抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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雄英百物語

 暗闇の中、蠟燭の明かりに人や鹿の頭蓋骨が浮かんで見える。

 そんな部屋の中心で、数人がまるで悪魔崇拝の儀式でもしているように蠟燭を囲んでいた。

 

「……それで流石に男は怖くなったんだ。でももう引き返せない。真っ暗なトンネルの中を震えそうになる足でひたすら進む……ちょうど真ん中まで来た時だった。生温い風が男の首元をフッと吹き抜けた……でもおかしいんだよ。風が向こうから吹いてくるはずがないんだ」  

 

 迫真力のある口調の瀬呂に、ゴクリと唾を飲み下す上鳴。

 

「な、なんで……?」

 

「そのトンネルは行き止まりだから。去年、土砂崩れが起きて崩落してるんだ」

 

「噓でしょ……」

 

 瀬呂の隣で芦戸が信じられないといった顔で呟く。

 瀬呂は皆の顔をぐるりと見回し、囁くような口調で続ける。

 

「男が足を止めた瞬間、上からピチャッと冷たい何かが落ちてきた。滴は止まることなく落ちてくる。男は電池の残りを気にして消していた懐中電灯を思いきってつけ、頭上を照らした。そこにいたのは……血まみれの男だったのさぁ!!」

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 さあオチですと言わんばかりの瀬呂の声に、叫んだ峰田が隣の障子の大きな腕にしがみつく。

 小さい峰田はまるで木に抱きつくコアラのようだ。

 その障子の横にいた蛙吹が至極冷静に言った。

 

「峰田ちゃん、うるさいわ」

 

「ほんとだよ! 峰田のせいで怖さ半減!」  

 

 ブーッと不満げに口を尖らせる芦戸に、峰田は障子にしがみついたまま涙目で反論する。

 

「おっ、お前ら怖くねーのかよ! それでも女子か!」

 

「いや、悲鳴あげて抱きつくなんて、お前が女子か!」  

 

「女子っていうかコアラだよな」

 

 瀬呂と心操にからかわれ、峰田はキッとなって反論した。

 

「お前の怪談が怖すぎんのがいけねーんだろ!」  

 

 寮生活にも慣れてきた今日この頃。

 せっかくの休日に何かやろうと盛り上がり、瀬呂、芦戸、上鳴のノリのいいメンバーで怪談をやろうということになったのだった。

 障子、蛙吹、心操は誘われてのつき合いだ。

 

(ひなたがいるとこういう話できねえからな……)

 

 実は割と怪談が好きな心操は、ちょうどトレーニングの合間だったという事もあり、上鳴達の誘いを二つ返事で了承した。

 本当はひなたと一緒に聞いてみたい気持ちもあったのだが、ひなたは怪談が大の苦手で聴いただけで死んでしまうため、一人で参加したのだ。

 

「これじゃ何の為に参加したのかわかんねえじゃねーかっ!」

 

 怖がりながらも憤る峰田に、蛙吹が障子の陰からそっと顔をのぞかせながら言う。

 

「やっぱり暗がりに紛れて抱きつこうとかしてたんでしょ。全く峰田ちゃんは」  

 

 性欲の権化である峰田の隣に女子が座るはずもなく、障子と上鳴に挟まれている。

 

「男はな、ラッキースケベを常に探し続けるトレジャーハンターなんだよ!」  

 

「男を一緒くたにするな」

 

「全くだ。真面目に生きてる全世界の男に謝れ」

 

 図星の峰田が開き直る横で、障子が複製腕の口で反論し、心操も同意した。

 

「ったくもう! でも今日からお風呂も安心して入れるもんね~」

 

「ええ、本当よかったわ」  

 

 笑顔で話す芦戸と蛙吹に、峰田が苦々しい顔で思い出すように言った。

 

「くっ、サポート科のいいおっぱいしたヤツめ~、よけいな事を……!」  

 

「いや、当然の結果だろ」

 

 峰田が悔しがると、心操がツッコミを入れる。

 峰田がいつ風呂を覗くか気が気でなかった女子達の総意で、サポート科の発目にのぞき対策のセキュリティアイテムを風呂場の出入り口につけてもらったのだ。

 もちろん風呂場の外からの侵入対策も万全だ。

 

「あっ、そうだ! こういう時のための痴漢対策アイテムとかも頼んでみよっか!?」

 

「やめろォ!! これ以上オイラのラッキースケベの可能性を減らすな!」

 

「全く……他の部屋でもいいだろう……」  

 

 その輪から一人離れ、自分の椅子に腰かけながら苛立っているように顔をしかめたのは常闇だ。

 怪談を話すのにうってつけの場所だと押しかけられ、部屋主は強制参加させられれば無理もない。

 

「だってさ、昼間なのに真っ暗になるとこなんて、ここくらいなんだもん。骨とかもあるしさー、雰囲気満点!」  

 

 もちろん頭蓋骨はインテリアの偽物だが、蠟燭の明かりに照らされるとより本物っぽく見える。

 ニッと天真爛漫な笑顔でサムズアップする芦戸に、常闇はさらに顔をしかめた。

 

「お前達が怪談を楽しむために飾っているわけではない……!」

 

「ちょうどよく蠟燭もあるしさ」

 

「ちょうどよくない……!」

 

「よし、わかった! じゃあ次はアタシが常闇も怖がるような怪談披露しちゃうよ!」  

 

 常闇の不機嫌も陽気な芦戸には通じないようだ。  

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その頃、3階の耳郎の部屋には八百万、麗日、ひなた、葉隠が集まって耳郎に楽器を触らせてもらっていた。

 麗日がギターの弦を弾くとギューンと大きな音がする。

 

「うおおお、鳴ったぁ!」  

 

 その横で同じくギターを持った八百万が耳郎に訊く。

 

「耳郎さん、ピックの持ち方はこうですか?」

 

「そうそう、で、肘と手首で弾く感じでやってみて」

 

「あたしの魂の音を聴けー!」  

 

「うーん、僕もギターに関してはほぼほぼど素人なんだよね。きょーちん見本見してー」

 

 葉隠はエアギターでアンビシャスな演奏をしているようだ。  

 しかし初めてのギターは予想以上に難しく、麗日達は耳郎にお手本を見せてほしいとリクエストする。

 

「えー? ……それじゃあちょっとだけね」  

 

 耳郎は恥ずかしそうにしながらも、一息吐くとギュギューン! と華麗な指捌きを見せながらギターをかき鳴らした。

 その演奏に麗日達は目を輝かせる。

 

「すごいカッコいい!」

 

「R&Rだ!!」

 

「プロみたいだったよ!」

 

「アンコールですわ、耳郎さん!」

 

「ええ~っ、ちょっとヤメて!」  

 

 耳郎は思いがけないアンコールに顔が赤くなる。

 耳郎の部屋はちょっとしたライブ会場と化した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 そして再び常闇の部屋では、芦戸が怪談を披露していた。

 

「……で、その部屋を見た霊能者がビックリしたんだって。押入れの中に、幽霊がいっぱいいるって! 超怖くない!?」

 

「ひぃぃ!」  

 

 再び障子に抱きつく峰田。

 だが、他はみんなきょとんとしたり、訝しげな顔をしている。

 

「あれ? 怖くなかった?」  

 

 そんなみんなに気づいた芦戸に、蛙吹が「そうねえ」と首をかしげた。

 

「お話はよく考えると怖いんだけど、三奈ちゃんの口調が怖くないのよね」

 

「そうだよ、怪談なんだからもっと怪談らしく、おどろおどろしく話せよなー。さっきの俺みたいに。怪談には演技力が不可欠だぜ?」  

 

 ふふんと自慢げな瀬呂に、上鳴は恐怖を思い出して恐々と身を震わせる。

 

「確かに瀬呂の話し方はすっげー怖かったな」

 

「うん」

 

「ええー? めっちゃ怖く話してたつもりなんだけどなー」  

 

 自分の知っている一番怖い話が通じず、むぅと唇を尖らせる芦戸。

 だがすぐに、いいこと思いついたとばかりにパッと顔を輝かせる。

 

「ねえ、常闇も怪談話してよ! 常闇の超怖そう!」

 

「あ、確かに! 普通の口調がもう怪談向きだよな」  

 

「どういう意味だ」

 

 同意する上鳴に、常闇は不満げに突っこむ。

 

「私も聞いてみたいわ、常闇ちゃんの怖い話」

 

「よっ、怪談王!」

 

「怪談王って…まだ話してないだろ。あ、でも俺も聞いてみたい」

 

「常闇、そんな怖くなくてもいいぞ……? エロ怖な話なら怖くてもいいけどよ……」  

 

「意味怖みてえに言うなよ」

 

 心操は、上鳴と峰田にツッコミを入れつつも、常闇の話に期待していた。

 皆から期待の視線を向けられ、常闇は困ったように顔をしかめていたが、小さく咳払いをして口を開いた。

 

「……怖いかどうはわからんが、祖父から子供の頃聞いた話ならある」  

 

 皆に聞きたいと言われ、常闇はどこかまんざらでもなさそうな様子で話しはじめた。

 

「──その昔、とある村で、若者達が百物語をしようという事になった」

 

「聞いた事はあるけど、百物語ってなんだっけ?」  

 

 きょとんと首をかしげる上鳴に障子が説明する。

 

「昔から伝わる怪談の作法だ。百本の蠟燭を灯し、百の怪談を夜通し語り合う。話が一つ終わるごとに蠟燭を消していき、そして百本目の蠟燭を消したその時、本物の怪異が起こると言われている」

 

「おお、ちょうど蠟燭灯してる! 百物語だ!」  

 

 テンション高くなる芦戸。

 常闇は、椅子を皆の方に向けて座り直し、話を続ける。

 

「その村で、百物語は若者達の数少ない娯楽の一つだった。だが本物の怪異が起こってはならないと、いつも九十九話でやめる事にしていた。……ある日、都会から長い金髪の女が村へやってきた。世界中を旅しているらしい。百物語の事を聞くと、女は参加させてほしいと言ってきたので、若者達は喜んで迎え入れた。だが、女は恐ろしい怪談を聞いても声ひとつあげない。それどころかニヤニヤと笑いはじめた。次第に若者達は、そんな女が恐ろしくなった。そしてやっと九十九話目。若者達はいつものようにそこで終わらせようとしたんだ。ところが……それまで黙っていた女が百話目を話しはじめた。若者達はやめさせようとしたが、女は止まらない。そして女が話し終えたとたん、蠟燭が消えた」

 

「隙間風で勝手に消えたんじゃね?」  

 

 からかうような瀬呂の隣で、芦戸がゴクリと唾を飲みこんで訊く。

 

「そ、それで怪異は……?」

 

「若者の一人が、やはり何も起こらないじゃないかと強がりながら蠟燭をつけると……女の姿が消えていた。あたりを探しても見つからない。朝になり、警察と村人総出で探しても女の痕跡ひとつ見当たらなかった。女はそのまま帰ってしまったんだとか、物の怪に攫われたんだとか噂が流れたが、そんな噂も消えかけていたある日……百物語に参加していた若者の一人が金髪の女を見たと言いだした。見間違いだと誰も信じなかったが、翌日、その若者が死んでいたんだ。何か恐ろしいものを見たような凄まじい顔で。その首筋には金髪が一本からまっていた……」

 

「えええ……」

 

 芦戸が及び腰になり蛙吹と障子の間にそろそろとやってきた。蛙吹の腕に腕を絡ませ、障子の後ろに隠れる。

 

「何やってんだ?」

 

 上鳴に訊かれ、芦戸が障子の背中から答える。

 

「いや、ここが一番落ち着く感じがするからさ……」

 

「わかるわ、障子ちゃんの背中大きいからお父さんみたいよね」

 

「! じゃあオイラも……」  

 

 ラッキースケベの予感に峰田が移動しようとするが、障子が片腕でガッチリと阻止した。

 怖がっている芦戸に、心操が声をかけた。

 

「芦戸、俺の上着いるか」

 

「いる〜! ありがと心操〜」

 

 心操が上着を脱いで芦戸に渡すと、芦戸は上着を受け取って心操に感謝した。

 芦戸が心操の上着を着て露出度が下がっただけでなく、心操の紳士的な気遣いにより芦戸の中での心操の好感度が上がったため、峰田にとっては面白くない事づくめだった。

 

「心操おめー何着せてんだよォ…空気読めよなァオイ。せっかくのラッキースケベが…ぐはぁ!!」

 

 峰田の水を差すようなセクハラ発言に、蛙吹は峰田の頬を舌で引っ叩いた。

 制裁を喰らう峰田を無視して、常闇は続ける。

 

「そして次の日にはもう一人、その翌日にももう一人と、同じように百物語に参加した若者が死んでいき……そしてとうとう百物語に参加した若者全員が亡くなった。村人達は、きっとあの金髪の女は人の魂を喰う鬼に違いないと言いだした……」

 

「え、なんで突然鬼……?」  

 

 瀬呂が首をひねる。

 

「その村にはある言い伝えがあったんだ。大昔、その村のある夫婦の間に突然金髪の子供が生まれた事があったという。夫は妻の不貞を疑い、無実だと訴える妻と生まれたばかりの子を山に捨てたそうだ。そして妻はその山奥で夫への恨みを果たすため、子供を鬼に差し出したという……」

 

「じゃあその金髪の女は鬼になって、村に戻ってきたという事……?」  

 

 ますます怖がる芦戸に腕をぎゅっとつかまれながら、蛙吹が訊く。

 

「少なくとも村人たちはそう考えていたんだろう」

 

 常闇は頷き、皆を見回した。

 

「だが、話はこれで終わらない。祖父にその話をした友人は、その村から引っ越してきた家の子供だったんだ。その子が大人になり、故郷が懐かしくなってその村へ行ってみると……そこはもう廃村になっていた。隣村の人の話では、その後、流行り病がその村に蔓延し、あっというまに全員死んでしまったという事だった。だが、本当にそれが病かどうかわからない。噂によると、死んだ村人達のそばには金髪が落ちていたそうだ……」

 

「…………ちょっと本気で怖いのやめてよ〜!!」

 

「瀬呂ちゃんのわかりやすい怖がらせ方より、じわじわきたわ」  

 

 あまりの恐怖に涙目になる芦戸にわずかに眉を寄せる蛙吹。

 だが常闇は制するように小さく首を振り、続けた。

 

「まだ後日談がある。祖父が話を聞いたその友人だが……村から帰ってきたあとどうも様子がおかしくなったそうなんだ。理由を訊くと、村のなかで金髪の女がこちらを見て笑っていたというんだ。あの女の話をしたから、きっと自分を呪っていると……祖父は見間違いだと言ったが、友人は聞き入れず……その数日後に急死したそうだ。そしてその首には一本の長い金髪が絡まっていたらしい……」

 

「えええ……」  

 

「そうくるやつか…」

 

 恐怖に追い打ちをかけられ、全員が愕然とする。

 心操も、常闇の話す後日談に顔を引き攣らせていた。

 怪談好きの間では、話を聞いた者にも呪いが降りかかる系の二段オチは、怪談の定番だった。

 瀬呂が苦笑いしながらも寒気を感じたように腕をさすった。

 

「うわ ー、これ夜思い出すヤツだ……」

 

「作り話だろ? なっ? 作り話って言ってくれっ」  

 

 上鳴も本気で怖がって、常闇に詰め寄る。

 常闇は予想外の反応に少しだけ焦った。

 

「そんなに怖がるとは……すまん。しかしこれは本当に祖父から聞いた話だ。祖父が作った話かどうかは断言できんが」

 

「……障子、トイレつき合ってくれ」

 

「トイレなら廊下に出てすぐ自分の部屋があるだろう」

 

「ドアの外で待っててほしいんだよォ!!」  

 

 峰田は男のプライドを捨てたようだ。

 そんな皆を見回し、常闇が言う。

 

「伝わる話には、何らかの教訓が含まれている。つまり、この話の教訓は、怪談などでそういう存在を面白がってはいけないという事だ。成仏できずこの世をさ迷う死者は、案外近くにいて人の話を聞いているかもしれん。こうして話している今もな……」  

 

 真剣な声色が、より恐怖を駆り立てる。

 ゴクリと皆唾を飲み下した。

 

「常闇ちゃんの言うとおりね。怪談はここらへんでやめておきましょ」

 

「だね……! 雰囲気出すぎだし」  

 

「本気で怖がってる奴がいるのに無理矢理話すのも良くないな」

 

 蛙吹の言葉に芦戸がホッとしたように頷き、心操も賛成した。

 瀬呂達も「そうだな」と同意した。

 

「な、なぁ怖いの忘れる為に今度はエロ話しようぜ! オイラの部屋でとっておきの動画見ながら!」

 

「却下」  

 

 必死に女子二人に縋る峰田の願いは即座に消えた。

 

「心操〜! 怖いの忘れる為に猫撫でさせて〜!」

 

「怖いの忘れる為じゃないけど私もいいかしら」

 

「ん…ああ」

 

「心操キサマァァァ!!!」

 

 芦戸と蛙吹がジジと戯れる為に心操の部屋に行きたがると、峰田は血涙を流しながら叫んだ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 真夜中。  

 

「んん……」

 

 心操は、夏の暑さによる寝苦しさで目を覚ました。

 そのまま寝直そうとも思ったが、どうにも口の中が乾いてしまい、眠る事ができなかった。

 眠る事ができないのは、夏の暑さや喉の渇きだけではない。

 心操も、頭のどこかに常闇の怪談が引っかかっていた。

 心操がミニ冷蔵庫から冷えたペットボトルを取り出し水を飲んだその時、唸るような声が聴こえてくる。

 

「ウゥ〜…ウゥ〜……!」

 

 見ると、愛猫のジジが扉の方を向いて全身の毛を逆立て唸っていた。

 普段は大人しく何かに対して滅多に威嚇しないジジがやたらと威嚇しているのを不審に思った心操は、怪訝そうにジジに尋ねる。

 

「…ジジ? どうかした?」

 

 心操が尋ねると、ジジはドアを睨みながら「フシャーッ!!」と勢いよく威嚇した。

 相澤と目つきや毛質、性格が似ているジジは、通常時が普段の相澤なら、威嚇している時はまるで“個性”使用時の相澤だった。

 心操は、ジジの威嚇の原因を解消しようと、ドアに近づく。

 すると心操は、ヴィイイ…とまるでモーターが回るような音が、廊下からしている事に気がつく。

 心操が思い切ってドアを開けて廊下を見てみると、どこには誰もいなかった。

 

「何だ、誰もいないじゃないか。ビックリさせるなよ」

 

「シャーッ!!」

 

「皆寝てるからシャーしないの」

 

 ドアを開けた途端に威嚇するジジに対し、心操は背中を撫でて安心させた。

 だがその時、ふと心操の脳裏に常闇の怪談が過ぎる。

 

「………まさかな」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 翌日、休み時間の教室は、その音の事でもちきりだった。  

 心操が聞いた音を、同じく蛙吹、峰田、瀬呂、芦戸、上鳴、常闇、障子も聞いたというのだ。

 そして峰田に至っては、ドアをノックされて名前を呼ばれたと言っていた。

 

「ちょっ、なんでオイラだけ名前呼ばれたんだよ!? 誰か噓だって言ってくれえ!」  

 

 他の皆は名前など呼ばれなかったと知ると、峰田は錯乱状態で皆に詰め寄る。

 

「緑谷っ、本当に何も聞こえなかったのかよォ!?」

 

「ごめん、昨日は特訓で疲れてぐっすりで……」

 

「……この面子だけが聞こえてたとなると……もしかしてあの常闇の話の呪いとか?」  

 

「や、やめろよー」

 

 冗談っぽく笑う瀬呂に、上鳴も笑って返すが、二人ともその顔は引きつっている。

 砂藤がそんな二人を笑い飛ばした。

 

「お前ら、本当にそんなの信じてんのかよ? 怖がりすぎて寝ぼけてたんじゃねーのか?」

 

「べ、別に丸々信じちゃいねーけどさ、マジで怖えんだって! 金髪の女がヤベーんだよ!」  

 

 焦って反論する上鳴の様子に、切島が興味を持ったように訊く。

 

「へー、どんな話なんだ?」

 

「それがさ……」  

 

 話しはじめた上鳴の声に、それぞれ机に座っていた爆豪と轟が、ビクッと反応する。

 爆豪が即座に立ち上がった。

 

「うるせえ! 人の後ろで、ヘンな話すんなや!」  

 

 いつものようにドアを足で開け、出ていく爆豪を見て、緑谷は密かに思った。

 

(もしかして怖かったのかな……?)  

 

 そのとき、それまで黙っていたひなたが口を開く。

 

「……ごめん。ちょっと言いづらいんだけど…その音、実は僕も聴こえてたんだよね」

 

 ひなたが眠そうに目を擦りながら言うと、全員がひなたの方を振り向く。

 

「えっ?」

 

「名前呼ばれたりはしなかったけど…ヴィーンって…モーターが回るみたいな音でしょ? 昨日、その音が耳障りでちゃんと眠れなくてさ…ふわぁぁ……」

 

(それでさっきからずっと眠そうだったのか…)

 

 ひなたが眠そうにウトウトし大きなあくびをすると、心操は妙に納得した。

 すると今度は、耳郎が口を開く。

 

「…実はウチも聞こえた。ヘンなヴィーンって音……朝方まで続いてたよ」

 

「ほら! やっぱり本当にしてたんだよ!」  

 

 A組の音のスペシャリスト二人の証言に、上鳴が鬼の首を取ったように言う。

 だが内心は、音など聞かなかった事にしたい気分なので複雑だ。  

 それは上鳴だけではなかったようで、全員に戸惑うような空気が流れた。

 そんな空気に飯田が皆の顔を見回して力強く言い放つ。

 

「しかし、呪いかどうかは置いておいて、複数人が謎の音を聞いたとなるとこれは由々しき事態だぞ。もしかしたら寮の欠陥の可能性もある。音の正体を確かめねばなるまい。ここは委員長である俺が、今日、責任をもって起きている事にしよう!」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その日の真夜中。  

 飯田は自室前の廊下でタオルケットに包まって座りこみながら、ウトウトと睡魔と戦っていた。

 それもしかたがない。

 普段なら、規則正しく生活している飯田にとっては深い睡眠中の時間帯なのだ。

 

「っ……おっと、いけないいけない……」  

 

 ハッとして、女子達が差し入れしてくれたコーヒーを眠気覚ましに飲む。

 緑谷達は一人では大変だから交代制にしようと申し出たが、飯田が委員長としてみんなの睡眠を守らねばと一人で起きていることにしたのだ。

 だが、飯田の眠気はコーヒーにも負けないくらい強力だった。

 コクリコクリと再び船を漕ぎながら、飯田が何も起こらない事を願ったそのとき。  

 

 

 

 ヴィィ……

 

 

 

 飯田はハッとする。

 聞き慣れない、かすかな音がしている。

 あわてて周囲を見回すが、何も異変はない。

 すると同じ三階の上鳴、尾白、心操が部屋から出てきた。

 

「君達、起きていたのか」  

 

 驚く飯田に尾白がわずかに苦笑する。

 

「あんな話聞いたら気になって眠れないって」

 

「ウチのジジも音が気になってさっきからずっと鳴いてる」

 

「そうか…心操くんの愛猫の為にも、一刻も早く音の正体を突き止めねば…」

 

 元々濃い隈をさらに濃くした心操が愚痴をこぼすと、飯田が心操とジジを心配した。

 

「何なんだよ、この音っ」  

 

 上鳴も怖がりながら周囲を見回し、音の正体を探ろうと廊下をウロウロするが、何も変わったものは見当たらない。

 四人が不審げに顔を見合わせた瞬間。  

 

 

 

『ぎゃあああ!』

 

 

 

 小さく聞こえた叫び声。

 

「峰田の声か?」  

 

 ハッとする上鳴に飯田が頷く。

 

「行ってみよう!」  

 

 そして大急ぎで下の2階へ飯田たちが向かうと、そこには緑谷にガクガクと抱きついている峰田がいた。

 青山と常闇も青ざめた顔で廊下に出てきている。

 

「何があったんだ!?」

 

「ま、また名前呼ばれたんだよォ!!」

 

「僕も聞いた。峰田くんの部屋のドア、ノックしてから……」

 

 常闇と青山も同じように聞こえたと言う。その真剣な表情はそれが本当だと告げていた。  

 飯田は愕然と呟く。

 

「いったい、何が起こっているんだ……」

 

 その夜、クラス全員が謎の音を聞いていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「──音ねぇ」  

 

 訝しげにそう言う相澤の前には、今日の空と同じようにどよーんとした生徒達がいる。

 天気予報では今日の夜は嵐になるらしい。

 時間が経つにつれ、強くなっていく風が木々を揺らしている。  

 睡眠不足の生徒達は当然授業に集中できず、最後のホームルームで相澤に静かに怒られた。

 しかし相澤も、一人、二人ならまだわかるが、全員集中を欠いたのを不思議に思い、理由を訊いたところだった。

 

「しかし、まさかお前ら、呪いなんて非合理的なもん信じてるのか」  

 

 あきれたような相澤に八百万がおずおずと答える。

 

「し、信じてはいませんが……しかし不可解な出来事が起きているとなると……」  

 

「ひぃ〜ん、何とかしてよざわえも〜ん!」

 

「やめろ」

 

 同じように音が聞こえた女子達も不安で、同じ階の生徒同士で一緒に朝まで過ごしていた。

 ひなたは、ボロボロとガチ泣きしながら相澤に縋り、相澤はそんなひなたを一蹴した。

 飯田がバッと手をあげて立ち上がる。

 

「先生! これは大変な事態です! 我々の基盤となる生活空間に何かしらの異変が起きている事実。もしこれがずっと続くとなると、我々は授業に専念できなくなります! ここは早急に原因追及と事態の解決を望みます!」

 

「い……いやだぁ! 毎晩名前呼ばれたら眠れねえよ〜!! ベッドの中でならいざ知らず……いやベッドに入ってきたら呪い殺される……! でもそれが素っ裸の幽霊なら……いやでも……!!」  

 

 呪いとエロの狭間で揺れる峰田が頭を抱えた。

 

「呪いか……そういや、雄英にもそういう話があったな」  

 

 ふと思い出したように言った相澤の言葉に、全員が「えっ」と注目する。

 

「本当ですか!?」

 

 芦戸が訊くと、相澤はいつものように平然と答えた。

 

「雄英七不思議のひとつで、たしか……恋に敗れて命を絶った女子生徒の霊が、雄英の敷地内を彷徨ってるって話だった。ヒーロー科のある生徒が、最近視線を感じるようになったって。視線を感じて振り向くと、そこには誰もいなかった、という話も聞いた事がある。……あぁ、ちょうど今、寮の建ってるあたりだな」

 

「え」  

 

 一瞬、啞然としたあと、教室は阿鼻叫喚さながらの騒ぎになった。

 

「その幽霊が寮の中、さ迷ってるんじゃ……!」

 

「やめてぇ〜!!」

 

「ハイツアライアンスは呪われた寮なんだあ!!」  

 

「……………」

 

「先生! ひなたちゃんが泡吹いて失神してます!!」

 

 いつもなら笑って流せるくらいの話でも、恐怖が蔓延している今は違う。  

 相澤はしまったと思った。

 怖がらせるつもりはなかったが、どうやら火に油を注いでしまったらしい。

 

「おい、お前ら……」

 

「寮全体呪われてたらどこにも逃げ場ねーじゃんか!」

 

「し、塩まかな……!! あっ、ごま塩しかなかった……!!」

 

「どうしよう!? 透明な私でも幽霊に気づかれるのかな!? 気づかれたらやだよう!」  

 

 いつもなら一喝して黙らせるが、燃料投下した自覚があるのでまず落ち着かせようとしたが無駄だった。

 

「──お前ら、いい加減にしろよ?」  

 

 阿鼻叫喚の最中でも、骨身に染みている相澤の低い本気の声は生徒達の耳に届いた。

 恐怖を無理やり押しこめ、目の前の恐怖にプルプルと震えながら沈黙する。  

 そんな生徒達を見回して、相澤はしかたないというふうにため息を吐き言った。

 

「そんなに音が気になるんなら、今夜見回りをする。ちょうど今夜は嵐らしいし、その方が合理的だろう。点呼もするからちゃんと部屋にいろよ」

 

「せっ、先生ぇ……!」

 

 口調は素っ気ないが、相澤の愛情を感じ生徒達はそれぞれ目を潤ませた。    

 ため息をついていた相澤は、ふと心操の方を見る。

 最近睡眠不足でイライラしているジジを心配していた心操は、見るからに窶れていた。

 猫好きの相澤にとっても、心操の愛猫のストレスになっている謎の音を放置するわけにはいかなかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 夕方に振りだした雨は、夜には豪雨となっていた。

 強風も吹き荒れ、寮の窓はガタガタと揺れる。

 ハイツアライアンスは築三日のスピード施工で建てたものだが、作りは頑丈だ。

 だが、どんな建物も自然の猛威の前ではただ嵐が過ぎ去るのを待つしかない。  

 相澤は寮の1階へやってきた。

 見回りのためだ。  

 窓から外を見ると、激しく揺さぶられている木々は今にも折れてしまいそうなほどしなっている。

 玄関付近にある外灯も折れやしないかと心配になるほどだ。  

 ふいにゴロゴロと低い音がしたかと思うと、暗い空に閃光が走り、稲妻が落ちた。  

 この嵐だと停電もありえるかもしれないと相澤は考え、もしそうなったときの想定を巡らす。

 非常電源の切り替えはあるが、万が一に備え、ブレーカーの位置、懐中電灯などの装備品は確認済みだ。

 

(一番の心配は……あいつらだな)  

 

 相澤は眉を寄せる。

 教室での阿鼻叫喚はいただけない。

 まるで子供だ。

 これで停電なんかになった日には……と想像するだけで頭が痛くなりそうだ。  

 しかし、音の件は相澤も気になっていた。

 全員が聞いたとなると、気のせいではすまされない。

 

「一体何の音なんだ……」  

 

 相澤はそう呟き、ふとあたりを見回す。

 何かの気配を感じたのだ。

 嵐が木や窓を揺らす音の合間に、機械音が聞こえた。

 相澤はかすかな音を頼りに、息をひそめて周囲を探る。

 生徒達が聞いた音だろうそれに神経を研ぎ澄ませた。

 音は一定方向からではない。

 移動しているようだった。

 音を追い、食事をするテーブルの前に来たときだった。

 

「噓だろ……」  

 

 音を発しているそれを見た相澤の目が驚愕に見開かれる。  

 二度目の雷が落ちた頃、飯田は峰田の部屋を訪れていた。

 轟と砂藤と瀬呂もいる。  

 予定していた点呼の時間になっても一向に相澤が現れないのを不思議に思って確かめに来たのだ。

 

「来てねえよ~、上から回ってんじゃねえの?」  

 

 今日も名前が呼ばれるかもしれない峰田は恐々と答える。

 5階の砂藤が「いや、来てねぇぞ」と答えた。

 

「飯田くん、みんな」  

 

 隣から緑谷も戸惑った様子で出てくる。

 

「おかしいよね、あの相澤先生が時間通りに来ないなんて……」

 

「怖え事言うなよ、緑谷ァ! また合理的虚偽ってヤツじゃねーのか!?」

 

「とりあえず先生を捜そう」  

 

 飯田達は連れ立って1階へとやってきた。

 

「それにしても嵐、すげえな」

 

「万が一に備えて、避難の準備をしているか? 皆! 雄英生たるもの、そういう準備も万端でいなければ!」  

 

 瀬呂と飯田が窓に打ちつける雨を見ながら話していたその時、緑谷がハッとする。

 

「あれ? あそこに誰か……相澤先生……!?」  

 

 食事スペースのテーブル付近で、相澤が倒れていた。

 それを見た心操とひなたは、血相を変えて駆け寄る。

 

「先生!!」

 

「お父さん!!」

 

「どうしてこんな事に……」  

 

 八百万がソファに横たわる相澤を見ながら、深刻そうに首を振る。

 相澤は気絶していた。

 緊急事態に全員が談話スペースに集合している。

 

「な、なあ相澤先生の首に金髪絡まってたりしねえよな……? ……っ!! 金髪……!? あ、なんだ俺の毛か……」  

 上鳴がビビりながら相澤の首元を覗こうとして、自分の髪に驚く。

 

「そういう事言うんじゃねえ、アホ面!」  

 

 爆豪が通常運転のように叫ぶが、その声はどこか強張っている。

 

「呪いか!? やっぱり呪いなのか……!?」

 

「それより(ヴィラン)の襲撃かもしれないだろ!? 相澤先生を気絶させるなんて事……!」  

 

「あばばばばばばば…!!」

 

 泣き叫ぶ峰田に、反論する尾白。

 幽霊やら呪いやらといった単語に、顔面蒼白になり泡を吹くひなた。

 そこかしこで、「やっぱり呪いだ」だとか「幽霊だ」だとか「(ヴィラン)だ」などと、皆が恐怖にかられている。

 

「落ち着け!! 落ち着くんだ、皆ー!!」  

 

「お前がまず静かにしてくれ飯田…!」

 

 飯田がなんとか皆を宥めようとするが、声は騒ぎにまぎれて効果はない。

 そのとき、蛙吹が喧騒の隙間をついていつもの冷静な声でしゃべりだした。

 

「それより今は、相澤先生の事を他の先生に知らせた方がいいんじゃないかしら」  

 

 全員、蛙吹のその言葉に我に返る。

 

「その通りだ、梅雨ちゃん君! 確か、先生の部屋に内線が通っているはず──」  

 

 飯田がそう言った時、大きな雷が落ち、次の瞬間、ハイツアライアンスは暗闇に包まれた。

 停電だ。

 

「ひゃあ!?」

 

「こんなときに停電かよ……っ」

 

「っ……落ち着け黒影(ダークシャドウ)……!」

 

「ちょっ、常闇! 黒影(ダークシャドウ)出すなよ!?」

 

「わあああ! 誰か俺を呪いから守ってくれえ!!」

 

「ひなた! 音で周りを探れないか!? …ダメだ、気絶してる…!」

 

「使えねーなこのクソ触角!!」

 

 明るさを失い、近くにいても誰が誰だかわからない。  

 音で暗闇の中も関係なく動けるひなたは、恐怖心が天元突破して気絶してしまっている。

 古来より、人間は暗闇を恐れる生き物だ。

 本能の中に眠っていた原始的な恐怖が、高まっていた緊張のせいで一気に爆発した。

 

「皆! 落ち着くんだ!」

 

「み、みなさん、落ち着いて!」  

 

 飯田の声にハッとして、八百万は自分でできる事をしなければと奮い立った。

 懐中電灯ならすぐに“個性”の創造で作り出せる。

 だが、作り出そうとしたその時、足元を何かフワッとしたものが通り過ぎた。

 

「キャアアア!?」

 

「その声、ヤオモモっ? ど、どうしたの!?」  

 

 耳郎が声を頼りに尋ねる。

 八百万はガクガクと震えながら声をあげた。

 

「な、何かが足の間を通り抜けて……!」

 

「何かってなに……ヒャア!? な、何かいる……っ!?」  

 

 そのやりとりを聞いていた麗日の足元を、素早く何かが通っていった。

 

「だから何かってなんだよ!? うわ、何か今唸り声聴こえたぞ!?」

 

 半泣きの声をあげる上鳴。

 そこかしこで何かが動き回っているらしく、あちこちで悲鳴があがる。

 

「誰か灯りを!」  

 

 飯田の声に、我に返った上鳴と爆豪が、舌打ちしながらそれぞれの“個性”で暗闇に一瞬灯りをともす。

 その一瞬のなか、宙を素早く移動する黒い何かが浮かび、そしてすぐさま闇の中へ消えた。

 

「───!?」  

 

 全員が声にならない叫びをあげる。

 そして静寂は一瞬で崩壊した。

 

「なななななななななんんかいたぁ……!!!」

 

「幽霊かよ、幽霊かよォ!! 幽霊ってあんな感じなのかよォ!? 初めて見るからわかんねえ!!」  

 

 パニック状態の葉隠と上鳴。

 その近くで動揺している轟が近くにいるだろう緑谷に話しかける。

 

「み、緑谷……幽霊には氷と炎、どっちが効くんだ……?」

 

「へっ? いや、そんな事考えた事もないからわかんないんだけど、幽霊って冷たいイメージがあるから逆に炎なんじゃないかなぁ!?」

 

「いや、でも人魂とか鬼火とか、炎タイプのやつもいるぞ…!」

 

「というより物理攻撃効かないんじゃ……!? ほら実体がないのが幽霊なわけだし……っ」

 

 同じく動揺しながらも冷静な緑谷と心操の分析に、轟は絶望した。

 

「! どうすりゃいいんだ……!」

 

「もうダメだ!! 俺達、皆呪い殺されるんだぁー!! ちくしょう! どうせ死ぬなら女体に挟まれて圧死したかった……!!」  

 

 峰田がそう叫んだ時、玄関のドアが開いた。

 凍りつくA組の前で、稲光とともにペタリと入ってきたのは──長い金髪だった。

 その髪から滴り落ちる滴が、一歩、また一歩と生徒たちの前へと近づいてくる。

 

「ん……お前ら──」  

 

 金髪が生徒達に気づいたように顔を上げた直後。

 

「金髪の幽霊だー!!!!!」  

 

 そう叫びながら、全員でいっせいに攻撃した。

 (ヴィラン)相手なら戦い方を学んでいるが、得体のしれない相手となると知識ゼロだ。

 集団パニック状態の生徒達に加減などできるはずもない。

 常闇の“個性”、黒影(ダークシャドウ)も飛び出す。

 最凶の“個性”を持つひなたが先程から涙と鼻水を垂れ流しにし泡を吹いて気絶していた事が、唯一の救いだった。

 

「ソノ獲物ヲ仕留メルノハ俺ダァァ!!」

 

「ちょっ……おい!?」

 

 金髪の幽霊があげた声は、攻撃にかき消された。

 幽霊が倒れた音がして、生徒達がハッと我に返る。

 次の瞬間、電気が復旧した。

 黒影(ダークシャドウ)も「キャン!」と常闇の中へ戻る。  

 暗闇から解放され、思わずホッとする生徒達。

 だがまだ油断はできない。  

 あたりは爆破や氷結や炎や酸などが入り交じり、もくもくと煙が立ちこめている。

 その煙が消えると倒れている金髪の幽霊が見えた。

 

「ゆ、幽霊なのに消えてねえ……」  

 

 愕然とする峰田。

 峰田の“個性”もぎもぎもそこら中に散らばっている。

 生徒達はピクリとも動かない幽霊を見て、恐る恐る近づく。

 だらりと顔を覆う金髪の隙間から、金色のちょび髭が見えた。

 細身だが体格はしっかりとしている。

 

「……え、女じゃない……っていうかどっかで見たような……」  

 

 芦戸が幽霊の顔を見て、首をひねった。

 後ろからそっと顔を覗いた耳郎が「ゲッ」と青ざめる。

 

「この金髪、プレゼントマイク先生じゃん!」

 

「え? ……あー!!」  

 

 驚く生徒達。

 いつも天を衝くように逆立てている髪がセットされていなかったので、パッと見ではわからなかったのだ。

 

「せ、先生~!? プレゼントマイク先生~!」  

 

 麗日が心配する横で耳郎がイヤホンジャックで心音を確かめる。

 

「大丈夫、気絶してるだけ」

 

「良かった……」

 

 プレゼントマイクが気絶しているだけだと知った心操は、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「もしかして、停電になったから来てくれたのだろうか? それなのに、申し訳ない事を……」  

 

 飯田は、委員長として責任を感じていた。

 一方で、気絶していたひなたは、クラスメイトの攻撃音で目を覚ましていた。

 

「…はっ!! 今、すごい綺麗な川見えた…!!」

 

 恐怖心で記憶が消し飛んだひなたがキョロキョロと周囲を見渡すと、クラスメイトの“個性”の残骸が散らばっており、プレゼントマイクが気絶していた。

 状況が飲み込めないひなたは、目をシパシパさせながら尋ねる。

 

「えーっと…何の騒ぎですか? これは」

 

 ひなたが尋ねたその時、後ろから聞き慣れた声がかけられた。

 

「おい、お前ら……」  

 

 生徒達が振り返る。

 さっきの一斉攻撃の音で目を覚ました相澤が立っていた。

 パニックから解放され、生徒達はホッとして「先生 ~!」と相澤に駆け寄る。

 

「金髪の幽霊が来たかと思って攻撃を……!」

 

「先生、一体何があったんですか!? (ヴィラン)ですか、それとも本物の幽霊に……?」

 

「黒い幽霊が寮の中にいるんですー!!」  

 

 興奮冷めやらぬ生徒達に、相澤は「落ち着け」と一喝した。

 条件反射のようにサッと姿勢を正す生徒達を前に、相澤はまずプレゼントマイクを吹きこむ雨から濡れない位置に移動させて、おもむろに天井を見上げてウロウロとなにやら探しだした。

 不思議そうにゾロゾロとついていく生徒達。

 その中で耳郎とひなたがハッとする。

 

「……ちょっと待って。あのヴィィって音すんだけど」

 

「うん。するね。モーターが回ってるみたいな音」

 

「えっ」と驚く生徒達の前で、相澤は「……あった」と何かをみつけて、何やら天井を指差し、蛙吹に言った。

 

「蛙吹、あのちっこいのわかるか。取ってくれ」

 

「……あの黒いものかしら? ええもちろん」  

 

 蛙吹が舌を伸ばし、天井にあったよく見ないとわからない大きさの黒い粒のようなものを取り、相澤に渡す。

 その物体からヴィィと音がしていた。

 

「これが俺が気絶した原因で、謎の音の正体だ」

 

「ええっ」

 

「天井についてたのを取ろうとしてテーブルに上がったら、出しっぱなしにしてあった台布巾で滑っちまってな」

 

「あっ、私だ! 早く部屋戻らなきゃと思って台布巾すっかり忘れてた!」  

 

 てへっと悪びれない葉隠に、相澤は何か言いたそうな視線を向けたが、「まぁとりあえず今はいい」とその粒のようなものを生徒達によく見えるように差し出す。

 じっとそれに目を凝らす生徒達。

 八百万が「これをどうぞ」と創造で作った拡大鏡を通してみる。  

 それは極小サイズの機械だった。

 移動用のモーターがついていて、これが音の発生源だった。

 

「でもなんでこんなものが……?」

 

「見知らぬ機械といえば、多分アレだろ」  

 

 相澤はそう言って、女子風呂入り口に設置されているのぞき対策のセキュリティアイテムの近くの壁にその極小サイズの機械を放した。

 すると、その機械はまるで巣に戻る虫のようにセキュリティアイテムの中へ入っていった。

「充電中……充電中……」と声がする。  

 作った本人に確かめるのが一番合理的だと相澤はパワーローダーに連絡を取り、発目にかわってもらう。

 

『それはですね、夜中も勝手に見回りしてくれるドッ可愛いオプションアイテムなんですよ! そちらの寮にはどえらい変態さんがいらっしゃるとの事でしたので、その方……えー……お名前忘れましたが、その方だけ、ちゃんと部屋にいるか確認機能もつけてあります! フフフすごいでしょう!』

 

 それじゃあ私はベイビーの設計図を書かねばなりませんので、と唐突に通話は切られた。

 

「余計な事を!!」

 

「余計はお前だ!!」

 

「あだぁ!!」

 

 憤る峰田を、ひなたが殴った。

 だが峰田は、心底ホッとした。

 

「で、でもあのボールみたいな黒いのは!? 皆見たよな!?」

 

「…あっ。もしかして…」

 

 上鳴がパニックに陥る中、心操には一つ思い当たる節があった。

 心操は、先程黒い何かが引っ込んでいった場所に行って声をかけた。

 

「ごめん、ジジ。もう出てきていいよ」

 

 心操が声をかけると、物陰からジジが飛び出し、心操に飛びついた。

 

「ええ〜っ!? さっきの黒いの、猫だったの!?」

 

「すまん…ドアの鍵、閉め忘れてたみたいだ。多分、俺達が一斉に一階に降りてギャーギャー騒いだから、不安になって降りてきたんだと思う」

 

 クラスメイトに問い詰められた心操は、腕の中のジジを撫でながら申し訳なさそうに謝罪した。

 ひなたは、緊張の糸が解けたのか大泣きしながらジジに抱きついた。

 

「ジジ〜、うるさくしてごめんよ〜!」

 

「なぁんだよ~、人生初、幽霊見たかと思ったぜ」  

 

 盛大にホッとしてへにゃっと笑う上鳴を見て、皆もやっとすべての謎が解けたとホッと笑い合う。

 

「よかったぁ」

 

「どこがよかったんだ……?」  

 

 地を這うような相澤の声に、全員が周囲を見回す。  

 生徒達はその言葉に改めて周囲の状況に気づいた。  

 玄関付近はまるで爆弾でも落ちたかのように、ボロボロの有様だ。

 ドアもガラスも吹き飛んで、雨風が盛大に吹きこんできている。

 

「まだ建って間もねえっていうのに……原因は怪談だったな? それくらいでパニックになるとは……」  

 

 吹きこむ風に髪を揺らしながら、赤く光る底冷えする目で睨んでくる相澤はまるで鬼だ。

 生徒たちは直立不動で恐怖に飲みこまれた。

 

「……明日までに全員反省文提出! しばらくの間、就寝時間は8時! 以後、この寮では怪談禁止!! いいな!」

 

「はい……!」  

 

 呪いも怖い。

 幽霊も怖い。  

 けれど何より怖いのは、本気で怒った時の相澤だと改めて身にしみた生徒達だった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 翌日。

 相澤にこってり絞られたひなたは、心操と一緒に愚痴りながら登校していた。

 

「やー、昨日はどえらい目に遭った!」

 

「ホントだよ」

 

 ひなたが言うと、心操も同意した。

 だがその時、急にゾワッと何者かの視線がひなたを突き刺す。

 

「………!!」

 

 視線を向けられたひなたは後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。

 心操は、キョトンとした様子でひなたに尋ねる。

 

「ひなた、どうかした?」

 

「う、ううん! 何でもない!」

 

 心操が尋ねると、ひなたは慌てて取り繕った。

 だがその時、ひなたの後ろの木の陰から何者かが現れる。

 そこには、『ひなたちゃん親衛隊』と書かれた鉢巻を額に巻き、息を荒くしながら血眼でひなたの後ろ姿を盗撮する者がいた。

 

 

 

 

 

もっとひーひーカップルのイチャイチャを書いてほしいとのお声を頂いたので、R18バージョンの執筆を検討しております。R18バージョンいる?いる派が過半数なら書きます

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