……起きました。
なんでしょう? 体内に毒ではない何かが入ってくる感覚が続くので目覚めましたが、寝足りないです。
チラと見れば点滴がされています。…………これのせいかぁと睡眠への未練で欠伸をする。
「……はぁ」
眠いです。塩崎ちゃんの腕の中でふて寝した事までは覚えていますが……そうです、今日はまだ終わってません。
(…………次は、轟くんですね)
心の底からうんざりしますが、轟くんが相手なら少し気楽です。
ある意味で負けるのに一番適している相手とも言えます。気を持ち直して身を起こしながら、此処が出張保健室であり隣のベッドが空な事を確認して伸びをする。
「……ふう」
このまま二度寝したいですが、ここでさぼったら今日の努力が水泡に帰してしまいます。それは許容できないと頬をぺちぺちしていると「起きたのかい?」カーテンが引かれて、リカバリーガールが顔を覗かせる。
「……ふぁい、おはようございます」
「はい、おはよう」
わざとらしく「良く寝てたね」と、通話中のスマホを白衣にいれるリカバリーガール。……え、寝起きからカロリー高い光景です。
「眠気以外の症状はあるかい?」
「……ないです」
「タフな子だねぇ」
リカバリーガールが苦笑して、慣れた手つきで腕の針を抜いて処置してくれる。それから、分かりやすく白衣を指差して、唇に指をあてるお婆ちゃん。……はい、発言には気をつけろって事ですね。
(……今更ですが、お婆ちゃんの立ち位置が謎ですね)
スパイっぽい事をしてるのに、こうも露骨では困ります。
通話相手に反抗心があるのは分かりますが、それを私に示す必要あります? その真意がわかりません。
(……トガヒミコに、深い考察を期待してはいけません)
悲しくも、まず『普通』が分からない問題が壁になります。
我が事ながら大人の心理戦に思考停止しそうで、リカバリーガールを辟易しながら見つめる。大体、リカバリーガールもリカバリーガールです。
そんな『信じて貰えなくても私はあんたの側だよ』っぽいアピールより、お茶子ちゃんみたいに寝起きの私をなでなですればいいのに! …………いや子供ですか私は?
(本当に、寝起きはダメですね……っ)
我に返るのがもう一秒遅かったら、欲望のままお婆ちゃんを抱っこするところでした。
間一髪、セクハラで訴えられるところだったと視線を泳がせながらベッドから這い出る。
(……ねむいけど、我慢です)
今日はミッドナイトの香りを嗅ぎすぎて、意図しない熟睡に襲われる可能性が極めて高い。
今夜は諸々の話し合いで
「緑谷くんと轟くんは大丈夫です?」
まあ、動けるのは知っていますが2人同時の回復は久しぶりなので、治しすぎていないか心配です。
「……。あの子たちならとっくに出て行ったよ。あんたの試合を見たがっていたからね」
「そうですか。塩崎ちゃんは?」
「治療が終わってすぐに出て行ったよ。くれぐれもあんたをよろしくと何度も頭を下げてきてね。……随分と慕われたねぇ」
からかう、というより優しさが上回った表情に、ちょっと困る。……どんな顔をするのが正解なのか分かりません。
「? なんだい、その煮え切らないって顔は」
「…………いえ」
「もしかして、あの子を弟子にする気がないのかい?」
「…………はい」
意味深に「ふむ」と思案しだすリカバリーガール。その顔から眼を逸らして唇をおさえる。…………うん、やっぱり弟子とか無理です。
現実問題、塩崎ちゃんは悪夢と相性が良すぎる。
下手をしたら、悪夢に招いた時点で啓蒙を得るかもしれない。
(……。瞳が開いてしまえば……日常生活に支障がでます)
当初の私みたいに視界が狂うでしょうし、そうなれば気も狂うでしょう。
自分の意志で閉じる事もできない脳の瞳なんて、ただ人格を壊すだけです。下手をしなくても精神崩壊を幾度となく繰り返して正気の上限は削られる。
(……塩崎ちゃん、真面目ですし)
クラスメイトや親しい人間が
その経過と結末を想像するだけで面倒臭い。うちのクラスだと芦戸ちゃんと青山くんが悪夢と相性が悪くて理想なんです、が……――――うん? 今、何か閃きというか、思考に引っ掛かりを覚えました。
(……待ってください)
今更すぎる違和感。
じわりと目を見開いていく。
(……
トガヒミコらしいといえばらしいですが、少し強引すぎた。……あの時は予想外の事態で勢いに負けましたが、思い返せば不自然です。
あまりに準備が良すぎますし、空間を作るだけならともかくあのきちんと設計された日本家屋や竹林を短時間で作るなんて、杜撰な
(……ッ、やられた! まさかとは思いますが。元から誰かを招くつもりだった!?)
悪だくみをするのが己なだけあって、こういう時に根拠なく直感が働くのは便利だ。
そして、すぐさま自分自身の動機にたどり着いて、ひくりと頬がひきつる。
(……まさか、私を直接視ると怒られるから、協力者を仕立てて近況が知りたかった、とか?)
そんな身勝手すぎる理由で、洒落にならない事をやらかすのが……トガヒミコだ。
だって
もしそうなら、素で能天気かつ善性でポジティブ、天然で悪夢への耐性が高い芦戸ちゃんや青山くんが事前に目を付けられていてもおかしくはない。
この2人のどちらか、あるいは両方が
――――「あ、やばいです。人形ちゃん、私にばれちゃいましたぁ」
……は????
どっかで、バカが人形ちゃんに泣きつく声が聞こえました。……落ち着きましょう。ビキキッと青筋が浮かんでいますが、私は冷静です。自殺を試みるのは後です。
(本当に、トガヒミコは油断できない……!!)
危うく、クラスメイトが
最大の敵が己とか酷すぎて言葉にならない……!
もしも今日、芦戸ちゃんと試合をしていなかったら、その頑張りが無かったら、弟子にしていなかったら、真面目に
現時点で、私の嗅覚に引っかからないレベルで臭いに慣らされていたと理解したからこそ、自分への殺意が抑えきれない。
……今夜の話し合いは、色々な意味で血の雨だと歪む唇をおさえていると「……渡我」……え?
リカバリーガールが、青ざめている。
(―――あ)
しかも、かなり距離をとられている。
つまり、とても怖がられている。「…………寝起きは、機嫌が悪いタイプかい」と、入れたてのお茶を持ったまま、小さい身体を更に小さくしている。わ、私は何てことを……!?
「! だ、大丈夫です、ごめんなさい! お茶いただきます!」
「…………そうかい」
お、お婆ちゃんを怖がらせてしまいました……っ。
焦りを覚えながら、怖がらせない距離を保ってリカバリーガールからお茶を受け取り、毒入りだろうと飲む覚悟で口に含み、無害をアピールする。
……あ、美味しいです。独特の爽やかな香りと甘みがあって、香草茶ってやつでしょうか? 昂った気持ちが落ち着きます。
「……。落ち着いたかい」
「はい! ありがとうございます!」
感情を切り替えて思考も制限して、己への殺意はいつもの事だとお婆ちゃんに下手に出る。……なんとか、怯えさせたお詫びをしなくてはと、コホンと咳払い。
「……驚かせてごめんなさい。何か、私に聞きたい事とかありますか?」
今なら何にでも答えます。
そういうつもりで言葉にすると、リカバリーガールは驚いた顔をして「……律義な子だね」と、理解を示して笑ってくれる。
「……そうだね」
リカバリーガールは暫し考えて、チラッと白衣の中にしまった通話中のスマホを意識し、肩をすくめる。
「逆にあんた、何ができないんだい?」
「……」
へえ。
制限があるとはいえ、最初の質問がそれかと目を丸くして、おかしくて唇を隠す。
「そうですね。……私は、できない事から数えた方が、きっと早いです」
「……つまり、死者すら蘇生できると、そう言いたいのかい?」
ん?
え、いえ……そこまでは言ってません、よね? 会話というか思考が飛びすぎでは?
もしやリカバリーガール、私への評価が高すぎてトガヒミコがバカな事を忘れてますか? ええと、死者の蘇生は……
リカバリーガールのポケットの事はおいといて……まあいいです。
「そうですね。腐敗はしていても、蘇らせる事はできます」
生前とは変わり果てた
「……デメリットは、多少の貧血かい?」
「はい。破格だと思いますか?」
「……いや……まさか、
詰めていきますねぇ。
真剣な顔のお婆ちゃんを通して情報を抜き取られるのは良いですが、下手な勘違いは事故の元ですし……でも、そこは勝手に頑張れって感じだし、なにより眠くなってきました……
「……あの子の、両の指を生やした時」
「ふぁい? 芦戸ちゃんです?」
「……あの時、鐘は使わなかったね?」
うん? リカバリーガールが心持ち体を寄せてくる。
「……はい、そこまでする必要がありませんでしたから」
「私に教える気は、あるかい?」
ぐいぐいきますね。
「……ありますよ。指を切って私の血を飲ませたんです」
「……血?」
なんとなく、明かすところはとことん明かした方が良いと判断して苦笑する唇を隠す。
リカバリーガール越しの誰かさん達に、私の情報を開示して後は勝手に動いて貰う方が拘束されない予感がするのです。それに、ある程度の異端は『普通』の為に知られておいた方が良い。
「……血」
と、リカバリーガールが考え込みながらてきぱき動き出す。
「つまり、血を飲ませただけで指が根元ごと生えた。……それに偽りはないかい?」
「無いです。私の血は色々と特別なんです」
リカバリーガールは「そうかい……」と頷いて、チューブと空の注射器を取り出す。
「採取するよ。いいかい? いいね?」
待って?
お婆ちゃん行動が早すぎです。
しかもちょっと強引です。
「……あの、いいですけど。遺伝子レベルで擬態してるから無駄ですよ? 普通の血がとれるだけです」
「そうかい。なら擬態をやめな」
え『擬態』という晒したカードに疑問をもたないんです?
「……あの、落ち着いてください。いえ本当に、それはやめといた方がいいです」
高確率で狂うんですってば……! にじり寄ってくるリカバリーガールをどうどうしつつ、さっきまでの怯えは演技なのではと疑って、いやこれ恐ろしく切り替えが早いだけですと女性の怖さを体感する。
どうしようかと思案していると、気配。―――パッと彼女からチューブや注射器を取り上げて机に置いて、そそっと離れる。
リカバリーガールが「渡我?」と、不思議そうにした辺りでバァン!!!! とドアが乱暴に開けられる。
「!? 何事だい」
「……チィッ!!!!」
はい、そこにいたのは爆豪くんでした。
彼の気配は分かりやすいです。ツンツンした髪と目つきの悪さが特徴的な彼は、派手な舌打ちをして私を睨みます。
「起きてんじゃねぇか……!!」
「? はい、さっき起きました」
ジロジロ見られるので、どうしたのかと爆豪くんを見返すと、彼はフンっと鼻を鳴らして「……面貸せ」と一言。背中を向ける。
「? いいですよ」
珍しい、というか初めての事に好奇心が疼く。
それに、ちょうどリカバリーガールから逃げたかったのでナイスタイミングです。不満そうなリカバリーガールにごめんねぇと手を合わせて、彼の背中を追って出張保健室を出る。
「…………」
爆豪くんは無言。
静かな通路に足音を響かせ、イライラした様子で私の歩みに速度を落としている。
不気味なほど口を閉ざし、いつもの様に暴言を吐く気配はない。
(やっぱり、爆豪くんは賢いというか野生の勘がしっかりしてますね)
彼の視線は至るところで感じていた。
観察され分析されるのを許容していただけあって、他のクラスメイト達よりずっと私の事を理解しています。
(爆豪くん、センスありますね)
意図してかは分かりませんが、彼は私を敵視しながら敵対しない様に立ち回っている。
私への当たりは悪いですが、絶対的な衝突だけは避けている。今も、わざと速度を落としているのに文句を飲み込んで舌打ちですませている。
(野性的なのに理性的……獣じみている癖にどこまでも人間)
だから面白い。
彼を観察するのが楽しくて、ついつい初めての接触に猫ちゃん味を感じて微笑ましい。
「ねえ、どこまで行くんです?」
「…………ステージ」
はい? 意外な答えに目を丸くする。
この短いやりとりだけでストレスが溜まるのか、人を殺しそうな視線で射抜かれるも、その反応を楽しむにはちょっと意味が分かりません。
「ステージ、ですか? ……もしかして、轟くんに頼まれたんです?」
「はあア゛ッ!!??」
はい、違いますよね。
ならどうしてです? 私だって困惑しています。
「……私の次の試合相手は、轟くんですよ?」
首を傾げながら確認すると、爆豪くんは一瞬真顔になって、歩く速度を落としながら不機嫌に鼻を鳴らす。
「…………半分野郎は棄権した」
「え?」
棄権って……何を言ってるんです?
だって、轟くんはちゃんと治したのに……いえ、まさか?
「――――」
轟くんの怪我の度合いは、ばっちりスタッフさん達に目撃されている。
そのうえでリカバリーガールの“個性”に相手の体力が必要な事は知られているでしょうし、試合後の轟くんへの治療となると……回復上限を把握されて、私の存在を隠す為に棄権させられている可能性は、あります。
「……」
……これは、予想していませんでした。
ヤな予感がして足が止まりそうになる。
「……爆豪くん」
「んだよ」
ぶっきらぼうに睨まれる。
「……轟くんが、棄権したのは分かりました。でも早すぎませんか?」
「……」
嘘や冗談であって欲しいと、苦し紛れの確認をする。
「……私の次が、百ちゃんと飯田くんの試合です。十中八九、飯田くんが勝ちます。……百ちゃんを瞬殺した筈です」
爆豪くんの視線が鋭くなる。
「その後が、爆豪くんと鉄哲くんで……爆豪くんが勝ちます」
「ハッ!! たりめーだ!!」
「……そして、次が私と轟くんで……轟くんが棄権したなら……その次が、爆豪くんと飯田くんの試合です」
足を止めると、爆豪くんも止まる。
「飯田くんが相手なら、いくら爆豪くんでも……もっと時間がかかる筈です」
「…………眼鏡も棄権した」
ッ。
今、絶対に聞きたくなかった台詞に、頬がひきつる。
あの飯田くんが棄権? 真面目でやる気に満ちていたのに、どうして……と疑問は湧くもそれ以上の問題に目を見開く。
アレ? じゃあ、もしこのまま爆豪くんについて行ったら……それは――――
「逃がすかよ」
あ、パシッと手首を握られて、反応に困っている隙にぐいぐい引っ張られて、あっ、あっ。
「は、離してください!」
ダメですっ、反撃や抵抗をするには動機が弱いです。怪我をさせかねなくて力を込められない。
「ヤです!」
「踏ん張んじゃねぇ!!」
ムリです、ちょっと。
待って、ヤですって!
私は轟くんに上手に負ける方法は考えていましたが、爆豪くんと戦う気は一切なかったんです! ヤです私も棄権するんですと踏ん張るも「おらあッ!!」ちょ、お腹に腕を回され持ち上げああああ!?
「暴れん、じゃねぇッ!!」
「ヤー!?」
ジタバタするも意味をなさない。やっぱり彼は正確に私を知っている。
ここまで反撃できないギリギリをついてくるとは思わなかった! 過剰防衛にならない力加減は絶妙で、ここで手刀や関節技を選択できないストレスにジタバタするしかない。
って、気づいたらもう通路が終わるんですけど!?
ギョッとして爆豪くんのほっぺをぐいーっと押す。
「ヤー!!」
「……ッ!? この……クソ力、出してんじゃねぇ!!!!」
怒鳴る声に抵抗するも、爆豪くんは微塵も速度を落としてくれない。
ドスドスと不機嫌に、けれど力加減はギリギリ優しくてやっぱり反撃できない……! 気づいたら通路を越えて青空に目が焼かれそうになり、望まない歓声を浴びる。
『――――ようやく選手入場!! 最後の最後まで対戦相手に運ばれるたぁいい度胸だぜトリックスター!! さァ、いよいよラスト!! 雄英1年の頂点がここで決まる!!』
予想していない、最低の形ではじまる決勝戦。
最初から、出るつもりが無かった舞台に、こんな形で運ばれるなんてと自身の敗北を自覚する。
……普通科への道が、まだ残っていたのに……ッ。
『決勝戦!! 渡我VS爆豪の試合が始まるん、だけど…………この絵面やばくね?』
私は、爆豪くんを見くびっていました。
まさか、こんな形で今日という日の努力を全部台無しにされるとは、思ってもいませんでした。
「…………ッ」
完敗です。
そして、だからこその感情を覚えます。……滅多なことでは怒らない自信がありましたけど、ここまでされたら反応しない方が失礼でしょう。
(……丹念に、磨り潰します)
ゆっくりと、決意を込めて爆豪くんを見上げれば、彼は「ッ!!」ブルリと全身を震わせて、凶悪な顔で嬉しそうに笑った。