『惜しかったですね。でも私は、お茶子ちゃんが負けてくれて嬉しいです』
(と、いうのは……違う? ですかね?)
むむむ、と。
敗北を喫したお茶子ちゃんへの台詞を考えながら、リカバリーガールの出張保健室を目指す。
(……こういうの、難しいです)
腕を組み、視界をぐるぐるさせながら熟考する。
煙が出そうなぐらい、こういう状況の最適な台詞が分からない。
っ、何でしたっけ? 3年前の
確か、本音でも冗談でも、時と場合を考えないと大参事でダメダメ?
「……え、っと?」
記憶の糸を探らんと、キュッと眉間に力をいれる。
状況に応じた言動は、こういう時こそ間違えたくないのです。お茶子ちゃんに嫌われたくないし、困らせたくも無い。脳の瞳が役に立たない分野でも、普通の為に頑張ります。
(……んんーっ)
たしか、
(
当時は鼻で笑いましたが、確かにタイミングをしくじればどんな台詞も危険ではあると、小さく頷く。
(あと、は。オブラートに包んだ会話も大事、でしたっけ?)
アリアンナちゃんに『貴女には、現実より夢をみせて欲しいわ』と、
(……つまり、女の子には夢も大事、でしたっけ)
優しい誤魔化しや嘘も混ぜ込まないとダメ、という大人な意見でした。
アリアンナちゃんは色々な意味でアダルトなので、
そして、
「……」
過去の
ああ言ったら怒られた、これをしたら拗ねられた、態度に出しちゃうとダメらしい、とにかく周りの女性によく叱られる
『お茶子ちゃんが、爆豪くんより弱くて良かったです……!』
(……これは、違う気がする)
喉奥で唸って、歩く速度を落としながら顎下に指をあてる。
んぅ『これで、お茶子ちゃんと戦わなくて良くなりました!』や『弱いのに無理しちゃダメですよ』に『お茶子ちゃんはそんなに頑張らなくていいです』も『どうせ私が一番強いから、負けても問題ないですよ』とか、無しですかね? ……もっと夢を見せる台詞、単語、組み合わせ……
眉間に力を込めつつ、お茶子ちゃんの事を考えていっぱい悩む。
そういえば、相澤先生やミッドナイトと見てきた映画やアニメに、今の状況と似た様なシチュエーションはありますが、私の考える台詞は1つも無いですね?
(もしや、あの主人公たちが嬉々として発する、耳ざわりの良い台詞が好まれる?)
ダメです。こんがらがって、更に分からなくなって、未だにお茶子ちゃんにかける言葉が見つからない。
「…………う˝―」
お茶子ちゃんに会いたいのに、何も決まらなくて腰が引けてしまう。
でも、すでに目的地は目の前で、少しうろうろして、意を決してドアをノックする。失敗よりも会いたい気持ちが勝ちました。
「……! 開いてるよ」
「し、失礼しまーす。……お茶子ちゃんいますかぁ?」
顔だけをそっと覗かせると、そこにはリカバリーガールしかいない。……あれ?
気合が霧散するのを感じながら、目を丸くする。
「あの子なら、治療を終えて出ていったよ」
「……そうですか」
ホッとしつつ、もう少し猶予はある様だと力が抜ける。
そんな私を、リカバリーガールはやれやれと言った様子で観察し、手にしていたスマホを隠す。……? 通話中ですよね?
「……じゃあ、控え室ですかね。ありがとうございます」
お茶子ちゃんが観客席に戻っているならすれ違っている筈で、控え室にいるかもと踵を返すと「待ちな」と、リカバリーガールに止められる。……。
「はーい?」
「あんたが助手になる件、話がついたよ」
「……はえ?」
色々な主語や説明が抜けているソレに、目を丸くする。
いえ、話がつくの早すぎません?
「あんたは目立ちたくない様だし、
「……へぇ?」
「免許も発行待ちだから、それが済んだら頼んだよ」
「……」
このお婆ちゃん、行動力の塊です?
えーと……これは、何かしらの圧力込みで外堀を埋められてますね。
ヤ! と言わせない強引な手段は、本来なら思う所もありますが……カァイイお婆ちゃんにしてやられるのはヤじゃない。
「分かりました、いいですよ」
「……素直だね?」
「はい。秘密の対価ですから」
「……」
そういう事にしてあげますと、手を振る。
ですが、これに味を占められると困ります。更なる面倒はヤなので、ちゃんと忠告する。
「リカバリーガールの立場もあるので、最低限の漏洩は許容します」
「……何の事だい?」
「ですが、そこから先はダメです。
「……おやおや」
舌をだして、リカバリーガールの向こう側、電話の相手に釘をさしておく。
それを察したリカバリーガールが肩をすくめますが、知りません。このお婆ちゃんにこきつかわれるのは良いですが、顔も知らない貴方達はヤです。
あと、リカバリーガールは小気味良さそうな顔をしているので、私の態度にそこまで怒っていない様です。……大人の世界は複雑そうだなあと顔をしかめつつ「ばいばいです」手をふって退室する。
頭の片隅で、『治療ができる』というのはやはり秘した方が良かったかと後悔するも、首を振る。
そんな事よりお茶子ちゃんです。さっきの事は忘れて控え室を目指します。
改めて、お茶子ちゃんへの最適な台詞をピックアップしながら歩いていると、見知らぬ大柄な影が見える。
「僕は、オールマイトじゃありません……」
あ、緑谷くんもいたんですね。
「轟くんも、あなたじゃない」
はい?
控え室前の通路で、緑谷くんと燃えてるおじさんが会話しています。
でも、ちょっと空気が変です。
緑谷くんはらしくなく怒ってる感じですし。何かあったのかと足を止めると、緑谷くんと目が合う。
「!? と、トガさん」
「……む!?」
自然と気配を消していたので、警戒されてしまう。
緑谷くんは大げさに驚愕して、おじさんは咄嗟に片手をむけて“個性”使用一秒前、と良い反応です。
「君は……」
とりあえず、普通を目指すものとして、挨拶と会話は大事ですからね。
燃えてるおじさんに「こんにちは!」して、緑谷くんにも「これから轟くんと試合ですよね? 頑張ってください!」と声をかける。
「あ……はい」
顔を強張らせていた緑谷くんが、そこでハッとして「あの!」私に声をかける。
「はい?」
足を止めつつ、もしかして、このおじさんに絡まれて困っているのかと脳の瞳で視ま……ん? 『エンデヴァー』で『轟炎司』……轟って、もしかして、轟くんのお父さんです?
「と、トガさんは……その、トガさんなら……――――」
なんですかね。緑谷くんが、溺れる寸前の水面から顔を出して息を吸う様な、そんな表情で私を見ています。その必死さに(あ)察してしまう。
(……もしかして、アドバイスですか?)
今日は、それ系の質問が多いので分かってしまう。
あと、轟くんのお父さんの前で、轟くんをボコボコにするアドバイスをしろとか……緑谷くん、カァイイ顔して凄い事を要求しますね。
(んー……)
でも、緑谷くんは朝に轟くんに絡まれてましたし、今は子供の喧嘩に親がでてきたみたいなお父さんがいます。
(……普通なら、ここは緑谷くんに味方すべきですよね?)
でも、どっちに恨まれるのも面倒ですし……決めました。
「緑谷くんは、勝てますよ」
アドバイスはしつつ、足を引っ張る発言をして濁しましょう。
「え……」
「……何!?」
おじさんも反応しますが、落ち着いて下さい。
「トガさん……?」
「緑谷くんも予想しているでしょうが、貴方達の試合、最初はお互いに大技で相殺になると思います」
「! ……うん」
2人の性格と“個性”を考えれば、開始直前で派手にやるのは決定でしょう。
「その勢いを、止めなければいいんです」
「……えっ」
「思考はいりません。―――そのまま小出しで押し通せば、轟くんは絶対に隙を見せます。彼には力業が有効です」
「……え?」
緑谷くんは戸惑ってますが、轟くんならそれで充分なんです。
(轟くん、優しいですから)
クラスメイトが、自爆必至の自棄を起こしていると勘違いすれば、なんだかんだで止めようとするでしょう。その隙を見逃さなければ良いと、簡単に説明する。
試合に勝つのと同時に『救ける』為に“個性”を使うとなれば、氷結の威力にも影響がでます。
緑谷くんの“個性”は強力ですからね。ほんの僅かな隙でも、当たれば充分な勝機になります。
「緑谷くんの攻撃は、ほぼ自爆なので回数は限られ、見た目にも予測が容易く、だからこそ予想外の一回は虚をつきやすい」
「……っ」
私が何を言いたいのか、声色と身振りでじわじわと察したらしく、緑谷くんが口元をおさえている。
「……むう」
おじさんも、私の説明に納得したのか、忌々し気に唸ります。
が、ちょっと私への威圧が凄くないですか? 申し訳ないですが、私は怖いおじさんに魅力を感じないのでやめてください。
「ですから、勝つのは割と簡単です。……緑谷くんが躊躇しなければ、ですけど」
表面上は気遣いつつ緑谷くんを見れば、彼は難しい顔で押し黙っている。
(……)
その表情に察するものがあって、ちょっと彼への評価を改める。
思惑も、少しだけ修正する。
「っ…………トガさん」
「はい」
「…………僕は、勝ちたい」
「はい」
「…………でも、その方法は、何か違う……気が、して」
うわぁ。
苦悩する緑谷くんに、隣のおじさんが『何を言っているんだ、この子供は』と言いたげな顔をしていますが、私には分かりました。やっぱり緑谷くんって、けっこうえげつないです。
でも、自覚はしていない様なので、指摘してあげましょう。
「緑谷くんは、試合より
「……え?」
「言い方を変えますね。試合の勝敗に関係無く、轟くんを負かしたいんです」
「……ッ!」
気づいた様です。
ハッと、そうだったんだ! という顔で目を見開く緑谷くんに、唇を緩める。……それがどういう意味かは、まだ気づいてない様です。
「そうですね。試合に勝つのは、タイミングを外さなければいけると思います。……ですが、
「……っ」
「あと、これはアドバイスですが、騎馬戦の最後。あの動きができれば“個性”の無駄撃ちは減ります。ですが、今の緑谷くんだと後二回が限度です」
「……ッ!!」
「三回目は、高確率で骨折するから使っちゃダメです」
騎馬戦の際、チラリと見えた彼の姿。
氷煙で冷えた身体を強引に動かそうとして、足に個性を纏わせ誰よりも高く飛んだ彼から、緑色の閃光が見えた。
轟くんや爆豪くんを退けたソレを、試合中に使えれば強いですが、今の力量じゃ無理ですね。
「……っ、はい」
私のアドバイスをきちんと受け止める緑谷くんと、立ち去る気配のないおじさん。
空気が重すぎるので、さっさとアドバイスを終わらせましょう。
「緑谷くん」
「っ、はい」
「貴方が、この体育祭で勝ちたい気持ちは、見ていたから知っています。……ですが、今の貴方の目は曇りきり、独りよがりの勝利に魅入られています」
「……」
轟くんに、勝ちたい。
試合の勝敗ではなく、彼という存在を打ちのめしたい。
彼の心をへし折ってしまいたい。
雄英体育祭での一位ではなく、たった一人の少年への勝利を望む。
(……知ってましたけど、緑谷くんって気持ち悪いですねぇ)
面白くて微笑めば、緑谷くんは耳を赤くして、恥じ入る様に顔を伏せる。
だけど、ぎゅっと強く握っていた拳を開いて、真面目な顔で、私との『約束』を見下ろす。
その、雨に濡れた子犬の様な、不格好な有り様はカァイイと思った。
「君は、オールマイトじゃありません」
一歩、近づく。
ハッと顔をあげる緑谷くんと目が合う、その右手に、人差し指をトン、と落とす。
「君は弱い」
「……は、い」
「嘘を、一瞬で見抜く眼もありません」
「……はい」
「轟くんに、余計な事をして勝てる見込みも無いです」
「……は、いっ」
「彼の心に、響く弁舌すら無い」
「……っ」
「ですが、パンチの一発も当てられない程、弱くはないです」
「……!!」
顔をあげる彼の瞳から、迷いが消える。
(……ああ)
その、気持ち悪い瞳に目を細める。
普通である彼が浮かべるには、異質の輝き。
私が求めているものを放り捨て、歩んでいく先の孤独を、貴方は知らない。
「忠告をしておきます。これから緑谷くんがやろうとしている事は、ほとんどの人に理解できない、おかしな行為として映ります」
浮かぶ感情を、ちゃんと隠して彼と向き合う。
「ですが、轟くんには伝わるでしょう。君のパンチは、泣いちゃうぐらい響くでしょう」
彼の両肩に手をおいて「わっ!?」くるりと方向転換。
「だから、
その覚悟で、轟くんを倒しちゃえと、強く背中を押した。
「――――はいッ!!!!」
最初はたたらを踏んで、それから力強く駆けていく背中は、おぞましい。
あんなに欲していた体育祭での勝利を捨てて、轟くんに負けないという、おかしな覚悟を決めた彼の思考が理解できない。
……。
ですが、私は乗り越えました。
(緑谷くんも、轟くんのお父さんも、どちらも立ててどちらも勝たせる。……完璧ですね)
我ながら、この展開は素晴らしい。
緑谷くんの気持ち悪いところを後押しして大勝利です。
「良かったですね。轟くんは勝ちますよ」
「…………」
改めて、おじさんに声をかける。
これで、このおじさんも怒らないでしょうと顔を上げれば、凄まじい顔で見下ろされる。……え、どういう感情です?
「……失礼する」
そして、燃えているおじさんは、煮詰めた感情を押し殺す様な硬い声で、顔を逸らして去っていく。
(えー?)
お礼ぐらい言っても良くないです?
これで息子さんは勝ちますし、緑谷くんも試合に負けて勝負に勝つしで、万々歳なのに。
(大人でも、思春期ってあるんですかね?)
首を傾げつつ、その背を見送るより先に控え室の前に立つ。
なんだかんだありましたが、ある意味でお茶子ちゃんへの予行練習ができました。
(この勢いでいきましょう)
よし! と、ノックをしようとして、それより先にカチャリと少し開いて「あ」その隙間から、お茶子ちゃんの固い顔が覗いている。――――会いたかった、のに、一目見て頭が真っ白になる。
「被身子ちゃん、こっち……!」
「! お茶子ちゃん」
え?
そのまま、手を引かれて室内に入る。
「……へ?」
というか、お茶子ちゃんの目が赤くて、泣いていたのかと舌が固まってしまう。
え? お茶子ちゃんが泣く? なんで? どうして?
そ、そんなに負けるのヤだったんですか? そこまで? どうしよう? 頭が真っ白になっていると、お茶子ちゃんにぎゅっと抱きしめられる。
「……!!??」
「さっきの、聞こえてた」
「……????」
さっき?
え、何の事ですか? さっき何かありました?
それより、お茶子ちゃんに、なにか、気の利いた事を―――ちゃんと、空気を読んだナニかを、言って、
「……本当に、被身子ちゃんは……もー」
「?」
「……かっこいいんやから」
はえ?
ぽそっとした呟きに、息が止まる。
(かっこいい?)
ぐるぐると思考が空回りし、気づいたらお茶子ちゃんにぎゅっと抱きついて思考を止めていた。
(……?)
一生懸命に考えていた台詞も、気づけば全部溶けて無くなって、お茶子ちゃんの温もりに急速にナニカが満たされて、困惑する。
「……えと、お茶子ちゃん」
「うん」
「会いたかった、です」
「うん……」
けっきょく、こんな事しか言えなくて。
だけど、妙な満足感に顔がにやけそうなぐらい心地良くて、気づいたら目を閉じている。
「私もだよ、被身子ちゃん」
嬉しい返事を、聞き逃さなかった事にほっとして、幸せに意識を落とした。