抹消ヴォイスのヒーローアカデミア   作:M.T.

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郊外活動DEだんじり

「たこ焼きうまいよー! ウチのたこは大粒やでぇ!」

 

「キャベツ焼き、キャベツ焼きー!」

 

「だんじり見物のおともにウチのホルモン連れてってや ー!」  

 

「おーすげえ!」

 

「おいしそ〜…」

 

 威勢のいい屋台からのかけ声に、切島は思わず感心する。

 ひなたは、ソースの香りに鼻をひくつかせながら、ぐぅぅ…と腹を鳴らしていた。

 

「俺、だんじり祭り初めてなんスけど、すげえ盛りあがってるんスね!」  

 

「あれ美味しそ…あっ、じゃなかった! どこに(ヴィラン)が潜んでるかもわからんし、警戒しないと!」

 

 全国でも有名な祭りとあってすごい人出だ。

 そのためスリが出たり、小競り合い、ケンカなどが起こるのでこうしてヒーローも見回り警備に参加しているのだ。  

 祭りに参加する地元の人々はそれぞれの地区ごとの半被を身にまとい、気合が入った顔をしてだんじりの出発を待っている。

 自分たちの地域のだんじりをいかに速く美しく走らせるかに命を懸けているといっても過言ではない。

 地元にとっては、この祭りが一年の軸なのだ。  

 切島の横で天喰は、そんな雰囲気から身を隠したいようにヒーロースーツのフードをさらに深く被りなおす。

 

「祭りって、どうして盛り上がってるんだろう……」

 

「そりゃ気分が盛り上がるからやろ! 血が騒ぐんやろな!」  

 

 ファットガムは、天喰の隣で巨体を揺らしながら豪快に笑っていた。

 上機嫌なファットガムとは対照的に、天喰のテンションは最底辺だった。

 

「いやだ…帰りたい…これ以上盛り上がると……うぅ…お腹痛い…っ!」

 

「いや…盛り上がらないだんじり祭りってそれもう山車展覧会ですよ」

 

「確かに…!」

 

「ナイスツッコミやなクレシェンド!」

 

 天喰の発言にひなたがツッコミを入れると、切島が納得し、ファットガムが豪快に笑った。

 

「ファット! ウチのたこ焼き食べてってーや!」

 

「おおきに!」  

 

 大阪を拠点とし活動しているヒーローなので、さっきからひっきりなしに声をかけられている。

 たこ焼きのように丸々とした巨体と明るく親しみのある性格が愛されている要因だろう。

 

「お! そっちの兄ちゃんと嬢ちゃんもネットニュースで見たで! 新米のサイドキックの烈怒頼雄斗(レッドライオット)にクレシェンドモルトやったっけ!? カッコええやん、おまけでネギ大盛りや! そっちの暗そうな兄ちゃんも食べて元気だしや!」

 

「あざっス!」

 

「ありがとうございます!」

 

「暗い……」  

 

「フード被ってるからじゃないっすか? 大丈夫!」

 

「あっ、あと背筋シャキッ! とするといいと思います!」

 

「無理だ…できない……」

 

 小さくガーンとショックを受ける天喰を励ます切島とひなた。

 

「でも、“個性”復活してよかったっス!」

 

「うん……」  

 

「大事にならなくて良かったです」

 

 切島の言葉に天喰が頷くと、ひなたも胸を撫で下ろす。

 

「全く、環はそのヘボメンタルさえなかったらごっつう強いヒーローやのになぁ」  

 

 ファットガムがたこ焼きを食べてから口を開く。

 

「またそうやってプレッシャーを! 俺のメンタルの弱さを知っているのにもかかわらず!」

 

「褒めてんじゃないんスかね、先輩!」  

 

 好意のたこ焼きを食べながら、混雑する街並みを歩いていく。

 ずらりと並んだ屋台からは、甘いソースや肉の焼ける香ばしい匂いなど、涎を誘う空気が充満している。

 

「お、牛串もあるやんか。おっちゃん、4本!」

 

「イカ焼き4つな!」

 

「おねーちゃん、豚まん4つ!」

 

「ちょっ、ファット、俺はもう大丈夫っス!」  

 

 周囲を見渡しながらも、屋台の前を通るたび次々と注文していくファットガムに、切島は思わずストップをかけた。

 

「なんや、もうおなかいっぱいなんか?」

 

「いえまだまだいけますけど、これ以上食べたらいざ走ったりするときキツイんで……俺を気にせず食べてください!」  

 

 切島の言葉に、天喰は豚まんを食べ終わり頷く。

 

「うん、でも俺も今日はけっこう種類食べたから、もういいかな」

 

「二人とも小食やなぁ。お、おっちゃんチョコバナナおくれ」  

 

「僕も戴いていいですか」

 

 甘いものもイケるのか、チョコバナナを一口で頰張るファットガム。

 ファットガムは食べる事自体が好きなのかもしれない。

 そしてひなたも、ファットガムが注文したものを次々と食べていた。

 

「ひなちゃんよく食えんな…」

 

「食べないと逆にエネルギー不足で動けないから!」

 

 ひなたは、幸せそうな表情を浮かべながらチョコバナナを頬張っていた。

 

「ん〜、うまい! 甘いものとしょっぱいものの組み合わせは無限に食べれちゃうんだなこれが! これぞ食の永久機関!」

 

「わかるわぁ! やっぱクレシェンドと食べ歩きすんの楽しいなぁ! おっ、クレープもええなぁ! クレシェンド何がいい?」

 

「あ、その一番大きいやつ食べたいです!」

 

 ファットガムが気前よくクレープを注文しようとすると、ひなたは自分のリクエストを言った。

 ファットガムは、食事の量で自分と張り合える者がなかなかいないため、食べ歩きに付き合えるひなたが来てテンションが上がったのか、次々と屋台の食べ物を買い与えていた。

 プリンとチーズケーキ、アイスクリームが丸々一個ずつ入っており、フルーツとホイップクリームでデコレーションされたメガサイズのクレープを幸せそうに平らげるひなたを見て、切島と天喰は若干引いていた。

 

「あ、そういや雄英って寮になったんやったな。ごはんとかどうしてんの?」  

 

 ふと思い出したように言うファットガムに切島が答える。

 

「ランチラッシュ先生が作ったのが配達されるんス。あと作りたいヤツは自分で作ったりもできるけど、皆ほとんど配達っスね! うまいし!」  

 

「わかる! ランチラッシュの炊いた白米食べると何かホッとするよね〜!」

 

 控えめに頷きながら天喰が続く。

 

「栄養も品目も多いしね」

 

「なんかええなぁ、寮生活って。毎日修学旅行みたいやん」

 

「慣れればフツーっスよ。でも寮でも皆と話せるのは楽しいっスね! ね、先輩!」

 

「まぁ気心は知れてるし……」

 

「ケンカとかせぇへんの?」

 

「あー…たまにありますよ。お風呂の温度で揉めたりとか」

 

「あ、こないだもありました。ウチのクラスの幼馴染同士が」

 

「へえー! エリート高でもやっぱそういうんあるんや!」  

 

 周囲に目を配りながら答えた切島に、ファットガムが意外そうに目を丸くした。

 天喰も「あぁ……」と思い出したような顔をする。

 

「ハウンドドッグ先生が荒ぶってたヤツ……」  

 

 緑谷と爆豪が夜中に寮を抜け出しケンカした事は、後期始業式で生活指導担当のハウンドドッグによって注意されていた。

 

「いやー、もともとそんな仲良くはない二人……あ、爆豪と緑谷っていうんですけど」  

 

 その名前にファットガムが反応する。

 

「んー? ……あぁ、体育祭で1年の一位の子と、たしか……えらいぼろぼろになった子ぉか。幼馴染やったんや」

 

「ミリオが気に入った子だよね……爆豪くんは謹慎中だったんだっけ、あのミリオと手合わせした時」

 

「そっス! 元々爆豪の方が突っかかってくみたいな感じだったけど、でもケンカしたあとはちょっと落ち着いたみたいな感じですかね!」

 

「落ち着いたっていうのかな…アレ、うん」

 

 ニカッと爽やかに笑う切島に、ファットガムも同じようにニカッと笑い返す。

 ひなたは、いまだに落ち着いている感じがない爆豪を頭に思い浮かべながら苦笑いを浮かべていた。

 

「青春しとんなー! 環はないんか? 河川敷でミリオくんと決闘して、お前、やるやん……みたいなの」  

 

 そんな笑顔を向けられ、天喰は困ったように眉を寄せた。

 

「ないですよ……そもそもケンカなんか一度も」

 

「ウソやん! 今までいっぺんも? 小学校から一緒なんやろ?」

 

「ケンカなんかしないに越した事はないでしょ……」

 

「あー、でもわかる気ィするな。ミリオ先輩はからっと明るいから」

 

「だね、何か失敗しても笑ってフォローしてくれそう」

 

「うん……ミリオはすごいヤツだから」  

 

 天喰はまるで自分が褒められたように嬉しそうに目を細める。

 そんな天喰の顔を見て、切島は改めて爆豪と緑谷を思い出した。

 入学直後から最近までの二人に、にこやかに話す場面など一度もない。

 そんな場面があったならば、A組のトップニュースになるだろう。

 

(……うん! いろんな幼馴染がいるな!)  

 

 切島は比べる事をやめた。

 世の中には相性というものがある。

 それに、傍から見て仲が悪そうに見えても、当人同士は仲が良かったりすることもある。

 ハナから友達同士の仲の良さなど誰かと比べるものではない。

 

「爆豪はからっと爆発するタイプっス」

 

「どういう事?」  

 

 切島はニカッと天喰に笑う。

 

「自分に正直って事っスかね!」  

 

「かっちゃん! って感じです」

 

 そんな話をしていると、路肩にあるひときわ派手なだんじりが目に入った。

 出発の時間も迫り、準備に余念がない。

 切島が聞いた話だと、だんじりはおよそ3~4mほどの高さがあり、重さはおよそ4tほどあるらしい。

 そんな大きな山車の屋根に乗り、団扇を持って舞いながら方向を指示する大工方というポジションがある。

 猛スピードで走るだんじりの上でバランスを取りながら踊るさまは、まさにだんじりの花形で、祭りをより一層盛りあげる。

 

「おお ~!」  

 

 感心して見上げる切島達の前で、その大工方だろう青年が屋根に上がった。

 凜々しい顔だちにムダのないすらりとした筋肉質の体軀をしている。

 堂々とした様子に、同じ半被を着た仲間達から「カッコええぞ、エイちゃん!」など声がかかった。

 

「おう! やったるでぇ!」

 

「えっ、あざっス?」  

 

「アハハハ! 『鋭ちゃん』と『エイちゃん』! 一緒だねえ!」

 

 中学時代などは鋭児郎の『鋭』から同じくエイちゃんと呼ばれており、ひなたからも『鋭ちゃん』と呼ばれている切島は、思わず返事をしてしまう。

 ひなたは、そんな切島を天真爛漫な笑顔で笑い飛ばした。

 だが半被集団がきょとんと振り返ると、あわてて声をかけた。

 

「すんません、俺もエイちゃんって呼ばれてたんで、つい!」

 

「ヒーローと同じあだ名なんて光栄やわ!」  

 

 ニカッと笑って手を上げ応える青年に、切島は親近感を覚えた。

 他の仲間達も「見回りおおきに!」などファットガム達にお礼を言ってくる。

 見かけはヤンチャそうだが、皆気はいい青年のようだ。

 切島は屋根の上の青年に声をかける。

 

「がんばってください!」

 

「……おう!」  

 

 一か所で止まっているわけにはいかないとファットガム達が背を向け歩きだしたそのとき、後ろから「危なっ!」など声があがった。

 

「大丈夫か、エイちゃん!?」

 

「緊張してんちゃうかぁー?」  

 

 振り返ると、屋根の上で青年が足を滑らせたのか、尻もちをついていた。

 

「あ……アホか! 俺が緊張するわけないやろが! バナナの皮が落ちとってん!」

 

「さぶっ! エイちゃん、二度スベっとんぞー!」

 

「うっさいわ、お前らの緊張ほぐしたろと思った俺の思いやりギャグやんけ!」  

 

 笑いながら屋根の上で立ちあがる青年。

 切島は小さな違和感に首をひねる。

 青年の足が震えているような気がしたのだ。  

 そしてその違和感は当たっていた。

 

「ほんならちょお行ってくるわ。君らは休憩しとき」  

 

 それからしばらく見回りをしたところで、ファットガムが本部に呼ばれた。

 ちょうど交代の時間でひなた達3人は混雑する通りを離れ、ジュースを飲みつつ路地裏に居場所を求める。

 

「ミックスジュースうめえ~」

 

「フルーツ牛乳みたい!」

 

「大阪のミックスジュースは牛乳が入ってるからまろやかなんだ」

 

「牛乳入ってるとやっぱり牛が再現できるんスか?」

 

「もちろん」

 

 天喰が言うと、ひなたは牛乳を飲んで乳牛の性質を再現し巨乳になった天喰を想像し、思わず自分の胸に手を当てて唇を噛み締める。

 ひなたの羨望の眼差しを見て、天喰はひなたが何を考えているのか察したのか、俯いたまま呟く。

 

「くっ………!」

 

「…変な想像しないでくれる……」

 

「じゃあ果物とかは──」  

 

 切島がそう言いかけたとき、聞いたばかりの声がした。

 

「……ほんま、あのときはすんませんでした……」  

 

 少し離れて、さっきの大工方の青年が親子連れに深々と頭を下げているところだった。

 

「だから気にせんでええよ! 事故みたいなもんやし、この子ももうすっかり治ったんやし……なぁ、ケンちゃん?」

 

「うん! もう走っても全然痛くないねん! それよりエイちゃんのだんじり、何番目に出んの?」

 

「5番目やけど……」

 

「わかった! お母ちゃん、早よ席、行こ! エイちゃん、がんばってなー!」  

 

 そう言うと、5歳くらいの男の子は母親の手をぐいぐい引っ張っていってしまった。

 それを青年はさっきとは正反対の辛そうな顔で見送っている。

 

「あ……さっきの」

 

「あ、その……」  

 

 気まずそうな表情が浮かんだ青年に、切島達は見られたくなかっただろう場面を見てしまったんだと察した。

 どう声をかけようか迷っていると、それに耐えかねたように、青年は「ほな」と行こうとする。

 だが、ズルッと足を滑らせコケた。

 踏んだのはバナナの皮だ。

 

「いやほんまにバナナの皮落ちとんのかいっ」  

 

「ブフッ」

 

 思わず地面にツッこむ青年に対し、ひなたはあるわけがないシチュエーションに思わず吹き出してしまう。

 切島は、珍しそうにバナナの皮を見る。

 

「流石お笑いの本場、大阪……!」

 

「いや、たぶんチョコバナナとかで使ったヤツがたまたま落ちてたんじゃ」  

 

 冷静に言う天喰に切島はなるほどと納得する。

 青年は力ない笑みを浮かべた。

 

「はは……何や変なとこ見られてしもたな……」

 

「あの、どっかケガとか大丈夫ですか?」  

 

 地面に腰を落としたままの青年を起こそうと手を引こうとして、切島は青年の足が震えていることに気づいた。

 天喰とひなたも気づく。

 そして青年も三人に気づかれたことに気づいて黙りこんだ。

 

「……あの、なんかあったんスか……?」  

 

「僕達で良ければ、力になりますよ」

 

 余計なお世話はヒーローの本質だ。

 さっきの事もあり、聞かずにはいられなかった切島とひなたに、青年の顔が子供のようにくしゃりと歪んだ。

 

「──昔から大工方が夢やってん。それがやっと叶ったのが去年でな……でも……」  

 

 青年はポツポツと話しだす。  

 念願叶い、大工方になった去年、青年は自分のミスでだんじりを転倒させてしまった。

 たまたまそこに居合わせたさっきの男の子を巻きこんでしまい、ケガをさせてしまったのだ。

 幸い軽傷ですみ、謝罪も受け入れてくれたが、祭りが近づいてだんじりの屋根に上るとそのときのことを思い出してしまうという。

 

「練習んときはまだ大丈夫やってん。でも今日、また誰かを同じようにケガさせたらと思うたら……足がすくんでもうて……情けないわ」  

 

 そう言って繕うような声もわずかに震えていた。

 三人とも真剣にそれを聞いていた。

 ヒーローは自分を殺そうと向かってくる(ヴィラン)に対しても、できるだけ(ヴィラン)の命を守るように戦う。

 そして、そんな戦いに万が一にも一般人を巻きこんでケガをさせてしまう事のないように、全方位に気をつけて戦わなくてはならない。  

 自分が傷つくより、誰かを傷つけてしまう方が怖い。

 そう思える人は、臆病なんかじゃなく、とても優しく強くありたい人だ。

 

「…………」  

 

 切島は中学の時の事を思い出した。  

 漢気あふれるヒーローに憧れ、ヒーローになりたいと思っていた。

 誰より漢らしくあろうと、弱い者いじめに首を突っこみ、強くなるために体を鍛えまくった。

 けれど身体が硬くなるだけという地味な“個性”に、自信が持てずにいた。  

 そんな時、街なかでラジオを首からさげた異様な巨体に道を聞かれ、恐怖で固まる同級生の女子達を目撃した。  

 恐怖とは本能で感じるもの。

 そこにいる異様な巨体から発せられる殺気のような不穏さは染みわたる毒のように周囲に広がっていく。  

 救けにいかなくては。

 そう思うのに、切島の足は恐れでコンクリートで固められたように一歩も動けなかった。

 恐怖で泣きだしそうな女の子がすぐそこにいるというのに。  

 そんな切島の目の前で、女の子達の前に飛び出したのは同じ中学の芦戸だった。

 自分も怖かったのに、誰かの前に飛び出していける女の子。  

 同時に思い出していた。

 ニュースで話題になっていた、同じ歳のヤツが強力な(ヴィラン)に捕まって抵抗していた事。

 それを救けようと、飛び出した友達らしき同級生がいた事。  

 誰かの危機に、とっさに飛び出していける人。  

 一歩も動けなかった自分。  

 打ちのめされた。

 自分の弱さ、小ささを思い知らされた。

 自分が情けなくて、しかたなかった。

 

「……気持ち、わかります。俺も怖くて動けなかった事あるから」  

 

 切島の言葉に天喰が意外そうな顔をする。

 顔を向ける青年に切島は続けた。

 

「でも、紅頼雄斗(クリムゾンライオット)が言ってたんス。(ヴィラン)も、死ぬ事も怖えけど、それより恐ろしいのは救えるはずの人を救えなかった時だって……俺は怖え事、怖えままでいる事の方が怖い。漢には、怖くても……カッコつけなきゃいけない時があると思います」  

 

 真剣な切島に、青年は間を置いて小さく苦笑する。

 

「……俺も紅頼雄斗(クリムゾンライオット)は好きやで。でもな……現実と理想は違うわ……」

 

「エイちゃんさん……」

 

「いかんな、こんなんじゃまた…………うん、踏んぎりついたわ、皆にはすまんけど大工方、誰かと代わってもらうわ」

 

「えっ、なんで……!」

 

「ほんまはずっと考えとったんや。こんな俺でええんかって……夢やったからしがみついてきたけど、また誰かをケガさせてしまうよりマシやろ。おおきにな」  

 

 苦く笑って、青年はその場を立ち去った。

 突然の事に啞然と見送ることしかできなかった切島だったが、自分の言葉が青年にあんな顔をさせてしまったことがわかると自分を殴った。

 

「……俺の言葉足らず!!」

 

「わっ、鋭ちゃん!?」

 

 ひなたは目を丸くし、天喰は放られたジュースを慌ててキャッチする。

 

「そんなつもりで言ったんじゃ……! 先輩っ、俺、ちょっと行ってきます!」

 

「行って説得するつもり? 今は何を言っても届かないんじゃないかな……」

 

「だからって!」

 

「一歩踏み出すのは、その人の意志がなくちゃできない。誰かに背を押されても、その人自身が踏み出そうとしなかったら、その人はただ倒れちゃうだけだよ」  

 

 冷たい言い方をするようだけど……と少し申し訳なさそうに視線を落とす天喰。  

 心が動くから、身体も動く。  

 切島も天喰の言いたいことは身に染みてわかっていた。

 けれど、ただ放っておくのは歯がゆかった。  

 自分もまだ、あの時の恐れから踏み出せていないから。

 

「……~っ、やっぱり俺……!」  

 

「鋭ちゃん」

 

 切島が走り出そうとすると、ひなたが切島の腕を掴んで止めた。

 

「落ち着いて、吸って、吐いて」

 

 ひなたが言うと、切島はハッと我に返る。

 するとひなたは、落ち着いた口調で切島を説得した。

 

「鋭ちゃんの言葉が、必ずしもあの人にとって悪い言葉だったとは限らないよ。今は一旦冷静になって、僕達にできる事を考えよう」

 

「……ああ、そうだな…」

 

 ひなたが言うと、切島はようやく頭が冷え、頷きながら言った。

 するとその時、携帯していた無線から呼び出しがかかった。

 

『環、ひなた、切島くん、急いで警備本部に来てや!』

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 警備本部へ呼び出されてから数十分後、切島と天喰は半被姿で、ひなたは浴衣姿で再び見回りに出ていた。  

 鍛えた体で姿勢よく堂々としている切島は地元の住民かと思うほど祭りに溶け込んでいるが、自信なさそうに背を丸めて歩く天喰は半被に着られているようで違和感が否めない。

 それでもヒーロースーツよりは周囲に溶け込んでいる。  

 問題はひなたの方だった。

 ひなたはというと、髪をアップにして菖蒲柄の浴衣を着ており、たおやかに歩く姿はまさに大和撫子だった。

 元々和装が似合う体型だった事もあり、いい意味で周囲の視線を集めてしまっていた。

 

「あないな別嬪さんここらにおったかなぁ」

 

「カァイイなぁあの子」

 

(見られてるなぁ…どうせ見られるならひー君に見られたかったよ)

 

 本部に呼び出された理由。

 数日前に銀行強盗で指名手配になった(ヴィラン)がだんじり祭りに来ているとの情報が入ったためだった。

 ヒーロースーツでは目立つので、変装して(ヴィラン)を探すのだ。

 ファットガムは体格的に変装しても無意味なので、三人とは別行動で見回っている。

 

「落ち着かない……」

 

「先輩、シャンッとしてたら似合ってますって!」

 

「そのシャンッが難しいんだよ……」  

 

「とりあえず、まずは背筋伸ばして、視線あげてみるところから始めてみましょう」

 

 その時、少し離れたところからひときわ大きな歓声があがった。

 歓声は轟音とお囃子と威勢の良いかけ声とともに近づいてくる。

 

「だんじりが出発したんだ」

 

 天喰の声に切島が返事をする間もなく、歓声とともにだんじりが二人の横を駆け抜けていく。

 大きなだんじりに十数人の男たちが乗っている。  

 ピョンピョンとリズムよく跳ねるように舞いながらだんじりを指揮する大工方、お囃子隊に、ブレーキや方向転換の役割をする者達。

 そんなだんじりを何十人もが前から縄で引き、後ろで支える。

 それらに加わっていない同じ地区の仲間達が、気持ちは同じとばかりにダッと追っていく。  

 同じ想いを乗せただんじりは、ものすごいエネルギーを発して一つの生き物のように駆け抜けていった。

 

「すげえ……!」  

 

「ね!」

 

 これがあと二十何台と続くのだ。

 一度見たらクセになる熱狂がそこにあった。

 そんな観衆を見下ろし、先導する大工方はとてつもなくカッコいい。

 もし切島がこの地域の生まれだったら、大工方を目指していたかもしれない。

 

「…………」  

 

 青年の事を思い出し、切島は眉を寄せる。

 

「……行こう」  

 

「「……はいっ」」

 

 天喰に声をかけられ、切島とひなたは気合を入れ直す。

 今はたとえ仮でも、ヒーローとして活動中なのだ。

 切島はさっき見た(ヴィラン)の情報を反芻する。

 

「中肉中背で地味めの顔……外見的には何の特徴もなし……この激混みの中で見つけるにはハードル高ぇ……!」  

 

「“個性”は? “個性”さえ分かれば、僕が探せるよ」

 

 祭りが始まってさらにどんどん人は増え、歩くだけでも難しくなってきていた。

 呆れたように天喰が言う。

 

「指名手配されてるのにわざわざ来るって、よっぽどだんじりが好きなんだな」  

 

 (ヴィラン)は相当のだんじり好きという情報だった。

 

「この盛り上がりを見たらわかる気はするけど……ん? あっ、先輩っ」

 

「うわ、ちょっ。痛っ、足踏まないで!」

 

「人ごみどころじゃない……」  

 

 人の流れに流されながら、天喰は別々に探す事を提案する。

 了解した切島は、天喰やひなたとは反対へと足を進めながら周囲を見渡した。

 

「僕達も探しましょう、先輩」

 

 ひなたが(ヴィラン)を探す為に“個性”を使おうとした、ちょうどその時だった。

 

「ひゃあ!? ちょっ、今お尻触ったん誰!?」

 

「!?」

 

 突然、ひなたの背後から女性の声が聴こえてくる。

 それをきっかけに、次々と客達が騒ぎ始めた。

 

「あれ!? 俺、財布いつ落としたっけ!?」

 

「チッ、こんな時に…!」

 

 客達が騒ぐと、ひなたは顔を歪ませて舌打ちをする。

 どうやら、だんじりが始まり人数が一気に増えた事で、それに乗じた痴漢やスリが出没したようだ。

 ひなたが“個性”を使って周囲を探っていたその時、命知らずな痴漢が背後からひなたの尻に手を伸ばす。

 それに気付いたひなたが“個性”で痴漢を懲らしめようとしたその時、天喰が周囲にいた痴漢やスリをタコの触腕で縛り上げた。

 

「うわぁ、何じゃこりゃあ!? タコォ!?」

 

「うぅ、酷い…!」

 

 スリが叫ぶと、天喰はその言葉がグサッと胸に刺さり傷ついた。

 ひなたがその様子に苦笑いを浮かべつつも、痴漢やスリを確保して警察に引き渡そうとした、その時だった。

 

『先輩! ファット! ひなちゃん! 指名手配の(ヴィラン)を見つけました!』

 

「何だって…!?」

 

 突然の切島からの通信に、ひなたと天喰は思わず目を見開く。

 切島の通信には、まだ続きがあった。

 

『ただ、こいつ、ゼリーみてぇにプルプル人混みの上を滑って…っ、応援っ、お願いしゃっす!!』

 

「鋭ちゃん、僕達は今痴漢とスリ捕まえたとこ! こいつら警察に引き渡したらすぐ行くから、ちょっと待ってて!」

 

『おぉ、すまねぇ! 出来るだけ急いでくれ! 頼む!』

 

 その言葉を最後に、切島からの通信が切れた。

 

「…急ごう」

 

「はい…!」

 

 天喰は、切島が(ヴィラン)を見つけた以上、これ以上正体を隠すのは無意味だと判断し、鳥の翼を再現して痴漢とスリを抱えたまま空へと飛び立った。

 ひなたも、リストウィップスで捕縛した(ヴィラン)数人を抱えたまま、天喰の鳥の脚にしがみつく。

 二人はそのまま警察と合流し、捕まえた(ヴィラン)を全員警察に引き渡した。

 (ヴィラン)を警察に引き渡した二人は、切島に加勢するため切島を探そうとする。

 するとその時、再び切島から通信が入る。

 あの後子供を人質に取られて(ヴィラン)に逃げられてしまった切島だが、あの後何とか(ヴィラン)の位置を特定する事ができたのだ。

 

「了解。それで切島くんは今どこにいるの」

 

『だんじりの上っス!』

 

「は? キミ、いつのまに大工方になったの?」

 

「はは…でも、『鋭ちゃんでかした!』って事ですよね、先輩!」

 

 切島の報告にツッコミを入れる天喰に対し、ひなたが笑顔を浮かべながら話しかけた。

 切島から居場所を聞いた二人は、全速力で切島のいる場所へと駆けていく。

 するとその時、例の(ヴィラン)と思しき男の声が聴こえる。

 

「ついてくんな言うたやろがぁ!」  

 

 二人が見たのは、男の子にナイフを向けようとする(ヴィラン)に向かい、走るだんじりの上から躊躇なく飛びかかる切島の姿だった。

 人質にされていたのは、『エイちゃん』と呼ばれていた青年が傷つけてしまった男の子だ。

 切島が身体を硬化し、(ヴィラン)から男の子を庇うように奪う。

 背中にナイフが当たったが、硬化した身体が弾き飛ばした。

 

「くそがっ!」  

 

 切島に人質を奪われた(ヴィラン)は、意地でも逃げてやるとぷるるんっと転がった。

 だがその時、人混みの中から爆音攻撃が放たれ、(ヴィラン)に直撃した。

 

「がぁ…!!」

 

 遠ざかる意識の中、男が目の前を見ると、そこには天喰とひなたがいた。

 

「──逃がさない」  

 

 鋭い目でそう呟くと、天喰の手がイカの足に変化する。

 そのにゅるんとした足が勢いよく(ヴィラン)へと伸び、ザラついた吸盤がついた足でがんじがらめにした。

 

「先輩っ!」  

 

 切島が目を輝かせたそのとき、青年の「危ないっ」という声がかかる。

 振り向いた切島の前にだんじりが迫っていた。

 急ブレーキでバランスが崩れ、だんじりが切島と男の子へと倒れてくる。

 

「っ!」  

 

 切島が男の子を守るようにかき抱く。

 だが、衝撃はやってこず、ドスンッというやわらかい音がする。

 目を開けた切島が叫んだ。

 

「ファット!」  

 

 倒れかけただんじりを、ファットガムが沈めて受け止めていた。

 

「また遅なってすまんな! 無事か?」  

 

「はいっ」

 

 切島は、男の子の無事を確かめてから返事をする。

 男の子は切島に「ありがと!」とお礼を言うと、ダッと青年の元に駆けだした。

 

「エイちゃん、カッコよかったで! 俺も将来、エイちゃんみたいな大工方になる!」

 

「っ……」  

 

 青年の顔が一瞬歪む。

 そこには言葉にならない嬉しさがあふれていた。

 

「エイちゃん、泣いとんぞ ー!」

 

「鼻水が逆流しただけじゃ!」

 

 微笑ましくからかう仲間達に、返しながら、青年は切島を見る。

 

「……あんたの言うとおりやな。この子にカッコ悪いとこ見せられへん」

 

「十分カッコよかったっスよ!」

 

 グッとサムズアップしてみせる切島に、青年もニカッと笑った。

 するとひなたは、切島に向かってニッと歯を見せて笑いながら、軽く肘で小突いた。

 

「な、言った通りだっただろ」

 

 ひなたが言うと、切島は少しはにかんだ様子で笑顔を浮かべる。

 ひなたの言った通り、切島の言った言葉は、青年に勇気を与えていたのだ。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「なるほどなー、そんな事があったんや」  

 

 (ヴィラン)を警察に渡して混雑を整理した後、祭りは再開された。  

 再び人混みを歩きながら見回りをするファットガム達。切島達から事の次第を聞いたファットガムは、うんうんと頷く。

 

 切島は、男の子を人質に取られた後、(ヴィラン)を追いかけようとしたのだが、(ヴィラン)が人質を取ったと聞いて群衆がパニックを起こしてしまい、冷静さを失った群衆の波に飲まれて再び(ヴィラン)を見失ってしまっていた。

 そこへ近づいてきたのは、例の青年のだんじりだった。

 青年は、かつて傷を負わせてしまった自分を許してくれた男の子を助けようと、だんじりの上から(ヴィラン)を見つけて切島に呼びかけた。

 切島が人混みを掻き分けてだんじりに乗せてもらうよう頼むと、青年は何か考えがある様子で群衆に向かって大声で呼びかけた。

 すると、先程までパニックを起こしていた群衆が足を止め、青年のチームが協力して切島をだんじりの上に乗せてくれたのだ。

 青年がかけ声とともに団扇を掲げると、準備していた引手達が駆け出した。

 お囃子の音も相まって、群衆はだんじりの迫力にざぁっと道をあけた。

 切島曰く、その様子はまるでモーゼだったという。

 

「誰かのピンチに咄嗟に飛び出していけるヤツもおる。でもな、飛び出していけなかったとしても、それはしゃーない。誰に責められる事でもないわ」

 

「でも……」  

 

 しかたないという事ではすまされない時もある。

 そう言いたげな切島の顔を見て、ファットガムも真剣な顔になった。

 

「そうしたくてもできなかった。でも時間は戻らへん。過ぎた時間から進むしかないんよ、人間は。いっぱい後悔したんやろ、切島くんは」

 

「……はい」

 

「ならそん時の気持ちを忘れんとき。自分が情けなくてしゃ ーなかった時も、怖ぁて怖ぁて動けんかった弱さも、それが自分の土台になるんやで。しっかりした土台やないと、踏ん張れへんやろ? 小さな自分を大きく見せることはできん。カッコつけられる人は、ほんまにカッコええから、カッコがつくんやで」  

 

 ファットガムの言葉に切島が目を見開く横を、歓声の波がやってくる。

 威勢のいい掛け声と賑やかなお囃子の音ともに青年のだんじりが通り過ぎていく。  

 その顔は一歩踏み出した誇らしさで輝いている。

 青年の足はもう震えていない。

 

「──はいっ」  

 

 その顔に切島は勇気をもらった気がした。

 改めて、自分も一歩踏み出せる漢になると誓う。  

 芦戸や、ニュースで見た名前も知らない少年のように。  

 もしかしたらその少年もヒーローを目指しているかもしれない。

 ならばいつか会う事もあるかもしれない。

 その少年にも誇れる自分になろうと切島は思う。

 切島は、その少年が同じクラスにいる事をまだ知らない。

 

 

 

 

 

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