「来てしまったか……」
いや、なんで来た?
多忙の間を縫ってリニアで一時間、久々に生まれ育った街に帰ってきた俺は、しかし途方に暮れたまま高級料亭の前で立ち尽くしていた。
高級住宅街の近くの裏路地にひっそりと存在する店の、格式高いが店の形をしているかのような尋常ではない雰囲気に気圧されて動けないでいるのだ。
具体的に何がヤバいのかが分からないあたり、教養が足りてないんだろうな。 もうちょっと古文とかちゃんとやっておけば良かったぜ……
事の始まりは一週間前。 10先で慧に伸されて自棄エナドリを空けた直後に届いた武田氏からのメールに書かれていたお願いに、多大なる恩のある武田氏のピンチに俺が出来る事があれば是非!!と二つ返事で承諾を返してからだ。
簡単に言えば、知り合いのお嬢様のお見合い相手を探しているのだが、条件に見合う青年が俺しか居なかった、という事情らしい。
「いや俺が来るような所じゃないでしょ……」
ここ数年で上位層に食い込んで賞金も増え、収入も最新式のチェアー型を数台は余裕で買える位にはあるのだが……やはり俺の根っこはまだまだ小市民だって事なんだろうな。
薄い暖簾の向こう側がボスエリアか何かのように思える。
あまりに早計に過ぎたのではと冷や汗が流れる始末だ。
いやそもそも武田氏に相談していたクソゲー三昧のゲーミングカラーの人生設計って独身設定だったじゃん。 慧をまだカッツォと呼んでいた頃に助太刀を頼まれてあのクソ忌々しい
元々のゲームする時間を最大限確保するという大目標の部分すらも切り捨てられていたということだろうな。 あのひと負けず嫌いだからな……目を逸らすな。
結婚に興味がなかったと言えば嘘になるが、出会いも恋も無いだろうとタカを括ってゲームにのめり込んだのは俺だろう。 最近なりふり構わなくなってきたのか慧を赤面させる事の増えてきた夏目氏の行動力とか見てると羨ましく思えてきたりもするのがまた俺の価値観を揺るがしているのも事実だし、だからこそ今日ここに来たんだろうが……いやまだ早くない? 俺まだ焦る歳じゃないでしょ? 意趣返しにしてもあと5年は待ってくれても良かったんじゃないの?
だから目を逸らすな。 この先にあるのは地獄ではないはずだ。 ピザの亡霊も今は出てこないでいい。 夏目氏の相談に乗って真奈さんに選んでもらった乙女ゲームをやり込んだ日々を思い出せ。 いや最終的に慧は気付かねえ目を逸らすから問題なのであって全身全霊でぶつかって押し切れば落とせるだろ、あいつ受けだし……って言ってしまったのがファイナルアンサーで現状に繋がっているんだが……よし。 緊張も解れた。 武田氏にお願いされたのはここに来ることまでだけで、何も成婚しろと言うわけでもない。 それは俺とお嬢様の相性が決める事だろうし。
さて、古風な価値観を持ってそうなのにプロゲーマーと会ってみようと思ったお嬢様は、どんな方なんでしょうかね? とりあえずツラだけ拝みに行くとしよう。
そうして
Q :なんで上位層に躍り出てるの?
A:速攻でブチのめして帰ってクソゲーしたいから