カレーを食べ終わったひなた達は、後片付けをして風呂に入った。
風呂の時間は、昨日の峰田の一件で男子と女子の入浴時間がずらされる事になり、二日目はA組男子、B組男子、A組女子、B組女子の順に入る事となった。
先にパパッと入らされた男子達は、何やらA組B組合同でガヤガヤやっているらしく、ひなた達はちょうど風呂から上がったところだった。
「ふぃー、さっぱりした〜」
「これでお風呂上がりの牛乳とかあったら最高やねんけどな〜」
風呂から上がったひなた達は、雑談しながら部屋に戻っていた。
男子達は15分しか入浴時間を取らされなかったのに対し、女子達は30分と長めに入浴時間が確保されていた。
その事に対し不平を言う男子だが、その怒りの矛先は全ての元凶である峰田に向けられた。
ひなた達は、後に入るB組女子達に気を遣い、本来の時間よりも5分ほど早く上がった。
「早いね。もうA組全員上がったんだ」
「うん」
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「気持ち良かったよ〜!」
拳藤が声をかけると、ひなた達が温泉の感想を言った。
まだB組女子の入浴時間ではなかったが、A組女子達が早く出てきたので、B組の女子達は温泉に入りに行く事にした。
「じゃあまだ早いけど、私らも入っちゃおっか」
「あっ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
ひなたが声をかけると、B組の女子達が足を止める。
するとひなたは、苦笑いを浮かべながら話す。
「ほら…例のエロブドウが、また懲りずに覗きを企んでるかも。僕らA組には警戒されてるから、きっと今頃、今度はB組の女子達をターゲットにしようなんて考えてるんじゃないかな?」
「あー、あいつなら考えそう!」
「きっとあいつ、こうなる事も読んでたよ。ピッキングの道具とかドリルとか買ってたし、ほぼほぼクロだと思う」
ひなたが言うと耳郎が同意し、ひなたは目元をひくつかせながら言った。
それを聞いた取蔭は、塩崎に尋ねる。
「マジか…ウラメしいねあいつ」
「ちょーキモいノコ」
「どうする? 先生に言う?」
「ですが、証拠も無いのに訴えるのはどうなのでしょう…」
取蔭は、相澤とブラドキングに峰田を見張ってもらうよう頼むよう提案したが、塩崎は証拠もないのに峰田を疑う事は良心が痛むようだった。
するとひなたは、仁王立ちして触角をピン! と立てる。
「いいや、僕に任せて! 考えがあるの!」
ひなたは、峰田対策に考えた作戦をB組女子達に話した。
作戦はこうだった。
八百万がドライアイスを創造して煙を出し、B組の女子達が風呂場に行って演技をし(もちろん服を着たまま)、壁の向こうから峰田が何かしらのアクションを起こしてくるのを待つというものだった。
性欲の権化である峰田であれば、風呂場に立ち込めた煙に痺れを切らし、壁に開けた穴から息を吹き込んでくるであろうとひなたは考えたのだ。
作戦の段取りを確認した女子達は、服を着たまま風呂場に向かった。
ひなたが小型の洋梨のような形状の器具を持って風呂場に向かうと、耳郎がツッコミを入れる。
「つかひなたそれ何持ってきたの」
「苦悩の梨。中世ヨーロッパの拷問器具だよ」
耳郎が尋ねると、ひなたは嬉々として答えた。
ひなたが持っていたのは、中世ヨーロッパに実在した拷問器具を八百万に再現してもらったものだった。
想像を絶する苦痛を味わってきたひなたは、人はどこをどう傷つければ苦痛を覚えるのかを熟知していた。
「それじゃ、対峰田戦線、行動開始!」
「「「「応!」」」」
ひなたが言うと、女子達が小声で返事をする。
風呂場に行くと、段取り通り、女子達がドライアイスを持って露天風呂に行き、大量の煙を作り出した。
煙で完全に視界が塞がれると、拳藤、塩崎、小大の三人が演技を始めた。
「あー、やっぱ露天っていいな」
「疲れがとれますわね」
「ん」
「あれ? 唯、背中に傷あるよ。ちょこっと」
「ん?」
「もしかして私の蔓がさっき当たってしまったから……申し訳ありません!」
「んーん」
「大丈夫だってさ」
女子達が演技をする中、ひなたは“個性”を使って峰田の波長を感知していた。
やはりと言うべきなのか、壁に張り付いて覗いている峰田に、ひなたは呆れて物も言えない様子だった。
だがその時、ひなたの読み通り、穴から息を吹き込む音が聴こえてくる。
「っ……フーッ!!」
峰田の呼吸音を聴き逃さなかった耳郎は、穴の位置を特定し、イヤホンジャックで穴を指した。
するとひなた達が壁の穴に近づいていく。
「あー……こんなところに穴が……塞がなきゃ」
「その前におしおきでしょ」
「ん、きょーちんお願い」
耳郎は、壁に開いた穴からイヤホンジャックを差し込んだ。
容赦なく注入される爆音に、悲痛な叫び声が聴こえた。
「うぎゃあああ!!」
耳郎の攻撃に叫び声を上げながらのたうち回る峰田だったが、今ならまだ証拠不十分で逃げきれると思ったのか、ふらふらしながら出口に向かおうととしていた。
だが、猛追の手はゆるまない。
「逃げ切れると思ってるのか、馬鹿が」
ひなたは、穴からシャウトを放って峰田に命中させた。
さらに芦戸が穴から酸を注入し、壁の穴を広げて酸を降らせ、峰田におしおきした。
「ぎゃあああ!?」
二人の攻撃に峰田がのたうち回っている間に、A組女子とB組女子が全員集合した。
「やはり警戒しておいてよかったですわね、ひなたさん」
「あーあ、やっぱり馬鹿は死なないと治らないんだなー」
「ほんと、ありがとね」
八百万とひなたが嘆く横で、拳藤がA組女子達にお礼を言う。
「峰田くん、覗きはあかん!」
「いつか捕まるわよ、峰田ちゃん」
「あっ、ドリルとか持ってきてるよ! 用意周到すぎっ」
「遺言があるなら聞くよ?」
葉隠は、峰田が持ってきていた小型ドリルについて言及していた。
峰田は、ピッキングで風呂場の鍵を開け、小型ドリルで壁に穴を開けて女子風呂を覗こうとしていたのだ。
詰め寄る女子達に、逃げようとしていた峰田の女子達を見る顔がゆっくりと歪んでいく。
あっという間にそれは憤怒の表情になった。
そして叫ぶ。
「風呂場で服着てるなんざ、ルール違反だろうが!!!」
「……はぁ!?」
女子達は、当然服を着ていた。
警戒して見回りにきたのだから、当たり前である。
「オイラは旅番組の温泉で、バスタオル使うタレントは認めねえ派なんだよー!!!」
反省よりも性欲。
勝手極まりない峰田の言い分に、女子達の導火線に火がついた。
「さいっ……てー!!」
「ルール違反はお前だ!!」
「みーねーたーくんっ、タルタロスか地獄、どっちに行きたい?」
葉隠と芦戸が峰田を責め、ひなたに至っては暗黒微笑を浮かべながら苦悩の梨のネジを回していた。
キリキリと音を立てながら少しずつ開いていくそれを見れば、どういった用途で人に苦痛を与える器具なのかは想像に難くなかった。
もっとも、想像したくないと考える人間が大多数ではあろうが。
だが峰田は、そんな女子達を前にしても一切反省していなかった。
「あぁ!? 何ならオイラが脱いで見本をみせてや──」
言いかけた峰田の視界に、巨大な手がフルスイングでやってきた。
拳藤の大拳だ。
「ぶごっ!!」
トラックに突っこまれたような衝撃とともに、峰田の体と意識が飛んだ。
ひなたは、峰田をぶっ飛ばした拳藤にハイタッチをする。
「ありがとういっちん!」
「これで安心してお風呂入れるわ〜」
「ところで、このkinky boyどうしマショう?」
「とりあえずプッシーキャッツに突き出そう。虎さんもいるし、みっちりしごいてくれるよ」
「だね」
女子達は、気絶した峰田をぎちぎちに縛ってプッシーキャッツ達に突き出した。
その後B組女子達は変態に見られる事なく風呂を楽しんだのだが、後で目を覚ました峰田が反省せずにプッシーキャッツの女性陣の風呂を覗こうとし、虎に制裁を喰らったのはまた別の話。
◇◇◇
「……ん? 今、なんか聞こえた?」
「……峰田の声っぽかったけど」
布団に寝転がっているだろう葉隠の声に、近くの窓辺で涼んでいた耳郎が答える。
峰田という単語に、「うえ~補習やだよ~」と同じく自分の布団でごろごろしていた芦戸がむくっと顔を上げた。
「おしおきでもされてんのかなっ? されちゃえばいいんだー!」
「ほんまやね!」
「一度痛い目に遭わないとわからないかもしれませんわね」
部屋の隅で蛙吹に背を押してもらいながらストレッチをしていた麗日と、その近くで荷物整理をしていた八百万も憤る。
ここはA組女子部屋。男子より人数が少ない女子の部屋は、シンプルな和室だ。
7人分の布団を敷いてしまえば、あとはわずかな余裕しかない。
それでも寝るだけなのだから、ちょうどいい広さだ。
豪邸に住んでいる八百万は部屋の狭さに驚きはしたが、合宿というのはこういうものだと早々に納得したようだ。
「もっと深く刺しときゃよかった」
「もっと酸の濃度、濃くしとけばよかったー!」
「ヤオモモに造ってもらったこれ、ぶっ刺しとけば良かった」
A組女子達は、B組女子を覗こうとしていた峰田を退治したあとだ。
犯罪者はいつでも憎むべき敵だが、性犯罪者は女子にとって特に憎むべき敵である。
「峰田ちゃんの事だから、そうそう変わらないと思うわ。今までだって痛い目に遭ったけど、相変わらずだったもの」
「それは……そうかも……」
「じゃあもう死刑にするしかないね」
「声がマジだよひなたちゃん!!」
蛙吹の言葉に、それぞれ峰田の今までの所業を思い浮かべた。
峰田を割ったら、100%性欲でできているんじゃないかと思うような性欲の権化である。
女子達は、げんなりと納得してしまった。
顔パックをして足の爪をヤスリで研ぎながら本気度高めのトーンで言い放つひなたに対し、葉隠がツッコミを入れた。
誰よりも女の敵を許さない性分のひなたは、当然峰田の事もさらさら許すつもりはなかった。
「今回は他のクラスの女子にまで被害が及ぶところでしたわ……同じA組として恥ずかしい……」
八百万が副委員長としての責任を感じているのか、深刻そうに首を振ったそのとき、ドアノックの音に続いて声がした。
「拳藤だけど、ちょっといいかな」
意外な人物の訪問に、A組女子達はなんだろうと顔を見合わせた。
布団に寝転がっていた芦戸達も起き上がる。
八百万が視線で全員の確認をとると、「ええ、もちろんですわ」とドアを開けて出迎える。
そこには拳藤を先頭に、同じB組の小大と塩崎、そして片目が前髪で隠れている柳レイ子がいた。
拳藤は持っていた袋を八百万に差し出す。
「さっきはありがとね、これお礼」
「お礼?」
「えー、なになに?」
お礼と言われて、芦戸が興味をひかれるまま袋を覗きに近づく。
麗日達も芦戸に続き、袋を覗いた。
芦戸が嬉しそうに声をあげる。
「お菓子だーっ」
そこにはいろいろな種類のお菓子が入っていた。
「持ってきたお菓子の詰め合わせで悪いんだけどさ」
B組女子達が持ち寄ったお菓子なのだろう。
個別包装されたクッキーや、チョコレートなどがある。
「でも何の……」
と、首をかしげた八百万がハッとする。
「もしかして峰田さんの件ですか? それならばそんな必要はありませんわ! むしろ、A組の峰田さんが大変なご迷惑をかけるところだったんですもの……!」
「本当にウチのバカが申し訳ない……」
まるで出来の悪い息子を持った母親のような八百万とひなたに、拳藤がきょとんとして笑った。
「そんな気にすんなよ。結果的に大丈夫だったんだから」
「それに教えてくれたからこそ未然に防げたんだし」
後ろからそう言ったのは柳。
その横にいる小大が「ん」と同意する。
柳と同じく、拳藤の後ろにいた塩崎が祈るように手を組み、一歩前に進み出てくる。
「これは私達の感謝の気持ちです。ここに来られなかった取蔭さん、小森さん、角取さんも直接お礼を言いたかったと申しておりました。ですが、ブラド先生から今日の訓練の注意点があると呼び出されてしまいまして……」
「だからさ、これもらってよ。ほんの気持ち」
再度袋を差し出した拳藤。
けれど、まだ気が咎めるのか、「でも……」と受け取ろうとしない八百万の代わりに芦戸が「それじゃ、ありがたく!」と受け取る。
「芦戸さんっ?」
戸惑う八百万に耳郎達が声をかける。
「まーまー、ヤオモモ。せっかく持ってきてくれたんだし」
「ご厚意だよ。貰っとこ」
「そうよ、八百万ちゃん。気持ちを無下にするのはよくないわ」
「でも、私達は当たり前の事をしただけですし……」
それでもためらう八百万を見て、考えこむような声を出していた葉隠が、いい事思いついたとばかりに言った。
「それじゃ、皆で食べようよ!」
「えっ?」
宙に浮かぶ部屋着の顔があるだろう部分を振り返る皆に、葉隠はにこっと微笑む。
「女子会しよー! 女子会! せっかくだし」
女子会。
その魅惑的な響きに女子達の顔が綻ぶ。
「さんせー! こういう機会もなかなかないしね」
「いいねー! 女子会! いい響きだ!」
「まぁ……女子会……」
「え、ほんとにいいの?」
「もちろんよ。それに、男子達も男子達で集まってるみたいだし」
「ん」
「……じゃ、やっちゃう? 女子会」
「やっちゃうー!!」
速攻で盛り上がった女子達は、部屋の真ん中にお菓子を広げ、自販機でジュースを購入し、布団をクッション代わりに車座になった。
A組の女子達も自分達のお菓子を持ち寄り、ジュースで乾杯をする。
甘いお菓子は口と心をゆるりと溶かしていく。
加えて合宿というシチュエーション。
夜に女の子同士でのおしゃべりなど、気分が盛り上がらないはずがない。
八百万がほんのりと上気した顔でわくわくと周囲を見回して口を開く。
「……実は私、女子会初めてなんですけど……」
「僕もやった事ないなぁ。小学校と中学校のクラスの子とはあんま仲良くなかったから」
「どういう事をするのが女子会なんでしょうか?」
その言葉に、芦戸が答える。
「女子が集まって、何か食べながら話すのが女子会なんじゃないの?」
だが、それに葉隠が、見えないがチッチッチッと指を振る。
「女子会といえば……恋バナでしょうがー!」
その言葉にこれまた女子のテンションが一気に上がる。
「そうだ、恋バナだ! 女子会っぽい!」
「うわぁ~」
「恋ねぇ」
「恋……」
盛り上がる芦戸に、ほんのり顔を赤らめる麗日、蛙吹、ひなたの三人。
「えー……」
「あー、そういうノリか」
戸惑う耳郎に、苦笑する拳藤。
「こ、恋!? そんなっ、結婚前ですのに……!」
戸惑いつつもまんざらでもなさそうな八百万と、慈愛満ちるシスターのような塩崎。
「そのとおりですわ。そもそも結婚というのは神の御前での約束で……」
「鯉バナナ?」
「んーん」
首をかしげる柳に首を振る小大。
それぞれテンションの違いはあるものの、女子会の話題は恋バナに決定した。
「それじゃ、付き合ってる人がいる人ー!」
言い出しっぺの葉隠が音頭を取るように話題を振る。
だが、誰も彼もワクワクとした視線を周囲に送るだけで、名乗り出る女子はいない。
そんな沈黙が数秒続いて、葉隠が愕然として声をあげる。
「……えっ、誰もいないの!?」
皆がワクワクとした顔を引っこめて、「え、ほんとに?」と周囲に確認する。
誰も隠しているそぶりさえない。
どうやら、本当に誰もいないようだ。
この事実に女子たちはわずかな危機感を覚えた。
何故なら、ヒーロー科のない普通の高校に進んだ友人達から、彼氏ができただの、はたまた他の友達に彼氏ができたらしいなどの話をちらほら聞いていたからだ。
世間の女子高生達は、どうも恋という青春を楽しんでいるらしい。
「中学のときは受験勉強でそれどころじゃなかったけど、雄英に入ったら入ったで、それどころじゃないもんなー」
苦笑いする拳藤に皆がうんうんと深く頷く。
ヒーロー科は月曜日から土曜日までびっしりと授業が入っている。
ヒーローになる為には、学ばなければならない事がそれほどたくさんあるのだ。
演習に加えて、当然普通科目の宿題も出る。
時間はいくらあっても足りない。
「うわ ー、でも恋バナしたい! キュンキュンしたいよー! ね、片思いでもいいから誰か好きな人いないのー?」
芦戸は身を乗り出して皆を見回す。
どうやら一度ついてしまった恋バナという火は、なかなか消せないらしい。
こうなったら他人のふんどしならぬ、他人の恋心でキュンキュンしたいのだ。
「好きな人……」
「あら? どうしたのお茶子ちゃん」
「あー! もしかして好きな人いるの!?」
真っ赤に染まった麗日の顔を見て、葉隠のテンションが上がる。
「おっおらんよっ!? おるわけないしっ」
「その焦り方はあやしいな~?」
「誰、誰っ? 女の子だけの秘密にしとくから!」
恋バナクレクレになった葉隠と芦戸に詰め寄られ、麗日はますます顔を赤くしながら焦りまくる。
「いやっ、これはその、そういうんと違くてっ」
「そういうのってどういうの ~?」
「ほらほら、吐いちゃいなよ……恋、してるんだろ?」
「っ……ほんまそういうんじゃ ~!」
まるで取り調べのようなノリの葉隠と芦戸から出た恋という単語に、またも浮かびそうになる緑谷の顔を消すように、麗日は手をブンブンと振る。
その手が葉隠と芦戸に触れてしまい、二人は浮かび上がった。
「ひゃっ?」
「うわっ」
「あっ、ごめん~!」
あわてて麗日が解除すると、ポスンッと布団の上に落下した。
「でもほんまそういうんと違うから! なんというか、そういう話が久しぶりすぎて動悸がしたというかっ」
「どれだけ久しぶりなんだ」
「そっかー」
「ごめんごめん」
少し呆れたような耳郎の言葉に、葉隠と芦戸も軽く謝りながら、元の位置へと戻る。
麗日は微妙な気持ちになりながらも、なんとかごまかせたようで小さくホッと胸を撫でおろした。
だがその次の瞬間ハッとし、うんうんと何かを考え込む。
すると麗日を心配した蛙吹が声をかけた。
「お茶子ちゃん? なんだか疲れてるわね」
「いや、ちょっと動悸がおさまらへんだけ……」
考えすぎてぱたっと布団に倒れこむ麗日に、蛙吹が冷静に言う。
「動悸が長引くようなら病院に行ったほうがいいわ」
「病院で治るといいなぁ……」
「大丈夫ですか? 恋の話が久しぶりすぎて、体に支障が出てくるなんて……神様はなんと残酷な体質をお作りになったのでしょう」
隣に座っていた塩崎が、慈悲深い手つきで麗日の頭を慈しむように撫でる。
その様子に、芦戸がまたも奮起した。
「やっぱり女子は、適度に恋バナしなきゃダメなんだよ! あ、そうだ! ひなたはどうなのさ!?」
「えっ、な、何で僕に振るの!?」
芦戸がひなたを指差すと、ひなたはビクッと肩を跳ね上がらせる。
ひなたは動揺しており、耳まで真っ赤になっていた。
「おっ、この反応は、いますな〜!」
「さっさと吐いたらどうなんだ? ネタはもう揃ってんだよ」
「や、やめてってば…! ぼっ、ぼぼ、僕はそういうの無いし! 別に恋とか…そんなん、ち、違うし!!」
芦戸と葉隠が尋ねると、ひなたはブンブンと激しく首を横に振った。
二人に問い詰められれば問い詰められるほど、心操の顔が何度も浮かんでは消えていく。
困り果てたひなたを見た八百万は、助け舟を出した。
「お二人とも、その辺にして差し上げて。ひなたさんが困ってますわ」
「え〜やだやだ根掘り葉掘り聞きたい〜! 無理矢理にでも恋バナしたい〜!!」
「そんな恋バナに限定しなくても」
「んー、でもさやっぱキュンキュンしたくないっ? だって女の子だもんっ」
「そうだねー」
行き詰まった迷える女子達に、葉隠が提案する。
「それじゃあさ。妄想でキュンキュンしようよ!」
「妄想?」
きょとんとする蛙吹に、柳も首をかしげる。
「いや、それは流石にちょっと」
「妄想っていうか、想像? 例えばA組とB組の中で彼氏にするなら誰!? みたいなの」
「それいいかも」
葉隠の提案に、と芦戸が食いつく。
「でも、どなたか一人を選ぶというのは……」
「女子会っていっても要するに井戸端会議みたいなもんだろ? あれやこれや雑談すんのもコミュニケーションの一環だって」
「そうですわね……何事も経験ですね」
まだ戸惑う八百万に、隣で慣れた様子であぐらをかいている拳藤がニッと笑う。
その表情は度量の広さを感じさせ、八百万も納得する。
「じゃあさっそく……彼氏にするなら誰がいい!?」
「彼氏かー……」
そう言って、女子たちはう~んと考えこむ。
麗日とひなたが、ぽっと顔を赤らめてブンブンと首を振ったが、皆それぞれ思考していたのでそれに気づく者はいなかった。
「いざ彼氏って考えてみると、誰もピンとこないんだよねぇ」
芦戸がムーッと唇を尖らせる。
買い物する気満々で店に行ったのに、肝心の商品が置いていなかったような気分だ。
欲しいものが何もない。
「そうだね、そもそもそういう気持ちで今まで見た事がなかったし」
拳藤が言うと八百万も困ったように頷く。
「同級生であり、ヒーローを目指す仲間でもあり、ライバルでもありますものね……」
「つーか、彼氏にしたい男がいないっていうのが一番大きいんじゃ?」
「それを言ったらおしまいよ、耳郎ちゃん」
「……あ」
その時、何かを思い出したように八百万が声をあげる。
「なに? ヤオモモ。彼氏にしたい人いたー!?」
期待満々の芦戸に詰め寄られ、八百万が少し困ったように笑う。
「私じゃなくて耳郎さんですわ」
「は? ウチ?」
驚く耳郎に隣の八百万が、初めての恋バナに少し照れたように話しだす。
「耳郎さんは、よく上鳴さんと仲良くお話しているなと思い出しまして……上鳴さんはいかがですの?」
「ちょ、ヤメテ! そりゃ、あいつはしゃべりやすいけどさ、チャラいじゃん。絶対浮気する」
話の先を自分に向けられ、恥ずかしそうに顔をしかめる耳郎に梅雨が口の下に指を置いて考えてから口を開いた。
「そうかしら? 上鳴ちゃんって、付き合ったら意外と一筋になりそう」
「えっ、梅雨ちゃん、上鳴くんが好きなタイプなん!?」
「いいえ、全然。でも上鳴ちゃんは基本女の子には優しいでしょ?」
「う~ん、ただの女好きっていうだけじゃない?」
照れくさそうな耳郎が言った女好きというワードに、女子たちの脳裏に共通の男の顔が浮かんだ。
そして能面のような表情になって口を揃える。
「…………峰田(くん、ちゃん)よりマシだけど」
「ん」
一拍遅れて頷く小大。
あまりの揃いっぷりにみんな顔を見合わせて吹き出す。
共通の敵は、一致団結に一役買うものだ。
「峰田に比べりゃ、誰だってマシだよ ~!」
「ホンットそれな! 峰田のクソさ加減に比べたらかっちゃんやモノマーですら金塊に見えるよ」
「ちょ、ひなたそれは言い過ぎ〜!」
先程までの空気とは打って変わって楽しい話になったからかひなたが調子に乗って発言すると、芦戸が笑った。
芦戸が涙を拭いながら隣の拳藤に言う。
「B組に峰田みたいなのっているの?」
「いないいない。ウチの男どもはわりと硬派だよ。あ、物間みたいなのもいるけど」
ひらひらと手を振りながらふと思い出したように拳藤が言う。
物間は、なにかとA組に対抗する、心がちょっとアレな生徒だ。
「物間はなー……」
「ん」
「物間だなー……」
「ん」
柳の言葉に、小大が頷く。
どうやら物間は、心がちょっとアレでもそのままの物間で受け入れられているようだ。
「顔は結構イケメンなのに、心がちょっとアレなのが残念だね!」
あっけらかんと言う葉隠。
「イケメンといえば、轟は?」
「そういえば」
芦戸の問いかけに、皆がというようにその存在を思い出す。
イケメンで性格はややマイペースな印象。
彼氏にするには、何のマイナスポイントも見当たらないような気がしたその時、拳藤が言った。
「あぁ、あのエンデヴァーの」
その瞬間、脳裏に浮かんだ轟の父親の顔に、女子達は思考停止した。
とてもじゃないがうまくやっていける自信がない。
「……ないな」
「うん、息子の彼女に厳しそう……」
「ていうかワキガ臭……」
想像したエンデヴァーの威圧感にげんなりしたA組女子達。
ひなたも、聴こえるか聴こえないかくらいの声で、ポツリと呟いた。
だが、塩崎がじっと閉じていた目を開き、切々と説く。
「あぁいう気性の激しい方こそ、心が傷ついているかもしれません。そんな傷を癒してさしあげたい……」
「茨、まさかのエンデヴァー!?」
同級生の父親!?
ナンバー2のヒーローとの不倫!?
驚く拳藤達に、塩崎は変わらぬ冷静な表情でふるふると首を振る。
「全ての生き物は、みな愛される資格を持つのです。癒してさしあげたいだけで、決して恋ではありませんし、タイプでもありませんのであしからず……」
「ビックリさせんな」
「ん」
平坦な口調の柳と頷く小大。
胸を撫でおろしながら麗日とひなたが言う。
「塩崎さんって真面目なんやね!」
「いばっちゃんはクリスチャンなんだよね」
「真面目といえば飯田ちゃんね」
「あー、A組の委員長」
「飯田さんは絶対浮気はしませんわね。きっとお付き合いしても変わらず真面目そうですわ……」
八百万の言葉に、皆飯田とのお付き合いの様子を想像する。
真面目な飯田は、きっちり交際を申しこむことだろう。
しかし、その先の想像が難しい。
「……飯田って手を繫ぐまで何年もかかりそう」
「あっ、わかる! 『結婚するまでは清く正しい付き合いを』…とか言って猛烈に拒否してきそう!」
「もしかしたら、結婚してからしか繫げないんじゃ……?」
「ハハッ、さすがにそこまでじゃないだろ?」
A組の冗談だと思った拳藤がそう言うと、A組女子達は全員しごく真面目な顔で首を振った。
「飯田ちゃんならありえるわ」
「マジで……?」
「純粋ハイパー真面目だから」
そこまで真面目なのも疲れそうだと、女子達の頭から飯田の選択肢が消える。
「それじゃ緑谷は?」
「っ!」
芦戸からの突然の名前に、麗日が必死で動悸に耐える。麗日の心臓は疲労困憊だ。
「あの子って、いまいちよくわかんないんだけどさ」
「緑谷?」
「体育祭でも、埋めてある地雷使ったり大胆な戦法とったかと思えば、決勝ではノーガードの殴り合いみたいなことしたり、でも廊下とか食堂とかでふだん見かけるとイメージが違うんだよな」
そう言って首をかしげる拳藤に、麗日は何か言いたそうに口を開くが、いろんな感情がごっちゃになりうまく言葉にできそうにない。
唸る麗日の代わりのように、蛙吹が口を開いた。
「そうねぇ、緑谷ちゃんは……すごく努力家だと思うわ。日々感じるすべてをヒーローになるために活かそうとしているわ」
合ってる?
とまるで確認をとるように振り向く蛙吹に、麗日は大きく頷く。
そして続けた。
「……デクくん見てると、私ももっとがんばろうって思えるよ!」
必死に何かを伝えたいように見つめてくる麗日に、拳藤はニッと笑みを浮かべた。
「そうなんだ。周りにそういう気持ちを思い起こさせるって、いいね」
その笑みに少しでも緑谷のことが伝わったような気がして、麗日も笑う。
芦戸が思い出したように付け加えた。
「あ、そんですんごくオールマイトオタク」
芦戸の言葉に葉隠と八百万、そしてひなたも続く。
「彼女とのデートと、オールマイトの握手会だったらオールマイト取りそう!」
「容易に想像できますわね」
「何なら彼女をオールマイトの握手会に連れてったり…」
「それは……そうかもしれん」
「え? 学校で会えるのに?」
オールマイトは雄英の教師でもある。
首をかしげる柳に芦戸が深く頷きながら言う。
「それが緑谷という男」
葉隠の言葉に、麗日も容易に想像できてしまった。
「彼氏としてはナイ」
「ん」
ばっさりと切る柳に頷く小大。
かくして出久も選択肢から消える。
麗日はホッとしたような、それでいて歯がゆいような気持ちになり、苦虫を嚙んだままくすぐられているような微妙な表情を浮かべた。
「じゃあ爆豪は?」
「ないな」
今度は耳郎がばっさりと切る。
「成績優秀、将来有望……だけど、あの性格じゃあなー」
「さっき金塊って言ったけどやっぱナシ」
爆豪に続き、次々と男子の名前が浮かんでは、女子達の厳しい審査にシャボン玉のように消えていく。
キュンキュンせずにすべての男子が全滅してしまった。
だがそんな中、芦戸が思い出したように掌を打つ。
「あっ、一人いるじゃん! マイナスポイントひとつもない男子!」
「えっ、誰?」
「心操だよ! ヒーロー科の男子だったらあいつ一択でしょ!」
芦戸が言うと、女子達は満場一致で賛成する。
「確かに、心操くん何だかんだで優しいもんね」
「そうね。心操ちゃんなら相手の女の子を大切にできると思うわ」
「クールなイケメンだし〜!」
「それでいて、割とアツいとこもあるんだよなあいつ」
「とても努力家ですものね。ヒーローになる為に切磋琢磨していらっしゃる姿は、同じヒーロー科として尊敬しますわ」
A組の女子達は、満場一致で心操を推した。
クールで、顔立ちが良く、成績優秀で、将来有望な“強個性”で、ストイックで、女性に対して紳士的。
徳の高さに関しては、ヒーロー科の中でもトップクラスだった。
要するに、どこにも幻滅する要素が見当たらないのだ。
時々垣間見る腹黒さや自己評価の低さという欠点ですらも、ヒーローになる為のヴィジョンの裏返しとしていい意味でクラスメイトに受け入れられている。
A組女子達の話を聞いて、B組女子も納得する。
「確かに、その中だったら心操一択…だね」
「騎馬戦の時、一度は謀られましたが、あの後きちんと誠心誠意謝っていただけたので悪い気はしませんでした」
「っていうか…言っちゃ悪いけど、他が無さすぎてね」
「ん」
騎馬戦で操られて鉢巻を根こそぎ奪られたB組女子達も、心操に対しては悪い印象は抱いていないようだった。
そもそも体育祭では自分が勝ち上がる為に人を蹴落とす事など当たり前で、彼女達もそれを十二分にわかっていた。
心操に謀られて操られた事で落ち込んでいた塩崎も、あの後きちんと誠心誠意謝ってフォローしてもらえたので悪い気はしていなかった。
「…………」
女子達が心操の名前を上げたのを聞いて、ひなたは苦笑いを浮かべていた。
長所ばかりという事は、それだけライバルが多いという事だ。
自分の好きな人の魅力をきちんとわかってくれている事を嬉しく思う一方で、他の女子も心操の事が好きかもしれないという事実に複雑な感情を抱いていた。
だがそんな中、芦戸が口を開く。
「あっ、でも待って。確か授業参観の時…」
「ん? 授業参観がどうかした?」
「いや、さ…心操ママがね。どエラい格好で来たんだよ。ノースリーブに、ミニスカート、あとニーハイブーツ」
「流行りは手当たり次第取り入れるタイプだよね」
芦戸と葉隠は、授業参観に来た心操の母親の人美の格好について言及した。
人美は、かなりミーハーな性格をしており、たとえ子供の授業参観であろうと流行っているからといって歳にそぐわない若者向けの服装で来るような女性なのだ。
B組の女子達は、心操の家に結婚の挨拶をしに行った時にギャルの格好をした人美が出迎えてくるところを想像していた。
「「「「うーん………」」」」
本人には落ち度はないが、いかんせん母親の格好が痛々しい。
散々悩んだ挙句、心操も付き合いたい男子の候補から外された。
その様子を見たひなたは、ライバルが減った事でどこか安心しつつも、同じ女性として尊敬する人美の魅力がうまく伝わらないもどかしさとせめぎ合い、何とも言えない歯痒さを覚えていた。
結局、これといった男子は出てこず、話は振り出しに戻ってしまった。
「それじゃ、逆で考えてみるっていうのは? 私達が男子で、男子がもし女の子だったら彼女にするなら誰! みたいな」
「目線を変えるのね」
女の子達は「う~ん……」とそれぞれ身近な男子たちを女の子に変換しようとするが、筋肉質な体つきそのままに、ロングヘアを被せただけのような想像しかでてこない。
「なんか違う……」
「そもそもキュンキュンする? 彼女選ぶ目線って……」
「それもそうか!」
てへっと葉隠が笑う。
しかし、その隣の柳が少し離れた拳藤を見て口を開いた。
「でも、一佳が男ならモテそう」
「へ? 私?」
目を丸くする拳藤に、柳の隣の小大も「ん」と頷く。
「B組で一番カッコいいのは一佳だよ」
「確かに。拳藤さんの一言でクラスがピシッとまとまりますしね。誰にも公平で、厳しくそれでいて温かい……なかなかできる事じゃありません」
同意する塩崎の言葉に、八百万も「そういえば……」と続けた。
「職場体験の時、さりげなくフォローしてくださいましたわ。拳藤さんがご一緒でなかったら、もっと落ちこんでいたかも」
「あん時はお互い様だよ。つーかやめて、テレんじゃん」
みんなに注目され、わずかに恥ずかしそうに顔をしかめる拳藤。
「頼りがいがあるのはわかる気がするわ。さっき、峰田ちゃんをふっ飛ばした時とか」
「わかる!」
「見事なお手前でした!」
頷く蛙吹と麗日とひなたに、芦戸も次第にノッてきた。
「チカンなんかにも、バシーッと言ってくれそう! 彼氏だったら、『俺の彼女になにしてんだよ?』とか言っちゃってー!」
芦戸の言葉に、男子バージョンの拳藤が自分を守りつつチカンを退治するシチュエーションを思い浮かべ、女子たちは黄色い声をあげる。
女子の気持ちを理解し、いざという時に守ってくれる理想の彼氏がそこにいた。
「……って、女子同士でキュンキュンしても!」
「いや、勝手にキュンキュンされても」
はたと我に返った芦戸に、苦笑いする拳藤。
「やっぱさ、恋愛目線で見るからしっくりこないんだよ。相棒目線とかなら、意外とキュンキュンしそうなとこも見えてくるかもよ?」
「相棒ねえー」
「もしくは、一日入れ替わるなら、とか?」
拳藤の提案に、全員考えこむ。
パッとある男子の顔が浮かんだ麗日が話しだす。
「それなら私は爆豪くんかなぁ」
「ええっ、そうなの?」
麗日が出した意外な名前に、耳郎が驚く。
麗日は少し照れくさそうに笑った。
「うん。体育祭で直接戦って完敗したやん? そんとき、素直に強いなーって思ったんだ。あの強さを一回味わってみたい!」
「確かに爆豪さんは強いですわ。戦闘センスもありますし」
「だから爆豪くんになって、一回思いっきり戦ってみたい!」
ピシッと拳を突き出す麗日に、芦戸が「なるほどねー」と頷く。
「そういうので言ったらあたしは瀬呂かなー。テープを出すっていうの、やってみたい! シュルルーッてさ。いつも酸ばっかりだし。ヤオモモは?」
「私は……しいて挙げるなら口田さんか心操さんですわね。生物を操れるというのは、とても興味深いです」
「ん」
小大も実は口田と代わってみたいらしい。
すると今度はひなたが手を挙げて言った。
「僕は焦ちゃんだなー! フレイザードみたいに呪文叫びながら氷とか炎とかバンバン出してみたい!」
「ブフッ」
「確かにひなたと轟が入れ替わったら面白いかも」
ひなたが言うと、他の女子達は、ドラクエの呪文を叫びまくる陽キャと化した轟を想像し、思わず吹き出してしまう。
そんな皆を見て、耳郎もおずおずと口を開いた。
「ウチは上鳴かな。放電して、あのウェイ状態を体験してみたい。一回で十分だけど」
「私は……常闇ちゃんかしら。
「私は砂藤くんかなー! 甘いものいっぱい食べても、それがエネルギーになるでしょ。食べすぎても太らないから罪悪感もないし!」
「いや、透明なんだから太ってるのとかバレないじゃん」
「バレるよ! 服の膨らみの感じで」
「膨らむものがあるんですねぇ羨ましい限りですわァアッハハハハハ!!」
葉隠が言うと、幼児体型のひなたは嫉妬のあまり一周回って高笑いしていた。
ワイワイと盛り上がる女の子達を見て、拳藤があきれたようにため息を吐いて笑う。
「恋愛抜きだとスラスラ選べるんだけどね」
キュンキュンうんぬんより、自分が体験したい“個性”になってしまった。
「だめだぁ~、あたしたち恋バナの一つもできないよ!」
バタッと倒れこんだ芦戸に、女の子たちはそれぞれの顔を見て苦笑した。
「今は補習がんばれ」
「きっと神様のお告げですわ」
「みなっちならやればできる」
「やめてぇ~」
耳郎と塩崎とひなたに言われ抵抗するように布団の上でジタバタする芦戸に、蛙吹が「でも……」と続ける。
「恋に落ちる、って言うでしょ? だから、気がつくと落ちてしまっているものなのよ。きっとその時になれば、誰かに気持ちを話したくてたまらなくなるんじゃないかしら。恋バナはそのときにたくさんしましょ」
いつか誰かに恋をする。
その時はいつだろうか。
その時、自分はヒーローになれているだろうか。
その誰かに、誇れる自分になれているだろうか。
いつかの未来を想って、女の子達は恋に恋する笑みを浮かべた。
「……でも、やっぱり今キュンキュンしたいよぉ~! ちょびっとだけでもいいから!」
ほんわかした空気に一瞬染まった芦戸だったが、補習という地獄を思い出し、キュンキュンクレクレに変化した。
いつかの恋より、目の前のキュンキュン。
地獄を耐え抜くには心の潤いが必要のようだ。
「てっとりばやくキュンキュンするっていうと……理想のタイプの話とか?」
「三奈ちゃんはどういう人がタイプなの?」
「ん ーとね……まず強そう! でもね、たまに子供っぽい一面もある人がいいなー。やんちゃな感じで、それでいて、ずっとそばにいてくれるの~!」
みんな、ふんふんと聞いているなか、A組女子達が「……ん?」と何かにひっかかったような顔をする。
強そうでいて、子供っぽい一面、それでいてずっと一緒……。
「それって
「……それだ!」
蛙吹の指摘に、芦戸を抜かしたA組女子達が納得する。
「
「そうだよ! そうだけど! 人じゃないじゃん!」
きょとんとする拳藤に芦戸が反論するように言う。
ぶーっと口を尖らせる芦戸に、蛙吹が続ける。
「あらでも、
「でも明るいときはかわいいよね! アイヨ! とか返事するんだよ」
「うん! それで、シャドーちん、ああ見えて意外と人懐っこいんだよ! 騎馬戦で組んだ時とか、色々教えてくれたし!」
麗日はその時の
ひなたは、騎馬戦で常闇と組んだ時に
「そうそう、期末の演習試験で常闇ちゃんと組んだんだけど、
「かわい」
「ん!」
「子供っぽい一面!」
柳と小大もその様子を想像したのか、乏しい表情がわずかにゆるむ。
葉隠もゆるんだ声で続けた。
「いいじゃん、
拳藤が素直にそう言うと、他の女子達も「うん、いい」と、まるで今まで気づかなかった新しい男子の一人を思い出したように頷く。
芦戸も「……アリかな?」と思ったその時、耳郎が口を開く。
「で、“個性”だから常に一緒」
「いや! 常に一緒なのは常闇じゃん!」
耳郎の言葉に叫ぶ芦戸。
「じゃあ、
「って事で! じゃないよ!」
からかうような葉隠の楽しげな声色に、芦戸が鼻息荒く意気ごむ。
「もうこうなったら意地でもキュンキュンしてやる! 次は……現役ヒーローの中で、もし結婚するなら誰!?」
「ええ~?」
そう声をあげながらも、女の子達は楽しげだ。
女の子だけの話は、いつだって少し下世話で、だいぶ辛辣で、それでいて愛嬌に満ちている。
そしてキュンキュンとは別に、ほわほわと心をいつのまにか満たしてくれるのだ。
だから話は尽きず、布団の上の女子会はまだまだ終わらない。
◇◇◇
数時間後。
恋バナに花咲かせていた女子達も、何やら腕相撲大会を繰り広げていた男子達も、すっかり寝静まっていた。
一方その頃、一同の様子を遠くから眺める影があった。
「ああ、いたいた。うわぁ、アホ面晒して爆睡してるよ」
零は、単眼鏡を覗き込みながら言った。
「疼く…疼くぞ……早く行こうぜ…!」
「まだ尚早。それに、派手な事はしなくていいって言ってなかった?」
「ああ。急にボス面始めやがってな」
マントを深く被った男が昂った様子で言い、ガスマスクをつけた少年が冷静に言い荼毘が死柄木に対する愚痴を言った。
そして荼毘は、崖の上から施設を見下ろしながら不気味な笑みを浮かべる。
「今回はあくまで狼煙だ。虚に塗れた英雄達が地に堕ちる。その輝かしい未来の為のな」
すると、トガが顔につけているサポートアイテムに対して不平を言った。
「ていうかこれ、嫌。可愛くないです」
「裏のデザイナー・開発者が設計したんでしょ、見た目はともかく理には適ってる筈だよ」
「そんな事聞いてないです。可愛くないって話です」
トガの文句に対してガスマスクの少年『マスタード』が言うと、トガがさらに文句を言う。
「どうでもいいから早くやらせろ。ワクワクが止まんねぇよ」
「黙ってろイカレ野郎共。まだだ…決行は…11人全員揃ってからだ」
マントの男が手をバキバキ鳴らしながら言うと、荼毘が落ち着かせる。
するとそこへ、新たな仲間三人が到着する。
「んお、やっと来たか」
「おまた━━」
「仕事…仕事……」
零が反応すると、長髪と厚めの唇が特徴的な大男『マグネ』と、身体中に拘束具をつけ歯茎を剥き出しにした男『ムーンフィッシュ』が口を開く。
すると荼毘も不気味な笑みを浮かべながら言った。
「威勢だけのチンピラをいくら集めた所でリスクが増えるだけだ。やるなら経験豊富な少数精鋭。まずは思い知らせろ…てめぇらの平穏は俺達の掌の上だという事を」