「2人とも、お見舞いに行ったら面会謝絶って言われて、本当に心配したんだよ!!」
ん、んんぅ……?
ほっぺを押さえながら、大げさな身振り手振りで私と芦戸ちゃんを心配してくれる葉隠ちゃんに混乱する。
え? 数秒前、私にした事に一切触れず、百ちゃん達とあっさり談笑しだす姿を信じられない気持ちで凝視する。
(……えっ、さっきのは幻覚ですか?)
固まったまま、震える指先で頬に触れる。
余韻がいまだ残っている気がして、驚愕が収まったかと思えば、意識しすぎて息が止まる。
葉隠ちゃんは、百ちゃんに「二回戦進出おめでとー!」って、何事も無かった顔で祝福して、皆も気づいてなくて、芦戸ちゃんは切島くんに激励の言葉をかけて見送って……あれ?
でも、確かにほっぺに、ふわっと葉隠ちゃんの唇が、触れ…………んんんんっ。
「……っ!!」
ダメです顔が熱くて怖い顔します。
どん引き必至のにやけ顔を隠さなくてはと、百ちゃんの腕の中でぐるっと体勢をかえて「被身子さん?」ぎゅーっとしがみついて「はうっ!?」胸に顔を埋めながら足はパタパタしちゃいますが、今はとてもじゃないけど落ち着けません!
うぅううううっ、それでも私は、我慢できるトガヒミコなんです!! チウチウしたいとか思っちゃダメなんです!!
「――――すみません、私達は席を外します!!」
「ちょっと待ったあ!!」
「トガの様子もだけど、ヤオママが危ない顔してる!!」
「八百万さん! 今すぐ渡我さんを引き渡して手を上げるんだ! 決して悪い様にはしない!」
「いけないわ、アレは弁護士に養子縁組の相談をしていた時の顔よ」
くぅ、こういう時に限って眠気が遠ざかるのは何故でしょう!?
私が、トガヒミコのなけなしの良識と理性と常識と自分を客観視できる瞳で成り立っている上位者だから良かったものを、元の渡我被身子や
(……カァイくて、気になる女の子からのキスとか、色々意識するに決まってるじゃないですかー!!)
苛めですか!?
今日は本当に、私の普通を前後左右から壊そうとするイベントばかりで最悪です!!
百ちゃんの胸元をぐりぐりぐりぐりしながら、なんとか興奮を発散させようと努力する。
(もう、人間って面倒臭いです……!!)
改めなくても厄日かもしれません。
こんなに感情が動くと、精神的な疲労がたまりすぎて意識が飛びそうです。
芦戸ちゃんに引っ張られ、尾白くんの尻尾であやされ、梅雨ちゃんが百ちゃんを言い含めている隙に、耳郎ちゃんに引き渡される。そこでギリギリ我にかえり、泣きそうな気持ちで顔をあげれば葉隠ちゃんと目があう。
「……あ! えっと、トガちゃん?」
「……葉隠ちゃんのえっち」
恨めしく口にすれば「へっ!?」と葉隠ちゃんは赤くなり、周りがザワッ!? とする。
「は、葉隠さん、どういう事ですの!?」
「……ま、って!! 勇気を振り絞って頑張った結果、人生設計が狂いかけてるから、ちょっと待って!!」
「本当に何があったんだ!?」
「えっ、トガに何かしたの!? あ、だからぐずってたのか……」
顔を両手で隠していると、指の隙間から葉隠ちゃんが困っているのが見えるも、自業自得ですとカチカチ鳴る歯をおさえる。
「……渡我、暫くこっちに避難しときな」
「……それが良いわ」
そして、梅雨ちゃんと耳郎ちゃんの間に座らされる。それで、なんとか一息つこうとしたらぐわぁっと峰田くんが身を乗り出してくる。
「なあ!? 何されたんだよ!? えっちな事ってどう――――!?」
「お! そろそろ次の試合が始まるぞー」
スパァンと、梅雨ちゃんの舌が峰田くんを弾き、瀬呂くんが私に飴玉をくれながら峰田くんを遠ざけ、ステージを指差す。
あ、そうでした。
衝撃がありすぎて、今が雄英体育祭中だった事を忘れかけていました。皆もハッとした様子で盛り上がっていた会話を「後でね!」と中断して、試合に集中しようとする。……相澤先生の教育の賜物を感じつつ、流石のヒーロー科です。
1人だけ、ひたすらイライラしている爆豪くんが癒しにも見えてきました。
(……なんかもう、疲れました)
予想外の事がありすぎです。
まさかの怪我は増えるし、弟子までできるしで、今日を終わらせたい気分です。
「……はぁ」
でも、普通科と芦戸ちゃんの教育の為に、もうちょっと頑張りましょう。
……そういえば、飯田くんと発目さんの試合は見逃しちゃったんですね。
耳郎ちゃんの肩に頭を預けながら、少し勿体なかったと欠伸していると、梅雨ちゃんが飴の包装を破いて「あーん」と私の口に転がしてくれる。……おいしい。
「ん」
梅雨ちゃんの指をペロッとして、飴玉を味わいながら目を閉じる。……気持ちが籠った贈り物に旨味を感じるおかげで、ただの飴玉が夢心地の甘味です。
「……やっぱり、教育は必要だと思うの」
「……そうだね。ウチも、葉隠みたいに人生設計が狂うのは困るし」
何やら難しい話をしだす2人の間で、コロコロと飴玉を転がしながら見つめれば、プレゼント・マイクが叫び、試合が始まる。
途端、駆け出した2人の拳が、火花を撒き散らしてぶつかり合う。
「トガ、どっちが勝つと思う?」
瀬呂くんの声に「んぅ」と、少し考えて「鉄哲くんだと思います」と返事をする。それに、周りと、ついでに聞いていたのかB組の数名が反応する。
「そうなの!? 切島ってば負けちゃうの!?」
と、ずいっと耳郎ちゃんに乗り上げる様に聞いて来る芦戸ちゃんに、この子は、と目を細める。
「芦戸ちゃん」
「! はい」
「サービスですよ? 自分で考える事をやめてはいけません。……あの2人の実力は同程度であり、“個性”による有利不利もありません」
「はい。……でも、その場合は互角じゃないの? トガは、切島の方が負けると思うんだよね?」
「はい。鉄哲くんは、騎馬戦で体力を温存させましたから」
「あ」
目と口を丸くする芦戸ちゃんに、肩をすくめる。
「なので、鉄哲くんは騎馬戦で我慢させた分の鬱憤を、ここで気持ち良く発散する筈です」
「……」
いまだ興奮状態のワンちゃんである、体力が有り余っている鉄哲くんと、騎馬戦で楽しく遊び回ってお疲れになった切島くん。
軽く足を組んで、師匠として芦戸ちゃんの疑問にちゃんと答えてあげる。
弟子にすると決めた以上、遊びじゃないんです。
教育に手を抜いて、下手に知識と力をつけた状態で離れられて、勝手な行動をして教えを無視した挙句の大参事……なんて、筆舌に尽くしがたい程に困りますからね。
「…………」
芦戸ちゃんの心身を、私に都合よく鍛える為なら、たとえ夢だろうと
大嫌いな相手と笑顔で握手する事になろうとも、芦戸ちゃんを育てる環境がおまけでついてくるなら……問題はありますけど受け入れます。
「……芦戸ちゃん」
「はい!」
「この試合を、目に焼き付けて学んでください。自分が同じ状況に陥った際、無様な骸を晒す事を許しません。対策も考えるんですよ」
「はい!」
元気よく返事して、気合十分、とばかりにステージに集中する芦戸ちゃんを横目に「……ふあ」我慢していた欠伸を漏らす。
ステージで戦う切島くんと鉄哲くんは、雑に拳をぶつけあっている。……こうして見ると、ヒーロー科の基準値が分かって、参考になりますね。
「……渡我は、この試合を見てどう思う?」
「ふあい? 頑張ってるなーって思います」
「……そうじゃなくて」
耳郎ちゃんが変な顔をして、芦戸ちゃんに肘を当てながら目配せする。気づいた芦戸ちゃんが少し困った顔をして、チラチラと2人の戦いを見ながら「あ、あのさ」と、私に質問する。
「トガは、この試合ってどう思う?」
「なんです、芦戸ちゃんまで。……稚拙で杜撰、頭を使っていないから無駄に長引いていますね。一撃も軽いし、長引きそうな分、疲れそうだから頑張ってるなーって思います」
「……うわぁ」
「?」
芦戸ちゃんが項垂れ、耳郎ちゃんが「ウチと違う……」と唇を尖らせ、梅雨ちゃんが「……シビアだわ」と、呟く。
「……渡我さんぐらいの実力者だと、そう見えるのか。……参考になるよ」
「オイラには、あのパンチもめちゃくちゃ痛そうなのにな……」
「っ。次の試合も、全力を尽くします。被身子さんに、情けない所は見せられません!」
「…………ッ!!!!」
「ごめん、誰か席変わって! 爆豪くんが怖いよ!」
ざわざわする皆をよそに、尾白くんの尻尾の先端をわしゃわしゃしながら芦戸ちゃんを見れば、彼女は難しい顔で拳を握っている。
「ねえトガ、アタシも切島達みたいに、殴り合いに強くなった方がいい?」
「? 唐突に短慮な発言をしないでください」
変な事を言いますね、と首を傾げれば、芦戸ちゃんがズーンと落ち込む。
「……ごめんなさい」
「と、渡我、流石に厳しすぎだって!」
「? まだ何もしてないです」
それにしても、芦戸ちゃん也に自分に足りないものを補おうとする姿勢は好ましいですが、どうにも私、師匠として低く見積もられている様ですね。
ハァ、と軽く溜息をつけば、芦戸ちゃんがビクッとする。
「芦戸ちゃん」
「は、はい……」
「焦らなくていいですよ」
「え……」
「私が、芦戸ちゃんを強くします。……ですので、殴り合いに強くなればいい? なんて、当たり前の事を確認しないでください。……間違っても、ソレだけで満足しないでください」
「……! はい」
芦戸ちゃんが目をキラキラさせて私を見ますが、試合を見ろと見据えれば、慌ててステージに集中する。……まったく。
「ちょっとちょっと」
ふあ? 耳郎ちゃんが、なんだか拗ねた顔でつんつんと突いてくる。
「……ウチと芦戸で、態度が違う」
「?」
むにーっとほっぺ引っ張られる。なんなんです?
「……ねえヒミコちゃん」
「はふ?」
「参考までに、切島ちゃんはどんな特訓をするべきかしら?」
「? 切島くんですか、頑張ればいいと思います」
尾白くんの尻尾にあしらわれながら答えると、梅雨ちゃんが「……そう」と頷く。
「……三奈ちゃん、お願いするわ」
「う、うん。……トガ、切島はどう特訓するといい? というか、トガならどう強くする?」
「芦戸ちゃんは、人の事より自分の脆弱さを心配してください」
うーん。
集中力の無い芦戸ちゃんに呆れて、そろそろオシオキも考えるべきかと流し目をおくる。
「ごめんなさい!!」
「……次はありませんよ? 切島くんなら、まずは攻防をあげる為に速さと重さを伸ばします。足腰の強さと柔軟性を鍛える為に色々したいですが、基礎が足りていないので体力づくりからです。……ちなみに、芦戸ちゃんも暫くはソレです」
「……はい!」
ぴんっと背筋を伸ばして、ぐっと唇を引き結んで殴り合う2人を真剣に見つめる芦戸ちゃん。
まったく、と肩をすくめつつ、尾白くんの尻尾を枕にする。
「……ヒミコちゃんは、スパルタね」
「……高校生基準じゃ充分に見えるけどね。渡我が凄すぎるんだっての」
またほっぺを抓られて、ふあ、っと声がもれる。
凄いと褒めて貰えるのは嬉しいですけど、私の強さは色々な意味でダメだと思います。
まず、普通じゃないですし、私の場合は悪夢に抗った結果であり、師匠と呼べる存在もいません。あえているとすれば、それは悪夢で戦った彼ら彼女らでしょうか? とても参考になりました。
(私も最初は、ボッコボコにされましたからねぇ……)
当初は7歳の子供だったので、圧倒的に身体能力と手足の長さが足りなかったのです。
おかげさまで頭を砕かれるわ眼球に指を突っ込まれて脳をかき回されるわ生きたまま喰われるわと、散々でした。
泣いて喚いてヤだって言っても、終わらない痛みが延々と繰り返され、逃げても臭いを辿られ血に飢えた獣に殺されてと、当時の恐怖と絶望、憎悪と屈辱が吐き気を伴って胸を焦がし、懐かしさにほっこりする。
「……♪」
やっぱり、渡我被身子が酷い目にあっている記憶は心を穏やかにしてくれます。私は、渡我被身子や
(だから……)
渡我被身子に近い癖に、私の事を好きだと、好意を隠さない
(……だから)
そんな、歪んで壊れた私と、お友達になってくれたお茶子ちゃんは、特別なんです。
そして、こんなおかしな私の隣に立ちたいと、両手を捧げて願った芦戸ちゃんが、大切になったんです。
「……」
思考を巡らせていると、試合が終了したらしく、大音量の歓声にハッとする。
A組の面々が残念そうな声をあげて、視線をステージに向ければ、予想通り鉄哲くんが立っている。
嬉しそうな顔で、ボロボロの姿で両腕をあげて勝利を喜び、そして目があうと嬉しそうに手を振ってくれる。
カァイイなぁ。
手を振り返しながら目を細めて、一緒にチームを組んだ庇護対象の鉄哲くんや塩崎ちゃん、心操くんの3人も、大切にしてあげたいと思う。
和んでいたら、すぐに次の試合が始まるらしく。「あ」と声がでる。
気づけば、緑谷くんと飯田くんが戻ってきている。そして、爆豪くんがいない。
「…………」
知らず、自分の胸をおさえる。
私は、この状況でどんな心の動きをするのでしょう? 未知を前に、小さな期待を覚える。
『中学からちょっとした有名人!! 堅気の顔じゃねえ、ヒーロー科爆豪勝己!! 対……俺こっち応援したい!! ヒーロー科、麗日お茶子!』
お茶子ちゃんの、試合がはじまります。