焼けただれた指先から、赤が零れていく。
芦戸ちゃんの両手は、私がつけた傷跡から広がり、今や指の第二関節まで溶けだしている。
「…………」
煙を立てる地面が点々と続き、彼女の“個性”が痛みとショック状態で暴走しかけている。
担架を持った救護班の人達に「ごめんねぇ」と一声、こっちの方が速いと『加速』ですり抜けていく。
(芦戸ちゃん、無茶しすぎです……)
正直、ここまでしますか? と頭を抱えたい気分です。
芦戸ちゃんを『弟子』にすると決めたからこそ、師として彼女の暴走っぷりが悩ましい。
「……はぁ」
急いで治療しないと指が無くなってしまう。
青白い顔で、溶解液を全身から放出して纏いだす彼女に、ため息がもれる。
リカバリーガールの出張保健室へノックも無しに飛び込めば、すでに治療の準備を始めていたリカバリーガールは驚き、その危険な容態に顔を強張らせる。
「……これは」
深刻な顔をするも、すぐさま麻酔を投与しようと忙しなく動いてくれる。『酸』で注射針が溶けるかと思いましたが、ちゃんと溶けない仕様になっていて感心する。
「こっちだよ!」
「はい」
ベッドに乗せる前に、芦戸ちゃんの全身に中和剤を大量にかけるも、効果は薄そうです。
彼女の指が目の前で溶けていくのを見つめながら、完全に“個性”が暴走していると嘆息する。あと、抱いている私の両腕もじわじわ痛めつけられているので、許可を得てベッドに横たえます。
ジュウゥッと良い音とダメな臭いが溢れましたが……纏う溶解液が弱めなのは幸いでした。私の腕まで溶け落ちる事は無さそうです。
「……」
芦戸ちゃんを横たえたベッドは、すでに彼女の形に溶けかけている。
おまけに、全身を『酸』の繭で覆われて、溺れる様に意識を失っている彼女は、両手以外の皮膚も危険な領域に陥っている。
(んー)
どうしようかな?
弟子の自壊を憂いつつ、少し思案しながらリカバリーガールを見れば、同じく見上げられていたので目が合う。
「……あんた、この子に何かするつもりかい?」
「?」
ベッドが溶けていく音と臭いを背景に、リカバリーガールが真面目な顔で問うてくる。
「……何か、できるっていうのかい?」
「リカバリーガール?」
意味深な言い方に首を傾げつつ、まあできる事はあるので素直に頷いておく。
「はい」
「そうかい。……なら、好きにおし」
はい?
「……だけど、目を瞑るのは5分が限界だよ」
んー?
どういう意味かと首を傾げている隙に、シャッ! とカーテンを引かれてしまう。ついでにカチャリと保健室のドアに鍵までかけられてしまう。
(……んん? つまり、この場だけの事にしてあげるから、芦戸ちゃんを治しても良いよ、って事ですかね?)
ふむ、と頷く。
いくら雄英とはいえ、これはリカバリーガールに迷惑がかかる意味でダメじゃないかなーと思いつつ(まあ、いっか)すぐに切り替えて、自分の人差し指を噛み切る。
(流石に、芦戸ちゃんの指が無くなるのは困ります)
強くすると約束した以上、人間をやめるかどうかはともかく戦えないのは困ります。
「……。あたしには」
「?」
カーテンの向こうから、リカバリーガールの声がする。
「……この子の生命を救けられても、ヒーロー生命は救けられないよ」
「ふあ?」
そうなんです?
驚いて、だから私に任せてくれたのかと遅れて気づく。
治療したくても、酸で覆われて“個性”を使えないとかでしょうか? ……んー。でも、目を瞑ってくれるなら、私が治したとばれる訳でも無いしいいのか。
早速、酸で覆われた芦戸ちゃんの唇に、血で濡れた指先を触れさせる。
「……あんたなら、この子の全てを救けられるんだろ?」
「? そうですね。……でも、なんで知ってるんですか」
そんな事まで教えたかな? とカーテン越しにリカバリーガールを見れば「その子の……っ」何故か声を荒らげられる。
「……指が、目の前で溶けていく過程を見ていただろう?」
「はい」
「肉と骨が露出しようと、徐々に皮膚が焼けただれていこうと……シーツに染み込んだ残骸が、己にへばりつこうと……平然としてただろう……? だからだよ」
んー……?
それだけでどうして分かるんです?
首を傾げると、その動きがカーテン越しに伝わったのか、怒気を抑え込む様な溜息が聞こえる。
「……。この年になるとね、そういう態度一つで隠し玉があるって勘付けるんだよ」
おお?
リカバリーガールのぷんすかした呆れ声に(そういうものなのか)と、納得する。もう少し慌てたふりをすれば良かったのかと頷きながら、芦戸ちゃんの口内に指先をねじこむ。
(やっぱり、リカバリーガールぐらいの人なら、そういう些細なところからバレちゃうんですね)
感心して、流石はお婆ちゃんだと頬が緩む。
……前に“個性”を使えば、リカバリーガールに『変身』してその“個性”も使える、みたいな事は言いましたが、それ以上の手段がある事をあっさり見破られるとは思わなかった。
唇を緩めながら、芦戸ちゃんの舌を指先で撫でると、ぴくりと反応が返ってくる。
「…………ぅ」
微かに舌が動き「!」指を、ちうっ、と薄く吸われてくすぐったい。
(……んん)
指を、もうちょっと深く差し込みたい衝動を覚えつつ、我慢です。
丁度良いので、もう少し多めに血を流し込んでいく。そうして数秒待てば『酸』が落ち着いて、芦戸ちゃんの指も生えてくる。
「……! 落ち着いたかい」
音と臭いが控えめになったのに気づいて、リカバリーガールが声をかけてくる。
「はい、もう大丈夫です」
「……そうかい」
ホッと嬉しさが滲む声に、あの夜のお婆ちゃんを思い出してどうにもやりにくい。
「……あと、私が治せるのはナイショですよ?」
それを隠す様に、からかい口調で言えば「約束は守るよ」と、ヒーローらしい言葉がかえってくる。
なんだかんだ、私にはきつい面ばかり見せるリカバリーガールの、お人好しな面に自然と笑いそうになる。
……やっぱり、リカバリーガールはおっかないけどカァイイと、お婆ちゃんなのもあって優しくしてあげたくなる。
だから、もう少し口を滑らせる事にする。
「……私の“個性”は『変身』で、だからこそ自分という『設計図』が他の人よりしっかりしている。って前に言ったじゃないですか」
「……」
つまりは、私の上位者としての血は、欠けた腕でも脚でも内臓でも神経でも、当人の『設計図』に沿って、ちぐはぐな回復を可能にしてしまう。
悪夢で使っていた輸血液の、ちょっとした上位互換な代物。そんな説明を、この個性社会で無理がない様に説明してみる。
「……つまり、あんたは……失った手足どころか、内臓や神経……いや、もしかしたら細胞の正常化すら……っ」
あ、驚いてる。
お婆ちゃんをびっくりさせられたと、妙な悪戯心に笑みを浮かべ「もう5分ですね」約束の時間が迫っていると、残念に呟く。
もうちょっとお話したかったのにと、名残惜しくカーテンを開ける。
リカバリーガールは強張った顔をしていて、ゆっくりと芦戸ちゃんに近づいていく。そして、彼女の失う前と変わらない指を見て「…………」長めに沈黙すると、私を見上げる。
「本当は、全部治せるんだね?」
「はい。でも、全部治ったら『普通』じゃないでしょう?」
「……普通、かい?」
「はい。やっぱり、あの状態で爪が溶けないのは変ですし、手の平もボロボロじゃないとおかしいです。だから、上手に加減して治しました」
リカバリーガールだって、一気にそこまで治せないでしょう? そう言外に伝えれば、少し拗ねた様な顔をされる。カァイイ。
「……あんた、まだ隠し玉があるね?」
「ソレ、聞いちゃいます?」
教えようかどうか、どうしようかな~? という態度がダメだったのか、リカバリーガールが青筋を浮かべて、手招きする。
なんだろう? と首を傾げてしゃがみ込むと、途端にギリギリと耳を引っ張られて目を見開く。痛い痛い、かなり本気でねじってます!
「……フンッ! ちゃんと神経は通ってる様だね!」
「うぅ、暴力反対ですよぉ」
痛いけどちょっと楽しい。
くすくす笑って、リカバリーガールから逃げる様に立ち上がり、穏やかな表情で眠っている芦戸ちゃんの髪を撫でる。
「それで、どうなんだい?」
「まあ、隠し玉はありますね」
「…………」
「でも、そっちの隠し玉は私まで回復しちゃう不良品なんです」
「……は?」
そう。手軽に使える筈だった『聖歌の鐘』は、そういうところで融通が利かないのです。
使用すれば、問答無用で自分自身も回復とか、はた迷惑が過ぎます。
「そんなの『普通』じゃないから、私が怪我をしている内は使えません」
「…………」
唖然としているリカバリーガールに笑い、会話をしながら改めて中和剤をかけて、芦戸ちゃんの体操服や下着を鋏で切るのを手伝う。
局部はちゃんと隠しながら芦戸ちゃんの身体を丁寧に拭いていき、病衣を着せた辺りで、堪えていた欠伸がもれる。
「……ふぁ」
生理的に浮いた涙をぬぐい、芦戸ちゃんをもう一つのベッドに横たえて、その隣を借りようとすると、ぐいっと体操服を引っ張られる。
「ふぁい?」
「あんたは…………」
何かを言いかけて、止まったリカバリーガールに首を傾げる。
「なんですかぁ?」
何だろうと、脳に宿る瞳で覗き込めば、小さく飲み込んだ声が唇に振動を送り、そこから読み取れる。曰く『金や名誉じゃ、動きそうにないね』との事。突然どうしたんです?
「あんた……いや、渡我」
「? はい」
「……あんた、あたしの助手になる気は」
「ヤです」
即座にお断りする。
ただでさえ芦戸ちゃんが弟子になって予定が詰まってるのに、新たな師とか絶対にいりません。
「待ちな」
「むう?」
「……あたしの心労が重なって早死にしない為に、何かしらがあった時、協力して欲しいんだよ」
「んー。ならいいですよ」
そういうことならと頷けば、リカバリーガールが苦笑する。
いえ、お婆ちゃんは長生きすべきじゃないですか。何ですそのダメな子を見る目は。
改めて見透かせば、脳の瞳が『……厄介な子だね』と零しているのを拾う。……良く分からないけど、失礼だって事は分かります。
まあ、もう話は終わった様だし今度こそと芦戸ちゃんの隣に横たわり、目を閉じる。……そうしたら、途端にリカバリーガールに診察される。
「……ちょっと?」
「いいから、寝てな。眠いのは体質だけじゃなくて、ミッドナイトの“個性”だろ?」
「……そう、です」
何とか返事をして、身を任したまま目を閉じる。
そういえば、私も怪我人でしたね。
「……後は、よろしくです」
このまま眠れば、一瞬で熟睡するだろうけど……今回に至っては都合が良い。
まだ、
フッ、と。
堕ちる様に一瞬で、夢の中で目を覚ます。
慣れ親しんだ感覚に、閉じていた瞳を開けば「……?」珍しくテーブルには何も載っていなかった。
いつ来ても何かを食べている
「…………」
一瞬でこみ上げる殺意は抑えない。
パーティの飾りつけを楽しそうにしている無防備な背中を、獣狩りの短銃でパァン! と撃ち抜いてみるが、聞き慣れた音と火薬の匂いを残したまま「?」きょとんとした顔で振り向かれる。
「あ、お帰りなさーい!」
「……」
知っていたけど、無傷かつ無痛。次があったら火炎放射器で炙ろうと決意する。
「あれぇ、芦戸ちゃんは連れて来てないんですか?」
「……」
「血を飲ませたのに?」
「……」
きょとんとしつつ、ご機嫌に笑う
前回の話し合いの続きに来たというのに、喧嘩腰では話が進みません。
自重を心得ていたのに、目の前に広がる予想外の奇行に我を忘れて撃ってしまいましたが、
色々な突っ込みを放棄して、改めて
「それで、相談があると言ってましたよね? さっさと話して、ついでに隠している事も全部吐いてください!」
「ええー!?」
不満そうな声をあげられた。殴りたい。
「そんな事より、今は芦戸ちゃんの話題が一番ホットじゃないですか!? そっちの話をしましょうよー!!」
そんな事呼ばわりされた。殺したい。
アデーラちゃんと恐らくアリアンナちゃんの件は、私としても絶対にはっきりさせておきたい事案なだけに、ガラシャの拳を取り出すも
「そっちのトガはせっかちさんですねぇ」
「……」
誰のせいだと言いたい。
つまり、トガヒミコのせいであり自業自得な殺意に眩暈がする。
「言っときますけど、トガだって白黒はっきりつける為にいっぱい言い訳を考えてたんですよ? なのに、まさかの芦戸ちゃん弟子入りですよ!? そっちの方がずーっと優先度高いじゃないですかー!!」
「…………」
「だって『弟子』ですよ? トガは、芦戸ちゃんを強くするって約束したんですよね? 血を飲ませて怪我も治したんですよね? つまり、そういう事ですよね?」
「…………」
邪気のない笑顔を向けられて、目を逸らしてしまう。
「ねえ、約束は守らなくちゃなんですよ?」
「……知ってます」
「もしも、芦戸ちゃんが誰かに殺されちゃったら、私達のせいですね」
弱くて死なせたというなら、そうなるでしょう? という瞳に、苦い感情を抱く。
大げさな動作で促され、奥歯を噛みしめながら渋々と頷く。
そんな私を、
「だから、芦戸ちゃんを強くしないといけません。でも、現実で芦戸ちゃんを強くするのは無理です。トガはねむねむちゃんですから」
……そっちの
「ヤです。どうして夢の中で、更に眠らないといけないんです? 下手したらうたた寝で年単位使うから、町の治安や維持が大変になります」
……“悪”のトガに、心を読まれた上に正論で論破された。ぶっ飛ばしたい。
「つまりー♪ 芦戸ちゃんを夢に招待するのは確定なのです!」
はしゃぐ
「夢の逢瀬で、カァイイ芦戸ちゃんを死なせない様に、強くしてあげてくださいね♪」
黙ってください。まだ、他の方法があるかもしれません。
現実で、なんとか芦戸ちゃんを鍛えられたら、こんなところにわざわざ招く必要も無いんです。
「あ、訓練場が必要ですよね? 望まれると思って、
は?
テンション高く踊る
いえ……待ってください。私は、その先の流れが悪い意味で予想できてしまい、血の気が引いていく。
「狩人の夢と同じ深度で造っておきました。トガと芦戸ちゃんしか出入りできないから、エッチな事してもいいですよ?」
よし、殺りましょう。
「とりあえず広大に造っときました。それに和風が恋しくなったので、竹やぶに囲まれた武家屋敷をイメージした一品です」
…………ああ。
なんでトガヒミコは、上位者になる過程で、自分自身を分裂させる事を思いついて、実際に行動に移してしまったのでしょう? 殺したいのに殺せないし、死にたいのに死ねないんです。
「そして、サプラーイズですよ♪」
んっふっふとご機嫌な
全力で嫌な予感がして、咄嗟に抜いた慈悲の刃を二つに分ける。
「踏み切れないトガの為に、つい
――――んっ、ぐんんぅっっっ!!!!
予想通りのおぞましい暴挙に、全力で
「何してくれてんですかあああ!!!!」
ええ、ええ!! やると思ってましたよだって
無駄に反則行為ができる超常の存在に成ったせいで、そういういらん事を善意100%でやらかすと知っていましたとも!! 何でこう、トガヒミコってトガヒミコなんでしょうねえ!? そのままボコスカとタコ殴りにする。
「ああああもう!!?? 芦戸ちゃんの所に行きますから道を繋げバカぁ!!!!」
「自画自賛です? いたいいたい、もー、短気ですねー。目覚めの扉の隣に造ったから、これからは修行の度に私とご対面ですね♪」
切実に殺したい……!!
トガヒミコって、なんでこう純粋な好意で人の嫌がる事をやってくれるんですかね!? 悪意も悪気も一切ないから己を省みる事も無いしで最悪なんですよ死んで!!
グチュリ、と。
最後に、名残惜しく慈悲の刃で内臓を抉って、血だらけでキャラキャラ笑う
「いってらっしゃい、芦戸ちゃんによろしくね~」
手を振って見送る
ザアァと、涼やかな音を聞いた。
「……っ」
一瞬で変わった景色を気にもせず、すぐさま左右を確認して、見つける。
「え……渡我……?」
日差しが眩しくて、それでも目を見開く。
そこには、病衣を纏った芦戸ちゃんがいる。
空は青く、明るい太陽が眩しい。
遠目に、どこまでも続いていそうな竹藪が見えて、涼しさを含んだ風を感じると同時に笹が揺れる。一つ一つの微かな音が、数を増して大きな波となって耳朶をうつ。
「……なんだろ、これ?」
芦戸ちゃんは、戸惑いながら
(……ああ)
ここは夢の世界。
私と
だから。
「……変な夢」
ぽつりと、真新しいケロイド状になったドロドロ一歩手前の手で、芦戸ちゃんは頬を抓っている。
ピンクの髪でもピンクの肌でも無い、角も無ければ黒目ですらない。瞳の色だけは変わらず。
「でも、渡我に会えたのは嬉しい!」
『普通』の容姿をした芦戸ちゃんが、弾ける様な笑顔を私に向けた。