グラウンドに出る少し前、着慣れた狩装束だと思って袖を通すと、想像よりずっと着心地が良くて驚いた。
軽くて肌触りも良い。どれだけ動いても服が邪魔にならない。
一つ一つを確認しながらコスチュームを着ていく。シャツを着て、ベストを着て可動域を確認している間に、着替え終わった女子達が速足でグラウンドに向かって行く。
相澤先生の『合理的虚偽』が効いている様で、担当がオールマイトでも遅れたら大変だと思っているらしい。気づけば更衣室には私1人です。
「……ふぁ」
欠伸をして、コートとマントを着込んでいく。
そして最後に嘴の仮面は被れば、予想よりずっと快適な付け心地です。
肌に触れているのにストレスが少ない。夢のよりずっと上等な品だと頬が緩む。この仮面には鳥葬の意味があり
「…………」
いらない記憶を思い出して不機嫌になるが、この仮面は顔を隠すのにとても優れている。
我慢だと自分に言い聞かせて髪をほどき、本来なら帽子であるところをマントについた厚めのフードで覆えば、ほぼ顔が見えなくなる。
(うん。仮面が脱げても、これなら顔が隠れます)
ニィ、と。それが嬉しくて、仮面の下でにっこりと笑う。
(完璧です!)
胸を張りたい気持ちで、鏡の中の自分と見つめあう。
フェロモン防止と笑顔隠しが主な嘴の仮面と、防刃機能があるフード。
炎耐性も強く防御力に優れたマントとコートには裏ポケットが多めについている。そして丈夫で綺麗な革手袋はおしゃれで、異邦のズボンとくるぶしまでの頑丈ブーツ(音消し機能あり)も見た目が良い。……戦闘服というには少し違う気もしますが、私は狩人なのでこれでいい。
銃は流石に無いけど、慈悲の刃を特殊な鞘にいれてしっかりと腰に下げる。
色々と現代風にアレンジされている狩装束に、テンションがあがって頬が緩む。
特にスマートになっているのが良い。フードとマントとコートの組み合わせで、首回りがもこもこすると思っていたのに、工夫が凝らされてスッキリしている。カァイくはないけどおしゃれポイントが高いです。
つい、癖で慈悲の刃を抜いて、どこまで動けるか試したくなりますが……これを抜く時は先生の許可が必要だと口を酸っぱく言われたので、我慢です。
ふあぁ……っと。満足の欠伸をしながらグラウンドβに向かってのんびりと歩いていく。
その途中で、癖でスゥっと気配を消しながら、集まっているクラスメイト達の間に紛れ込む。
「あ、デクくん!? かっこいいね!! 地に足ついた感じ!」
「麗日さ……うおお……!!」
私のすぐ後に来た緑谷くんと、それに気づいた麗日ちゃん。そちらを見て「!?」その、ぴっちり具合に昨夜のお風呂の時を思い出してバッと顔を逸らす。
か、仮面をつけて、というか気配を消していて良かったです! 動揺を押し隠しながら、この格好は少し暑すぎるので夏服バージョンも申請しようと思考を逸らす。
ちょっと、麗日ちゃんが目に毒すぎるので距離を保とうと後方に移動して、一息ついて目を閉じる。
オールマイトの説明を話半分に聞きながら、積極的なクラスメイト達の質問に聖徳太子ィィと困っているのが面白くて、どんな顔をしているのかと少し興味がわいた。
うっすらと瞳を開くと、視界に葉隠ちゃんのぷるっとしたお尻があり、視線が吸い込まれる。……ん? ……んん? お尻? いやそんなまさか、きっと麗日ちゃんと同じぴっちりスーツとかそういうでも色合いというか肌色が瑞々しいお肌に太陽の反射光が「―――――ちょおおお!!??」全裸じゃないですか!! コートを脱いで後ろから強引に被せる。
「うわあ!? えっ、誰!? いやトガちゃん!? なんでペスト医師!? っていうかいつの間にコートなんで!?」
混乱している葉隠ちゃんに対して「何してるんですかぁ!?」思わず大声がでてしまう。
視線が集まるし、オールマイトの説明を遮ってしまったけど、コートはしっかり着せたので問題ない。
「お、女の子がお風呂でも無いのに全裸……いえ、手袋と靴は履いてますね……いやいやダメですよ!? 危ないですよ!?」
「え? ……え? ……ええ!!??」
驚愕の表情を浮かべる葉隠ちゃんをコートで包んだまま、なんで他の人達は指摘してあげないのかと、仮面の下で皆にじと目を向けてしまう。
もしや、ここで普通なのは私しかいないのかと、彼女を守らんとコートが脱げない様に抱きしめる。「……も、もしかして」じわじわと、葉隠ちゃんのカァイイお顔が赤くなっていく。
「トガちゃん……わ、私が“見え”てる?」
はい?
「……どういう意味です?」
変な質問です。
でも、葉隠ちゃんの問いに周りが少しざわつき、視線が集まる。……なんです? さっきの葉隠ちゃんの言い方は、まるで見えないのが
「あ」
何故か今、ヤーナムの、聖堂街広場での衝撃を思い出して……まさかと目を見開く。
葉隠ちゃんの“個性”は『透明化』です。
私はてっきり、道具や武器を透明にできるものだと思い込んでいましたが、まさかと固まっていると、オールマイトがコホンと咳払いする。
「……言い辛いが渡我少女! 私を含め、葉隠少女の姿を見た者はいない!! 凄いね君!!」
ビシッと親指をたてられ、唖然としてしまう。
(ウソぉ……)
急速に理解が追いついて、仮面の下で顔が引きつり、背中に嫌な汗を感じる。
これ、脳に瞳を得てるせいで、見えすぎちゃう問題です……!
いえ、本当に瞳があるわけじゃないというか、知識というか、次元が上がって本来見えないものが見えてしまうというか……まさか、アメンドーズの時と同じなんてと、まさかの展開に思考が止まる。
「…………ッ」
こんなところで異常な言動をしてしまうなんて、おかしな子だと思われてしまう。周りがわいわい言っているけど、聞きたくない。
ギクシャクと、葉隠ちゃんにコートを貸したまま、一歩ずつ下がっていく。
「…………」
「…………」
気まずい。
一人だけ貴女の裸を見ちゃいました。って、致命的にいけないやつです!
しかも、これが葉隠ちゃんの戦闘服で、それが全裸ってこれから戦闘訓練の度にクラスメイトの裸を見るんです私? そういえば葉隠ちゃんは妙に顔が近かったり際どかったりしたけど、周りから見えてなかったからなんだぁ……
ハイ。恐らくですが芽生えかけていた友情が終わりました。
(……嫌われました)
真っ赤な葉隠ちゃんが、クラスメイト達に励まされている。
私も麗日ちゃんに「大丈夫だよ!」って慰められてるけど、なんならフードも降ろされて頭を撫でられているけど……無理です。今は立ち直れる気がしません。
「……んん!! 予想外のアクシデントが起こってしまったが、現場ではこういった“個性”同士のトラブルも多々起こりえる! 皆も肝に銘じて授業に励んでくれたまえ!!」
オールマイトが気遣わしげに、だけど流石の胆力で授業を続けてくれる。
おかげで、ちょっとだけこの空気が霧散してくれた。
「いいかい!? 状況設定は『敵』がアジトに『核兵器』を隠していて『ヒーロー』はそれを処理しようとしている!」
説明を聞きながら、麗日ちゃんにいっぱいよしよしされる。
「『ヒーロー』は制限時間内に『敵』を捕まえるか『核兵器』を回収する事。『敵』は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕まえる事。コンビ及び対戦相手は、くじだ!」
「適当なのですか!?」
……つまり、ごっこ遊びなんですね。
少しだけ落ち着いて、気づけば麗日ちゃんにしがみついていた身体を離す。
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップする事が多いし、そういう事じゃないかな……」
「そうか……先を見据えた計らい……失礼致しました!」
「いいよ!! 早くやろ!!」
……葉隠ちゃんには、後で許して貰えなくてもちゃんと謝りましょう。
お昼までの葉隠ちゃんの笑顔が、今まで知り合った女の子達みたいに歪んでしまうのはヤだなって思いながら、麗日ちゃんにもう大丈夫だと、ぽんぽん腕を叩く。
麗日ちゃんは「……うん」まだ少し心配そうな顔をして、私に寄り添ったままでいてくれる。……天使すぎです。
順番が来て、用意されたくじ引きをゆっくりと引く。……せめて、葉隠ちゃんと一緒じゃないといいなぁ、と願いながら、ボールの文字を見る。『I』の文字に、チームメイトを探して周りを見て。
「「あ」」
「……わあ」
葉隠ちゃんと目が合い『尻尾』の子が、とても気まずそうかつ気遣わしそうに、大きな尻尾を揺らした。その手には『I』のボールがある。
「んん!! 続いて最初の対戦相手は、こいつらだ!! Aコンビが『ヒーロー』Dコンビが『敵』だ!!」
盛り上がるクラスメイト達の横で、動揺しまくる私。
いえ無理でしょうこれ!? この短い間に何が起こったかご存知ですよね!? あわあわして、誰かに交代して貰おう。いっそ今から麗日ちゃんに、って急いで移動しようとする背中に声をかけようとして「と、トガちゃん!」「!?」意を決した様に、ぎゅっとコートの前をあわせた葉隠ちゃんが近づいて来る。
そして、彼女は手を伸ばす。
あ、ひっぱたかれます?
覚悟を決めていると、葉隠ちゃんの手は仮面に触れて、何やらもぞもぞ動かす。
「……葉隠ちゃん?」
「この仮面、どうやって取るの?」
「……えと……後ろで、カチャって感じに……ワンタッチバックル、でしたっけ? それで留めてます。……いざという時に、外れない方が危ないからって、上に力をいれればスルッととれるみたいです」
「そっか!」
返事と共に仮面を脱がされ、葉隠ちゃんと向き合う。
「…………」
「…………」
口の中がカラカラです。
葉隠ちゃんからの視線を感じるのに、私は怖くて逸らしています。……近くにいる『尻尾』の人、こんな空気に巻き込んで申し訳ありませんが、見守ってくれるならせめて助けて欲しいです。
こんな時、どうしたらいいのか分からなくて、ぐるぐる考えていたら、葉隠ちゃんが「……うん!」って、私の手を握る。
「……ごめんなさい!」
へ?
……ごめん、なさい?
「私! 勝手にトガちゃんは感知系の“個性”だって思ってたの! それで、まさか全部見えてるなんて思わなくて、だから、動揺してごめんなさい! 訓練、一緒に頑張りたいです!」
「……!」
「私、気合いれちゃうから! トガちゃんの前でも……ぬ、脱ぐから! でも、あんまり見ないでね!」
――――。
驚いて、言葉にならなくて、その顔を見て、はく、っと口を開く。
恥ずかしくてたまらないって赤い顔、まっすぐに私を見る瞳に混乱する。
葉隠ちゃんの表情は……私を嫌がっていなかった。
「…………はい」
呆然としたまま、それでも何とか頷くと、その表情が喜色で染まる。
「よかった、仲直り、できた……!」
「わ、私も……うれしいです」
私が悪いのに、葉隠ちゃんはまるで自分が極悪人の様に、許された事にふにゃっと笑う。
近くにいる『尻尾』の人もホッとした顔をしている。『良かった』って心から思っている顔で微笑んでいる。もっと周りを見たら、私たちを気にしていたクラスメイト達が、オールマイトも、笑っている。
―――なんで?
その理由が分からなくて、呆然とする。
今までの様に、周りから人がいなくなるのだと思っていた。
初対面で、個性や名前が分かって、対策して、見透かして、笑顔が怖い不気味な人間は、普通じゃないから。……なのに、なんで? 分からない。
「…………っ!」
落ち着かなくて、顔が熱くて怖い顔になりそうで、葉隠ちゃんから仮面を返して貰う。そのまま急いで装着してフードも被って蹲る。
(このクラス、やっぱり変です……!)
葉隠ちゃんも『尻尾』の人も、きっとおかしいんです。
何も言わずに、突然しゃがみ込む私を気味悪がらずに、それどころか葉隠ちゃんは一緒に座り込んで、私に寄りそってくれる。
『尻尾』の人の大きな尻尾が、私たちに触れないギリギリの位置で、くるんって巻かれて……恥ずかしさで唸りそうになる。
なんなんですか、もう……!
こんな変な気持ちははじめてで、喉の奥が絞られる様だった。