瞬間、夢を見ていると気づいて目を見開く。
「……は?」
体操服では無い、この世界の私服を纏った私が、狩人の夢でいつもの様に立ち尽くしている。
「おかえりなさい」
「……!?」
キィ、と椅子を軋ませて、
目の前のテーブルには手の込んだデザートが山と積まれ、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「なんで……」
「轟くんと瀬呂くんの試合が原因ですね」
混乱するも、
「……どういう事です?」
気が急くも、努めて落ち着こうと空のカップに紅茶を注ぐ。
私が、一瞬で熟睡する心当たりは1つだけ。焦りが滲むも
(……美味しい)
ふぅ、と一息ついた。
輸血液入りの濃厚な味わいに、目を細める。
「……それで、何があったんです?」
「轟くんがハッスルして、ミッドナイトの防護服が壊れちゃったんです」
「……え」
サクッ、とアップルパイが良い音をたてて、ついでにお皿もキンッと切れてしまう。
「……覗きですか?」
「違いますぅ! 全国放送なので、どこからでも見れるだけですぅ!」
怒った振りをして、新しいお皿を用意してくれる。
「直接だと、視線がうるさいって怒るじゃないですか」
何が面白いのか意味深に笑いながら、一斤食パンをくりぬいていく。
「……よく、食べれますね」
「私が食べないからです。……そういう私は、よく寝ますね」
くりぬいた中身を丁寧に切り分けて、シナモンをかけている。空いた穴にバターやアイスを落として蜂蜜まで垂らしている。
「
「ヤです。そうしたらますます、私は夢に来ないじゃないですか」
当たり前ですと、その台詞はアップルパイと共に飲みこむ。……人形ちゃん、どんどん料理の腕をあげていきますね。でも、お茶子ちゃんのご飯も美味しいんです。
「……それで、ミッドナイトは無事ですか?」
「無傷ですね。防護服の頭がパキッと割れて、溜まっていた香りが解放されただけです」
「……」
そっと頭を抱える。
まさかのとんでも事故ですと、やるせない気持ちをホットりんごと一緒に咀嚼する。
轟くんと瀬呂くんの試合に関しては、どちらも応援したいからこそ迷って、結局はどちらも応援しない事に決めた。
だから、百ちゃんの膝枕でぬくぬく寛いでいたのに……チラと見れば、画面には防護服が壊れて驚いているミッドナイトのカァイイ顔がアップで映されている。
(……久しぶりに、顔を見ました)
やけに焦った顔をしているのがまたカァイイと「だけど、いいんです?」見ていると、
「このままだと、普通科に通うのは無理ですよ?」
「……はい?」
寝耳に水すぎて、思わず腰が浮く。
こういう時の
「トガとしては見ていて面白いですけど……このままだと、心操くんがヒーロー科に通えても、私が普通科に通うのは無理ですね」
「……!?」
確定している様な
何を間違えたのかと、熟考する。
「ま、手っ取り早い方法は、事故に見せかけて芦戸ちゃんをヤる事ですね」
「……」
「死体も損壊する事をおすすめします。後は周りが勝手に気遣って、普通科に通える様になりますよ」
……。
現状を俯瞰できる瞳はともかく、改善案は欠片も参考にならない。
マリトッツォを頬張る
ヤーナムの王にして夢の支配者たる
なので、やろうと思えばifの光景や過去、未来の出来事さえ視れるので、こういう予想は信用できる。つまり、このままだと普通科には通えない。
「ですからぁ、芦戸ちゃんを「却下です!!」……私って、トガ以外の女の子に優しいですよね」
ニィと笑うその顔にスフレを叩きこむと、モニターが塩崎ちゃんと上鳴くんの試合を流し始める。つい、見知った者同士のやり取りを見つめていると、
「塩崎ちゃん、いい子ですよね~」
「はい?」
「私を信仰したら、アデーラちゃんみたいにエッチでカァイくなるんですかね?」
「……」
え?
なに?
突然すぎるアレな内容に、テーブルを飛び越えてフォークで急所を狙う。
「まあまあ、落ち着いて下さい」
「……?」
デザートを器用に遠ざけながら、
「この話題には、ちゃんと意味があるのです」
「……は?」
「つまり、折り入って相談があるのです」
アデーラちゃんは、悪夢でそれなりに気が合うちょっぴりやんちゃな尼僧のお姉さんで、今は『表』にある狩人の家を管理する一人である。
そして、もう一人の管理人である元娼婦のお姉さん、アリアンナちゃんとは色々な意味で血の橋が繋がった鉄臭い関係で、アデーラちゃんに手を出しているという事はアリアンナちゃんに手をだしていない訳がなくて、まさか知らない内にそんな事になっていたなんてと、スプーンで眼球を抉ろうとして止められる。
「誤解で、いえ、誤解じゃないけど、手を出したというか、出されたというか……」
「は?」
「分かりました! この話題は次の夢でちゃんと白黒つけます! 流石に、もう起きないと怒られますよ!」
「……ぐ」
モニターを見れば、焦った顔の芦戸ちゃんが私を背負っている。
「……トガだって、私に怒られるのはヤですけど、この件はちゃんと話し合わないとなーって思っていたのです」
この
探ろうと思えば探れますが、そんな事をすれば百年単位で殺し合う事になるとお互いに承知している。女の子には、自分同士とはいえ守らなくてはいけないプライバシーがあるのです。
「……分かりました。次の夢で説明してください」
「はい!」
元気の良い返事に、イラッとしながら立ち上がる。
モニターには、新しい防護服に着替えたミッドナイトと、私を揺さぶっている芦戸ちゃんがいて、流石に寝過ごしすぎたと目覚めの扉を開ける。
「頑張ってくださいねー!」
そのまま、意識が覚醒すれば「……う?」眩しいばかりの青空が視界を占領する。……プレゼント・マイクの放送と、周りの歓声がうるさいです。それに身体が上下に揺れている。
「起きたー!!」
芦戸ちゃんに、たかいたかいされている。……えと、ご迷惑をおかけしております?
「……おはよぅ、ございましゅ?」
「おはよう! トガのバカ! もう少しで失格になるところだったじゃん!」
激しくぶんぶんされて、少し舌がまわりませんが、すぐに戻るでしょう。
しょぼしょぼする目を擦り「ごめんねぇ」たかいたかいが楽しくなりながら謝ると、芦戸ちゃんが「もう!」って降ろしてくれる。ついでに頭も撫でられる。
『起きたな!? 改めて前代未聞の登場だなあおい!? 対戦相手を背負ってステージに立つピンク娘! ヒーロー科、芦戸三奈!! 対、最下位から一位をもぎ取ったダークホース!! ヒーロー科、渡我被身子!!』
夢では感じない眠気が、全身にまとわりついている。
つい、芦戸ちゃんにくっつこうとしたら「……ごめん!!」数秒の葛藤の末に定位置まで戻されてしまう。
残念です……眠い……ダメです、眠すぎます。
ミッドナイトが近くにいるのも、睡魔に拍車をかけています。
「ちょ!? 起きて、トガ! もう試合始まってるから!」
「…………」
「トガー!!」
芦戸ちゃん、ダメなんです。
この眠さの原因だけは、どうしてか耐性ができないんです。
『……っ』
ミッドナイトも分かっているのか、思い詰めた雰囲気を漂わせながら『トガさん、体調が優れないなら……』「待ってください、トガはいつだって眠そうで、これで大丈夫なんです!」何か言おうとして、芦戸ちゃんに遮られている。
「だよね、トガ!」
「……ぅ?」
ねむい……ねむくて、眠れないのが……ヤです。
視界がぶれて、理性が溶けていく。顔をおさえて、ふらつきながら俯く。
「……っ。い、いくよ!!」
戸惑いながらも、芦戸ちゃんが溶解液を靴に纏わせて、滑る様に飛び込んでくる。
私を気遣う様に、場外に引っ張ろうとする勢いを利用して、掴もうとした手を逆に掴み返し、彼女を宙に放り投げる。
「うえ!?」
そのまま、3mほど飛んで背中から叩きつけられる、訳もなく。芦戸ちゃんは身を捻って不格好な体勢で着地する。
(……やっぱり、芦戸ちゃんは動ける子ですね)
その頭を、気だるく近づきながら手の平で、
「え――……?」
トン、と押す。
「―――がっ!?」
首に負担をかけない様、力加減には気をつける。
芦戸ちゃんは不自然な体勢のまま、上半身が浮いて、それを丁寧に支えながら優しく座らせる。後は指先で瞼を閉じさせ「あ」違う、そうじゃないと気づいて、慌ててふにふにっと頬を引っ張る。
「……っ!? あ……う!?」
数秒後、芦戸ちゃんがハッとした顔で私を見て、ギョッとした顔をする。
「えっ!? ……トガ、何したの!?」
「……芦戸ちゃんを投げ飛ばして、着地を狙って攻撃しました」
「!? う、うん! そっか、それで頭がくらくらしてるんだ!」
驚きながら、慌てて立ちあがる芦戸ちゃんから数歩離れる。
「い、痛くない、けど、なんか。……ちゃんと立てない!?」
「……脳に、衝撃がいく様にしたので」
「え!? それ大丈夫なの!?」
「大丈夫です……じゃあ、やりなおしましょう」
「……!?」
危なかったです。
今ので勝負がついていたら、芦戸ちゃんをいたぶれませんでした。
「……トガ、どういうつもりか聞いてもいい?」
「? 何がです」
「多分、だけどさ。……解説を聞く限り、今ので勝負は決まってたんでしょ?」
解説? ……ああ、うるさいので自然と聞かない様にしてました。
歓声と合わせて、眠い身体には不愉快です。
「……怒らないなら、教えます」
「! じゃあ、怒らないから、教えてっ」
おっと。仕掛けてきました。
今度は先程よりは本気の様ですが、その手には僅かばかりの『酸』も纏われていない。温すぎる攻撃に目を細める。
あくまで、肉弾戦で私を倒そうとする甘さに苦笑して、彼女の攻撃を躱していく。
足払いを躱し、顎下への掌底を躱し、肩への追撃も躱しながら、その度に修正して次への攻撃に活かす芦戸ちゃんをいなして、少し心配になる。
……もしかして、舐められてます?
ぴしっ! と芦戸ちゃんの額にでこピンする。
「あた!?」
「……芦戸ちゃん、何してるんです?」
「え……? あた!? こんの……!?」
「こんなに、分かりやすい弱点があるのに」
「いっつ!? ちょ、でこピン、ばっか……ッ、いったー!?」
芦戸ちゃんの動きは分かったので、そのまま一歩一歩、近づきながらでこピンする。……もう。
「ダメじゃないですか。芦戸ちゃんは、私の怪我がどこにあるか知ってるでしょう?」
「……!?」
「ちゃんと、弱点は狙わないと」
「……あ」
「勝てないよ?」
こつん、と。
でこピンじゃなく、淡く握った拳で額に触れると、芦戸ちゃんはムッとした顔をして、すぐに勢いよく後退する。
「狙えるわけないでしょ!!」
えー?
「リカバリーガールもいるし、大丈夫ですよ?」
何を気にしているのかと、首を傾げる。
芦戸ちゃんに遠慮されると、いためつけるのが難しくなる。
(……芦戸ちゃんは、優しくてカァイくて、温かい子です)
それでも、今だけは芦戸ちゃんに狩人として、私という上位者に挑んでボロボロになって欲しい。人対人ではなく、上位者対狩人なら、上手にいためつけられそうなのだ。
「……絶対に嫌!」
なのに、芦戸ちゃんは頑なである。
……眠くて余裕がないからこそ、困ってしまう。
「アタシは、トガの怪我に触れないで、トガに勝つ!」
「……無理ですよ」
溜息交じりに、芦戸ちゃんを見つめる。
「無理は承知! でも……アタシたちを守って負った怪我を、狙いたくない!」
「……芦戸ちゃんの勘違いです。私は、誰も守れてないです」
実際に、あの場には私がいなくても誰も死ななかった。
相澤先生と13号先生が、余分に怪我するぐらいだったと思う。
「だから、気にしないでください」
「―――」
「私は、ただの愚か者です」
いえ、本当に。
13号先生も、最初から守っていれば良かったんです。左が無事なら、慈悲の刃も本来の使い方ができたし、こんな無駄すぎる怪我をしなくてすみました。
我ながら、愚かが酷すぎると反省しています。なので、心から気にしないで欲しいのですが……うん。
良い踏み込みです。
パァン!! と、会心と褒めても良い、溶解液を纏った滑りと勢いを利用した拳を「ッ!!」受け止める。だけど、芦戸ちゃんはそれを真剣な表情で見つめて、何を思ったのかぐぐぐっと力を込めてくる。
「トガ、歯はちゃんと喰いしばってね!」
はい?
「アタシ、怒ってるから!」
……え?
じわりと、戸惑いが全身に浸透していく。……怒ってるの?
「……芦戸ちゃん?」
「ぐーで殴る!」
「……あの」
「本気だから!」
「……いえ、それは良いのですけど」
全身を利用して拳に力を籠める芦戸ちゃんに、焦る。手の平で受け止めつつ、ここでいなして投げ飛ばすのは違う気がして、困る。
「……何で、怒ってるんですか?」
「トガが、っ……ふざけてるからでしょ!」
「……?」
「分かるまで、皆でいっぱい怒るから……覚悟、してよね!」
「はい?」
皆?
嫌な予感を覚えて恐る恐る観客席を見たら……スンっと表情を消している彼ら彼女らがいて、更なる不吉な予感に頬がひきつる。
「……言い訳を、させてください!」
「聞いて、あげる!」
いつになく、芦戸ちゃんの勢いが強いです。でも、聞いて貰えるならとホッとして、口を開く。
「私は、雄英に通うまで友達ができた事ないのです!」
「―――突然どうした!?」
はい。我ながら恥ずかしい告白ですが、このボッチ宣言を芦戸ちゃんが勝手に深読みして、色々と有耶無耶になるのを期待しています。
狼狽える芦戸ちゃんを見て、更に頭を回転させる。
怒っている内容がさっぱりだからこそ、面倒は避けたいのです。
「お茶子ちゃんが、私の初めてのお友達です」
「……ぅ」
拳の力が緩まりました。
……これはいけると、胸を撫で下ろします。
「言葉を間違えて、誤解させてしまったかもしれません」
「……それは」
「芦戸ちゃんが、何に怒っているのか、今も分からなくてごめんなさい」
「……ん」
むむむって顔をする芦戸ちゃんと、チラっと見たら『いや~』って照れた顔をしているお茶子ちゃん。カァイイなぁと和む。
「そんな、
「―――……え?」
ん?
芦戸ちゃんが、急に空気を変える。
ポカンと目を見開きながら私を見て、それから『……へー? ふーん? そういう事言うんだー?』とばかりの笑みを浮かべる。……芦戸ちゃんなのに、とても怖い顔するじゃないですか。
「トガ、聞きたい事があるんだけど、良い?」
「は、はい」
これは、ダメです。
恐らく何かを間違えました。
とにかく、下手にでなくてはと腰を引かせながら頷く。
「トガのお友達って、麗日だけ?」
「はい!」
ノータイムで返事をしつつ、とにかく素直に答えましょう。
「そっかー……じゃあ、ヤオモモは?」
「優しいクラスメイトです!」
質問の意図は、分かりませんが。
「……梅雨ちゃん」
「カァイイクラスメイトです!」
「……爆豪」
「同級生ですね」
「葉隠」
「いっぱいカァイイクラスメイトです!」
その後も、何度か質問を繰り返していけば、芦戸ちゃんはより一層笑みを深くする。
「……そっか。友達じゃないんだ」
「?」
俯く芦戸ちゃんの声色がとても不穏で、今すぐ逃げた方が良いとピリピリしつつ、上位者の意地で踏みとどまる。
それにしても、友達なんて……葉隠ちゃん達に失礼です。
「……芦戸ちゃん、いくら私だって分かってますよ?」
「……なにを?」
「友達って、休日にお出かけしたり、放課後に寄り道したり、そういうカァイくて楽しい事して、一緒にいて平気な人の事を言うんです!」
「……うん。続けて?」
「? お茶子ちゃん以外と、そんな風に過ごした事ないです。むしろ皆には、迷惑をかけっぱなしです」
「……それで?」
「でも、皆はとっても優しいから、いつかはお友達になれたらいいなぁって、夢をみています。……それで、芦戸ちゃんとも、お友達になりたいって…………」
思っています、けど。
私を見つめる、何かを期待している芦戸ちゃんの表情に、眉を下げる。
どうやら脈無しの様だと、彼女の期待に応えて首を振る。
「ごめんなさい、今のは忘れてください……」
ジュッ。
ん?
手の平が少し傷んで、気づいたら受け止めている拳が酸で覆われている。
ようやく本気になってくれたのかと芦戸ちゃんを見て、ビクっと肩が揺れる。
「トガ」
その顔は、とても笑顔だけど影をさしていて。
そんな笑みを見せる女性の厄介さを、私は良く知っている。
「歯、喰いしばれ♪」
もしかしなくても、芦戸ちゃんはとても怒っている。
……なんで????