『最終種目発表の前に、予選落ちの皆へ朗報だ!』
んえっ、朝!?
突然の大きい声にびっくりしていると、頭とか頬とか顎とか肩とかをお茶子ちゃん達に撫でられる。
……あ、そうです体育祭でした。力を抜きながら、背もたれ代わりの誰かに体重を預ける。ん、この感触と匂いは芦戸ちゃんですね。
『あくまで体育祭! ちゃんと全員参加のレクリエーション種目も用意してんのさ! 本場アメリカからチアリーダーも呼んで一層盛り上げ――――』
ふあ、と。少しは眠れた様だと欠伸をしながら視線を動かし―――その光景に止まる。
(わあ、チアのお姉さん達、綺麗です……!)
眠気が少し晴れる。
カァイイ衣装もだけど、つい揺れるお胸とか腰回りとかおへそに視線が吸い寄せられてしまい、頬すら緩んでしまう。
……いえ、違うんです。上位者になると本能で赤子を求めちゃうせいで、どうしても女体に癒しを覚えてしまうのです。おかげさまで、思春期男子の気持ちが良く分かります。
女の子に優しくされたりなでなでされると、今日も頑張ろうって気持ちになりますよね!
「……皆さん、少し席を外します!」
「落ち着けヤオママ! あれは幼児番組のマスコットを見てる目だから!」
え? なに?
「トガちゃん、身体も揺らしてノリノリだね~……私もチアに興味がでてきたかな~?」
「! 透ちゃんも落ち着いて。全国放送よ」
「……渡我の視線、胸に吸い寄せられてない?」
「き、気のせいじゃないかなぁ」
起き抜けに、何やら理解の及ばない言い合いを聞かされて首を傾げる。
なんとなく、手持ちぶさたにお腹に回される芦戸ちゃんの腕をふにふにすると、急にぎゅーっとされて足が浮いた。
そうやって戯れている間にも、プレゼント・マイクの放送は進行していく。
『さァさァ、皆楽しく競えよレクリエーション! それが終われば最終種目、進出4チーム総勢16名からなるトーナメント形式!!』
やっぱり眼福です。
太陽の下でキラキラしているチアのお姉さんたちの眩しい太股に視線を吸い寄せられながら、支えてくれる芦戸ちゃんの温もりと柔らかさを堪能する。
『一対一のガチバトルだ!!』
……。
そろそろ、ちゃんとしなくてはと。芦戸ちゃんに預けた身体を少しだけ起こす。
「トーナメントか……! 毎年テレビで見てた舞台に立つんだあ……!」
「去年トーナメントだっけ」
「形式は違ったりするけど、例年サシで競ってるよ」
そう。
ここまでは、毎年テレビで見ている通りだと、芦戸ちゃんに頬ずりされながら目を擦る。
(にしても、気が重いです……)
狩人に一対一の勝負とか、理不尽すぎます。
せっかくの“個性”という要素が台無しというか……私に有利すぎるでしょうと溜息が漏れそうになる。
障害物競走の時の最下位が、騎馬戦の一位通過メンバーに入った事でプラマイ0になっている可能性がある。この辺りで普通科への狭き門をもう少し広げておきたい。
(……多分、ヒーローらしくない行動をとるのが良いのでしょうが)
そも、どうすればヒーローらしくないのか、分かる訳がない。同じ理由で、ヒーローらしい行為というのも謎すぎる。
(……爆豪くんみたいな言動をしたら、ヒーローらしくない?)
でも、爆豪くんはヒーロー科にいますし……将来はヒーローになるという事で、ヒーローらしくないけどヒーローになれるなら、それは許容範囲という事で……
ダメです、わかりません。
『レクに関しては進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。息抜きしたい人も温存したい人もいるしね』
ヒーローらしいヒーロー。……オールマイト? つまり、一撃必殺すればオールマイトでヒーローっぽい。……なら、いたぶって勝利すれば、ヒーローらしくないという事で……?
ふむ。
『それじゃあ、組み合わせ決めのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります!』
ごつい防護服を揺らして、ミッドナイトが器用にくじ箱を掲げてみせる。カァイイ。
『んじゃ、1位チームから順に引いてちょうだい』
うーん、と。ヒーローについて真面目に考えていると「トガ、くじ引きだよ!」と、背を押される。
芦戸ちゃんってば、急かさなくて大丈夫ですよ。引くのは私が最後でしょうし。適当に…………なんで塩崎ちゃん達、こっちに来るんです?
「渡我さん、こちらに」
「引くならお前からだろ!!」
「行きましょう」
んん?
塩崎ちゃんに手を引かれて、鉄哲くんに後頭部を優しく押され、心操くんには気遣う様に背中を支えられている。
え? 何この謎のいやがらせ……いえ、多分善意なんでしょうけど、目立ちたくないから是非とも先に引いて欲しかったというか……3人の考えている事が本気で分からないというか。
(……ぅ。ここで渋っても、注目される時間が増えるだけです)
目を擦りながら、3人に促されるまま最初にくじを引くと、とても満足そうな顔をされる。
(……どうして????)
理解が及ばなすぎて、ミッドナイトや他の子達も似た様な顔をしているから、どうにもずれているのは私だけらしいと、急に白けてくる。
……拗ねた気持ちを隠しつつ、次の2位チームである爆豪くん達に道を譲ろうとして「……!」え、爆豪くんに尋常じゃない顔付きで睨まわっぷ。
「行くぞ!!」
「こちらに」
「……」
しれっと、鉄哲くんの背中に隠されました。
塩崎ちゃんが私を誘導し、心操くんまで間に入ってくる。
(……分かんない)
こういう時は、流されるのが大事って覚えています。ここで疑問を発して白い目で見られるのはヤだから、頑張って考えましょう。
あと、爆豪くんが舌打ちしてますけど、大丈夫です?
いえ、この場で喧嘩しないなら良いですが……もしかして私、爆豪くんに敵視されているのでしょうか?
(……? あ、いえ。縄張り意識強そうですものね、彼)
心当たりに気づけて偉いですが、新たな問題が浮き彫りになりました。
(……困りました。予想するなら、クラスという群れの一番になりたいのでしょうが、私がいる限りそれは不可能ですし)
うーん?
色々と考えすぎて足が重くなっていると、塩崎ちゃんに優しく抱えられ、迎えに来てくれた葉隠ちゃんに「ありがとう! トガちゃん、こっちにおいでー」と、抱っこされる。
そのまま、葉隠ちゃんに背負われる様に運ばれる。
「お疲れ様、トガちゃん」
「…………はい」
葉隠ちゃんは天使です。
彼女の背中に体重を預けながら、考える事を放棄してぽへーっとくじ引きの様子を眺める。そして、気だるさに負けて瞼を閉じる。
『というわけで、組はこうなりました!』
すぅ……
「一瞬も見ないで寝たー!?」
いえ、落ち着いてください葉隠ちゃん。まだ寝てはいません。しかし、組が決まったならもう寝ていい筈です。
この後は、評価を下げる方法を考えながら、皆との世間のずれを少しでも縮める考察をしつつ、爆豪くんとの関係改善とかいっぱい脳を働かせてお昼寝タイムなんです……
「え……? 一回戦から……トガ?」
「三奈ちゃん、とてもやり辛そうね」
「なんやろ……爆豪くんがマシに思えてきた」
「遠慮なくぶつかれるもんね!」
「この組み合わせなら……たとえ被身子さんと戦うとしても、決勝戦ですわね!」
「……分かっていると信じたいけど、渡我は手加減して勝てる相手じゃないよ」
んー?
思った以上に、皆は興味津々なんですね。
(別に、誰と誰が戦おうと、勝敗がどうなろうと、どうでも良くないです……?)
唯一気にしている心操くんに関しても、一回戦で負けないといいなぁ、ぐらいの希望しか持っていません。いえ、勝ち残って欲しいですけど、それは無理だと分かっています。
彼の“個性”がどれだけ強力であろうと、まともに使えるのは楽観して三回戦まで。
心操くんは此処にいる誰よりも飢えていますが、勝ち続けるには何もかもが足りません。
憧れが身を削り、飢えた心と貧弱な身体の彼に、絶対に勝てと応援するのも酷でしょう。……本当に、騎馬戦での件が悔やまれます。
「トガちゃん、せめて試合の順番ぐらいは見ないと、本番に遅刻しちゃうよ!」
「……んー」
葉隠ちゃんに揺さぶられて、確かに遅刻はダメですね……と目を開ける。
(……いえ、遅刻? なるほど……?)
遅刻して失格、は良いかもしれません。
ヒーロー以前に、一般的なマナーとして遅刻はダメだから、これはポイント高いのでは?
改めて、トーナメント表を見つめる。
第一試合で……えっ、いきなり心操くんなんです? そして相手は……緑谷くん。
これは、どっちも応援しづらいです。
飢えて、肉のついていない心操くんと、飢えるも木の根にかじりつき、泥にまみれながら肉をつけていた緑谷くん。……しかし相性を考えると、どっちも良い線いきそうで、なんともいえませんね。
そして、第二試合は轟くんと瀬呂くん。轟くんには、席が近くてよくお世話になっているので、頑張って欲しいです。でも、瀬呂くんも飴をくれるし優しいから、同じぐらい頑張って欲しくて、これも応援しづらいですね。
第三試合は、塩崎ちゃんと上鳴くん。今のところ、放電のみが武器の上鳴くんと、“個性”を広い範囲で使いこなしている塩崎ちゃん。……上鳴くん、頑張ってください!
第四試合が、私と……芦戸ちゃんかぁ。……意外と、戦う順番が早いですね。もっと後が良かったです。とりあえず、遅刻も候補にいれて……すぅ。
「……分かっていたけど、顔色一つ変えないかぁ」
「三奈ちゃん、ヒミコちゃんは強いわ」
「……ん。分かってるよ、梅雨ちゃん。……ちゃんとね!」
わしゃわしゃと、頭を撫でる感触は複雑そうで……なのに、指先まで優しい。
(……私は、芦戸ちゃんが分からないです)
本当に『普通』の人達が羨ましい。
私との試合に、何かを悩んでいるらしい芦戸ちゃんと、それがどういう心理からくるのか当たり前に理解しているクラスメイト達。
その会話が、同調が、ずっと遠い次元の向こうから聞こえてくる様だと、脳がざわめく。
(いいなぁ……)
私も、いつかは
「あ、あの!」
ぴく、と。
声を掛けられて「ふあ?」と目を覚まして顔をむける。
そこには、見知らぬ女の子と男の子がいて……奥にはもっといますね。
寝ていた様だと目を擦ろうとして、毛布でぎゅうぎゅうに包まれている事にびっくりする。それでいて、周りに誰もいな…………なんでチアしてるの皆????
遠目に見える光景に困惑しつつ、どうやら私の周りに誰もいないチャンスを活かしているらしい、こそこそしている見知らぬ子達を見る。
「渡我さん、ですよね!」
確認されたので「そうですよー」と返事をする。
「あの! 俺たち、心操のクラスメイトで……!」
ふむ?
「その、一回戦だけでも、心操の応援をして欲しくて!」
「渡我さん的には、同クラが対戦相手だし……ダメかなとは思ったんだけど、ダメ元で確認ぐらいしときたくて……!」
「あいつ、渡我さんに応援されたら、絶対気合入ると思うんです!」
……うん。つまり、何事です?
廊下の時に見かけた人もいますね?
つまり、彼らの言い分を信じるなら、私は心操くんのクラスメイト達に囲まれて、お願いをされているらしいと、寝ぼけた脳みそに力をいれる。
(……心操くんを応援しろなんて、残酷な子たちですねぇ)
まあ、しろというならしましょう。
とりあえず毛布を解こうとして……固すぎません? 私じゃなかったら、拘束されていると勘違いしますよ? かろうじて出した指先でベルトの鍵を外して、軽く伸びをしながら身支度を整える。
「いいですよ。どこで応援します?」
そのまま、欠伸をしながら彼ら彼女らに向き合う。
「「「え?」」」
と、何故か呆気にとられた顔をされる。
……え? 一回だけでいいから応援して欲しいって、そういうお願いでしたよね?
「い、いいんですか……!?」
「お、俺達と同じ場所で応援って……その」
「普通科ばっか、集まってるんすけど……」
え、最高だと思います。
周りが普通の人とか、落ち着かないけど落ち着きそうです。
「ダメなんです?」
「「「ダメじゃないです!!!!」」」
元気ですね、普通科の人たち。
というか、この人達のお願いを理由なく断ったりしません。もしかしたら今年度、もしくは来年に同じクラスになるかもしれないのに。
スマホを取りだして、ちょっと出かけてくるとお茶子ちゃんに連絡も残したので、これで怒られる事もないでしょう。
「じゃあ、行きましょうか」
見つかると説明が面倒そうだし、速やかに移動したいと態度で示せば、全員でこくこくと頷いて誘導してくれる。
そうして、ぞろぞろと心操くんのクラスメイト達と歩いていると、暫くして外の歓声がかろうじて聞こえる通路で「あの」と、彼らの一人が、気まずそうな顔をして振り返る。
「……我儘に付き合って貰って、すみません」
それに準ずる様に、彼ら彼女らが口を開く。
「えと、心操の奴……渡我さんに、宣戦布告を真剣に受け取って貰えて、めちゃくちゃ張り切ってるんです」
「そ、そうなんです! 格好つけっていうか、見栄っ張りな面もあるけど、良い奴で……普通科の宣戦布告なんて、鼻で笑われるか愛想よく受け流されるのがオチだって言ったのに、意外と情熱的で、絶対に相手にされないって本人も分かってたのに……ちゃんと、認められたから!」
「……いつのまにか、ヒーロー科を諦めてる俺たちの代表みたいな感じで……応援してたら、トーナメントまで残るなんてマジで凄くて! でも、相手は障害物競走の一位だから、やばいんじゃないかって皆で話してて」
「なにか、私達にできる事ないかなって……そんな流れになって……渡我さんが1人で寝てて……」
どうにも落ち着きのない彼ら彼女らを見つめて、疑問を覚える。
熱気がある様な、空回っている様な、期待している様な、そうでもない様な、ちぐはぐなテンションに首を傾げる。というか、本人たちも気づかない内に一種の興奮状態に陥っているのかもしれない。
そうなる理由が、心情が、やはり私には分からない。でも、何かを言わなくちゃ彼らの気がすまない事も分かる。
(……なら)
ずれていても、嘘やとりつくろいは悟られそうで、本心で場をもたせようと、肩をすくめる。
「貴方達は、賢明で幸福です」
「え……?」
足を止めれば、全員が動きを止める。
1人1人の顔を見つめながら、言葉をつづける。
「貴方達はヒーロー科を諦めました。それは、自らの手で幕を降ろしたという事です。……つまり、ちゃんと降ろせたという事です」
「……」
「心操くんは、それができませんでした」
だから、諦められずに苦しんで、足掻いて、本気だからこそ這い上がろうと必死で、今こそチャンスを掴もうと、酷い緊張の下にいるのでしょう。
くじ引きの時、背中に触れる彼の手は震えていました。
(……難儀なものです)
足を止めるという選択すら、自らの意志で定められなくなった、壊れた人間の末路を、私はよく知っている。
「ヒーローなんて、なりたくて
左腕の包帯を見せる様にあげて、小首を傾げる。
「生皮と肉をチリにされる。なんて事故みたいな激痛に耐えないといけない仕事なんて、頭と心がおかしいヒーローに任せていれば良いのです」
ザワリ、と。動揺してざわつく面々に、目を細める。
脅しとして、この分厚い包帯は役に立ったらしいと、手をひらひら動かす。
「私は、貴方達こそが羨ましい」
本当に、心の底から。喉から手がでるほどに 妬ましくて、悔しくて、壊したくなるほどに。
全部ひっくるめて、愛おしさすら感じているほどに。
「……自覚は無いでしょうが、貴方達は不特定多数のヒーローではなく、近しい誰かのヒーローになる事を選んだのです」
適当な言葉を混ぜながら、少しの八つ当たりを本音にして、言葉をつづける。
「だから、諦められる自分を誇りに思ってください」
自分でも、少し何を言っているのか分からなくなってきますが、こういうのは雰囲気でしょう。
「決して、惨めに感じないでください」
つまり、これ以上目の前で、項垂れないでください。
どうしたってそちら側に行けない、私という立場の者にとって、それは度し難い侮辱だと、自覚してください。
「ヒーローになれない。それはきっと、幸せな事の筈なんです」
まるで、諦めた事が悪いみたいな、負けた事がダメみたいな、一番じゃないと無意味みたいな、ヒーローじゃないからヴィランみたいな、そんな『普通』の感覚が分からない。
そんな私には、特に言う事もないけれど、憧れの存在達が目の前でもだもだしている光景は、理想の遠さを自覚させて、複雑な心地になる。
普通とは、少しばかりデリケートにできているものらしい。
だからこそ、鬱陶しくてカァイくて、気をつけないとすぐに死んでしまう、花みたいな存在。
(……こんな感じですかね?)
立ち止まっている彼らを追い越して、前を歩いていく。
改めると、台詞の内容を間違えた気がしますが、良い単語が組み合わさった気はします。
沈黙する面々から憎悪は感じないし、恐らくは大丈夫でしょうと欠伸を洩らす。……眠いんです。今日は考える事が多すぎて大変なんです。
さて、心操くんへの応援の言葉はどうしようと、顎に指を添えながら浮かぶ単語を組み合わせていくと、プレゼント・マイクのテンションの高い放送が通路に響いてくる。
(……そろそろ、第一試合が始まりそうですね)
せめて5分はちゃんと見ようと、眠気を振り払う様に伸びをした。