上位者少女が夢みるヒーローアカデミア   作:百合好きの雑食

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30話 未知の感情があります

 

 

 お茶子ちゃんは不思議な子です。

 

 出会った初日にルームシェアを強行したかと思えば、変なところで遠慮します。

 お金も必要最低限しか受け取ってくれないし、私の手も必要以上に借りてくれません。

 

 半分眠りながら家事をしていたら、お風呂上がりのお茶子ちゃんに『被身子ちゃんは人をダメにする!』と説教(?)されたのは謎すぎる出来事でした。

 お疲れのお茶子ちゃんがお風呂に入っている間に、溜めていた洗濯物を畳んだり、用意していた夕ご飯を温め直したり、ついでに明日の朝御飯と夕御飯とデザートの下ごしらえをしていたぐらいで、割に合わない暴言です。

 家事を教えてくれたお茶子ちゃんの真似が楽しいのに、お茶子ちゃんは『当番決めたやん!』と意地悪を言います。でも、そういう一面もカァイイです。

 

 お茶子ちゃんは面白い子です。

 

 USJ事件以来、自分の弱さに悩んでいた様で、色々と考え込んだ後に『……被身子ちゃんは、どうしてそんなに強いん?』と、くっついたまま上目遣いに問いかけられて……笑ってしまいました。顔を隠す私に、お茶子ちゃんは『何で笑うんよー!?』とポカポカしますが、しょうがないと思います。

 だって、お茶子ちゃんは本当に弱いのに、あの上目遣いに射抜かれた瞬間、無条件で力になってあげたいって、そう思わせる強かさがおかしかったんです。

 

 お茶子ちゃんは普通の子です。

 

 ステージに立つお茶子ちゃんを見つめて、しみじみと実感します。

 お茶子ちゃんは普通じゃない事をしても、普通の人がワッと驚く様な事をしても、それでも普通という基準から逸脱しないのです。

 そんなお茶子ちゃんが羨ましいと、改めて思います。

 

(私も、お茶子ちゃんになれたら)

 

 ……なんて。

 そんな夢を見るぐらい、お茶子ちゃんは私にとって特別です。

 

 伏せていた視線を逸らせば、少し離れた場所に座る緑谷くんと飯田くんを見つけます。

 

「先程言っていた爆豪くん対策とは何だったんだい?」

「ん! 本当たいしたことじゃないけど……」

 

 聞こえてくるソレに、すぐに興味を失い目を閉じます。

 やっぱり、緑谷くんも飯田くんもお茶子ちゃんと仲が良いから……お茶子ちゃんを応援しているんですね。

 

(……よく、分かりません)

 

 周囲に感じるズレという名の壁を感じながら、お茶子ちゃんをチラ見する。

 

 試合という体裁をとっている以上、誰と誰が組みあってどう勝敗を決しようが、生死がかかっていないならどうでも良いです。

 私は、ここにいるクラスメイトの誰よりも、お茶子ちゃんを応援していない。むしろ……

 

(負けて欲しいです)

 

 ワッ!!

 とスタートの合図と共に駆け出すお茶子ちゃんを見て、ふぅ、と止めていた息を吐く。

 

 隣に座る梅雨ちゃんや耳郎ちゃんがチラチラ私を気にしている。どうしたのか問うのも面倒で、軽く目を伏せたまま、静かにお茶子ちゃんを見つめる。

 

 爆豪くんへ速攻をしかけるお茶子ちゃんの表情は険しく、眩しい。爆豪くんの初手、右の大振りに予想をつけて飛び込んだお茶子ちゃんはボン!! と、あえなく爆破され、たかと思いきや寸前で避けている。

 

(……へえ)

 

 ちょっと驚きました。

 お茶子ちゃんの動き、良くなっています。

 

 今のは、反応できないのが分かった上で即座に逃げに徹して、それに身体がちゃんと反応しています。そして、即座に上着を脱いでブラフの準備をしています。

 

 強くなりたいと渇望するお茶子ちゃんに付き合って、早朝と夕食後の軽い運動に付き合っていたのが功を成したのでしょうか? あの程度でアスファルトに寝そべって、悲しく虫の息だったお茶子ちゃんも、ちゃんと成長しているんですね……

 

(雄英体育祭まで実を結ばないと思いましたが……誤算でした)

 

 軽く舌打ちをしたい気分です。

 そして、まんまとお茶子ちゃんを追撃しようとしていた爆豪くんは、その上着のブラフにだまされ、背後から飛び出してきたお茶子ちゃんに虚をつかれる。しかし、反応が速い。

 そこで、お茶子ちゃんは「!!」と、無理に目的を果たそうとせず、悔しそうに後ろに倒れる様に両手でステージに受け身を取り、足で爆豪くんの腕を蹴り上げ、爆破を避ける。

 

「すごっ!? やるじゃん麗日!!」

「本当にすごいわ……お茶子ちゃん、あんなに動けたのね」

「トガ、もしかして麗日と何か特訓した!?」

「……ふぁ? 朝と夜に、軽い運動はしました」

「その怪我で!? ……あ、いや、軽い運動ならいいのかな?」

 

 悩む芦戸ちゃんを横目に、バックステップして不意打ちをいかせなかった己を責めているお茶子ちゃんを観察する。爆豪くんは、一撃を貰った事で警戒レベルを上げています。

 

 

「……一発当てたぐらいで、調子乗ってんじゃねぇぞ!!!!」

 

 

 爆豪くんの怒涛の攻めに、お茶子ちゃんも果敢に攻めようとしつつ、回り込む様に爆撃を避けます。あの動き、私の蹴りを避ける時に見せたやつです。

 

「麗日、本当に凄いんだけど!?」

「い、今のは当たったと思った!」

「……心臓に悪いわ」

 

 しかし、本当にお茶子ちゃん避けますね。

 予想ではとっくに満身創痍だったのに、嬉しくない予想外です。夜の公園でいなしていた経験をしっかり糧にしています。

 

 

「……チィッ!!」

「っ、ギリギリ、だけど……被身子ちゃんの蹴りに比べたら、まだ大丈夫!!」

「あァ!?」

「おらあああああ!!!!」

 

 

 吠えたお茶子ちゃんが、爆撃の隙間を縫う様にして「甘ぇわ!!」爆豪くんに吹っ飛ばされる、もギリギリで身を躱し不格好に受け身をとっている。

 

 

「丸顔、あの欠伸女に何を仕込まれた……!?」

「格上との、戦い方……!!」

「……上等だ!!」

 

 

 あ、爆豪くん楽しそうですね。「こっから本番だ、丸顔!!」と、最初と違って怖い顔が際立っています。お茶子ちゃんも……よく彼の動きを見て、冷静であろうと努めています。そして、立ち回りが上手です。

 

 触れようと近づき、ダメならすかさず切り替えて避ける事に集中し、目くらましにわざと突っ込み、無理はしない。想像以上に頑張るお茶子ちゃんに、だんだんとやきもきしてきます。

 

(……はやく、負けてください)

 

 目を細めて、心から期待します。

 心臓の辺りがモヤモヤして、どうしてもお茶子ちゃんを応援したいと思えない。

 

(お茶子ちゃん、負けてください……っ)

 

 そうなれと、滲む感情を押し殺します。

 

 これ以上、戦うお茶子ちゃんを見ていたら、我慢できなくなりそうだと、妙に動きづらい身体を軋ませます。むしろ、皆はどうしてお茶子ちゃんを応援するのでしょう?

 

 分かりません。

 たとえ勝てたとしても、最終的に私と当たれば負けるんです。なら、この辺りで終わった方が絶対に良いです。

 ……友達同士で戦ったら、そこで友情が終わる事もあると聞きました。

 

 だから、爆豪くんには期待しているのに、いまだお茶子ちゃんに喰いつかれている。

 

(……もし、お茶子ちゃんと戦う事になったら)

 

 本気で困ると、ここにきて焦りを覚えている。

 

 もし、もしもお茶子ちゃんと戦う事になったら……理性を保てる自信がすでに無い。

 

 爆豪くんと戦うお茶子ちゃんは素敵すぎるんです。必死で、頑張り屋で、綺麗で、痛みと焦りに歪んだ顔はカァイくて、目を離せない。

 最初から、ずっと見惚れているんです。……もっと、もっともっと、もっともっともっともっともっともっと、ひたすらに見ていたいと思うのです。ドキドキするんです。

 

(お茶子ちゃん、素敵です……)

 

 どうしようもなく、私はお茶子ちゃんに惹かれています。

 きっと私は、彼女と対峙した瞬間に、試合という体裁を忘れてしまう。お茶子ちゃんと遊びたくなってしまう。生死をかけて踊りたくなってしまう。

 

(あの悪夢の夜の様に……)

 

 血に、酔ってしまう。

 

「…………ハ、アァ」

 

 けれど、それはダメです。

 

 私は我慢できるトガヒミコだから、堪えなくてはいけない。

 ……だいたい、お茶子ちゃんと遊びたくても、お茶子ちゃんは弱いから、きっと一瞬で終わってしまう。そんな一秒にも満たない快感の為に、大切なお茶子ちゃんは失えません。

 

(だから、負けてください……!)

 

 どうか、私の前に立たないでください。

 他の誰かならいいけれど、お茶子ちゃんはダメなんです。

 

 それぐらい、私にとってお茶子ちゃんは特別なんです。

 

 

(……それに、お茶子ちゃんは普通の子だから)

 

 

 もし、せっかくの楽しい時間に、私だけが楽しんで、お茶子ちゃんがつまらなそうにしていたら……想像するだけでヤな気分になります

 

 気づけば、片手で顔をおさえている。

 頭が真っ白になりそうで、窮屈で、生き辛さをいつも以上に感じてしまう。耳に届く爆破音をBGMに、何とか気を持ち直して、目を開きます。

 

「…………」

 

 フーっと、息を吐いて顔をあげる。

 

 さて、試合はどうなったのかと様子を見ようとして……何故か、両腕に梅雨ちゃんと耳郎ちゃんがぎゅーっと抱きついています。

 

 ……?

 

 ついでに、頭に芦戸ちゃんが身を乗り出して抱きついています。どうりで柔らかくて気持ち良いと思いました。あと、前に葉隠ちゃんがいてしがみ付かれて…………え? 何ですこれ?

 

 

「落ち着いて!! 麗日は大丈夫だから、爆豪をボコボコにするのは勘弁してあげて!!」

 

 はい?

 

「ダメだって!! 子供の喧嘩に親がでる様なものだし、麗日も困るってば!!」

 

 え?

 

「お願いヒミコちゃん、辛いでしょうけど貴女なら耐えられるわ。爆豪ちゃんを許してあげて……」

 

 ん?

 

「トガちゃんダメ!! いくら爆豪くんでもそれはダメ!! お茶子ちゃんが心配でも絶対にダメー!!」

 

 ……。

 

 皆が、爆豪くんを嫌いな事しか分からないのですが????

 

 

(ええ……? どうしたらこんなに嫌われるんです?)

 

 

 あと、百ちゃんも尾白くんと席を交代して貰って、少し震える手で私の背中を撫でる意味が分かりません。

 

「被身子さん、これは真剣勝負です。麗日さんも承知の上です……!」

「…………ハイ」

 

 とりあえず、混乱を沈めて静かに頷けば、露骨にホッとした空気になる。

 

(なんで……?)

 

 相変わらず、私とそれ以外のズレが酷すぎて孤独感が凄まじいです。

 様子を見ていた男子達もあからさまに胸を撫で下ろしていて……もしかして爆豪くんって、凄く可哀想な子なんです?

 

 混乱に次ぐ混乱のおかげで落ち着きながら、気が抜けて欠伸を漏らす。

 

(そういえば、お茶子ちゃんの作戦も仕上げに近くなっていますね……)

 

 ボンボン爆破されて楽しそうです。ですが、爆豪くんの方もお茶子ちゃんの動きに慣れて先回りしている様で、どちらも決め手にかけています。

 

 とりあえず、耳郎ちゃんと梅雨ちゃんに手を離して貰えたので、自分の席に戻ろうとしている葉隠ちゃんを捕まえて、ひょいっと膝の上に乗せます。

 

「へ?」

 

 脳の瞳を調整して部分的に透明にすれば前は見えるので、葉隠ちゃんは抱き枕にぴったりです。

 

「ちょ、トガちゃん!?」

「ふあい?」

 

 何故か焦っている葉隠ちゃんに返事をしつつ、静かにしててねと「しー」と指をたてて、ステージを見つめる。

 

 肩で息をしているお茶子ちゃんは、微塵も諦めていない。 

 その瞳は真剣で、爆豪くんに勝つ為の算段を色々と考えている。

 

(……予想外に、運動が役に立ってますね)

 

 夜の運動の際に乞われるままお茶子ちゃんの相手をしていましたが……たった一週間で成果があるなんてと、葉隠ちゃんの手をふにふにする。

 

 お茶子ちゃんは、瞳に決意を込めて駆けだしていく。

 

 爆豪くんも、お茶子ちゃんに隠し玉があると勘付いて、迎撃の為に駆けている。そして、お茶子ちゃんの両手が合わさり、彼女の“個性”が解除される。

 

『流星群―!?』

『気づけよ』

 

「―――ッ!!」

 

 余計な言葉を発さず、距離をつめるお茶子ちゃんと、頭上から迫りくる影の存在に気づいて、反応が遅れる爆豪くん。

 彼がステージを削る度に、お茶子ちゃんが触れて浮かせていたコンクリート群が、満を持して降り注いでくる。お茶子ちゃんが必死に蒔いていた勝利への種が、今まさに芽吹き、実を結ぼうとしている。

 

 

「……ですが、全ての実が花開く事は無いのです」

 

 

 瞬間、爆豪くんの手から大爆発が起こり、頭上の実を吹き飛ばしていく。

 そして、彼はもうお茶子ちゃんから僅かも目を離していない。

 

 頭上のコンクリート群以上の脅威をお茶子ちゃんに感じて、すぐに左腕を支えていた右手を伸ばし、触れようと迫っていたお茶子ちゃんの手を、微かに掠めた指先から逃げる様に身を躱し、捻りあげて強引に拘束する。そして、至近距離で見つめあう。

 

 

「お前が浮いてろ!! ―――麗日!!」

「ッ!?」

 

 

 途端、力任せに自分の手の平を押し付けられ、浮いてしまうお茶子ちゃんを至近距離で爆破し、一気に距離を放す。

 お茶子ちゃんが爆破されながら必死に個性を解除するも、その勢いは殺せず、二回三回と転がって、外野へ。

 

 

『麗日さん、場外!! 二回戦進出は爆豪くん!!』

 

 

 勝敗は決しました。

 

 そして、お茶子ちゃんは何とか立ち上がろうとして、腕からガクンと力が抜けてゴッ、と顔から倒れてしまう。

 

 最後に、彼女が「……父ちゃん」と呟いたのが分かって……妙な気持ちになって、葉隠ちゃんを強く抱きしめる。

 

 お茶子ちゃんが負けた。

 負けたから、喜ばしい筈なのに、どうにも心がスカスカします。……そんな己から目を逸らし、立ち上がる緑谷くんに遅れて、葉隠ちゃんを抱いたまま席を立つ。

 

(……名前の分からない感情は、厄介です)

 

 赤い顔で小さくなっている葉隠ちゃんを私の席に座らせて、ついて来たそうな芦戸ちゃんの額を小突き、1人で歩いていく。

 

 

(…………試合前に感じた未知は未知のまま、何も分かりませんでしたね)

 

 

 そんな感想を、妙な感慨と共に受け止める。

 そして、口元を隠しながらキュッと目を細める。

 

 視線が集まるのを感じながら、私はお茶子ちゃんに会いたい気持ちを抑えきれず、だけど何を言えばいいのか分からないまま、頭の中でお茶子ちゃんへの第一声を考えながら、速足になった。

 

 

 


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