……女の子って、ずるいですね。
1秒前の笑顔に、考えていた色々な台詞がふっ飛びました。
「トガ?」
はじめましての気持ちと、さっきぶりという気持ちがせめぎ合っている。
「……」
いつもと違う雰囲気の芦戸ちゃんが浮かべる、変わらない笑顔。
それは、想像外の破壊力があって、未知の衝撃に舌が固まってしまう。うっかり、状況を忘れて立ち尽くしてしまった。
「……」
「なになに、変な顔してるよ?」
楽しそうに、いつもの様にぎゅーっと抱きしめられて、何かに負けた気分で芦戸ちゃんから顔を逸らす。
「あ、照れてる」
「……」
珍しそうに顔を覗かれて、頬をつつかれる。
気安くも優しい感触に抵抗しきれない。独特になった指の感触もむずがゆくて、唇を掠めればくすぐったくてしょうがない。
「……くすぐったいですよ」
私も女の子ですけど、芦戸ちゃんのずるさは不意打ちが過ぎます。
「うん。アタシの夢なのに、トガは変わらないね」
じと目を向けるも、嬉しそうな声色に困ってしまう。
髪色や肌艶が変わるだけで、こうも印象が変わるとは思いませんでした。それに、この状況で無警戒な笑顔なんて二重に不意打ちで、妙にどぎまぎして、やっぱりずるいです。
「トガが、こんな風に照れるの初めて見た」
「……」
「夢なの、勿体ないなぁ……」
「……?」
寂しそうな声色に顔をあげると、ざらついた手の平で、頬を撫でられる。
「どうしたんです?」
「……現実のトガも、アタシの手を受け入れてくれるかな?」
はい?
「……気持ち悪いって、むずがらないかな?」
そして、呆れるぐらい平和な事を気落ちしながら聞いてくる。
……いや、むずがるって何ですか? そこは嫌がるとか不快に思うとか、もっと最適な例えがあるでしょう?
「……バカですね」
「えー?」
色々な感情を溜息にして、触れる手の平にスリスリと頬ずりすれば「……うえっ!?」赤い顔で固まってしまう。
その表情を上目に観察して、中身はいつも通りの芦戸ちゃんで安心する。
(……急いで来たのが幸いしました)
彼女は、こんな場所で笑えている。
それは、無知による盲目のおかげであり、これからも開かせる気のない閉じた瞳のせいである。
(……芦戸ちゃんは、とても危うい場所にいるんです)
だから、彼女の笑顔に動揺した。
ただでさえ、どこまで行っても、どれだけ探しても、どうしてと迷おうと、出口の無い1人きりの空間なんて……普通の人間には耐えられない。
夢見る心は無防備すぎて、肉体を介さないからこそ脆い。
(……ただの夢だと思っているのも、都合が良いですね)
芦戸ちゃんの状況如何によっては、今日が説明で潰れる覚悟もしていましたが、これなら説明を先送りしても良さそうです。
芦戸ちゃんの顔をジッと見つめながら、その手に頭を預ける。
「……っ、アタシの夢とはいえ、そういうのはずるいって」
わぷっ、突然顔を挟まれました。「これだから、トガは……」と、謎な独り言を漏らしながら、芦戸ちゃんはほんのり赤みがつよい茶髪を振り、ほどよく日に焼けた健康的な肌色をそうと知らず桜色に染めている。変わらない金の瞳が、優しく私を見つめている。
「……」
グッときてしまう。
お願いだから、突然カァイイ顔するのやめてください。現実ならともかく、此処だと困ります。
調子が狂うのです。夢だと眠気が無い分、うっかり抱きしめたくなるから誤魔化せません。
つい、
「トガ?」
今の芦戸ちゃんは、“個性”の無い普段と違う姿だからこそ……色々と心臓に悪い。
「……芦戸ちゃんは、カァイイね」
「えっ……!?」
恨めし気に囁けば、驚きながらポッと赤くなる。
(……カァイイくせに、無防備なのは困ります)
元の肌色だと、赤くなっても分からないから、自他ともに自覚症状が無かったのでしょう。芦戸ちゃんは感情が顔色に出やすいらしい。
(ちょっと、面白いですね)
言葉通りに、彼女は顔色を誤魔化すのが下手らしい。
なるほど、自覚症状が無いから直せなかったんですね。天真爛漫に隠された意外な一面に、状況を忘れて遊び心を覚えてしまう。
まあ、そこで遊んでいる時間は無いのですけど。
「そろそろ目覚めないと、次の試合が始まっちゃうかもしれません」
「え?」
雄英体育祭の唯一の目的、普通科への道はいまだ道半ばです。
少しでも道を開く為に、印象を悪くするためのアピールは更に必要でしょう。
「だから芦戸ちゃん、もう起きますよ」
「え……? う、うん」
「あと、起きたら手を握ってあげます」
「……!」
目を見開いて耳まで赤くなるのを見届けて、目を閉じる。
この、別宅というより訓練場の様な、ふざけた目的で造られた夢の出口は……私なのでしょう。
だから、彼女の手を引いたまま、徐に目覚めようとすれば、フッと、夢は唐突に終わる。
そして目覚めれば、ズシリ……と身体にまとわりつく泥の様に不快な眠気。
(……現実が、辛いです)
なぜ、私は起きなくてはいけないのでしょう……?
泣きそうな気持ちで絶望感を覚えるも、
んぐぐぐぐぐっと頑張って起き上がり、目を閉じたままぺたぺた隣の芦戸ちゃんを触って、ぷにぷにして、揉んで、違うなと探って、辿って、手を見つけて握る。……なんか分厚い?
「んぅ……?」
しょぼしょぼと頑張って目を開けると、何故か固まっている芦戸ちゃんと目があう。
夢の彼女を見た後なので、ピンク色でも微かに赤面しているのに気づき、握っている片手を見れば包帯でがっつり保護されている。
「……あぅ?」
怪我は治ってる筈なのにと鼻を近づければ、すっかり覚えてしまった人が溶ける臭いがする。……寝ている間に“個性”がちょっと漏れたみたいですね。
「……芦戸ちゃん」
「な、なに!?」
「この手で、トイレは大丈夫ですか?」
とりあえずの疑問を覚えながら、包帯の手に頬ずりしてみる。……ごわごわですね。
「え、ええと、大丈夫じゃない?」
「そうですか。……ダメそうだったら、お手伝いしますね」
「なにを!?」
弟子のお世話はちゃんとしなくてはいけません。
ペットより手はかからないでしょう。
口をパクパク、全身で動揺している芦戸ちゃんの怪我の具合は……うん。血の匂いはしますが、指の神経はちゃんと通ってますね。包帯越しにぴくぴく動いているのが分かります。
よしよしと頷いて、芦戸ちゃんの手を握ったまま周りを見れば、ベッド脇に真新しい体操服が置いてあります。これは助かると、いつの間にか着させられていた病衣を脱ぐ。
「ちょっ!? なんで脱ぐの!?」
「? ほら、芦戸ちゃんも脱いでください」
「へあ!?」
逃げ腰になっている芦戸ちゃんを引き寄せ、病衣を肌蹴させながら「あ、あああの……?」眼前に体操服を差し出せば「え!? ……えっ……ぅあー……」と、何故かへなへな崩れ落ちる。
(……情緒不安定ですけど、大丈夫です?)
元気すぎるし、血を与えすぎたのかもしれません。
「心臓に悪い……」
項垂れたまま、こちらに背を向けてぶつぶつ言っている芦戸ちゃんに首を傾げる。
「……ふあ」
それより、芦戸ちゃんは戦闘経験が少ないので、今日の試合を一つでも多く見る必要があります。
(……とにかく、まずは死なせない為に鍛えないといけません)
もそもそしながら「あ」そういう事は、分かりやすくちゃんと念入りに口に出さないと、愚かな弟子には伝わらない事を思い出す。
「芦戸ちゃんは弱いので、一試合でも多くを見て、己の糧にしてください」
そう口にすれば、芦戸ちゃんは「……うん!!」振り向いて元気よく返事をする。何故か「……っ!!」すぐに顔ごと逸らされましたが。
やはり、師弟のコミュニケーションは大事ですね。
芦戸ちゃんは手のせいで着替えにくそうですが「えっ、下着は……!?」手間取りつつ急いで着替えてくれる。それを見守って、私も脱ぎ捨てていた病衣を畳んで、欠伸をしながら着替える。
「芦戸ちゃん、行きますよ」
「……ぅ、うん」
何故か、心許無さそうにぎくしゃくしている芦戸ちゃんの手をとって、歩いていく。
カーテンを引けば、リカバリーガールがお茶を飲みながら片耳にイヤホンをして、モニターで試合を見ています。気づいた芦戸ちゃんが「うおえ!?」と変な声をあげてます。
改めて「お世話になりましたー」と、頭を下げて出張保健室を出て行こうとして、
「……ちょいとお待ち」
「はい?」
その直前に呼ばれたので振り返る。
「あんた、左は極力動かすんじゃないよ」
「? あ、はーい」
あえて指摘されて、ようやく違和感に気づく。
自分の左腕がギプスで保護されている。……着替える時に邪魔だと思いつつ、最近までずっとこんなんだったので忘れてました。
「トガの怪我、悪くなったんですか!?」
「……安心おし。ちょっと傷が開いただけだよ」
リカバリーガールは優しく微笑むも、一応は被害者である私は気づく。
運んでいる際に、両腕どころか滴る『酸』で、お腹や太股も焼けただれたんでした。特に左腕が痛かったから『酸』で悪化していたらしい。
まあ、左腕以外は治療済みの様ですし、これなら芦戸ちゃんを騙せますね。
「芦戸ちゃんのせいじゃないですよ。攻撃は当たらなかったですし、ちょっと寝ぼけてぶつけただけです」
「ぅ。ぐ……っ」
心配そうな顔で、だけどちょっと悔しそうな顔がカァイイ。
でも、芦戸ちゃんと手を繋いでいると口元を自然に隠せないと気づいて、顔を逸らす。
「……トガ」
「はい?」
「……ん、なんでもない」
私の顔をチラチラ見てから、言葉を飲み込んで笑う芦戸ちゃんに「そうですか」と頷いて、改めて保健室を出ていく。
そして、とにかく急ごうと駆け足で走っていけば、通路を抜けた途端に試合中のステージが見えた。
「……!」
ワアワアと賑やかすぎる歓声が耳に痛い。
芦戸ちゃんの手を引きながら眩しさに目を細めて見下ろせば、百ちゃんと常闇くんが試合をしている。
(百ちゃんの試合でしたか)
少し興味を惹かれて、寝ようとしていた姿勢のまま見つめる。
2人の戦いは、合間合間でピカピカしていて、色々な意味で目に痛い派手な戦いです。……とりあえず、通路脇の壁に背を預けたまま、試合の様子を芦戸ちゃんと一緒に観察する。
「席に戻らないの?」
「……。面倒そうだからヤです」
「! あー」
芦戸ちゃんに声をかけられるも、試合中に見た皆のスンっとした表情が忘れられない。
げんなりしていると、芦戸ちゃんがぴとっとくっついてくる。
「あれに関してはトガが悪い!」
……知らないですよ、そんなの。
「……いいから、芦戸ちゃんは試合を見てください」
「はーい」
……本当に分かってるんですかね?
芦戸ちゃんの視線は、ステージと私の横顔をいったりきたりしている。……集中させる様に、そんな彼女の顔をステージに向けさせながら、改めて今後の事を口にする。
「……芦戸ちゃんは、私が強くします」
「! うん」
「……だから、また今夜、夢で逢いましょう」
「え……? と、トガ、それって」
芦戸ちゃんが、戸惑った声をあげた瞬間、百ちゃんが生み出した長棒が、常闇くんの個性をすり抜けてその胴体に直撃する。
(……へえ)
解説を聞くに、これが初撃だったらしく激しく盛り上がっている。
しかし、二撃目は防がれ、常闇くんの“個性”に弾き飛ばされるも、すかさず閃光弾を生み出し追撃をかわしている。……あの素早い閃光弾の『創造』は、かなり予習した様ですね。サングラスも似合ってます。
一進一退、という感じですね。
お互いに同格で、決め手が無いからこそジリジリせめぎ合っている。
そして、先程と同じ流れで百ちゃんは『黒影』の防御の隙をかいくぐり、再度生み出した長棒が常闇くんの腕を掠めた途端、カクンっと彼の足が崩れる。
「えっ!? なになに、何が起こったの!?」
驚いている芦戸ちゃんは、やはり目が養われていません。
百ちゃんの持つ長棒の先端。そこには小さな針がキラリと光っている。……何かしらの薬が塗られたソレは、掠めただけで体の自由を奪うものらしい。
(ちょっと意外ですが、百ちゃんもやりますね)
ふあっと欠伸をしながら評価する。試合中に薬を使う、という発想ができる子だとは思わなかった。
そういう意味では、目を見開いて驚愕している常闇くんと同じ気持ちです。睡眠薬だったのか、四つん這いになりながら意識を飛ばしそうになっている、しかし意識が堕ちる寸前に、自分の口で降参を宣言しているのが見えた。
『……常闇くん降参! 八百万さん、二回戦進出!!』
ホッとした様子の百ちゃんが、勝利を噛みしめる様に眉間に皺を寄せる。それから、何かを探す様に観客席を見回して(……ん?)ピタっと私と目が合い、動きが止まる。
「……?」
とりあえず、芦戸ちゃんの手を握ったまま手を振ってみれば「!!」百ちゃんが凄い勢いで反応する。焦った顔でぺこぺこと今にも寝落ちしそうな常闇くんとミッドナイトに頭を下げて走り出す。
? いいスタートダッシュですね。
「あーあ……」
「え」
「トガ、逃げちゃダメだよ」
「ええ?」
楽しそうに芦戸ちゃんが笑い、どういう事かと問い返すも答えて貰えない。
(……えー)
手を握っているので逃げられず、ヤな予感を覚えてどうしたものかと迷っていると、ダダダダっと通路から走ってくる音がして、あ「被身子さん!!」身体が浮いた。
「あぉ……?」
変な声がでて、そのままぎゅーっと抱っこされて背中をぐりぐりされる。……え? またぬいぐるみ扱い? 何となく小さくなりながら、視線を集めつつ揺さぶられる。
「ちょっ!? ヤオママ、下手に揺らすとトガが寝ちゃうってば!」
「ですが!! ……っ、芦戸さん、両手が」
「あ……うん。ちょっと無理しすぎちゃって」
えへへ、という虚しい空笑いが聞こえて、いつの間にか閉じていた瞼を開ける。
改めなくても、両手が分厚い包帯で覆われて痛々しい芦戸ちゃんの姿に、百ちゃんは冷静になり「そう、ですね……」静かに、気まずくも優しい笑みを浮かべる。そして私を降ろさず(あれ?)そっと抱きなおして、クラスメイト達が集まる席に歩いていく。……え、やめて?
「ヤオモモ、二回戦進出おめでとう!」
「……ありがとうございます、芦戸さん」
パタパタと、ちょっと四肢を動かして抵抗するも、余計に拘束が強くなるだけでした。
というか、気づいたらお姫様抱っこで連行されるのは羞恥を覚えます。でも、この揺れ心地とふわふわした胸の柔らかさと甘い香りのあらがえない誘惑は……頭が重くなる。
「あ、寝た」
「あら、今日も早いですね」
もう首を維持するのも難しくて、こてんと体重を預ければよしよしされる。……いえ、まだ起きています。……今寝ると、熟睡しちゃうから我慢なんです。
「相変わらず、寝つきが良いんだから」
「可愛らしい寝顔ですわ」
「……ん」
「……」
「……ねえ、ヤオモモ」
「……分かっています」
私に触れる指の力がいつもより強いと感じながら、微睡みを楽しむ。
「トガ、凄く強かった」
「……はい」
静かなソレに、歓声の騒がしさが遠ざかり、つい耳を澄ましてしまう。
突然、そんな当たり前の事を口にするのが不思議だった。
「……でも、さ。それは置いといても」
「……はい」
ん? 声色の微妙な変化に気づいて、肌が粟立つ感覚を覚える。
「……試合中のアレは、ちょーっと酷くない?」
「……同感ですわ」
じんわりと、2人から滲む感情にびっくりした。
何故か、じっくりことこと煮込む様な怒りの気配に、目を閉じたまま動揺する。な、なんなんです?
「……絶っ対に、このままじゃ終わらせない」
「……ええ、目に物をお見せするつもりです。麗日さんも交えてしっかりと話し合いましょう」
え、怖い。
謎の会話に(き、聞こえていますよ?)と言いたくて言えない。
これは、誰かを追いこもうとしている?
放課後に決行とか、休日の予定とか、作戦の前準備がどうとか、暗殺でもする気ですか? そういう際どい会話は、さっきまで起きていた狸寝入りしている私の傍でしないでください。
(……本当に、変な子達ですね)
誰に恨みがあるのかは知りませんが、闇討ちは計画的にする様に、今夜芦戸ちゃんに教えてあげましょう。そんな事を考えていると、ふわりと見知った気配が近づいてくる。
「トガちゃん!」
葉隠ちゃんに呼ばれて、指先がぴくりと反応する。
そして、彼女の声で此方に気づいたクラスメイト達の視線に(ん?)何故か身がすくむのを感じつつ、そこに、お茶子ちゃんの気配が無い事を寂しく感じる。
「……」
ぽやーっと、なんとか目を開けて葉隠ちゃんを見つめれば、彼女は複雑そうにぷくぅと頬をふくらませて……ふあ?
頬に、ちゅっ、とキスされた。
…………―――――なんで!!??