狩人の夢で目覚めた私は、静かに佇んでいる。
そして、目の前の食卓からは美味しそうな香りが漂っている。サクリ、と焼きたてのほかほかクロワッサンを熱々のまま二つに裂き、そのバター香る生地に更なるおいバターをして頬張る罪深い女がいる。
「あえ? おかえりなさい!」
「…………」
しかもこの
「ミッドナイトに会ったんです? それと、急にお腹がすいてびっくりしたんですけど、怪我しました?」
「…………」
ちゃんと飲み込んで口を開くのは評価しますが、今度はクロワッサンをサクリと途中まで切って、用意されていた器からレタスとカリカリベーコン、スクランブルエッグをスプーンですくって詰めないでくれます? しかも、それを私の席に置く……とか。
「食べないんです?」
「…………」
食べます、けどぉ……!
葛藤しつつ渋々と椅子を引いて座る。
「人形ちゃん、最近は一日中キッチンにいるんです」
「…………」
「美味しいねぇ」
「…………」
「それで、何があったんです?」
にこにこと、適当に頷くだけの私を気にもせず嬉しそうな
「ふぅん。……じゃあ、覗きますね?」
「!?」
急いで顔を戻せば、ニィっと笑う
「だって、私が教えてくれないなら、しょうがないよね?」
「…………ぐ」
「私は、ちゃあんと約束を守って、覗いてないですよ?」
「…………ぅぐ」
過去に、なるべく嘘はつかないと約束した記憶を思い出す。
それは、お互いに誠実であろうとかそういうのでは無く、無意味だからだ。
結局は自分同士、本当も嘘も有って無い様なもので、お互いの事がお互いの事以上に分かってしまう。今回は私が誤魔化したのが悪いと分かっているので、止めるに足る理由も無い。
「…………」
美味しいクロワッサンが苦く感じてしまい、不満を感じながら押し黙る。
にこにこと返事待ちをする
途端、空間が丸く裂かれて、私の肉体があるUSJが映し出される。
『なんてこった……』
『これだけ派手に侵入されて、逃げられちゃうなんて……』
私をアンテナにして、まずは私の付近から映し出されている。
ミッドナイトの姿が不意打ちすぎて喉がつまり、慌てて紅茶で流し込む。……それと、この
『完全に虚をつかれたね……それより今は生徒らの安否さ』
『それと……』
フッと、教師たちの姿が遠ざかり
そこには、左腕が手の甲まで削られて出血し、白かったシャツが変色している。びしょ濡れなのも相まって、濡れ鼠の様に不潔な私がいる。
緑谷くんが、這いずりながら私に近づいて、骨折と痣で赤黒くなった右手を見つけて、悔しそうにボロボロと泣いている。
「……うわぁ。カァイイ男の子を泣かせるとか」
「わ、私じゃ無くて、授業中に襲撃してきた『敵連合』が悪いです!」
反論しつつ、気まずくて目を伏せる。
もしかしたら、緑谷くんが勘違いしている可能性に気づいたのだ。……最後のアレは、彼を庇って無理に動いた様に見えたかもしれないが、本当は誘い込んで差し出してきた弔くんの指を切り落とすつもりだった。……まあ、銃弾が加わってタイミングを失いましたが。
「……ま、まあ! 大げさに心配してくれる緑谷くんには悪いですけど、軽傷で良かったです!」
「それ、狩人視点ですよね? 一般でもセーフな怪我なんです?」
「……。うるさいです! 現実でも五体満足だから大丈夫な筈です!」
ちょっとドキリとしつつ、非常識な癖に不意打ちで常識人ぶる
現実の肉体も、私に連動してちょっと寝苦しそうにしている。……何となく、誤魔化す様に更なるクロワッサンを頬張る。ザクロジャムをたっぷりと塗りつけた甘酸っぱい味に夢心地になる。
「怪我、一気に治します?」
「……やめてください。これなら自然治癒で問題ないです」
ボロ雑巾な私が気になるのか、
『教師陣か……ここにこれだけ集まれるってことは、学校全体に仕掛けて来たってことじゃなさそうだ』
『緑谷ぁ!! トガぁ!! 大丈夫か!?』
『切島くん……!』
あら。起きている時は狩人のコートで傷と変色したシャツを隠していた私ですが、重傷だったのは見てとれるし、緑谷くんは起き上がれないしで、切島くんが駆けてくる。
ところで、緑谷くんと同じく私を介抱しようと止血している細身の彼は……え?「それで、あの骸骨さんは誰で……ん?」私と
「はい? 『オールマイト』です!? 少し見ない内に、キャラアイコンごと変えたんですか!?」
「い、いえ。……さっきまで、アメリカンな画風で戦っていたん、ですけど……!?」
困惑する。緑谷くんの独り言で、ある程度の予想は付いていましたが、あまりの変貌ぶりに驚く。
思わず、2人で前のめりに注目してしまい、用意されている紅茶を同時に鳴らす。
そして映像の中では、切島くんと私達、というよりオールマイトを遮る様にコンクリートが盛り上がり『生徒の安否を確認したいから、ゲート前に集まってくれ。ケガ人の方はこちらで対処するよ』と、雄英ヒーローに露骨に遠ざけられている。……うーん、これは。
「「何かありますね」」
声が重なり、私が嫌そうな顔をすると
『ありがとう、助かったよ……セメントス』
『俺もあなたのファンなので……このまま姿を隠しつつ保健室へ向かいましょう。しかしまァ、毎度無茶しますね……』
ニーって笑うセメントス……カァイイ! 意外な一面に弱いので、ついほっこりしてしまう。
『無茶をしなければやられていた。それ程に……強敵だった』
オールマイトの言葉に「……へー?」なにやら
「むー」
『16……17……18……両脚重傷の彼と、緊急手術中の彼女を除いて、ほぼ全員無事か』
そこで、責任者らしき男性がそう言って(あ、私は手術中なんですね)と状況を理解する。
どうも
『刑事さん、ヒミコちゃんは……』
『トガちゃん、緊急手術って大丈夫なんですか!?』
『被身子ちゃんや、デクくんや、相澤先生も……!』
『どうなんでしょうか!?』
心配してくれる皆に、嬉しくなってクロワッサンを
『……相澤先生は、右腕が粉砕骨折して重傷だが、保健室で間に合うそうだよ。緑谷くん……彼も保健室で間に合うそうだ。』
『ケロ……ヒミコちゃんは』
『……。今のところ予断は許さないらしい。左腕に関しては、後遺症が残る可能性があるそうだ』
『……そん、な』
あ、本当に軽傷ですね。
良かったーと胸を撫で下ろして、
『……さて、保健室の方に用がある。三茶! 後頼んだぞ』
『了解』
猫のおまわりさんもいる。カァイイ……!
『セキュリティの大幅強化が必要だね』
『……ワープなんて“個性”ただでさえものすごく希少なのに、よりにもよって敵側にいるなんてね……』
憂いが見えるミッドナイトに気づいて、少しだけ胸が騒ぐ。
普段、遠目に見つめる彼女と違い、変に気落ちしているというか、そわそわしていますね。何かあったのでしょうか……?
気になるも、この後はずっと事件の後処理みたいな会話が続き、
「私ってば、大変だったんですね」
「…………そーですよ」
「あと、関係ないんですけど、実は人形ちゃんがずーっとドアの前でお料理をもって待機してるんです。招いていいですよね?」
「…………ぅ」
「気づいてましたよね? じゃあ、おやつの時間はやめてご飯にしましょう! 人形ちゃん、今開けますね~」
「…………ぐ」
「あと、
はい……? はい……!?
それは、まだ、少し難しくて、動揺して後ずさり、椅子が倒れてしまう。
「ち、ちょっと、
「まあまあ、その件は十ヵ月間たっぷり殺し合って、お互いに都合の悪い事には目を瞑るって結論になったじゃないですか」
「無責任すぎです!」
怒りつつ、やっぱりもう一発殴ろうとしたところで人形ちゃんが入ってくる。そして私を見つけると、お鍋をもったまま恭しく頭を下げる。
「お久しぶりです、もう1人の狩人様。」
うっ。
揺れるサラリとした銀髪から視線を泳がせて「……はい」と、一方的な気まずさで目を伏せる。
「……お、お久しぶりです」
いつかの夜で着ていた、上流階級用のドレスでは無い人形ちゃんは見慣れない。
現代の衣装に身を包み(シンプルなセーターに足首までのロングスカート)桃色のエプロンをつける長身の人形ちゃんは新鮮すぎて、直視するのが難しい。
「それじゃあ、家族水入らずしましょうか!」
「……
「つまり、私のって事ですよ」
……否定はできなくて、恨めし気に呻く。
「現実を生きる私とトガは繋がっているのです。同じなのです」
笑う
私は、現実でヒーローにならんとほどほどに頑張っていますが、
そんな風に別々に生きているのに、どうしたって同じ存在なのだ。
「……それは、受け入れています。……私は人間ですが上位者です。
カチャカチャと、諦めた私が食事の準備を手伝えば、人形ちゃんが表情を少しだけ緩ませる。
「そして、渡我被身子の“個性”は『変身』であり、己という『設計図』が確固としたレベルでありました」
「過去、渡我被身子と同じ結論に至り、同じ偉業を成した狩人達はしかし、悪夢で生きるにしろ、現実に戻るにしろ、上位者となった己を保てず、小さな奇跡を成しとげて自滅しました。……かくして悪夢は終わらず、繰り返される夜の旅は続けられた」
果たして……全てを終えた後に、こうして続いてしまった私達は、運が良かったのか悪かったのか。
「渡我被身子が渡我被身子を二つに分けたからこそ……どちらにも“個性”があり、問題なく維持できているからこそ『ループ』の条件が満たされず、今日も夢に朝日は昇る」
だから、そう『自分』を嫌わないでくださいと、
「…………」
同じ人間から別たれた、もう1人の
終わった悪夢に、そこに住む人々がどれだけ救われているのか、賑わい豊かになっていく生活に、どれほど喜んでいるのか、
それが、私よりもずっと『ヒーロー』っぽくて、むかつくのです。
「……どうでもいいです。それより、お腹がすきました。現実で血を流しすぎたんです」
「はぁい。人形ちゃん
「はい、狩人様」
「…………」
「そんな顔しないで下さいよぉ、私達と人形ちゃんの可愛い『娘』じゃないですかぁ」
「――――!!」
眼球を狙って殴った。
「い!? 危ないですってば! いえ、地下で拾った指輪を人形ちゃんにあげるのが条件になるとか、知るわけないじゃないですかぁ!! どう考えても過去の狩人の誰かが、人形ちゃんへの偏愛を拗らせて悪夢を歪ませたからで、私は悪くないです!!」
受け止められたかつ反省が足りないので全力で蹴った。
「ちょ!? だ、だいたい『上位者』としての私が『チウチウ』すると赤子ができるとか、トラップじゃないですか!! 赤ちゃんに赤ちゃんができるとか予想外ですし、私だってすごく焦ったんですからね!!」
……それを5年も私にひた隠しにして、あの日ミッドナイトの“個性”で熟睡して家族団欒に鉢合わせして、大喧嘩になった事を忘れている
「ま、待ってくださーい!? 大丈夫ですよ!? 現実の私が『チウチウ』しても気持ち良いだけですから! ええと、葉隠ちゃん? お茶子ちゃん? 梅雨ちゃん? ミッドナイト? いっぱい『チウチウ』できますね!?」
――――血管が切れる音が聞こえる。
これに関しては誰にも責められないと
後から来た人形ちゃんと、
困惑する
「狩人様は『赤ちゃん』です。お戯れもお仕事の内です」
やめて?
その教え方は絶対にダメでしょう?
人形ちゃんに良く分からない理解を示され
「……何で怒るんですかぁ?」
「悪気も悪意も無ければ、何を言ってもいいと思ってます?」
「……?」
「ッ、これだから、トガヒミコは……!!」
「自画自賛です?」
フォークで刺した。
いつもの事ながら、己同士の不毛な争いは終わらない。まるで、鏡をみて自分に爪をたてる赤子の様な気持ちで、ため息が漏れる。
とにかく今は早く目が覚めたいと、人形ちゃん特製輸血液入りビーフシチューを頬張る。
思わず唸る程に、とっても美味しかった。