上位者少女が夢みるヒーローアカデミア   作:百合好きの雑食

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44話 何も無かったと思います

 

 

 ヒーロー名が決まったのはいいですが、次の問題は職場体験ですね。

 

 早朝から考えるだけで面倒というか、行きたい場所が皆無というか、大抵の大人と相性が悪いのでヤな予感しかしません。

 

「……ふあぁ」

 

 でも、あと1日は包帯を巻いたままでいいですし、考えなくてもいいでしょう。お茶子ちゃんの腕に心地良く身を預けながら欠伸します。

 

「被身子ちゃんは、おかかと梅干しどっちがいい?」

「……どっちも、おいしいです」

「あ、でも酸っぱい方が起きる?」

「……んぅ、普通です。辛くても、あんまり目、覚めないです」

「そういえばそうだね」

 

 そんな話をしながら、傘が奏でる子守唄にウトウトしながら真新しい訓練施設に足を踏み入れます。

 途端、昨日とは違うざわつきと人の多さに(うわぁ……)と、呆れを覚えます。B組がいるとは聞いていましたが、A組もほぼ勢揃いじゃないですか。

 

「あ、トガー!!」

 

 足が止まっていると、手を振って駆けてくる芦戸ちゃんが飛びつくように抱きついてきます。

 

「おはよー!!」

 

 待って胸が当たってドギマギしてちょっと目が覚めました。

 

「……お、はようございます。はやいですね」

「待ちきれなかった!」

 

 にひっと笑っているのだろうご機嫌な芦戸ちゃんの頭を撫でると、癖っ毛が指先に心地よい。

 お茶子ちゃんが慌てて「三奈ちゃん気合はいってるね! 急いで着替えてくるね!」と、更衣室に引っ張られます。

 

「急がなくて大丈夫ー」

 

 笑って見送ってくれる芦戸ちゃんを背に更衣室に入れば、こっちはこっちで少なくない人の気配。……ヒーロー科の女子って数が少ないのに、暇なんです? こんな早朝から自主的に特訓とか元気いっぱいですか。

 

「あ、2人とも、おはよー!」

「おはようございます」

「……おはよ」

「おはよー!」

「おはよう、ございます」

 

 元気な葉隠ちゃん、ピシッとしている百ちゃん、眠そうな耳郎ちゃんに2人で挨拶します。……本当に元気ですね? 梅雨の湿気や体育祭後の気だるさとは無縁そうなヒーローの卵たちに、羨ましさを覚えます。

 光属性の眩しさを感じながらもそもそと着替えていたら、待ちきれないお茶子ちゃんに着替えを手伝って貰えました。

 

「んー……」

 

 さて、そろそろちゃんと起きましょう。

 

 頬を軽くペチペチします。まとわりつく眠気はしょうがないですが、これからは芦戸ちゃんを鍛えるこの日々が日常になるのです。

 

 だから、早く慣れなくてはと、すぅと息を整えます。

 

 

 

 

 ――――そして、予定とはあっさりと崩れてダメになるものだと、最初の一歩で気付かされました。

 

 

 

 

 今の私は、少しだけ怒っています。

 

 芦戸ちゃんの、ちゃんと視ればすぐに分かる考えなしな行動に呆れてもいます。

 眼の前には、ソレを指摘されて涙目で正座している芦戸ちゃん。さっきの笑顔は消えて温度差が激しいです。その横ではオロオロしているお茶子ちゃん。何故か遠巻きにこっちを見ているA組とB組の人たち。

 

 

「……私は少し、芦戸ちゃんに優しすぎましたかね?」

 

 

 まさかの裏切りです。

 たかが特訓2日目で、芦戸ちゃんがやらかすとは思っていませんでした。私の声色にも苛立ちがまじります。

 

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ!!」

「ひ、被身子ちゃん! 三奈ちゃんも悪気はなかったというか、ちょっと頑張りすぎちゃっただけで……許してあげて!」

「フー。そうですね、お茶子ちゃんのお願いは聞いてあげたいですが、私も師として弟子の教育に手は抜けないです」

「…………あ、はい」

 

 私が怒りを静めないと分かると、すごすご引いてくれるお茶子ちゃんに、すがる様な目を向けている芦戸ちゃん。

 ……まったく、まさか早々に若さという未熟さの洗礼を受けるとは思っていませんでした。

 わざと、少し威圧しながら近づくと、芦戸ちゃんの肩が大げさにはねます。

 

「気持ちが焦ったのは察します。元気が有り余っているのも、根拠なく自分の身体を信じていた事も、理解はできます」

「……ひゃいぃ」

「ですが、勝手に自主練するとか、バカなんですか?」

 

 強調しますがバカです。私はいつだってギリギリを狙って鍛えているのに、自分の身体を知らないにも程があります。

 元気とやる気があるのはいいですが、明らかなオーバーワークです。

 

「私はちゃんと、暫くは体作りだといいましたよね? 体を苛める許可はだしてません」

「……っ!!」

 

 ジワリ、と。もう少しだけ圧力をかけて包帯越しに見つめる。

 

「膝にダメージが溜まっています、今日は走るのも禁止です」

「ご、ごめんなさい……」

 

 プルプルしている芦戸ちゃんの額をそっと握って、じわりと力をこめます。

 

「……いいですか? 仮にですが、こんな考えなしの生活を続けた場合、芦戸ちゃんの膝は2年でダメになります。そんな事もわからない癖に、自覚すらできない癖に、衝動に任せて肉体に負荷をかけるとか、遠回りな自傷行為です」

 

「……ご、ごめんなさ、昨日の夕方に、走っちゃいましたぁ」

「おバカ」

「ほんとうに、ごべんなざいぃ……っ!!」

 

 ……まったく。しょうがない弟子ですね。

 

 皆の前で子供みたいにべそをかいてプルプル震えているのは情けなくて可愛いですが、二度とこんなことがないようにもう少しだけ怒ります。……決して、ゾクゾクしているわけではありません。ここで力関係をしっかり刻みつけたいだけです。

 

 ほら、B組の担任であるブラドキングも、近くに来つつ、私の言っていることが間違ってないので気まずそうに様子見に徹しています、つまり大丈夫って事です。先生が何も言わないから間違ってないのです。

 

「……勘違いしないでください。私は芦戸ちゃんに何があろうと、絶対に見捨てないし手放しません」

「……ッ、とがぁ」

「芦戸ちゃんは、私の弟子ですからね」

 

 少しの飴を与えつつ、心の鞭を握りなおします。

 

「―――ですが、予定にない療養期間なんて芦戸ちゃんも辛いでしょう?」

「えぅ……!?」

 

 ゆらりと、私は怒ったら怖いんですよ? と月の香りを薄く纏います。

 

「必要になったら、私が優しく壊してあげます」

「ぅ、あ……っ」

 

 ゆっくりと、甘く、耳元で囁く。

 

「だから、次に勝手したら……生け花です」

「――――ほんっとうにごめんなさいそれダメぜったい怖いやつだからゆるしてやめてー!!!!」

 

 ガバーっとすがりつかれて、体操服に涙と鼻水の感触。

 

「…………ハァ」

 

 もう恥も外聞もなく謝りたおす姿に、おしまいの溜息をこぼします。……これ以上は芦戸ちゃんの心がもちそうにないですし「……もう、ヤっちゃだめですよ」と、許してあげる。

 

 

「……え、怖い。泣きそう」

「泣いてるぞ」

「……鍛えりゃいいってもんじゃないんだな、負荷もちゃんと意識しないと」

「被身子ちゃん、優しいけど甘くないから……」

「……麗日さんも、あんな風に怒られたことがあるんですの?」

「ううん。……ただ『力の無いヒーローに意味あるんです?』とか『そんなに弱くて、ナニが守れるの?』って、不思議そうに尋ねられるだけ」

「――きっつ!!??」

「麗日にも、そんなに厳しいんだ……」

「ケロ……でも、言っている事は間違ってないわ」

 

 ちょっとお茶子ちゃんたちが騒がしいですね。

 気になりますが、今はぐしゅぐしゅ泣いている芦戸ちゃんをよしよしするのに忙しいです。

 

「……まあ、罰として暫くは筋トレだけです」

「うわあああん……!!!!」

「自業自得です。というわけで、ちょっと暇になったので、暫くはお茶子ちゃんを重点的に鍛えますね!」

「え、本当!? やった!!」

 

 ぴょんっと喜ぶお茶子ちゃんに嬉しくなるも「あ」と首を傾げる。

 

「……でも、他の人と特訓する予定があるなら後でいいですよ?」

「ううん! そんな予定はないから是非お願いします!!」

「被身子さん!!」

 

 と、急に百ちゃんが前に出てビシッと手をあげます。

 

「私、八百万百を!! どうかよろしくおねがいします!! 私の事も鍛えていただけませんか!?」

「立候補した!?」

「え、ずるい!!!!」

「トガちゃん、私もー!!」

「あの、ウチも……お願いしたいんだけど」

「ケロ。私もお願いしたいわ……迷惑じゃなければ」

「……へ? 皆のスケジュールに問題がないなら、いいですよ」

 

 なぜ私にお願いするのか分かりませんが、昨日の芦戸ちゃんとお茶子ちゃんとの訓練を思い出すに、大した手間にもならないので頷きます。

 むしろ、変に時間があるとチウチウ欲に襲われるので助かります。

 

 

「芦戸ちゃんの罰に期限は定めていませんし、いつでも大丈夫です!」

「やーだー!! 皆ずーるーいー!!」

 

 

 うるさい芦戸ちゃんには足に負担のかからない筋トレの完遂を命じて、途中から更に名乗りをあげてくるA組の子達とも一緒に特訓することにします。

 

 まあ、初日だし多人数ならまとめて蹴散らすのがいいでしょうと、立候補した全員に「おいで」と誘いをかけて、立ち回ります。

 

 

「まって!? ちょっソレはあふンッ!?」

「うっそだろなにその動き!? 消えてぶへえ!?」

「あー!? なるほどこりゃ当たらねえわああ――――!!」

「切島がふっとばされたって俺もかー!!!!」

「クッソがああああ!!??」

「無・理☆」

「渡我ー!! 俺も混ぜろー!!」

「今日も胸をお借りします!!」

「おいB組も来たぞ!?」

「かわれ―――へぶう!!??」

「きゃー!?」

「ごほっ!!??」

「待って、さっきまでいなかっブハッ!?」

「ケロ!!??」

「えええええええ!?」

「……ぐおおおお!?」

 

 

 うーん。弱い。

 

 全員、あえてスタミナ切れを狙う様に立ち回りましたが、想像以上にすぐにダメになって地面とお友達になっています。

 それでも立ち上がろうとする精神力はすごいですが、肉体がついていけてません。予想外に体力と持久力がなさすぎますね。

 

 

「……皆さん、そんなに弱くて大丈夫です?」

 

 

 ぐはっ!? と複数人が変な声をだします。でも、皆の脆弱さが心から心配です。複数人と戦うのが苦手な私ですら余裕って、どういうことです?

 

「ごめんねぇ……明日は、もうちょっと手加減してあげますね」

「ぐっ!! ……胸と体が痛ぇ!! 」

「……嘘みたいだろ? コレ、親切心故の発言なんだぜ?」

「クソガァァ……ッ!!!!」

 

 暫くは起きれないでしょうけど、負けん気が強い数名から睨まれました。

 

「トガ、あたしも……」

「芦戸ちゃんはダメ。勝手な事したんだから、罰としてもっと焦れてください」

「もう勝手しないー!! 絶対しないー!!」

「ダメ」

「うぐぐぐぐっ」

 

 悔し涙を流すのを感じつつ、そういえば途中参戦してきた鉄哲くんと塩崎ちゃんだけは回収しないとダメですよね? よいしょっとぐったりして肩で息する汗だく2人を抱き上げます。

 ええと……あっちですね。

 

「すみません、B組のクラス委員長さんですよね? お2人をお返しします」

「……えっ!? うん。わざわざありがとう」

 

 B組のクラス委員長さんだという女性の気配を探り、鉄哲くんと塩崎ちゃんをお返します。

 

「ま、まて……俺は、まだ……」

「ダメです」

「わ、私も……」

「ダメですってば」

 

 立ち上がろうとする2人の額をぺちっとして、やれやれと壁にもたれさせてあげる。

 

「……あー、2人ともヘロヘロじゃん。……えっと、渡我さん、だよね?」

「はい」

「包帯越しでも分かるって凄いね! 改めて、私は拳藤一佳。一佳でいいよ」

「分かりました、一佳ちゃん。私はトガヒミコです、好きな様に呼んでください」

「じゃあヒミコで! ……あのさ、ほぼ初対面で図々しいんだけど」

「はい?」

「私()()も、ヒミコの訓練相手に立候補していい?」

 

 ……ん、たち?

 

「私だけじゃ喧嘩になりそうだから、B組の希望者だけでも! お願い! ……さっきのA組みたいなのでいいからさ、ダメ?」

「んー……?」

 

 ちょっと、人見知りが発動しそうですが、周りの気配を探っても、まだ自己紹介もしたことのないB組の面々が期待しているのは感じます。

 個人的に、一佳ちゃんみたいなタイプには好感を抱きますし……まあいいでしょう。

 

「いいですよ、暇ですし」

「ありがとう!」

 

 軽く頷くと、一佳ちゃんは嬉しそうな声で「じゃあ皆! ヒミコに相手して欲しい希望者は準備して3分後ね! あ、当然“個性”の使用は無しだから!」と、わくわくした様子で屈伸しています。その様子を見守っていると、隣に大きな気配が近づいてきます。 

 

「……すまない、トガ。よろしく頼む」

「あ、大丈夫です。ブラドキングも引率してくれてありがとうございます」

 

 あと、今度血をくれません? と言いたいのはぐっと我慢します。

 近くに来たブラドキングの、“個性”故の血の濃厚さを鼻腔に感じながら、うずうずする衝動をごまかします。

 

 まあ、なんだかんだB組さんと交流が持てるのは良い事ですし、そういう意味では一佳ちゃんに感謝ですね。……後ろで芦戸ちゃんがひたすら歯ぎしりしてますが、もうちょっと悔やませたいので放置です。

 

 さて、それじゃあ。

 

 

「一佳ちゃんたちはA組の皆より弱いから、優しく撫でてあげますね」

 

 

 だから、遠慮なくぶつかってきてねと、安心させる様に「おいで」と招きます。

 

「―――……あっちの子が言ってたのは聞こえてたけど、すっごいナチュラルに煽るわね? ……物間がいなくて良かったわ!!」

「ふあい?」

「―――上等!!!!」

 

 

 ふむ? 重い拳を軽く受け止めながら、一佳ちゃんをぽいっと投げます。

 この調子なら、今日も朝の時間は平和に終わりそうです。

 

 

 

 

 

 ――――ふあぁ、と。

 

 あ、なんか気づいたら昼休みです。

 

 

 ダメですね……眠気で記憶がかなり飛んでます。

 ええと、朝練の後は、B組さんと少し仲良くなって、後は普通でしたよね? ……欠伸を噛み殺し、軽く目元を擦ります。

 今日は、休み時間の度に芦戸ちゃんが背中に張り付いて許しを乞うてくるぐらいで、特に変わった事のない素晴らしき普通の日です。

 

 今は、流石に芦戸ちゃんが引き剥がされて向こうでご飯食べてます。そして、お茶子ちゃんが本題だとばかりに、緊張を誤魔化しながら自然を装って口を開きます。

 

「……そ、それで! 職場体験なんだけどね? 被身子ちゃんはできればクラスの誰かと一緒のところがね? いいと思うの!!」

「……そんなところ、ありますかね?」

「そりゃたくさ……ううん!! どうかなー!? もしかしたら、あるんじゃないかなー!? 明日には包帯取っちゃうんだし、今の内に決めとこう!?」

 

 はて? なぜ包帯をとることが今の内になるのかと首をかしげつつ、お茶子ちゃんが言うならそうなんでしょう。

 

「……と言っても、私に指名があると思えませんし、学校側が用意した事務所になりそうで……あ、確かにそれなら誰かと一緒に行けそうですね」

「……ウン、ソウダネー」

 

 お茶子ちゃん、挙動不審ちゃんです?

 

「……ちなみに、被身子ちゃんの希望ってある?」

「無いです」

「無いんだ!?」

「はい。“個性”を使って、その事務所のヒーローになればどうとでもなりますし、なんでもいいです」

 

 2人で握ったおにぎりを食べながら、魔法瓶にいれていたお味噌汁で喉を潤す。

 

「……被身子ちゃんって、器用万能だよね」

「ありがとうございます」

 

 普通が分からないという、全てを台無しにするマイナス点を隠しながら、素知らぬ風で頷きます。

 

 本当は、職場体験はお茶子ちゃんと一緒のところがいいけど、そこまで甘えられませんしね。

 

「…………渡我」

「はい?」

 

 

 と、どことなくソワっとした空気を纏って、食堂に行くのを遅らせていた轟くんが声をかけてきます。

 

「…………どこでもいいなら、来るか?」

「? どちらに」

「…………エンデヴァーヒーロー事務所」

 

 はて? どこかで聞いたよう……って、ああ、体育祭の時に会った、轟くんのお父さんのヒーロー名ですね。

 

「……ふむ?」

 

 少し考えて、よくよく考えなくても丁度良い気がしますね。

 

「じゃあ、そうします」

「ええ!? そんな簡単に決めちゃっていいの!?」

「はい、轟くんが一緒なら心強いですし」

 

 優しい轟くんなら、職場体験で普通から外れた行動をしても、助けてくれそうですし。

 

「……分かった。体験先の紙はこっちで出しとく」

「あ、わざわざありがとうございます!」

「……良い。借りは、ちゃんと返していく」

 

 はい? 借り?

 

 え、なんかありましたっけ? 少し冷めたお味噌汁を、お茶子ちゃんの分まで温めてくれる轟くんに首を傾げてしまう。

 

「……絶対返す」

「え、はい」

 

 そんなに強調されても、轟くんに貸したものとかありましたっけ?

 何も思い出せずに困っていると、今度は憮然としつつ落ち込んだ空気を纏って、轟くんが教室を出ていきます。

 

「? どうしたんですかね」

「……うん。今のはちょっと、轟くんが気の毒かなぁ」

 

 えっ? 熱々のお味噌汁をじっくりと味わいながら、お茶子ちゃんがしみじみとした様子で私の頭を撫でました。

 

 ……どういう事なんです????

 

 

 

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