「体育祭? ……最低でも、そのギプスが外れないなら出場禁止だ」
「なるほど」
いきなり前途多難ですね。
相澤先生に「そういえば、私って体育祭に出られるんです?」と、反省文を渡しながら聞いたら、少し驚いた顔でそう答えられる。
(うーん……)
後で、普通の人が2週間でこんな感じの傷が治せるか調べないとです。
どう誤魔化そうかと考えていると、お茶子ちゃんが「で、でも!」と身を乗り出して、相澤先生に先程の事をカァイイ顔で説明してくれる。
相変わらず、お茶子ちゃんは説明が上手で、聞いていて楽しくなります。一生懸命な様子に、周りで耳を澄ませている先生もいるぐらいです。
「……渡我、何を企んでる?」
そして相澤先生の疑いの目が的確すぎます。
首ごと顔を逸らすと「え? ……え?」お茶子ちゃんが私と相澤先生を驚いた顔で見ている。
「……まあいい。リカバリーガールに頼んで、2週間の集中治療で何とかならんでもない」
「本当です?」
軽い調子で身を乗り出すと、相澤先生は「……ああ」反省文に目を通しながら、保健室利用書を数十枚渡してくれる。
「体力が回復したと思ったら、リカバリーガールに治して貰って来い」
「はい!」
「後、反省文は書き直しな」
「なんでです!?」
強い調子で抗議すると、相澤先生は呆れ顔をして机に置いた作文用紙を指先でトントンする。
「二度ほど読み直したが、この反省文には一言も謝罪が書かれていない」
「!? ……い、今から追記してもいいですか?」
「ダメだ。ちゃんと反省しろ」
くぅ……ッ。
これはうっかりしていました。項垂れながら新しい作文用紙を受け取る私の横で、お茶子ちゃんは苦笑いしている。
「だが、着眼点は悪くない」
「……はぁい」
「次は謝罪を忘れずに記載しろ。もう少し詳細に書いても良い。それと、問題を提起するなら実現可能なレベルに落とせ。その域に達するには時間が足りん」
「……ん?」
何かおかしくないです? 首を傾げるも「はぁい」まあいいかと返事をして、こみ上げる欠伸をかみ殺す。
「じゃあ、保健室に行ってき……ふあぅ」
「……おい。昼休みにすでに治療を受けている筈だろう? 焦れば良いってもんじゃないぞ」
「ん、大丈夫です。私は体力とスタミナ、いっぱいあるから、平気です……」
眠いだけだと、先生に包帯だらけの右手を見せる。
「そうじゃなきゃ、先生も私もとっくに死んでますよぉ」
「……。そうだったな」
ねーって。
先生の苦そうな同意に満足する。死線を駆け抜けた者同士の小粋なジョーク(悪夢ではよくやってた)を現実でできた嬉しさに頬を緩めていると……隣にいるお茶子ちゃんがすごい顔をしてる。
「お!? お茶子、ちゃん? どうしたんですか?」
「被身子ちゃんの、ばか!!」
「えっ、あっ、バカですごめんなさい!!」
丸いお顔が更にぷくぅって丸くなって涙目で、これは絶対に怒っていると焦る。
いつかの
「……被身子ちゃん、保健室に行こっか!」
「はい! どこにでもついて行きます!」
とにかく低姿勢、を意識しつつも「あ」と、お茶子ちゃんの制服を引っ張る。
「……そういえば、私の住んでる、いえ、住んでいたアパートが知らぬ内に解約されていた件なんですが……」
「え、被身子ちゃんのご両親から許可は取れたって、手続きは先生たちがしてくれたよ?」
「は?」
ぐるんっと振り向いて先生を見たら、すでにこっちを見てすらいなかった。
ちょっと? 聞こえている癖に我関せずな背中に溜め攻撃をしたくなる。
(まさかの黒幕? いえ、正確には違うのでしょうが一枚噛んでいるとは思わなかった!!)
もっとダメだししてやると、反省文への意欲をあげていると、少し慌てた様子のお茶子ちゃんに手を引かれて、大人しく保健室に向かう。
そして「失礼します」と、保健室にお邪魔すると、保健室利用書を持った私を見て「昼に治したばっかりだろう!」って、リカバリーガールに怒られました。……踏んだり蹴ったりです。
私は眠いだけで体力は有り余ってます! と訴えて、お茶子ちゃんも味方してくれる。
そのかいあってか、渋々ながらもリカバリーガールに“個性”を使って貰える。
「……息切れもしてないね」
「はい!」
そうして暫く治して貰っていると「流石に終わりだよ!」と、お菓子を貰える。
「……あんた、体力が有り余ってるのは本当みたいだね」
「はい! まだまだ元気です!」
「……分かったよ。明日から朝と放課後にも来なさい」
やりました!
という訳で、リカバリーガールから朝・昼・放課後に様子見で治療して貰える事になりました。
これなら2週間でギプスがとれても不自然じゃないと、実に満足です。
これで、雄英体育祭が終われば『普通科』のトガが爆誕だとウキウキ気分で帰宅します。
お茶子ちゃんと並んで校門の前でタクシーを待ち(この格好で電車に乗るな! と言われました。雄英宛の領収書も認められました)コンビニで買ったアイスを食べさせて貰ってます。
「……被身子ちゃん」
「はい」
「アパートの事、勝手な事してごめんなさい……!」
? 今更過ぎて、頭を下げるお茶子ちゃんを目を丸くして見つめる。
その表情は真剣で、すごく落ち込んでいる様に見える。
「その……被身子ちゃんが入院して、面会謝絶って聞いた時……何か、私に出来る事はないかなって、いてもたってもいられなくて……」
「ふぁい」
「……色々、ぐるぐる考えてたら、被身子ちゃんは退院した後も、1人であのアパートに帰るのかな、って気になって、先生に相談したんよ」
なるほど?
チョコアイス美味しいです。でもペース早いです。さっきからひっきりなしでお口冷たいです。
「だ、だからね? 被身子ちゃんに何の相談も無しで「怒ってないですよ」勝手な事して……え?」
お茶子ちゃんからアイスのスプーンを取り、お返しですとそのお口にチョコアイスを食べさせる。
「驚愕はしました。でも、お茶子ちゃんに怒ってる事なんて無いです」
「……で、でも」
「個人的に、静かで気に入っていましたが、それだけです」
本心からそう言って、少しだけ口角をあげる。
お茶子ちゃんは目を見開いて「被身子ちゃん……っ」うるうると瞳を潤ませる。それから「……ん。ありがと!」って、カァイく笑ってくれる。
(……良かったです)
心から安堵する。でも、と。その安心しきった横顔を見つめる。
(……むしろ)
お茶子ちゃんの方こそ、怒っていないのですか?
「…………」
それとも、忘れている? いいえ、それは無いでしょう。
だからこそ湧き上がる疑問を、アイスの甘みと一緒に飲み下す。
ずっと、13号先生の件を責められないのが不思議だった。
ヒーローを目指す彼ら彼女らが、あの一瞬に下した私の判断を、見逃したとは思いません。
もしかして、知らない振りをしている……?
お茶子ちゃんは優しい人だから、証拠も無いのに責められないと、無理して笑っているのかもしれない。
「…………」
そう思うと、少しだけホッとする様な、落ち着かない心地を覚える。
ズキズキと、左腕から手の甲にかけて幻痛がする。
あの時の痛みと悪寒に顔をしかめ、漏れかける声を飲み込む。……ああ、この感覚を忘れない限り、人助けに躊躇する余裕は無さそうだと、静かにギプスを見下ろす。
「……ッ。被身子ちゃん、帰ったら買い物行こう!」
「へ?」
唐突に、お茶子ちゃんに背中から抱きつかれる。
「いっぱい、美味しいの作るから! お腹いっぱい食べて、お風呂に入って……あ、その傷じゃダメだね!? ええと、身体拭かなくちゃだ!? ドライシャンプーとか買わないとかな!?」
その視線が、私のギプスにチラチラ注がれて、変にテンションが高い。
その表情は、笑っているのにどうしてか悲しそうで、苦しそうにも見えて、だけど、怒ってはいなかった。……その体温を、戸惑いながら静かに受け入れる。
「っ。……それで、ぐっすり眠ったら……早く、全部、リカバリーガールに治して貰おう!」
ぷにって、頬に少しだけ触れるにくきゅうが温かい。
悲しそうな表情は、けれど曇らずに、強い光を宿して私をまっすぐに見つめている。
「…………」
お茶子ちゃんの、この瞳が好きだと思う。
息を呑む美しさだと、柔らかい声で「……はい」自然と頬が緩んでしまう。
(ああ、でも……)
お茶子ちゃんは、何をそんなに気にしているのでしょう?
「っあ、タクシー来たね。……帰ろっか、被身子ちゃん」
「……はい、帰りましょう、お茶子ちゃん」
分からない。でも。
薬指と小指だけ、しっかりと繋いでくれる、優しいお茶子ちゃんの手の感触が、特別に感じている。
「…………」
今日から、彼女と2人で並んで帰路につく日が増えるのだろう。
数日前には戸惑いでしかなかった非日常が、当たり前の日常になっている。その不思議さを受け止めきれず、ぼうっと空を見上げる。
赤い夕暮れに、何かを感じた事はないけど。今日は少しだけ暖かい色に見える。
タクシーに乗り込むお茶子ちゃんに「夕日、綺麗です」気づいたら、そんな事を言っている。
「……そうだね、綺麗」
そう言って、笑ってくれるお茶子ちゃんに、背筋が痺れる様な心地で頷く。
同じものを、綺麗だと共有できた経験は初めてかもしれない。……それが、妙に記憶に焼き付いた。
そんな事を思い返して一週間。
リカバリーガールのおかげで左腕も治ってきて、ほぼ全身に巻いていた包帯の数も減ってきました。もう少ししたらお風呂にも入っていいそうで、ウキウキしています。
(髪、少しべたべたしてそうですし、クラスの子たちにお団子にして貰うのも我慢です!)
早く入りたいと、足を軽く揺らす。
だけど、今は我慢です。リカバリーガールに言われた通りに大人しくして、クラスメイト達にも迷惑をかけない様に頑張っています。それが功をなしたのか、最近は少しだけリカバリーガールが優しいです。
最初は凄く怖かったですと伝えると、リカバリーガールは呆れ顔。
「あんな大怪我で学校に来るあんたも、それを許可する学校側も頭がおかしいって呆れてたんだよ!」
との事でした。……そういうものでしょうか?
よく分からないって顔をしていたのか、リカバリーガールは溜息を吐いてお菓子をくれました。美味しいです。
「……それにしても、どういう身体してるんだい? 左腕が
「んぐ? ……んー。私の“個性”が『変身』だからでしょうか?」
お茶をいれて貰い、ありがたく受け取る。いまだ包帯はとれないものの、動かしやすくなった右手でズズズッと飲む。
「私は、血を飲めば誰にだってなれます。リカバリーガールにもなれますし、その“個性”も使えます」
「!」
「なので、私は自分の『設計図』が人よりしっかりしているのです。多分、四肢が切断されても、今の『形』に戻ろうとするでしょうね。……体重と見た目がおかしいって言われて、最近気づいたのです」
そう、素知らぬ顔で答えつつ(まあ、上位者になった影響でしょうけどね)と内心で舌を出す。リカバリーガールが、驚いた顔で「そんなことが……」と言ったところで、保健室のドアが「し、失礼します」と開く。
「あれ? トガさん……!」
そこには、体操服姿の緑谷くんが立っている。
「教室ぶりです。怪我したんですか?」
「う、うん。ちょっと手首を捻っちゃって、湿布を貰えないかなって」
自主練中だったらしい緑谷くんは、相変わらずドギマギしてカァイイなぁと笑ってしまう。
「……ちょっと席を外すよ」
と、思案顔のリカバリーガールが立ち上がる。そして去り際に、「はい、湿布」って緑谷くんに渡して「あんたは、もうちょっと休んでな!」と、私を見て言う。
「はぁい」
本当は帰りたかったけど、もう少し大人しくしておく。
今日は、お茶子ちゃんは買い物があるから先に帰っている。「今晩はオムライスね!」って話していた今朝の事を思い出して、今から楽しみだと思う。バターライスかケチャップライスか、迷っていたけどどちらになるのでしょう? 残りのお菓子を食べながら頬が緩む。
「…………あの!」
「? はーい」
もぐもぐと振り向くと、緑谷くんが私を見ている。
何か用事があるのか、いつものオドオドした様子が少しだけ鳴りを潜めている。
「と、トガさんに……僕、まだちゃんとお礼を言えてなかったから……それで」
「? 私、お礼を言われる様な事しましたか?」
「……へ?」
目を丸くする緑谷くんに、ちょっと申し訳ない気持ちを抱きながら、本当に心当たりがありません。
何かしましたっけ? むしろ……
「私が、緑谷くんにお礼を言いたいぐらいですよ?」
「……え!?」
更に目をまん丸にする緑谷くんに、ほらっと指をたてる。
「階段で、お茶子ちゃんの話を聞いた時です!」
「……え? あの時? 僕は……何も」
「私が落ちても大丈夫な様に、スって移動してくれたじゃないですか! 嬉しかったです!」
「―――!」
あと、格好良かったです! と伝えれば、赤い顔で固まってしまう緑谷くん。
(うーん?)
でも、本当に何をしたのか思い出せないです。
この、人の良さそうなクラスメイトに物忘れが激しいと思われたくなくて、なんとか誤魔化せないかと思案する。そして(そうだ……!)と、良い事を思いつく。
「緑谷くん、提案です!」
「え……!? な、なん、ですか!?」
ずいっと、立ち上がり、彼との距離を詰める。
「雄英体育祭! ギリギリになりそうですが、私も晴れて出場できそうなんです!」
「……!」
「そこで、私と勝負しましょう!」
「え!? し、勝負……!? トガさんと!?」
「はい!」
ギクシャクして赤くなったり青くなったり真顔になったりする忙しい彼に、カァイイと思いながら、唇に指をあてる。
「緑谷くんが、私より上な感じだったら――緑谷くんのお礼を受け取ります」
「!」
「その時に、お礼の理由も教えてくれると嬉しいです」
そう伝えれば、緑谷くんの顔がハッと引き締まる。
打てば響く反応に楽しくなりながら「そして」と、少し勿体ぶる。
「もし、緑谷くんが私より下な感じだったら『罰ゲーム』です」
「―――ひえ!? ……っ、ど、どんな……!?」
おや? すでに怯んでいる緑谷くんの、それでも負けられないって引き締まる表情に、少し驚いてしまう。
(……え? そんなにも私に言いたい事があるのです?)
もしかして、知らずに下着でも見られていたのでしょうか?
それぐらいでお礼なんて良いのに、内心で苦笑する。
「はい! お互いに下の名前で呼び合いましょう!」
「それ、は……ん? ……え……ちょ――――――!!??」
埴輪みたいな顔で沸騰する緑谷くん。表情筋すごいね?
「ほら、『罰ゲーム』でしょう?」
「いや、それ罰じゃ、いや、ええと!!??」
動揺する緑谷くんに唇を緩めながら、軽めな罰ゲームだろうにと微笑ましくなる。
(少し、彼と仲良くなるきっかけになるかなーって、思っただけです)
彼の負担が大きい様なら、一回の呼び合いで許してあげましょう。
「では緑谷くん、手を出して下さい」
「―――!? は、はははははい!?」
まだ混乱して、目を白黒させながらも緑谷くんはわたわたと手を差し出してくる。
(いえ、そんなに嫌がらなくても良くないです?)
そんなに、下の名前で呼び合いたくないのかと、ちょっと悲しくなりますが……まあ、私がまた距離感を見誤ったのでしょう。寂しくないです。これは、ちょっとした布石みたいなものです。
右の手の平に、ちょんっと人差し指を乗せる。
「ここに、私の約束を乗せておきますね!」
「……え!? あ、あの、さ、触ってマスヨ……!?」
「あ、背中に背負うんじゃないですよ? 私と緑谷くんの『約束』を、
「? ……ぇ、っと。……右手に?」
「はい!」
頷いて、そっと拳を握らせる。
動揺して強張る緑谷くんの指は、私以上に痛々しくなっている。……どうにも、力が入りすぎているというか込めすぎている気がします。だから、これが丁度良い呪縛になるでしょう。
「緑谷くんは、この見えない約束を、どう扱いますか?」
「え?」
「それは、緑谷くんの自由です。この拳をおもいっきり握って『約束』の事なんて忘れて、握り潰してもいいのです」
「―――!」
「でも、もしも思い出してくれるなら、ほんのちょっとだけ、力を抜いて下さい」
彼には、緩急が足りないのです。
緑谷くんの拳を「ね!」と解放すれば「……」彼は静かに、自身の拳を見下ろしている。
その表情に、こっそりと(大怪我とかして、リカバリーガールを怒らせないでくださいねぇ)って、念を送る。
(お婆ちゃんには、優しくしないとですしね……)
ちょっと怖くても、なんとなくお婆ちゃんは放っておけないのです。繰り返した夜の、あのお婆ちゃんの事を思い出す。
(……まあ、オールマイトと同じ“個性”を持つ緑谷くんが頑張れば頑張るほど、私が除籍される可能性は高まりますしね)
良い事づくめですと、肩をすくめる。
「それじゃあ、帰りますね」
もう充分に休みましたと、これならリカバリーガールも怒らないでしょう。鞄を持ってドアに近づくと「トガさん!」緑谷くんの声。
「あの…………が、頑張ります!!」
振り返ると、思った以上にやる気に満ちた緑谷くんがいて、頬が緩む。
「はい!」
とっても、良い顔です!
彼に小さく手を振って、改めて背を向ける。
その静かな気迫は、体育祭を勝ち残ろうとする彼なりの理由がある様に思う。
そして、そこに私との約束が一つ追加されて、更に気合が入っている様に見える。
(……そうです。私と下の名前で呼び合う『罰ゲーム』が本気で嫌とか、そういう理由で頑張る訳じゃないですよね?)
つい、ネガティブな思考になってショックを受けてしまう。
お茶子ちゃんと仲良しの子だからこそ、これからも顔を合わせるだろうし、気まずいのはヤだなって溜息。
(……男の子って、難しいです)
というか、人間全般が難しすぎると、久しぶりに1人で帰路についているせいか隣が寂しく感じる。
……今日のご飯。オムライスはケチャップライスがいいなぁって、あの赤色が恋しくなっていた。