難しい事は分かんないですけど、アレです。
睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠っていうのがあって、私があの夢に行くには深いノンレム睡眠中じゃないとダメみたいなんです。
そして夢を見て繋がったら、後は目覚めるまで、深かろうと浅かろうと夢に囚われて、現実の自分が『朝日』を浴びるまで目覚められない。
理屈はさっぱりですが、つまりは熟睡しなければ夢と繋がらないのです。
(……でも、人間の三大欲求には『睡眠』があるんですよねー)
眠気がピークになってしまい、欠伸をしながらうんざりする。
全身が酷く気だるくて、気づけばロッカーに頭を擦りつけている。久しぶりに現実で身体を動かしたからか、もしくは学校中でフッと感じるミッドナイトの残り香のせいか。とにかく眠くてしょうがない。こんなに眠いのはいつぶりでしょう……?
(……昨夜は登校初日だから、久しぶりにちゃんと眠ったんですよね)
つまり、暫く
眉間に皺をよせて絶対に熟睡したくないと、半ば意地で着替えようとしたところ「トガちゃん!」声をかけられる。
「……ふぁ?」
「あはは、眠そうな声! お疲れ様、今日は大変だったね!」
葉隠ちゃんだぁ。
パッと華やくカァイイ笑顔に見惚れて、自然と頬が緩みそうになる。
「はい。葉隠ちゃんもお疲れ様です」
「うん!」
何やら嬉しそうに笑い、隣に並んで着替えだす。
そんな彼女に色々とお世話された朝の事を思い出し、気まずさを覚えながら重たい瞼を閉じる。……少しだけ、眠気を振り払おうと息を吸って「あ、そうだよね」と、素早く着替えた葉隠ちゃんが、穏やかに手を伸ばしてくる。
(……?)
どうしたのかと、とろんと首を傾げる私に葉隠ちゃんは微笑み、脱ぎ掛けの体操服に指をかける。
「はい、ばんざいしてー」
「……」
まって?
「トガちゃん良い子だねー、下も脱がしちゃうから、私の肩つかめる? ……うん、そんな感じ! 右足からあげてね?」
「……」
まって!?
いえ私も何で素直にお世話されてるんですか!? 言われた通りに動きながらあまりにあまりな展開に目を見開いていく。
「え? は? ……ええ!?」
「あ、目が覚めた感じ? ちゃんと立てる?」
「あり、がとうござ……いえ、そうではなくて!」
うっかり乱れた髪まで直されそうになってしまい、ギリギリで理性が働いてくれた。
「だ、大丈夫です……! トガは今バッチリ起きました! ありがとうございますごめんなさい!」
「いいよいいよ。困った時はお互い様だし、トガちゃん良い子だし!」
一切良い子ムーブした覚えがないですよ!?
むしろ、朝といい今といい、彼女には迷惑しかかけていない。ほっぺが熱くなってしまった。
「トガちゃんは、帰りは駅まで?」
「……そ、そうです」
「お家から通ってるの?」
「い、いえ。アパートを借りていて、1人暮らしをしています」
「同じやん!」
ふあ!? 突然の声に振り返ると、興奮している様子の『無重力』少女。
「あ、驚かせてごめんね! 私は麗日お茶子! よろしくね!」
にこっと笑う笑顔に、不意打ちめいた衝撃を受ける。
鼓動が跳ねて、見る人を朗らかにさせるふわっとした笑顔に(いいなぁ)と、見惚れる。……私も、こういう笑顔なら良かった。
「……っ。わ、私は、トガです。トガヒミコ」
気まずくなりながら自己紹介すると「うん!」と、理想の笑顔がかえってくる。
……っ。情けなくも少しだけ犬歯が疼いて、それを意思の力でおさえながら、この笑顔に笑い返せない自分が嫌いだと思う。
「あ、もしかして麗日さんも1人暮らしなの?」
「そうなの!」
そんな私の前で、きゃっきゃっと笑いあう2人。
……ヤーナムの夜に浸かりきっている穢れた心には眩しすぎると、苦い気持ちで目を逸らす。
「あ、自己紹介してる感じ? じゃあ次は私ね! 芦戸三奈! よろしく!」
「へっ」
と、そこにピンク色の『酸』の女の子がずずいっと身体ごと乗り出して声をかけてくる。
「便乗すると、ウチは耳郎響香ね」
「は、はい。芦戸ちゃんと耳朗ちゃんですね」
驚きながら頷けば『イヤホンジャック』の子も笑ってくれる。
その更に後ろには、自己紹介待ちをしてくれる『創造』と『蛙』の子がいて、慌てて居住まいを正す。
「私は八百万百ですわ。以後お見知りおきを」
「こ、こちらこそです!」
一位の子。お嬢様って感じのお上品な子ですね。
「ケロ。蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで」
「はい、梅雨ちゃん。私の事は好きに呼んで下さい」
『蛙』の子は落ち着いて、静かで大人びている感じですね。
(……あれ、でもこの流れ……なんだかつい最近見た様な……あ)
朝の記憶がうっすらと蘇ってくる。
そうですこれ、私が寝ぼけている間に皆さんこれと近い会話をしてました! つまり、私以外の面々はすでに自己紹介をすませていたんですね!?
(っ……学校で寝るの、頑張ってやめた方が良いですね)
色々な意味でやらかしが酷いです。
年下の女の子達が楽し気に自己紹介している横で、甲斐甲斐しく介護されている自分とか、最悪すぎます。
「トガさんって寝起きが悪いんだね。夜更かししてるの?」
「……い、いえ。体質で、ずっと眠いのです」
「それは大変だね。あ、もしかして“個性”が関係ある?」
「……ど、どうでしょう? 後天的なものなので、有るかもしれないですね」
うぅ。麗日ちゃんの笑顔に勝手に追い込まれながら、手で顔を覆う。
「……もしかしたら、枕が合っていないのでは?」
「あー、それはあるかも。どう? 今の枕でよく眠れてる?」
「……枕は使ってないです」
「「「え?」」」
一斉に目を丸くする彼女達に「そもそも持ってないです」と付け加える。
「……枕が無いから眠りが浅いのかもね。今日にでもウチと買いにいく?」
コミュ力の塊ですかこの子達?
小・中と友達のいない私には、彼女たちの明るい行動力についていくのでやっとです。
気がついたら、葉隠ちゃんに背を押される様に更衣室を出て、廊下を賑やかに歩いている。
「じゃあさ、枕はそれで良いとしてトガさんはベッド派? それとも布団派?」
「……どっちでも、ないです」
「? あれ、もしかしてハンモックとか? おしゃれじゃん!」
「いえ、椅子で寝てます」
ピタ、と。
教室へと向かっていた女子たちが一斉に足を止めて、ぐるんっと私の顔を見る。……え、怖ッ。
「待って。体質でずっと眠いんじゃないの?」
顔を寄せてくる葉隠ちゃんにこくこくと頷く。
「そ、そうですよ。そのせいでずーっと眠り続けてしまうので、1人だと起きられないのです」
耳朗ちゃんが、真剣な顔つきで顎下に指をあてている。
「……目覚まし時計とか、ダメな感じ?」
「はい。スマホのアラームじゃ起きれないので、いっそ数十分毎に起きて寝るを繰り返すのが一番効率が良いんです」
「「「…………」」」
待って、怖いです。
ヒーロー科の女子って、一年生からこんな空気を醸し出せるものなんです?
ヤです、その要救助者を何としてでも何とかしなくてはみたいな顔。私達は出会って一日目ですよ? 落ち着いて? 放っておいて?
「……わ、私、夕飯を買いに行く予定があるので、先に失礼しますね!」
「「「…………」」」
だから怖いんですよ!
なんでたった一日の付き合いでそんな意味深なアイコンタクトを交わせるんです? 最終的に麗日ちゃんが皆の想いを受け取って、ずいっと近づいて来る。
「私も、今日は買い物の予定があるし、途中まで一緒に帰ろう!」
「……は、はい」
「それじゃあ、ひとまずは麗日さんに任せるとして。……帰ろっか!」
「ケロ」
私だけ蚊帳の外で、A組女子が結束を固めているんですけど?
疎外感には慣れているけど、自分が中心なのは落ち着かない。それに、私はそんな反応をされる様なおかしな事を口走っていない筈だ。お母さんとお父さんも、変ではあるけど前よりは普通だ! って太鼓判を押してくれた生活ですし。
「そうだ! トガちゃんは今夜は何を食べるの?」
考え込んで、言葉少なになる私に、落ち着いたらしい彼女達は気さくに声をかけてくれる。
それに、ちょっとだけ嬉しくなりながら「そうですねぇ」と、目を細める。
「今夜は、冷ややっこにしようと思うんです」
「おかずの話? ヘルシーだね」
「いえ、冷ややっこだけ食べます」
……シンッ。と何故か先程の様な沈黙が数秒流れ、廊下を歩く足跡だけが響く。
「他には? ……他にも何か食べるんだよね?」
「? じゃあ、生卵も食べます」
「じゃあ!? それ調理する気のない口調やん!?」
「お腹に入れば(血以外は)一緒ですから」
真面目に答えれば、その場の全員が深刻そうに考え込んでしまう。……だから、なんでです? 今のは絶対におかしくないですよね? ご飯を抜いてる訳じゃないですし。
「……ケロ。……調理器具は、揃えているのかしら?」
「まだですね。こっちに来てから買う予定でしたけど……うっかり忘れてました」
何やら沈んだ様子の梅雨ちゃんに、何ともいえない視線を向けられる。
「ダメじゃん! 一応聞くけど、冷蔵庫とか電子レンジはあるよね!?」
「電子レンジはないですけど、冷蔵庫は小さいのがありますよ。お水がいっぱい入ってます」
葉隠ちゃんに詰め寄られて、意識的に冷蔵庫の中身を答えたのに、言葉を失ってしまった。
「固形物は!? お腹に溜まるものは入ってないの!?」
「まだ買ってないだけですよぉ。今夜にも豆腐と卵、それからサラダ油と砂糖が入る予定です」
芦戸ちゃんの顔が『ちがう、そうじゃない……!!』って言っている。器用な表情筋してますね。
「……まさか、と思うけど、今夜からそれだけで生きていくつもり……?」
「? はい。たんぱく質(豆腐と卵)脂肪(サラダ油)糖分(砂糖)があれば、人間生きていけるそうなので」
耳郎ちゃんが「……生活破綻者がいる」って、暗い表情をしている。……流石に失礼がすぎません?
「いいえ、ダメです渡我さん!! その食生活では身体に必要なビタミンがとれませんわ!!」
「あ、そうですね。じゃあ野菜も買っときます!」
もやしで良いですか? と聞けば、八百万ちゃんがフラァっと膝から崩れ落ちた。……そ、そんなにもやしって駄目です?
クラスメイト達の様子がおかしいと、唯一静かだった麗日さんを見ると、突如強い力で肩を掴まれる。
「――――トガさん!」
「は、はい?」
「―――私と、ルームシェアしよう!!」
はい?
この子は何を言ってるんです今そういう話の流れじゃ無かったですよね私でも分かりますよ?
唖然としていると「「「それ(よ)(ですわ)だあ!!!!」」」と急に元気になる彼女達。スマホを取りだして色々調べだしたりノートにペンを走らせたり電話をかけたりと、キビキビ動き出す。
「親の同意は必須ですわね。いざという時の為に弁護士に声をかけておきますわ!」
「私はひとっ走りして先生に相談してくる!」
「さっきの会話を書きだしてくるよ! 絶対に決め手になると思う!」
「クラスメイトで同性だし、数日なら家で預かれると思う」
「ケロ……私の家も、候補にいれてくれて良いわ」
「……私、家事に自信があるわけじゃないし貧乏だけど、トガさんに人並みの暮らしは約束するから!」
怖っ……。
どん引きです。……どうしてそうなるんです? ……ああ、そうなんですね。理解しあえないって、こんなにも怖い事だったんですね。
私はまた一つ『普通』の感覚を理解できました。
ごめんなさいお母さん。ありがとうお父さん。
トガヒミコが異常なせいで、今日までいっぱいご迷惑をおかけしました。今なら前よりもちゃんと話せる気がします。ですから―――
ルームシェアの提案、絶対に断って下さいお願いします……!!
実は……眠くてバブバブしているトガヒミコを気にかけていたA組女子と先生、一部男子は『”誰か”を蹴落とすのが前提のテストなんて、やる気がでる訳ない』発言を聞いていた。
それでも、除籍がかかっている以上は途中から、もしくは一回ぐらいは本気になるだろうと予想していた。
しかし、トガヒミコは最初から最後まで、鋼の意志で一貫して最下位を貫いた(様に見えた)ので、彼女の株と好感度は水面下で上がっていた。