「私は、
それが、最初に浮かんだ願い事だから。
私の望み、本心、目指すものは、そんなささやかな、だからこそ私という人間には難しすぎる在り方で、自分で口にしながら、あまりの無茶無謀ぶりに笑みがこぼれてしまう。
「? 私は普通に生きていますよ」
……ああ、嫌ですねぇ。
もう一人の
以前までの私なら、そして目の前の
現実の生き辛さに耐えきれず、世界そのものを変えてしまおうと間違えた結果、血に濡れていた可能性すらある。普通なのに普通になれない、仲間外れの誰かを探していたかもしれない。
でも、と。私はもう違うのだと顔をあげて目の前の
「……あはっ♪」
輸血液入りの紅茶を飲みながら
見た目だけなら、全く同じの、同じだった筈の私達。
すでに人では無く”上位者”として成った私達はあの悪夢を終わらせた。その流れで、
「……。私だって、ヒーローになるのです」
「はえ?」
「ヒーロー、ですか? ヴィランじゃなくて? どうしてそこでヒーローなんですか?」
「……私の癖に、分からないんですね」
「分かる訳ないですよぉ! 分裂した時に、そっちに多めに人間性あげたんですよ? 同じだけど個体差はあるんですからね!」
ぷんすこと怒る
やっぱり、
夢の支配者である
(……夢の私が、誰よりも“ヒーロー”なのが、ずるっこなんですよ)
私より“悪”なのに。なんか、ちがうじゃないですか……!
実際に、善性は私の方が多めに貰っている。上位者として幼体になったばかりの私達は、そんな危うい状態で二つに分かれたのだ。その時に、私の方に善性を。
「……頭がおかしいんです」
「自画自賛ですか?」
「違います。死んでください」
「……あっちの私は良い子ちゃんなのに、トガには口が悪すぎです」
しくしくと、わざとらしい泣き真似にイラッとする。
すでに私と
「……ヴィランは、こそこそ隠れなくちゃいけないのです。私は、お日様の下がいいんです!」
「ああ、それはそうですねぇ」
雑な説明で、
呪われたヤーナムの夜を延々と繰り返していたからこそ、お日様の下が恋しい気持ちを理解してくれる。
「…………」
幼い日、本来なら何も無かった筈のあの日に、私達の運命は変わってしまった。
あの日、校舎裏に呼び出されて、知らない子にコップ一杯の血を貰った。
寝る前に変身してと、必死な様子で懇願されたから、血のお礼のつもりで大きく頷いた。だから……寝る前に変身したら、病院着を着た青白い顔の女性に変身して(誰だろう?)と思いながら、口の中に広がる味にうっとりして、幸せな心地で眠りについた。……それが、終わらない夢の始まりになるなんて想像もしないまま、当たり前に日常は崩壊した。
獣狩りの夜は……―――良い意味でも悪い意味でも、私に最高の悦楽を与えてくれた。
眠る度に続いていく終わらない夜を、心底から喜び楽しんでいた無邪気で幼かった己に、苦虫を噛み潰す心地で紅茶を飲み下す。
多少の善性と脳に宿る瞳が……自分がどれだけ普通ではなかったかを、客観的に見せてくる。
「? 人形ちゃんの紅茶、お口にあいませんか」
「……美味しいですよ」
「なら、もっと美味しそうな顔して飲んで、にっこり笑いましょうよ~」
「……私は、笑いたくないんです」
不気味な顔になるだけだと、余計に顔を顰めてしまう。
それに、人形ちゃん、と呼ばれる狩人の夢にいる、精巧な人形として形作られた彼女の事を思い出して、余計に顔がひきつっていく。
昔は、色々な意味でお世話になった彼女が……今はとても苦手だ。
「……そっちの
「えへへ~♪」
「……気色が悪いです、死んでください」
「あ、もしかして嫉妬ですか? ヤキモチなんて可愛いですね~」
「……」
「無言で慈悲の刃を抜くのはダメじゃないです?」
その口を裂いてしまおうと愛用の得物を持って立ち上がるも、空間が割れてそこからにゅるっと触手がでてきて押さえ込まれ、舌打ちが零れる。
……この夢では、目の前の
そして、あの人形ちゃんは……見事にこの世界で“女王”の立場を手にした訳で、色々な意味で受け入れられない。
「……もう、起きます」
「ええ!? 早すぎますよぉ! トガともっとお話ししましょうよ! 私ったら全然寝てくれないじゃないですかー!」
「会いたくないんです」
立ち上がり、目覚めの扉に歩いていく私を、
「せめて一緒に町を歩きましょうよ! あれから一度も見てないでしょう? 朝も昼も夜もあって、前と違って賑やかですし、最近は新しい人もいっぱい入ってきて―――」
「っ、私達は」
思わず振り返る。嬉しそうな笑顔に、奥歯を噛みしめる。
「……彼らを、何度も何度も、数えきれないぐらい虐殺してきました。……理由も無く、面白半分に、夜を繰り返しました!」
「わあっ、懐かしいねぇ、もうできないのが、残念だねぇ」
「……そういう、とこですよ」
強めにデコピンして、以前には感じなかったもやもやに顔をしかめながら、逃げる様に背中をむける。
ドアノブに手をかけると「……あはっ♪」と、楽し気な声。
「だから、トガは、そっちの私が大好きなんです♪」
……。
勝手に言っていれば良いと、私は目を細めて、止めていた足を動かす。
闇しかないソコへと一歩を踏み出せば――――――現実の私が目を覚ます。
ギチリ、と。
冷えた空気を感じながら、五感が夢から現実へと変わる感覚に目を細める。
硬い椅子の上で、ぼんやりと視線を泳がせながら、スマホを手に足を組み直す。時計を見れば、時刻は早朝の04:44。
「…………はぁ」
本日、雄英高校ヒーロー科1年生1日目という、はじまりの朝がきた。
こういうのが読みたいと思ったので書きました。
ダウナーで眠そうだけどカァイイものには弱い。パッと見はクール系の"善"トガちゃんが、普通のヒーローを目指してほどよく頑張っていくお話。
※ 彼女はヤーナムの夜を誰よりも多く繰り返した。朝になり目覚めても、夜になり眠りにつけば昨夜の夢から続きがはじまる。
はじまりの狩人に首を差し出そうとも悪夢は終わらず、ただ最初に巻き戻る。
しかし、少女はそれで良かった。たまにはキラキラしたカァイイ夢を見たくなるけれど、ここなら誰よりも『普通』だと、たくさんの血をあびて笑った。獣を殺して殺された。
彼女は本能で、この悪夢の真相を知ることを拒み、理解もしなかった。
だからこそ過去に訪れて失敗した狩人達と違い、"個性"による悪夢の歪みもなく、その代償を払う必要も無く、狂いすらせず正常に、上位者と成っても選択を間違えなかった。
故に彼女は、この悪夢に真の平穏を、朝日を、もたらしたのだ。