大歓声が沸き起こっている。
試合が終了して数秒。シン……と音の消えた静寂が嘘だったかの様な割れんばかりの歓声に、プレゼント・マイクの実況すらかき消されている。
(……これで、最終種目に通過できますね)
ふぅ、と。濡れた体操服の不快な感触に目を細める。
ちょっとした不安要素はありますが、ギリギリで作戦通りにいけました。
ハチマキを手にしたまま、妙に静かな3人が気になって見下ろせば、そんな私をポカンと見上げて、だんだんとその顔を喜色に染めていく。
(あ、一時的に0Pだったから、気を揉ませちゃったんですね)
少し申し訳なくなり「えーとですね」騎馬の上でしゃがみこんで「まずは」と、1000万のハチマキを心操くんの首にかける。
「え……っ」
「心操くん、お疲れ様でした」
目を見開く彼の頭を、よしよしする。
「ッ!? いや、俺は何も……本当に、何も……」
「なぁに言ってるんですかー」
もう片手を伸ばして、振り向いている鉄哲くんの頭をぐりぐりっと撫でる。
「最後の鉄哲くんの暴走機関車は、塩崎ちゃんだけじゃ振り払われていました」
「……!」
「心操くんがいたからこその、作戦ですよ」
チラと見れば、3人の組まれた手には茨がぐるぐるに巻きついている。
血の流れるがんじがらめな有り様が嬉しくて、歯がカチリと鳴る。
「……心操くんの足がもつれて、騎馬が崩れていたらこのハチマキも無意味でした」
そういう可能性もあったのだと「ねー?」って、鉄哲くんの髪をわしゃわしゃすると、彼は少しばつが悪そうな顔で「……すまん!!」と乱れ髪のまま勢いよく頭を下げる。
「だから、踏ん張ってくれた心操くんは、とても頑張りました」
「……っ、はい」
ゆっくりと、耳を赤くして俯いていく心操くんの頭をよしよしして(……ですが)内心で小さな不満を己に抱く。
(……まさか、最初から最後まで騎馬が狙われないとは思いませんでした。……心操くんの“個性”で撃退して貰う予定だったのに)
肝心の心操くんが目立たなかったと、溜息を飲み込む。
……まあ。強力な“個性”の秘匿は出来たので、最終種目で勝ち残れる可能性が高くなったと、前向きに捉えましょう。
(というか、この試合を見ていた人々は、この作戦を立てたのが心操くんだと考えていそうですし)
0Pの最下位より、普通科の立場でここにいる心操くんの注目度の方が高そうです。最後の一押し以外の活躍が無い私より、囮として突撃した彼らの方が目立っていた筈です。
ワアアアアアア!!!! と、頭上からの歓声はいまだ鳴りやまず、結果発表すら始まりませんが、フィールドの視線は私達に釘付けです。
(私まで注目されるのはヤですが。……これは良い感じです)
私が、彼らにお願いした指示は実にシンプルなものでした。
鉄哲くんは、彼の性格上辛いだろう、我慢と、それが生む爆発力、囮としての優秀さ。
塩崎ちゃんは、『ツル』の応用力と飛距離、強度、防衛力。
心操くんは、“個性”をつかった撃退による攻撃力……をアピールする筈でした。
それぞれの良さを活かせる様に作戦を組み立てたのに、鉄哲くん以外ほぼ失敗しました。
まあ、心操くんの頑張りは、その汚れた足元から見ても分かるでしょう。……いえ、やっぱり鉄哲くんばかり目立っていた気もしますが。
(本当に、何で騎馬が狙われなかったのでしょう? 440Pのハチマキは美味しい筈なんですが……)
全チームから避けられました。
反省も込みで、心操くんの頭を長めに撫でてから、もしかしたら一番地味な立場に置いてしまったかもしれない彼女を見る。
「そして、塩崎ちゃん」
組んだ手の上で向きをかえて、塩崎ちゃんの頭に手を伸ばす。
「! 渡我さん、私の髪は」
「チクチクしますねぇ」
「あの、棘が………」
じんわりと赤くなる顔がカァイイ。
「塩崎ちゃんは優しいねぇ。撫でても、全然血がでてこないのです!」
「……っ。痛みを、感じないわけではありません」
「それ、撫でない理由になりませんよ? 今日はいっぱいありがとうねぇ」
「……はい」
両手でよしよしして、ツルの間に指をいれて頭皮もまとめて撫でてあげれば、耳まで赤くなってしまう。そんな赤いお顔がとってもカァイイと目を細める。……そして。
「……女の子の髪を、雑に扱ってごめんねぇ……」
「え」
“個性”とはいえ、ちゃんと割り切ったとはいえ心苦しくて、小声で謝罪すれば、驚きに目を丸くする塩崎ちゃん。そのお顔から目を逸らして、誤魔化す様に足を指差す。
「……それで、そろそろ降りていいです? 塩崎ちゃんのツルが足に絡まっているのです」
「……! いいえ、渡我さんは濡れています。このままでは土で余計に汚れます」
ようやく、巻き付いたままのツルに気づいて、シュルシュルと申し訳なさそうな顔で解放される。途端に崩れる騎馬から「失礼します」優しく引き寄せられる。
「おお……!」
塩崎ちゃんにお姫様抱っこされています。
鉄哲くんと心操くんは、手首の痣や血を気にしつつ「ハンカチの予備はあるか?」「俺は、渡我さんの靴をとってくる」と、何やら忙しそう。
「あ、鉄哲くんも、囮をありがとうねぇ」
「……おう!!」
手を伸ばせば、腰を曲げて頭を寄せてくれる鉄哲くんの髪をわしゃわしゃする。……試合中から撫ですぎて髪型が崩れてるのに、優しいなぁ。
少し楽しくなって足がぱたぱたすると、その指先から水滴が跳ねる。氷煙を至近距離で浴びましたからね。……塩崎ちゃん、あったかいです。…………すぅ。
「……え、渡我さん?」
「嘘だろ!?」
「……こ、この数秒で?」
あ、大丈夫です。
ちゃんと起きてますよ。
ちょっと体の電池が切れただけで、意識はまだ寝ていません。
『――――だああ!! やあっと俺の声が届いたな!? 色々言いたい事もあるが時間無いし早速上位4チーム見てみよか!!』
んあ?
足がくすぐったいです。ハンカチで丁寧に拭いて貰ってます? ……後で、洗って返さないとですね。
『1位、渡我チーム!!』
知ってます。
『2位、爆豪チーム!!』
あー……『コピー』の子から奪取してたの、チラッと見えてました。
『3位、緑谷チーム!!』
そうでしょうね。私達のハチマキと、常闇くんが轟くんチームのハチマキも取ってましたし。
『4位、轟チーム!!』
え? ……ああ、なるほど。
ちょっと驚きましたが、百ちゃんが生んでいた余力のおかげで、他チームのハチマキもちゃんと集めていたんですね。てっきりB組の『大拳』の子だと思っていました。流石は百ちゃんです。
『以上4組が最終種目へ……進出だ―――――――!!!!』
ああ、靴下まではかせて貰いました。……靴まで……? 待って、起きます。起きてるんです……!
違うんです、塩崎ちゃんの良い匂いが動く気力を奪っていくんです。塩崎ちゃんからはすごく素敵な花と草と太陽と水の匂いがしてるんです。
『1時間程、昼休憩挟んでから午後の部だぜ! じゃあな!!!! オイ、イレイザーヘッド飯行こうぜ……!』
ごはん……? あ、食べないと、お茶子ちゃんが『もー!』って、カァイイ顔になっちゃう。
塩崎ちゃんにべったりくっついている場合じゃ……
「渡我さんをA組の皆さんに託しましょう。……彼らが、渡我さんの異常を知らないとは思えません」
ああ、身体がゆらゆらします。
運ばれるのは気持ちが良いです……起き……なくて、いいのでは? ……もう、このまま、寝るべきでは……?
「そうだな……っと、クラスの奴らに呼ばれてしまった!! すまんが行ってくる!!」
「分かりました」
「! ……俺も呼ばれた。渡我さんの事を頼む」
「はい。私も渡我さんを託した後、友人たちと合流します」
んあ……?
鉄哲くん、B組男子に呼ばれて行っちゃいましたね。……最終種目に残ったB組唯一の男子ですし、色々とあるのでしょう。同じ理由で塩崎ちゃんや心操くんもクラスの子に呼ばれているみたいで、3人共友達がいっぱいの友達想いで、ヒーロー候補って感じです。
と、見知った足音が駆けてくる。
「あの! 塩崎さん、だよね? 被身子ちゃんをありがとう! 私、麗日お茶子!」
お茶子ちゃんだ……!
「ご丁寧に。私は、塩崎茨です。……あの、麗日さん。ぶしつけで申し訳ありませんが、渡我さんは……」
「あはは。……軽くてびっくりするよね」
頬に触れる感触にぴくっと身体が動くと、柔らかく手を握られる。
触れる先から感じる、お茶子ちゃんのにくきゅうの感触に安心する。
「……渡我さんは、普段から食堂でも食べていない様子でしたが」
「うん。……一定量食べると眠気が凄いみたい。食べさせ過ぎちゃうと、午後の授業で十分ごとに机に頭突きするの」
「……それは」
「だから、最近は前席の子がね、黒板を見ながら枕ガードしてくれてる」
お茶子ちゃんが朗らかに笑い、塩崎ちゃんが呆気にとられた顔から、穏やかに微笑むのが薄目に見える。
「あ、そういえばさ! 塩崎さんはどうして、被身子ちゃんとチームを組んだの?」
「……。詳しくは言えませんが、そうですね。……障害物競走の時に」
私の身体が、お茶子ちゃんの腕に渡されて、その温もりにもう限界だと、瞼が閉じきってしまう。
背中を撫でる、優しい手つきにゆったりと眠りに落ちていく。その際に……
「彼女の祈る姿が……とても綺麗で――――」
柔らかな声が、聞こえた気がした。
鼻がむずっとして「くちゅ」っとくしゃみ。
……? そんな、自分のくしゃみで目を覚ますと、目の前にぐわわっ!! と毛布が迫っていてびっくりする。
「……!?」
「被身子さん! こんなに冷たくなって……! 無茶しすぎですわ!」
見知った香りだったので大人しくしていたら、ぐるっぐるに包まれてぎゅーっとされる。
というか、百ちゃんだった。
「……あれ、塩崎ちゃんは?」
「おはよう。塩崎さんは、あっちでB組の子と食べてるよ」
頬に当たる百ちゃんのほっぺにすりすりしながら視線を向けると、お茶子ちゃんがクラスメイトと楽し気に談笑している塩崎ちゃんの背中を教えてくれる。
その時、ふっと振り向いた彼女と目があって、驚きながらも嬉しそうに手を振られる。
「……カァイイ!」
「被身子さん……!」
「百ちゃんも、カァイイねえ」
「んん……っ」
毛布で包まれて抱き着けないので、塩崎ちゃんには頷く事で返事をして、百ちゃんの頬にはすりすりしながら首に顔を埋めたら、もっとぎゅーっとされる。
「……渡我、いつもより甘えてるね」
「寝起きだからでしょ? それより、ヤオママのママ度がまた上がりそうなんだけど……」
「手遅れよ。ヒミコちゃんの顔をこっちに向けて。ご飯はちゃんと食べないとダメよ」
「あ、そうだね! トガちゃん起きろー! 梅雨ちゃんがお魚ほぐしてくれてるよ! 今ならあーんして貰えるよー」
「透ちゃん。私はヒミコちゃんには厳しく「あー」……すると決めていたの。いえ、いるの」
梅雨ちゃん、優しいです。
もぐもぐと咀嚼していると目が覚めてきて、毛布から抜け出して目を擦ると「あんまり擦ってはダメです」百ちゃんに止められて、ハンカチで目元を撫でられる。
「……んー」
「はい、ヒミコちゃん」
あ、また魚を食べさせて貰いました。脂が乗ったお魚美味しいです。
「……これが、あの『最下位の逆転劇』を生み出した女かぁ」
芦戸ちゃん? 髪を拭いてくれてありがとうございます。でも、どうして毛布を広げて、全体的に覆ってくるんです?
「ネットも凄いらしいね。0Pと1000万Pが見事にひっくり返ったって。……ったく、こんなに濡らして、顔の傷が悪化したらどうすんのさ」
耳郎ちゃん? “個性”でカーテンを広げる行動の意味は分かりませんが、ほっぺのガーゼを換えてくれるの助かります。痒かったんです。
「……口内にまで、貫通してる傷だから……ちゃんと清潔にしないとね。理屈はともかく、トガちゃんの“個性”で傷跡は残らないってリカバリーガールも言ってたし!」
葉隠ちゃんも、左の包帯を換えてくれるんです? ありがとうございます。リカバリーガールの所に行くの面倒だったんです。
「……左腕、まだ全体的にじゅくじゅくしてるね」
「……ギプス、とれただけ奇跡だからね」
そうそう。リカバリーガールに無理を言ったかいがありました。
「……これでも、傷が一定以下になって防水フィルム使える様になったんよ」
「……トガ、最終種目、出られるのかな?」
でます! 心操くんに負けたいです。
「……脇腹と、足は……流石にここじゃダメか」
「……被身子さん」
それはそうと、全体的に暗くないです?
今日もご飯は美味しいですし……もしかして、最終種目に出たかったとか、そういう事です?
……うーん。
私が出場辞退したとして、仮に繰り上がりが認められても5位はB組の子でしたし、どうしましょう?
あと、皆は気づいていませんが、周りの人がこっちに耳を欹てているというか、同級生が介護されている謎の光景に驚愕していますよ?
皆は毛布をカーテンにして、声もくぐもって聞こえてないと思っているでしょうけど、ええと。……もういいです。
それより、興奮している様子だった峰田くんと上鳴くんが、漏れ聞こえてくる内容に、急に暗い顔して自主的に正座してるの大丈夫です? 躁と鬱が激しすぎません?
「よし、こんなもんで……あんたら何してんの?」
毛布のカーテンが終わり、またぬくぬくされます。
脇腹と足以外の包帯を巻きなおして貰って、若干すっきりしました。体操服は、後で百ちゃんが新しく出してくれるそうで、今はご飯が優先らしいです。
「……いや、なんでもない」
「……オイラ達の事は、放っておいてくれ。……くそッ!!!!」
ええ? 床をめっちゃ叩いてますよ?
せっかくのチャンス的なものを、自らの意志で捨て去る事への悔しさに顔が歪んでいます。梅雨ちゃんが「ろくでもないことを考えていたのね」ってすっぱりです。
「梅雨ちゃん、どれだけ食べさせた?」
「ギリギリの範囲でおさえているわ。これなら午後も大丈夫よ」
「分かった。じゃあ、薬ね」
何故か、学校で私の薬を管理している耳郎ちゃんと、食事管理している梅雨ちゃん。……いえ、本当になんでですか? 1人でできますよ? しかし、有無を言わさずに耳郎ちゃんがポーチから薬をズザザッと出して、慣れた調子で山となっていく薬を私に飲ませようとしてきます。
「…………ヤ」
「ダメだって」
「ヒミコちゃん、頑張って」
ちょっぷされました。
やめてください。ゼリーに混ぜて一気に飲ませようとするの、嚥下するのが面倒なんです。
ほら、遠目に見てる人達もこの暴挙に……いえ、何故か薬入りのゼリーに注目してますね。細かいつぷつぷで見るからにまずそうですものね、分かります。
渋々と、全部ごっくんと何度か嚥下して飲み込んだら、皆からよしよしされました。……私の方がお姉ちゃんって、いつか暴露するんです。
口の中が苦いと、百ちゃんにしがみつくと優しく抱きしめられる。
「……耳郎さん、ありがとうございます。……私には、とてもできなくて」
「あのさ、優しいだけじゃダメだって! ヤオモモが甘やかすから、渡我も逃げ場所にしてるし!」
「光栄な事ですわ。それに、被身子さんは今日も頑張りましたし……!」
「ダメ! 渡我の事を考えるなら、もうちょっと優しく突き放すべき!」
……え? 私を挟んで争わないでください。落ち着いて寝れないです。
「夫婦の会話かな?」
「ケロケロ。百ちゃんと響香ちゃんは仲良しね」
というか、なんで私は更に運ばれて……やめてください、もう、寝たいんです……
「薬が優先だったけど、時間はまだあるね。ほとんど乾いてるけど着替えさせよう」
「服の下の包帯も換えなくては!」
ああ、耳郎ちゃんの抱っこはダメです。お肌すべすべ気持ち良いけど、容赦なく起こされるんですっ。
「トガちゃん、放っておくとそのまんまだからね」
「被身子ちゃん、寝るの大好きだから……」
ま、待ってください。身体は電池切れでも、意識が起きていたら、寝てないっていうか……
「2人は、もう少しヒミコちゃんに厳しくしないとダメよ」
「ぅ。……がんばります」
「き、気をつけます」
あ……。
もしかして、寝れないやつです?
「おーい。アタシはここの片付けしとくから、先に行ってて!」
芦戸ちゃん、待って。
そんな私の汁とか血がついた包帯やらガーゼを捨てさせるのは申し訳ないですが、置いてかないで。私も食堂に残って、寝たいんです。
うー……5分で、いい、から………あうううううう。