上位者少女が夢みるヒーローアカデミア   作:百合好きの雑食

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36話 決勝戦です

 

 

 ふわり、薄く感じる月の残滓で我にかえる。

 

「――――」

 

 あ、ダメです。これいったん落ち着かないと手元が狂うやつです。

 舌を噛み、湧きあがる爆豪くんへの感情を血の味で誤魔化して気を静める。

 

(……そうです。感情で動くとろくな事になりません)

 

 落ち着きましょうと、唾液で薄まった血を嚥下する。

 過去の、勝利より敗北の死体を重ねた渡我被身子を思い出せば、頭も冷える。

 

「……チッ!!」

「……」

 

 そんな、頑張って感情を飲み込んでいる私に、爆豪くんが心無い反応をします。

 

「……もしかして、わざと私を怒らせようとしてます?」

「……」

 

 呆れを滲ませて声をかけると、白けた顔で無視されてしまう。

 意外と子供っぽい反応しますね。……爆豪くんなりに私の本気を引き出したいのでしょうが、お互い破滅するだけなので我慢してください。

 

 爆豪くんは、不満そうに私を抱えたまま睨んでいる。

 

 感じ悪くガンを飛ばしている様に見えますが、今も脳を働かせているのでしょう。鋭い瞳が私を観察し、急所を探っている。

 

 爆豪くんは、本気で私に勝とうとしている。

 

(……悪夢で、早死にするタイプです)

 

 もし、彼がヤーナムに招かれていたら、怒り狂いながら脱出の為に町を駆け抜け、そうと知らずに破滅するでしょう。

 渡我被身子の様に、異常を受け入れ理解を放棄し狂気を受け流すには、ストイックすぎて無理そうです。いずれ甘い餌に喰いつき、狂気を理解し、瞳を得て、まっとうに抗い、手遅れになる。

 

「……」

 

 そんな事をぼーっと考えて、爆豪くんと見つめあう。

 数秒で『なにガンくれとんだ!?』と反応がくると思ったのに、爆豪くんは意外な事にマジマジと私の瞳を見返している。

 

(ん?)

 

 その視線に、正確には瞳に映る『像』で気づく。

 

(え……? まさか爆豪くん、私の事を人間じゃなく大型の獣として見てるんです?)

 

 突然何を、と自分でも思いますが、突如脳の瞳が見せた光景に唖然とする。彼の瞳に映る私は、ドラゴンの幼体だったんです。

 

 ……もしや貴方、女の子を抱っこしている気すら無い?

 爬虫類を横抱きしているつもりで、だから意識してないんです?

 

 私は、男の子とこんなに見つめあうのは初めてなのに、爆豪くんは私を人類扱いしていないとか大正解ですがイラッとします。

 

 ……今すぐ殴りたいですが、試合はまだ始まっていません。

 

 現在、ミッドナイトがリカバリーガールに連絡をいれて私の試合が可能かどうか確認しています。

 爆豪くんに連れてこられた際のやりとりが問題になったらしく、あえて校医に確認をして許可をとるというポーズが大事なんでしょう。観客も焦らされて期待が高まっていますし、雄英は演出にも余念がない様です。

 

 しょうがないので、その間も爆豪くんと見つめあう。

 

 彼は、私が逃げない様にがっしりと拘束していて、お腹に回された腕が窮屈で熱い。うんざり気分で四肢をぷらぷらさせる。

 

『―――オーケーでたわよ!!』

 

 と、ミッドナイトが声を上げて鞭を振るえば、途端にワアアアアッ!! と観客が興奮して歓声が上がる。

 

 その感情の高ぶりに、やっぱり演出って大事なんだなぁと勉強になり、爆豪くんの腕をぺちぺちする。

 降ろしてと言外に伝えると、彼は疑惑たっぷり胡散臭そうに目を細めてくる。

 

「……」

 

 まだ、私が逃げると疑っているらしい。不信からの苛立ちを腕越しに感じて……そういえば、ちゃんと言ってませんね。

 

「爆豪くん」

「……あ?」

「今から磨り潰しますけど、大丈夫です?」

「――……ハッ!!」

 

 ぶんっ、と爆豪くんは片腕で私を放り投げる。

 

 浮遊感は数秒、滑る様に着地して振り返れば、歯を剥き出しにした凶悪犯顔負けの楽しそうな笑み。

 

(……あ、これ下手な事したら恨まれるやつです)

 

 直感で、不誠実な事したら更なる面倒が降りそそぐと察した。……手を抜くにしても気を遣うべきだと、今後の学園生活の為に意識する。

 

 

『よっしゃあ!! 無事お許しも出た事だし、待ちに待った決勝戦を再開するぜぇ!!!!』

 

 

 プレゼント・マイクの声が響き渡り、爆豪くんが本格的に構える。

 

 時間も押しているのか、前口上は簡潔にプレゼント・マイクの気合の入った声に皮膚がピリピリする。

 私は自然体のまま、手の平を後ろに向ける爆豪くんを見つめる。

 

 

『―――START!!!!』

 

 

 爆音。

 

 試合開始と同時の轟音に目を細める。激しい爆発をバックに飛び出す爆豪くんの――その硬い手の平が眼前に翳され、指の隙間からお互いの目があう。

 

(……ふーん?)

 

 初手で、私の目を潰すと決めている動きだった。

 

 私が察して、あえて対処しない事に気づいた彼は「!!」苛立つ、かと思いきや楽しくて楽しくてしょうがないとばかりの顔で、ボゥン!! と、頭ごと吹き飛ばしかねない衝撃と閃光を発し、その威力に目とおでこがジュッと炙られる。

 

「……っ」

 

 視界を、激痛と光で潰され、周りには副次的な煙幕が広がっているようだ。

 

 

『まぶしッ!? 煙幕かと思いきや、今のは八百万が使ってた閃光弾レベルにピカったよな!?』

『……やりすぎだ』

 

 

 ええ、本当です。

 コレ、私じゃなければ失明もありえましたよ?

 

 追撃に気づいて首を曲げる。ジッ! と頬のガーゼを掠める拳が空気の流れをつくり、見えなくても像を浮かばせる。ボン! ボン! ボンボン! 当たらない事に苛立ち手数を増やして攻撃を続けるも、爆豪くん自身も煙幕で私を見失っている。

 

「クソが……ッ!!」

 

 スタミナ切れを狙ってか、休む間を与えまいと爆豪くんはとにかく攻め込んでくる。

 ですが、焦っているのか靴音を立てすぎている。

 

「……チッ!!!!」

 

 本人もそれが分かっているのか、苛立ちと舌打ちを己自身に向けながら煙をかき分け、拳を、蹴りを、爆発を、私に当てようとするも……爆破する寸前に匂いがするから、全然脅威じゃないんですよね。

 

(……爆豪くんの“個性”って、隠密に向かなすぎです)

 

 音もそうですが、匂いが残ってしまうのは減点です。

 

 ボウン!! と苛立ちで爆破の調整を失敗している。あえて気配を消せば、爆豪くんが本格的に私を見失い、歯ぎしりしながら自らが生んだ煙幕を吹き飛ばす。

 

「……」

 

 煙幕が晴れるも、私の視界は暗いまま。

 試してみましたが、目はズキズキして開けられません。触るとぬるっとしたので血が出ています。

 

「……背中に目でもついてんのか!?」

「まさか、でもよく視えてますよ」

 

 あと、背中じゃなくて脳にです。とは言いません。

 

『ッ、渡我さん!?』

「あ、大丈夫です」

 

 煙幕が消え、間近で私の顔を見たミッドナイトがギョッとするのを感じて片手をあげる。

 

「ヒリヒリしますが、このまま放置しても視力が下がる怪我じゃないです」

『……!』

「だから、大丈夫です」

『……ッ、分かりました! ――――でも、危険だと思ったら即座に割って入るわよ!』

「はい」

 

 頷きつつ、少し場違いな不満を覚える。

 ……ミッドナイトって、私には気を遣いすぎなんですよね。それが少し面白くなくてモヤモヤする。

 

 

「余所見してんじゃねえ!!」

 

 

 と、空気を読まない爆破を避けつつ、爆豪くんの言動にムッとする。

 

「ちょっとぐらい、いいじゃないですかー!」

 

 掬い上げる様に顎を狙う掌底を弾き、下がるのでは無く進む事で次点の目測をずらし爆豪くんの背後に滑り込み、バッ! と即座に反応し振り返られ、片手が私の顔を掴まんと迫ってくる。

 

(反応速度は、良いですね……)

 

 首を逸らして躱し、後ろ足をあげて底ゴムの側面を爆豪くんの手首に当てて、捻る。

 ボボン!! と爆破は拡散されて、手首から体勢を崩して顔で着地しそうになり、焦った顔で爆破を起こし体勢を立て直す。

 

 

『……担任の相澤さん』

『……なんだ?』

『おたくの生徒さん、本当に見えてないんだよね?』

『……見えてないよ。何かしらの手段で視界を補完できているだけだ。……それができるから、爆豪の攻撃をあえて避けなかったんだろう』

『……クレイジーすぎだろ』

『……思惑はあるんだろうが、渡我はそういう問題児だ』

 

 

 ん、何か相澤先生の声が怒ってます?

 

 爆豪くんの攻撃をいなしつつ、首を傾げてしまう。ですが私に心当たりがないので、恐らく爆豪くんに向けての怒りでしょう。

 軽い同情心を抱きつつ、容赦はしません。

 

「ねえ、爆豪くん」

「あ゛?」

「爆豪くんの動き、はっきり言って雑です」

「……―――は?」

 

 カチン、としていますが。まだまだ溜飲は下がりません。

 今のうちに言えることは言っておきましょう。爆豪くんが私の話を聞く気になってるの、手の平が痛んで休ませたいからでしょうし。

 

「工夫を感じられません。フェイントも分かりやすいし意地の悪さも足りません」

「……ッ!?」

「あと、もっと肘と膝を意識して使った方が良いです。全身が使えてません」

「――ぐ、がッ……ブッ潰す!!!!」

 

 血管ブチギレそうな低い声に、ちょっとすっきりする。

 

「更にダメだしすると、音と匂いで狙いがバレバレです」

「あ゛……!?」

「機敏に動けるだけじゃ、私にはいつまでも当たりません」

 

 ガ、ギグ、ギリリ……!! と屈辱すぎて歯ぎしりしながら威嚇してくる爆豪くんの顔、見えないけど凄いんだろうなとほっこりする。

 

 そして、改めて視えてしまう。

 いつもの彼なら、同級生にこんな事言われて『何様だテメェ!!!!』とぶち切れるところを、意外なほど大人しく聞いている理由が、心底から私を人間として見ていないからだと。

 

 彼のトガヒミコのイメージを、脳の瞳が受け取る。

 彼の脳には、人類という下等生物をヤレヤレと爪先で転がすドラゴンの幼体っぽいのがいる。……つまり、そういう事です。

 

 ……失礼すぎません????

 

「――俺じゃあ、力不足だって言いたいのかよ!?」

「? 力だけじゃなくて、ほぼ全体的に足りないです」

「んっだとコラ!!?? 骨付き肉ねじ込むぞ!!!!」

 

 骨付き肉!?

 

「人を虚仮にすんのも大概にしろ!!」

 

 どの口が言ってます!?

 

 爆豪くんが全身で怒っていますが、筋肉の動きが膝と肘を意識してるので、助言を聞く気はあるみたいです。素直といえば素直ですけど、年頃の女の子をドラゴン扱いする人なんて知りません!

 

 

『……意外と仲良いのね』

『……まあ、悪くはないだろうな』

 

 

 外野がうるさいですが、そろそろ仕切り直しです。

 爆豪くんの手の平も、少しは落ち着いたでしょう。ようやく息も整ってきたのか、ギロリと注意深く私を睨んでいる。

 

 

『初撃で目を潰したり、大技を控えた爆発のタイミングだったり……渡我をしっかり研究してるよ。戦う度にセンスが光ってくなアイツは』

『ホゥホゥ』

『……だが、渡我には足りていない。……爆豪の反応速度も凄いが、渡我はその上を行く。……対峙する方は堪ったものじゃない』

 

 

 私に分からないけど、きっと恐らくちょっとは爆豪くんのプライドをゴリゴリできた気がするから、もう良いでしょう。

 爆豪くんも、私を倒す決定打が無いと気づいているでしょうしね。

 

「純粋な忠告ですけど、爆豪くんは自分に何ができないか知った方が良いですよ」

 

 一歩、私から近づく。

 それだけで彼の緊張は高まり、ハリネズミの様に警戒する。

 

「現に今、私を攻めあぐねているでしょう?」

「……ッ」

「そういう相手への対処法は、不足を補おうとする視点から見つかるんです」

 

 ゴリ、と。

 彼のプライドが磨り潰される音が聞こえた気がする。それに気を良くしてゆっくりと歩んでいく。

 

「……言いたい事は、それだけかよ」

「ですね。これ以上のお塩は、受け取り拒否されそうです」

 

 ギチリと歯噛みして、爆豪くんが追い詰められながらも笑う気配。おや? と思っていると大きくバックステップして腰を低く構える。

 

「……俺が取んのは、完膚なきまでの一位だ!!」

 

 お互い、次が最後の一撃になると知っている。

 

「デクより上に行かねえと意味ねえんだよ……!!」

 

 だからこそ、出し惜しみ無い本気の一撃がくると分かったからこそ、私は口元を隠す。分かっているなら邪魔しない訳が無い。

 

「ねえ」

 

 今にも、爆発しそうな爆豪くんに、唇を隠したまま笑う。

 

「もしも、常勝のヒーローがいるとして」

 

 一瞬でも、動きが鈍る戯言を問いかける。

 

 

「それ、裸の王様と何が違うんです?」

 

 

 ……ボン!!!!

 

 爆豪くんの表情は見えませんが、飛び出すタイミングをずらせたので満足です。

 勢いよく飛び出し、爆破を利用し錐揉み回転しながら突撃。まさに人間ミサイルだと感心する。―――ですが、タイミングがずれた事で容易く崩せると、狙いを絞って、跳ぶ。

 

 爆音が上がる。

 

 耳に痛いほどの爆発と衝撃を、両の靴底を使い跳ねのける。特大の爆撃を砲台である手の平ごと弾きあげ、向きを逸らし、力を逆利用して膨大な爆発が自分に降り注ぐ前に頭上へと逃がしてしまう。

 ボォン!!!! と激しく打ち上げられる爆発に、パリィの手応えを感じる。……代償として、お気に入りの靴がダメになってしまった。

 

 

『麗日戦で見せた、特大火力に勢いと回転を加えまさに人間榴弾!! 防戦一方だった渡我は果たして――――』

 

 

 コンクリートが焼ける独特の臭いに、唇が吊りあがる。

 

 

『無傷、かよ……!!』

 

 

 不気味に、悪魔的に、歯を見せて笑ってしまうのを、俯く事で誤魔化すも……ステージにうつ伏せになっている爆豪くんには見られている。

 

 

「……殺されるかと、思いました」

 

 

 ああ、ダメです。

 これ以上は、本当に楽しくなってしまいます。月の香りを誤魔化して『加速』し、爆豪くんの背後にまわって背中に乗り上げる。

 

「―――ッ!!??」

 

 大技の後で動けない背中に体重をかける。まずは手首からまとめてぎゅっとして、五指も手の平を合わせる様にぎゅっとして、暴れて蹴ろうとする靴を避けて、着地しながら両足首もぎゅっ…………よし!

 

「何しやがる!?」

「縛りました」

 

 吠えるも、いまだ動けないのだろう爆豪くんの肩をポンポンしてあげる。

 

「ッ、縄なんて、隠しもってやがったのか……!?」

「いえ、私が巻いていた包帯を使ってます」

「……はあァ!? 汚ねぇもん使ってんじゃねえ!!」

「失礼ですね! 保健室で替えたばっかりの新品です!」

 

 デリカシーの無い、四肢が縛られてびちびち跳ねる爆豪くんにムッとして、ぷりぷりしながら彼から離れる。

 

「―――……ッ!!」

「改めて、残念でしたね爆豪くん」

 

 そう言って彼を見下ろせば、爆豪くんの顔がこれ以上なく悔しそうに歪んだ気がする。まだ見えませんが、そう感じています。

 今やまな板の上の鯉状態、包帯で縛られろくな反撃もできない爆豪くんは、どの角度から見ても負けている。

 

 つまり、主観的にも客観的にも、爆豪くんですら認めるしかないぐらい、私の勝ちです。

 

 ……ああ、この瞬間を待っていました。口元を隠しながら元気よく手をあげる。

 

 

「降参します」

 

 

 ミッドナイトに向き直り、宣言する。

 

「――――……は????」

 

 爆豪くんは無視して、何故か『え』と硬直しているミッドナイトに「参りました、私の負けです」と、しっかり伝えます。

 

(……思えば、今日は散々な一日でした)

 

 ですが、そんな長い一日もようやく終わります。

 色々ありましたが、最後は少しだけ楽しかったので痛み分けにしましょう。

 

 歯には歯を、目には目を。そして立ちたくない場所には――――立ちたくない場所を。

 

 

「爆豪くん、優勝おめでとうございます」

 

 

 さあ、表彰台が君を待ってますよ。

 

 

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