私にとって
実の娘に対して何を……と、大抵の人は眉をひそめるでしょうが、そんな人達に聞きたいです。覚えが一切無いにも関わらず5歳の娘と妻がいる現実を、受け止めきれる人いるんです?
こんなの、オールマイトだって裸足で逃げると思います。
「…………っ」
ドッドッドッと心臓が高鳴り、近くの心電図モニターから発せられるアラームがうるさい。
……焦りました。
しかも、初めて一緒に食事をとった事がよほど嬉しかったのか『私は、大きくなったらお父様のお嫁さんになりたいです』と言われました。
思わず、楽しそうにからかう
「…………」
罪悪感に苛まれている。
色々な人に、不甲斐ないと責められても仕方のない状況ですが、でも、無理でしょう?
包帯だらけの手で、顔をおさえて呻く。
いっそ、
(ッ。本当に……
雄英に入り、現実の私も高校生だし、
「……ッ。はあぁ!」
殺意を溜息で拡散していると、ドタドタとこちらに駆け寄る数人の気配。
……改めて自分の姿を客観視すれば、どこもかしこも包帯だらけで、色々な機械に繋がれている。
「……ふむ」
自分の手を見ながら、思わず口元を緩ませる。
自然治癒が『普通』寄りで、異常な回復はしなかった様だと満足する。そして、ようやく心が落ち着いてきて、ふわりと欠伸。
出来る範囲で筋肉をほぐして、身を起こしたまま二度寝に入ろうと目を閉じる。
ガーっと、病室のドアが開いて誰かが声をあげながら入ってくるのと同時に、私は眠りに落ちた。
……。そして、朝。
パチリと目を開ける。朝日を浴びると自然と目が覚めるも、すぐに眠りたくなる。
「んー……!」
しかし、今日は学校です。
遅刻もずる休みもJKなら『普通』ですが、私は同じ『普通』なら良い子で真面目ちゃんな方を選びたいのです。
もぞもぞしながら、学校に行く支度をしようとして、何故かベッドに横たわっている己に首を傾げる。うっかり熟睡しない様に、1人の時はいつも座って寝ているのに……疑問は、しかし睡魔に負けかけて―――ッん! 気合をいれている内に忘れていく。
そうして、苦労しながら起き上がり、ふっと右を向いたら。……? ……ええと?
ほとんど、13号先生みたいな防護服に身を包んで『シュコー……シュコー……』言っている誰かが、椅子に座っている。
「……あ!?」
視覚からの暴力じみたドッキリに心臓をおさえつつ、その正体に気づいてかなり驚く。
さっきまで首をへし折ろうと考えていただけに、二重にドキドキしながらその肩に触れ、遠慮がちに揺する。ぐらぐらと、暫くすると『彼女』がハッと顔をあげる。
『……! 起きたのね、トガさん』
「は、はい。おはようございます、ミッドナイト」
そう、この人はミッドナイトです。
ごつい防護服に身を包んだ彼女から綺麗な声が聞こえてきて……つい、脳液を欲しがるあの人の事を思い出してしまい、そっと目を逸らす。
『……良かったわ。深夜に一度起きたと連絡が入ったから、私が付き添っていたの』
「……あ、ありがとうございます」
18禁ヒーローの所以たる18禁要素がどこにもない、ごつい彼女に困惑してしまう。
でも、私の為にフェロモン対策しているのだと思えば、つい頬が緩んでしまう。
『……改めて、今日のお昼前には校長先生が謝罪に来ると思うから、それまで眠っていなさい』
「?」
分厚い防護服越しに背中を撫でられて、首を傾げる。何か謝られる様な事があったかと少し考えて、ハッと閃く。
「相澤先生の、私への生徒指導室呼び出しと反省文10枚が不当だったんですね!?」
『いいえ。それは妥当だと校長先生もオーケーを出したし、登校したら私も付きっきりで指導に当たるわ』
「……ヤぁああ」
希望は死にました。
やっぱり雄英って理不尽の塊ですね。
シーツに額をぐりぐりしていると、肩に硬い手を置かれる。
『疲れているでしょう? もう眠りなさい』
「……はいぃ」
優しい声に、少しだけトゲトゲした気持ちがおさまっていく。
「…………」
シーツに口元を隠して、笑う。……私は、ミッドナイトが好きです。
“個性”の相性は最悪だけど、この人が私を気遣ってくれた時間の長さを知っています。
十ヵ月の眠りから目覚めた時、すぐに気づきました。
病室に、うっすらと彼女の香りがこびり付いている事に。そして、そうなるぐらいには、ミッドナイトが私のお見舞いに来てくれた事に。
お母さん曰く、凄い防護服の人が良く出入りしていたらしいので、彼女の今の姿を見てすぐに気づきました。
残念ながら、その防護服でも“個性”は無効化できていないけれど、その気持ちがとても嬉しい。
(……カァイイなぁ)
私が、退院するまでの間も、ずっと花を贈ってくれた。
微かにだけど、花からミッドナイトの香りを感じて、ついでに混ざるビニール手袋らしい匂いに、相当に気を使ってくれた事が分かる。
(……でも、もうそんなに優しくしなくていいんですよ?)
シュコーシュコーって、息苦しいだろうに、それでも私に付き添ってくれるミッドナイトに申し訳ないと思う。
彼女は恐らく“個性”事故が認められて、何も罰せられなかった事を気に病んでいる。
本当なら、私が元気に学校に通っている時点で解放されている筈なのに、今回の事件で罪悪感が刺激されたのか、妙な責任感を覚えて親身になっているらしい。
(……ヒーローって、大変なんですね)
それとも、彼女が特別に優しいのだろうか?
そんな事を考えて、防護服の向こうでどんな顔をしているのか……少しだけ目を凝らそうとして、やめる。
今は、促されるままにゆっくり目を閉じていく。
『おやすみなさい、トガさん。……私がいるから、安心して眠りなさい』
「…………ァい」
良い匂い。
一瞬で、熟睡にまでもっていかれるのは、ヤだけど。……やっぱりすごく、好ましい。
でも、座ったまま寝るのを、阻止するのはぁ、ダメです。いけません、私を横たえて、お腹ぽんぽんはダメぇ…………すや。
「あれ? おかえりな―――ぶえ!?」
一瞬、また熟睡して狩人の夢に行ってしまった気がしますが、気のせいです。
爽やかな気持ちで目覚めつつ、少し早い朝が始まる。
ミッドナイトに顔を拭いて貰ったり、歯磨きを手伝って貰ったり、ご飯を食べさせて貰ったりと、かなり面倒をかけているのが気になりますが、両親は距離もあって、今すぐには来れないとの事。
ついでに、明日には退院する予定だと伝えて貰ったので、今日限定でミッドナイトにおんぶにだっこ生活を受け入れる。
そして、午前の内にミッドナイトが言っていたとおりに校長先生がやってきましたが……ごめんなさい、半分以上寝てました。
『トガさん、起き……あー。これは無理ですね』
すぴょすぴょしつつ、校長先生が笑っているのを感じる。……いえ、言い辛いけどミッドナイトがずっと付き添っている時点で、起きると期待する方が間違いです。
そうやって、臨時休校となった一日をほぼ寝たきりで過ごして、登校日。
「……おはようございまふぅ」
「「「「何でいるの!!??」」」」
クラスメイトが酷いです。
ミッドナイトやお医者さんに無茶を言って退院して、何故か解約されているアパートに愕然としながら、荷物が運ばれているというお茶子ちゃんの住んでいるアパートに向かい、渡されていた合鍵を手に制服に着替えて、諸々な疑問符に苛まれながらもタクシーに乗って登校して来たのに……
「重傷で入院中の筈やよね!? お見舞いも今は難しいってレベルだったよね!?」
「……ふあぁ? そうなんです? 病院は嫌いですし、わがまま言って退院してきました。通院はします」
お茶子ちゃんが愕然としつつ、私の身体を頭から下まで見て「ふええぇ……!」と泣きだしてしまう。「え!?」これにはかなり焦って、お茶子ちゃんの顔を覗き込む。
「お、お茶子ちゃん、ど、どうし「トガちゃああん!!」んっぐぅ」
横から、いつの間にかお茶子ちゃんと同じぐらい泣いている葉隠ちゃんに飛びつかれた。
咄嗟に脇腹の傷を庇いつつギリギリで受け止めれば、ふわっと今度は正面からお茶子ちゃんに抱きつかれて、色々と動揺する。
「は、葉隠ちゃん? お茶子ちゃん? 2人とも、何か「トガぁあああ!!」あっひゅう」
芦戸ちゃんまでどうしたの!?
変なところに後ろから抱きつくから、くすぐったくて恥ずかしい声がでました。
でも3人とも、ちゃんと抱きつくところは選んでくれるから優しいですね。
良かったぁって泣いてしまった3人にオロオロしていると、少し離れている梅雨ちゃんと目が合う。
「ヒミコちゃん……無事で良かったわ」
「あ、ありがとうございます」
「……ところで、怪我の具合は、どうなのかしら……? 特に、左腕は……」
「? 見ての通りですよ。暫くはろくに使えないですね」
笑って伝えれば、梅雨ちゃんの肩が小さく跳ねる。
「そう……なのね。……右手は? そちらの怪我も、酷いのかしら?」
少し元気の無い梅雨ちゃんに、お腹が空いているのかと心配になりながら「大丈夫ですよ」と、右手を見せる。
「こっちは、人差し指と中指が折れて、手首には罅が入っていますが、割と動かせ「ダメよ」るう?」
近いっ。
瞬発力が凄いのか、ぐんっ! と顔を寄せられ、振ろうとした右手を優しくもしっかりと押さえられる。目を丸くして「あの……本当に、大丈夫ですよ?」と、優しく宥めるも。
「……ダメよ、お願い」
「……はい」
苦しそうな声でダメだと言われたので、大人しくする。……な、なんなんです?
チラと見れば、百ちゃんや耳郎ちゃんも、辛そうな顔をしている。
更に視線を泳がせれば……緑谷くんは、何やら決意を漲らせた表情で私を見ているし、爆豪くんは妙に張りつめて今にもぶち切れそうだし、轟くんは普通だけど、どうにも視線を感じるし、切島くんは慙愧の念に堪え切れず、今にも土下座してきそうだしで……な、何があったんです? 私の姿を見た瞬間、喜色を通り越して罪悪感たっぷりなクラスメイト達に困惑します。
「……?」
お茶子ちゃんと葉隠ちゃんと芦戸ちゃんを順番によしよししながら、おかしいですよね……? 考える。今の私は、そんなにおかしいのでしょうか?
もしかして、頬に貼られた分厚いガーゼが同情を誘っているのですか?
左腕に関しては、がっつり吊り下げられていますが、動かせますよ?
右は、分厚い包帯に覆われて、今は梅雨ちゃんが離してくれませんけど、元気です。
太股も、ガーゼと包帯で少し痛々しいかもしれませんが、切断もされてないし軽傷です。
……他にも、痣と切り傷での真新しい治療跡が残っているのがダメなのでしょうか?
「…………」
もしかして、心配されている? ふと、そんな事を考えて。
(……いいえ、それは無いですね)
すぐに否定する。
むしろ、心配でずっと気を揉んでいたのは私の方です。
か弱くて脆弱なクラスメイト達は、目を離した隙に死んでしまうのではと、とてもハラハラしました。
私の方が強いのに、弱い彼ら彼女らが私を心配するのもおかしな話です。
もしかしたら、他にも何か危惧しているのかもしれない。根気強く思考を巡らせていく。
(―――あ!)
もしかして、次は自分が怪我をするかもしれないと、不安で堪らないのかもしれない。
だから、強い私の負傷具合を見て、震えているのだ。
(ああ……皆、まだまだ子供ですもんね)
痛いのも、辛いのも、初めてだと怖いよね。
可哀想だと同情しつつ、優しい気持ちが溢れてくる。少しだけど頬が緩む。
「大丈夫ですよ」
怖くないと、優しい声色を意識して、お茶子ちゃんと芦戸ちゃんと葉隠ちゃんを、順番によしよしする。
「被身子、ちゃん」
「トガちゃんっ」
「トガぁ……!!」
カァイイと、目元まで緩んでしまう。
「本当に、大丈夫ですよー」
ぎゅーってして、梅雨ちゃんの手も、握られたままの右手で包んであげる。
実は両手が塞がっているので、3人の頭は顎でぐりぐり撫でていますが(3人とも別々の良い匂いがします)次に同じ事があっても、絶対に私が守ってあげますよーって、心配しないでって気持ちで大丈夫だと繰り返す。……本当に皆、カァイイなぁ。
ほんわかしていると「―――ハッ!? 皆ー!! 朝のHRが始まる、席につけー!!」と石の様に固まっていた飯田くんが再起動する。
その声に、慌てて皆も動き出し、私は百ちゃんに優しく手を引かれて席に座らせて貰う。
「お早う。……渡我は放課後に職員室だ」
「なんで!?」
突然の理不尽。
私と反対の腕を吊った相澤先生の挨拶ついでのソレに反論するも、無視される。
「さて、渡我の事は一旦置いておけ「酷いです!」黙ってろ。……何よりまだ、戦いは終わってねぇ」
くぅ。放課後までに反省文を10枚書いておかないと、更に課題が増えそうです。
「戦い?」
「まさか……」
「また敵がー!!??」
でも、反省文って何を書けば良いんです……?
「雄英体育祭が迫ってる!」
「「「「クソ学校っぽいの来たあああ!!」」」」
クラスメイト達の大声に慣れてきた私は、鞄から作文用紙を取り出して、萎れた気持ちでシャーペンを走らせる。
とりあえず、反省文の『反省』の部分に心当たりが無かったので、私は何も悪くないですよね? という正当性を訴える内容にしようと決めた。