考える事は多々あれど、目的を忘れてはいけません。
何やら企んでいる気配が濃厚な
私は、憧れの普通科に通う為にここまできたのです。目指すは、ヒーロー科からの一時離脱です。
追加するなら、いつの間にか発生している謎の勘違いも終わらせて、楽しい学園生活を送りたいです。
(だからこそ、この試合でアピールします)
ヒーローとは何か? 敵とはどういうものか? 不本意ながら、生徒指導の子供向けアニメのおかげで大衆向けは理解できています。
(敵とは、最後にヒーローに倒されて退場するものです)
芦戸ちゃんの時もそれを狙っていたのに……途中で変な空気になって諦めました。
でも、塩崎ちゃんなら大丈夫でしょう?
この場で、塩崎ちゃんをいたぶってボロボロにして返り討ちにあえば、普通科への道が開ける筈です。
(……私は諦めません)
ふぅ、と息を吐く。トガヒミコは不本意ながら、投げ出さない事と諦めない事に関しては悪夢で鍛えられています。拒否権の無い周回とか、あと少しだったのに即死とか、ちょっと気を抜いたらリンチとか……理不尽に怒る気力すら念入りに打ちのめされたので、精神的にタフなのも強みです。
だからこそ、色々な問題を後回しで目の前に集中できます。
チラ、と私を見つめる塩崎ちゃんを観察すれば、彼女は「……!」私の視線に緊張を滲ませて、されど大きな壁を喜ぶ様に笑う。
「……! 渡我さん、胸をお借りします」
「……はい」
声に込められる熱情に、相変わらずの温度差を感じます。
そこは睨むところでは? 薄く浮かぶ笑みに疑問を抱きつつ、私は塩崎ちゃんの事をあんまり知らないと思い出す。
(そういえば、今日初めて話しました)
気づけば庇護対象として見ていたので忘れていました。……だから、予想と違う反応をされて虚をつかれたのでしょう。
(……やり辛いです)
つい、口元を隠して、苦く緩む口元を隠す。
少しだけ、彼女に笑い返すのも有りかもしれ……いえダメです。気持ち悪くて悪魔で怖い、人を不快にさせる笑みを晒しては、またうるさく言われちゃいます。普通から遠ざかるし、お茶子ちゃんも見ています。
(……塩崎ちゃんに嫌われるのは、別にいいですけど)
お茶子ちゃんから嫌いって言われるのは、ちょっとヤだなぁと目を伏せる。
つい、関係ないところでやる気を失いかけて、乗り気になれない自身に気づいてしまう。
(……塩崎ちゃん、良い子なんですよねぇ)
本来なら、手心を加えて一撃で終わらせてあげたくなるほどには、情も湧いている。
でも、それはダメだと何度目かの溜息を飲み込む。それらを誤魔化して塩崎ちゃんに小さく手を振れば、彼女は不思議そうに、けれど控えめに手を振り返してくれる。…………余計にやり辛くなりました。
『おいおい……試合前に和んでて大丈夫かぁ!? 今回の体育祭随一のトリックスター、なんかギプスが増えてるけど大丈夫!? ヒーロー科、渡我被身子!! 対、真面目が服着てる系実力派女子、対戦相手にさえ慈悲深き乙女!! ヒーロー科、塩崎茨!! 両者並び立つ!!』
……気乗りしない心を、強引に切り替えます。
あと、関係ないけどプレゼント・マイクから、塩崎ちゃんへの紹介のやり直しというご機嫌窺いの気配があります。何かあったんです?
『START!!』
ザワリ。勢いのある試合開始の声と同時に、塩崎ちゃんの空気が変わる。
彼女の笑顔がスッと消えて、感情を抑える様に静かな表情を向けられる。そして、一斉に頭上のツルが蠢き、ズゾゾ、と。囲い込む様に迫ってくる。
「……ふあ」
まあ、初手はそうきますよね。
気が抜けて欠伸を漏らしながら、タイミングを見て一歩前に。ツルの動きを俯瞰する。
(んー……)
この一歩にかける修正、速さ、伝達、調整、それらをぼーっと見つめて、触れる寸前で避ける。うん、速くて複雑ですけど、立ち位置に気をつければ大丈夫ですね。
「はい、大体分かりました」
「……!」
轟くんほどではないですが、塩崎ちゃんも“個性”を扱うのが上手いですね。
細部まで操らんと努力している跡が見えます。普段から“個性”をつかって練習しているのでしょう。……しかし、これはまた、脳を使いそうな“個性”です。
(だから、ですかね……?)
信仰のある頭が良い人って、啓蒙と相性が良いのかもしれません。
秘儀の行使に違和感を覚えて、閉じた瞼が震えるほどの逸材ですからね。……信仰心のある、脳を使い慣れた人だからこそ気づくのかもしれません。
(……塩崎ちゃんに、自覚があるかは分かりませんが)
彼女は、私の秘儀が“個性”ではないと勘付いている可能性がある。……もしくは、いずれ気づける下地をもっている。
(……厄介です。選択を間違えれば、私の擬態が見抜かれるかもしれません)
普通を目指す私にとって、普通でないと嗅ぎ取られるのは、この身がすでに人でないと暴かれるのは、とても困ります。
(……やはり、今の内に手を打っておきましょう)
少しばかり積極的に、彼女を傷つける事を決める。
そう考えている間も、ひたすらに私を追い、うねり、広がり、此方を拘束しようと追いかけてくるツルの群れを、脳の瞳を経由して躱していく。
ステージ下にも潜り込んでいますが、微かな音でバレバレだって、後で教えてあげましょう。
ローリングして避けつつ、ツルの移動ルートから狙いも分かるので、閉じ込められそうになればツルとツルをわざと絡ませ、はじき、ねじらせ、隙間をつくります。
「……くっ!!」
ぎゅう、と。
祈る様に手を合わせる塩崎ちゃんをチラ見して、ステージに張り巡らされていくツルの範囲を把握しながらステップを刻む。
『渡我ぁ!! 縦横無尽に迫りくるツルの群れを間一髪で躱し続ける!! その無駄のない動きは背中に目が―――ついててもおかしいだろその動きぃ!? ちょ、欠伸したぞおい!? 目を擦ったまま避けれちゃダメでしょ!?』
『……渡我は、恐らく目が良いんだろう』
『目ぇ!?』
『感覚が鋭すぎるというのもあるが……相手の微かな動きから攻撃を先読みする能力が抜群に優れている。……ジャンケンでもしたら、大抵の相手に連戦連勝できるだろうな』
褒められました。
ちょっとウキウキしますが、調子に乗ると加減を忘れるから我慢です。
それに、私を捕まえられない焦りでツルの操作が一部雑になっています。下手に自爆されても困るので、この辺りでしかけちゃいましょう。
(塩崎ちゃん、棒立ちは愚かですよ)
もっと動かないと、簡単に狙い撃ちできてしまう。
「……よ、っと」
あえて、身を低くしてギリギリで避ければ、強引に追いかけてくるツルが、ガリッ!! とステージを削ってくれる。そこから生まれる石を靴先で蹴り上げて拾い、塩崎ちゃんに投石する。
「……ァ!?」
良い声。
塩崎ちゃんの、油断しきった悲鳴にゾクッとする。その衝撃で、くねりと一部緩んだツル地帯から早々に抜け出し、ポタリ、血を流す彼女を見つめる。
「……ぅ」
頬から顎にかけて、ツウ、と零れていく赤が見える。ゾクゾクして、苦悶の声も合わさって耳に心地良い。
(……敵も、たまにはいいですね)
グッときます。
彼女は頬をおさえながら、油断ならない瞳で私を見ている。さあ、どんなカァイイ事を言うのかなと、どんな台詞にも敵っぽい嫌味を返そうとワクワク待機。
「……ッ、なぜ、ですか? 渡我さん」
「……?」
声の響きに、怒りより戸惑いを感じて、返事が遅れる。
「……渡我さん、なら……今ので私の気絶を狙えた筈です!」
「……」
はい?
「やはり、貴女は優しすぎます! この行為が、貴女の慈悲深さからきているのは理解しますが、どうか手心無く、本気でお願いします!!」
「……」
待って?
え、何言ってるのこの子? とち狂ってるんですか?
「…………」
絶句してしまう。敵っぽい事を言いたかったのに、素で言葉に詰まるじゃないですか。目は丸くなるし、表情の選択にも困ります。
(天然ちゃんですか?)
よろけそうになりました。
芦戸ちゃんといい塩崎ちゃんといい、私は対戦相手に恵まれない……!
これは、大幅に予定変更です。
「……今の台詞、後悔しないでくださいね」
「! ありがとうございます」
今のやり取りで、オチがみえました。
この子はどれだけボコボコにしても、謎解釈でへんてこな事を言いだします。最悪、そんな塩崎ちゃんの天然発言で勘違いモードが延長したら最悪です。
(……。しょうがありません。もう少し、体力を削っておきたかったですが)
手痛い反撃を覚悟しましょう。
本来の予定では、塩崎ちゃんを遠距離からじわじわ削って、卑怯とか、真面目にやれとか、獲物をいたぶっているのかとか、そういう感想を観客に抱かせた上で、更に盛り上げるつもりでした。ですが、悠長な事をして塩崎ちゃんに発言を許す方が危険です。
……そうとなれば。……よし。
「塩崎ちゃん、攻撃はしないから近づきます」
「? はい、分かりました」
すたすたと、両手を広げて無防備に近づくと、本当に警戒を解かれる。ツルもへにょっとする。
(……嘘でしょう?)
害意はないと示したとはいえ、この素直さはゾッとする。
これが光属性、もしくはヒーロー科なのかと、どん引きしながら手を伸ばすと、不思議そうに見つめられる。
(……いえ、そこで私の手を振り払うぐらいはしましょうよ)
色々と言いたい事はありますが、今だけは都合が良いので黙ります。背伸びすれば「どうされました?」素直に身をかがめてくれるのに更に呆れつつ、ペロッと。
「―――」
彼女の、顎下から頬の傷口まで。血をすくうように舌を這わせる。
『えっ!? ちょ、はっ!? 何してんのぉー!? きゃー!?』
『やかましい……野太い悲鳴をあげるな』
外野がうるさいですが、今は気になりません。……だって。
(……おいしい)
舌を刺激する鉄の味に、我を忘れそうになります。
好きです、たまらないのです。もう少し―――もっと、たくさん、味わって……ああ、ダメです。
傷口に、舌をねじ込みたい衝動を誤魔化して、彼女の血で濡れた手の平すら舐めたい衝動を堪え、唾液で彼女の傷口を塞ぎながら、そっと離れる。
「……と、がさん?」
「ごちそうさまでした」
口元をおさえて見つめあう。久しぶりの好物の味で、緩みそうな顔を隠しつつ、しっかりと堪能しています。
「……いま、のは」
「はい。これが、私の“個性”の条件です」
「……え?」
頬をおさえて、ポカンとしている塩崎ちゃんと、妙にうるさい歓声とかプレゼント・マイクの声を無視して、味の反芻をしながら塩崎ちゃんに背を向けて離れる。
そして、最初の位置に戻ったあたりで、口元から手を離し、振り返る。
「私の“個性”は『変身』です。条件は、他者の血液を摂取すること。つまり、今の私は――――」
とろりと。
視点が高くなり、彼女と目線を合わせながら、ザワリと
「貴女になれる」
「!?」
塩崎ちゃんの瞳に、塩崎ちゃんになった私が映っている。
それを見つめながら、“個性”を意識して動かす。さあ、自分の“個性”で叩きのめされてください。
「……これ、は!?」
「今度は、塩崎ちゃんが躍る番ですよ」
「ッ、まさか、変身先の“個性”を使えるのですか……!?」
返事はせず、試運転です。
横目に、微笑む
……改めて、“個性”って、本当に不思議です。
障子くんに変身した時も思いましたが、“個性”によっては、使い方を教えるどころか、拒否しようとする人もいます。……まあ、その時は叩き伏せて完全に乗っ取りますが。協力的な方が楽です。その点では、塩崎ちゃんも障子くんも、良い人です。あの時の障子くんは、不覚をとった己を責めつつ、轟くんを気遣って、邪魔もしなければ協力もしませんでした。
それはそうと……
(お顔が、近いです)
あの、“個性”の塩崎ちゃん、目の前の塩崎ちゃんよりフレンドリーです?
誰にも見えないから良いですけど、後ろから抱きしめられています。懐いているというか……気を許されています?
「……」
いえ、今は試合中です。
戸惑いますが、おかげでツルの細かい動かし方が分かりました。改めて、五本単位で絡ませて強度をあげます。それを、大きく振り回して即席鞭の連打です。これは、当たったら皮膚を裂いて痛いですよ。
「ッ!! すでに、扱い方を心得ているなんて」
はい。“個性”の塩崎ちゃんが教えてくれましたから、とは言いません。
ビタン!! バチン!! と、ステージを派手に叩く鞭の音を聞きながら、逃げる塩崎ちゃんを観察する。……うん。このぐらいの力加減なら大怪我にまでなりませんね。
転がる様に、鞭を避ける塩崎ちゃんを見守りながら、目を細める。
「……」
にしても、“個性”の塩崎ちゃん、ステージを逃げ回る己の本体を見つめて、良い鍛錬になりますね、みたいな満足げな顔で祈っているの、控えめに怖いです。自分に厳しすぎでは?
塩崎ちゃんが必死に迎撃しようとしますが、鞭にしたツルと、ただのツルでは威力が違います。
掠めれば弾かれ、派手な音がしたかと思えばツル同士が絡まり合い頭皮が痛み、焦ってツルを切り離している。
同じ強度の鞭を作ろうとしても、最初にステージに張り巡らせたツルが邪魔になって、それが己のものか私のものかで判断が遅れ、処理がおいつかずもたついている。
(……範囲を広げられるからこそ、一度処理がバグると混乱しちゃいますよね)
軽く同情しつつ、これは反撃されるまで時間がかかりそうだと、“個性”の塩崎ちゃんを横目に、余ったツルを蠢かせて椅子を作る事にする。
「……!?」
驚愕の視線を感じつつ、集中します。
今の塩崎ちゃん相手なら、座っていても問題ないと判断して、ツルを編み込み巻き込んで強弱と弾力をつけて……できました! おしゃれなキャンプチェアの完成です。
『―――マジでぇ!? 変身先の“個性”を使えるだけでも反則臭ぇのに、即席の椅子まで作ってコントロールも完璧ってか!? 末恐ろしいにも程があるだろ!!』
うん、良い感じの座り心地です。
のびーっと椅子に座りながら、塩崎ちゃんをべしべししていると、己のあまりのヒールっぷりに満足します。
(やっぱり、渡我被身子って根が敵なんですよね)
軽く足を組んで、くあっと欠伸をしながら目を擦る。……血が足りないのもあって、眠いです。
“個性”の塩崎ちゃんは、当たり前に私の傍に控えていて…………あの、本体の背中に鞭が掠めて、派手な音してますよ? 凄く痛そうだけどいいんですか? もしかして塩崎ちゃんって、私の事あんまり嫌いじゃないです?
少しそわそわしつつ、塩崎ちゃんの“個性”を束ねて鞭から手の形にする。……細かいのは疲れるので、想像しやすい形に固めてからコントロールする方が私にあってますね。
「……!!」
頑張って対処しようとしている塩崎ちゃんは……動揺しすぎて防戦一方ですね。
良い感じに体操服も裂けて、露わになった肌に血が滲み、白い肌に痛々しい青痣が目立ちだしています。……目の保養ですね。
そんな姿にこそキュンとしちゃうから、私という存在は度し難いのです。……でも、ボロボロの女の子って、すっっごくカァイイんですよねぇ……癒されます。
「……ッ、渡我さん!!」
「? ふぁい」
「その椅子は、私にも作れるでしょうか!?」
「……」
……また、何か言い出しましたよこの子。……試合中に気にする事です?
「私は……己の“個性”に、創造の可能性を見出しておりませんでした!!」
「……」
だから、何を言ってるんです?
今べっちべっちに叩いてるのを、息も絶え絶えにしのいでいる状態ですよね? どう考えても、今発する台詞じゃないですよね?
「他にも、くっ! 作れるのでしょうか!? どの様に編み込んだ、ァ……のでしょうか!? どうか、未熟な私にも、んッ、ご指導のほど、お願いします!!」
「……あの、落ち着いてください」
「いいえ! とても落ち着いていられません!! ああ―――今日という日の出逢いに感謝を!! 私は、人生の師を見つけました!!」
……。
私は、本当に対戦相手に恵まれない……
ここは、自分の“個性”を好き勝手に使われて怒りを覚え、私という強大な敵を倒してヒーローとして成長すべきシチュエーションでしょう?
うんざりして、だけどこういう予想外は少しだけ面白く感じて(いっぱい嫌われると思ったのに……)なんとなく口元を覆う。
「……えと、椅子を作るのは、今の塩崎ちゃんには難しいと思います」
「……! それでは、私の努力次第でしょうか?」
「……ですね。塩崎ちゃんの“個性”の伸び次第です。……んー」
少し考えて、チラと“個性”の塩崎ちゃんを見れば、彼女の両手が私の手を包み込み、己のステータスを開示する。
……ゲームみたいですけど、そういう風に数値化して見えるのだからしょうがない。……えーと? 血質はまだまだ。神秘はほんのり伸びてますね。この年でこれなら及第点ですが、どちらかというと技術を伸ばしている感じですか。……少し勿体ない育ち方ですね。
「……そうですね。もう少し“個性”を練習したら、簡単な椅子ならできそうです。今度、一緒に作りましょう」
「はい……!!」
感動で目を潤ませるのはいいですが、試合を忘れないで?
この会話の間にも攻めを緩めていません。だから、笑ってないで真面目に逃げてください。一方的なボコボコは狙っていたけど、このシチュエーションだと違うんです。
というか、何がそんなに嬉しいんです? この“個性”は水と日の光さえあれば無尽蔵に生えるみたいですが、それで家具でも作って売るつもりです?
「……時間切れですね」
そうこうしている内に、エネルギー切れです。
あの程度の血ではこの短時間が限界です。せめてもの嫌がらせだと、彼女のツルの棘を蕾に変えて、ポンッと白い薔薇を咲かす。
「あ」
最後ぐらい、彼女を怒らせるつもりで花の香りを撒き散らす。
これで、自分の“個性”をおもちゃにされたと気づいて「――――渡我さん!!」……なんで嬉しそうな声ぇ?
「私は……花を咲かせる事も、できるのですか?」
は?
「いや、それはできるでしょう……」
この天然さん、もう試合をする気ないのでは? 何で目がうるうるしてるんですか?
「……“個性”は自然の花と仕組みが違います。ツルを伸ばすのと勝手は違いますが、ベースが植物なら、花が咲いてもおかしくないでしょう?」
精神的な疲労を感じて、気づけば変身が解けてしまった。
別れ際に「っ!?」“個性”の塩崎ちゃんにキスをされて、ちょっとだけ動揺。……頬をおさえつつの咳払い。
……やっぱり私、塩崎ちゃんに嫌われてないみたいですね。
ボロボロと、私から伸びていたツルは力を失い、薔薇の花弁と一緒にステージにばらまかれる。
最終的に、それらが霧の様に消えると同時に、座っていた椅子も消える。その直前にのんびりと立ち上がり、伸びをする。
「……まあ、私のと違って、塩崎ちゃんが作った椅子は残りますし、これから頑張ってください」
「はい!」
「……あと、塩崎ちゃんはお堅いです。もっと気安く話しかけてくれないとヤです」
つい、嫌われていないならと調子に乗って要求してみれば、彼女は目を丸くして数秒ほど言葉に詰まる。
「……――――奮励努力いたします!!」
……ダメっぽい。
あ、でも塩崎ちゃんは真面目だから、後々にこのお願いは効いてきますかね?
さて。変な空気にはなりましたが、まだ軌道修正はできるでしょう。試合を再開しようと、塩崎ちゃんを見つめる。
「さて、それでは―――」
「はい! 私の負けです!」
「―――……ん?」
んん?
目を見開いて、固まる。
「参りました。これ以上なく、実力差を突きつけられました。本来なら、それでも挑みたくはありますが……先の約束を強引にとりつけた手前、そこまで恥知らずにもなれません」
……。
「渡我さん、ご指導ご鞭撻のほど―――…………いえ」
塩崎ちゃんは、そこで頬をほんのり赤らめる。そして、少しだけ恥じ入る様に瞳を伏せて、はにかむ様に微笑む。
「……私の様な、いえ……私と、戦ってくださり……くれて、ありがとうございます! ……今後とも、よろしくお願いします!」
ぅ、カァイイ……!
でも、ちょっと憎らしい! でもカァイイ! ダメです、心が混乱しています。
「……こんな感じで、大丈夫でしょうか?」
窺う様に、ほんのり不安そうな彼女にギュンッとしつつ、なんていうか、泣きたい気分。
世界って、思い通りにならないなー、脳の瞳が仕事しないなーと、うんざり気味に「良いと思います」と頷くと、ミッドナイトが身悶えしながら、満たされた様に鞭をふるう。
『塩崎さん、降参!! 渡我さん――――三回戦進出!!』
……切実に、ここで負けておきたかったです。
そしたら、どれだけ悪行が目立とうと爆豪くんのおかげで薄れたでしょうに。
現実の難易度の高さに打ちのめされていると、私よりずっとボロボロの塩崎ちゃんが「失礼します」当たり前に私を抱き上げる。
……いえ、もういいです。
私は思考を放棄します。もぞもぞと塩崎ちゃんの首に腕を回して、その胸に顔を埋めました。