上位者少女が夢みるヒーローアカデミア   作:百合好きの雑食

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32話 冷たいのは苦手です

 

 

 本日何度目かの……大歓声での目覚め。

 

 ワアアア!! と、うるさくて、目覚まし時計としては優秀かも知れない……なんてうんざり考える。

 

(眠い、です……)

 

 流石に、今日はミッドナイトの香りを至近距離で嗅ぎすぎました。

 一方的な相性の悪さとデバフに、頭の奥がくらくらします。だから、もう少しだけ寝ていたいのに、この興奮しきった歓声は厄介です。

 

 瞼が重くて指先が冷たい。夢では感じたことの無い人々の熱気というものを肌でピリピリ感じながら、お茶子ちゃんの香りにホッとする。(ああ……お茶子ちゃんに運ばれてるんですね……)揺れる感覚と触れる感触が心地良い。

 

(……雄英体育祭って、本当にお祭りなんですね)

 

 そういうものだと知っていましたが、想像以上です。

 改めなくても、A組の皆やその他の反応で薄々察してはいましたが、実際に体験すればさして興味の無かったイベントの注目度にも気づく。

 

「二人まだ、始まっとらん?」

「うら……」

「見ねば」

「目を潰されたのか!!!! 早くリカバリーガールの元へ!!」

 

 目的地についたらしく、揺れがおさまる。

 予想はしていましたが、お茶子ちゃんは緑谷くんの試合を見るのが目的の様です。

 

 あと、飯田くんの声が大きいです。今だけちょっと控えめにしてくれたら、それだけで救われる上位者がいます……

 

「行ったよ、コレはアレ、違う」

「違うのか! それはそうと悔しかったな……」

「今は悔恨より、この戦いを己の糧とすべきだ」

「うん。……絶対に見逃せない」

 

 ほんの少し、お茶子ちゃんの腕の力が強くなる。

 

「あ、ごめんね2人とも、少しずれてくれる?」

「構わん」

「勿論だとも! さ、どうぞ! ……それにしても、良く寝てるな?」

 

 んぅ? お茶子ちゃん達が三人分の椅子に無理して四人で座ろうとしています。

 ……私の事は床に転がしてくれればいいのに、優しいです。

 

 丁寧に椅子に座らされて、力の無い頭を支えられながらお茶子ちゃんの肩に乗せられる……その、一連の動きが本当の赤ちゃんにするみたいに繊細な手つきだったので、少しだけくすぐったい。

 

(……これは、よく眠れそうです)

 

 こんな環境でも、ここなら心地が良い。

 

 感謝の気持ちを胸に、今度こそ眠ろうと微睡みに身を任せて、ガシャン―――ゴウ!! ……と、突然の破壊音と寒波に襲われる。

 

「……………」

 

 更には、興奮しきった観客さん達の大歓声が鼓膜に突き刺さり、控えめに言ってイラッときました。

 

 これでも、寛容な自信はあります。

 悪夢での経験がアレすぎたので、どんな暴言もそよ風の如く受け流せる自信があります。現実で『情けない糞袋女が』とか言われても平気です。でも、睡眠の妨害だけはいただけません。

 

 音はともかく冷気が嫌すぎて、一気に目が冴えました。

 

 でも、咄嗟にギュッとして貰えたので、反撃しかけた腕が止まります。うっかり『夜空の瞳』を使う所でした。

 

「あ、被身子ちゃん、起きたんだね」 

「……ぁい」

「今ね、被身子ちゃんが言ってた通りに……あっ!? で、デクくんと轟くんの“個性”が、ぶつかってるところ」

 

 ステージで追加の音がしましたね。

 でも、そんな事より焦燥で歪むお茶子ちゃんの顔がカァイイ。

 

 肩を揺すられて、「ひ、被身子ちゃん!」ステージを見る様に促されてしまい、仕方なしに視線を向ければ、轟くんと緑谷くんが向かい合っている。……? 2人は何をし…………あ、そうですね試合をしているんでしたね。

 

(いけません……お茶子ちゃんがカァイくて忘れかけていました)

 

 睡魔とお茶子ちゃんの恐ろしさを体感しつつ「……え、と」薄れ気味の記憶を手繰り寄せる。

 

「トガくんの言う通り、とは?」

「うん……試合前に色々あって……デクくんにアドバイスしてたんよ」

 

 アドバイス?

 ……? あ、いえ。そういえば、してましたね? ……でも、私の言った事って『自壊して突撃してれば隙を見せるよ!』ぐらいの雑なものでしたし、様子を見るに緑谷くんは冷静に狂ってるから、参考になってないですよ?

 

「……ふあ」

 

 欠伸が止まらない。ダメですね。あの後、お茶子ちゃんに会えた安心感と達成感で、前後の記憶が吹き飛んでいます。

 

 流石に、一時間も経っていないだろう会話を忘れるのはダメなので、なんとか思い出そうと目を閉じ『ゴウッ!!!!』と、さっきよりも強い冷気が顔に当たる。

 

「……被身子ちゃん、デクくん大丈夫かな?」

「……そう、ですね」

 

 その声に、かろうじて冬眠しかけていた心に春の日差しが浴びせられた心地で、なんとか瞼を開ける。

 

 興奮よりも心配の色が濃いお茶子ちゃんに微笑ましくなるも、そんなに心配しなくてもいいのにと思う。

 緑谷くんは、負けないらしいので大丈夫だと、手を伸ばして頭をなでなでしてあげる。

 

「大丈夫ですよ」

 

 ちゃんと言葉でも伝えると、お茶子ちゃんは安心して「……うん」と、ステージに視線を戻す。

 

 お茶子ちゃんの横顔だけを見ていたかったけど、我慢してステージを見れば、緑谷くんが駆けている。

 片足にパチリと纏う緑色の閃光が洩れて、左手はすでに指が数本折れている。ポタポタ零れていく赤を気にしない動きに、轟くんの息があがっている。

 

「……轟くん、気圧されてますね」

「え」

 

 うっかり呟いたら、お茶子ちゃん達が反応する。

 

「本当かい!? とても、そうは見えないが……!」

「そうなん? 余裕そうに見えるけど……」

「ん、動揺しすぎて……ふぁ、ステージの大半が氷漬けになってます」

 

 ダメです、やっぱり眠いです。

 

「……そうは見えないな。緑谷が上手く避けているからではないのか?」

「違います……普段の轟くんなら、緑谷くんが逃げた先を予想して足を氷漬けにします。……アレは、緑谷くんの気迫に動揺して、冷静になれていない証拠です」

「……! なるほど」

 

 常闇くんも聞いていたんですね。

 お隣に座っているから距離が近……いえ、そんなさりげなさを装いつつ身体を離してたら腰を痛めますよ?

 

「……それに、轟くんの攻撃、さっきから過剰で余分で無駄が多いのです。緑谷くんが怖くて必要以上に力を込めています」

「……そう、なんだ」

「……た、確かに、先程から精彩を欠いている様に見える!」

「……むぅ」

 

 真剣な顔でステージを見る3人を見習おうとして、欠伸が洩れる。

 

 やっぱり、お茶子ちゃんの時より面白くないですね。

 というより、勝敗がどうでも良すぎて興味が持てないのです。ひたすら攻めの姿勢で自壊していく緑谷くんに、すでに涼しい顔が崩れかけている轟くん。

 肉体的にボロボロな人と、精神的にオロオロな人。……どちらが試合相手でも、特に困りません。というか、寒いのがヤなので早く終わって欲しいです。

 

 そんな風に、ただ眺めていれば、バキッ!! と、緑谷くんの左手首が折れる。

 

 脚も、そろそろ限界が近いらしく、ギリギリ折れない程度の“個性”を込めて、距離を詰めようとしている。その、痛みを通り越して限界すら忘れたバーサーカーな突撃に、轟くんが怖がっている。

 

(すごく、可哀想です……)

 

 心から轟くんに同情します。

 

 あんなに気持ち悪い緑谷くんに執着されるなんて……整った表情の裏で、幼子の様に怯えているのが見てとれる。

 常軌を逸した自己を省みない勢いと一途さに、理解と不理解が同時に押し寄せて……とっくに心が逃げたがっている。

 

(轟くんは、突っかかる相手を間違えましたね……)

 

 どんな理由があったにせよ、温厚な彼の心に火をつけた。

 

 負けられない、負けたくない、なんてものを通り越して、()()()()負けない、なんて業火に育てあげた時点で、彼を侮りすぎていたと微笑ましい。

 

 すでに、勝敗がどう転ぼうと結果が手に取る様に分かり「……んぅ?」気づいたら、ぽふっと常闇くんにぶつかってしまう。

 

「あ、ごめんなさい」

「……キニシナイデ」

 

 片言だけど、常闇くんは優しいね。

 

 女の子に慣れていないのか、ガチガチの常闇くんの肩から頭をあげる。そうしていたら、気づいたお茶子ちゃんに「おいで」と抱き寄せられる。うれしい。

 

 

「なん、なんだよ、お前は……!!」

「!? ――――づぅうう!!!!」

 

 

 あ。

 

 轟くんの、苛立ちと恐怖が混じった声が響くと同時に、氷結の攻撃が緑谷くんに襲いかかり、一瞬ステージが見えなくなるほどの派手な衝撃と破壊音に歓声が湧き上がる。

 

 咄嗟に足で弾き飛ばしたから緑谷くんは無事ですが、……今のは両足が折れていても不思議じゃなかったので、運が良かったですね。

 もくもくと余韻の煙が舞い上がり、ステージ上の氷がパラパラと砕かれていく。

 

 

(……轟くん、今の攻撃は本気でしたね)

 

 下手したら、緑谷くんが死んでいてもおかしくない鋭い攻撃でした。

 

 それを、緑谷くんも察しているのでしょう。息を荒らげて、相手の動揺を確信しながら轟くんを観察している。ここまできて余所見は一度も無く、歓声やプレゼント・マイクの声ですら届いているか怪しい。

 

 轟くんは、その一心すぎる瞳に、寒さ以外の理由で身体を震わせている。

 

「…………」

 

 にしても、へったくそですね。

 ハアァ、と呆れが混じったため息をつくと、お茶子ちゃんが気にして「ね」と、顔を寄せてくる。

 

「デクくん、何か間違えてる……?」

「……んぇ?」

 

 どういう質問かと首を傾げるも、お茶子ちゃんの視線は真剣で、つい、思っている事を口にする。

 

「そう、ですね。……へたくそだなって思います」

「へたくそ?」

 

 お茶子ちゃんの顔が近くて、カァイイと思いながら頷く。

 

「緑谷くんは、“個性”を常時発動型のバフじゃなくて必殺技みたいに考えてるんです」

 

 とても非効率で、おかしくて、不自然で、だからこそ見ていて安心する。

 どこか普通じゃないのに、普通の枠組みにいる事を許されている男の子。興味深くて、面白い子だと観察していたけど……あんなに気持ち悪いと鏡を見ている様で辛くなる。

 

「……常時、発動型?」

「んっと、お茶子ちゃんは触れるだけで“個性”がかかります。だから、常時発動しているって意味で常時発動型です。鉄哲くんや切島くんだって、びっくりしたらハリネズミが丸くなるみたいに一瞬で硬くなります。ちょっと息んだり力むぐらいの感覚です。……なのに、緑谷くんはわざわざ『使うぞ!!』って必殺技を出すみたいに意気込むんです」

「……だから、へたくそ、なのかい?」

「はい。勿体ないですよねぇ、少し意識を変えれば面白い事がいっぱいできる“個性”なのに」

 

 欠伸を漏らして、目を細める。

 お茶子ちゃんと飯田くんが考え込んでいるのを横目に、ボロボロの緑谷くんの様子を感慨なく見下ろす。……リカバリーガール、怒りそうですね。

 

 いえ、約束した右手は無傷ですけど。なんで、左手ばかり使ってるんです?

 

 ……まさか、ここにきて『約束』にこだわってるんですか?

 

「何故だい? それを分かっているなら、どうして緑谷くんに指摘しなかったんだい!?」

「ふあい?」

 

 思考に割り込む様に、飯田くんが顔を寄せてくる。

 

「……うん。どうして、それをデクくんに教えてあげなかったの?」

 

 お茶子ちゃんにも、真面目な顔で問われてしまう。

 

「……それは」

 

 その方が興味深くて、観察し甲斐があったからです。

 と、正直に言うとダメですよね? ……なら、もう1つの理由を言いましょう。

 

「緑谷くんには、今の内に痛い目を見て欲しいからです」

 

 っと、話している間に、轟くんが観客席にいるお父さんを見つけて、ハッとすると同時に表情を歪め、ギリギリで立ち直りました。

 緑谷くんの進行方向を予測して細かい氷を時間差で生みだし、退けようとした緑谷くんの左腕が、とうとう二の腕までダメになります。

 

「ッ!? デクくん……」

「くっ! どうしてだい? 緑谷くんと喧嘩でもしたのかい!?」

「……」

 

 飯田くん声が大きいです。周りもびっくりしています。

 常闇くんの視線も、気づかわしそうですし、少しだけうんざりしつつ口を開く。

 

「そうじゃないです」

「え……?」

「痛い思いをしたら、少しは自分の事を省みてくれるかなって、期待したんです」

「……それは、どういう意味だい?」

 

 3人は、意味が分からないとばかりに困惑している。……あと、さりげなく周りが聞いてるのにも気づいていますが、まあいいです。

 

「緑谷くんは、憧れで身を滅ぼしてしまう子です」

「え……?」

「まさか!? 彼は尊敬できる友人だ!!」

「……」

「何かずれてませんか? いえ、それは否定しませんが……」

 

 面倒臭さを覚えつつ、普通になる為には慣れておくべき些事だと思い直す。

 

「緑谷くんの善性は、少しばかり行き過ぎているんです」

「……え」

「このままだと緑谷くん、自分が餓死寸前でも笑いながら子供にパンを差し出して、飢え死にしちゃいます」

 

 例えの話をしながら、彼のおかしさにいまだ気づいていないお茶子ちゃんと飯田くん、そして騎馬戦でチームを組んだ常闇くんにも良い機会ですと説明する。

 

 仲が良いからこそ、その異常な精神性を知っておかないと、ある日いきなり急変した様に見えるかもしれません。それはちょっと可哀想です。

 

「緑谷くんは、ちぐはぐです」

 

 今も、壊れた左腕を、更に犠牲にしようとしています。

 

「弱いのに強くて、貧弱なのに強靭で、飢えているのに満ちている。……紙一重なんです」

 

 そのせいで、頭が良くて優しいのに、残酷になっていく己に気づけない。

 

(例えれば、釣った魚に餌をあげない人。それに思い至れない子供)

 

 彼は鈍感で、愚直で、前だけを見すぎている。後ろで彼を案じて泣いている人がいても、気づかず置いて行ってしまう。

 A組の中で、普通なのに普通じゃ無い、お茶子ちゃんに似ている様で違う男の子。

 

「彼は、このままヒーローになっちゃいけない子です」

「……」

「……トガくんは、それを……案じていたんだね」

「はい。だから、死なない程度に痛い目を見れば、少しは立ち止まって己を見つめ直してくれるかなー……なんて、期待したんですけど」

 

 無理だろうなと、分かっていたから指摘しなかった。

 

 ステージ上で、更なるぶつかり合いが起こっている。砕かれる氷の隙間から、緑谷くんが痛みに顔を歪ませ、その異常な瞳を轟くんにギラギラ向けている。

 

「やっぱり、ダメみたいですね」

 

 口元を隠して、笑う。

 

 勝負に負けても、試合に勝てるからいいかと思いましたが……迷いの無い緑谷くんの揺るがない心が、自らを省みない立ち回りが……轟くんの繊細な心には残酷すぎます。

 

 その在り方は、強烈で刺激的すぎる。

 

 半信半疑、というより疑い九割だった2人が、ハッとした表情で緑谷くんを見ている。

 気づけばお茶子ちゃんも飯田くんも常闇くんも、それ以外の人が見入っている。

 

 緑谷出久という歪んだ原石の、その在り方に圧倒されている。

 

 一瞬だけ冷静になれた轟くんも、その視線に負けて、怖がって、全力で“個性”を使っている。でも、彼はひるまないどころか、轟くんの動揺に隙を見いだせないかと考えながら前進している。

 

 戦うたびに壊れていく自身をそのままに、痛みという警告に従う事もせず、ただひたすらに勝利を求めてひた走る子供。

 初めて出会うだろう、際立って異常な強敵に、呼吸が乱れている。轟くんの視線は度々、観客席にいる父親の姿を探し、安堵と憤怒で表情を歪ませる。

 

 

「どこ、見てるんだ……!!」

 

 

 それに、とうとう緑谷くんが口を出す。

 

 

「震えてるよ、轟くん」

「……!?」

「“個性”だって、身体機能の一つだ。君自身、冷気に耐えられる限度があるんだろう……!?」

 

 

 痛みに震える声は、轟くんに動揺を与えている。彼の足が、一歩下がる。

 

 

「で、それって。左側の熱を使えば、解決出来るもんなんじゃないのか……?」

 

 

 緑谷くん、容赦ないですね。

 

 中途半端な君を負かしたいんじゃないって、そういう意図がビンビン伝わってきます。ですが、話を聞いていたお茶子ちゃん以外は、困惑しています。

 

 

「……皆、本気でやってる。勝って……目標に近づく為に……っ、一番になる為に!! 半分の力で勝つ!?」

 

 

 緑谷くんが、血だらけでボロボロの左腕を豪快に振る。

 

 

「まだ僕は、君に傷一つつけられちゃいないぞ!!!!」

 

 

 その叫びの怖さを知るのは、私とお茶子ちゃんと、そして――――

 

 

()()で、かかって来い!!!!」

 

 

 彼のお父さんでしょうね。

 

 

「おまえは……っ!?」

「んぬ゛っ!!」

 

 

 バキバキの左腕を、おもいっきり降りかぶり、衝撃でステージの大半の氷が砕けて、それが轟くんに降り注いでいく。

 

 ああ、もう左腕は持ち上げる事すらできませんね。

 使える部位が本当に無くなり、これで、右手を使うしかないわけですが……

 

 

「…………」

 

 

 緑谷くんの動きが止まる。試合中、一度も轟くんから視線を逸らさなかった彼が、顔をあげる。

 まるで、そうするのが自然な様に、私を探して、目が合う。

 

 その、底知れないまっすぐな瞳と見つめあう。

 

「……」

 

 だから私は……約束の小指をたてる。

 目を細めて、口を動かす。

 

 

「 さあ、君はどうします? 」

 

 

 その右手に乗せた、たわいない『約束』を握りつぶしますか? そう、彼に問う。

 

 緑谷くんは、数秒だけそんな私を見て「……ああ」じわじわと目を見張っていく。

 

 それから「……そうか、そういう事だったんだ……!」何かに気づいた様に、パチ、パチパチ! と、全身から閃光を走らせる。

 

 

「……()()に、100%じゃ、ダメなんだ」

 

 

 緑谷くんは、私を見上げながら、ぶつぶつと言っている。

 

 そして、いまだ無傷の右手を、うっすらと開いてから優しく握りしめる。

 

 

「渡我さんは……最初から、教えてくれていた」

 

 

 え?

 

 

「握り潰すな、って。……つまり、力を抜けって、ヒントをくれていた」

 

 

 ……そういう意図は、確かに込めましたけど……変な捉え方してませんか?

 

 緑谷くんが、謎の自己解釈でナニカの答えを得たらしい。

 ダメになった左腕をそのままに、ゆっくりと全身に“個性”を発動し、閃光がパチパチとはじけていく。

 

 その間、轟くんは緑谷くんを警戒……というより、もう心で負けているといいますか。

 

 あの迫力を目前に、降参しないだけ強いというレベルで、毛を逆立てた猫の様に彼の一挙一動を注視している。

 

(……本当に、可哀想です)

 

 後で優しくしてあげましょう。

 

 

「緑谷、そんな状態で……何が、できるってんだ」

「……君は、あの日の渡我さんを知らない」

 

 

 はい?

 

 

「幸い、って言っていいのかな。……僕たちは、見ていたんだ。渡我さんを……片腕だけで、立ち向かう姿を、その戦い方を、全部見ていたんだ」

 

 

 壊れた左腕からも閃光がほとばしり、彼は吠える。

 

 

「人を守る事を諦めない、気高いヒーローの背中を!!!!」

 

 

 待って????

 そんなの見せた覚え無いですよ????

 

 困惑していると、お茶子ちゃんに泣きそうな顔で抱きしめられる。え? ……飯田くんはズーンと落ち込んでいるし、常闇くんは何とも言えない顔で暗めに腕を組んでいる。……えぇ?

 

 

「何で、そこまで……!?」

()()()()()()……!!」

 

 

 瞬間、ぶつかり合いが生じて氷が弾かれるも、その右腕には傷一つ無い。

 

 自壊せず、轟くんの攻撃を跳ねのけた事に、歓声やプレゼント・マイクも大いに盛り上がっている。

 焦る轟くんが更に氷を生みだすも、威力の落ちた氷結は緑谷くんの拳で簡単に砕けてしまう。

 

 

「全力で! やってんだ皆!! 君の境遇も君の()()も、僕なんかに、計り知れるもんじゃない……でも!!」

 

 

 バキッ!! と、緑谷くんの右足がとうとうあらぬ方向に折れる。

 

 お茶子ちゃんの悲鳴を聞きながら、まあ、いきなり一点集中から全身に、なんて上手くいくわけないですよね。と納得する。

 彼はぐらりとよろけて、しかし右手を足代わりに、無理矢理に体勢を立て直す。

 

 

「ッうう˝ぁ!!?? ぜん、りょくも出さないで、一番になって、完全否定なんて―――フザけるなって今は思ってる!!」

「……う、るせぇ!!」

「僕は勝つ!! 君を越えてっ!!」

「……ッ」

 

 ダンッ!! と、緑谷くんが動く。

 

 折れていない左足だけで飛んで、そして、踏ん張れない身体で、初めて、轟くんと距離を詰める。その拳は、私と約束をした右手は、そのまま。

 

 

「…………あ?」

 

 

 トン、と。

 

 轟くんの胸を叩く。

 

 

「……?」

 

 

 それは、そよ風ほどの威力も無い。友達を叱る様な柔い一撃。

 最大のチャンスを無駄にする、轟くんの心臓にだけ届く、淡い衝撃。

 

 

「君の、力じゃないか……っ!!」

 

 

 ああ、ほんとうに。

 

(……緑谷くんって、気持ち悪いです)

 

 唖然とした表情の轟くんが、その一撃の意味を「――――……ぁ」言葉を、理解して―――くしゃりと顔を歪ませる。

 至近距離にある、緑谷くんと見つめあい、その半身から業火が噴き上がる。

 

 それが、合図になる。

 

 

「!!」

 

 

 緑谷くんは片足だけで無様に距離をとり、威力を出す為に腰を捻り右腕を振りかぶる。

 

 轟くんは氷と炎を操り、泣き笑いの表情で、打たれた胸をおさえながら力を振るう。

 

 

「……緑谷、お前、おかしいよ……っ!!」

「……」

 

 

 そして、2人は“個性”を迸らせる。

 

 

「……でも……ありがとう」

「……どう、いたしまして!!」

 

 

 もう、言葉はいらないと、彼らは激突する。

 

 咄嗟にお茶子ちゃんを引き寄せると、ドゴオオ!! と、爆発かと疑う程の激しい余波が観客席にまでとどき、ステージが見えなくなる。

 

 そして煙が晴れたら、予想通り。片足を失って踏ん張れない緑谷くんは……あっさりと場外に弾き飛ばされ転がっている。

 

 けれど、手痛い一撃は与えたらしく、轟くんは腹を押さえて蹲っている。

 

 

「……ぁ。デクくん、負けたん?」

「はい」

「……でも、負けてないんだよね?」

「はい。緑谷くんは、()()()()負けませんでした」

 

 お茶子ちゃんは「そっかぁ……」と、初めて見る、どんな感情を込めているのか分からない表情で目を伏せる。

 

 その、大人びた横顔に息を呑んでいると、ミッドナイトの声が響き渡る。

 

 

『緑谷くん……場外!! 轟くん――――……三回戦進出!!』

 

 

 そうして、少しの波乱があった二回戦はほどよく平和に幕を下ろすのでした。

 

 

 


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