いてから、ゆっくりと話しだした。
「……私がまだ子供の頃の話よ。初めて一人で田舎の親戚のお家へお泊りに行ったの。二つ上のお姉さんがいてね、一緒にきれいな浅い川で水遊びをしたり、セミを見つけたり、ひまわり畑でかくれんぼしたりしたの」
「へえー、いいねぇ」
「セミ………怖いヤダ…」
麗日が理想の田舎の風景を思い浮かべて、ほわわと顔をゆるませる。
虫が苦手なひなたは、話の中に蝉が出てきただけで顔を青くしていた。
そして皆も峰田のと違い、今度はほのぼのした話のようだと気を楽にした。
「そして遊んでいる内に、同じ年くらいの女の子が『一緒にあそぼ』って言ってきたの。私はもちろん快諾したわ。だって、皆一緒に遊んだほうが楽しいもの。それに、新しいお友達ができてとっても嬉しかった。でも、その内お姉さんは用事を思い出して、『先に戻ってて』って行ってしまったの」
「えー、梅雨ちゃんを置いて?」
「家はすぐそこだったから。でも、私とその子はまだ帰りたくなかったから、二人で遊んでいたの。その子はとっても元気な子で、私達は日が暮れるまで遊んだわ。流石にもう帰らなきゃって言ったんだけど、その子はまだ遊びたいって言うの」
「子供んときって、無限に遊べるよな」
うんうんと頷く切島に、飯田が少し眉を寄せる。
「しかし、あまり遅くなるとご親戚が心配するだろう」
「ええ、私もそう思ってまた明日って言ったんだけど、その子は遊びたいって泣いちゃったのよ。だから、私、もうちょっとだけ遊ぶ事にしたわ。そうしたら、その子、とっても嬉しかったみたいで、秘密の場所に連れていってあげるっていうのよ。蛍がいっぱい見られるんだって」
「蛍か~、幻想的だね」
うっとりとした口調の葉隠に、青山がわずかに顔を上げる。
「蛍より僕のがまばゆい……」
「お、青山が反応した」
生まれたての小鹿のように震えながら言う青山を芦戸が見守る。
青山はたとえ具合が悪くても光るものには反応するようだ。
とにかく峰田の話より食いついたのは確か。
それを確認して蛙吹は続ける。
「それでね、その子に手を引かれて山の方へ入っていったの。細い小道。小さな赤い鳥居を潜ったわ。辺りはどんどん暗くなるけど、一人じゃなかったから怖くなかったわ。それでね、しばらく歩いて着いた、その秘密の場所にはとってもたくさんの蛍が舞っていたの。まるで光の雨かと思うくらいだったわ」
「うわぁ見てみたい~!」
「蛍かぁ………」
緑深い山の中に舞う、月を凝縮したような幽玄な光がそこかしこで消えては現れ、現れては消える。
瞬きするのも忘れるだろう光の乱舞。
そんな光景を皆それぞれ心の中で思い浮かべ、うっとりとする。
唯一、ひなただけは顔色を悪くしていたが。
そんななかで青山がまた震えながら呟いた。
「僕の方が光の雨……」
そんな青山や皆を見回してから、蛙吹は話の先を続けるべくそっと息を吸った。
「──あんまりキレイでしばらく眺めていたと思うわ。そのうちに私を探す親戚の人の声が聞こえてきたの。だから二人で急いで山を下りたの。急ぎながら『秘密の場所、教えてくれてありがとう』ってその子に言ったら、『絶対に秘密ね』って笑ったわ。二人の約束にしたの。それでね、山を出て親戚の人の元へ駆け寄ったわ。お姉さんも泣きながら心配してくれていて……それでお姉さんに聞かれたの。『今まで一人で遊んでたの?』って。私は『この子と一緒だったわ』って振り返ったの。そうしたら……そこには、誰もいなかったのよ」
「え?」
最後の一言で一変した空気に、皆の顔が固まる。
「いつのまに帰っちゃったのかしらって思ったんだけど、お姉さんにその子の事聞いたら知らないっていうのよ。ずっとお姉さんと私の二人だけで遊んでたって」
「それってもしかして……」
「嫌な予感してきたんだけど…」
「あとから聞いたんだけど、その地域って昔からよく子供が神隠しに遭うんですって。もしかしたら、山で亡くなった子供がお友達を探しているのかもしれないわね。一緒に蛍を見ている時に捕まえようと思ったら怒ってこう言われたわ。『あなたも蛍になっちゃうよ』って……そうそう、次の日にあの場所を探そうとしたんだけど、小道も、小さな赤い鳥居も見つけられなかったわ。あの場所はいったいなんだったのかしら……?」
淡々とした蛙吹の声が逆に恐怖を煽り立てる。
ホラー系が苦手な耳郎と葉隠と麗日が絶叫する。
「……ひぃ!!!」
「ひぎゃー!!」
「怖い話なら、怖い話って先に言ってぇー!!」
女子だけでなく、ほのぼの系かと思いきやの怪談展開に男子達の顔も青ざめていた。
「これから林間なのに……」
「山、やべぇ……神隠されちゃう……」
「あら? そんなに怖かった? 弟は面白がって聞いてくれるんだけど」
「怖えよ…てか、ひなたこういうの大丈夫だっけ? ゾンビとか苦手だったけど」
そう言って心操が隣のひなたの顔を覗き込むと、ひなたは無言で一点を見つめたまま放心していた。
「…………」
「…ひなた?」
心操は、ひなたの眼前でサッサッと手を振るが、反応はなかった。
そしてそのまま手首を握って脈拍を測っていると、瀬呂が身を乗り出して心操に尋ねる。
「おーい、心操。ひなちゃんがどうかしたか?」
「脈が無い」
「「「「ええええええええ!!?」」」」
心操が言うと、クラスメイトが一斉に叫ぶ。
心操の一言に、クラス中がパニックに陥った。
ひなたは耳郎以上にホラー系が苦手で、聞いただけで卒倒し脈が止まってしまう程だった。
「何て事だ、すぐに救急車を呼ばなければ!!」
「誰かAED持ってこい!!」
「すぐに創りますわ!」
「「元気になあれ! 元気になあれ!」」
「もうこの際相澤でいい…オイラが人工呼吸を「黙れ!!」
「クソうるせぇ……」
ひなたの心肺停止という異常事態に、クラスメイトがオロオロと狼狽える中、爆豪は窓枠に頬杖をついて鬱陶しそうにしていた。
この騒ぎに、流石の相澤も目を覚ました。
だが怪談話の後にひなたが死にかけるのは相澤にとっては分かり切っていた事で、放置していれば数分後にケロッと息を吹き返すのもわかっていたため、騒ぐ生徒達をばっさり切り捨てて地を這うような声で言い放つ。
「……お前ら、うるさい。もうすぐバス止まるぞ」
「しかし先生! ひなた君が…」
「放っとけ。どうせすぐに息を吹き返す」
「「「ええ…」」」
相澤が冷たくあしらうと、A組はそれでいいのかと言わんばかりに戸惑いの声を漏らす。
相澤が不機嫌そうに振り返ると、車内は一瞬で授業前の教室のように静まった。
そしてバスに揺られる事一時間後。
相澤の言葉どおり、少しして休憩所も何もないパーキングスペースにバスが止まる。
窓から見える景色は建物など見当たらない、見渡す限りの山ばかりだ。
「さっさと降りろよ」
「あぶなぁ〜、綺麗な川見えた」
「それ多分渡っちゃいけない川だぞ」
「おしっこしてえ」
相澤に促され、みんなそれぞれ休憩かと伸びをしたりしながら立ち上がる。
三途の川が見えたひなたが胸を撫で下ろしていると、心操がツッコミを入れた。
ジュースを飲みすぎた峰田がぶるりと体を震わせた。
「う~ん……」
青山がダルそうに身体を起こしたのを見て、蛙吹が声をかける。
「どう青山ちゃん、少しは気が紛れた?」
「紛れてないけど、蛍より僕の方がまばゆいからね……?」
青山はそう言いながら、手鏡を覗きこんで髪型を整える。
「はいはい。具合悪くても、身だしなみに手を抜かないのは尊敬するわ」
「そんなの当たり前……ん? ……んん?」
鏡を見ていた青山が、ふと気づいたように肩を上下させたり、お腹に手を置いたりする。
「青山、大丈夫ー?」
「……なんか、治ったみたい☆」
さっきまで悪かった顔色が良くなっている。
ウィンクもいつものようにこなれたものだ。
「バスが止まったからかしら?」
きょとんと首をかしげる蛙吹に、青山はすらりと細い人差し指を立て横に振っていつもの気障な笑顔を見せた。
「ノンノン☆美しい僕の顔を見たからだよ☆」
「なんだよ、心配させやがってー」
「心配かえせ」
完全復活したらしいいつもの少し鬱陶しい青山に、バスを降りながら皆が声をかけていく。
青山も一緒に飄々とした様子でバスを降りていった。
「……ケロケロ……」
「どうしたの、梅雨ちゃん」
文句を言うみんなの様子を見て笑った蛙吹に、麗日が声をかける。
蛙吹には、その光景がとても微笑ましく見えたのだ。
しりとりしたり、クイズをしたり、話をしたり……。
文句は心配の裏返しなのだろう。
「なんやかんや皆優しいわ」
入学してからまだ半年。
けれど、とても密度の濃い時間を過ごしてきたクラスメイト達の新しい一面が見られたような気がする。
そして、これからもっとそういう時間を過ごしていくのだろうと思うと、蛙吹は今回の合宿がさらに楽しみになった気がした。
「おい、さっさとしろ」
最後になった蛙吹と麗日に相澤が声をかける。
二人は急いでバスを降りた。
そして広い空、広大な山々を堪能しながら、新鮮な空気を思いきり吸いこむ。
山に続く眼下に広がる森は鬱蒼としている。
のどかな遠足気分に浸っていた1ーAの面々は、数分後、まさかそこに自分たちが放りこまれることなど欠片も想像していない。
いよいよ、試練を与えられまくる林間合宿が始まろうとしていた。
雄英白書本編の飯田くんの言っていた式が、調べてみたところ因数分解できない式だったので、オリジナルで別の式に差し替えました。